神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

78 / 100
原題:「Oitulover」 / 総評:「80点。でもシンクスニップが悪い」

 そうして、遡っていた時が合致する。

 全くの別方向から集結せしは、ユートら勇者・魔王・マリオネッタ・アンデッド・魔族陣営。そしてレインら騎士と燻ぶりを抱えたティアとドロシーら本物の魔色の燕陣営。

 当然レインらはマリオネッタとアンデッドの群れを見て臨戦態勢に入りかけたが──ユート達を視認して、それを解いた。

 久方ぶりの全員集合。フランキスとレイン・シルディアの衝突こそあったものの、ユートとレクイエムによる仲裁が入り……利害の一致、という点で落ち着いた。

 

 いがみ合うのは、この後で。

 

「……しかし、本当にここ……なんだな」

「これは多分、"埋没"の権能だろうね。ここまで力を誇示する意味はないだろうから、何者かから逃げ果せた、と見るのが最適解かな」

「神が逃げなきゃいけない相手、というのは?」

「当然、彼女だろうね」

 

 彼女。つまり、空席の神Futurumだ。

 であれば。

 

「成程なぁ。いや、神さん……ギギミミタタママから貰ったスキルの中で、唯一効果がわからんものがあったんだけど……このために使え、ってことだったのか」

 

 ユートが、前に立つ。

 そして……形成した光の大剣をまっすぐに掲げ。

 

「『開港Lv.0』」

 

 振り、下ろした。

 

 瞬間「へこみ」ができる。

 何も無い、まるでテクスチャを剥がしたような地平に、その上に広がる空間に、「へこみ」が。

 

「先に話した通り、ボクは中の人間にはほとんど興味が無い。冒険者を保護するとかは、勝手にやってほしい」

「ああ、俺達は知り合いを見つけるのを最優先にするよ。シルディア達はどうする?」

「トム・ウォルソンという男を探しに行く。……イアクリーズの掌の上で転がされている気がしないでもないが、どの道他に道が無い」

 

 では、決まりだ。

 今しがたユートの「開港」した「へこみ」へと──全員が、流れ込んでいく。

 

 

 果たして──そこには、アンデッド・マリオネッタらを超える量の()()()()()()()

 中でも()の逆鱗を刺激した者。それは。

 

「……アルフ・レッド」

「アルフ?」

 

 彼は知っている。

 彼は覚えている。

 植え付けられた「アルフ・レッド」の記憶が、あれを本人だと断定する。

 

 だから──彼の中にある、「本物のアルフ・レッド」が、彼の意思とは関係なしに怒りを発露する。

 それはかつて彼女が偽・魔色の燕に抱いた感情と同じもの。自分を真似する何者かへの憤怒。

 

「……すまねェな、レイン。シルディア。クォンウォ。……ここは()()の死に場所かもしれねェ」

「アルフ、さっきからどうしたの?」

「ユート。──ワシが死んだら、世話ァかける」

「死ぬ前提で話すなよ。生還して自分で話せ、爺さん」

「ハッ、その通りだ。──『朱怒結晶』」

 

 熱が零れ出る。

 けれどそれは仲間を焼くことなく。

 ただ推進力として──最早、なりふり構わずに。

 

「待って、アルフ! ……ユート、どういうこと? 何か知っているの?」

「俺の口から話すことじゃないんでな、聞きたきゃアイツを守ればいい。──レクイエム、探知魔術は?」

「もうやってるけど……エリ達、いないね」

「マジでか」

「代わりに……これでもかってくらい、()()()()がいる」

「同じ人間……クローン、か?」

「時代錯誤というか、その文明は前の魔王が壊したはずなんだけどね。どうやらそうらしい」

 

 して、ご丁寧にも、である。

 ご丁寧にも……その幾人かが、黒白の羽織ものに、赤い面をつけていて。

 

「ごめん、もう我慢ならない」

「こんなにいたんですね……偽物」

「──ティア、ドロシー。私達も助力しますよ」

 

 投石の如く飛び出すは魔色の燕達。ティアとドロシーだけでなく、マリオネッタもだ。

 それにアンデッドが続こうとして、けれど()()()()()()

 

「おーおー、大勢の新規入国者はありがてぇが、まっこと残念、ここはクロックノック。冒険者専用の国なんだわ。──だから、そうじゃねェ奴らは冒険者の持ち込んだ素材、って認識でいいんだよな」

「……君、アンネの駒に手をかけたね」

合人演舞(ドレアム)。──酷い話じゃねェの、ウォルソン。俺の相手がこの強そうな魔族だって? ムリムリ。だから、他力本願で行かせてもらおうってな! フィソロニカ!」

「へぇ、慮縁の神か。丁度いいじゃないか。ね、『黒縁結晶』──」

 

 さぁさ、戦端は開かれた。

 烏合の衆と有象無象の大激突。

 明確な敵のいない者がどこに応援に行くかで全てが決まる、未曾有の大戦争が──埋没した空間で始まった。

 

 

 

 

 熱と熱がぶつかり合う。

 ただし、こちらには『朱怒結晶』があり、あちらには無い。

 だからどうやったってこちらの方が出力は上になる──はずなのに。

 

「クソ……数が多い……!」

「……」

 

 一言も発さない、完全に制御された敵。

 だとしても、英雄は英雄であり、その強さは折り紙つきだ。

 

 ──無数のアルフ・レッド。太陽の男。

 燃やせども、熱せども。

 立ち上がることは無くとも、()()()()()

 

「あァ……気分が悪ィな。……ワシの過去じゃねェってのに、あァ……同情するよ、アルフ・レッド」

 

 だから、振り回されるのではなく。

 アルフはアルフの意思で、怒る。それは瞬く間に増幅され、「アルフ・レッド」では抑えの利かないものにまで膨れ上がる──が。

 

「ワシは呑まれねェよ。呑まれる資格が無い」

 

 アルゴ・ウィー・フランメルは、決して。

 

「どいて──!」

闘来の炎撃(フィラ・ジ・フィガッソ)!」

 

 そうだとも。

 当然だ、と言わんばかりの顔で駆けつけた二人。その存在がある限り、アルゴは怒り狂うなどということをしない。

 そんな逃げは、許さない。

 

「正直に言うと、薄々勘付いてはいたさ。手を合わせた時点で、なんとなくはな。あり得ないと思っていたが……まぁ」

「純粋な剣の腕だけでやったら、もうね」

「そうかい。──諸共斬り殺してくれても構わねェ。気色の悪ィジジイだろうがよ、バカ弟子共」

「少し前なら、そうしてた。でも」

「それも計略なら、お手上げだ。──もう私達は、お前を殺せない」

 

 どこまでも甘い奴らだ。

 あり得ないだろうに。自分たちを殺し合わせた張本人を。その「死後の苦界」に向かわせた張本人を。

 

 許す、など。

 

「足引っ張んじゃねェぞ、バカ弟子共。──さァ名乗りをあげようか! ワシの名はアルゴ・ウィー・フランメル(立ちはだかる者)!! 騎士団の汚点にして、愛弟子を裏切ったクソ野郎だ!」

「黒鉄位、シルディア・エス・ヴァイオレット(払暁に陽を照らす者)。今の肩書は……そうだな。アルフの養父。それだけだ」

「勇者、レイン・レイリーバース(地平を眺める大地)。私も、アルフの養母で、ディアのお嫁さん! それだけでいいわ」

「敵は無数のアルフ・レッド。革命のシンボル。克己の象徴。太陽の男。──だがまァ、伴う意志が無けりゃカカシと同じさ。──鏖殺と行こうか」

 

 白熱の太陽が生まれ落ちる──。

 

 

 

 

「ald nots seurankkis」

「olauhy ick inika」

「donau zenau」

 

 唄が響き渡る。

 ド派手なアルフ達の戦場とは対照的に、この戦場は静かだった。

 静かに、唄だけが奏でられる。

 

 こちらにも無数の英雄。けれど意志の剥がされたそれらは、お誂え向きに魔色の装束を纏い、各々が各々の戦闘を行っている。

 だから当然干渉しあうし、同士討ちが起こる。

 

 それが、あまりにも見ていられない。

 本物であれば、そんなことは。

 

「どこまで馬鹿にしたら気が済むの……!」

「ルビィさん、これ、発生源は」

「わかりません。ただ──殺せば死ぬ、というのは、良い話です」

 

 もしこれら英雄に意思があれば、マリオネッタたちでは敵わなかったかもしれない。

 事実として、能力の変わらないマリオネッタ……エメリアとタルコイザは偽・魔色の燕に破壊されている。

 けれど、どうだ。今の戦場は。

 

 数の劣る魔色の燕が、偽・魔色の燕を駆逐し続けている。

 

「ティア、ドロシー。あなた達は人間です。敵を殺し続けるのは私達に任せなさい」

「マリオネッタに疲労はありませんから。それよりも──申し訳ありませんが、私達では勝てないだろう敵の対処をお願いいたします」

「サフィニアさんたちでも勝てない敵……?」

「ええ。──来ましたよ」

 

 何かが着弾する。

 土煙が晴れる──その前に、ドロシーの眼前にナイフがあった。

 

「あっ、ぶねぇ!」

 

 それは光の剣によって叩き落される。

 姿が鮮明になる。それは、その姿は……他の紛い物とは違う。

 

「……魔色の燕。オーリ・ヴィーエ」

 

 確かに名乗ったその存在。

 制御されていないのか、あるいはそれを打ち破る何かがあったのか。

 

「……私以外の魔色の燕は、不要」

 

 直後。

 ドロシーの左腕が、()()()()()

 

バック・パッグル(──・──)!」

「痛──え?」

「魔族の魔法にも治癒系統がある! 補助と強化は僕がやるから、二人とも、ユートも気を引き締めて! そいつだけは他と違う!!」

 

 魔色が舞う。

 黒白の粒子が世界に満ちる。

 通り過ぎたものを穴だらけにする魔色が、戦場を覆っていく。

 

「魔色纏成」

 

 声が聞こえた時には、もう背後にいる。

 マリオネッタ。魔色の燕を名乗るマリオネッタたちが、ただ一度の()()で、半数以上を砕かれた。

 そのコアごと、しっかりと。

 

「ッ……嘘だろ」

「ユート、呆けてる場合じゃない! そいつは以前僕を……魔王を倒した奴だ!!」

「カカ。呆けているのはどちらであろうなぁ、魔王の転生体」

 

 落とされ星がぶつかったのではないかと思うほどの衝突音があった。

 レクイエムがそちらを見れば──ナイフを一本突き出したヴィーエと、両腕の肘から先を失ったアザガネの姿が。

 

「この場において、"最も厄介な敵"。排除する」

「カカカカ……格が違うとはまさにこのことよ。だが、長より強くはない、な!」

 

 長身を活かし、ヴィーエを蹴り飛ばすアザガネ。それにダメージを覚えた様子もなく、ヴィーエはまた姿を消して、マリオネッタを削っていく。

 

「マズイね」

「拙僧のことであれば、一度死にさえすれば復活するぞ」

「君のことだけじゃないよ。本当に格が違う。彼女だけは、この場にいる誰が力を合わせても勝てない」

「弱腰は良くないぞ、魔王の転生体」

「冷静な判断だよ。……撤退も視野に入れないといけないだろう」

「その必要はないよ、魔王の転生体君。この一手はね、とても重要だから」

 

 隣にいた。

 レクイエムもアザガネも気がつかなかった──宙に浮く、人間。

 

「っ……誰かな、君は」

「シルディアの上司のイアクリーズという者さ。つまるところ、単なる騎士だね」

 

 衝突、する。

 "最も厄介な敵"がレクイエムから彼女に移ったのだ。

 

「やぁ、初めまして、オーリ・ヴィーエ。出来得ることなら制御下にない君と死合ってみたかったけれど、贅沢も言っていられない。デザートは後に控えているからね。彼女ではない君とでも、優美なダンスができると信じているよ」

「……」

 

 魔色がヴィーエの身体より噴出する。

 敵か味方か。レクイエムが判断を遅らせたその一瞬で、魔色の粒子がイアクリーズと接触し……阻まれた。

 

「武器装飾……それも、かなり高度な」

「オールヴァイトの剣とは、なんとも希少なものを持つ者よ」

「……魔色相克」

 

 オールヴァイトの剣。魔力吸収効果と、装飾としての魔力ドレインに、自己修復の装飾が刻まれたソレは、滅多なことでは傷つかない代物であると言えるだろう。

 とはいえ魔色の粒子は大気中に舞い散っている。剣の一つで防いだところで、一粒でも掠めれば致命傷だ。

 

 だから──イアクリーズは、赤い闇色を解き放つ。

 

「え」

「魔王の転生体君、という呼び方は、些か他人行儀が過ぎたかな。私自身に面識はないけれど、私に流れる血は君への恭しい感情を発露しているよ」

「マハーヴァーラット……?」

「如何にも。私は彼の子孫さ。よって」

 

 赤い闇色の炎が、魔色の粒子を押し返していく。

 黒い片翼。そこから侵蝕する赤い肌と、色の反転した眼球。

 

「──久方振りダな、れくイエム。そウ驚くな。子孫がおレに、機会をくレるらしイのだ。次こソはお前の盾とナり、矛となリ、障害を蹴散ラす……一度キりの、チャンスを」

 

 その全身が赤い闇色に包まれて行く。

 髪色だけを元のままに──完全に「ソウ」なったイアクリーズは。

 

「半刻だけだよ、ご先祖様。その間、この身体を存分に扱いたまえ。──アア」

 

 オーリ・ヴィーエに突進する。

 

「ハハハハ! 女の身体というのは馴染まぬが、子孫だからか、伝達率は凄まじきよな!」

「……前の通りでいいなら、君への強化はしないけれど」

「それでいい! レクイエム──全力戦闘が俺達だろう!! 始まりの魔王軍としての力を見せてやれ!」

 

 剣とナイフの剣戟。そうとは思えないほどの重低音。

 魔色と闇色のぶつかり合いは、本来であれば魔色が勝るはずの所を、イアクリーズの資質が持つ「ナニカ」が覆している。

 

ブレイブ・クライム(──・──)

 

 レクイエムが天上に掲げるは、闇の魔力の圧縮球。

 時間を司るそれを圧縮したもの。停止、加速、遡行。あらゆる状態が綯交ぜになったソレへ、さらにさらにと魔力を注いでいく。

 

「clame. clame. clame. clame...」

 

 他の一切合切を気にしなくなったレクイエムによる、最大規模の魔力注入。

 クライム、クライム、クライム。魔族の言葉で、「祈れ」、あるいは「赦せ」という意味を持つ言葉。

 

「カンベルラガッハ!」

告喰黒召(ツバクラメ)

「ぬ──!? なんだ!? 世界に穴が……」

「……避けた? あり得ない。……戦力を上方修正。対神を想定する」

「オイ、子孫! 胸の中で何を嗤っている! お前の躯だろう──情報を持っているのなら、く、ラッタ・ク!」

 

 埋没した空間の中天を埋め尽くしていく黒。

 それはディモニアナタの黒キ雨にも似て、けれど決定的に違う。

 

バオアク・ライザク(──・──)!」

 

 赤い闇色がヴィーエを捉える。

 その炎は一瞬にしてヴィーエの半身を灰にし──その亡骸を蹴り飛ばして、新たなヴィーエがマハーヴァーラットへと突撃する。

 

「この強者、人形か! ──おい子孫! 知っていたなら先に言え!」

「カカ、何やら愉快な御仁の様子」

「親切心で言わなかっただと? ……魔族の悪い部分だけを引き継ぎおって!!」

「魔色相克」

バオアク・デミニアト(──・──)

「!」

 

 今度は全身。

 焦った声色でありながら──余裕がある。

 

 消し炭にされたオーリ・ヴィーエ。その灰の向こう側から、三人のオーリ・ヴィーエが現れる。

 

「レクイエム! まだか!」

「君は僕の盾となり、矛となり、障害を蹴散らしてくれるんだろ? 結局僕頼りなのかい?」

「顔を立ててやると言っているんだ。──目障りな人間どもを戦場から引かせろ。俺とお前の最大威力を以てすれば、このような小さき国、滅ぼすことに何の障害がある」

「……アザガネ、頼めるかい?」

「カカカ、拙僧を使い走りに、か。……良い良い、力不足は実感していた故な。刻限は?」

「逃げきれなかったら、残念だった、ってことで」

「カカカ! これは大役よな!」

 

 嗚呼、嗚呼。

 謳う。戦火の詩を。

 

思い出せ、思い出せ(──・──)愛とは何か。心とは何か。戦いとは何か(──・──・──)我ら魔族は、果たして何のために(──・──)──この世に生まれ落ちたのか(──・──)!!」

決まっている。決まっている(──・──)この世に善を成すため、興すため(──・──)我らこそがこの世を救う(──・──)我らこそがこの世を統べる(──・──)

虚像の体現者也(──・──)!!」

 

 無数の英雄。人間の模造品。

 ああ、けれど、こちらが先達だ。

 

 魔族とは、不完全な生命体である人間の反転。結ばれなかった像。

 "蘇った英雄(レジェンド)"などより、遥か彼方よりて来るもの。

 

 其、弱き群衆を顕すのであれば。

 之、強き個々を顕現す。

 

晩魔澱(PDMNM)

散開凶弾(VRCD)

 

 黒と赤の海が。

 

 

 

 

 さて──当然であるけれど。

 フランキスvsチャック、なんてものは、描写するまでもない。

 

 何の捻りも無く、フランキスの圧勝だ。

 

「……うーん、やっぱり契約魔術はわからないや。……ごめんね、アンネ。ボクに渡してくれた兵士なのに……ぐちゃぐちゃにされちゃった」

 

 それよりも楽しそうなことを奥の方でやっているから。

 フランキスは、そちらへ向かおうと翼を広げる。

 

「なんてさ、騙されると思った?」

「チ──おいどうなってんだフィソロニカ! アンタ、セノグレイシディルと違って超強いんじゃなかったのかよ!」

「冷静な時の僕ならまだ行けてたかもしれないけど、今は楽観視の僕だからなぁ。加えて相手の手にある感情結晶、『黒縁結晶』だよ。『感情結晶』についての知識は?」

「無尽蔵に魔力を使えるすげーアイテム!」

「あはは、良いんじゃないその理解で。──だから、今の僕と『黒縁結晶』はほとんど同じなんだよね」

「意味わかんねー……っぐ、ぎゃぁ!?」

 

 ボロボロだった。

 ヴェールが飛べば、そこにあるのは戦場。

 フランキスが圧倒しているのは間違いないが、チャックは未だ死んでいない。傷は負っているが、それだけだ。

 

「……妙だね。君……なんで死なないのかな」

「ははっ、わかんねーか。そりゃそうだろうな!」

「頭蓋、心臓、肺。それらに穴が開いていて、死なない。けれどアンデッドやマリオネッタ、ゴーレムじゃない。……フィソロニカの権能でもないみたいだし」

 

 そう、おかしかった。

 フランキスの圧勝で終わるはずなのだ。フィソロニカの権能を応用した幻術が存在するとはいえ、それは『黒縁結晶』で打ち消せる。

 だから、フランキスは魔族としての力を用いてチャックを殺している。

 

 なのに、死なない。

 死なずに、焦った声を出しながら……ヘラヘラしている。

 

「一応聞くけど、あっちはいいのかい? どうにもボクの旧友が本気を出したみたいで……大変なことになっているけれど」

「ショージキやべーんじゃねーかって思ってる。なんだよあの魔法。魔術か? よくわからねーけど、とんでもねぇ魔力が動いたのだけはわかる。俺が作った模造英雄も全部飲み込まれちまったみたいだしな」

「ああ、アレ君が作ったんだ。凄いね」

「だろ? ──ウッ!?」

 

 チャックの喉を、闇色の矢が通り抜ける。

 開く風穴。

 

「けほっ……げほ、ぐ……おい、喋れなくなったらどうしてくれんだよ」

「普通は喋れないと思うけどなぁ」

「だったら、ゲぁ……普通じゃなかったってだけだろ、笑わせんなよ魔族」

「でも、ボクの眼から見て、君に普通じゃないところがない。どこからどう見ても人間だ。フィソロニカの加護を得ているわけでもない」

「ははっ、アンタの見ている世界だけが世界の全てじゃねェんだよ」

 

 大破壊が起きたクロックノック。

 その向こう。一番奥で──青い光が上がる。

 

「──ようやくか! おせーよウォルソン!!」

「何かの合図かな。まぁ、なんだったとしても」

爆人演舞(バンガム)!!」

「!」

 

 ()()する。

 魔法や魔術としては存在しても──火薬の存在しないこの世界で、チャックの肉体が大爆発を起こす。

 

「あははっ、というわけで、消化不良だろうけど……こっちの目的は果たされちゃったワケ。じゃあね、魔族クン」

「……目的?」

 

 問えども、返事はこない。

 おかしな話である。フランキス達は、ほぼ奇襲のような形でクロックノックに攻め入ったのだ。

 クロックノックから行動を起こしたわけではない。

 

 そこに、目的。

 

 消えたフィソロニカの言う通り消化不良も消化不良なフランキスの眼前に──どこか見知った赤い闇色が降り立つ。

 

「……ん、マハーヴァーラット? 君、死んだんじゃなかったっけ?」

「その子孫だよ、魔族の君。いやぁ、ご先祖様も気前が良い。闇色の魔力の使い方をこれでもかというほど教えてくれた」

「あれ、人間になった。……それで、君は敵?」

「どうだろうね。それは今後次第だ。……しかし、ワンチャンスはあると思ったのだけどね、流石に用意周到だったよ」

「何の話?」

「彼らの目的さ。彼らは埋没の神イントリアグラルを逃がそうとしていた。そのために敷かれた大量の防壁。見事に君達は引っかかって、足止めを食らったんだよ。そうしてトム・ウォルソンとイントリアグラルは逃亡。チャックとかいう彼とフィソロニカも消えたね。アストラオフェロンは初めから居なかったようだけど。……ま、彼らの模造英雄プラントを潰せただけ良しとしようか」

 

 後ろ手を振って去っていくどこか見知った人間。

 その背に、フランキスは声をかける。

 

「──全部が全部上手く行くと思ったら大間違いだよ」

「唐突だね。なにかな、占いでもできるのかな」

「どうだろうね。ボク、魔族だからさ。無意識で親切なことをしちゃうんだよ。気に障ったのならもっと言ってあげてもいいけど……」

「いや、とても気に入ったからね、これくらいにしておくよ。私にも魔族の血が流れているから」

「あっそ」

 

 今度こそ去っていく「誰か」。

 囁く。『黒縁結晶』が──「誰か」に纏わりつく、龍のアギトの死相を。

 

 だから、フランキスは親切に、言わないでおいてあげた。

 どこまでいっても、彼は魔族なので。

 

 ──遠くで、何かの遠吠えが響く。

 

 

 

 とかなんとか起きているみたいだけど、こっちは平和なものだ。

 陣地魔術による過去の残影から、こちらの世界で手配書が作られたクールビー・ノス・ゼランシアン。ゼルフとアリアと「魔色の燕の長」の戦いは魔力乱流が起きていて映写できない、ということにしておいた。とはいえ無理矢理な誤魔化しというわけでもない。ユディアル老も納得の行く説明だ。

 なんせ、全体的に見て戦略級の魔法がドッカンドッカン放たれていたわけだから、見えなくてもおかしくはないのである。

 

 そんな感じで大陸の臍で起きた計器異常に関する諸々は終わり、アシティスへ戻って来た。

 流石にこんな短時間でクラリスさんの卒業試験に進捗があるわけでもなく、特別な客が訪れることも無く。

 

「……あの、オーリさん」

「はい」

「私は……どうする、べきなのでしょう」

 

 こうして、従業員のメンタルケアに努めている。

 

 どういう経路を経ているのかはわからないけれど、イルーナさんにも伝わったらしいのだ。

 王都ファーマリウス消滅の報せが。

 

「お上からのお達しは何かあったのですか?」

「……フレディからは、好きに生きろ、と」

「それは……」

「どう聞いても……遺言、ですよね」

 

 う、うん。

 どう聞いても遺言だね、それは……。

 

「でも、フレディさんは生きている、と」

「はい。直前に王家直々の命令が入ったとかで、アスクメイドトリアラーは全員王都から出ていたらしく……」

「それは……凄いタイミングですね」

「……」

 

 とどまることを知らないな、「彼女」。

 私にとっては吉報だけど、イルーナさんにとっては……うーん。

 ライエルもシンクスニップも口を揃えて言うことだけど、「オーリ装飾品店」にイルーナさんは必要不可欠である。

 従業員同士の緩衝材になりつつ、クラリスさんを守ってくれたり、彼女のプライベートにおいてもケアをしてくれたり。

 オウス・レコリクトや「彼女」とは全く違うベクトルであるとはいえ、イルーナさんは既に私の身内扱いなのだ。

 

 そして私は、人間というのが不安を抱えすぎることで壊れてしまうことも知っている。

 ……が、たとえばここで「行ってきていいですよ」と言ったとしよう。

 絶対途中で罪悪感に潰される。あるいは使命と感情と家族で板挟みになって潰える。

 じゃあ「任せてください」と言ったとする。

 いやいや、「オーリ・ディーン」に何ができる。というかそう簡単にアスクメイドトリアラーの事情を「オーリ・ディーン」が手に入れることができてしまったら、イルーナさんの立場やら何やらが危うくなるだろう。既にアスクメイドトリアラーが機能していないとはいえ。

 

 どうするべき、か。

 うーん。「座して待て」……じゃ、納得しないだろうしなぁ。

 

「フレディさんに、死んでほしくない……ですか?」

「……アスクメイドトリアラーですから、死の覚悟は……できてます」

「できていたら、相談してきませんよね」

 

 デリカシーを欠いていることは自覚している。

 けれど、大事な事だから。

 

「……」

「イルーナさん。少しだけ不思議な話をしましょう」

「……はい」

「最近増えた従業員二人。ライルとスーニ。この二人は私の昔馴染みで、ある意味トゥーナと同じような存在です」

「親族……ということですか?」

「そうですね。少し離れていますが」

 

 不思議な話だ。

 彼女にとっては。

 

「あの二人に行ってきてもらう、というのはどうでしょうか」

「……え?」

「あの二人の身辺調査はしたのでしょう? そして、実力も測った。トゥーナに対しても同じことをして──()()()()()()()()()()()()と理解して、あなたはトゥーナと仲良くなろうとしましたよね。ライルとスーニとも、です」

「う……わかってたんですか」

「はい。店主なので」

 

 手を出すべきじゃない。

 刺激するべきじゃない。

 それで──地龍の尾を踏もうものなら、私を害する結果になってしまいかねないから。

 

 イルーナさんはそういう判断をした。

 

「イルーナさんは、私に対しても、そういう……信頼とはまた違う、けれど"この人なら大丈夫"みたいなものを置いていますよね」

「はい。……オーリさんは、何があっても……大丈夫だと思っています。勿論何度も怪我をして……そういう心配はありますけど、心のどこかで大丈夫だ、って」

「イルーナさんが私に対してそういう心を抱いているように、私もトゥーナ、ライル、スーニに対してそういう感情を抱いています。──どうでしょうか。あなたの信用する私の信用するあの二人に任せてみる、というのは」

「……」

 

 ダメそう。

 まぁ、こっちも無理だろうな、って思いながらしゃべってたし。

 

 ……記憶処理するかぁ。

 

「家族が心配でいてもたってもいられねぇが、仕事があるから動けない。そういう認識でいいか、イルーナ」

「もー、水臭いよイルーナち~。ウチらの仲じゃん」

「え……お二人とも、いつの間に」

「まーまーまーまー! ウチとライルに任せて! ね?」

 

 あ。

 こっちが今どうにかして100点出そうとしてたのに、シンクスニップが魅了を使ってしまった。

 虚ろな表情になるイルーナさんを抱き寄せる。

 

「ちょ、怖い怖い怖い! そう睨まないでよ! これが折衷案! でショ!?」

「アスクメイドトリアラー、とりわけフレディ、って奴の安否確認、でいいんだな? どうする、死んでたら。生き返らせるか?」

「全部任せるよ。それでどういう結果になっても別に怒らないから。好きにやって来ていいよ。ああ、ただ」

「死ぬな、だろ? わかってる。虚構の信仰はひしひしと伝わって来てるからな」

「あと、できれば三日以内がいいかな」

「そりゃまたなんで」

「今ノットロットとエレキニカがやってる修行が終わるから」

「ほーん? ……よくわからねーけど、了解」

 

 まったく、この子たちは。

 やるならちゃんと「人間ロールプレイ」をしてほしいものだ。私まで巻き添えを食うじゃないか。

 

 ……でも、イルーナさんのために、お願いね。

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