神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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原題:「Espilce」

 原っぱを行く一つの影。

 周囲には構造物はおろか岩石や木々さえない、ただただ広い草の原。

 

「……数奇っつーかなんつーか、面白い話だよな」

「何が?」

「俺達はさ、前は……つーか別に今もだけど、あいつのやってた人間の真似事を否定してた」

「ああ。まーね」

「でも……何の冗談か、あいつとイルーナに願われて、になんのか? ()()()()()()、イルーナの家族の安否を()()()()()()なんて茶番をやってる」

「別に、あの場にいてもできるのにねー」

「そうさ。……これが人間の真似事じゃなかったら、なんだって話だろ」

 

 ライエルとシンクスニップ。

 いいや、ライルとスーニだ。

 

 勿論三日以内という制限があるからその行程はとても速いものであるし、御者も引き馬も生き物ではないが──それでも時間をかけていることに違いはない。

 あり得ない話だ。

 一人の人間を納得させ、安心させるために、二人が動く、なんてことまでもが。

 

「変わったよな、やっぱり。あいつ自身が何よりも」

「ま、ウチもその辺が気になってママのとこに来たんだけどさ。ママは変わってないの一点張り。だからこーやって"労働"の真似事までしてるわけで」

「あいつを変えたのは、やっぱり"異世界の勇者"なのか」

「劇的に変わったのはあのイアクリーズとかいう女が来てからな気もするけど」

「ああ……あのヤベー奴か」

「そそ」

 

 ニギン・イアクリーズ・ヴァーハマット。

 あるいは、Ni(gm)・イアクリーズ・マハーヴァーラット。

 

「ウチに自覚はないんだけど、ウチが愛憎だった頃あるじゃん。ライエルって続投だよね?」

「ああ。まぁあん時は俺も捻くれてたけど、覚えてるよ」

「その愛憎だったウチが、ギギミミタタママと喧嘩して、ギギミミタタママを発情させて……それでギギミミタタママが人間と番った、みたいなんだよね」

「みたい、っつーのは?」

「なんか靄がかってて思い出せない部分が多い。リルレルが食べちゃったのかと思ったけど、虫食いって感じじゃない。これってさ」

「……ウォッンカルヴァの権能だな、そりゃ」

 

 記憶を曖昧にする。

 人間が酒を飲んだ時のように、主観における事実に靄をかける。

 勿論世界の記録から辿れば真実には辿り着けてしまうけれど、ファトゥルム以外の神々……「子供達」は世界の記録の閲覧それなりの準備と資源を要する。だから、それを面倒だと思う神々相手にも有効な権能だ。

 

「愛憎の頃のお前とギギミミタタママの喧嘩は覚えてるよ。喧嘩っつーか戦争の一部だったけど」

「その時のウォッンカルヴァってどっち陣営だったっけ?」

「ん。……関わってなかった覚えがある」

「だよね。ウチもそう」

 

 戦争。此度のような、あるいは起きかけていたもののような、総てを巻き込んだ戦争……ではないものであれば、結構、それなりに、頻繁にやっている。

 人間や魔族、動物や魔物を使った代理戦争。それで片が付かない場合は神が直接手を出すこともある。そんな戦争。

 でもそれは「お遊び」の範疇を超えない。「戦争ごっこ」が正しい。

 

 だから、シンクスニップとギギミミタタママの関係性は特に悪くなっていないし、他の神々も過去に別陣営だったからといっていがみ合ったりはしない。

 けれど……だからこそおかしいのだ。

 全員が全員「お遊び」をしている感覚だから、許し合えるはずの間柄なのに。

 記憶に対して靄をかける──そんな間柄でさえも思い出されると困る事象がある、というのは。

 

「いつから一枚岩じゃなくなったんだ、俺達」

「それについてはウチも思ってた。……セノグレイシディルとかノットロットとかさ、異物が紛れてんのは知ってたけど……今、イントリアグラルとフィソロニカとアストラオフェロン……と、ボーダークも? 完全にママと敵対してんじゃん。ママが敵対宣言する前から、ママを嫌ってたじゃん。どしたん、あれ」

「ひっかきまわしたのはセノグレイシディルだろうが、そもそもの兆しはあったんだよな。ホント、何があったらアイツを殺そうと思うんだか」

「オルンとか、最初はバランサーやろうとしてたのに、いつの間にか、って感じだったし。……ウチが言うのもなんだけど、みんながみんなおかしくなってってるよね」

「どうなんだろうなぁ。自分で言っといてアレだがよ、俺には……昔に戻っていってるようにも見えるんだ」

「昔って、どれくらい昔?」

「最初も最初。生み出された時」

 

 本当に昔々のお話。

 

「……リルレルに貰った愛憎の記憶にもないや。その頃のウチってなんだったん?」

「今のお前になる前は、ずっと愛憎だよ。その愛憎がコロコロ変わってただけで」

「へー。……どーせ今からもうちょい暇なんだしさ、聞かせてよ昔の話。ウチが覚えてない、最初の話」

「んー。まぁ、俺も最初の虚構じゃないんだが……そうだな。こういう昔語りも、人間の真似事の一つだろうし。あいつは喜ぶだろ」

 

 昔々の──ずーっと昔のお話である。

 

 

 

 

 目を覚ました時、眼前にいた"超常"の存在に、飛び退きかけた。

 けれど退く場所もなく──そして一気に思い出した、あるいは植え付けられた……そういうものだったことにされた「記憶」を飲み込んで、ようやく落ち着けた。

 

LieiL(ライエル)。虚構の神ライエル。それがお前の名前だ」

「知ってたよ。あんたが埋め込んだんだろ」

「そうか。──好きに生きろ。死ぬな。それ以外、何を言うことも無い」

 

 交わした言葉はたったのそれだけ。

 次の瞬間には"超常"の存在が消え──その場に崩れ落ちたことを覚えている。

 

 そしてすぐに、どんな悪事をしてやろうかと考えた。

 だって、自身の権能は最強だ。あらゆる虚実を反転させられる力。あの"超常"には及ばないまでも、あの"超常"以外の相手なら……同じ神にだって、どうとでもできる。なんでもできる権能。

 たとえ反転させた結果が望まぬものだったとしても、「今在る事実」を否定できることに変わりはない。どれほど使ってもデメリットのない、あまりにも利己的な権能。

 

「と、考えているのか、ライエル」

「……あんたは、兄ちゃんか。そうだよ、そう考えてる」

「ほう? 案外慎重派らしい。なんにせよ──お前の生誕を嬉しく思おう。知っているだろうが、改めて。私は深理の神メイズタグ。仲良く行こう。互いのためにもな」

「む……ようやく母上はどこかへ行ったようだな。ライエル、誕生おめでとう。審判の神エレキニカだ。権能の関係上、及び遷移法則の都合上そう長く共にいることはできないが、挨拶だけはしに来た。ではさらば」

「気が早いですよ、エレキニカ。大丈夫、兄妹姉弟との時間であれば、お母様も怒りませんから。初めまして、ライエル。生死の神ディモニア・ナタと言います。生まれという意味では……一番のお姉さんですから、いつでも頼ってくださいね」

「生まれたばっかの奴にいきなり姉面かよディモニ。自分の最強を覆されそうでヒヤヒヤしてんのか?」

「ま、まーまー! 落ち着こ? ゴルドーナも、笑顔の怖いディモニも! 弟の前で喧嘩とか良くないから、ね? ね?」

「真理。ノットロットは仲裁の神の名を取るか? 真実。誕生を祝おう、ライエル」

「あ、もうみんな集まってる。や、僕はオルン。そしてこっちがマイダグン。──ほら出て来なよ、恥ずかしがってないでさ」

「恥ずかしがっているわけではなく……お前の節介が気に入らないだけだ」

「騒がしいな。遷移法則に穴が開くぞ、この密集度は。……しかもメイズタグ、お前がいてどうしてこうなる」

「私のせいにしないでくれ、イントリアグラル……。ただ、皆気持ちは同じだったというだけだ。新たな弟の誕生に興味がある。それだけ」

 

 一気に騒がしくなった場。

 これらさえも、一捻りで消してしまえる自身の権能。

 けれどそれは──あちらも同じ。

 

「馴れ合うつもりはねーよ。じゃあな、兄ちゃん、姉ちゃん」

 

 だから、逃げるようにその場を離れた。

 怖かったからだ。恐ろしかったからだ。

 

 自身がこれから、何をどうするにしても。

 彼らに情を覚えてしまうことが──怖い。

 生まれた瞬間から、己は臆病者だった。

 

 

 そこからしばらくたって、己は虚構の神としてこの世界に根付いた。

 人間を見ることもあったし、時には言葉を伝えることもあったけれど、ほとんど見分けはつかないし、話していても面白みはない。

 そうやって次第に人里も他の神々との関りも避けるようになってきた頃。

 

「ライエル。今日、新たな神……久方振りの妹が生まれたぞ」

「……リルレルか。知ってる知ってる。んですげー興味あるよ」

「そう言うな。オレも権術の神として第一印象は作ってから会うべきだとは思うが、素のままの自分を知っている相手、というのも大事だぞ」

「ああ、俺も心底そう思う」

「……一応、名は伝えておく。愛憎の神シンクスニップ、という名だ。……ライエル。オレはお前を食いたくはない。お前自身がなんとかなることを願っている」

「お前が俺に勝てるワケないだろ」

 

 そんな話があった。

 自分より下の弟・妹は既にたくさんいて、今更何を、とも思ったけれど、わざわざリルレルが伝えに来るということは何かあるのかもしれないと──また「出生祝い」に神が大勢集まっている時間帯を避けて、会いに行ったことがあった。

 

「ん? ……ああ、虚構か。なに、私になんか用?」

「用ならこれでもかってくらいあるぜ」

「へえ。だったら早く言いなよ」

「ああ、お前は俺の事知ってるもんな」

「はぁ? ……ちょっと、話通じないんだけど。何アンタ」

「……リルレル。君は性格が悪いよね。こうなることがわかっていて、ライエルを焚きつけたのだろう? 己は兄妹喧嘩など見たくないよ」

「ククッ、簡単に引っかかる奴が悪い。ヨヴ、余計な手出しはするなよ。オレはあのひねくれ者がお前並みに真っすぐなシンクスニップにどう対応するのか見たいだけだ」

「だから性格が悪いって言ってるんだよ。……あと今の会話、ライエルの耳には届けたから。それでは、己は帰るよ」

「あ、オイ! 余計なことをしてくれたなヨヴゥティズルシフィ!」

 

 己の後に生まれた、けれどとても信頼できる神ヨヴゥティズルシフィによるネタバラシで、嵌められた事を知った。

 

 自身の権能は最強だ。

 だから──いつも喋る言葉は、そして思考さえも、できるだけ「本心ではないもの」にしようとしている。

 そうしないと、いつ暴発するかわからなくて怖いから。

 

 でも、生まれたばかりのこの愛憎の神は、それを汲み取ってくれるはずもなく。

 己の言葉一つ一つに段々と苛立ちを募らせていて……今にも爆発しそうだった。

 自分だって兄妹喧嘩などしたくない。けれど曲げられない。恐ろしいから。

 どうにかしないといけない。……でも、どうすれば。

 

 そんなことを考えながら、応対は「本心ではない」ものを発していると。

 

「……アンタさぁ、もしかして……私が会話できなくてイライラしてる、とか思ってる?」

「いいや?」

「もうその"性質"はわかったからいーけど。私は本心の言葉が聞きたい。つーか普通に舐め過ぎでしょ。あと自信無さすぎ」

「おいおい、言い過ぎだろ」

「──ママ、ちょっとお願いがあるんだけど」

 

 素直に驚いた。

 自身は生まれた直後、あの"超常"に恐れをなした。

 けれどこの神は……シンクスニップは、恐れをなすどころか。

 

「この馬鹿虚構と素直に喋りたいから、一回私とこの馬鹿の権能縛ってくんない?」

 

 そんなことのために、あの"超常"を呼びつけたのである。

 

 

 

 

 真実他人事なので仕方がないとはいえ、「へー」なんていう乾いた相槌が響く。

 

「昔のウチ、そんなことしたんだ。おもしろー」

「俺は前の俺の記憶全部引き継いでるから自分の事みたいに思い出せるけど、これ聞いても自分、って感じしないか?」

「あー、でも。確かに。言ってること全部嘘だった時のライエルと初対面だったら、ウチも普通にママ呼んでサシで話したいって言うかも」

「ははっ、じゃあお前はやっぱりシンクスニップだな」

「トーゼン。……つか、昔のみんな? って全然違ったんだね」

「在り方は違ったけど、根本は今と変わらないと思ってる。さっきも言った通り、昔に戻って行ってる……そんな感じがするんだ。実際、生まれた当初の俺とお前は、そういう件を乗り越えてから仲良かったしな」

「へえ」

「変わりまくってるのはリルレルと……はっきり変なのはやっぱディモニアナタか」

「ディモニが変わったのはでも最近でしょ? ウチ、前のディモニのこと覚えてるし」

「ああ、前のディモニアナタと今のディモニアナタは全然違う。……そこ……な、気がしないでもないな」

「何が?」

 

 何が。

 

「神々がおかしくなった理由……? いや、ディモニアナタのせいとかじゃなく……そこにヒントがある気がする」

「そーいや、きっかけってなんだっけ。ディモニがあそこまで変わったきっかけ」

「……」

 

 即答できないライエル。疑問を呈したシンクスニップもまた、首を傾げるばかり。

 思い出せないのだ。

 なぜ前のディモニアナタが死に、今のディモニアナタになったのか。無論生死の神という性質上、「ディモニアナタ」には他の神と違って寿命が存在する。それを終えたのなら「ディモニアナタ」は死に、直後また「ディモニアナタ」が生まれる。一つ前のディモニアナタまでは、ずっと同じ性格だった。

 でも、何かがあって、今の「おかしなディモニアナタ」になった。

 その理由が……思い出せない。

 ウォッンカルヴァの権能で靄がかかっているわけでもなく、そこに記憶が無い。

 

「ん……? 本気で思い出せないな。ディモニアナタは……なんであんな幼稚になったんだっけ」

「死後の世界を苦界にしよう、って言い出したのも今のディモニだよねー。……なんでだっけ?」

「それは……人間が嫌いだから?」

「なんで人間嫌ってんの、ディモニ。リルレルの言い分はわかるけど、ディモニが嫌う要素なくない?」

「まー……そうなんだよな」

 

 前のディモニアナタは、お淑やかで、思慮深くて、でも姉としてのプライドもあって、静かに怒るタイプで。

 今のディモニアナタは、騒がしく、幼稚で、姉である自覚なんかトゥナハーデン相手にしかなくて、激しく怒る。

 反転した、というわけでもない。

 

 まるで別人になったかのような変わり様だ。

 

「……だー、クソ。こういう考え事はメイズタグの仕事だろ……」

「ウチも、難しい事考えるのダルい。けど……なんか、考えなきゃいけないことな気がする」

「俺もそう思う。……いっそのことメイズタグに頼りに行くか?」

「アリ寄りのアリ。イルーナちの……なんだっけ、家族。フレディ? それの安否見たら、メイズタグのとこ行こ」

「……一応俺達あいつの陣営って認識されてるだろうから、喧嘩売りに来たって勘違いされなきゃいいけど」

「そこは頑張ってよ、最強の権能を持つ神サマ」

「お前今の今までの昔語り聞いてた?」

 

 使いたくないって言ってんだろ、なんて。

 これもまた……軽口を叩く、などという、人間らしい真似をして。

 

「ま、昔話と未来の話はここまで。現実だねー、見るべきは」

「だな。……しっかし、こりゃどーなってんだ、ホント」

 

 気温がぐんと下がる。生き物ではない馬と御者に関係はなく、勿論ライエルとシンクスニップにも関係はないけれど──そこは。

 ようやくついた王都ファーマリウスは。

 

「焼け野原が、凍り付いてる。……ヘンなの」

 

 そんな様相を呈していた。

 

 

 

 そこでは「調査」が行われていた。

 ティダニア王国各都市の魔術師協会、冒険者協会、騎士団から派遣された調査団。

 

「止まれ、何者……ほ、本部の紋章!?」

「ああ、遅れてすまんな。大陸の臍で起きた計器異常が解決したんで、ようやくこっちに来ることができた。魔術師協会本部より派遣されたライルだ」

「同じく、スーニです」

「とりあえず今わかっていることを教えてくれるか? 俺達もすぐに調査にあたるが……」

 

 此度、「オーリ・ディーン」の用意したライルとスーニの肩書。

 それは無理矢理に"改変"したものなどではなく、陣地魔術継承の功績からユディアル老から掴み取った「補助員」の立場をフル活用してつくられたもの。

 無論正確に言えば「魔術師協会本部より認められた外部協力者オーリ・ディーンから派遣されたライル」になるのだが、まぁその辺をぼかすのも「人間の真似事」だろうとライルは考えている。

 

「はっ。……ただ、心苦しい報告となるのですが……その」

「わかっていることはない、か?」

「……申し訳ございません」

 

 だろうな、と。ライエルもシンクスニップも内心で思う。

 魔力の残滓でわかる。これは。

 

「ちょいと俺達は独自で調べるからよ。あんた、この馬車について他の調査員に伝えておいてくれ。いらねえトラブルがおきねぇようにさ」

「承知いたしました」

 

 真面目そうな調査員に手を振って、焼け野原の中心地……爆心地らしき場所に向かう二人。

 

「まぁ、『感情結晶』だな、氷の方は」

「『縹苛結晶』だっけ? ウチ、それ見たこと無いんだよねー」

「合致することが滅多にないからなぁ。……それはそれとして、その氷を燃やした奴の方がやべぇ。微かだがウォッンカルヴァの気配があるのも気になる」

「『感情結晶』の出力に勝てる、ってことは、神にも勝てるってことだもんね。……妥当なのは、魔族?」

「アードウルグの頃の人間か、若しくは魔王レベルの魔族。どっちかだろうな」

「人間なら寿命で死んでるから、魔族か。……うへー、ウチ魔族苦手なんだよね。あいつ……なんだっけ、フランキス? あいつくらいしか愛恋しないから、種族として苦手」

「神は魔族を苦手に思うように作られてるからな、苦手で良いよ。問題はこれをどう人間たちに伝えるか、ってのと、アスクメイドトリアラーの行方をどう探すか、って方だ」

「全員死んだ……わけじゃないんだっけ」

「ああ。ファーマリウス消滅後、イルーナに報せが届いているらしい。生存は確認できているが所在が分からないって話だ」

 

 であれば、である。

 

「イルーナちってさ、そのフレディって奴に、少なからず親愛は抱いてたっぽいよね?」

「ああ。……って、ああそうかお前」

「ん。"恋情"とはちょい外れるけど、辿れる。……けど良いのかな、人間の真似事じゃなくなっちゃうけど」

「まー、強制されてるわけじゃねぇし、いいんじゃね? 逆にそれ以外の方法で辿れるか?」

「辿れるって思ったからママはウチらを派遣したんじゃないの?」

 

 一瞬、考えて。

 けれど、シンクスニップは首を振った。

 

「とりあえずできることやって、それでダメだったら怒られる。それでいーや」

「……だからか。だからお前、あの時も何のためらいも無くあいつに"お願い"ができたんだな」

「何の話?」

「もう忘れてんならそれでいいよ。んじゃ頼んだ、スーニ」

 

 臆病者と揶揄される──いや、自他ともに認める臆病者で、慎重派のライエルにはできないことだ。

 とりあえずやって、ダメだったらその時はその時。

 でも──ありがたいこと、なのだろう。ライエルがそうではないから、そうであるシンクスニップが隣にいるのは。

 

「"恋情"」

 

 権能が発動する。

 その効力が、それに含まれる力が顕現する。

 シンクスニップの瞳に移るは赤い糸。糸、糸、意図、意図、意図。

 

 あらゆるものからあらゆるものへと伸びる、想いの"史線"。

 常人ではどれがどれだか、何が何だかわからないだろう光景の中から、それが当然であるというように、シンクスニップはたった一本を丁寧に抓む。

 

「見つけた」

 

 イルーナから、フレディへと伸びる──親愛の糸。

 

「けど……ちょっとまずい、かも?」

「何がだ」

「この先にいる人間……かなり希薄。命を削ってる……状態カモ」

「……行くぞ。どうなっていたとしても……それを報告するのが俺達の役目だ。そんで……まぁ」

 

 ライエルが後頭部を掻いて、言い淀みながらも、けれどはっきり言う。

 

「それが、望ましくないものなら。──俺も覚悟を決めるさ」

「へぇ。カッコイイじゃん、ライル」

 

 二人は糸筋の先へと向かう──。

 

 

 そして、理解した。

 何がフレディの命を削っているのかを。

 

「……何やってんの、アレ」

「どういう状況だコリャ……」

 

 吹き荒れる無色の魔力。それに伴い、用途の定められなかった余剰魔力が凝結、水晶となって世界に映る。

 嵐だ。ただし、雨粒が水晶であるという嵐。

 

 その中に、彼らと彼女がいた。

 

「もー、しつこいー! スーニャは眠いのー!」

「さっきまで寝てただろう貴様! 面倒くさいならそうだと言え! 引っ張ってでもワタシが連れていく!!」

「なんでみんな助けてくれないのー? みんなお腹空いてるの? あ、スーニャお腹空いた……あれ、食べれない。でもいーや、お腹いっぱいだし」

「しかし、前の素直さはどこへ行ったんだ貴様! ワタシはとても驚いているぞ!」

 

 黒龍スーニャ。気まぐれというより乱雑な性格を持つ天龍と、それに相対する一人の人間。

 それだけでもあり得ないのに、その相対した人間を精一杯守らんと動き続ける──複数の人影。

 

「それは僕達が言いたいよ、ラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニア」

「……オーティアルパ? なんでこんなところに」

「うん? ……ああ、神々か。ヅィンが何かを言ったのかな」

「いやまぁあいつに言われて来たのは確かだけど、この現状は知らなかった。……俺達はあの中にいるフレディって人間の安否確認をしたいんだ」

「へえ。まぁ、見ての通りだね」

 

 見ての通り。

 少し離れたところで「分解の鱗粉」を撒き散らしているオーティアルパ。

 彼の言う、見ての通りとは、つまり。

 

「……あの中で、あの子を守ろうとしてる人間。その誰かみたいね、フレディ」

「本気かよ。……よく死んでねぇな、あいつら」

「どうする? 助ける?」

「……まぁ、フレディだけ……っと!?」

 

 その「戦場」に対し、魔力を働きかけようとしたライエルが転移を使う。

 元居た場所を通り過ぎ、地を穿つは「分解の鱗粉」と「酸性のブレス」と「赫灼たる光線」。

 

「──手出しは無用だよ、神」

「今、夢を見ている。無粋なことはしないでほしい」

「どうしてもというのなら! ──我ら天龍が相手をしよう、神!!」

 

 灰龍オーティアルパ、紫龍ヌタス、赤龍ソラム。

 

「おいおいお前ら遷移法則忘れたのか!? なんでこんな一か所に……」

「ウチがいてよかったね、ライエル。今、ウチが弾いてなかったら心奪われてたよ」

「心? ……ディオレティシアもいるのか!」

 

 桃龍ディオレティシア。感情や心を操る天龍だ。

 しかし、あり得ないことだとライエルは叫ぶ。天龍は生物というより法則に近い。世界を維持するために天龍は相対する天龍に近づかず、周期的な回転によって世界に換期を齎している。

 集まってしまっては──足りなくなる。

 

「お前ら……自分が生まれた意味を忘れたのかよ!」

「異なことを言うものだな、神々! 我らに精神を与えた時点で、いつかこうなることはヅィンもわかっていたはずだ!」

「ずっと憧れていた自由。それを与えてくれるお姫様が、手を差し伸べてくれた。取らない天龍はいないよ」

「今まさに、あのスーニャでさえも押され気味だからね。こんなことは──今後、どれほど待ったって、起きやしない。今だけが、その先を掴み取るチャンスなんだ」

「そんなこと聞いてねえよ! ああクソ、今すぐ戻ってあいつに現状伝えねぇと……」

「ママがこんなこと知らないって、本当に思う? ライエル」

「……知ってて放置してるって? だとしたら、なんのために」

「さぁ。ただ一個わかるのは」

 

 巨大な天龍達が睨みを利かせる、その先。

 

「こいつらどーにかして、早く助け出さないと……あの人間が死ぬ、ってこと」

「どーにかするってお前なぁ」

 

 天龍と神。

 神の中でも内圧である二人は、より天龍に近い。

 

 仮に──どちらかが。どちらかの誰かが損なわれたのなら、その損失は考えるのも恐ろしいものになる。

 どうにかする、なんて。

 

「さぁ、散った散った! この場に神など在らじ! 然し、龍に挑むヒトが居る!」

「武力ではなく、対話を試みる──ヒトが居る」

「この世は既に、君達のものではないよ、神」

 

 明らかに気が立っている。

 ライエル達の話など、聞く価値すらないと言わんばかりに。

 

「……クソ、こんな混沌とした状況じゃ、迂闊に権能が使えねえ」

「ライエル、頑張って。ウチ、ディオレティシアの攻撃防ぐので手一杯」

「権能無しで天龍三匹を調伏しろって? ……ああクソ、やるしかねぇなら、やるしかねぇか!!」

 

 氷が満ちる。

 ライエルの最もアクセスしやすい魔力にして、この場にいる天龍に効果的な魔力だ。

 

「おおお! 良い、良いぞ──ヒトのために! 神と我ら天龍が争うなど! あの時以来ではないか!」

「本当にね。あの耳の聞こえないお姫様を思い出す、って思ってたけど……神々と戦うことまで一緒だなんて。でも、あの時は参加できなかったから……それも嬉しく思おうかな」

「サン=アルが悔しがるだろうね。次こそは、なんて言っていたから」

「こっちは焦ってんだ! 楽しんでんじゃねえよ! いつから知性が落ちたんだ、這龍共め!」

 

 では、これより。

 神龍大戦、第一幕の開始である。

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