神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
昔、一度。
アレに問うたことがある。
換期法則によって世界を周遊するだけの存在である天龍。世界を運営するためのシステムである己らに、「なぜ心を備え付けたのか」と。
長い時間があったのだ。既に長い長い時を過ごして来た。動ける範囲は決まっていて、嫌おうとも好こうとも人間は近寄ってくる。そして──どの神も受け止めない、悪意や害意といった"信仰"を、己ら天龍にぶつけてくる。
長い間、必要とされていないと感じていた。必要とされる神々と比べて──あまりにも。
己らに、心は要らないと。
「──システムに心があったから、この世界は生まれた。理由はそれだけだ」
アレはそれだけを答えて姿を消した。
その意味を考えなければならない。これは、そのための戦いだと。
己も、信仰しているから。
利用すべきはやはりオーティアルパの鱗粉だろう。
彼の鱗粉は、他の天龍さえも分解する。だから必ずソラムとヌタスは彼から距離を取る。それは同時にライエルへの牙にもなり得るが、氷は「固定」を司る。瞬間瞬間でなら、その鱗粉を「固定」することが可能だ。
「氷像……知云……定着解除……!」
他の神であれば、魔力操作に言葉を使う必要などない。
ただ、やっぱり自分は臆病者だから、と。ライエルは、それを自覚する。
思うままに魔力を動かすのは──怖い。
なれば、「人間の真似事」よろしく言葉として固めた方がまだ使いやすい。
「──オーティアルパ! 上空へ行け!」
「うん、わかってる」
「クソ、なんで連係取れてんだよ! お前ら戦線組むとか初だろ!」
「フハハハハ!! 初故だ! 互いに互いを──互いの恐ろしさを知り尽くしているからこそ、お前達神よりも何度も演算した! 他の天龍が敵に回った場合の想定をな!!」
「僕達は決して、仲のいい兄妹姉弟というわけではないからね。九体の天龍の内、誰かがバランスを崩せば、必ず争いになる。それが故意であれ不意であれ……だから、僕達は生き残るために、他の天龍と不可侵でいなければいけなかった」
「神よ、虚構の神よ! 先程お前は、遷移法則を忘れたのかと問うたな! ──我らは生物だ! この世に生きる者として──法則に縛られなければならない理由が無い!」
「世界がぶっ壊れてもどうでもいいってか……?」
「ああ、その通りだ。だから世界が在る!!」
ソラム。赤龍ソラムは光と火の魔力を自在に操る。彼の齎す熱線はすさまじい射程と速度を誇り、直線上にあるものを全て溶かし得るだろう。
ただしそこまでの魔力凝縮を行うには数秒の溜めを必要とする。だから、ライエルは兆候が見えた瞬間に黒龍スーニャやヌタスを背にする。オーティアルパは鱗粉で防げてしまうため、壁には使えない。
「妄言もいい加減にしろよ……散華!」
魔力の状態で留めていた氷の魔力を、一気に現出させる。
それはソラムの右翼、ヌタスの左足を捉えた……けれど、瞬時に抜け出された。
刹那、大気を叩く破裂音が響く。
「雷……ヌタス、お前、いつのまにそんな器用になった。生まれ直したばっかだろ」
「今までは必要なかっただけ。けれど、この夢を見続けるには、惜しむ魔力が惜しい」
「……」
天龍を殺すわけにはいかない。
ただしそれだと、あの男を助けることはできない。
あるいは権能を。
……頭を振るう。
それを最後の手段とするために、わざわざ人間の真似事をして戦っているのだ。
ならば。
「
「ほう──神術など、最早見る機会に恵まれないものだと思っていたが──我らに使うか!」
「
現れるは天龍に匹敵する大きさの巨狼。聖霊に近き氷の造物、ハトゥ。
神術。それはかつて学問の神だったウアウアが生み出した、神の魔力操作を学術的に解析・テンプレート化したもの。
見る機会に恵まれないのは当然だ。そんなものを使うより、直接操った方が自由度が高い。規定通りの動きしかできない神術など、開発したウアウアさえも使う機会に恵まれず、歴史の中に消えていった。
あるいは──視ようとしていないのなら、ファトゥルムさえも知らないだろう技術。
ただ一点、この技術が普通の魔力操作に勝っていることがある。
それは。
「殺すな。固定しろ」
術者の意思に関係なく、オートで動かせる、ということだろう。
ゴーレムやマリオネッタと似た存在なのだ。神の作るソレが意思を持つのは、件のマリオネッタらを見ればわかろうもの。
それよりかは幾分か劣るものの、覇凍は充分な意思を持っている。
「来い、神の造物! 神! 大義はそちらにある!!」
「──わかってんなら、どうして理に従えねえんだ」
「夢を見ているからだ!」
光線が、氷の巨狼を貫く──。
そんな男連中の戦いの傍らで、シンクスニップもまた戦いをしていた。
「しょーじき、ウチは羨ましいよ。そうやって……生きてるみたいに振る舞えるの」
「ええ、そうでしょうね。神々は自由に見えて、その実縛られて縛られて、雁字搦めになっている。何をしてはいけない。これをしたら崩れる。あれをやれば掛け違える。……どちらが憐れか、なんて話をするつもりはありませんが、肉体的自由を縛られた私達天龍と精神的自由を縛られたあなた達神々は、結局のところ空席の神の造物。似た者同士なのでしょう」
「もう飽きちゃったカンジ?」
「……夢を見たくなっただけです。一度きりの夢物語を。だって……私達の反乱なんて、空席の神の力を以てすれば、瞬く間に抑えつけられる事象でしょう? けれど、それはまだ来ていない。なら……好きにやって見なさいと、そう言われているような気がして」
「そこについてはま、ドーカンだけどね」
心や感情を魔力操作のように操るディオレティシア。
対し、心や感情を権能として操るシンクスニップ。
ディオレティシアから放たれる洗脳に近いそれ。己に向かうものと、ライエルに向かうものだけを的確に巻き取り、潰していく……静かな戦い。
「良い機会だしさ、教えてよ。天龍にとって、ママって何?」
「……生まれた頃は、理解のできないものでした。なぜ私達に精神を与えたのか。なぜ私達を生き物にしたのか。つらいだけ、苦しいだけ、悲しいだけの生を与えたアレを恨んだこともありましたね」
「ま、そーだよね。ウチらと違って……天龍は嫌われ者だし」
そうだ。天龍は嫌われ者なのだ。
換期法則に従って航行しているだけなのに、それを咎められたり、非難されたり。ただそう在るようにと生み出されただけなのに、討伐対象にされたり。
勿論エントペーンのように自ら率先して嫌われるに値する行動を取っている者もいる。けれど、全てがそうではない。
そして、だとしても……オーティアルパを始めとして、「在るだけで嫌われる」天龍がほとんどだ。
空席の神の手によってそうデザインされただけなのに、敵意は天龍へと向く。
人間が空席の神を知らないから。
「でも、その口振りだと、今は違うの?」
「そうですね。……私達を生み出してくれた母親であり、そして乗り越えるべき壁であり……いいえ、この表現は正しくないでしょう。彼女は、檻なのだと、私は考えています」
「檻……」
「はい。たとえ、檻の外がどれほど危険で、どれほど私達が彼女に守られていたのかを知ることになるとしても……私達は外に出たい。外に出て、生き物になりたい。それを阻む檻。……彼女は本当に檻なのです。壁であってくれたら、私達は向こう側を見ずに済んだのに……格子だったから、外の様子がわかってしまった」
ただただ、羨ましいと……そう思う世界が広がっていた。
広がり続けていた。何年、何万年、何億年を経ても、天龍が役目を降りることはできない。その間にヒトは様変わりをし、カミも様変わりをする。万化法則によって、天龍と彼女以外の全てが変化し続ける。
だから、羨ましい。
そちら側でありたかったと。
「ごめんなさい、シンクスニップ。わかっているんです。私達全員が、夢を見て……世界をめちゃくちゃにしようとしている、って。こんな身勝手な行動は慎むべきだって。でも……」
「目を灼かれたんでしょ。ま、しょーがないでショ。あんなの見たら、誰だってついていきたくなるよ」
男連中と違って激しい戦闘をしているわけではないから、余裕があった。
シンクスニップの見る先。光景。
水晶の嵐の一切がその人間を避け続ける偶然。ゴルドーナの奇跡でも片付けられない異様。
「まるで、運命が意思を持って、彼女を生かしているみたい……だねー」
「ただのエネルギーでしかない運命が、意思を。……神としては、どうお考えなのですか? ああ、彼女についてではなく、空席の神についての質問です」
「んー。ま、ウチらにとってはママはママだよ。それ以上でもそれ以下でもない。……だからこそ、よく知ろうとしてない、っていうのは……認める」
「……自覚は、あるんですね」
「まーね。ウチらはさ、兄妹姉弟仲は良いんだよ。天龍と違って、になっちゃうから、嫌味っぽく聞こえるかもだケド。……でも、ママのことは……本当に何も知らない。何を抱えているのか、なんでウチらを作ったのか、ううん、なんで世界を創ったのか。本当にママの語る通りの理由なのか、本当にママはこの先もずっと独りぼっちでいいのか」
それは、常にシンクスニップが感じていることでもある。
彼女は孤独だ。誰との繋がりも無く、その終わりも確定している。誰も彼女の理解者にはなれない。彼女と同じ立場の存在がいないから。
この世界の全てが造物で──「異世界の魂」さえも、彼女の目線には立てない。
何万、何億の「繰り返し」にも耐え得る精神。けれど、だからなんだ、という話でもある。
耐え得るから──そのまま放置していいのか。
そんなの。
「ふつーに、嫌だな、って。思うよね」
「……あなたは覚えていないでしょうが……生まれたばかりのシンクスニップ。つまり愛憎の神も、似たようなことを言っていましたね」
「え、昔のウチに会ったことあんの?」
「はい。そして、嘆いていましたよ。"私の愛憎は、一番届いてほしい相手に届かない"、と」
「……そなんだ」
一番届いてほしい相手。
「だから、恋情になったのかな、ウチって」
「ふふふ、どうでしょうね。……それよりも、もうすぐ決着がつきそうですよ」
「あー、やっぱライエル無理か、一人じゃ」
「いえいえ。彼は真面目で、そして実力がありますから、頭に血の昇ったソラム達に負けることはないでしょう。決着というのはそちらではなく──あちら」
そちら。
無色の魔力が千切れ吹き荒ぶ──あちら。
「見てください。──スーニャが、根負けしますよ」
「……本当にすごいね、あの王女サマ」
気まぐれにも程があり。
気分屋にも程があり。
万化法則に縛られていないはずなのに、万化法則の権化のようなスーニャが──。
「わかった、わかったわかったわかったよー! もう諦める、諦める、言うこと聞くから追ってこないで!」
「いや、それではダメだ! ワタシは貴様を連れて行きたい!」
「連れて行っていいから! もうなんでもいいからー! スーニャ疲れたー!」
──調伏、される光景を。
「……じゃあウチらの戦いも終わりでいい?」
「そうですね。ただ……」
ただ。
「あいつら止めるの、どーすんの?」
「私達が何をしなくても──」
「ん……なんだ貴様ら、そこで何をしている? ……人を襲うのはやめてくれと言っただろ! それともやはり、腹が減っているのか!?」
神龍大戦は、序幕も序幕で幕を下ろす。
完全に下ろしたわけではないけれど……少なくともここでは。
「目的は達成できた。そうでしょう? ──帰りなさい、二柱の神。そうして、あなた達はあなた達の運命を辿るのです。今日ここで起きた邂逅は、本来ならばあり得なかったもの、神と天龍が争うなんてあってはならないこと。……私達天龍が空席の神に潰されるかどうかも含めて、あなた達は見守っていてほしい」
「……ウチはこの世界を消す気は無いよ」
「役割が違う、という話ですよ、恋情の神様。──あなたには、解明しなければならないことがあるのでしょう?」
「そっちの役割は、なんなの?」
「夢を見るなら、眠らなければならないことを、世界に教える。ただ、それだけです」
「!?」
「大丈夫。あの王女様が望む限り、あなた達の目的の人間の灯が消えることはないですから。──時間を無限にしたくないのなら、そう動いてください、シンクスニップ」
「どういう──」
「"センシストゥフィアリ"」
遠のいていく。
景色が、全てが。
そして──いつの間にか。
ライエルとシンクスニップは、ファーマリウスの中心、爆心地のど真ん中の、馬車の中にいた。
「は……?」
「……え?」
桃龍ディオレティシア。
心を操る彼の天龍の性能は──天敵であるヨヴゥティズルシフィとオルン以外の神へは、特効に近い相性を持つ。
シンクスニップでは、そしてライエルでは、初めから土俵に無かったのだ。
あるいはライエルが早々と権能を使っていたら違ったかもしれないが──。
「……ライエル。メイズタグのとこ行こう」
「なんだ、いきなり。まずフレディを」
「あの人間は大丈夫だよ。運命が見放してないから。それより、ディモニのことを解決するのが……ウチらの役割だと思うから」
センシストゥフィアリ。
古い言葉で、「身の丈」の意味がある。
やりたいことをやるのなら。
やりたいことを、しなければならないのだと。
「……お前、その説明でイルーナを納得させられるんだな?」
「うん。任せて」
「……わかった。んじゃ、行くか」
「ん」
シンクスニップは、「やりたいことを」を見つけたらしかった。
──無論。
そんな「短い事象」であるのなら、神龍大戦の開始にはならない。
彼ら彼女らの邂逅など児戯に等しい。
なぜなら。
大嵐のようなソレの中で、樹木が、緑が、何の関係があるのか、とばかりに生い茂る。
「故を言え──なぜ我らを襲う!」
「規定外の動きをしたのはそちらの方でしょう。──システムはシステムのまま、ただ従順に動いていればいい。そこに何故を問う程度の知能がありながら、大局を見ることのできない低能さには呆れて物も言えません。あなた達は思い出すべきです」
ブレスも羽搏きも、食いちぎっても暴れまわっても。
深く早く、強く大きく生長を続ける植物には、敵わない。
山のよう、と称される巨体を持つ二つの天龍は、しかし気付けば"森"にいた。
どれほどの高空へ逃げようと、どれほど速く飛翔しようと、どこまでもどこまでも続く森。
巨体故に躯はどんどん傷ついて行き、体力も削られて行く。
「──同じ造物でありながら……ここまで出力を違うものなのか!」
「同じ? ……ふふふ、面白いことを言うものですね」
雰囲気も、口調も、在り方も。
二つの知る「ソレ」とはあまりにも違う。
して、次第に──巨龍は
「が……ぐ、ぅう!」
「我らを殺すことの意味を忘れたわけではあるまいな!」
「なんですか、みっともない。ここまでやっておいて自身の貴重性を担保に? ふふふ、幼稚ですね。本当に幼稚。……大丈夫ですよ。あなた達は死ぬわけではありませんから」
蔦が絡みつく。
巨躯に芽が生える。
その身が──果皮に覆われていく。
「まさか──お前が最後の文字を拝命しているのは」
「思い出せたようで、何よりです。──それでは」
溶ける。熔ける。融ける。
蕩けてとける。溺れる。
蒼龍エントペーンと翠龍ルエティッポはどぷん、ととけて。
「……ああ」
「おはようございます、エントペーン、ルエティッポ。再生した感想はどうですか?」
「素晴らしく……気分が良い。あらゆることから解放されたようだ」
「前までの己の、なんと矮小なことか。……永い眠りより目覚めを与えてくれたことを感謝する」
生えた。生えて、実って、生まれ出でた。
とけた己を吸って生長した果実が──巨龍へと姿を戻す。
「やるべきことは、わかりますね?」
「……元の位置に戻る。いや……他の天龍も戻すべきだ」
「人間の輝きに目を奪われるなど……なんと、愚かな」
容赦などない。改変などしない。記憶の処理などでは済ませない。
ライエルやシンクスニップのような人間の真似事はしない。わざわざ正面からの戦いなどしない。
"権能"は、そこまで甘いものではない。
この日、二つの天龍は──誰も気づかぬ間に、「魔物」となったのである。
ディグマリアン。
フランキスらの帰りを待つアンネ・ダルシアとツァルトリグ・ヴィナージュ。そして──まるで我が家であるかのように訪ねて来た、深理の神メイズタグ。
想定していた「攻め込まれるようなこと」もなく、ただただ時間が過ぎていくだけのそこに、突然濃密な気配が現れた。
「っ、ライエルとシンクスニップだと!? ──母の手先だ!」
「アンネさん、あなたは決して前に出ないように。神の一撃ともなれば私も深手を負うでしょうが、それでも一撃は耐えてみせます」
「何言ってんだい。アンタらは客人なんだ、守られっぱなしは御免だよ」
「どちらにせよ、私が様子を見てくる。……最悪を想定してくれ。ライエルは──神の中でも、最強と言える権能を有している」
唾を飲み込むはアンネ・ダルシア。この牙城は対人間用に作った防衛砦だ。神の突撃など、予期していない。
──果たして。
「メイズタグー。ちょっとウチらの頭じゃわかんないことあってさ、聞きに来たんだけど」
「すまん、メイズタグ! 戦いに来たとかじゃ決してねぇから、警戒解いてくれ!」
「……。お前達は肩透かし、という言葉を知っているか?」
容易く和解に終わったらしかった。
「ディモニアナタの性格が変わった理由……?」
「ああ。最近も最近だろ? けど、俺達それを思い出せなくてよ。加えてギギミミタタママと愛憎の頃のシンクスニップの喧嘩の時のこともあやふやで」
「……真実のようだな。私も今あの喧嘩を思い返してみたが……ウォッンカルヴァの権能によって覆い隠されているらしい」
「やっぱり?」
アンネ・ダルシアやツァルトリグ・ヴィナージュに聞かせる話でもないので、三柱は結界を張って、会議を行う。
言われてみれば、と。
「……今、内圧の神が狙われている、という状況は理解しているか?」
「え、ナニソレ」
「知らねえけど……」
「世界を壊す動き、とでも称するべきか。恐らくだが、今起きている天龍の集結もその一環だろう。誰かが何らかの目的を持って、世界の根幹を壊そうとしている」
「……メリットが分からねえ。そいつが誰であれ……神であれ魔族であれ、そいつもそこで死ぬだろう。つか、そもそもこの世界の存続は決まり切ってる。あいつの演算は終わってんだから」
「私も初めはそう考えた。だが、クインテスサンセスやクロウルクルウフが動いているもののように、「確定した事項」の過程……いや、仮定と表するべきか。そこに「確定させない変数」を入れることで、未来が変わる。世界の記録は書き換わる。つまるところ、やろうと思えばここから先──母以外の全存在の消滅と、そこから十七億年の時を経て世界消滅、なんてことも可能なわけだ」
「ママを独りにするのが目的、ってこと? ……意味わかんないんだけど」
疑問の解消をしに来たのに、疑問が増える。
理解のできない行動をする者がいる。けれどそれは。
「セノグレイシディルが死ぬ直前、飽いた、という言葉を吐いていた。人間、あるいは魔族の中から、そういう言葉を吐く者が現れるのは不思議ではない」
「飽きたなら、一人で死ねばいいじゃん。なんで世界を巻き込むの?」
「ただただ傍迷惑な馬鹿か、あるいは……俺達の知らねえことを知ってるのか」
「……ふ」
思わず、と言った様子で、メイズタグが笑みを零す。
むっとするのは二人だ。だから、何かを言われる前にメイズタグは「すまない」と謝罪を入れる。
「いや……素直になったライエルとシンクスニップが、こんなにも相性がいいとは、と……なんだか感慨深くなってな」
「いきなり兄面かよ」
「ダルいんだけどー?」
「だからすまないと言っているだろう。……話を戻すが、私にはこの二つに関連性があるような気がしてならないのだ」
「この二つって……ディモニの性格が変わった事と、世界を壊そうとしている奴がいるって話の二つ?」
「ああ」
「俺達がお前より頭悪いのはわかり切ってる。だから、勿体ぶらずに言ってくれ」
「そういうつもりはなかったが……そうだな。言い方は……
「首謀者……アレか、指し手とかなんとかって奴か?」
「もっと上位の存在だ。こう考えると良い。母は勝手に含まれたにしても、指し手たちは賭け事を行っている。世界という盤面を用い、駒を使って争っている。──ただし、その賭けには胴元がいる。ゲームマスターとでも言うべき存在が、ゲームメイクをしている。そのゲームマスターが違法にも複数の指し手に働きかけて、望み通りの盤面を作り出そうとしている」
偶然こうなった、のではなく。
故意にこうさせられた、と。
「ここから先は推測だが、ディモニアナタの豹変とウォッンカルヴァの権能、天龍たちの暴走や内圧の神の排除
「……アイツがその首謀者、って可能性は?」
「それはないっしょ。ママは世界壊したくないだろうし」
「ああ。同時に、母がこれを知らない、というのもおかしな話だと思っている。故に、故意に知らないようにしている、と見るのが真実に最も近い答えだろう」
「自分の敵みたいなものなのにか」
「完全な敵対をする前にその位置に入り込んでしまえば、母は己が信念を変えない。そうだろう?」
ある意味で、「空席の神Futurum」でさえも「ロールプレイ」なのだ。
本来の彼女にそれらしい情動は無い。展開を楽しむ、なんて心はない。だからこそ彼女は彼女に干渉しない。
システムとしての彼女であれば自身にバックドアを設置する、くらいはしていてもおかしくないのだ。それをしていないのは、彼女がこの世界を生きる神の一柱という在り方をロールプレイしているから。
「アタリはついてんのか、その首謀者とやらの」
「……流石に無理だ。情報が足りない。……世界の記録にアクセスするべきだとは思っているが……つい先日、私は神であることをやめている」
「あーっと……わかるように話してくれ」
「やめてないじゃん。神じゃん、メイズタグ」
「いや、もう私は権能である"深理"を使わないし、理層空間にも入らない。凡そ神の行い得る行動の全てを縛った。母と同じく、ただの人間として過ごしている」
「んー。ウチらも今人間ごっこしてる身だから言うのはおかしーんだけどさ。なんで? なんかやりたいことあるんでしょ、メイズタグ。なのになんで力を捨てんの?」
「捨てようとしたが、持っているだけ持っていろと母に言われたのでな。縛っているだけだ」
「そういう言葉遊びが聞きたいんじゃなくて」
「人間として、母と向き合いたくなった。あらゆることを知り、あらゆることを成せる神では見えない視点があることに気付いた。力を使わない今の方が──視野は広い」
メイズタグの言葉に、ライエルは納得した。ライエルは元よりそちら側だから。
メイズタグの言葉に、シンクスニップは……目に見えて不機嫌になった。
「カッコ悪」
「……そう映るか」
「できるのに、できないことにして、やらない。……全部やってから、やるのやめればいいじゃん。……カッコ悪い。兄面すんなら、ちょっとは兄らしくあってよ」
「すべてをやってからでは遅いんだ」
「遅くない。やってダメだったら怒られる。失敗が怖くて怖くて仕方がない、って聞こえる。……さっき、ディオレティシアと話してきた。それで……昔のウチが言った言葉を教えてもらった。それでハッとした。させられた」
最期に孤独となることが確定している彼女。
今までの歴史においてもずっと孤独だった彼女。
理解者などいない。隣に立てる存在などいない。
目的のためだけに動いているのなら、天龍にも神にも心は必要ない。
ならば彼女が、意識的か、あるいは無意識に求めているものなど──恋情の神に想像つかないわけがない。
「ウチは与えられた力も、得た力も、全部を使って……ママに言葉を届けたい。……二人ともさ、落とされ星の詩、どれか知ってる? いっぱいあるけど」
「知ってはいるが……」
「なんだ、いきなり。……俺はちょっとしか知らねえけど。人間が唄ってる奴だろ?」
「うん。全部ロマンティックで、夢があって……どれもに感情が詰まってる。ウチらが見ても、星空は綺麗で美しくて、落とされ星には期待がある」
だから。
「あの星空を作ったのは、ママなの。──その意味を、ママに教えてあげないと」
「ライエル。シンクスニップを守れよ」
「あ? さっきからなんだ二人とも。言葉が唐突過ぎるだろ」
「私は私のやり方で、泥臭く、地道に、"できないやり方"で母を救うつもりだ。だからシンクスニップ。お前は格好良く、素晴らしい、"できるやり方"で母を愛してやってくれ。そのためにライエル、お前がシンクスニップを守る必要がある」
「……そう簡単に権能を使うつもりはねーんだけど」
「そう簡単に使わなければいい。さて、ディモニアナタの豹変の件、シンクスニップとギギミミタタママの喧嘩の件は承知した。後者はウォッンカルヴァに会う機会があれば聞いてみるし、前者のことは……トゥナハーデンにでも聞けば、何かわかるかもしれない。ウォッンカルヴァは神殿にでも行けば会えるだろう。トゥナハーデンも人間の真似事をしているのだろう? 会う機会は作れる」
嬉しそうに笑うメイズタグ。
どこか不服げな弟と妹の顔に──また笑って。
「私が言うのもおかしな話だが──ありがとう。母を想う兄妹姉弟が増えたことを、嬉しく思うよ」
「兄妹姉弟だと思ってんなら、感謝とかするなっつーの。ウチらは子供達なんだから……初めての親孝行くらいしたって不思議じゃないっしょ」
「……言葉を届ける、か」
あの時、ライエルは言葉を届けられなかった。
届く言葉じゃなかったからだ。
だけど。
だから。
「──虚実を反転させる。"虚構"──『虚構の神ライエルは絶対に諦める』」
その否定だけは、しておくのだと。