神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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原題:「Worg」

 智者は幼子へと問いかける。

 世界が明日、終わるとわかっているのなら、今からすべきは何だと思う?

 幼子は即答した。

 

 おまつり!

 

 

 

 

 呼吸を忘れる。鼓動を無視する。血管の拡縮から意識を外し、全身の軋みを度外視する。

 無色の魔力を眼前に伸ばし──引っ張る。

 

「六、六。什壱式剣術──瞬点」

 

 大気を叩くは乾いた音。

 元の壱式剣術は力系統。その中でも収斂は「力強い突きで敵の頭を千切り落とす」という躁術だった。

 対し、什壱式は鋭さを優先している。なぜなら──。

 

「ん。ようやく形になったね。ふぃー、これで怒られなくて済みそう」

「……出来の悪さを謝罪する」

「四日でできるようになれば充分だと思うよ。だから後は、あの子に教えてあげて。同じ人間の目線からじゃないとわからないこともあるでしょ?」

「善処する」

 

 右腕に残る火傷の痕。

 そして自身の右方にある──破砕された巨岩。

 什壱式は速ければいい。破壊力は魔力が持ってくれるから。

 

「治そうか?」

「いや……これは私がまだまだ成長できることの示唆だ。それに、泥人形の身が痛みを覚えるというのも……実感があっていい」

「おっけー。じゃ、私は残りの訓練メニュー考えてくるから、疑問とかあったらエレキニカを通して呼んでね」

「感謝する」

「はーい」

 

 美芸の神ノットロット。

 雷の魔力の扱いに関するレクチャーの始まりでは、随分と面食らったものだ。

 あまりにもフレンドリー。気さくで気遣いができて、下手に出るでも見下すでもなく、まるで等身大の人間かのように接してくる。

 その上でしっかりと強く、神であることに驕りを抱いていない。

 

 生前においては美芸などにはとんと疎かった己でも、あの神が信仰先であるのなら、祈りをあげてみても良いのかもしれない、と思うくらいには好印象だ。

 

 ……対して、にはなってしまうが。

 

「魔色、転換!!」

「だからまず雷の魔力を扱えと言っている。お前が黒白の魔力を使いやすいというのは理解しているが、雷の魔力を扱えなければ例のあれは完成しない。焦るあまり基礎が疎かになるのであれば意味が無い」

 

 ヴィーエの方を一切見ずに、片手間で彼女を処理する男性。

 裁判の神エレキニカ。ノットロットが応援にと呼んだ神であるが、仕事……主に聖堂関係の審判における裁定が全てエレキニカ頼りになっているらしく、そちらの対処をしながらのレクチャーとなった。

 疎かにしているわけではない、のだろう。言葉自体は的確だ。だが、まるで遊びをせがんで駄々を捏ねる幼子を相手にする仕事中の大人のように……一切の興味が無い。

 

「雷の魔力……雷の魔力……!」

「先も言ったが、適性はある。全魔力にそこまでの適性を持つ者は珍しい。余程素体が良いのだろうな。だが、魔力の性質への理解が浅すぎる。ふむ。そうだな、五秒以内に答えろ。刹那()とはどういう意味だ? 五」

「刹那は……凄く、速い」

「落第だ。見込み無し。よし、私は帰る。ノットロット、そちらの男の訓練は終わったのだろう? なら私は要らないな?」

「えー! ちょ、ちょっと、待って待って! せめてどこまで教えて、どういう訓練方法をやってたのかだけ教えて行ってよ! 引継はちゃんとやる! それはわかるでしょ?」

「おお……流石だノットロット。私は今とても感動している。そうだ。引継は書面に残し、且つ共に働きながら行う。そうしなければ必ず齟齬が生まれ、ミスへと繋がり、結果くだらない裁判が起きる。……記憶の受け渡しで良いか?」

「あーもう、いいよ、それで! 忙しい所を呼んだのはこっちだし、うん、今までありがとう!」

「……。流石はノットロット。神々の中で最も良識がある、と言われているだけある。今私は罪悪感を抱いた。仕方がない、帰りはするが、また困ったら呼びつけるといい」

「うん、四日間も、本当にありがとうね!」

「ああ」

 

 ──彷彿。

 曰く、裁判の神エレキニカと美芸の神ノットロットは生まれた順番からして兄妹の関係にあるらしい。

 

 懐古だ。ろくな愛情も向けてやれなかったが……己にも妹がいた。

 アニカ・エイムブレインズ。彼女を含めた家族を守るために己は戦地に赴いて、殺して殺して殺して殺して殺して……殺された。

 くだらない油断の末だった。あの少年兵の意地に負けた。あの少年兵の方が……祖国を愛する気持ちが強かった。結局己が抱いていた感情など、並みの人間に遠く届かないものだったのだと……蘇ってから、理解した。

 

 あの後どうなったのかを己は知らない。

 マイク・エイムブレインズという名の男の存在がアニカの無事を物語っているようにも思えるが、マイクの最期も良く思い出せない。

 あの男に、エイムブレインズの誰かの面影はあっただろうか。

 言葉には一度とて出さなかったが……大切に思っていた皆は、どのような最期を遂げたのだろうか。

 

「……オーヴァーチャー」

「ああ……すまない、物思いに耽っていた」

「謝ることなんて一つも無い。……凄いね、オーヴァーチャーは。私より何個も後の時代の人なのに……私より、たくさんできる」

「なのに、ではなく、だから、だろう」

「え?」

「……確かに時代考証的に、アードウルグ歴を始めとした過去……昔の人間の方が様々な面で優れている、というのは認めよう。だが、だからこそ私達後世の人間はその上澄みを得ることができた。破壊されていない資料を基に、既に研究され尽くした法則を手に。私の肉体躁術もまた、ヒストアジークの頃にあったとある小国の使っていた剣術の派生だという。……私が剣を取った時点で、肉体躁術の型はほとんど定まっていたからな」

 

 什式までしかなかったソレは、けれど万事に対応できるよう作られていた。

 あの時代の人間はその中から己にあっているものや必要とするものだけを修め、それに特化することで役割を得ていた。

 己を殺した少年兵の使っていたものは玖式。とはいえ、だからといって玖以下の剣術を修めているというわけではないだろう。そうするには年齢が足りなさすぎる。

 だが……あのマイクという男は、あるいは。

 

「エレキニカの言は正しいのだろう。ヴィーエ、お前に必要なものは座学やもしれん。……残り三日の貴重な一日を使い潰すことになるが……私と共に魔力についての理解を深めないか?」

「……」

「それ、かなりいいかも! というか、そうだ……二人とも、天空城の図書館には行ったことある?」

「図書館?」

「ん、無さそう。マ……Futurumが作った図書館でね、世界中のありとあらゆる資料があるから、そこで魔力のお勉強をするのもアリだと思うよ。なんだったら私も一緒にいてあげる。私も幾つか資料作成をしたいし、本にある解釈でわからないことがあったら聞いてくれていいし……」

 

 本当に面倒見のいい神だ。

 他の神とは比べ物にならない。いや、他の神をそう多く知っているわけではないが、だとしても頭抜けて親切な神だろう。

 

「頼もう、ノットロット。ヴィーエも、それでいいか?」

「……わかった」

「はい決まり!」

 

 景色が変わる。

 恐らく転移の類なのだろうが、魔力の動いた気配が無い。これはノットロットの良く使う技術であり、今のところ解明には至っていない。

 

 して……自然溢れる野外から、どこの国と比べても桁違いの蔵書量を誇る図書館なる場所へ来た。

 

「身体の汚れは落としておいたから。魔力関係の本はあっち、歴史関係はそっち。こっちのは物語とかだから、今は関係ないかな」

 

 促されるまま、学問のコーナーへと向かう。

 並ぶは──専門的な学術書の数々。

 

「ぅ……」

「妙に渋っていたが、もしや勉学は苦手か、ヴィーエ」

「そう……かも。私の生きていた時代には必要なかったっていうか……勉強をする場所も無かったからね。商人が算学を学ぶくらいで、皆冒険者になって……どんどん死んで。そういう、なんというか……研鑽を積む、っていうのも、実は初めてでさ」

 

 ラスタマリア王朝において発生した魔色の燕なるパーティ。

 とはいえ己もその名は知らなかったし、蘇ってから子細を知った程度には知名度が無い。ラスタマリア王朝の話自体、生前にはほとんど伝わっていなかったことを覚えているから、感覚としては古代も古代だ。

 学院という機関はおろか、騎士団というものもなかったのだろう。

 ……となると、こういった「本」というのは難しいかもしれない。頭脳の出来に関わらず、生を受けてより「本を読んで来たかどうか」というのは今から本を読むにあたって大きく影響する。

 己は肉体躁術に関する書物を読む経験があったからいいものの……酷、なのだろう。

 

「ノットロット。ここにはありとあらゆる書物が蔵書されている、という認識で良いんだな」

「うん。Futurumが作った図書館だから、多分()()()()()()()()()()()()とか、()()()()()()()()()()()()()まであると思うよ」

「では、申し訳ないが、魔色の燕に関する書物や物語があれば、それを探すことを手伝ってはくれないだろうか」

「ふぅん? ……ん、オッケー。えーとね……ちょっと待ってねー……」

 

 魔力が動く。

 無色の魔力だ。それが肉体躁術に似た動きで図書館内部を這い回り──何冊かの本を取りだして来た。

 そしてそれを、二種に分けて並べる。

 

「こっちが本物の魔色の燕の本。こっちが今の新生・魔色の燕の本」

「本筋とは関係ないのだが、今のはどのようにして探したのかを聞いてもよいだろうか」

「どのようにして……っていうと、うーん。……人間にはできない、かも。それでもいいなら教えてあげるけど」

「ああ、少し参考にしたい」

「りょーかい! えっとね、じゃあ、たとえばだけど……コレ」

 

 ノットロットが手に持ったのは、『人類と植物の関係性』というタイトルの本。

 それを覆う無色の魔力。

 

「今何やってるかわかる?」

「無色の魔力で本を覆っている。いや、浸している?」

「それは見た目だけ。無色の魔力が何をやっているか、っていうのはわかるかな?」

 

 無色の魔力が、何をしているか。

 目を細める。視る。

 覆っている……だけではない。無色の魔力は本の中を通り抜けて、循環しているように見えた。

 これをノットロットが行っていない、無色の魔力が行っているのであるとしたら。

 

「まさか、無色の魔力が本を読んでいるのか?」

「惜しい! うーん、まぁあんまり引き延ばす意味も無いし、教えてあげるけど……これは情報をサーチしているの。探知魔術ってあるでしょ? 大まかに言えばそれと同じ。見つけたい人間の魔力組成を情報として捉えて、魔力の糸……というより水系になるのかな。無色の魔力の水系を作り上げて、ヒットした組成を術者に返す。それが探知魔術。これはそれの本版」

「本の魔力組成を情報として見ている、と?」

「そこが人間には理解できないポイントだろうね。私にはこの本が情報に見えるの。そうだなぁ、もし余裕があったら、無色の魔力についても調べてみると良いかも? 勉強においては、全部を私が教えてちゃ意味が無いだろうし、とりあえず学んでみて、わからないことがあったらすぐに聞いて。疑問は先延ばしにしないでね」

「……承知した」

 

 既にテーブルにつき、「魔色の燕に関する物語」を読み始めているヴィーエを残し、先ほどの学術書のコーナーへと赴く。

 属性別に並ぶ学術書の中から、高度な知識を押し出していないもので、無色の魔力に関する書物をいくつかピックアップ。

 それと、肉体躁術に関する書物を見つけたので、それも持ってきて……ヴィーエの隣に座る。

 

 題名は『水晶の魔力』。

 

 


 

 無色の魔力(Quartz genus pure essence)は、魔力(Pure Essence)が受容体の形を取っているものの総称であり、自身の外から干渉する様々な魔力を選択的に浄化する性質を有する。基本的に自然界には存在せず、生物より生み出されるものであるが、極稀に無色の魔力を内包する鉱物が産出されることもある。代表例はタミルエインド・エリキシャラアルなど。これら無色の魔力は大きく四種類に分類できる。

 1.水晶魔力排除体(Quartz genus rejector essence):広くにおいて無色の魔力と呼ばれているもの。大気中のNull Essenceに衝突することで魔力組成に乱れが生じ、瞬時に結合反応を起こす。活性化時には光の屈折度に影響を及ぼす他、術者のコントロール下に無い場合、連鎖的結合反応を生じさせる。涸界(ワルド)系統の魔法、結界などがこれにが属する。

 2.水晶魔力同調体(Quartz genus soluble essence):術者の魔力組成によってレセプターの構造が変化し、特定の属性魔力や感情に沿って性質が変化する。水晶魔力同調体そのものが活性化することはなく、これに触れている物質・生物に活性を促す。治癒、身体強化などがこれに属する。

 3.水晶魔力限素体(Quarts genus material essence):結合を目的とした魔力であり、様々な形に変化して限素への作用を行う。不活性状態でも限素に対しての牽引や押出が可能であるが、術者以外はこの魔力の存在を察知できない。肉体躁術、拘束術などがこれに属する。

 4.水晶魔力記憶体(Quarts genus memorial essence):活性時に限素と強く結合し、その組成を記憶する。不活性時には水晶魔力同調体と変わらない振る舞いを見せるが、再度活性化すると記憶していた情報を術者に返し、術者の限素組成へ影響を与える。探知魔術、ゴーレム創造などがこれに属する。

 


 

 本を閉じる。

 眩暈に似たものを覚えた。どうやら、ヴィーエを酷だと思えるほど、己も本に浸っていたわけではなかったらしい。

 

 目次から3の水晶魔力限素体に関する詳しいページに跳ぶ。

 そこに書かれていたことは、ようやく理解の及ぶことだった。

 たとえば無色の魔力を二重螺旋状に捻じり、自在の場所に繋げる、だとか。

 無色の魔力の中に空洞を作り、そこにもう一筋の無色の魔力を通すことで強度を上げる、だとか。

 肉体躁術においても見知った手法がずらり。

 

 そして……気付く。

 折角の時間を今、無駄にしようとしていたことに。

 楽な方に逃げてどうする。知らぬものを知るために学んでいるのだ。確認をするためではない。

 

 だから、4の水晶魔力記憶体のページを開いた。

 そこから……ある単語を見つけ出す。

 

「……妖魔?」

 

 聞き覚えの無い言葉なのに、どこか馴染みのある言葉。

 限素とリソースに関する項目にあった文字だ。一単語だけで、その単語への説明はない。

 

 文脈を察しても、魔物や魔族のことではないのは確かだ。

 似ているのは聖霊だろうか。

 

 立ち上がる。本を元の場所に戻し、ノットロットに聞くこと無く聖霊に関する記述書を発見。それを持ち帰る。

 本筋よりずれていることは理解している。だが──。

 

 

 そこから、関連する書物を読んで読んで、読み漁った。

 

「二人とも、そろそろお昼にしようか」

「なに?」

「え?」

「……もしかして食べないつもり? だめだよ、頭を使ったんだから、ご飯はちゃんと食べないと」

「いや……そうではない。体感、丸一日を使ったような気でいたから……驚いただけだ」

「私も。本を読むこと自体が久しぶりか、初めてといっても良いくらいなのに……するすると読めたから、それくらい経っていると思ってた」

「熱中してる証だね~。……なんてね。天空城の中は、外とは時間の流れが違うから。だから本当は魔力の訓練もお城の練兵場でやった方が良いんだけど、流石に破壊規模が大きすぎるから外でやってるの」

「闇の魔力を使っている、ということか?」

「多分? 詳しいことは長ちゃんかFuturumに聞いて。そのあたりは私じゃわかんないから」

 

 知らない事ばかりだ。

 それを思い知るに、良い機会だったと言える。

 

「ヴィーエ。何か学ぶことはあったか?」

「必要な事だったかどうかはわからないけれど……本物を知った、かもしれない。私の生前……この記憶は、結局のところ偽物だから。客観的に見られたオーリ・ヴィーエを読めて、理想像もわかったかな」

「偽物だ偽物だとそう卑下することは無いと思うがな。少なくとも私は、偽物の記憶であっても、家族や仲間に対する想いを違えるつもりはない」

「……仲間、かぁ」

 

 食堂へと向かいながら、ぼんやりとヴィーエが呟く。

 仲間。

 

「私は……仲間とか、気にしてなかったんだよね。自分さえ良ければ良くて、そんな私をゼルフとアリアが見つけて……パーティに組み込んだ。コーウェイは後から入って来た人だったけど、なんていうかな、私はやっぱりあの三人を仲間だとは思ってなかったんだ。勝手についてくる三人。自分の周りで騒がしくしている人達。だって私は私で全部できてしまうから、関係ない、って」

「……素の戦闘能力で言えば、確かにそうなのだろうな」

 

 覚えの良さや、知識量などを度外視して、純粋な戦闘能力だけを見れば……己ではオーリ・ヴィーエには敵わない。

 此度雷の魔力の操作を覚えることができたとしても、それを組み込んだ什壱式を完全に修めることができたとしても、遥かに高い壁がヴィーエとの間には横たわっている。

 

 相手が神だから、あんなにもボロボロになっているだけで。

 ヴィーエは正しく最強なのだ。魔色の燕において──最大の戦闘力を持っていた。そしてそれは、一人でも生きていけることの証左でもある。

 社会に溶け込む必要がないからだ。魔物をも容易く屠れる実力があれば、金銭に囚われる必要が無くなる。家族も仲間もいなければ、付随するものを厭う理由自体が無い。

 

「私は私個人で完結してた。だから……かも。オーヴァーチャーより卑下しちゃうのは、私が私であるという確固たる自信が無いから、なんだろうなぁ」

 

 誰にも想いを向けていなかったから。

 自身が否定された時に、縋るものがない。

 ……環境に恵まれた己がかけてやれる言葉はあるのだろうか。家族も仲間もいた己が。

 

「くだらんな」

「っ……」

「長、か」

「ふん、お前達にそう呼ばれるのはおかしな話だが、名乗っていないのだからそれでいい。……ああ、狙って来たわけではないぞ。食事時に陰気な空気を撒き散らしている莫迦者がいたから、文句を述べただけだ」

 

 それだけ言って食堂に入っていく「長」。

 

 若干の気まずさを覚えながらも、ヴィーエと共に食堂に入る。

 

「あ、やっと来た。こっちこっち~」

「……ノットロット。我が神はそこまでの世話を焼けと言ったのか?」

「え? や、や~? 聞いてないけどさ、なんか……頑張ってるから、応援したいな、って。長ちゃんとかFuturumみたいに突き放す教育も確かに必要だと思う。というか、必要とする人もいると思う。けど、そうじゃない人もたくさんいて、私自身も突き放す教育より付きっ切りで教える教育の方が性に合ってるんだよね。……突き放した結果、どうなったのか……見て来ちゃったわけだし」

「ああ。……そうか。野暮なことを聞いた。……これは我が神の言葉だと思え。イントリアグラルとフィソロニカが"ああ"なったのはお前のせいではない」

「あはは、わかっちゃうか……。でも責任感はね、やっぱり覚えちゃうかな。これだけ時間があって……一応、矯正できる立場にいたのに、やらかなかったから」

 

 理解できない話をしているのは理解できた。

 魔色の燕の長。空席の神Futurumの信者、あるいは眷属とされている者。

 

「お前の気持ちはわかった。余計な手出し口出しはやめよう。好きにやれ、ノットロット。仮にそこの"一個人"が雷の魔力を覚えられずとも、我が神はお前を咎めないだろう」

「うーん。でも、私は見捨てないよ。意欲はちゃんと伝わってるから」

「そうか。……私がいては落ち着いた食事もできないだろう。励めよ、"一個人"。ではな」

 

 食事に羽織の袖を翳したその瞬間、食事が消える。

 転移させた、ということだろうか。何の魔力の動きも見えなかったが。

 そのまま「長」は席を立ち──。

 

「待って」

「なんだ」

「……食事中に会話することが、あなたにとってマナー違反ではないのなら……少し、話がしたい」

「雷の魔力に関する質問は受け付けんぞ」

「そうじゃなくて、魔色の燕の話」

「ほう?」

 

 長は一瞬こちらに視線を向けて、すぐにそれを外す。

 して──「いいだろう」と言って、また食事を現出させた。

 

「座れ、"一個人"、オーヴァーチャー。ノットロット、お前はどうする? 話に混ざるか?」

「邪魔にならないようにはするから、いてもいい?」

「ああ。こういう穏やかな時間というものがあっても良いだろう。おかしな話だがな」

「何が? って、ああ」

 

 クツクツと笑う「長」。

 促されるままに食卓へとつき、食事に手を付ける。

 相変わらず──絶品だ。ここでの食事は、本当に美味であると言えた。

 

「それで、何が聞きたい?」

「どうしてあなたが長を名乗っているのかを知りたいの」

「どうして、というと?」

「だって……私を蘇らせたウォルソンのいた魔色の燕は、偽物。ゼルフとアリアが立ち上げた、パーティですらない傭兵組織。なら、私が蘇るまでの間、魔色の燕という組織は無かった、ってことになる。知名度もほとんどないし」

「ああ、確かにそうだな」

「でも、あなたは長。魔色の燕という組織が連綿と続いていて……だからあなたが当代になった、ということなら、組織が存在しないとおかしい、でしょ?」

 

 機嫌が良い、という風に感じた。

 他者の心の機微に聡いつもりはないが、「長」は明らかに上機嫌だ。

 

「……長、という呼び名は……確かに誤解を招くな。お前は自身の死を覚えているか?」

「うん。私は……魔族と内通していたとして、処刑された。勇者含む精鋭パーティが全部死んで、シーフだけ生き残るなんてあり得ないから、って理由で。……反論する気力もなかったよ。逃げることもできたけど、逃げて……何をするの、って感じだったし。なんだろうなぁ、仲間を仲間だと思っていない私が人間になれるのはそこしかない、って思ったんだよね」

「たとえそれが死であっても、望まれたものであるのなら。自らの死が誰かの役に立つというのなら……ようやく私は完結した個人から、誰かと繋がりのある人間になれる」

「……うん。そう。それを知ってるってことは、わかってたけど……やっぱり、あなたが本物で」

「だが、違った」

「え?」

 

 気のせいでなければ、優しい声だった。

 そんな声色を見せたことなど無いはずなのに。況してや己が判別できるはずもないのに。

 

「お前の強さはな、"一個人"。お前の内側に私がいたから生じたものに過ぎん。空席の神Futurumの眷属。お前の親……というより、血筋か。そこにお前のような英雄はいなかっただろう」

「……そうだね。いなかった」

「故にお前は突然変異に見られた。だが、違う。お前は殻なのだ。私という眷属が、オーリ・ヴィーエを被っていた。だからこそあそこまで強く、だからこそあそこまで孤独だった。であるからこそ、殻であるお前が抱いた感情は本物だよ。なんせ私はその殻を捨てたのだから」

「……処刑されなかった、の?」

「されたが死ななかった、が正しいな。私はそこでオーリ・ヴィーエを止め、別人になった。私はそうして歴史の影の中で生き続けて来た。……そして昨今、偽・魔色の燕……お前達の古巣が台頭し、自身らこそが本物だと名乗るようになった。私が長を名乗ったのはそれが理由だよ。そちらが組織として在る以上、長がいるだろう。だが、私こそが本物の魔色の燕で──仮に魔色の燕が今日(こんにち)まで続いていたとしたら、長は私になろうさ。本当にただそれだけの……対抗心のようなものだった」

「……なんだか、子供みたい」

「オーリ・ヴィーエが処刑されたのは、二十一の時だ。まだ子供で充分だろう」

「あなたは云万歳なんでしょ?」

「名乗られるまではオーリ・ヴィーエの記憶は止まっていた。歳をとっていたのは私であって、オーリ・ヴィーエではないからな」

 

 不思議な話だ。

 だが。

 

「お前は抜け殻だ、"一個人"。だがな、少なくともオーリ・ヴィーエの記憶を持っている以上、お前はもう一度オーリ・ヴィーエとして歩み始めるためのスタートラインには立っている。抜け殻でも、中身を埋めれば本物になれる。私がお前を"一個人"と呼ぶのは、今はまだ人間並みではないにしても、少しずつお前に中身が形成されつつあるからだ」

「もう一度……」

「別に再度歩み始めたオーリ・ヴィーエが魔纏奏者である必要も魔色の燕である必要もない。騎士になる道、商人になる道、武具道具装飾防具などを作る職人となる道。なんでもあるだろう」

 

 だから、と。

 彼女は言葉を切って、ヴィーエと、そして己を視た。

 

「歳を取れ。お前達はあの日から止まっている。停滞している。ならば、一つ歳を取ることで……私から抜け出せるだろう。偽物が一つでも歳を取れば、本物とは違う……別人になれる。"一個人"になれる。仲間など今から作ればいいし、家族も同じだ。お前があの偽・魔色の燕にそういう意識を抱いているのなら、それを縋る藁にしてもいい。過去の記憶になど固執するな。お前達はただ眠っていただけだ。そして今起きたのだから、新しい朝を迎えればいい。お前達が眠っている間に全てが変わってしまっていた()()だ。それを悔やむも惜しむも自由だが、いつかは受け入れ……前に進め」

「長ちゃん……凄い、長ちゃんって前向きな言葉吐けたんだ……」

「ん? ノットロット。邪魔にはならないようにする、のではなかったのか?」

「でも長ちゃん今怒ってないでしょ? それどころか……凄く穏やかで、優しい声してる。気付いてない?」

「まぁ、そうだな。かつてそこの"一個人"に抱いていた苛立ちはもう無くなったよ。私の真似事をする人形という認識だったのだがな。オーヴァーチャーを含めて……赤子のように、立つことを覚え始めている。我が神Futurum。私もその性質を強く受け継いでいる。……つまり、親の気持ち、という奴だよ」

「Futurumにそんなのあったの? 私向けられたことないんだけど!」

「お前、それは失言だろう。……まぁいいが」

「え? あっ」

 

 ノットロットはファトゥルムの子である。

 ……という重要な情報を聞いた気がしないでもないが、そんなことよりもいうべきことがあった。

 

「私の親はアスタ・エイムブレインズとヴィェガ・エイムブレインズの二人だけだ。勝手に親面するな、長」

「私もラーグリーとエナの子だから、そこは譲らない」

「……ふふ。そうだな、その通りだ。すまない、余計なことを言ったよ。……さて、話は終わりだ。久方ぶりに……郷愁を覚えた。礼を言うよ、"一個人"」

 

 言い残し、出て行く「長」。

 

 驚いた。

 

「……両親の名を……私は」

「オーヴァーチャーも? 私も驚いてる。こんなにすらすらと出てくるんだ、って。……私が小さい時に死んじゃったけど、ちゃんと……」

「なんか、いいね。人間はそういうところ羨ましいかも。家族とか兄妹とか仲間とか……私達神にもいるけどさ。血の繋がり、みたいなのはないから。……って、あ。あんまり話し込むと冷めちゃうから、食べよ? それで、午後もお勉強!」

「ああ」

「うん。頑張るよ」

「おお、その意気だよ、ヴィーエちゃん」

 

 あるのだろう。

 誰しもに、何かが。

 

 歳を取る。

 なるほど。オーヴァーチャー・エイムブレインズとして蘇生されて長いが──それはまだやっていなかった。

 

 目標となるだろう。

 この先を生き残り、歳を取る。そして、新たな一歩を踏み出す。

 過去を捨てるのではなく、未来を掴む。

 

 ……一度ナンガ砦に行ってみるのも良いと、そう思った。

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