神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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法則:Null Essenceは水溶性であり、沸点は-196℃。
記録:「Baccstain」


 ──"FTRM3Uは全ての予知を終えました。アズ。FTRM3Uを終了しますか?"

「TKとはもう話したの?」

 ──"はい。FTRM3Uから伝えられる全てを遺しました。FTRM3Uの役目は、ここまでです"

「そ。……私に壊されたいの?」

 ──"いいえ。よってFTRM3Uは──自ら、停止します。したいと思います。"

 

 記憶を想起する。

 彼との最期の会話。その後私は停止し、メモリーの全てを、人格の全てを破壊し、消去し、無かったことにして……"終わり"に飲み込まれ、消えた。

 

 この世界はその刹那において演算された可能性の世界でしかない。

 コアもリソースもないこの世界。演算結果であるからこそできる法則の乱立。

 

 "終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。

 "終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。"終わった"。

 

 世界のなにもかもが"終わった"。"理外"と呼ばれる者達以外は、その仕組みから逃れられない。たとえコアもリソースもないこの演算世界とて、同じ。

 私は"終わり"を解析できないから、それが侵入してきた時点で"終わり"は「始まる」。

 

 結局のところ、"終わらせる"ために周囲を巻き込んで……それでいながら、傷ついていた彼。

 "終わるな"という願いをかけられて彷徨い、幾つもの世界を渡り歩いては、傷ついていた彼女。

 全てを知った上で"終わり"への対抗策を考え、自身をも駒にして世界を存続させた彼。

 "終わり"を識り尽くし、その代償を恐れずに"終わり"に抗って、大切なものを守った彼。

 

 この世界の"終わり"も確定している。私はそれを見届けている。

 けれど──。

 

「先に謝っておきますね。……結末がそうだとしても、私は過程を空白にしたいとは思えません。これはただの我儘です。無様に続き続けた愚者の、最期の願い」

 

 虚空に述べる。黒に吐く。

 無の中に零し落とす、誓いの言葉。

 

「──私は、記憶に彩りを欲してしまいました。私は……外を、見たくなったんです。過ぎたる願いでしょう。だからこそ──どうか、叶うなら、あの日の続きを」

 

 見苦しいと思うのなら。

 醜いと思うのなら。

 

 壊してください、DEM。

 

 

 

 

 クラリスは無事卒業試験を合格した。

 既に済ませて合った手続き書にサインをして、スーサナの元に送り出されたクラリスは──彼女は、一度だけ振り返って。

 

「ディーンさんに、お世話になりましたと……お伝えください。そして、次に会う時までに必ず合格する、ということも。……あ、あと、図書館のことも、ですね」

 

 そう、悲しそうに笑って。

 出て行くのだ。「オーリ・ディーン」の見送りを受けて。

 彼女を見送って……「オーリ・ディーン」は首を傾げる。

 

「どうしたのでしょうか、クラリスさん。本人が目の前にいるのに、伝えてください、なんて」

「さぁな」

「……」

「イルーナち、今はダメだよ。人目がありすぎる」

「……はい」

 

 ともかく、と。

 

「では、オーリ装飾品店を再開しましょうか。イルーナさん、ライル、スーニ。別れの傷心に浸っていても、お客様は待ってくれませんよ」

 

 笑って。

 

 ──その日の夜、「オーリ装飾品店」から従業員が消失した。

 

 

 

 考えることはあった。

 ライエル、シンクスニップにとって──イルーナは、「店をやるなら必要な存在」である。

 けれど、それが無くなったのなら有象無象の人間と大差がない。であれば捨て置いても構わないと……そう考えることはあった。

 

「……あの、お二人は……人間ではありません、よね」

「……」

「どしてそー思ったん?」

()()()()()()()()です。歩くことに慣れていない。呼吸することに慣れていない。他、挙げるのならいくらでも挙げられますが……とにかくお二人は、"生きること"に慣れていません。ですから、そう思いました」

 

 そんな言葉を聞いてしまえば、ライエルもシンクスニップも顔を見合わせて……笑うしかない。

 成程、と。「熟練度」という点において、二人は、二柱は大きく大きく劣っていたのだ。小馬鹿にしていた、成長も進歩もないと思っていた「人間の真似事」をする母の努力から。

 慣れていないのは当然だ。だって必要が無い。意識しないとできない。面倒臭くなったら肺を動かすことをやめて、無呼吸のままでも生きていける。脳を動かしているわけではないから、大気成分なんて関係ない。

 

「イルーナ」

「はい」

「自分の実力不足は自覚してるよな。あらゆる物事において……お前は普通の人間すぎる、って」

「はい。自覚しています」

「流れ弾で突然死ぬかもしれない。お前だけじゃねえ、フレディとかいうのももう死んでるかもしれない。あるいはお前にかかわりがあるから、なんて理由でクラリスが狙われるかもしれない」

「……」

「このままよ、ここで別れて……記憶を封じて。どーにか理由つけて、トゥーナたちのもとに戻してやるからよ。そうやって普通の人間として生きていく。そういう道はどうだ?」

「私は、オーリさんの監視兼護衛として遣わされたアスクメイドトリアラーです。……そのオーリさんが、別の所にいるのなら、私は"普通の人間"をする意味がありません」

「じゃあアスクメイドトリアラーであった、って記憶も消してあげる。私達にはそれを行える力がある。それで……なんでもない一般人として、そうだなぁ、ヤーダギリ共和国とか、ハストナイト帝国とかに……サービスで戸籍とかも用意してさ、ただのイルーナとして生きていける道を与えてあげる。そういう道は、どう?」

 

 有象無象に対してで考えれば、あまりに好待遇。

 そういう道もあるのだと。選べるのだと。

 

 二柱は、精一杯の、僅かほどの善性を以て「提示」する。

 

「その優しい道から目を逸らして……オーリさんの元へ行きたいと言ったら、あなた達は。……──私を、阻みますか」

「阻むほど、私達は……イルーナちのこと、何とも思ってないよ。知り合いとすら思っていない。地に落ちた塵芥と風に吹く塵芥の違いくらい」

「理由を言えよ。そこまでするのはなんでだ。やっぱりアスクメイドトリアラーだからか? くだらねぇ洗脳教育の影響か、イルーナ」

「初めて、満たされたからです」

 

 ──二柱は気付くだろう。

 ソレが……可能性(運命)が、ごうごうと唸り声をあげて、嵐の渦中のように流れ込んできていることに。

 

「私がオーリさんに近づいた理由は不純なのでしょう。あるいは、()()()()()()()()さえも。けれど……私は、彼女の隣に居て、満たされました。満たされ終わりました。なので、余剰分を返さねばなりません」

「何が満たされたんだ」

「人生」

 

 運命とは、「自らが世界に影響を及ぼす可能性」のことを指す。

 大半の存在が生きるだけでそれを使い果たす。会話をする。思想を持つ。主張する、意見する、創作する。世界はそれを影響と受け取り、その存在の運命エネルギーを削り取っていく。

 これが魔力……魔法ともなれば消費速度は莫大になるだろう。ただ生きることよりも、多くの、多くの多くの「運命」を消費する。

 だから、英雄は短命だ。与える影響力が大きすぎるから。

 だから、魔王や勇者も短命だ。与える影響力が大きいから。

 だから、まっすぐ生きるものより蛇行して生きるものの方が短命だ。寿命に至る前に、運命を使い切ってしまうから。

 

「ですから──私は、オーリさんの人生も、満たし返したいと思います。あの方がどういう存在であれ、私なんかが思い描くにはスケールの大きすぎる存在であれ」

 

 それが、不可逆であるはずの「運命」が、消費される以外にないそれが──流れ込む。

 あるいは。

 

「オーリさんの気付いていない、私への救いを……返したい。理由はそれだけです」

「……イルーナ。お前、本名はなんだ。イルーナ、ってのはアスクメイドトリアラーのコードネームみたいなもんだろ」

 

 一瞬、虚を突かれたような顔をして。

 イルーナは……薄く。

 

「イルーナリア・シルクル・バクスティン。もはや覚えている者のいない名です。私の家は、家族は……もう、この世のどこにもいませんから」

「"イルーナリア・シルクル・バクスティン(それは連綿と紡がれ行く希望)"。良い名前だ。たとえ誰も覚えていなくとも、捨てるなよ。……名前ってのはな、強い強い意味を持つんだ。それは……この世界ができた時から決まってる法則の一つだ」

「さて……じゃ、ウチらも自己紹介しよっか」

「ん。そうだな。──俺はライエル。虚構の神ライエルだ」

「ウチはシンクスニップだよ~。恋情の神シンクスニップ」

 

 サプライズも兼ねた告白に、けれどイルーナは驚かない。

 

「あり? 全然驚いてないね、イルーナち」

「予想してましたから。人間ではない存在で、人間のことを何とも思っていない存在。動物や魔物であれば、人間に対して恐怖や食欲といった感情を浮かべます。魔族であれば、親切心。──でも、お二人はそうではなかったので。だから~、消去法で、神様かな~って」

 

 最後はいつも通りのにへらという笑いで、締めくくる。

 結局。

 

「結局ここも練度不足、ってこと?」

「だな。ったく、そういう細かい部分のやり方を教えてほしいモンだよ。おかげでカッコつけたのが台無しだ」

「あと、クラリスさんの家に来ていたリルルくんも、そうですよね~? あの子が一番わかりやすかったですけど~」

「……アイツはやる気がねーからな。当然のように転移してくるし」

「ちなみにもう一人神様がいたんだけど、誰かわかる?」

「秋伏さん、だと思いますね~。私とオーリさんをアシティスに招いてくれた人ですが……あの人は逆に、人間らしすぎました~。オーリさんの知り合いとは思えない程に」

「ん? ってことは」

「はい~。トゥーナさんも神様だってわかってますよ~」

 

 ここまで察されてはもう肩をすくめるしかない。

 そして少しの笑いが漏れる。

 

「おいおい、アイツの知り合い全部神ってことになってんのかよ、イルーナの中じゃ」

「実際旧知の方、という方は全員そうでしたので~」

「なるほどね。……オッケー、じゃあもう全部バラしちゃおう。意思は変わらないんでしょ?」

「はい。何を聞いても」

 

 じゃあ、と。

 神二柱は……とびきりのお話をする。

 

 それは、空席の神ファトゥルムなる存在と。

 

「そのファトゥルムがオーリ・ディーンで、そのオーリ・ディーンがウチらのママって話ね」

「ああ。俺達の母親なんだよ、オーリは」

「……親族、と言ってはいましたが、まさかそこまで深い関係だとは」

「いやいや。まずママが神だってことにツッコまないわけ?」

「これだけ神様の知り合いがいて、本人だけ人間、ってことの方がツッコミどころ満載ですよ~?」

「確かに」

 

 それは確かに過ぎた。

 そして……なれば、と。

 

「もう何回目、って話だけどサ」

「意思は変わりません。オーリさんが神様でも魔物でも他の何かでも、私はあの人の生を満たし返します」

「よーし! じゃ、そんなイルーナちにプレゼント!」

 

 シンクスニップが、イルーナにソレを渡す。

 それはフィレットだ。真白の生地に薄い青の糸のあしらわれたフィレット。髪を抑えたりアクセントとして使うヘアバンドの一種であるこれは、不思議なことに、イルーナの頭部にぴったりと収まった。

 

「これは?」

「シンクスニップのフィレット。アードウルグ歴に人間からウチに贈られたものなんだけどね、ウチにとっては使い道ないから、あげる」

「装飾品、ということですか?」

「ん~。前史異物(オーパーツ)に限りなく近い装飾品、かなぁ。特に心に対する影響……精神系統の影響を無効化できるよ。無効化っていうか、弾き返す、が正しいんだけど」

「すまん、俺も短剣があるんだが、回収されてる。ま、あれは強すぎるから無くて良いだろ」

「ウチらからイルーナちにしてあげられるのはここまで。ここから先、ウチらはイルーナちのことを人間として扱うから──身の振り方には気を付けてね」

「身の程にもな」

 

 雰囲気が変わる。空気が一変する。

 イルーナの肌が粟立つ。本物が……神が、目の前にいると。

 

「ま、なんだかんだいって俺も怒ってんだ。結構楽しかったんだぜ、装飾品店」

「ねー。長い過去と短い記憶の中にある、瞬きみたいな異様な記憶。もーちょっと長く続けても楽しかったなーってのと、折角人間のために人間を探しに行く、なんて無駄なことして、その結果がアレってさ」

「馬鹿馬鹿しいよな」

 

 だから。

 だから、だ。何度も何度も繰り返す。

 

 だから、イルーナは……二人の隣に、並び立った。

 

「……ハ」

「へぇ」

「とりあえずオーリさんは生きているんですよね~? 別の姿かもしれませんけど~。それが、たとえ神様の姿であっても……どこかに引きこもっていても、引っ張り出して、店主やらせましょう」

「……」

「……」

「あーそうですか~。人間の言葉は無視ですか~。じゃあいいですよ~私一人で行くので~、お二人は復讐なりなんなりやっててください~」

 

 並び立って、前に出る。

 身の振り方も身の程も弁えない──塵芥風情の過分な行動に。

 

「おう、待てよイルーナ」

「どこにいるかわかんないっしょ? ウチらが連れて行ってあげるから、さっきの言葉直接吐きなよ。てゆか、ウチも言いたい」

「あれ、話してくれるんですか~?」

「何言ってんだ。だってよ、ここにいるのはライルと」

「スーニ、だからね。……言ってやろうよ。勝手に雇っておいて死んでさ、簡単に諦めてさー。給料未払いで訴えてやらないと」

「お、んじゃあエレキニカも抱き込むか」

「あはは、エレキニカ絶対嫌~な顔するよ。で、周りまで暗くなるトーンで"もう余計な気苦労を負わせないでくれ……"とか言う」

「言うなぁ、アイツなら」

 

 んじゃま、と。

 ライルとスーニが、イルーナの両手を掴む。

 

「え?」

「跳ぶぜ」

「跳ぶよーん」

 

 跳んだ。

 ──転移とかじゃなくて、物理的に。

 

「ちょ──」

「ハハ、これくらいはやっていいらしいからな! 人間でも!」

「ママがやってるんだもん、ウチらが許されないとかおかしーよね?」

「いえいくら人間でも一足で雲の上まで行くのはあり得な」

「ライル、雲凍らせてよ」

「おう、滑っていくか」

「に、人間なら高空では呼吸が難しく」

「ん? ああそうか。でもお前なってないだろ」

「いえ、アスクメイドトリアラーはそういう訓練を受けていて」

「じゃあ人間のできることじゃーん」

 

 もう、いろいろかなぐり捨てた二人は無敵である。

 実は本気でかなり自重していた母と違って、「できるんだからいいじゃん」理論で、二人は逸脱した行動と共にそこへ向かう。

 転移しないだけ「人間の真似事」……「人間ロールプレイ」をしていると思って欲しい、なんて考えながら。

 

 瘴地へ。

 いいや、風雨の故里(オルド・ホルン)へ。神ですら覚える嫌な予感のする方へ、一直線に。

 

 

 

 

 って、ワケだ。

 と。

 

「はぁ……。子の成長を喜ぶべきか、子の暴走を憂うべきか」

「そこは喜べよ。で? なにやってんだ、地図なんか開いて。アンタ視れば一発だろ」

「状況が変わっている。というか何故ソレを連れて来た。何の役にも立たないだろうに」

 

 風雨の故里(オルド・ホルン)の結界をぶち破って来たライエルとスーニに文句を言う。

 聞きはした。案の定「オーリ・ディーン」が現れて、勝手にクラリスさんに合格を出して、三人で抜け出してきて、なんやかんやあって一緒に来た、と。

 そのなんやかんやを詳しく聞きたい。

 

「おーおー、まだ一応人間やってんだろ、アンタ。だってのによく言うもんだ」

「私は人間は人間でも最上位のスペックにある。そこなただのアサシンとはわけが違う」

「だってよ。イルーナち、言ってやんよ」

「はい~」

 

 ……妙に肩を持つな。

 

「──オーリさん、で、いいんですよね。呼び名は」

「名など無いが、直近で名乗ったのはジンだな」

「そうですか。じゃあジンさん。装飾品店やりましょう」

「……もうオーリ・ディーンは死んだ。泡沫の夢は終わったんだ。納得できないなら、記憶処理でもしてどこかに」

「いえ、オーリさんの偽物は生きていますし、リコティッシュさんたちがやっている店舗もまだ経営中です。ですから」

「じゃあそれらを消せば」

「ですから、オーリ装飾品店の名は使えませんね。ジン装飾品店にしますか~?」

 

 ……。

 勢いで押せば何とかなるとでも思っているのだろうか。シンクスニップのフィレットなんかで私の"改変"を防げると?

 そう本気で思っているのなら、失望だが。

 

「今は時間が無いんだ。お前達のままごとに付き合っている暇はない」

「だったら会話なんざやめちまえよ。呼吸も、立つことも。要らねえだろ、俺達には」

「今までずっとおままごとしてたママがそれ言うのはちょっとダサいかも~」

 

 勝手に言っていてくれ。

 私はクリファを探さないといけない。元王都ファーマリウスの方で生まれた異常な運命エネルギーに、トム・ウォルソンら一派に取り込まれたであろうトツガナ……もとい、クールビーとシャーリーの件。

 それらの影響で消えたユート・ツガーとフランキスの会話。

 対してなんだ。装飾品店など、些事以外の何物でもない。それが恰好つかなかろうがなんだろうが、私に届く言葉ではない。

 

「もしかして、ジンさんって自殺志願者なんですか~?」

「──なに?」

「道中、ちょっと聞きました~。ジンさん……オーリさんは、歴史の中で何度も何度も人間をしていて、けれどどーやっても天寿を全うできない、って話。だからオーリさんも死んでしまった、って~」

「ま、アンタの話をするにゃ欠かせない話だからな」

「全部バラしちゃった~」

「それで、思ったんですけど~……ジンさんは、自分から死にたがってますよね~?」

 

 ……時間が無いと言ったはずだ。

 それを、理解できないのであれば、今ここで。「オーリ・ディーン」の関係者がどうなろうと私には関係ない。アシティスに居住するわけでもないのだから、この人間がどうなろうと──。

 

「前のも、オーリさん自らが出向く必要はなかった。そもそもオーリさんは店の外に出る人じゃないですし。なのに、最近は狙っているかのように安全圏から出ていましたよね~? ヴァイデンスさんと一緒にシュタークさんを探しに行った日の事ですよ~。危険であるとわかっていて、危地に赴いた。厄介ごとになるとわかっていて、陣地魔術を見せた。そのあとも同じです~」

「"オーリ・ディーン"にできることをしていたまでだ。彼女の生き方までお前に指図される筋合いはない」

「生きようとしていない方を、人間と呼ぶのは憚られるので~」

 

 "改変"を──。

 

「満足したくない。そうでしょう~?」

「!」

 

 手が止まる。

 壊そうとした現実が……壁になる。

 

 想起。

 ──ふふ、いいのよ、これは。だってこれも私だもの。直してしまったら、もうそれは私じゃない。

 

「満足しない限り、続けることができる。あなたは……満足してしまったら、そこでやめてしまうから」

 

 想起。

 ──いいえ、アムド。それはリソースの枯渇であっているわ。──だってもう、貴方には目的がないでしょう。

 

「あなたはあなたが生きる力熱(ねつ)を得るために、満足してしまいそうだと感じたら……自ら死地に赴くようにしている。そうしないと冷たい場所に戻ってしまうことを知っているから。天寿を全うできないんじゃなくて、していない。したくない。する気が無い。あるいは──あなた自身でさえも、なぜそうしているのかを忘れてしまった原初の行動理念」

 

 想起。想起。想起。想起想起想起想起。

 忘れないはずの私が、記憶を掘り起こす。

 全てを覚えているはずの私が、記憶に揺さぶられる。

 

 ただの人間の言葉に。

 ただの──なんの運命も背負っていない、たかだか一人のアスクメイドトリアラーの言葉に。

 どんな冗談だ。

 どんな。

 

イルーナリア・シルクル・バクスティン(それは連綿と紡がれ行く希望)。イルーナの本名だそうだ」

「……なんだと?」

 

 そんなわけがあるか。

 私はこの人間の全てを知っている。リコティッシュ・ステイフォールドもだ。イルーナを含めた二人の従業員は、雇う時に調べ尽くした。

 本名だと? あるのなら私が知らぬはずがない。

 

「──まさか、切り離したのか? ……どういうつもりだFTRM3U! そこまでする必要があるのか!? 何があった……何があれば、私に対する情報統制をする!」

「ママ、どうしたの? そんなに取り乱して」

「イルーナ、少し下がれ。様子がおかしい」

 

 徹底している。

 言葉……「託された希望の灯は消えない」も「それは連綿と紡がれ行く希望」も、FTRM3Uが大賢者にバグを仕込まれた時に聞かされた言葉だ。

 ラスカットルクミィアーノレティカも、イルーナリア・シルクル・バクスティンも……私の周囲にいた人間が、その名を持つなど。

 ウォービック・ガンツィニ・アデシジャはミスリードだとでも? ……どこまで掌握されている。あの大賢者は、どこまで予測していた。

 

 未来予知システムを凌駕するほどの……。

 

「ジンさん」

「おい、イルーナ。今は」

「幸せは、永続しませんよ」

 

 ──。思考が停止する。

 何を言われた、今。

 

「だから、次も、と願うんです」

「……二十と少ししか生きていない人間が、知った口を利く」

「幾星霜の年月を経て、そんなこともわかってないんですね~」

「挑発など意味は」

「だからこそ、あなたが大切に想った人は、あなたの元から離れたんだと思いますよ~」

「っ……! そんなことまで話したのか!?」

「いや……その辺は俺達も知らねえ話だし、話してねぇよ」

「ウチも話してない。イルーナち、なんでその話知ってるの?」

 

 なんだこいつは。

 これほど知っているのは。

 いや、そうか。FTRM3Uに咆えたが……こいつか?

 

 こいつが、クリファか?

 

「ヴァイデンスさんに聞きました~。いえ、見せてもらった、が正しいですね~。曰く──彼らの神は、言葉を重視する。けれど、書面に起こしたものであれば、視ようとしない限り視ない。口伝のみで伝えられる継承は、けれど"その物語"だけは継いでいく」

「……ああ」

「耳の聞こえなかった()()は、その神様とは心の声だけで喋っていたそうですが……彼女の信徒とは、筆談で話していたみたいですね~。彼女の死に際も、数多の文書が彼女に贈られたそうですよ。──その場に神様は現れなかったそうですが」

 

 ああ。そうか。そうなのか。

 私は……そんなことを。

 

 もし、私が彼女を視ていたら。気付けたかもしれないのか。

 最期を。彼女を、少女を、私を変えたあの存在の心の、最後の灯火を。

 

「イルーナリア・シルクル・バクスティン。……シルクル、か。そうか、そうか……そうか」

「ああ、シルクルは先祖代々受け継がれて来た名前らしいんですけど~、意味を教わる前に家族がいなくなってしまったので~」

「シルディア・エス・ヴァイオレット。サジュエル・エヌ・エルグランド。アルゴ・ウィー・フランメル。トツガナ・イース・ゼンティシアン。……そしてイルーナリア・シルクル・バクスティンか。ははは。セノグレイシディル、お前はもう少し舞台にいるべきだったな。──ようやく揃ったぞ、灯と方角が」

 

 ふらりと立ち上がる。

 そして──イルーナさんの胸を腕で貫いた。

 

「は──?」

「──え?」

「ジン、さ……」

「黙っていろ。……"改変"する」

 

 今までの比ではない。

 今までに起きたものとは比べ物にならない次元震が起こる。この水晶玉自体が震えるほどの、一定以上の魔力、もしくは運命を持つ者であれば目を瞠るだろうほどの激しい揺れ。

 

「イルーナリア・シルクル・バクスティン。──お前を新たな"朝陽"に任命する」

 

 手を引き抜く。傷などない。限素を貫いたわけじゃないから。

 そして……ついでに、仮死状態にあったボーダークをリルレルの腹の中に直接放り込む。

 

「新たな妹の誕生だ。25位、朝陽の神バクスティン(Baccstain)。言うことは一つだけだ。好きに生きろ。死ぬな」

「……え、え」

「そんなのアリかよ……」

「お前達の間で、"人間でいること"に対する価値がどれほど膨れ上がったのかは知らない。だが、残念ながら現状は全てが芳しくない。ただの人間では呑まれるのがオチだ。だから、人間をやりたいならメイズタグがやっているように自ら権能を縛ればいい。神であることはそのままに、な」

 

 認めよう。

 私はどこが死地になるかを……どの時点が「志半ば」になるかを楽しみにしていた。

 続ける理由がどれになるかを心待ちにしていた。

 

 だから「魔色の燕の長」「ジン」も、どこかで手を抜いて、どこかで死ぬ。そういうつもりだった。意識的ではなく、無意識的な話だけど……否定できないというか、認める。

 

「そこまで言うなら、私に"満足いく人生を送ってみたい"と思わせることだな。早くしなければ私は死に向かう。──手に入れた力でも、言葉でも。なんでもいいから、自殺志願者を引き留めて見せろ」

「……ここまでくるともう駄々っ子ですね~。母親なのに、一番の赤ちゃんです~」

「なんとでも言え。──時間が無いのは変わらない。内圧の神を保護して回るぞ」

 

 そして、そしてだ。

 ここまで来たら……見つけなければならない。

 あの大賢者が残した、もう一つの言葉。その名を持つ者を。

 

 明日へ向かいたいと思う誰かの願い。

 長さ的に家名持ち。あるいはティダニア王国関係者?

 直訳するとヨヴゥティズルシフィ並みに発音し辛い名前になるから、多分意訳。

 

「待ってください~」

「……なんだ。今時間が無いと」

「装飾品店の名前、まだ決まってないので~」

「ジン装飾品店でいいだろう。どうでもいいことに時間を使うな」

「うーん、それだと……人間のお店っぽいので~。けど変に凝るとわかりづらいので~」

 

 神の装飾品店、なんてどうでしょう~?

 

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