神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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原題:「Yawa flese no evig」

 いない。いないいないいない。

 それに……この、ごっそりと魔力が抜けていく感覚は。

 

 ……そうか。だから私を切り離したのか。

 いや、今は良い。考えても仕方のないことだ。

 

「いない。……敵の手の周りが早すぎる。どうなっている?」

「やっぱりいないよね? てゆか、あれだけの次元震があって、誰も様子を見に来ないのもおかしいし」

「いない、というのは~?」

「保護すべき内圧の神が……ごっそりといなくなっているんだ」

 

 トゥルーファルス、ゴルドーナ、マイダグン、メイズタグ、ヒシカ、ウォッンカルヴァ。

 死んだわけではないはずだ。この量がこの短期間で死んでいたら、水晶玉は無の外圧に耐えられない。

 

 所在を確認できたのはハストナイト帝国にいるウアウア、交易認定所にいるエレキニカ、アシティスにいるリルレルだけ。イントリアグラルはもとよりわからないから除外。

 

「リルレルだけでも守りに行くか?」

「ひつよう。ない、その。ボク、きた」

「あ、リルルくん」

「ん。イルーナ、おぼえてる。……? イルーナ? かみ。きのせい?」

「いえいえ~。つい先ほど神になりました~。妹として、よろしくお願いします~」

「……ああ。そういえば、ボーダーク。そう、じゃあ。リルレル、あらためて。よろしく」

「はい~」

 

 リルレル。

 私の勘違いでなければ……損耗している?

 

「まま。あってる、かんがえ。アシティス、エミリアーノ。おそわれた、さっき。ねらい、たぶん。ボク、はなれた。だから」

「別れは告げて来たのか?」

「まえ。つげる、いわれた。おれい」

「そうか。流石はクレイムハルトの一族だな。それで、リルレル。現状をどこまで把握している?」

「ごて。すべて」

「良い理解だ」

 

 今までは望んでそうしていたけれど、これからは攻めがなければいけない。

 ずっと後手ではいけない。

 

 となると。

 

「リルレル。一時的にでいい、"権術"か"錯角"か"終帰"に人格を戻せ」

「よゆう。ない、まま。ほしい、りゆう。だめ?」

「助力が欲しい」

「……ゆめ? まま、たよる。ボクたち、おかしい。にせもの?」

「ま、そんだけのことが起きてんだよ。ちなみに俺は"終帰"希望」

「あ、ウチも終帰キボーで。他のリルレル嫌いだし」

「きらわれる。すぎる、よけい。けんじゅつ、さっかく。だしたい」

「頼むから」

 

 確かに、「オーリ・ディーン」として「ライル」や「スーニ」を頼ることはあっても、「私」として「神々」を頼る、というのは……ほとんどないか。

 

「──はぁ。あーあ、あの幼子の性格気に入ってたのになぁ。というかキミたちボクの他の人格嫌い過ぎでしょ」

「お前もちょっと出てるけど、リルレルって基本横暴で嫌味な性格だから他のヤなんだよ。祝福の時でも言葉数少ないだけでガン攻めしてくるし。その点終帰のお前は合理的で楽だ」

「あとウチのこと姉呼びしてくれるから好き」

「そりゃ元終帰のアストラオフェロンがそうだったからね。それを食べたんだ、そうならざるを得ない。……それで、ママ。ボクを呼び出すのが助力っていうのはどういうこと?」

「兄妹姉弟の歓談は終わったか? ここからは真面目な話だ。イルーナへの挨拶は良いんだな?」

「ママの見てないところでやるからいいよ。……本当に焦ってるね」

「ああ。今法則の神も感知したが、ヨヴゥティズルシフィもいない。加えてノットロットも消えている。……最悪の場合も考えられる、ということだ」

 

 勇者・魔王陣営が既に敗北している可能性も。

 ……ただ、それならば流石にわかる。魔王の魂は世界よりの、というかシステム寄りのモノだから、少なくともレクイエムは死んでいないのだろう。

 だとして彼らにつかんとしていたメイズタグとヨヴゥティズルシフィが感知できないのはどういう了見だ。

 人形も……ルシアの所在がわからない。アンネ・ダルシアが死んでいないのはわかる。……フランキス、ツァルトリグ・ヴィナージュもいる。……なら、余計にメイズタグの行方がわからない。

 

「こういう複雑な時は、思考も行動もシンプルがいいよ、ママ。まず、どこにいるかわからずとも、世界が無の外圧に負けていない、ということは、どこぞかにはいる、となる。何をされているのか、敵の駒になっているのか、裏切っているのか隠れているのか。それは見当がつかない。だから、つける必要が無い」

 

 祝福の神の時より外見を青年程度にまで成長させたリルレルが、指を立てながら言う。

 

「"内容は不確定だけど結果は確定していること"は結果だけ見ればいい。そうした時、まずやるべきは簡単だよね」

「……ああ。ウアウア、エレキニカの保護だ」

「次に、どのようにして保護するか。ライエルの権能を使うのが手っ取り早いけれど、それは同時に隙が生まれやすい。敵がライエルを把握していないわけがないからね。だから、"内容も不確定で結果も不確定な力"は今使うべきではない。また、ボクたち内圧の神がここを出て行くことも、ママ一人が出て行くことも危ない」

「私が危ない?」

「オーリ・ディーンは死んだ。そうだろ?」

「アレと私とではスペックが違う。一緒にするな」

「けれど今のママは死ぬ。不死身じゃない。だからボクに助力を求めたし、今の発言を聞いてイルーナが焦りを見せている」

「……その通りだ」

「うん。素直だね、ママ。物事を複雑にしないための第一歩がそれだよ。……ああ、こういうところが嫌味な、って言われるのはわかっているから、そんな目で見ないでほしいかな、ライエル、シンクスニップ。これはボクの本質なんだ、容赦願うよ」

 

 だけど、であれば。

 

「手詰まりじゃないか。行動ができない」

「そう、シンプルだ。ママを含めて、ボク達は行動できない。してはいけない。けれどウアウアとエレキニカは保護しなくてはならない。となると答えは簡単だね?」

「……また人形を作れと?」

「それでもいいけど、もう作ったものがあるだろう? ああ、動かせないものの話は聞いていないし、ママ自身に動け、って言ってるわけじゃない。浮いている駒がある、って話」

 

 浮いている駒。

 その言い方はまるでイアクリーズだけれど、そういうことじゃないのはわかる。

 "一個人"とオーヴァーチャー……のことではない。

 

「アンネ・ダルシアか」

「うん。──ママ、シンプルだ。単純に行こう。しがらみとか、関係性とかさ。ボクらにとってそういうものは、どうでもいいものだろう? ママがやっている人間の真似事に対してストップをかけるつもりはないけどね。沢山いるんだし、沢山作ったんだったら、使わないのは勿体ない。ただそれだけだよ」

 

 流されているように見えるだろう。事実流されている。そうでいいと思っている。

 "終帰"の神リルレル。かつてそうであったアストラオフェロンを貪食により食し、その名を名乗った彼の性質は、「幕引き」。

 広がった風呂敷を、その上に積み重ねられた様々を、何の感情も無く崩して畳む。終わりにする。物語を結末へと導く。

 

 人間嫌いで、面倒嫌いで、最も神らしい神。

 それが終帰の神リルレルだ。

 

「こんな茶番、手早く終わらせようよ。終わらせたらボクはまた幼子に戻って気楽に過ごすからさ」

 

 意識を、飛ばす。

 

 

 

 

 クロックノックから帰って来たフランキスが、どこかおかしかった。

 どこかおかしい。そう……愛を囁いてこないのである。

 

 勿論のこと、「アンネ・ダルシア」たれと創造されたホムンクルスである己にとうとう愛想を尽かした、というのも理解できなくはない。クロックノックで何か気付きを得たか、それとも……。

 

「アンネ」

「あ、ああ。なんだい?」

「メイズタグが来ていたと聞いたけれど、どこへいったかわかるかい?」

「いや……少し前からいなくなってたよ。アンデッドに探させるかい?」

「……。大丈夫。ありがとう、アンネ」

「ああ」

 

 何かあったのか、と。

 聞くことは……できない。だって己は、「アンネ・ダルシア」ではないのだから。

 彼の選択を狭めるような言葉は。

 

「……フランキス」

「なにかな」

「一応、成果を聞かせとくれよ。交渉の席に座るためにクロックノックへ行って、アンタだけが帰って来た。それは失敗したと捉えてもいいのかい?」

 

 だから、己にできるのは「アンネ・ダルシア」をし続けることだけ。

 

「失敗、だろうね。目的の人間……なんだっけ、ナントカ・ナントカもいなかったし、神三柱には逃げられたし。ティダニアの元王族? ってのがいたけど、あれはもう人間ってより息をする肉塊だ。ボクはあれを人間とは呼ばないよ」

「そうかい。で、そのための同盟になってた他の奴らは?」

「レクイエムと、途中参加した……まぁ、旧友の旧友、みたいなやつが大破壊をしたせいで、クロックノックそのものを再建してるところ。ボク、そういうの興味ないからさ。帰って来たんだよ」

「それだけかい?」

「……」

 

 押し黙るフランキス。

 それも珍しいことだ。彼は思ったことを全て口に出すから。

 だけど……。

 

「アンネ。ボクは君のために生きると決めた。だから、君のやりたいことを口にするといい。──いいかい? 君の言葉だよ」

「なんだいその念押しは。……けど安心したよ。ようやくいつも通りのアンタの言葉が出たね。んで、どうする気だい? クロックノックがダメだったんなら、次は?」

「どうすることもできない、が現状かな。ナントカ・ナントカの所在がわからない以上、もう一人の方……イアクリーズ、だっけ。彼女をどうにか、というのは多分難しい」

「たかだか一人の人間に、アンタがそこまで言うのかい」

「たかだか一人の人間じゃないよ、アレ」

 

 これも珍しい。

 フランキスが弱音を吐くなんて。

 

「……勝てないなら、戦力を増やすのが手っ取り早い。メイズタグみたいに神を味方につけるってのはできないのかい?」

「彼は自主的にこっちに来ただけなんだろう?」

「あれがそうでも、他がそうとは限らない。今、どこの陣営にもいない神を抱き込めば」

「『黒縁結晶』」

 

 噴き出す闇の魔力。

 それが己を包み込む。

 

「……どういうつもりだい、フランキス」

「君は知らないかもしれないけど、今のアンネはとても怖がりなんだ。基本的にボクとアンデッド以外を信用していない。そのアンネが"神を抱き込む"なんて言葉を使うのは無理があるよ」

「何言ってんだいアンタ。……いいからこの魔力を退けな」

「アンネ、君もだ。二人で話したじゃないか。これからは彼女の支配下ではなく、一人のアンネとして生きていく、って。今更指示を受ける必要なんかないんだ」

「フランキス……ほんと、どうしちまったんだい? この際だから言うよ。アンタ、あれだけ言って来てた愛の言葉を一切言わなくなったね。鬱陶しいのがなくなってせいせいしたのは事実だけど、だからこそその変容が恐ろしい。そうさ、アンタの言う通り、アタシは自分で蘇らせたアンデッドくらいしか信用してない。……アンタの思考がわからなくなる、って恐怖がどれだけのものか、わからないアンタじゃないだろう」

「……そこまでしなければいけないのか」

 

 会話ができない。

 フランキスの変容に動揺を隠せない己がいる。

 それを必死に繕って繕って……「アンネ・ダルシア」足らんとする。

 

「もういいよ、フランキス。アンタが行かないってんなら、アタシはアタシで行く。何かに迷ってんなら、それが晴れるまでディグマリアンに籠ってな」

「……ここまで築いた牙城を、アンネ自らが出て行く。それもあり得ない。それはマドハ村の頃でさえなかったことだ。……君ならわかっているだろう?」

「はいはい、わかったわかった。アタシが何かに操られているって言いたいんだろうけど、その勘違いは不快でしかない。これはアタシの意思だ」

 

 言葉に。

 彼は……折れたように溜息を吐いた。そして『黒縁結晶』による魔力拘束を解除する。

 

「……ボクが行く。最速で全てを片付けて来る。アンネ、君はどこの神を抱き込みたいのかな」

「そりゃ勿論、鍛冶の神ウアウアと裁判の神エレキニカさ。あれらだけが、今フリーだからね」

「折れたら隠さなくなったか。……アンネ、何度も聞くけれど、今のは君の言葉なんだね」

「何度も同じことを言わせるんじゃないよ。これはアタシの意思だ」

「……。……わかった。ディグマリアンは君が守っていてほしい。ボクの帰る場所を無くさないように。ヴィナージュにも言っておくから」

 

 返事を待たずに、フランキスは翼を開く。

 そしてディグマリアンを出て行ってしまった。

 

 怖い。彼が怖い。

 クロックノックで何があったのか。何があれば……あのフランキスが、ああも変わってしまうのか。

 

 確かめにいかなければならない。

 この先も、「アンネ・ダルシア」として生きていくために。

 

グワハ・ダラハ(──・──)。……代わりは彼が努めますので、これ以上の干渉は控えていただけないでしょうか」

「ヴィナージュ……アンタ……眠りの、魔法……なんて」

「魔族の魔法でもここまで抵抗しますか。流石の干渉力です。ですが──リグ・ラグ・テラグダ(──・──・──)

 

 何かが阻まれた感覚がある。

 何かが隔離された感覚がある。

 そして……強烈な眠気に襲われる。

 

風雨の故里(オルド・ホルン)、でしたか? 似た物を作ってみました。練度はあなたの足元にも及ばないでしょうが、効果はご覧の通り、と」

 

 声が、遠のいて。

 

 

 

 

 愛情から来る殺気。それが膨れ上がって仕方がない。

 フランキスにもその感情はあるけれど、彼女に向くわけがないのに──感情結晶が無理矢理にそれを励起させてくる。

 

 気が散って気が散って、仕方がない。

 

「ああ……うるさいな。うるさいな、コレ。……ボクは確かに魔族だよ。だけど、そういうことは他の魔族のやることだ。……煩わしいものは煩わしいと素直に言う。……ボクに宿るのが納得と彼は言っていたけれど、だったらやっぱり何もわかっていない。ボクの愛は、これじゃない」

 

 高速で飛翔しながら、ふつふつと撒き散らすは闇の魔力。

 フランキスの扱う魔族の魔力とは違う、純粋な闇の魔力は、時折上空の時を停めているけれど──彼は何も気にしない。

 

 掌の上、なのだろう。

 だけどあの「彼女」なら、こういうことはしてこない。何かあったか……それとも誰かの指示に従っているのか。

 

 かつては「彼女」を愛したフランキスだ。「アンネ・ダルシア」のことも、「彼女」のことも、わかる。それがたとえ一側面でも……わかる。

 

「それが君を苦しめているのなら、ボクは──それを排除するよ」

 

 彼女を変えたもの。

 彼女が変わらざるを得なかったコト。

 

 ウアウアとエレキニカに何があるのか。なぜその二柱をアンネが確保しなければならなかったのか。

 それは彼女らが彼女らであるに理由に匹敵する理由なのか。

 

 もう、ハストナイト帝国についた。

 探さずともわかる。鍛冶の神の居場所など、その気配で。

 

 ──既に死んでいることなど。

 

「……人間が、神を殺した……のか? けれど、この濃密な死の気配は……人間も相当数が死んでいる。何が……」

「簡単に言えば、信者だと思っていた人間も、それを殺さんとしていた人間も、一斉に反旗を翻してウアウアを狙った。図式としてはそれだけです。ウアウアは抵抗しましたが、突然」

「っ!」

 

 逃走する。

 判断は違えない。少女の姿をしていても、アレは敵だ。

 何の気配も無く近寄られたこともそうだけど、何より警戒すべきは「食指が動かなかった」ということ。

 

 勿論フランキスとて誰も彼もではない。

 けれど、容姿としては過去に好んだ女性にも似ていて、そしてまだ全く相手のことを知れていない内から、フランキスの本能は「このコに近づくべきではない」という判断を下した。

 あれがなんだったのか、あの続きをなんと言おうとしていたのかはわからないけれど、アレはダメだ。

 少なくとも──彼女の創造物じゃ、ない。

 

「……でも、おかげで助かった。警戒心は、愛情を抑えるね」

「お役に立てたようなら良かったです。ただ──どうやら目的は同じである様子。どうでしょうか、ここは協力」

「『黒縁結晶』!!」

 

 時を止める。

 その出力を最大限に。空中に巨大な球体を形成する程に。

 時を停めた闇の魔力を止めて、時を止めた闇の魔力を停めて、その魔力を留めて。

 何層も何層も「時間の停止した空間」を作り、封印を施す。

 

 して、いるのに。

 

 ぐにゃり、と。あるいはぐわんと……停止しているはずの多重停止結界が撓む。

 

コルフ・ケープ(──・──)!」

 

 闇色の魔力も使って固める。時間停止がダメならば、土と氷を用いて。

 それでも……腕が、出て来た。

 

「酷いですね。そこまでせずとも、私はあなたに興味はありませんよ?」

「それが本当なら、突然ボクに話しかけるのをやめてほしいね。……それに、目的が同じと言ったかい?」

「ええ、言いました。裁判の神エレキニカを狙う者同士。そうでしょう?」

 

 腕だけで。

 可憐な少女の腕だ。細い腕が、けれど、闇の魔力をぐにゃぐにゃと引き千切りながら……出てくる。身体が、その身が。

 

「ボクらが貰う、というのなら、利害の一致でも構わないけれど──違うだろう」

「おや? なぜそうだとわかるのでしょうか」

「歓喜。恍惚。君から感じられる感情はそれだ。それはボク達魔族が良く見せる感情でね。──相手に何かをしてあげると、そう思っている時に見えるもの。目的と感情が合致してないよ」

「……そうですか。でも、だとすると困りましたね。あなたを殺すのは、流石に目を引きすぎますから──じゃあ、やっぱり」

 

 蔦が伸びる。

 闇の魔力の球体から、蔦が。

 それに時間停止をかけても──止まらない。いや、違う。

 

「植物とは生長するもの。私自身も、そして私の子供達も、その時間は進み続ける。何か障害があっても、それを包み込んで、遠回りをして、あるいは一直線に砕いて──」

 

 一心不乱に、フランキスのもとへ。

 

エストレマ・ラフトレマ(──・──)

 

 燃やす。感情結晶ではなく、魔族の魔法で。

 けれど……止まらない。

 

 だから、逃げを選ぶ。

 

「どうして逃げるのでしょうか。言ったでしょう? あなたを殺すのは、目を引きすぎる。だからやりません。であれば」

「取り込むつもりだろ、ボクを。……ボクが、ボクらが何にも気付いていないと思ったら大間違いだよ、豊穣の神」

「いえ、そんなことは考えていませんよ。自分たちの存在、その在り方に気付こうと気付くまいと、何も変わることができない下等種族、くらいには思っていますが」

 

 伸びる。縋る。追い縋る。

 フランキスの飛翔速度より、蔦の生長速度の方が高い。

 あり得ないのに──現実、そうなっている。

 

「今動けるのはあなただけ。──だから、あなたさえ動けなくしてしまえば、盤面は詰みます。ふふふ……初手王手、でしたか。あの時の言葉は。であれば私も詰め手発言をしましょう」

「……そうかもしれない。だけどさ」

 

 飛翔をやめれば、蔦はフランキスの周囲を覆っていく。

 意趣返しでもするかのように、塊となって、球体となって。

 いや、これが本来の姿なのだろう。こうして果実を包むのだろう。

 

「今──みっともなく君の。友の助けを求めたら。今の君は、魔族らしくなく軽蔑するかなレクイエム」

「魔族だった頃から、同胞を助けるのに軽蔑なんてしないよ。晩魔澱(PDMNM)

「『烈火Lv.100』!!」

 

 食い尽くされて、食い破られる、蔦。

 燃やし尽くされて、灰燼と化す、蔦。

 

「……魔族の救難信号ですか。成程、確かにそれは気付けませんでした。そして──初めましてと、そう言っておきましょうか。魔王の転生体に、異世界の勇者さん」

「初めましてじゃないだろ? オルンの眷属と僕達が戦っている時、上空にいた嫌な気配。アレは君だ」

「俺とアルフにも挨拶してくれたしな」

 

 浮き上がり、こちらのいる高度まで上がってくる旧友と、それに抱え上げられ、けれど空中に降ろされ、そこに着地する旧友の友。

 申し訳ないという心はある。何かの用事の途中のようだったから。

 そして……表出する「魔族らしい感情」。迷惑をかけることができて良かった、なんて考えるソレを封殺する。

 

「おかしいですね。私は蔦しか見せていません。なのに、私が誰だかわかると」

「もういいよ、その辺の問答は。それで? まだフランキスを狙う気なら、こっちも本気でやるけど」

「……いえいえ。今あなたたちと事を構えるつもりはありません。これ以上の長居も危険と判断しました。──では」

 

 蔦が消える。

 遠くの空にある球体も消える。

 呑み込まれたように、食われたように。

 

 豊穣の神は、その姿を消した。

 

 

 して、事情説明。勿論しながらだ。エレキニカの所へは向かいつつやっている。

 

「成程、それでウアウアとエレキニカを」

「……そっちも、恐ろしいことを言うね。新たな魔王の誕生? とてもじゃないけど信じられない」

「お互い様だろ。……が、どうする。優先度から考えて、エレキニカの保護ってのに俺達も向かった方が良いだろ、これ」

「そうだね。フランキスを一人にしたら、また狙われるかもしれないし。……ルシア達にあれをあげたのは……いや、ミスとは考えられない。仕方が無かった、と思うべきかな」

「ああ、ミスじゃねぇさ。ってことで、そっちについていくけど、いいよなフランキス」

 

 話の早い二人だ。

 これを遠慮するほど、今のフランキスに余裕はない。

 

 吐き気のする言葉ではあるけれど──厚意に感謝する、という奴だ。

 

「行こう。豊穣の神に先を越されている可能性もある」

「ああ」

 

 果たして──、

 

 

 

「……次から次へと。何度言えばわかるんだ。私は暇じゃない。魔族と人間と異世界の勇者の混成パーティなど、別に珍しくもない。そんなもので私の気は引けない。そもそも私は裁判の神だ。用件は裁判だけにしてくれ」

「なら、力づくで君を連れて行こう」

「どうせ母の差し金だろう。わかったわかった、一度母の元へ赴く。これでいいな? では帰ってくれ。こう見えて、今並列で四十近い裁判の処理をしている」

「いや、今すぐに行って欲しいかな。そして鍛冶の神ウアウアが死んだ、ということも伝えてほしい」

「……。……はぁ、馬鹿な奴だとは思っていたが。わかった、緊急の用件であれば……今の仕事が終わってから」

「すぐに、だ。頼むよ神さん。アンタが行ってくれねえと、俺達も安心できねえんだ」

「先日行って来たばかりだぞ……。何より母とは直接赴かずとも」

「何を差し出せばいい? ボクの出せるものは数少ないけれど、供物が必要だというなら」

「わかった。わかったわかったわかったわかった。一瞬行ってくる。一瞬行って帰ってくる。少し待っていろ、まったく……」

 

 しかめっ面のエレキニカが消える。

 

 ……そこから、少しばかりの時を経て……空中で魔力が文字を作る。

 

「『帰ることができなくなった』『引き留められた』『事情アリ』『感謝する』……だってさ」

「お、んじゃ全部上手く行ったってことか」

「みたいだね。……魔族らしくない言葉を吐くけれど、ボクからもありがとうを返すよ。君達がいなければ、説得しきれなかった可能性もある」

「最後の一押しはアンタだったし、アンタの功績だろ」

「そうだね。僕らがいようがいまいが、というのはあっただろうし。あくまで僕らは豊穣の神に対するカウンターでしかなかったんだ。感謝される謂れは無いよ。……それよりユート」

「ああ、行くか」

 

 それは、当然。

 

「……ボクもついていくよ。新たな魔王、って奴を見に行くんでしょ」

「いいのか? アンネを守らなきゃだろ、お前」

「ディグマリアンにはヴィナージュがいる。戦闘特化ではないとはいえ、彼女も歴戦だ。問題ないよ」

「何より……豊穣の神の目的が良く分からない以上、一人で返すのは危険か。あるいはディグマリアンへ帰る時も、僕らがついて行った方が良いかもしれない」

「……だがよ、新たな魔王って奴がヤベー奴だったら……」

「ボクの心配をしてくれているのは気持ち悪いけれど、まぁ、心配ないよ。魔王になるんだ、同じ魔族だろうし……豊穣の神には後れを取ったけれど、戦闘力という点においてはユート、君に引けを取るつもりはない」

 

 ならば、問答は無用である。

 時間が無いのはユート達も同じ。

 

「行くか」

「行こう」

 

 行く。

 元王都ファーマリウス。

 

 そこに作られた──先程の光景を彷彿とさせる、赤い闇色の球体のもとへ。

 

 嗚呼、新たな魔王城に坐するは。

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