神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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訳題:「閂」

 魔族と、元魔王と、勇者は──目にすることになる。

 赤い闇色を揺らめかせる巨大な球体。あまりにそぐわない、あまりに不釣り合い、あまりに奇妙な光景。

 己が目でそれを見ていなければ、ユートはそれを「合成か?」とでも思ったことだろう。

 

 王都ファーマリウス。元王都ファーマリウスに浮かぶ、その巨大な球体は──異様以外の言葉では言い表せなかった。

 

「……こりゃ、なんだ。つーか……ファーマリウスは、どこ行った」

「魔王城」

 

 異口同音に、レクイエムとフランキスが言う。

 そう、魔王城だ。

 

「こんな球体が、城?」

「体感はそうだね。確実に。……ブレイティダニア歴に発生した魔王城。それとよく似た気配をしている」

「というか、ほとんどそのものじゃないかい? 形はもちろん違うけど、あの城とこれは、ほぼ同質だ。だってこれ」

「うん。()()()()()()()()。ファーマリウスは……これになったんじゃないかな」

 

 それは何度も述べられて来たことだろう。

 魔王とは、悪逆非道の限りを尽くすモノであると。今のレクイエムが「そう」見えないからイメージがないだけで──本来の魔王とは、それほどに凄惨な行いをする。

 

「んだよそれ……」

「ブレイティダニア歴の魔王。僕の記憶だけど、この場では彼と称すよ。……彼は、ある中規模程の国を一つぺしゃんこにして、それで城を建てた。そこを魔王領と定めた。転生してから十二年のことだった」

「魔王に年齢なんか関係ないとは思うけど、あの頃はボクら魔族も驚きを隠せなかったよ。いつもだったら、魔王っていうのはある程度歳を取ってから……少なくとも青年と呼ばれるに至ってから行動を始める、っていうのがセオリーだったからね。そうじゃないと単純に肉体面が貧弱になる」

「魔力で補ったって、それを切り裂いてくる鉱物がこの世にはごまんとあるんだ。魔王は魔法も格闘もできて当然、みたいな認識はあった。けど」

 

 けれど。

 ブレイティダニア歴の魔王は、それを無視した。

 

「あははっ……ちなみにさ、なんでだと思う? ユート」

「なんで、って……わかんねーよ。嫌なことがあったから……とかか」

「ああうん、ほとんど正解。あの魔王が転生した国は、とっても裕福だったんだ。裕福で、魔族への迫害がほとんどなかった。"魔族というのはそういう種族である"というのが周知されていて、要らぬ諍いが起きないように居住区画こそ分けられていたけれど、魔族の居住を認めるくらいには裕福で分け隔てなく、平等を謳った国」

「……だから、か」

「ユート、いいよ。魔族の思考を読む、なんてスキル役に立たないから、そんなの習得しないで」

 

 だから。

 だから、潰してあげなければならないと、十二歳の魔王は使命感に似たものを背負っていた。

 誰もが幸福で。誰もがつらくない、誰もが手と手を取り合える──楽園のような国。

 こんなところに居ては可哀想だと。折角裕福なんだから、屍の山を作ってあげないと。

 

「……仮に、新たな魔王が、それと似た思考なら」

「王都の子供の中に、いたってことか……?」

「だとしたらレクイエムが気付きそうなものだけどね」

 

 それほどに強い存在なら、力を隠すことも難しかろう。

 であるならば、そいつは子供ではなく。

 

「──力の隠し方を知っていた大人。ということになる……のかもしれないね?」

 

 球体の上部。

 そこに座るは騎士甲冑。

 背から黒翼を生やし、赤い闇色を揺らめかせ……他を威圧する。

 

「マハーヴァーラット。君が、新たな魔王なのか」

「その質問に返すのはNOだね。彼はあくまで私の血の中にいた意識の残滓。というより、私が自身の血脈からサルベージした意識、という方が正しい。何分、人に紛れて生活していると、君達の言うように力を隠すのが難しいんだ。けれど私は一度も使ったことのない力をぶっつけ本番で使うほど思い切りが良くなくてね。──戦闘記録蒐集のために、ご先祖様の記憶をいくらか飲み込んだ」

 

 ブレイティダニア歴の魔王。その側近だったマハーヴァーラット。

 彼女の飲み込んだ記憶の中で、彼だけが意識の残滓を強く強く残していた、というだけ。

 

「私はNi(GM)・イアクリーズ・ヴァーハマット。ティダニア王国、白金位の騎士。わざわざ危険を冒してまで空席の神からヴィカンシーや陣地魔術に関する資料を取り寄せてあげたり、こちらの世界の勇者の蘇生やそこで起きたごたごたをもみ消してあげたり、君達や人形のいない人形劇(ドールレス・ホルン)のことを王都騎士団に調べさせないよう根回しをしてあげたりしていた、親切な騎士さ」

「成程、シルディアにはああも追い掛け回されたにもかかわらず、王都に入ってからはこっちが隠していたとはいえかなり自由に動き回れて、ティダニア王国を出たら触れすら出回っていなかったのは、君がそういうことをしてくれていたからなんだね」

「その通りだよ、元魔王クン。では、それがわかったところで問おうか。──君達は、我が城に何の用なのかな?」

 

 答えは、攻撃。

 ではなく。

 

「問いを。まずは話し合いと行こうよ、新たな魔王、イアクリーズ」

「へぇ。この惨状を見て……かい?」

「もちろん。なぜって僕とユートは少なくともその手段で手を取り合った。僕らが相手にしているのは神であって、人間や魔族じゃない、とね」

「ふむふむ。だから君達は互いを害し合わなかったのか。レインも、勇者としての使命を忘れて君達との関係性を大事にした。……するあまり、成長がほとんど見られなかった。嘆かわしいことだ」

「新たな魔王なのに、勇者が成長しなかったことを嘆くのかい?」

「彼女がもっと苛烈な存在なら、神が味方をしていただろう。明確に分かれた陣営を神は好む。私は神嫌いを自称しているけれどね、そういう風習には詳しいんだ」

「……確かにそれはそうだ。神々は……明確に別たれた陣営であればあるほど、強い加護を齎す。魔族より戦争好きな奴らが神だ。そこは同意する」

「そこ以外は?」

「せめて君が、神の気配を滲ませていなければ、説得力があったんだけどね」

 

 揺らめく赤い闇色に、光粒が混じる。

 神々しく、禍々しく、煌々としていて、おどろおどろしい。

 

 深く深くまで凝縮された魔族の魔力と、限りなく純粋な神の魔力。

 そして……正しく練られた、闘気。

 

「どの神を食べたのかな」

「酒宴の神ウォッンカルヴァ」

 

 甘い香りがレクイエムたちの鼻腔をくすぐる。

 瞬間、「レムト・テムト(──・──)」という小さな呟きと共に、防御結界が構成された。創ったのはレクイエムだ。

 

「流石に露骨過ぎたか」

「レクイエム。今のは……酒の香りって感じだったが」

「うん、あってる。そして酒宴の神ウォッンカルヴァは、その権能を用いて対象の精神に働きかけることができる。特に記憶や意識周り。あれを長時間吸っていれば、僕らの記憶や意識は混濁し、あるいは同士討ちをさせられていたかもしれない」

「ウォッンカルヴァが相手なら、先に謝っておくべきかもしれないな。ごめんね、レクイエム。ボクはどんな状況になってもアンネを守るから──君達のことを傷つけるのに、躊躇はしないと思う」

「安心しろよ、ぶん殴って気絶させておいてやるから」

 

 でも、まぁ。

 これで。

 

「今のは明確な敵対行為、と取っていいんだよね、新たな魔王イアクリーズ」

「今更過ぎて言葉が出ないよ。──初めからこちらはそのつもりで坐していたんだ、ここで帰られたら拍子抜けも良い所だ」

「ああちょい待った」

 

 待ったが入る。

 その軽い言葉に、一触即発だった三人が止まる。

 

「今は話の流れでぶん殴るとか言ったけどさ。フランキス、アンタ関係ないだろ。あのヤベー奴から守ってやれねえのはすまねえけど、帰るべきだ、アンタは。守るべき奴がいんだからよ」

「……」

「ああ、そちらの編成に文句を挟むつもりはないよ。準備が整うまで私はここで待っているからね、好きなだけ話し合いをしてくれ」

「そうか、ありがとな」

 

 んじゃ、時間もできたことだし、と。

 ユートは再度口を開く。

 

「アンタは勇者でも魔王でもない。んで、酒宴の神と豊穣の神を比較した時、……まー、ぶっちゃけどっちが強いとかは知らねぇけどさ。もしそれらが対等なスペックで、アイツにはプラスして魔王とか、武人とかの"力"が加わってんなら、まだ豊穣の神の方が楽だろ。つーより、ここでアンタにとって意味の無い戦いをするより、ディグマリアンで豊穣の神と意味のある戦いをした方がマシ、っつーかさ」

「……」

「おい、フランキス。聞いてんのか……って」

 

 何も言わないフランキス。彼の肩をユートが掴めば、振り向かせれば。

 彼は……静かな涙を流していた。

 

「ど……どうした?」

「……そんなに、なのかい? そんなに……君は、彼女のことを」

 

 虚空に問いをかけるフランキス。

 ああ、ああ、憐れなる男。愛に生き、愛に報われぬ男。

 

 

「違う、と。そう言っておくよ──馬鹿フランキス」

 

 

 ユート達の周囲。地、地、地から──腕が突き出る。

 

「違うさ。アタシは別に、創造主に操られてここへ来たわけじゃない。……一度は確かにそうだった。アンタにウアウアとエレキニカを抱き込め、って言った時は、そうだった。けどね、ヴィナージュがアタシを隔離してれたときに気付いたのさ。……()は、()()()に死んでほしくない、って」

「……」

「勿論あなたはアンデッド。私は単なるホムンクルス。互いに短命──あるいはあり得なかった、交わり得なかった運命。ですが、申し訳ございません。私は、フランキス・ソルベート・ディディアニタ・ロス・クラントワーゼという男性を愛してしまったようなので……あなたが死ぬにせよ、私が死ぬにせよ、あなたと遠く離れている時は嫌なのだ、というのを自覚しました」

「ボクは、君に生きていて欲しかったよ。ツクラレタモノなんだ、だからこそ自由に。……無理に"アンネ・ダルシア"を演じずとも、自由にね」

「そうですね。だから、その結果がこれです。違うと言ったでしょう。創造主に操られた結果、アンネ・ダルシアではありえない行動を取っているのではなく……私がアンネ・ダルシアではないから、こういう行動を取っている。──だから、いつまでもしみったれた顔してんじゃないよ、色男」

 

 地の底より咲き誇るは死者死者死者。

 王都──ブレイティダニア歴からティダニア歴に切り替わる時、多くが、多くが、多くが多くが多くが死んだ。その、礎となりし死者たちが、ここに蘇る。

 いや、それだけではない。

 

 ばくん、と。

 まるで心臓の鼓動のように、赤い闇色の球体が脈動する。

 

「……っ?」

「確かにアタシはアンタらにゃ劣るんだろう。何もかもが。戦闘能力も、魔法も、経験も覚悟も。──だけどね、魔王とやら」

 

 脈動は──次第に、速く、強く、大きく。

 

「死者の扱いに関しては、アタシのが上だよ」

 

 ()()()()()()と、零れ落ちる。

 球体から──真っ黒いモノが。ヒトのパーツが。

 それらは自ら動き、繋がりあい、ヒトの形を作る。たとえそれが本人同士のものでなくとも、形が成立していればそれでいい、と。

 

「軽蔑するかい? 異世界の勇者」

「おいおい、今俺に振るのかよ。ラブラブカップルに巻き込むんじゃねえ。──しねぇよ。ヒノモトの宗教じゃ、神はもういねぇし、魂ってなも雲散霧消する。むしろそっちの方がいいってなってたんだ。怖い怖い精霊サマに食われちまわねえようにな。だから、俺達の事とか気にせずやれよ」

「アンネ・ダルシア。ウォッンカルヴァの権能は精神攻撃系だ。防護を怠らないこと。……僕らは僕らでやる。君達は君達でやるといいよ」

「ああ。フランキスが世話んなったね、元魔王」

「うん。本当に手を焼いた」

 

 ああ。

 

「ああ、ああ。酷いことをするものだ。彼らは死した。死して死後の苦界へ送られる……その前に私が取り込んで、食べてあげた。そうすれば少なくとも私が死ぬまでは彼らも生き続けるからね。けれど、今。今、君が彼らの肉片を取りだしたことで……彼らは還るべき肉体まで失ってしまった。あるいは私を殺せば蘇らせることができたかもしれない王都の民たちを」

「だから、死者の扱いに関して負けるつもりは無いって言ってるだろ。アンタを殺さずとも、アタシは人間を操れるし、そもそも完全な蘇生なんてものは彼女にしかできない。アンタみたいな上澄みだけを掠め取った奴には絶対できない所業さね」

「こっちの編成が整うまで待ってくれたからな。フェアに行こうぜ、魔王イアクリーズ。開始の合図はアンタがしてくれ」

「じゃあ、始めようか」

 

 光の斬撃が走る。

 躊躇も猶予も無い、ユートの持ち得る最大威力の斬撃。

 

「出番だよ、ソラム」

 

 それは、ほぼ同意力の光線によって相殺された──。

 

 

 

 

 震動に目を覚ます。

 ねばつく赤い闇色。体を食らおうとしてくるそれらは、けれど己の身体に噛みつけない。

 

「ここは……」

「ようやくお目覚めですか、王女様」

「その声は……ディオレティシア?」

 

 動くことができない。

 こちらに害をなせないどろどろは、けれどこちらが動くことも許さない。

 

「ええ、私です。……他の天龍もいますが、申し訳ありません。そのほとんどが、既に意識を奪われ、良い様に使われてしまっています」

「どういう……。いや……そうか、ワタシたちは」

「はい。負けました。あの人間かどうかも怪しいモノに。エントペーンとルエティッポが間に合っていても、勝てなかったでしょう。それほど力の差が歴然でした」

「……ワタシの見通しが甘かった、か」

「言葉を包み隠さなければ、その通りです。見通しも、覚悟も。何もかもが甘かった。ラスカットルクミィアーノレティカ。あなたはその身の運命を以て大事を成せたのかもしれませんが、私達天龍は違った。機構がその役割を放棄した時点で……もう、終わっていたのでしょう」

 

 揺れる。大きな揺れだ。

 

「外で何か起きているのか。いや、そもそもここは」

「ここは、一言で言えばあの敵の腹の中。私達は消化されようとしているのです。そして外で何が起きているのかについては……そうですね、あなたの脳に外部の存在の視界を送ります」

 

 脳裏に、それが映る。

 

 このどろどろと同じ色をした球体。

 そこから這い出る……同色の、けれど覚えのある大小様々な龍たち。

 対峙するは数多のアンデッドと、人影が数個。

 

「これは」

「災厄の魔女アンネ・ダルシア。そのしもべである魔族フランキス。そして……感覚ですが、勇者と、魔王の転生体でしょうね、あれは」

「戦っているのか。……勇者以外は、人類の敵、じゃないのか?」

「個々の関係性までは読み取れませんでした。ただ、事実としてあの敵は私達天龍を操っていて、それと彼らが戦っている。……けれど、それだけです。私達にできることはありません」

「……ディオレティシア。貴様、今どこにいる?」

「あなたと同じこの球体の中ですよ」

「もっと詳しい位置だ。ワタシから見て、どの方向にいる?」

「何をするつもりかは知りませんが、彼らが勝つことを祈る方が建設的で」

「いいから答えてくれ。頼む」

 

 動けない。動けない。動くことができない。

 

 本当に?

 

「……下です。ほぼ、直下」

「そうか。──待っていろ」

 

 わかる。この硬さは、無理に動こうとすれば此方が傷を負う。

 それくらいの粘度だ。腕を動かせば肩が外れ、摩擦で皮膚が破ける……それくらいの。

 

 本当に?

 

 この、球体は。

 この程度のものは。

 

「──ワタシが動くことを阻めるほど、強きモノか?」

 

 動く。動く。

 動ける。

 動けないはずがない。こんな、ただの魔力に。

 

 ラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニアが阻めるはずがない。

 

「……であれば、私より、あなたの前方にいる四人の方が、可能性が高いでしょう」

「四人? ……いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)か!」

「ええ。四人の内三人が意識を失っていますが、ただ一人……彼女の造物がまだ抗っています」

「彼女の造物?」

「ヅィン。私達の母。あるいは……そうですね、あなたの記憶にあるものであれば、オーリ、と。そう名乗っていた者です」

「……なに?」

 

 掻き分ける。

 どろどろを、ねばねばを。指が折れてしまいそうになる硬度のそれに手を突き刺して、外れそうになる肩を無視して身体を押し出す。

 ゆっくりだ。微微たるものだ。遅々たる進みだ。

 けれど確実に。

 

「勿論あなたに会った者も造物です。オーリ。オーリ・ディーン。ヅィン。他、多数。空席の神Futurumによって創造されし命。ある意味で神々と、そして私達と同じ存在」

「……オーリを作った奴がいる、のか。……ファトゥルムというのは、何者なんだ?」

「創世の神です。この世界を作り上げた神」

 

 そんな存在は知らない、はずだった。

 だって、そんなものがいるのなら……ラスカットルクミィアーノレティカは天龍に物申しに行く前に、その神に文句を言いに行くはずだから。助けてもらいに、じゃない。文句を言いに行くのだ。

 

 けれど、知っている。

 知っていることにされている。

 

「……空席の神Futurum。全ての災厄の元凶。全ての善悪の根源。全ての歴史の始点。……なんだこれは。この……()()()()()は」

「適当な、とは? 創世の神ですよ」

「馬鹿を言え。自然災害も魔王による侵略も悪人による悪事も、全て原理のあるものだ。善悪も良し悪しも好悪も大義も、その者が抱く、その者の運命に基づいたモノだ。歴史とは知性体が作り上げる一つずつの冒険譚で、時代とは集合された意識らが形作る時の節目だ。ワタシも貴様も、あの敵も外の奴らも、その因に神など置いていない。置いていないから世界が世界足る」

 

 だから、仮に……もう一つの扉を開いたのが、深理と称される神ならば。

 元からあった扉を開きかけていたのは──やはり彼女なのだろう。そうだ。そうだ。そうだ。

 ラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニア。

 託された希望の灯は消えない。

 

「それを全てこの者のせいにすることなどできないし、するべきではないし、させる気もない。──貴様がオーリなのか、オーリを作ったものなのかは知らないが……ワタシを見た上で。ワタシを知った上で、これをワタシ達に植え付けたというのなら──ああ、ああ! やはりもう一度対峙してやらないといけない」

 

 掻き分ける速度が上がる。

 怒りは彼女に力を与える。『朱怒結晶』に適合者がいなければ彼女に宿っていたかもしれない。いや、感情結晶程度では……彼女によりつけなかったかもしれない。

 

 一度は閉じた運命。

 それが、"磁"によって回復しただけに過ぎないはずの運命が。

 

 流れ、込む。

 この分厚い魔力(運命)をすり抜けて、彼女に、彼女に、ラスカットルクミィアーノレティカに集まる。

 まだ集まる。

 まだ衰えぬ。

 

「おい──聞こえるか、造物とやら! 貴様もこちらに手を伸ばせ!」

「無理ですよ、この魔力は音の魔力も通さない」

「ワタシの声を阻めるほどの運命を持っているのか、コイツは。──全ての物事には原理がある。奴が、オーリが、どれほど理不尽で、どれほど異様な存在でも、空席の神がどれほどあり得ない存在でも──原理というものの根本でも!!」

 

 こじ開ける。

 扉を。鍵を失くした彼女が、ただ無理矢理に閂を折り破る。

 

「名を言え。ワタシの運命に貴様を巻き込んでやる」

「──ルシア」

 

 広がる。空間が。

 いや、弾け飛んだ、が正しい。その運命の圧力に耐えられず、赤い闇色が逃げたのだ。

 

 残されたのは……気を失った三人を守り続け、傷つきに傷ついた大柄な女性。

 

「貴様だな、オーリの縁者は」

「……縁者というと奇妙な感覚に陥るが、確かにオーリは私と同じ眷属だ。お前は……そうか、ラスカットルクミィアーノレティカだな」

「ワタシを知っているのか?」

「お前のことは、オーリという眷属の記憶に強く強く刻み込まれている。そして……実際に相対してみて、理解した。……これは最早寵愛だろうに」

「?」

 

 開かれた扉を閉じようとする闇色。

 けれど近づけない。圧倒的な光に、むしろ駆逐されて行く。

 

「よし。次はディオレティシア、貴様だ。さっきの場所の直下だから……」

「私を助け出しても、戦力にはなりません。それより──敵の位置を教えます。……ああ、そうです。そうだったんですね。……あなたには多分、私達の助けなんか要らなくて……」

「うるさい。ワタシが助け出すと決めたんだ。それを阻まれる筋合いは貴様にさえない。ルシア、ここより下に、天龍が一体取り込まれている。あと六体いたのだが……どうやら敵に使われてしまっているらしくてな。それらも取り戻したい」

「……なら、頼みがある」

「なんだ? ワタシにできることか?」

「ああ。私と彼女らに頭に手を当てて、ユジャ(Ujier)と呟いてほしい」

「わかった」

 

 疑いなく、彼女はそれを行う。

 何の儀式なのかはわかっていない。けれど、害意を覚えなかったから。

 

「感謝する」

「構わないが、なんだったんだ?」

「既存の契約魔術を逆手に取ったものだが、私達をお前の従者として契約させてもらった。これにより私達はお前の手となり足となる。……そう嫌そうな顔をするな。隷属するのではなく、さっきお前が言った、運命を分け与える、ということをしてもらうために必要なことだったんだ」

「……ああ、そうか、そういうことか! なら、天龍も……」

「まぁ、奴らが受け入れるのなら、可能だろうな」

 

 ラスカットルクミィアーノレティカの協力者、ではなく。

 ラスカットルクミィアーノレティカの一部、になれば──運命の庇護は、その寵愛は、下にある者すべてに向かう。

 

「ディオレティシア!」

「……聞こえていました。そして、ええ。受け入れます」

「頭に触れる必要はあるのか?」

「ある。だから、位置を教えろ。私がそこまでの道のりを切り拓いてやる」

 

 重厚な扉は開け放たれ、どころか扉自体が吹き飛んでいく。

 さぁ、さぁ、さぁ。

 内外共に、目を覚ます時間だ。

 

 まだ消えていない灯であれば、何度だって息を吹き返そう。

 

 

 

 

「!」

 

 驚きがあった。

 取り込んだ天龍達を出して勇者らと戦わせている間に……取り込もうとしている者達からの反抗を感知したからだ。

 

「元気なお姫様だ。……おっと」

 

 大振りな振り下ろしを剣で受け止め、弾き飛ばす。

 飛ばした相手は宙に着地し、再度向かってくる。

 

「自分の最大威力を打ち消した天龍に脇目も振らず、私だけを狙ってくる。いいのかい? 君は負けたままだけれど」

「お生憎様、俺の根っこの性格は王道勇者様じゃあなくてな。──大将首取りゃドラゴンだのなんだのも全部解決するってんなら、俺はレクイエムを信じてアンタに斬りかかるよ」

「成程。その若さでその成熟具合。まったく、レインに見習ってほしいものだよ」

「アイツはアイツで違う答えを見つけていたさ。少なくともアンタに呆れられるような奴じゃねえ」

 

 イアクリーズは腐っても白金位の騎士だ。そこに至るまでには、勿論多少の根回しはあった。けれど、実力という一点においては魔族の力の一切を使っていない。

 女の身でありながら、周囲の男と同等に張り合えるよう剣技を磨き、あらゆるものを認め、確かめ、必要なものは取り入れて来た。

 

 それは──彼女の技さえも。

 

「……雰囲気が変わったな」

「君も、いいよ。その大剣のスタイルはこの世界に来てから身に着けたものだろう? 威力という点ではそちらが勝るのだろうけど、技量で見たら君はもっと小さく細い剣を使うはずだ」

「んじゃ、そうさせてもらうか」

 

 光の大剣が縮む。

 小さく、鋭く、長く。

 シホサの中空長刀にも似た──いや、もっと原点にあるもの。

 

 何より、だ。

 何より……イアクリーズの豹変よりも、ずっとずっと深い変容がそこにあった。

 

 アレは、殺す者だ。

 

「その剣に、名はあるのかな」

「これには無い。が、かつての刀の名を肖るのならば、桐一葉(きりひとは)の銘を刻むとしよう」

「君達の言語には疎くてね。意味を教えてもらえるかな」

「桐という樹木がある。その樹に生る葉は他のものより大きくてな。落ちる時、ひらひらとではなく、すとんと落ちるのだ。──桐一葉。人の命、一生、それらを含む凋落の前兆。我が刀の一振りがそうであるのならば、振り終えた後に残るものが何かなど知れようよ」

 

 殺気。

 イアクリーズの扱う闘気とはまた別物。この歳で、いったい何人の命を摘んできたのか。

 魔法による大量破壊とは違う、一人一人、一つ一つを摘み取って来た刀だ。

 

「名乗りは必要か、騎士」

「君達の文化には無いのかい?」

「ああ。我らは影より忍びて殺す者。名を名乗るのは主君にだけだ。……が、郷に入っては郷に従え(──)、という言葉も我らが故郷にはある。そちらの文化に合わせよう」

「……久方振りだ。ふふふ、指し手として盤上への干渉は駒だけにしてきたつもりだけど……私にもまだ、戦う者としての本能が残っていたらしい。──名乗らせてもらうよ」

「ああ」

「私は、イアクリーズ。受け継いだ名も、隠し名も要らない。私はただのイアクリーズだ。これだけが、私の本当の名前だよ」

「積川結人。宿命とは流るる川の意。その積み重ね。之を結ぶ者。我が名の意だ。そちらは?」

イアクリーズ(歓喜)

「良き名よ」

 

 防ぐ。

 防いでから、瞠目する。

 

「……疾いな。とんでもなく」

 

 音。だから、そちらに剣をやって──直後にフェイクだと気付き、剣を軸に身体を持ち上げる。

 光属性の魔力が剣を通過し、一属性であるからオールヴァイトがそれを吸収した。けれど。

 

 また、本能が防御を選択する。

 鈍い音と共に、凄まじい衝撃がイアクリーズの手に伝わった。

 

「どういう……原理かな。正面からの攻撃だけが、目で追いきれない、というのは」

「ふむ。此方の世界の住人は、殺し合いの最中に会話することをとことん好むらしい。そして、技の解説などするはずがないだろう」

「……そうだね。その通りだ」

 

 正面から以外なら、聞き取れる。察知できる。

 けれど正面に回られたが最後、イアクリーズは培ってきた技ではなく種族としての本能に従わざるを得なくなる。

 いや、正面というより──視界か。

 

「原理はわからないけれど、仕組みはわか」

 

 違う。

 フェイクだ。

 

「……ああ。人間のまま……私がただの騎士なら、素直に負けを認めていたかもしれない」

「やはり物の怪か。心の臓を一突きにされて、尚生きる。良い。そういったものとの交戦経験もある」

「それは、嬉しいね。……技量では完全に劣っている。だから、挑ませてもらおう。そしてどうか挑んできてほしい。種族としての力量差は歴然が過ぎるからね」

「なに、あの暗闇のバケモノよりは弱かろうさ」

 

 歓喜がここに。

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