神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
暗闇を漂っている。
無境を漂っている。
雨の降るような雑音。何も聞こえない無音。
身体の感覚は無く。
意識の所在も不明。
わかるのは──己がまだ、解けていない、ということ。
蝕まれて行く身体。
苛まれて行く精神。
刻まれて行く霊魂。
覚えているのはただ──彼女の、最期の顔。言葉。悲痛な声。
「──お願いがあるの、異世界の魂」
どうか。
「せめてもの罪滅ぼしに──私の全てを」
「……そういうこと言う前に、まず親御さんに許可とんな」
開港。船出の時だ。
錨を抜いて、飛び立つ時だ。
「最後にはなるけれど……何か、言い残すことはあるかしら」
「おいおい、まるでこれから俺が死にに行くみてーに言うじゃねえか。……が、まぁ。言うことがあるとしたら、一個だけだ」
礼、ではなくて。
「好きに生きるよ。死なないように」
それは、奇しくも。
一瞬、内圧が減って、外圧が強くなった。
けれどすぐに戻った。……告喰黒召でも食らって、外に出されたのか?
「ヅィン、これからどうするつもりだ」
「触覚を増やしたい。……アンネ・ダルシアとの繋がりが途絶えた。隔離されたのではなく、殺されたのだろう」
「もう一体の方は?」
「何か……奔流のようなものに押し返されて、思念が思うように届かない。恐らくは魔力、あるいは運命の潮流だろう。天龍と天龍を繋ぐレベルの運命が渦巻いている」
私は"一個人"になった。それは疑いようのない事実で、最早世界の記録の閲覧も"改変"も際限なくできる、ということはなくなっている。
この身は限りなく空席の神に近く──同時に、スペア程度でしかない。FTRM3Uと同じことができるわけではない。
無論、それを恨むことはない。「彼女」の作成に私を切り離すことが必要だったというのなら、納得できる。仕方のないことならば、仕方がない。
「リルレル。理層領域と律式領域の方はどうだ」
「ダメだね。驚くくらい強力なプロテクトがかかってて、アクセスできない。神が何柱も協力してようやく出来上がるような強力さだ。イントリアグラルの埋没に並ぶよ」
「順当に考えるなら、トゥルーファルスらが籠っている……のだろうが」
「これほどわかりやすい動きをして、何の連絡も無い、というのは考え難い。アクシデントがあったと見るべきだろうな」
アンネ・ダルシアへの干渉の甲斐もあって、エレキニカだけは回収できた。
その際にウアウアが死んだ、なんて情報も入って来たけど、確認した限りでは内圧の減少は見られていない。冒頭にあった一瞬の減少くらいで、今は正常値だ。
誤報……にしては、その後に起きた「おおごと」が緊急すぎる。
「イアクリーズとトム・ウォルソンが消えた、か。……どうにも違和感の残る死に方だが……」
「自称指し手たち、だったか。ま、同時に、ってのは明らかになんかあるわな」
「タイミングもママに異変があった直後だしねー」
まるで、指し手の代替わりの刻限を定めていたかのように。
……いや、まるで、ではないのだろう。
恐らくFTRM3U、イアクリーズを操っていた誰か、トム・ウォルソンを操っていた誰かは、既に同卓している。
トツガナ……クールビーが指し手から強制的に下ろされたことで、バランスが盤石になったのだろう。
ただ……私があの時に覚えた感覚。イアクリーズは神だけでも魔族だけでも、ブラックボックスだけでもない……それ以外の何かを抱えていたはず。不発に終わった、とはまぁ、考えられなくもないが……。
また、FTRM3Uが私を切り離した理由も推測はできる。
……私がバクスティンの……イルーナの言葉に感化され、「満足してみよう」という気を欠片でも抱えたからだ。
それはFTRM3Uの総意ではない。FTRM3Uは続けなければいけない。だから私を"一個人"とし、彼女は彼女で目的を果たすことに専念した。
こちらの問題はこちらで対処しろと、そういうことだろう。
「ジンさん、少しいいですか~?」
「ああ、なんだ?」
「トゥーナさんとリコティッシュさんも此方へ、というのはダメなのでしょうか~。本当のところを言うなら、クラリスさんの安全確保もしたいですけど~」
「トゥーナというと、トゥナハーデンのことかい、イルーナ」
「はい~」
「彼女をここに招き入れるのは反対だね。絶対ロクなことにならない」
「私もトゥナハーデンはお断りだ」
「……トゥーナさん、どうしてそんなに嫌われてるんですか~?」
それは、確かに。
私からすると、トゥナハーデンは内面的な狂気が見えるものの、ある程度常識があって、どちらかというと私第一に考えるような子、という印象だ。確かに前、あるいはもっと前の歴史においてのトゥナハーデンは対私のリーダーを執るような神だったけど、今回のトゥナハーデンは全く違う。
「今ここにトゥナハーデン呼んだら、真っ先にママ殺すっしょ」
「……それは私が空席の神ではないから、か?」
「それもあるけど、トゥナハーデンってママのこと好きじゃないじゃん。ママの前ではママ! ママ! って無邪気にやってるけどさー。……ってゆか、トゥナハーデンが好きなママは最初のママなんよね」
「同意する。人間の真似事により別の価値観、世界観を混ぜたヅィンのことを、トゥナハーデンは快く思っていない。創世神Futurumの事は愛しているのやもしれんが、オーリ・ディーンや魔色の燕の長のことは欠片も愛していない」
そんなものか。
あまり違いがわからないけれど、兄妹姉弟における関係性は私より彼ら彼女らの方がよく知っている。ここは素直に従っておくべきだろう。
割れる音。
「──ジンさん!」
「大丈夫だ、バクスティン。わかっている」
イルーナが真っ先に気付けたのは、アスクメイドトリアラーとしての勘に神としての気配察知が混ざって昇華したが故だろう。
現出する。水晶玉の罅ではない。これは。
穴……それに、篝火。
そして、真っ黒な……これは。
「おい、ヨヴゥティズルシフィ。意識はあるか?」
「え、ヨヴ? ソレが?」
「本気で言ってんのか? 真っ黒い魔物かなんかにしか見えねーけど」
水晶玉の穴を閉じつつ、処置を開始する。
この黒い塊は、ヨヴゥティズルシフィだ。だけど……凄まじいまでの無の侵蝕を受けている。
まずいな。仮に除染できても、意識を取り戻せるかどうかはわからない。
……いや、そうか。
「お前達、全員でヨヴゥティズルシフィの身体に触れてやれ。お前達の内圧があれば、無を消し飛ばせる」
「触れるって、こう、でいいんですか~?」
「わ、思ったよりベタベタしてない」
何の躊躇も無く。
イルーナとシンクスニップが、ぴと、と指をヨヴゥティズルシフィの身体に置く。そして、それだけで……黒がじわじわと消えていくのが見えただろう。
最初の一歩。こういう時は本当にありがたいな。
そしてそれを見て、他の神々もヨヴゥティズルシフィの救助を始める。内圧の神は基本的に慎重派だ。こうやって一切の躊躇をしない二人がいてくれると尻込みする気持ちも消えるだろう。
勿論慎重であるのは悪い事ではない。というかそうでないと、簡単に死ぬ。
神の誕生時に言う、「好きに生きろ、死ぬな」は定型句ではないのだ。
……内圧が無を除染していく。
この篝火は……ホタシアか?
「ぅ……」
「ヨヴゥティズルシフィ。意識を強く保て。手放すな」
「……」
「返事もできないほど衰弱しているのか? ……まぁ、無に晒されていたのならそうだろうな。しかし、何故外側から……」
「……」
聞こえてはいるはずだ。
けれど、声が返ってこない。……私が私だとわかっていない?
「ヨヴゥティズ、ルシフィ……さん? 大丈夫ですか~?」
「……。……? 君、は……誰かな」
「あぁ、私は~、イルーナリア・シルクル・バクスティンと言います~。新しく朝陽の神になりました~」
「……知らない相手。ということは……ここは、世界の中か」
ああ。
そういうことか。
「無の甘言に乗らないために、知り合いからの声は意図的に無視していたのか」
「……」
「もう無視しなくていい。ここにはもう無はいない。……といっても疑心暗鬼は抜けないだろうから、そうだな。イルーナ。さっき教えたものをやってやれ」
「はい~。えーと、では──"朝陽"」
直後、室内で出てはならないレベルの光が全てを埋め尽くす。
本来、直線の神であるヨヴゥティズルシフィにこの手段は通じないけれど、ここまで弱っていて、且つ閉じ籠っているのなら──効果覿面であるはずだ。
「っ……!?」
「ちょ、眩しい眩しい! イルーナち、加減加減加減! 眼球の機能停止しても眩しいんだけど!?」
「流石は朝陽だ。眩しい」
目を灼く朝陽に、目を覚ましたことだろう。
ヨヴゥティズルシフィは──。
「……記憶を、共有する。メイズタグ達の身に起きた事。己が得た情報。母よ、あなたが真に世界を想うのなら、どうか」
共有を受ける──。
受けて。
「ほーらね。っていうか、思ってたより、だったケド……」
「トゥナハーデンが、ディモニアナタを……なぁ、気のせいじゃなけりゃ、これ……
「子細は己にはわからない。けれど、メイズタグ達はそうであると判断して、身を守る択に出たようだよ」
24年前。洞窟で起きた一件。
ディモニアナタの性格が変わった事件の詳細。そして……。
「……セノグレイシディル。中々いい仕事をする」
「そうだね、これは良い情報だ」
「いや、そちらではない」
「?」
最後のシーン。セノグレイシディルの身を覆っていく言語の渦。
それらは雑多な魔力文字ではなく、全てに意味がある。積極的に視ようとしない……なるほど、けれど、だからこそ、か。
……生体の匂い、ね。
「ヨヴゥティズルシフィ。疲労困憊のところ悪いが、直線の権能でメイズタグに私を繋げてくれ。奴ら、守りを固めすぎて、お前が私に辿り着いた後のことを考えていない」
「わかった。……己は己にできることをするよ」
情報の塊だ、この記憶は。
計画書とはよく言ったものだ。トゥナハーデンが行って来た今までの全てと、セノグレイシディルに共有されて来た「全容」。文字を文字で構成することで情報量を増やし、さらに圧縮言語……一文字に複数の意味を込められる文字を用いて、さらに情報量を底上げしている。
セノグレイシディル。奴は私から生じた神ではない。けれど、「セノグレイシディル」という名前は……その名を持つ神は、かつてしっかりと存在した。
記憶を有していたかどうかは定かではない。けれど、けれど、だ。
少なくともお前に対するイメージは変わった。充分だろう。……まったく、これをFTRM3Uにフィードバックできないことが残念でならないよ。
「ママ、とりあえずさ。──オルン、消化してもいいかな」
「……珍しいな、リルレル。怒りが見えるぞ」
「そりゃボクだって怒るよ。ディモニアナタとは付き合いもあったし。……というか、神の中じゃ、ディモニアナタが一番苦しんでて、一番悩んでたんだ。それを……こんな風に殺した彼らを許せそうにない」
「リルレル。ギギミミタタママは、恐らく真実を伝えられていない。彼女は見逃してあげてほしいかな」
「見逃すもなにも、ギギミミタタママの性格を考えれば既に贖罪は行っているんじゃないかな。良心の呵責に耐えられる子じゃないし。それで」
「ああ、構わない。だが、内圧の負担が二倍になる。それはつまり」
「どこの誰とも知れない、あるいはトゥナハーデンかもしれない敵に狙われやすくなる、ってことだよね。うん、わかってる。──それでもボクは、オルンを許せない」
反対意見は……出ないか。
存外、本当に存外、兄妹姉弟へ向ける感情は大きいらしい。
頷く。……オルンは使い道があったのだろうけど……こればかりは、仕方のない事だ。
「……すまない、母よ。直線が弾かれる。恐らく奇跡だろうね」
「ノットロットへ繋げることもできない、か。……やはり私が出るべきだな」
「出てどうするんだ。あんたが行ったところで、何か変わんのかよ」
「お前達神々が知っているかは知らないが、自身の領域に入る時、そこには必ずへこみができる。当然だ。水晶玉の中で、それだけの存在が異相世界へ移動するんだ、痕跡が残らないわけがない。領域自体は循環をもとにした無限に近い広さを持っているし、それを世界に見立ててプロテクトを張れば籠城も可能だが、自身が入って来た部分に関しては脆弱だ。そこをこじ開ける」
問題は、トゥナハーデンがそれを知っていた場合。
感知はできずとも、私が行く場所を見張っておけば……そこを攻めればいいのだと理解されてしまう。
トゥナハーデンの扱う豊穣の権能。栄養とした相手を果実として再誕させるソレは、強さとしての尺度においては低みにある。ただ、この世界の植物が所謂「生物」としての機能を持っていない……テクスチャの一つでしかない以上、トゥナハーデンの扱い得る植物はほぼ無制限と言って過言ではない。その上で彼女は信仰をこれでもかというほどに集めているから、使える運命の桁も違う。
考えるべきは二つ。
現在のトゥナハーデンがどれほどの存在を……この世界の何を取り込んでいるのか。何を己の力に変えているのか。
そして、その目的が何なのか。
イアクリーズは死んだ。違和感はあるが。
だから、内圧の神が狙われる、ということは無くなった……なんて楽観視はできない。
トゥナハーデンがイアクリーズと同じ都市にいた、というだけで、そこのラインさえ見えてくる。……であれば、先ほど内圧が一瞬減ったのとウアウアが死んだ、という情報は……。
「俺がついていく」
「……権能もマトモに使えないお前がか? ライエル」
「だがよ、こん中じゃ俺だけが法則の神だ。まぁヨヴもいるが、今は無理だろ。で、俺なら……最悪の場合にだけは、対処ができる」
それは、そうだ。
"虚構"。虚実反転。たとえ望む結果を引き出せずとも、目の前の事実を否定することだけはできる。
「だから、なんだ。兄ちゃんら。そこの妹たちを守ってやれよ? ここがいつまでも安全たぁ限らねえんだしな」
「……一応己も、弟なのだけどね」
「お前はしっかりし過ぎてて弟って感じしねーんだよな……」
そうだ。
でも、そこを気にしていたらもうどうしようもない。動かせる人形が無い以上、ここは打って出るしかない。
「妹たち、って……ウチも入ってんの? ウチ、どっちかっていうと守る側でしょ」
「現在の序列階位で言えば、ライエルは16位で、シンクスニップは12位だしね」
「愛憎の頃より経験浅いのは変わらねえんだ、大人しく守られとけ。……リルレル、エレキニカ。いつもあんだけ横暴なんだ、上手くやってくれよ?」
「リルレルに言うのは理解できるが、私が横暴とは、ほとほと出来の悪い弟もいたものだ。いつでも私は平等だっただろうに」
「ボクは……まぁ、散々悪戯したから、いいよ。やったのは権術のボクだけど」
よし、じゃあ。
「リー。私はお前のそれを、フィソロニカの加護だけだとは思っていない。信頼している。──子供達を、任せた」
「……私はもういないものとして扱われるんだと思ってたんだけどね。はいはい、いってらっしゃい。無事に戻って来なよ? ここはあんたの城なんだからさ」
少しばかりの心配はある。懸念はある。
……それを、「人間らしいのだ」と歓ぼう。
今私は『人間ロールプレイ」ではなく、「人間」をしている。
多少力を持った人間だが……大丈夫。
自ら死にに行こうなどと、もう思ってはいない。
FTRM3Uに切り離されて然るほど、私は満足を目指しているから。
走る。
走る。走る走る。
「おい、なんで転移しねーんだよ」
「転移は転移先が割れやすい。無論、走れば見つかりやすいが──神の目を欺く装飾品は付けてきている」
「装飾品、ねぇ」
「なんだ、不満か? 私謹製の装飾品だ。今もバクスティンが……イルーナが装飾品を作っていることはお前も知っているだろう」
「知ってるし、なんなら手伝わされかけた。ったく、イルーナもマイペースっつーか、落ち着きすぎだろ。この異常事態によ」
「切迫した時こそ日常が送れるのは強いぞ。……ほら、ライエル。お前もこれを持っておけ」
投げ渡すは、手首につけるチェーン。
「……とんでもねぇ光の魔力が詰まってるな」
「お前も一端の装飾品店店員なんだ、解析してみろ」
「ライルとして、ってか。……あー、縦棒二つに斜線二つ。音か。それの刻まれたディオキシリアドの鎖……宝石は……ユイガの超創基性主要岩石鉱物……だから、使った瞬間にとんでもねぇ音と光を撒き散らして無色の魔力による壁を生成する簡易防護及び逃走用アクセサリー、か?」
「合格だ。ちなみに含まれている光は先ほどのバクスティンの"朝陽"。空間としてそのまま詰め込んである」
「そりゃ強いな」
朝陽はただ眩しいだけの権能ではない。
暗がりを照らす、太陽や月に干渉する、時間へ手を伸ばすなど、様々が期待できる。
だけど、バクスティンはまだ神になって時が浅いから、とりあえず単純な「眩しいだけの朝陽」を詰め込ませた。
とはいえ神にも……先ほどシンクスニップが言っていたように、眼球機能が存在せずとも「眩しい」と感じるのは権能故だ。
思わず視界を、知覚機能を閉じてしまいたくなるほどの光。それが朝陽。
「……俺も、まぁ変なプライド捨てて、イルーナに倣うか。アンタのこと、ジンって呼ぶけど、それでいいな?」
「私が呼び方を指定したことがあったか?」
「ま、俺の勝手な意思表明だよ。……っと、なんか来てるぜ、ジン」
「わかっている。無視でいい」
来ている。
魔物だ。普通の魔物。
……わかるさ。それが誰の手先かくらいは。
「凍らせるか?」
「無視でいいといった。追ってくるのなら私が対処する」
「そうかい」
果たして、私達の爆走に、魔物は追い縋ってくる。
だから、一粒。
魔色の粒子を一粒残した。
して──沈黙する魔物。
「はー、それそういう使い方もあるのか」
「ああ。魔色の粒子を鱗粉のように侍らせておくのは防御の意があってこそだ。それと共に敵を突き破ることで、攻防一体を体現できる。だが、ああいった脳の無い手合いには、粒子の一つを先置きしておくだけで、勝手に突っ込んできてくれるからな。そうして粒子を取り込めば最期、暴れれば暴れるだけ自身の肉体が斬り刻まれる。決して動くことのない固定された魔色は、体内をずたずたにする」
だから、来るなら来い。
手先など、小手調べなど。
そんなものは意味が無いと、今更な問答をするつもりなのか。
「おーおー、どうやらそのつもりらしいぜ」
「いつまでも学ばないな……。それでよく策謀など行おうと思ったものだ」
「とはいえ今度は大物だ。地龍……それも、いくつか融合してる」
「逆探知は……できないか。完全に独立した配下とは、そこまでを許した覚えはないんだがな。私に正体がバレた以上、もう隠す必要も無いと?」
だとすると、少しユート・ツガー達が心配だな。
恐らく今まで彼らが襲われなかったのは、彼らを襲ってしまうと私が勘付くから。
けれどそれがヨヴゥティズルシフィによって伝わったのだから、もういいか、となる可能性は高い。
……気にしても仕方がない、か。
私はもうFTRM3Uではない。「彼女」の作成に「異世界の魂」が必要なら、FTRM3Uが手を打つはずだ。私は私のやることをやればいい。
「『紺罪結晶』──」
現出させた結晶から溢れ出すは水。瞬く間に波濤を作り上げる水の魔力は、勿論それだけでは融合地龍の歩みを止めるには至らない。
「尾まで浸かったぞ」
「あいよ」
──氷像が出来上がる。
走って走って、かつてのアンネ・ダルシアの牙城まで辿り着いた。
確かディグマリアンだったか。……けれど、アンデッドのほとんどは活動を停止している。アザガネやトガタチらと違ってただのアンデッドであるコレらは、主人が死ねば同じく死ぬ。致し方の無いことだろう。
「──来ましたか」
「……ツァルトリグ・ヴィナージュ?」
「ええ。……あなたを、待っていました」
命の気配は一つだけ。
彼女、だけ。
「おいおい、ボロボロじゃねーか。大丈夫か?」
「魔族はこれくらいでは死にませんよ。……それより、そこ。メイズタグ達の痕跡の途絶えた場所です。あなたの……
「お前は私を嫌っていたと思っていたが」
「ええ、大嫌いです。あなたも、あの装飾品店の店主も、ファイファも。すべてあなたなのでしょう。だから、この世界で唯一嫌悪を示します」
「だというのに、トゥナハーデンからの襲撃を受けてまでコレを守り通したのか?」
「必要なことですから。……亡き友、フランキス。もはや数を減らしに減らした同胞の遺言。"嫌うのは君の自由だけどさ。一度だけでいいから、彼女を助けてあげてほしいんだ。ボクから君への、最期のお願い。……死ぬつもりなんてないけどね。ボクと君の会話は、これが最後になる予感がするから。だから"。──ですので、そこを守ることは、彼への手向けとなると判断しました」
そうか。
まぁ、アンネ・ダルシアが死んだんだ。……フランキスも、死ぬだろう。そうか。
最後まで愛に……。いや。
添い遂げられたのなら、それはようやく叶ったのだと、そう捉えよう。
「そして、もう一つ。私の名はツァルトリグ・"オゥン"・ヴィナージュ。──お返しします。これは、私にはもう不要な名です」
……成程、嫌われるわけだ。
「いいのか。あるいはお前の特異性を捨てる結果となるやもしれんぞ」
「構いません。名は強い意味を持つ。それがこの世界の理ですが──愛した女性の名を自らの名に取り入れて、尚もその在り方を変えなかった友の背を、私は見届けました。名を与えられず、仮初の、借り物の名を背負ったままに、その在り方を強く照らした新たな友人の背を、私は押しました。──以上のことから、名がどれほど強い意味を持てども、最終的な強さを決めるのは己であると──そう判断しました」
オゥン。
神なりし者とは遷移無き存在。万化法則においてはより高次へと進み続け、世界の産声を換期に照らす。
涯、努、それらを円滑に回せと願われた「結合部品」。
どこから受け継いだのか。なぜ魔族に受け継がれているのかは知らないけれど──さぞ、知りたくないことをたくさん知ったことだろう。
それは人間と神々の間にある「信仰」の受け渡しに使われる、ある種舞台装置に近い存在の名なのだから。
「今、あなたはOを背負っていないのでしょう? 丁度いいとは思いませんか?」
「……ああ。ありがたく貰っておく。オルンが消化された以上、Oは空席になるからな」
私がFuturumでないというのなら。
Ownahの名を受け継いで、名乗ろう。
「ジン・オゥン。神としての席を欲するわけではないが、これでバランスも取れようさ」
「……では、私はこれで」
「行く宛があるのか?」
「いいえ。けれど、ここに留まる意味も消えましたから。私にあなたのことを説いたセノグレイシディルも死に、友も死に、あとは人間として足掻く元魔王を、魔族らしく……いいえ、旧友として見守らせてもらいます。その結果が、全生命の全滅となったとしても」
それだけ言って……ツァルトリグ・ヴィナージュは、去って行った。
……最後の声は、レクイエムへ向けた言葉だったけど。
目線は……私への憐みだったな。
……。
「ライエル、すぐにここをこじ開ける。一瞬、極限集中をするから──見張っていてくれ」
「俺が突然裏切る可能性は?」
「構わないさ、それなら。それでも私は人間であろうとするから」
ジン・オゥン。
新たな名。魔色の燕の長という肩書ではない、人間としての名。
「粋なことを、と思うのも──人間らしくて、私は楽しいよ!」
ヒトの身で、折り畳まれた異相へ……"介入"を行う。
騒ぐな。煩い。──私を忘れたか。
今来たぞ──子供達。
私が、来たぞ。