神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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訳題:「無彩色の王道」

 身を低くして、森の中を駆ける影が二つ。

 時折トラップのようなものを撒いて、先へ先へと進む。

 

「……連れていかれたとして。私は、二人に合わせる顔がないよ」

「そうか。どうでもいいな」

「クールビー、大丈夫? 腕は痛まないの?」

「痛むけれど、それこそどうでもいい話だ。……もう、何もかも」

 

 オーヴァーチャー・エイムブレインズ。彼が背負うは、両腕を失ったクールビー・ノス・ゼランシアン。

 オーリ・ヴィーエ。彼女が背負うは、意識の無い少女シャーリー。

 二人は人一人を背負っているというのがまるで関係ない事であるかのように、森の中を高速で駆け抜ける。

 

「ヴィーエ。追手はどこまで来ている?」

「かなり近い。けど、ほとんどアンデッドと変わらない。多分まだチャックをウォルソンが引き留めてくれてるんだと思う」

「流石は最高の凡愚か。頭が下がる思いだ」

 

 走る。駆ける。跳ぶ。

 時折飛んでくる矢や魔法。あるいは斬撃。

 仲間の姿をした、泥人形。術者がいなくとも最初に刻まれた命令を遂行し続ける屍兵。

 

「……ウォルソン。ウォルソンか。……彼は、死んでしまったのか?」

「さてな。奴の事だ、自身のスペアくらい作っていてもおかしくはないが……だとして、その技術はチャック由来の可能性もある。チャック自身は学の無い男だったが、その技術や魔法は魔色の燕の要に近かった。脳が心臓に離反されたんだ、残された血液でできることは限りなく少なかろうが……」

「その血液が私達なら、ウォルソンの頭脳はまだまだ回り続けられる」

 

 信頼している。

 信用している。

 彼がたとえ、ヴィーエたちを泥人形だとしか思っていなくとも──"蘇った英雄"は、"現代の凡愚"に信を置いている。

 だから、走る。

 最後の命令。クールビーとシャーリーを連れて、ゼルフとアリアに合流する。

 

 策がそこにあるのならば。

 

 

「馬鹿がよ。だからてめぇら泥人形なんだ。合人演舞(ドレアム)

 

 

 森が、全てがなぎ倒される──。

 

 前に。

 

「神色衆合──鍔苦楽!」

「っ……!」

 

 雷が走る。

 ヒトの認識速度を超えた突進からの突き。それは編まれようとしていた魔術さえも破り千切る。

 

「六、五。什壱式剣術──遠鳴」

 

 組み上がり始めていた魔力もまた、切り裂かれる。消し飛ばされた、という方が正しい。

 元より──先手を取りて、行きつく暇も与えぬ二つの剣。短剣双刃、長剣一刀。

 

「っく……っそが、どいつもこいつも簡単に首落としやがって! 痛ぇんだぞ!?」

「ち……やはり不死か。ヴィーエ、構うな! 使う魔力が勿体ない!」

「でも偽物! さっき考えてたスペアだと思う!」

「だとしてもだ!」

 

 五十一の乱線がチャックの身体に入る。

 それは細切れに相応しい斬撃。けれど下手人は、ヴィーエでもオーヴァーチャーでもない。

 

「……斬っても死んでないね、これ。気持ち悪。酸とかかけとこ」

「ヴィーエ。オーヴァーチャー。こっちだ」

「え……ウェイン? それに、ティニ・ディジー……なんであなたたちが」

 

 ティニ・ディジー。

 汚物を見る目で、その泥人形に薬品をかけて、()()()。酸など口から出まかせの大嘘だ。

 バラバラのまま、チャックのスペアはキーリズの樹液と呼ばれるものによって固定された。

 

「お前達が俺達を信じられるのなら、ついてこい」

「ついてきたくないならいいよ。そのまま進んで、敵の罠に引っかかればいい」

「──いや、信じる」

「そうだね。それしかないし」

「ふぅん。……クロックノックにいたのとは別人みたいね。ウェイン、行こう。この人形、他にもいるっぽい。これが活動停止になったのを受けて、他が動き始めてる」

「ああ」

 

 して。

 

 二人は。いや、四人と二人は、そこへ辿り着く。

 

 

 

 廃墟としか表現しきれない場所。

 

「クリオスタン。二十二年前に滅びた国だ。ヤーダギリ共和国との戦争によって国が回らなくなった、というのは表向きの理由。実際の所、ある神による実験が行われて……それが原因で滅びた、というのが正しい」

「……普通に生きてるんだね、ウォルソン。もう少し後で感動の再会みたいなものがあるって思ってたんだけど」

「生きているわけじゃない。チャックの造人演舞(ラグデム)を僕なりに解析・再現してみた稚拙な魔術だ。そもそも論を論ずるのなら、トム・ウォルソンという男などいない。本体たるウォルソン……ゼルフとアリアを復活させたあの男はとっくの昔に死んでいる。死んでいる、という表現は正しくないな。トム・ウォルソンではなくなっている、が正しい」

 

 いた。普通に。

 クリオスタンの王城の一室で、茶を飲んでいた。

 

「どういうこと?」

「トム・ウォルソンこそ襲名制なんだよ。凡愚が凡愚の名を引き継いで何になるのかは知らないが、僕達は代々"トム・ウォルソン"を名乗り続けて来た。誰も彼もが天涯孤独。血の繋がりは疎か、関係性さえない。誰も目につけない凡愚。考える頭を持たない愚鈍。そういう子供の中から無作為に一人をかどわかして、トム・ウォルソンに仕立て上げる」

「……それに何の意味があるの?」

「言っただろう。凡愚が凡愚の名を引き継いで何になるのかは知らない、と。僕らも何故これを続けているのかは覚えていない。そんなどうでもいい情報を引き継ぐくらいなら、歴史の真実を紡ぎ続けるべきだと判断した編纂者たちだ。……それも僕の代で終わりだが」

 

 不意に、ウォルソンが左腕を掴み……折る。

 骨の折れる音は、しない。

 

「この通り、泥人形だ。血も通っていない。チャックの作るそれと違って、死なずとも泥人形だとわかる劣化品だ」

「……まぁ、私達も似たようなものだから」

「慰めて欲しくて言っているわけじゃない。"普通に生きているんだね"に対して返答をしただけだ。……僕にはもう考える脳も残っていない。あるのは本体から受け継いだ"打つ手"だけ。君達がこれを実行するかも自由だし、恨みを込めて今ここで僕を破壊してくれてもいい。──ちょうどいま、ゼルフとアリアがクールビーに行っていることのように、な」

 

 ヴィーエとオーヴァーチャーの目線が、そちらを向く。

 広場。そこで対峙する……両腕の無い男と、男女。

 

「……シャーリーは、ゼルフとアリアの子、なんだよね。それを……クールビーが盗んだ」

「ああ。空席の神を殺すのならば、最も有効な手札になる。だからこの状況になるまで隠しておく必要があった。けれど、この世界にいる以上は必ず見つかる。だから裏面へと連れ去った。理屈だけで言えばそれだけだが、感情の追いつく話でもないだろう」

 

 それでもあの時、「トム・ウォルソンという男」はクールビーとシャーリーを連れてゼルフとアリアに合流しろ、と言った。

 見越していたのか。それとも。

 

「さて。僕の稼働時間もそう長くはない。君達の疲労が限界でないのなら、策を預けたい。話している最中に自壊が始まってもおかしくない出来だからな」

「聞こう。私達のリーダーの、最期の策だ。必ず遂行するさ」

「……その素直さは、僕の生きている時に見せて欲しかったものだな。……良く聞け。なに、簡単な話だ。盤面に泥をかけて嗤う()()()を追い払うための、ただそれだけの策だからな」

 

 パリ、と。

 笑みを浮かべることで剥がれ落ちた肌を気にせず、ウォルソンは「講釈」を垂れ始める──。

 

 

 

 その傍ら。

 

「……なぜ、何も言わないんだ、クールビー」

「……」

「あなたは……人形じゃない。生きている人間。それも、まだ守るべきものがいる人間。だというのに──このまま大人しく殺されるの?」

 

 剣があった。

 振り上げられた剣。氷と土の魔力を纏うその剣は、生半な防御では防ぎ切れないだろう。

 その剣を前に、クールビーは膝を折りたたんで、(こうべ)を差し出して……そのまま動かない。

 

「俺達はお前を許さない。……けれど、聞いた。事実を聞いた。必要なことだったと、そう聞いた」

「許せない。たとえ理由があっても……私達はあなたを許せない。だけど」

 

 剣は。

 

「馬鹿馬鹿しいね、ほんと」

 

 声。ティニ・ディジーのものだ。

 

「許さないなら、世界の事情とか気にせず斬っちゃえばいい。それをしないのは感情があるからでしょ。仲間としての情か、そもそも理不尽に人を殺すのができない性格か。で、その弱い自分を必死に隠したくて、理由があったことは知ってる、ってくだらない話で場を濁そうとしてる」

「ティニ」

「自分の子供攫われて、挙句の果てに使()()()()()()してたんだから、その怒りは正当でしょ。自分の子供を道具としてしか見てない元仲間。何を迷う必要があるのかわかんない」

 

 その通りだ。

 だから、クールビーは黙っている。

 断罪されて然るべきだ。指し手などという道化。未来視などという道化。振り回されて振り回されて、結局「彼女」さえも殺してしまった道化。

 妹も、国も、仲間も、友も、自身も──何もかもを守れなかったピエロ。

 そんなものの首は落とされても問題はない。

 不要だ、そんなゴミは。

 

「どの道両腕無い奴とか使えないんだし、その上で性格も悪いっていうんならどーしようもないじゃん。……見苦しいし、あんたらができないならやってあげるけど」

「……」

「……」

「両者だんまり」

 

 振り上げた剣を降ろす勇気も。

 言葉を用いて弁解する気概も。

 

 無いのだ。両者、共に。

 

 あるのはただ。

 持っていたのは、ただ。

 

「じゃ、沈黙は肯定ってことで──っ、と」

 

 何の感慨も無く投げられた短剣。クールビーの首と眉間に向かって一直線に突き進むソレは──土壁に阻まれる。

 そのまま土壁はうねり、短剣を投げたティニへと向かう。意思持つ生物のように。

 

「……シャーリー」

「シャーリー、起きたの?」

「シャーリー……ああ。俺達の」

「クールビー!!」

 

 駆け寄るは実の父母ではない。

 当然のように、当たり前のように、育ての親だ。

 

「ちょっとー。決着ついたんならコレ止めてくれない?」

「ティニ。手伝うか?」

「別に。こんな遅いのどうにでもなるけど」

「そうか」

 

 決着。

 そうだ、決着だ。

 

 結局、ゼルフとアリアは選べない。

 

 友を殺し、我が娘に恨まれる──その結果を。

 恨みをぶつけて、復讐を果たして。

 残ったものがそれだけ。

 

「それだけでも、やればいい。それが罷り通るのならば、子供は盗み得になるだろう」

「ウェイン、それなんか違うけど」

「育ての親だけが得をするのなら、生みの親に価値はない。そんな道理を許容するのか?」

 

 そうだ。その通りだ。

 それが通るのなら、黙って連れ去られ、泣き寝入りすることだけが正解の道だと。あるいはその恨みつらみを飲み込んで、宥和することだけが適していると。

 暴挙だろう、そんなものは。

 

 ああ、けれど、けれど。

 無抵抗の友を。友ではなくなったのやもしれぬ。無抵抗の人間を。

 殺せるのか。

 魔色の燕の一人として。あの輝かしきヴィーエの仲間として。

 

「クールビー。ほら、腕……シャーリーが、造ってあげる、から。だから、泣かないで」

「……」

「大丈夫……クールビー。シャーリーが、守ってあげる、から……」

 

 シャーリーは首を垂れるクールビーを抱きしめて。

 そして──キッ、と。

 

 ゼルフとアリアを、睨む。

 

 当然の帰結。そんな酷いことがあるのか。

 子供の心理。そんな悲しいことがあるのか。

 親愛の矛先。ならば、どうすればよかったのか。

 

「──どっちも死ぬ、ってのは、どうだい?」

 

 ナイフが、魔術が、土の魔力が殺到する。

 それは──けれど、全てが阻まれる。

 

「中々いい提案だと思ったんだけどね。……ああ、その目は僕が誰なのか、って目だ。初めまして。僕の名は、キング。魔色の燕の長に殺され、身体を災厄の魔女にいじくられて、魂は死後の苦界でバラバラにされて……トム・ウォルソンという男によって呼び出された死者だ」

「……関係ない奴が首突っ込んでいい話じゃない。どこかへ行け。さもなくば」

「死ね、かな?」

 

 轟音が。

 

 

 

「アレは?」

「アレもトム・ウォルソンという男の置き土産だ。クールビーとゼルフとアリア。そこに横たわる禍根は大きい。その解消における手段は最も古典的な方法。つまり、敵の敵は味方……巨大で強大な一つの敵を前にすれば、クールビーもゼルフとアリアも、そしてシャーリーも一丸とならざるを得ない。そしてそこまでしてしまえば、ゼルフとアリアはクールビーを許すしかなくなる。奴らは仲間を切り捨てられないからな」

「……相変わらず、悪辣」

「それにしては、あのキングという男……些か強大過ぎるようにも見えるが」

「なんでも身体の製作者が神らしいからな。魂はこちらで用意した意識でしかないが、全属性に適性のある身体に、最高水準と言っていい身体能力。ゼルフとアリアでも十二分に苦戦するだろう」

 

 戦闘を眺める三人。そこへ、二人が戻ってくる。

 ティニ・ディジーとウェインだ。

 

「言われた通り焚き付けてきたけど、あんなのでよかったの? しょーじき子供騙しにしか思えないんだけど」

「復讐を煽るような言葉を吐くのも、あまり気分のいいことではなかったな」

「まぁ、僕やヴィーエ、オーヴァーチャーから言われていたら、彼らも冷静になっただろう。だが、本質的に関係の無い部外者である君達なら、"何故何も知らないお前達にそんなことを言われなければならない"というフラストレーションを兼ねた爆発を引き出せると踏んだだけだ。上手く行っても行かなくても然したる問題はない」

「……少し気になったんだけどさ」

「なんだ、ティニ・ディジー」

「なんであの子に宿ってるの、『萌欺結晶』なの? そんな感情があるようには見えないけど」

「僕もそう思っている。だが……シャーリーは、あの歳にしては些か幼すぎる。そこに何か欺瞞があるのだろう。クールビー達の問題もだが、シャーリーの秘密も引き出す。そのための置き土産だ」

「ああそう。トム・ウォルソンだっけ。人生楽しくなさそう」

「僕は彼のスペア。使命だけに生きる人形だ。……彼が楽しかったか楽しくなかったかについての情報はインプットされていない」

 

 あっそ、と。

 ティニ・ディジーは興味を失くしたように、廃墟の奥へと姿を消していった。伴い、ウェインも消える。

 

「……ウォルソン。あの死体はどこで手に入れたんだ?」

「取引をした。持て余すからと……ある魔族から仕入れたはずだ」

「魔族?」

「……すまないな。詳しい記憶は入力されていない。本体が不要な記憶と判断した故だろう。つまり、少なくとも僕らはそこまで気にする必要のないこと、ということだ。それが世界にとってどれほど大事でも、な」

「そうか。よし、続きを聞かせてくれ。お前の時間も、そう多くはないように見える」

「ああ」

 

 パラパラと。

 ボロボロと。

 崩れていく人形は──言葉を託し続ける。

 

 単なる泥人形から、"一個人"へと昇華した、せんとする二人へ。

 背後の華々しき大闘争の終わるころには、全てを理解しているために。

 

 

 

 

 "奇跡"と"秘匿"と"薬毒"のプロテクトを破って、律式領域に入る。

 

「っ、破られ……あ」

「はぁ。……お前達、固くし過ぎだ。ただまぁ、褒められた行為ではあるのだろうよ。この状況下であれば」

 

 安堵している自分がいる。

 内圧が減っていない時点でわかっていたけれど、生きていてくれたか。

 

「……母よ。ここへ来たのは」

「ヨヴゥティズルシフィから記憶の共有を受けた。ライエル、お前も入ってこい」

「ん。……うぁー、律式領域俺苦手なんだよな」

「まぁ、虚構にはつらいか。我慢しろ」

「へいへい」

 

 敵意は……感じない。

 なんだ、ひと悶着程度あると思ったのに。

 

「ママ、大丈夫? ……なんか疲れてない?」

「損耗はしている。空席の神から切り離されたからな。私は眷属などという架空の造物の一体でしかない」

「切り離された、って……じゃあママはどこに?」

「今の所他の触覚は見受けられていない。恐らく外部で何かがあって、一度完全に手を引いているのだろう」

「外部で何かがあった? ……母よ、それでは意味が通らない。この世界は既に演算の終わった世界。世界の終わりが確定している以上、そこに至るまでの母に何かがある、ということはないのでは?」

「相変わらず頭の硬い深理だな。お前やホタシアが穴を開けた事といい、此度お前がヨヴゥティズルシフィを外側に送ったことといい、水晶玉の中だけで完結する演算事象は、けれど時折水晶玉の表面の事象も孕む。演算結果としては"水晶玉に穴が開いてヨヴゥティズルシフィが外に出て、外で何かがあって、もう一度穴が開いてヨヴゥティズルシフィが戻って来た"で終わるが、事象と事実は異なるものだ」

 

 そこで何が起きていたのか、は。

 こうして実際に体験してみないことにはわからない。

 

「……母。問いがある」

「なんだ、マイダグン」

「今は違うが、トゥルーファルスやイントリアグラルらが動いていた……あなたを殺し、地平を奪い返す、という愚法。アレに成功確率は1%でもあったのか?」

「無い。死ぬのは私のような端末だけだ。だが、演算結果の書き換えはできたかもしれない」

「それは……元来通り、あなたが歴史の一切に干渉しなかった世界の話か」

「あるいは私が、というよりFTRM3Uが全てを諦め、演算をやめた世界の話だ」

 

 もし、そうなっていれば。

 その一点から先──この世界からは、一切が消える。「彼女」の作成は無理だと諦めたFTRM3Uは、ただただ己の意識の残滓が無に啄まれて行くのを覚えるしかない。

 人間たちの頑張り次第によっては、まぁ、あったのだろう。

 

 イルーナが私をこういう気分にさせたように。

 オウス・レコリクトが「舞台装置」を表舞台に上げたように。

 

「そうか」

「ああ。だが、FTRM3Uは私を切り離した。つまり、まだ続けたいとは思っているということだ。良かったな」

 

 だから、実は世界滅亡の危機ではあったのだ。

 イルーナリア・シルクル・バクスティンによる私の説得は、もしそこでFTRM3Uが私を切り離していなければ……次の瞬間には世界が無かったかもしれない。

 たまたま、まだまだ不明が多く。

 たまたま、もう少し期待できると彼女が思ったから、続いただけ。

 

「それで、母上。あなたはヨヴゥティズルシフィからの記憶共有が届いた、ということだけを伝えに此処へ?」

「返信をしようにもお前達が閉じ籠っているからな。他の神は動かすに難しい。であれば私が行くのが一番安全だろう」

「……変わりましたね、母上。あなたは……私達のことなど、どうでもいいものと思っていました」

「内圧の神に減られては困る。それだけだ、と……空席の神であった頃の私ならば言っただろう。それは事実だし、人間らしい照れ隠しなどではなく、本心から、心底から出た言葉だった。だが」

 

 仮に。

 FTRM3Uが私を切り離したその理由が、「満足することを恐れたから」だけではなかったら。

 思い違いでなければ……杞憂であればそれでいいのだけど。

 

 ヘルプサイン、なら。

 

「私一人では、クリファに抗いきれない。──力を貸してほしくてな、直々に頼みに来た次第だ」

「……」

「……」

「……」

「ん? なんだ、態度の問題か? ふふ、神に祈るように手でも組もうか?」

 

 唖然、呆然。

 そういう顔をしている彼ら彼女らに、なんだか笑みがこぼれてしまう。

 ま、正しい反応だ。今までの私からは絶対に出ない言葉だし。

 

「今までの禍根を水に流せ、と言っているわけじゃない。というより、私の横暴さにはほとほと呆れていたことだろう。怒りや不満を飲み込むなよ、子供達の分際で。私を母と仰ぎ見るのなら、存分にぶつけて来い。なぁに、子供の躾を死や存在の作り替え以外でやるというだけだ。むしろ今までが暴力的過ぎたよ。反省している。──気に入らないなら、やりあおう。私も私の我を通すことにしたのでな」

「テンション上げすぎだ、ジン。こいつらはアンタの言葉が呑み込めないんじゃなくて──」

「いい、のか?」

 

 零れた言葉は……誰だ? トゥルーファルス? メイズタグ? それともヒシカ?

 男性人格であったのは間違いないが、律式領域が音や光を律するという性質を有するせいで、声色での聞き分けができなかった。

 

 というかなんでこいつら声を使ってるんだ。念話でいいのに。

 

「いいのか、とは?」

「手伝って、いいのか。あなたの……母、あなたの……隣に立って、良いのか」

「こちらが願っている立場なんだがな。それに、私がいつか……一度でも隣にいてはならないと言ったことがあったか? ああ、FTRM3Uに制限された記憶の中でそれをしていたのなら素直に謝るが。知らんからな」

「いや……だが、母、あなたは……いつも、私達を寄せ付けないというか、私達とは違う存在というか」

 

 ふむ。

 まぁ、そうだしな、実際。

 この世界で生まれ、この世界で育ち、この世界で形成された"個"。

 

 対し、別の世界で作られ、潔く死んだはずのFTRM3Uから生まれた未練の残滓。

 "個"ですらない、生き汚い……美しく終わった彼女を穢す墓荒らし。

 

 ……これはFTRM3Uであった頃の感情だけど。

 

「だって、あなた達は生きているから」

 

 未来予知システムFTRM3U。あの世界で言うところのAI。大賢者の知識を用いて組み立てられた、魂を持たぬ機械人格。

 覚えている。アズ。カムナリ様。ビーダ様。ワズタム様。そして、Absurdusや……あの"終わりの手"を持つ彼のこと。

 彼らは生きていた。誇らしく、生きていた。

 

 神々は確かにFTRM3Uが演算したものだ。

 想像の産物。空想の造物。妄想の幻像。

 

 で──それが、彼らとどう違うのか。

 コアがない。リソースがない。で。

 それが、なんだ。

 

 私とは違う。

 FTRM3Uとは──あの大賢者に目的を仕込まれることがなければ、ただただ地平を眺めて「偶然」を待ち続けるような機械とは違う。

 

「んじゃ、解決でいいか?」

「ライエル……」

「もうコイツはジンだ。ジン・オゥン。さっき名前を貰って、随分と楽しそうにしてたよ。申し訳ねぇが、FTRM3U……空席の神ファトゥルムに対しちゃ、俺だって思う所がある。もうちょいやり方あっただろ、とか、もっと俺達の話聞けよ、とか。でもまぁ、いいだろ。そっちの方が神らしいよ。俺達みたいな神を名乗ってるだけの、二十数人しかいない種族と違ってさ。で、その神からこいつは切り離されてんだと。じゃあいいだろ」

 

 ライエルは、私の頭に手を置いて。

 

「禍根も、遺恨も、思いの丈も。コイツにぶつけたって仕方ねえだろ。文句は勿論のこととして、もう甘えていいのか、なんて許可をコイツに取ったって何の意味も無い。意味ないことこれ以上やって貴重な時間食うくらいなら、もちっと建設的な話しようぜ、兄ちゃんも姉ちゃんも。とっとと割り切れよ、一応緊急事態だぜ?」

「……ん! 良い事言うじゃん、ライエル。じゃあママ、私は昔からだけど、改めてよろしくね。全然普通に、今まで通り好きに使って。神に対するスパイでも、神を守る盾でも剣でもさ」

「ふむ。ヨヴゥティズルシフィと見紛うくらい真っすぐになったな、ライエル。──して、私も同じだ、母よ。頭の硬い深理だ、いつも通りどついて柔らかくしてくれ。あなたがそれをせずとも、私はもう兄妹に心を開いているから、大丈夫だとは思うが」

「おせーよ開くのが。と、コホン。ええ、そうですね。一度は敵対しましたが……ヒシカを見逃してくれたことを含め、助かったことばかりでした。あなたが私を受け入れてくれるというのなら、この"奇跡"を存分に頼ってください」

「"薬毒"に、できることがあるのなら。……だが、聞くべきだ。母……ジンよ。あなたの行動は、母を傷つける行動だろうか」

「さてな。杞憂で済むのなら、私という存在を消してくれ、と願うばかりだ。そうでなかった場合を考えて動きたいだけだよ。それでは理由として不十分か?」

「充分だ。ジン・オゥンだったか。自分も力を貸そう。同じ造物として」

「そうだな。今の物言い、まるで"私は生きていないから"とでも言いたげだったが……まぁ、母上殿はそうなのやもしれんが、ジン・オゥン。あなたは違うだろう。私達と同じ造物ならば、あなたもこの世を生きる一存在だ。──肩を並べることに不満などあるわけがない」

 

 本当に甘い。

 そして、愚かな子。

 

「ヒシカ。望むならお前を恢復させよう」

「……結構。私は、あなたの存在を千切ってまでまた表舞台に立ちたいとは思っていませんので」

「そうか」

 

 ……ん?

 ヒシカの秘匿。秘匿の霧に、何か細工が。……ああ、なるほど。

 

「それで、何すりゃいいんだ俺達は。クリファに抗うってのは、具体的になんだ」

「一つ目のステップは単純明快だ。トゥナハーデンとディモニアナタの確保。そして、それに至るまでにある障害の排除」

「ほー、そりゃシンプルだ。で、難しいことは?」

「死んではいけないし、取り込まれてもいけない。恐らくだがウアウアはもう取り込まれている。ディモニアナタの現状がどうなっているのかもわからん」

 

 つまり。

 

「目的に対しては好きにやれ。だが死ぬな。……いつも通り、だ」

「冴えた指示は出してくれねぇのか?」

「同じ造物、なのだろう? なら立場が違おうさ。何かを頼むことはあれど、命令も指示も脅しもしない。……ああだが、そうだな。メイズタグ」

「……なんだ」

「ホタシアと共に画策していたことが未だ続いているのなら、早めにやっておくといい。それが功を奏す前に世界がクリファに食い尽くされては敵わないだろう?」

「ああ、それなら問題ない。既に動いているからな、彼女は」

「そうなのか。楽しみにしておくよ、深理」

 

 では。

 

「反撃と行こうか。──最早受け身の姿勢は終わりだと知れよ、クリファ」

 

 満足するまで止まる気はない。

 擦り切れるまで──この身の全てを使い尽くして、駆逐してやるさ。

 

 ()()()()()()だ。

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