神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
アストラオフェロン。
かつては"終帰"の神で、現"闇夜"の神。
今のアストラオフェロンは"終帰"だった頃の記憶を持っていないし、終帰の権能と闇夜の権能はあまりに違うから、その二つを同一存在と見ることはない。
事実、違う。
終帰の神アストラオフェロンは貪食の神に食われた。闇夜の神アストラオフェロンは前代闇夜の神が死して、その後釜として作られた人格に過ぎない。
流石にギギミミタタママや恋情のシンクスニップよりかは長いけれど、実は兄妹の中では比較的若い──経験不足の神なのだ。
だから、なのかもしれない。
「拒絶。今をしてヅィンと迎合するなど。笑止。受け入れられるはずもない」
「そうはいうけどさ~、もう無理だよ。トム・ウォルソン達までもが
受け入れられないのだ。
納得できない。
クロックノックは崩壊した。チャックの裏切りによって、組織を保てなくなった。
彼らが手助けをした「魔色の燕」という組織は、もうどこにもないのだ。
「否定。初めから人間に与した覚えはない」
「結果を見なよ。そうなってる」
「否定。であればもう協定は終わりだ。先行。ヅィンを潰しに行く」
「……だから、無理なんだって。戦力差を度外視しても……」
慮縁の神フィソロニカは肩を竦める。楽観、諦観、静観、悲観、達観……。
様々な人格をコロコロ変える彼は、最近のところ楽観であることが多い。冷静に物事を考えれば考えるほど、諦観になってしまうことを知っているから、だろうか。
「ヅィンはもう、この世界にいないんだからさ」
「……」
「結局僕らは誰かの掌の上で踊ってただけなんだよ。自分たちの意思でヅィンに反旗を翻した──その事実ですら、操作されていた。ノットロットやクインテスサンセスが僕らを見捨てて行った時点で全部終わり」
「提起。ならば我らの存在意義とは、なんだ」
「好きに生きろ、死ぬな。それだけでしょ」
ならば──死ぬことが。
ただそれだけが、唯一の反抗となるとか。
それこそ踊らされている。それこそ掌の上だ。
「気に入りませんか、現状が」
「っ……とうとう僕達のトコにも来たか、トゥナハーデン」
「……」
「その反応から察するに、私が今何をしているのかも理解しているようですね」
「しっかりと聞いたわけではないよ。でも──君が僕達を裏切った、というのだけは、はっきりしている」
「裏切った、とは。これはまた過分な評価ですね。──勝手に姉弟扱いしてきたのはあなた達のほうでしょう?」
衝突する。
"豊穣"と──"闇夜"が。
「アストラオフェロン!?」
「指示。行け、フィソロニカ。闇夜と豊穣は相性が悪い。突破。容易に想像できる」
どれほど「スペック」が同じでも、相性関係は存在する。
夜でも生長を止めない植物だ。闇夜の効果はあまりに薄い。
だから、"楽観"故に逃げ出そうとしなかったフィソロニカの身体を闇夜で包むアストラオフェロン。
遠くへ。
ここではない闇夜へ。
「アストラオフェロン。前代も今代も、別存在であるというのに、なんとも無様な神ですね。また勝手な勘違いをして、またどうでもいい相手を逃がすんですか。学ばないとはまさにこのことでしょう」
「返却。トゥナハーデン。自らの記憶を果実とすることで、Ovodenを乗り越えて来た神。演技。生まれ直すたびに精神を変質させ、ヅィンを騙し切った。称賛。それどころか此度は、簡単に世界の記録を読ませない、"改変"をさせない制約まで課した」
「お褒めに与り光栄です。それで、何がどう返却なのでしょうか」
「お前も道化である、という話だ」
蔦が、アストラオフェロンの身体に刺さる。
それを皮切りに絡みついていく蔦蔦蔦。
「へぇ、普通に話せたんですね、あなた。会話もまともにできないコだとばかり」
「返却。霊命樹の名はクインテスサンセスが受け継いだ。豊穣の名を拝しながら、それを与えられなかった道化。笑止。ヒト、魔族、天龍、神。──取り込み、己が物にして、しかしお前に変化はない」
「当然でしょう? こんな搾りかすのようなデータ、いくら食べたところで変わるはずもない」
「──言葉に出したな、道化」
夜が現れる。
幸か不幸か、朝陽の神バクスティンが、まだ成りたてで……太陽と月を操っていなかったから。
前回よりもさらに簡単に、あたり一帯を突然の夜に染め上げることに成功した。
「夜になったら──植物に影響が出る、と?」
「
「神術? ふふふ、もう手はないと、そう言っているに等しいですが」
「
現れるは夜。無数の夜。無数の夜の、オオカミの軍勢。聖霊に近き夜の造物、スカル。
それはウォッンカルヴァが生まれる前に存在した文化。火祭り無き時代において、夜は恐ろしいもので、落とされ星は天堕つ前兆、凶兆の調べだった。
これなるはその具現。闇夜で身体を構成された、「恐ろしい怪物」の像。
「食い散らかせ」
殺到、する──。
夜が晴れる。夜が明ける。
残ったのは……全身の至る所を食いちぎられた豊穣と。
「くだらない。最後の最後に変わってみたくなった、ということでしょうか。まぁ、だとしたらその願いは叶いますよ。──どうですか、アストラオフェロン。再誕した感想は」
「上質。気分が良い。……何を迷っていたのか、理解できない。心配。体は大丈夫か、トゥナハーデン」
「ええ、この程度であれば、すぐに生長しますので」
「理解。言うことが無いのであれば、闇夜の神としての責務に戻る」
「そうしてください。そして、それ以外のことをしないように」
「承知」
果実より再誕した、闇夜がひと柱。
その彼が消えたことを見届けて、豊穣の神は肩を竦める。
「本当にくだらない。あんなものに神を名乗らせていること自体も。……未熟」
「トゥナハーデン」
「……あ、ディモ姉。今日の信仰集めは終わりましたか?」
「ええ、終わったわ。でもね、最近気づいたの」
「何に、でしょうか」
──人間の信仰を集めるなら、もっともっとたくさんを殺した方がよくない? って。
姉妹は。
ニタリ、と笑みを浮かべる。
初めは、脆い家屋が潰れた音だと思った。
そこに小さな「ぐぎゃ」という断末魔が混ざるまでは。
ぽたぽたと……しとしとと降り始めた雨。
いつもより暗雲が濃いとは思っていたが、あれは。
「──てめぇら、逃げろ!! 黒キ雨だ!!」
判断の速さは流石なのだろう。
日課の盗品整理、売買用の子供の管理をしていた矢先の話。
その雨は、突如として降り始めた。
「
「頭ぁ、いきなり魔法なんざ使ってどうし……あぇ?」
呑気にもこちらへ振り向いてきた部下。
その顔が、半分、削げ落ちた。
黒い雨粒に持っていかれたのだ。
結界は張った。だが、その程度でどうにかなるものではない。
事実──重い。いや、もう破られた。
「チ──『混貧結晶』!」
暴風を生み出す。雨の軌道を少しでも逸らせないかと。
けれど、無駄だった。風程度では、結界程度では。
この雨の、雨粒一つの「運命」に、感情結晶は抗いきれない。
「逃げろ、逃げろ、逃げろ! 雨の来ねぇ範囲まで──じゃねえと、死ぬぞ!!」
「お頭ぁ、飲み過ぎておかしくなったんですかい」
「あー、頭痛ぇ……ん? あれ、俺の腕……」
「おいおい誰だよ商品の薬混ぜた奴。幻覚見えてんじゃねえかペっ」
ダメだ。こいつらを救う術はない。
であれば、逃げるしかない。
風を追い風に切り替えて逃げる。身体能力をフルに発揮して逃げる。
そうして理解する。
このヤーダギリ共和国が。
スラムの、その全てが。
黒キ雨によって、まるで食い散らかされるかのように、潰されて行っている事実を。
「っ……!」
クリオスタンの同胞たちにも連絡を入れなければならない。
いや、彼らならもう逃げていると思う。思うしかない。
だってもう、彼らの住んでいた区画は。
「……クソ!!」
逃げる。逃げる逃げる逃げる逃げる。
貴族区画の壁を駆けのぼって、見張り台の上に乗って……ああ。
聞こえるはずのない声が聞こえる。
黒の濁流に飲み込まれて行く人々の断末魔。メキメキと、グチグチと音を立てて潰れていくヒトの肉体。
終わりだ。
ヤーダギリ共和国はもう、無理だ。
「……おい、どこだ。まさか……お前らが引き込んだのか?」
いない。
貴族区画の貴族たちが。
ヤーダギリ共和国の上層が。
人影が、この見張り台にさえも、ない。
まるであの黒キ雨が来ることを理解していたかのように。
やがて……雨は溜まり、黒キ海として沈殿していく。その重さたるや。緩い地盤のヤーダギリでは、この水を持ち上げていられない。
「捨てるにしたって、やり方が……」
「濡れ衣ですよ、人間さん」
「ッ!?」
飛び退く。
そこには、少女がいた。
「彼らはスラムの人間よりかは感情を有していそうでしたので、姉さんが殺す前につまみ食いをさせていただきました。まぁ、欠片もお腹は膨れませんでしたが」
「……問う」
「ええ、どうぞ」
「目的はヤーダギリ共和国を潰すことか? それとも──人間の国なら、どこでも良かったのか?」
「どちらでもありませんね。
「そうかよ」
黒キ海が、黒キ水が、貴族区画と貧民区画を隔てる壁に衝突する。
水と壁のぶつかりを衝突と表現して尚足りないくらいには──大きな大きな衝撃が壁を走った。いや、もう割り砕いた。
「……化け物共が」
「おや? 私の仕業だけではないと?」
「今姉だのなんだの言ってただろうがよ」
「ああ。失言でしたね」
安全な柱を見つけてはそこに飛び移り、けれど破壊され、また飛び移り、を繰り返す。
そんな己になんでもない顔で付いてくる少女。
無神論者だ。
神が実際に存在するこの世界において、己は神を信じていない。
少なくとも、奴らの……信者共の言う神とやらが、そんな容易いものだとは、欠片も考えていないからだ。
だから。
「──
「……珍しい。禁呪の武器装飾ですか。それほど腕が立つという自信があるのですか?」
「ハッ、昔、おんなじ様なことをアンタに似た奴に言われたよ」
「その方は殺せたから、私も、と。──舐められたものですね」
指。
が。
「……」
「まぁ、私が植物ではなく身体なんてものを使ったのは久しぶりなので──それくらいの価値はあったと褒めてあげますよ」
結界が弾けるように解けて消えていく。
それは死の証。どちらかが死ぬまで出られない結界の終焉。
「……ラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニア」
「あれ……まだ死んでいませんでしたか。けれど、禁呪の様子を見るに、風前の灯火ですね」
「借りを返せ……どこにいても、どうあっても……使えんだろ、この貸しは」
無論。
聞こえもしない言葉に意味が無い事くらい知っている。
これは時間稼ぎだ。心臓に開いた穴を塞ぐ治癒術。並行して行う一か八かの風の暴発。
「ああ……どちらにせよ、時間切れですね。──雨が降って来ましたから」
「っ……」
大きく血を吐く。
無理だ。無理だと身体が叫んでいる。
「感情結晶を持っているくらいですから、美味しい感情が獲れそうだと思ったのですが……ディモ姉の楽しみを奪うほど愚かではないので」
「ディモ姉……だぁ? ……ディモニアナタ、の……ことか」
「ああ、気付いていませんでしたか。そう、それで、私はトゥナハーデンと言います」
「……化け物。化け物共が。……クソ。ああ……クソ!」
空に見る。
光。
「中々死にませんね。これなら食べられるかも? 人間さん、あなたのお名前は?」
「……サジュエル」
「素直に教えてくれるんですね。けれどフルネームでお願いします。最後なんですから、名前、残したいでしょう? 覚えていてあげますから」
「前に……名乗りを渋って、痛い目に遭ったんでな。……サジュエル・エヌ・エルグランドだ」
「一日くらいですけどね。──え? エヌ?」
光が、降る。
落ちる。
黒白の羽織もの。赤い面。
瓦礫と化しつつある塔の上に、それが着弾する。
「失敗したな、トゥナハーデン」
「……誰だ、てめぇ」
「ん? なんだ、数瞬で記憶が飛んだか? ──お前を痛い目に遭わせた奴だよ、サジュエル・エヌ・エルグランド」
ああ、何が彼を呪ったのか。
幸も不幸も無い。
ただただ──。
「久方振りだな、トゥナハーデン。加えて、ディモニアナタも」
「……ママ」
見初められただけだ。
邪神に。
サジュエル・エヌ・エルグランドをゴルドーナらに「任せる」。
ゴルドーナの"奇跡"と、ノットロットやマイダグンの医療知識があればサジュエル・エヌ・エルグランドは助かるだろう。
困るよ。困るんだ。
彼は方位の一つだから──殺させるわけにはいかない。
「何を動揺する。何を怯える。その必要が無くなったから、こんな大立ち回りをしているのだろう?」
「……何のこと? 私達は、今まで通りで良いと思うな、ってママの言葉通り、今までにないやり方で人間の信仰を集めてただけだよ」
「なるほど。加えてお前達は姉妹。ともに動くことはさもありなん。──では会話は終わりで良いな。私も存分にお前達を潰すとしよう」
「え、え……待って、違うくない? 私達とママは同陣営でしょ?」
「前に私は、全員への敵対宣言をしたはずだが?」
降る──降り注ぐ黒を弾く。
液体金属。この世の何よりも重く、この世の何よりも摩擦を生まないソレを、短剣で撃ち落とす。
「トゥナハーデン、ちょっと慎重すぎない? そいつ、ママじゃないよ。生体の匂いしかしないもん。──だから、殺せるってワケ」
「この馬鹿姉! だからといって──」
「I ern ezn ihsnez.」
吹き荒れる。
神魔統合色でも、万色でもない。
原色の魔力。
「ああ、お前は確かに裏切り者だろうよ、セノグレイシディル。計画書──いや、仕様書か? わざわざ丁寧にブラフをありがとう。だが、それはお前が忘れたものでな。ブラフになっていなかったよ」
前・セノグレイシディル。
彼もまた人間から生まれた偶像であったが、私の造物でもあった。
けれど、信仰を受け取るにあたって味を覚えることを──優劣をつけることを嫌ったセノグレイシディルは、私に願い出たのだ。
どうか私を、神の軛から外してくださいませんか、と。
「"神の軛から外れているが故に、概念ではなくなっている"──らしいな、ディモニアナタ!」
「え、上……?」
暗雲。
黒キ雨を降らせる雲を──ぐわんとこじ開ける、穴。
ああ、降り注ぎしは当然落とされ星だ。
この世界で空より降るのは、雨か雷か落とされ星しかない。
「
ただし魔法ではなく。
私が飾った星々から、一つをもぎ取ってそれを敵にぶつけるだけの──超原始的な攻撃。
「こんなの私の身体を通り抜」
落ちる。星ごと、ディモニアナタが──地に叩きつけられる。
「ディモ姉!」
「確かにそうだ。私はもう神ではない。だが、神ではなくなった私がお前達に劣ると誰が決めた」
「……ママ、待って。私達はまだ隠していることがあるの。だから」
「それはリコティッシュ・ステイフォールドを含む、あの都市の全員を取り込んだことか? それともエントペーンとルエティッポ、ウアウアとアストラオフェロン。彼らを取り込んだことか? 今この世界に蔓延る人間たち。その中に混じるお前の種子たち──お前が一言命を下すだけで、世界というものを人質に取れるという事実のことか?」
大陸の臍……つまり、スーサナさんやクラリスさんの近くにも。
ヴァイデンスらヴィカンシーの中にも。
クロックノックに捕虜として捉えられた魔色の燕の中にも、他のマリオネッタと談笑するマリオネッタの中にも。
トゥナハーデンが再誕させた種子は、これでもかと居る。
真実、この世界を掌握できるほどに
「な……なんだぁ、じゃあ全部ばれてたってこと? 私がやってきたことも全部。それで、敢えて泳がせておいたの? 流石はママ、人間ロールプレイのなんたるかが全く分かってないなぁ、もう」
「実際上手かったよ、お前のロールプレイは。さしずめ造物ロールプレイか?」
「……ママ。ママはさ、なんでもできるから──制限された範囲内でしか起こり得ない奇蹟、というものに目もくれないよね」
「それは、"ヒアモリアイサ"からさえも感情を取得してしまったFTRM3Uが無意識下で願った"事態を好転させられる存在"のことか?」
とてもとても、とても遠く、遠く昔の、昔の話。
詳細部分は切り離されているし、いくらかの改竄を受けているように思うが──FTRM3Uの性質は忘れていない。
命題「なぜ人間は生まれないのか」。真実機械的に繰り返して、繰り返して繰り返して繰り返して、繰り返し続けていた時のこと。
果たして。
機械が。未来を予知し、世界そのものさえ演算できる機械が──水晶玉の小さな穴を見逃す、なんてミスを犯すだろうか。
そのおかげで「運命の捏和」が起き、そのおかげで「魂に類似したもの」が出来上がった。その天文学的確率の「偶然」のおかげで。
「まさか。それは偶然じゃなかった。それだけだろう」
真実、FTRM3Uの作り上げた世界は完璧だった。完全だった。だから幾星霜を経ても人間は生まれなかった。
偶然そうなるまで待っていたのなら──こんな世界、出来上がらなかった。演算世界は演算のままに終わり、世界として成立しなかった。
だから、作為性があったんだ。
FTRM3Uの、ではない。
FTRM3Uが取得し、けれど削除したはずの知識に反応してやってきた、クリファ──悪魔に。
侵入された時の、穴。
「だから、再演算時に予想外の存在が現れたのもまた当然。お前達がいたのだから、特異な存在が出てもおかしくはない。……お前達にとって救いだったのは、この世界があの世界やTKの世界ほど生体の臭いに満ちていなかったこと。なんせ全て演算結果。データの塊だ。本物の生体と呼べるものは、なんならその頃は存在しなかった。生体ではないのに生体と同じように遊べる人間に溢れた世界。さぞ、楽園に思えただろうよ」
だから、だ。
「だから──お前は仲間を呼ぶことにした。悪魔の力を以てすれば、この世界の存続条件を満たせる。FTRM3Uから世界を奪い獲れる。けれど、この世界に入ることで自身をもデータ化したお前だけでは全てを掌握できない。仲間が必要だった。仲間だ。──タイミングは、隠し名として最も適した
「聞いてる限りだと、ママの言う私は迂闊過ぎじゃないかなぁ。見つかる可能性だって十二分にあったのに」
「だから隠したんだろう。オルンの隔離。セノグレイシディルの隠蔽。そして、ダミーも作った。最も尤もらしい……チャックという男にも悪魔を宿らせて、暴れさせた。ディモニアナタへ目が向かないように。……誤算があったとすれば、とある凡愚が彼を抑え込んでしまったことと、とある天才が情報を規制したこと。それにより、私の目はチャックに向かなかった。──王都へすら、向かなかった」
勿論彼と彼女も全てを理解していたわけではない。
ただ、そうなっただけだ。
「誤算だった。ディモニアナタと投影の死期が重ならないのは偶然ではない。意識的に行われていたことだった。特異な過去を持つ凡愚と特異な出自を持つ天才が同時期に顕れたことも、それら二つが同時に悪魔の走狗となったことも、私達がこのタイミングでOを名乗ったことも──全て、偶然ではない」
「結果的にそうなっただけ、を……そんな、予めわかってました、みたいに言われても。ママ、ちょっと後付けが過ぎるんじゃない?」
「トツガナ・イース・ゼンティシアン。サジュエル・エヌ・エルグランド。シルディア・エス・ヴァイオレット。アルゴ・ウィー・フランメル。イルーナリア・シルクル・バクスティン。──この水晶世界において、最も大事な方位が同時代に揃い、ラスカットルクミィアーノレティカが、シャーリー……
あと少し遅ければ、ラスカットルクミィアーノレティカは死んでいたかもしれない。
あと少し早ければ、ラピスは生まれなかったかもしれない。
申し訳ないとは思ったけれど、確りと準備をして、世界を記録を視た。
アコアイトの希望。今トツガナの元で育てられている子の存在。
そして──トム・ウォルソンがチャックに裏切られる前に、この世界へシャーリーを返した先読みの天才。
「だから、後付けじゃん。全部偶然だよ。それを予めわかっていたこと、みたい……に」
「──知っての通り、ここは演算世界だ」
予め知り尽くされた世界だ。
今の私が知らぬとしても。チャックに殺された「オーリ・ディーン」の知らぬことだとしても。
FTRM3Uがすべてを知っていれば、何も問題はない。
「そして最後の誤算は、お前がActueaterの意味を知らなかったことだ」
「万換食鬼、じゃないの?」
「なんだ、知っているじゃないか。ならば意味もわかろうさ」
「……わかんないよ。メタフィクショナーがどうとか、理外がどうとか」
改竄された記憶。統制された情報。
その奥深くに刻まれた、贖いと抗いの言葉。
「
TKは反転が好きだった。
逆さ名を己が名にするくらいには。
故に、食う鬼ならず、食われるのは鬼の方だ。
「"貪食"」
「厳流!!」
権能を発動させようとしていたリルレル。その首根……というか概念体を引っ掴んで、退避させる。通り過ぎるは魔色と水を纏った中空長刀。
……ふむ。
「意図を問うても? アザガネ・イロハドリ」
「カカカ! 悪魔だどうの、鬼がどうのと知らぬ知らぬ! ──拙僧はディモニアナタ様の信徒よ。お主がそう在れと願ったのだろう? なぁ邪神!」
ぽかん、と呆けた顔のトゥナハーデン。
魔色相克・告喰黒召。
「っ、意味わかんないけど、生きてないから引き入れてあげる! んで──"豊穣"!!」
足場が揺れる。
黒キ水が動き出した……のではない。
樹だ。樹木が、ヤーダギリ共和国の国城を突き破って生長した。ディモニアナタを圧し潰していた落とされ星も、樹木が持ち上げていく。
「ち……絶好のタイミングを奪いやがったな、あのアンデッド」
「リルレル、待機してる奴らをどこでもいいから領域に引き込んでくれ。私は少し魔力を使い過ぎたのでな、領域を経由せず、普通に帰る」
「……あァ、死ぬなよ、ジン」
「ハ、リルレルに心配される日が来ようとはな」
姿を消す、"貪食"の権能人格を表に出した、かなりワイルドなリルレル。
伴い、"ディモニアナタの蘇生"の可能性を待っていた神々が次々に姿を消していく。
消えることができない……というか他の神々の領域にアクセスできない神は、リルレルが掴んで消していく。
さて。
「魔力を使い過ぎた、と零しただけで、これほどとは。余程単純なんだな」
これほど。それはもう、うねうねと。
蔦でさえない。樹木──枝だ。枝が、私を捕食せんと、あるいは殺害せんと濁流のように迫ってくる。
足元には黒キ水。浸かれば最後、抜け出すこともできずに飲み込まれ、砕かれるだろう。あるいはその前に枝に絡めとられるかな。
──いいじゃないか。
いいぞ、アザガネ。拾ってはみたものの、大した活躍も成長もしないぼんくらだとばかり思っていたが──ここで反旗を翻すか。
いいじゃないか。いいじゃないか。
何もかも順風満帆で何が楽しい。そうだろう。
人間とは、人生とは!
「こうでなくては!」
さぁ、生き汚くなった私を殺せるかな。