神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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訳題:「やっぱり平和が一番!」

 かつては桃龍ディオレティシアが治め、換期によって紫龍ヌタスを受け入れることとなった小国セレク。

 そのヌタスも消えた今、セレクを守るものは地形しかない──が、世界情勢は他国を攻め入る余裕がないために安全であると言えるだろう。

 

 だから、トガタチとテュッティは、それを遠目に眺めていた。

 子の世話。それだけではなく、既にセレクの冒険者として溶け込み始めていたトガタチは、今日ばかりはと冒険者協会からの依頼を断って、見物だ。

 山頂。

 

「……テュッティ。あれが、君の言っていた……世界の終わり、か」

「はい」

 

 遠く。

 ヤーダギリ共和国の中央部に、文字通りの樹立をする巨大な樹。

 

 セレクが聖堂、その聖女であるテュッティは──断片的ではあるものの、神に祈りを捧げることで予知を行えるという。

 その彼女が強く強く、そして心底悲しい、という顔で予知したのが、この景色だ。

 

「アスイバナさん。……もしもの時は、ラピスを連れて、お逃げくださいね」

「どういうことだ。僕の身を保障してくれるのではなかったのか?」

「ええ、ですから、もしもの時です。……見えますか、あの樹木の……根」

 

 根。

 それは遠目にもわかる速度で、伸びている。

 黒い波濤が建物も自然物も何もかもを飲み込み、そこに根を張る大樹。

 

「セレクが、飲み込まれると?」

「予知したわけではありませんが、可能性は無いとは言い切れないでしょう。……数刻程前から、神様も啓示を下さらなくなっています。……あまり考えたくはないのですが、神々の身にすら何かがあったのかもしれません」

「アレがそうなら、人間に為す術などない、か」

「はい。……ただ、見ている限り、あの黒キ水も根も、低き所へ向かう性質を持つ様子。ですから、……山の上であれば大丈夫だと……」

「思えないんだな、お前は」

「そう簡単なものであるのか、と。心が軋んでおります」

 

 トガタチは、テュッティの抱く子を見る。

 託されただけの子。それも、恐らくヒトではない子供。

 生存剣を第一としたトガタチ。彼が聖堂に近づいたのは、あくまで保身のため。

 その保身が保障されないというのであれば、聖堂に属する理由もない。

 

 ──同時に、世界が滅びへと向かうのなら、どこに居ても同じ。

 

「仮にアレが世界を埋め尽くすことが未来だと言うのなら、どこへ行っても、どこにいても同じだろう。なら僕は、最後までこの国と、ラピスと、お前のそばにいるさ」

「……アスイバナさん。誠に申し訳ないのですが、聖堂に身を属する聖女は潔癖でなければならず……」

「別に告白などしていない。はぁ……テュッティ、お前のその天然、なんとかならないのか? 似たやり取りを何度したことか」

「天然、ですか……。確かにアスイバナさんにも、国の皆さんにもよく言われますが、私はちゃんとしている自信がありますよ」

「良く言われている時点で、だろうに」

 

 出会ってから少しと経っていないけれど、トガタチはこのテュッティという女性の大体を理解していた。

 純真で、純粋で──世間知らずで、天然。

 国の外は疎か、幼少から聖堂で過ごしていたというのだから仕方のないことだが……どれほどトガタチが世間の常識を解いても、まるで物語を聞かせてもらって楽しむ子供のように、手ごたえが無い。

 

 笑顔を絶やさないことは良い事だ。それはそれとして、である。

 

「っ!?」

「……アスイバナさん?」

 

 殺気。

 それも、覚えの有るものだったから、すぐに身構えた。

 

 方向は──樹木のある方から。

 

「そこにいるのか、イロハドリ」

 

 何をしているのかはしらないが。

 ──トガタチが守るべき者を作れば、殺しに行く、と言ったあの未熟者の修羅は。

 

「アスイバナさん。アスイバナさん」

「……ああ、なんだ?」

「そろそろ下山しましょう。そして、国王様へ打診をします」

「打診?」

「あの黒キ水と壊キ根がセレクへと辿り着く場合を考え……予てより構想していた、セレク全体を防護する結界装置の設置許可を取りに行くのです」

 

 国防のための装置。

 だというのに、セレクの国王は「この平和な国にそのようなものは要らない。却って他国を刺激する結果となる」と言って、一度はテュッティの打診を蹴っている。

 トガタチからしてみれば、両者の言い分は両者共に正しいと言える。

 確かに国が守りを固めれば、どこかへ攻め入って、その報復を見越しての防衛強化なのではないか、と他国が考えるやもしれないし。

 現状、地形とその山々に住む魔物が強い、という理由以外の国防手段を持たないセレクでは、アレは防げないだろうし。

 

 どの道トガタチにできることも、口を挟むこともできない話である。

 

 あるが。

 

「……テュッティ。段階を踏むべきだ」

「段階……ですか?」

「ああ。まず国王がアレの脅威を知らなければならない。あるいは二度目の打診をしつこいと言って、君を国外追放にする可能性だってある」

「国王様は、そのような短絡的な方ではありませんよ」

「だがゼロではない。可能性がゼロの場合だけ、勇気ある行動となる。それ以外は蛮勇だ。そして、可能性を限りなく潰すことのできる手段が今あるのだから、そちらを優先するべきだろう」

 

 戦争準備と捉えられかねない装置の設置を打診するより、国王をハイキングに誘う方が難度は低かろう。

 そして目の当たりにさせれば、意見も通るはずだ。

 

「ここはセレク。誰もが善良に振る舞おうとする国。そんな中で、君だけが悪者になる必要はない」

「……ふふ。アスイバナさんは旅人なのに、まるでセレクにずっと住んでいた方のようですね」

「気に障ったか?」

「いいえ。確かにアスイバナさんの言う通り、少し気を逸らせていました。行きましょう。セレクを守るために、まずは国王様の認識を変えます」

「ああ」

 

 下山するテュッティの背を見て。

 トガタチは……彼女に聞こえない声量で、ぼそりと呟く。

 

「参ったな。……ここまで居心地のいい場所にするつもりは、なかったのに」

 

 もうとっくに。

 テュッティも、ラピスも──トガタチにとっては、守るべき者なのだと。

 今更ながらに理解したのだ。

 

 

 

 

 王都ファーマリウス。そしてヤーダギリ共和国は滅んだ。

 ハストナイト帝国も最後こそ一致団結したものの、禍根は消えず。

 他の国々もまた黒キ雨や農作物の不作、医療の崩壊によって、息も絶え絶えだ。

 

「以上が、現状の報告となります」

「ああ、ありがとう。……マリオネッタ。お前達も、自身の身は大事にしろよ」

「ええ」

 

 クロックノックのとある一室で、シルディアは頭を悩ませていた。

 彼女と交渉するための席に着く……どころか、恐らくはイアクリーズの手によって踊らされ、守るべきファーマリウスまで失ってしまった事実。

 そしてクォンウォの暴走により残党たる魔色の燕とマリオネッタの間に残った禍根。ある程度の労働力と言えたアンデッドたちは突如稼働停止し──そして、あの二人が戻ってきての、これだ。

 

「ディア、大丈夫?」

「……ああ。つくづく……私はただの騎士なのだ、と思い知らされるよ」

 

 イアクリーズのやっていたことが、どれほど凄かったのか。

 彼女には彼女の目的があったとはいえ、事実長い間王族の代替としてティダニア王国に君臨し、国を回していた。

 それが、どうだ。

 クロックノックは小国。それも民の内訳のほとんどが身内。

 だというのに……上手く行かない。些細な不平不満が、大きな波となって襲い来る。

 

()()()、代わってくれないか?」

「ヤなこった。いずれ王を目指すにせよ目指さないにせよ、今はてめぇの仕事だ。励め、馬鹿弟子」

「ね、()()()。ディアも私も困っているの。鬼教官と恐れられながらも、たくさんの畏敬を集めたその手腕、貸してくれないかしら」

「しなを作るな気色悪い。ワシはお前らを殺し合わせた男。そしてイアクリーズに負けた男だ。そのワシの忠言に価値などないだろう」

「まだそんなことを言っているのか……。今こうしてレインは生きている。だから許すと、レインがそう言ったのを忘れたのか?」

「ケッ、知らねえな」

 

 アルフ・レッド。あるいはアルゴ・ウィー・フランメル。

 彼はその正体を明かしている。なぜ身体が若返ったのかについても話している。

 その上で二人は彼を捨てきれなかったし──昔のように教育者としての彼を頼るようになった。

 

 アルフにとって、それがたまらなく不快らしいのだが、二人は気にしない。

 あるいはそれが二人にできる唯一の復讐なのかもしれない。

 

「……ユート達は、まだ起きないのか」

「勘弁してやれよ。酷ぇ傷だったし、ダメージも相当だ。レクイエムに至っちゃ魔力使い切ってた。アイツの魔力量での魔力切れは中々お目にかかれねぇ。……詳細は不明だが、天龍七体とほとんど一人でやりあったらしいじゃねぇか。大したモンだよ、ガキのくせに」

「君の方がガキだって何度言えばわかるのかな」

 

 声。

 皆がそちらを向けば……壁に凭れ掛かったレクイエムの姿が。

 

「起きたのか。だが……無理はするな。酷く消耗しているように見える」

「そうだね。今回ばかりは本当に疲れたよ。ただ、僕はいつでもサブ魔力タンクを用意していてね。仮に魔力切れで昏睡状態に陥った場合、可能な限り迅速に起きられるように、魔族にしか扱えない空間へ魔力を溜めているんだ。使用魔力の1%を、コツコツとね。今回はそれを使った」

 

 それでも立つことすらまともにできないのは、やはり疲労のせいだろう。

 同時、そんな状態でも起きて来たのは、緊急事態だから、だろう。

 

「さっき、恋情の神から脳へ直接メッセージを叩きこまれた。どうやら僕達が寝ている間に世界は大変なことになったらしい」

「それは、ヤーダギリ共和国の滅びのことか?」

「うん。豊穣の神トゥナハーデン、生死の神ディモニアナタによる大規模な人間界への侵略。ヤーダギリ共和国を始めとした周辺の国々は彼女の揮う黒キ水に飲み込まれていって、それを補完するかのように壊キ根と呼ばれるものが伸びていっている。世界中があれに飲み込まれるのも時間の問題だから、やることがあるならとっとと済ませておけ、ってさ」

「そんな……」

 

 元より、ここにいる彼らは死後には安寧があると謳う神……ディモニアナタ、トゥナハーデン、マイダグンを滅ぼさんとする集団だ。

 そこに熱量の違いはあれど、当初の目的はそれで、そして……実際、ディモニアナタとトゥナハーデンは、完全な敵となった。

 

 心持ちは変わらない。

 けれど、状況が変わり過ぎた。

 

「問題は、その二柱がどこにいるのかと、果たして殺すことができるのかどうか。そして……魔色の燕の長がどう動くか、か」

「ジン・オゥン。それが彼女の名らしい」

「名が……あったのか。……聞いていなかった、か? 私達は」

「私の神様の名前。心に強く刻んだわ」

「ふむ。……まぁいい。それで、それを言うということは、恋情の神からジンの動きも伝わった、ということでいいのか?」

「うん、共有を受けたよ。とりあえずざっと陣営を説明するね」

 

 レクイエムは話す。

 ジンたち、「神の装飾品店」を名乗る陣営。オーリ・ヴィーエやオーヴァーチャー・エイムブレインズらの属する、「英雄」の陣営。そしてシルディア達の、「勇者と魔王」の陣営。

 その他、有象無象は蠢く人間たち。無力な人間たち。

 

 そして──豊穣の神、生死の神、アザガネのいる「悪神」の陣営。

 

「……ラスカット様と天龍たち、いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)らは?」

「さぁ? マリオネッタたちが僕を運んだ時には彼女らはいなかったというし、恋情の神からは特に何も聞かされていないよ」

「陣営、ねぇ。この状況下において、あのクソ女はまだワシらと敵対するつもりなのか?」

「こちらに味方をしてくれたヨヴゥティズルシフィやメイズタグがあっちにはいるから、上手くやれば迎合できそうだけど」

「マイダグンは、結局濡れ衣って認識でいいのか」

「さぁね。僕には何とも。せめて説明役としてウォッンカルヴァがこっちに来てくれたらよかったんだけど、あの王女様に持っていかれちゃったから」

 

 クロックノックの擁する神は、ギギミミタタママのひと柱だけとなった。

 それも、ユートに宿っている……ユートが起きなければ何も聞けないし、そもそも意識があるのかどうかわからない、という形で。

 

風雨の故里(オルド・ホルン)へ向かう、というのはどうだろうか」

「ティアとドロシー。どっちかと連絡は?」

「……ついてないのよ。二人とも、いつの間にか……クロックノックからいなくなってしまっていて」

「傷心中の少女の監視を怠った。それがダメなことくらい、僕にもわかるよ」

「とにかく、だ。レクイエム」

「うん?」

 

 重くなりかけた空気を切って、シルディアがそれを……資料を取りだす。

 

「お前の欲していたヴィカンシーと陣地魔術に関する資料。イアクリーズから受け取っていたからな。お前に渡す」

「……その手があったか」

「何か思いついたのか?」

「僕は今から、陣地魔術を習得する。陣地魔術っていうのは、神の権能に対抗するために人間が編み出した技術だ。これがあれば、黒キ水にも壊キ根にも対抗できるかもしれない」

「本当か?」

「この資料から、生死の神と豊穣の神対策を導いて、僕なりのアレンジも加える。……必要なのは人手と……いや、人手だ。マリオネッタたちじゃダメだ。もっとたくさんの人間が必要になる」

「……ヴィカンシー、って奴らは、いいのか」

「彼らが関わっていそうなのは魔王のシステムの部分だから、今はいいよ。ああでも、彼らは陣地魔術のスペシャリストである可能性が高いから、欲しい事は欲しいな……」

 

 受け取った資料をものすごい速度で呼んでいくレクイエム。読みながら話す。

 

「シルディア。概算で五千人は欲しいんだけど、心当たりある? 多少の魔術の心得アリで」

「五千……なんて、あるはずが」

大陸の臍(レヴェン・ラトナニスノック)なら、それくらいの人数と、魔術の心得持ってる奴がいるだろ。……ティダニア王国はやめとけ、クサい」

「確かに。トゥナハーデンやイアクリーズの息がかかっていた国だ。ティダニア王国の各都市より、大陸の臍の住民の方が信用できる。問題は、すぐに頷いてくれるか、ってところだね」

「別にワシらはクロックノックにこだわる必要ぁねーんだ。動いてくれねえってんなら大陸の臍の近くにでも引っ越せばいい。んで、こっちにゃ勇者と異世界の勇者と魔王、なんてネームバリューの権化みてぇなのがいる。ああ、黒鉄位の騎士サマもな」

「革命のシンボルはネームバリューにならないのか?」

「うるせぇ。……行動すんなら迅速に、だ。シルディア、出るぞ。冒険者協会の会長とはちったぁ付き合いがあるんでね。ワシがアルゴ・ウィー・フランメルであることをお前が証明すりゃ、少しは話の進みも早くなるだろ」

「なら、私も」

「君はダメだよ。クォンウォ係なんだから」

「ぅ……」

 

 レインの『透惰結晶』の力が無ければ、クォンウォはまた暴走する。

 そして、レインの性格上──クォンウォを見捨てる、ということはできない。

 

 パン、と手を叩くアルフ。

 

「おら、行動行動行動! シルディア、てめぇ呑気に腰かけてんじゃねぇ、出るっつってんだろ」

「あ、ああ」

「僕はこれから極限まで集中する。話しかけても聞こえないから、余程の緊急事態以外は僕に近づかないように」

「わかったわ……。私はクォンウォと、ユートの看病をする。それと、マリオネッタたちに……アテがないか聞いてみることにするから」

 

 では。

 神々の戦いだけではない。

 人間の抗いも、ここにまた。

 

 

 

 

 これが、落ち着いた会話の最後やもしれん、と。

 少しだけ上機嫌に……酒を幹にかける。

 向かうは、樹。風雨の故里(オルド・ホルン)の中心に聳え立つ、カーヴィスの戦斧が刺さっていたあの樹だ。

 

「何用か、世界の主」

「くだらない芝居は止せ、トゥナハーデン」

 

 踊らされたものだ。

 そうだ。()()()()()()()()()()()()()()。だから、樹齢何年を超える植物であろうと、聖樹と呼ばれようと、人格が宿る、なんてことはない。

 

「……ちぇ。ホントに全部わかってるんだ、ママ」

「ああ。お前の行動によって、私はすぐに世界の記録を視る、という癖を失くした。失くされた、と言った方が正確だ。だからこそこの事態まで世界ができあがった」

「はいはい正解せいか~い。結構、ちゃんと考えたんだよ。ママから本物のママを切り離すにはどーしたらいいんだろう、って。そして、たとえ切り離したとしても、ママはすぐに触覚を作るから……それも塞がないといけない。じゃあ何をすればいいんだろう、って考えて、考えて……ママの人間ロールプレイを利用した」

 

 人間ロールプレイをするなら、"改変"も世界の記録の閲覧も容易にすべきではない。

 その納得が、そして──他の神々であれば忘れてしまう世界の外側における「総評」が。

 

 私から、どんどん「逸脱」を遠ざけて行った。

 

「人選も悩んだよ~。誰をぶつければママは世界の記録を見たがるのか。タイミングも難しかった。ママが自制しようと少しでも思っているタイミングで、おっきな謎をぶつける。あの半魔はあまりにもうってつけだったけど、それも賭けだった」

「だが、見事に成功した」

「実際場当たり的なことも多かったけどね。リコティッシュなんとかとか、サラフェニアなんとかとか、利用できそうで邪魔しかしてこないのもたくさんいたし。現状もさ、焼き増しじゃん? 黒キ海とポツポツとした孤島、安全な裏側の世界」

「あちらの世界の情報も得ているのか。つくづく理解できんな、悪魔というのは」

「それはお互い様カモ~? リソースもコアもない世界のクセに、限素を呼び込めてるの意味わかんないよ」

「お前では理解できん賢者がいただけだ」

 

 実際そうだ。

 この世界に限素生物を呼び込めたのは、FTRM3Uに限素生物への理解があったから、というのが大きい。理解。それは人間が一生のうちに研究し得るそれではなく──大錬金術師の根源理解。それが受け継がれていた。

 

「ここから先も焼き増しか? であれば、お前達の敗北は決定するが」

「でも、この世界に怖い怖い女王様はいないし、地獄の口もこっちが握ってるよ?」

「それでも法則を作るのはこちら側だ」

「果たしてそれはどうかな~」

 

 ああ、やはりか。

 その反応でわかった。やはりFTRM3Uは、窮地にある。だから私を切り離した。 

 取引を持ち掛けられたから。

 悪魔と行う取引が何か、など決まり切っている。

 

 法則だ。

 

「一応、形式上は聞いておこうか? お前達の本当の名を」

「えー。ママがくれた名前気に入ってるんだけど。トゥナハーデン。愛称はトゥーナ。カワイ~」

「だがそれは、お前が食い潰したトゥナハーデンの名だ。ディモニアナタも同様に。なれば本来の名があるのだろう?」

 

 それは、あちら側で。

 シオンという少女が食い潰され、クナンサティーという悪魔となったように。

 ディアスポラという魔物が食い潰され、マハラスという悪魔となったように。

 

 この二つは、私の子を食い潰して、その名を勝手に名乗っているだけ。

 

「あはは、怖いな~。末端の樹木越しに殺気が伝わってくるってどういうこと?」

「子を愛する気持ちなど、なかったはずなのだがな。機械ではなくなったからか、愛おしく思える」

「そう。でも、ママと接してたトゥナハーデンに関しては、私だった時間の方が長いよ。トゥナハーデンが生まれてすぐに私が降りたから」

「ママと呼ばれる筋合いは無い、と言ったつもりなんだがな」

 

 ──染み渡った酒を受け取ったことを確認。逆探知成功。

 このまま中枢への侵入を試みる。

 

「怖い怖いって。今までずーっと、ずーっとママの娘だったのに、正体が分かった途端手のひら返し? 一緒に装飾品店やったじゃん。その苦楽を分かち合おうよ~」

「トゥナハーデンのみならずディモニアナタを殺し、その責をギギミミタタママに背負わせて、今更何を」

「アレはドーイのウエだって。神の中で唯一死んじゃうディモ姉を苦しませなくさせられる方法がある、って言ったらさ……アハハ! ギギミミタタママったら、かーんたんに信用しちゃって。あれは傑作! ホントに傑作だったね!」

「今更だが、オルンはその子細までを理解していたのか?」

「してたよ。外部から引き込んで降ろす、ってとこまで、全部」

「そうか。何の反対も意見もなかったんだな」

「というか、殺したかったみたい? よくわかんないんだよねー、アレも。なんだっけー、"もう疲れているというのなら、無理をさせたいとは思わない。引き継げる他人がいるのなら、それに任せて眠らせてあげればいい"……だっけ? アハハ、すっごい勝手!」

 

 成程。恨みが有ったというより、憐みだった、と。

 だとして、処遇は変わらないが。

 

「……わかるよね、ママ。ここってば私達にとっては楽園なの。FTRM3Uさえ止めなければ、何度だって人間で遊べて、しかも生体の臭いがほとんどしない楽園。本当にありがとう。感謝してる。悪魔として生まれてから、こんなに長い間気分が良かったことって本当になくってさー」

「異世界の勇者は、邪魔か」

「うん。それと、あと二つくらい邪魔なのがいるかな」

「僥倖」

「なにがー?」

「お前が嫌な思いをしていることが、だ」

 

 どうあっても名を名乗る気が無いらしいから。

 仕方がない。もう少しの間だけ、トゥナハーデンとディモニアナタという名が謗られることを耐えて欲しい。

 

 必ず──なんとしてでも、こいつらを消し飛ばしてみせるから。

 

「──掌握」

「ぁ……ぐ?」

「お前達はこの世界に入る際、データとしてコンバートされている。だからこそお前は植物を意のままに操れるし、取り込んだデータを作り替えることができる。であれば、だ」

 

 ──落とされ星(サテラリグイト)

 

「こうして、お前という演算結果を書き換えることだってできる。これを"改変"と呼んでいたのだが、生憎と私はいくらかの制限を受けていてな。しっかり所在がわかっていないと使えなかったのだが……アクセスしたままでいてくれて助かったよ」

「……」

「まぁ、声は出ないだろうな。なんせ今、お前の肉体を落とされ星へと作り替えたわけだし。そして」

 

 蔦が伸びる。

 枝が伸びる。

 

 それは、私の眼前で止まる。

 

「敵と繋がったものをいつまでも置いておくわけがないだろう?」

 

 止まって──倒れる。

 根元から、腐って。

 

万象の地平(テクスチャ・ホリズン)

 

 直後、風雨の故里(オルド・ホルン)内部の森が、樹が、草原が。

 全て厚みの無い岩肌へと変化した。埋まっていた地底城を残して、まっさらに。

 

「安心しろ、カーヴィス。お前の記憶は、オーヴァーチャーが持って行ってくれた。もうここに眠る必要はないさ」

 

 そう在れかしと。

 

 

 

 なお。

 

「だからさー、ママ? もうママは無制限じゃないんだから、そういう大規模なことやる時は他に任せるとかして、って何度言ったらわかるワケ?」

「そう怒るな、シンクスニップ。確かに自分たちも悪い。下が森なのだ、トゥナハーデンと繋がっている可能性はあった。だが、気付かなかった。母はそれを未然に防いだというだけの」

「だから! そんなのママがやる必要ないって! 気付いたんなら言えばいいじゃん!」

「まーまー、まーまーまー。シンクスニップ、気持ちはすっごくわかるし、私もママに文句言いたいけどさ。ちょっと落ち着こ? ね?」

「ジンさん。私は怒っていますよ~? 満足するのでしょう~? スーニさんの言う通りです~。ただでさえ災厄から走って帰ってくる、なんてことをしてて、疲れているんですから~」

「っとにな。内部の植物全部枯らす、とかでも良かったんじゃねぇの?」

「いや……仮に内圧の神が地に来ていた場合、そのまま取り込まれていた可能性もあった。母の行いはある意味正しかったのかもしれない」

「ならば……己たち、法則の神が担当すれば、良かった。……己はあなたを心から信じているわけではないけれどね。今、現状、これだけ慕われている、という自覚を持った方が良いよ」

「ヨヴの言う通りですよ。最悪のケースを考えるなら、あなたは死んでいたかもしれない。それを相談もせず、しかも逆探知まで……」

「慕っていることは認めるか、ゴルドーナ。クク、お前も素直になったな」

「あァ、昔からは考えられねえ。あのツッパネたゴルドーナが、なぁ」

「……母上への所感はともかくとして、なぜまだ"貪食"のままでいるのだ、リルレル。もう"祝福"か"終帰"に戻っていいのだぞ?」

「いや、なんでもコイツの作る料理は美味いらしいじゃねぇか。貪食だからか、短い時間とはいえクレイムハルトの家に入り浸ってたからか、人間の料理って奴に心惹かれるようになっててよォ。とりあえず食ったら戻るから、作ってくれ」

「リルレル、まだママを働かせる気!?」

「いいじゃねェか飯くらいよぉ。つか、シンクスニップはいつの間にそんな過保護になったんだ気色悪い」

「ふむ、料理か。いいぞ。"異世界の魂"も昼食は大事にしていたしな。いいだろう、お前達肉体を作れ。全員分の料理を振る舞ってやる。……食材はまぁ、"改変"で」

「待て待てバカ待て。おい法則連中、出番だ出番。適当な動物の狩りいくぞ」

「法則連中って……ヨヴゥティズルシフィとライエルしかいなくない?」

「おうなんでお前内圧(そっち)にいんだよノットロット。お前もこっち側だ」

「え、私神じゃないんだけど!?」

 

 とか、なんとか。

 

 あと。

 

「……ちょっと羨ましいな、とか。思ってる?」

「さてね。賑やかなのはいいことなんじゃない?」

「できるなら……全員が生きてて、誰の思惑も混ざってない状態で、こういう日が来てたらなぁ、って。ちょっと思うよ」

「高望みでしょう。──でも私なら、この理性を一度放棄して、純真としてあそこに混ざれるかも?」

「うん、折角の団欒がぶち壊しになるから、引き留めるよ」

「ちょっと……私は今クリファ探しの途中で……ちょっと、やめなさい、嫌よ無の中でお姫様探しなんて! 徒労でしょ徒労! ちょっと引っ張らないで! た、助けてホタシアー!」

「あたしは何も見ていないのであった」

 

 とか。

 あったとか、なかったとか。

 

 世界の外側のことだからね。

 演算結果に無いから、知らない知らない。

 

 ……でも確かに、こういうのは、これで最後かな。

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