神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
最初に、話をした。
──最悪の場合の話だ。
受け入れられない、という意見は多数あったけれど……それが一縷の望みならば、と。
渋々、納得してくれた。
さぁ、生きていこう。
この世界で。
世界を歩く。
荒廃した、というには些か残っているものがありすぎるけれど、夥しい破壊痕の残る世界を歩く。
黒キ海は重すぎるから、全てをぐしゃぐしゃに潰してしまう。
壊キ根は大きすぎるから、雑多なものに目もくれない。
ただただ、国というものを破壊する──災厄。
世界を歩く。
作り替えられた魔物。生み直された動物。死に絶えた人々。
別に人間は彼女らの食料ではないから、殺すだけ殺して、ただそれだけだ。あるいは死んだことすら認識していないかもしれない。
この世界にいる限素生物は限られているから、演算結果……世界にとって何の意味も無いデータ群の中にある1が0になった、程度の認識かもしれない。
向かってくる魔物を殺し、放置された人々に火を放って、弔いとした。
世界を歩く。
意外な人物と出会うこともあった。
ナンガ砦。
ここもまた黒キ海の侵蝕を受け、元々が廃墟なのに、さらに大きく崩れている……その場所に、佇む一人。
「オーヴァーチャー」
「……ああ、お前か。もう少し足音を立て、気配を出してくれ。神かと思って身構えた」
「神ではないが、眷属だ。今更だろう」
「そうか」
「そうだ」
彼の手にあるもの。
それは……花。二輪の花。
「コエスティスの葬花に、アクロイ草。なんだ、詩人にでもなったのか?」
「らしくないことは自覚している。ただ……お前に言われた通り、歳を取るつもりなんだ。世界がこの状況では、それも難しいかもしれないが。……おかしな話なのは自覚している。己が史跡を辿り、弔いを、などという感情自体が」
「……お前と、あの少年兵への、か」
「そうだ」
オーヴァーチャー・エイムブレインズと、あの名の知らない少年兵はここで死んだ。
勿論オーヴァーチャーが屠った数多の兵士……少年兵側の兵士も多くいたけれど、記憶に強く刻まれているのはその二人。
「決別と決意。私はオーヴァーチャー・エイムブレインズだ。再現された泥人形でも、それを下地に続こうとした誰かでもなく、私だ。だから……礼を。私はお前達によって、この心象を得た。ここで死した英雄。ここで英雄を止めた英雄。二つの屍に、心を貰った」
「……これをやる」
「? っと……おい、抜き身の剣を投げ渡すな」
最早神ではない。
だから、無から有を作ることは、やはりそれなりの運命を消費する。
けれど……こういう「感傷」を覚えることも、人間らしいと思えるから。
「これは……この柄の紋章は」
「お前の剣だ。……最後に使っていた剣だから、今のお前には懐かしい程度の物品だろう。それでも、権利はお前にあるのだろうよ」
「……貰っておく」
ふと、西を見る。
あの時代であれば、あそこに巨大な国があった。城と、段々となっている国土。高地には貴族が住まい、低地には庶民が暮らす。
今はハストナイト帝国とヤーダギリ共和国の国境になっていて、もはや根で覆い尽くされてしまっている場所。
「一つ、聞きたかった」
「なんだ」
「死後の苦界……現在の死後は、安寧ではなく苦界であると、そう聞いている」
「ああ」
「……アニカは、苦しんでいるのか」
「どうだろうな。総量保存法則は生きているから、過去の者から順に外へ出ている。アニカ・エイムブレインズが別の何かに再構成されている可能性は決して低くない。……代償は大きいが、調べることもできる」
「苦しんでいる可能性も、低くはないのだろう?」
「それは仕方のないことだ。私とて人間の全てを知っているわけではない。死後の苦界にある魂を網羅しているのはディモニアナタくらいだろうが……今がアレではな」
「ならば、問う。ディモニアナタを殺さば、死後の苦界は安寧へと戻るのか」
……それは。
「お前があの世界を……お前自身が死んだ時に行ったあの世界を、安寧だと思うのなら」
「ただただ孤独な、何もない、意識だけあり続けるあそこを、か」
「あれが元来の死後の世界。一人一人に用意された異相空間。幾重にも重なった死後の世界は、だからこそ誰とも出会えず、終わりが見えない。狂い果てることも千切れ壊れることもできない孤独。空席の神が作り上げた死後が、それだ」
「だとしても、苦界よりは安寧だろう」
「やもしれん」
強靭な意思の持ち主であれば、苦界だろうと孤独だろうと関係はなかったのだろう。
アザガネなんかは好例だ。苦界となった死後へ行って尚、生前と性格が変わらなかった。逆にレイン・レイリーバースのように、死へ極端な怯えを見せ、神を憎むような変容を遂げる可能性もある。
アニカ・エイムブレインズがどうであったかは……わからないな。
私がオーヴァーチャーだった頃、彼女のパーソナルな部分に触れるような深い話はしなかったから。
「十二分な理由だ」
「なんだ、迷っていたのか? 本当にらしくないな」
「らしさではなく、私の意思で判断することにした。それだけだ」
成程。確かにらしさにこだわっていたら、歳を取れないからな。
良い心掛けなんじゃないか。
「長。お前、名はあるのか?」
「最近得た。ジン・オゥンという」
「そうか。──死ぬなよ、ジン」
「舐められたものだな。私が負けるとでも?」
「いいや。"その"顔は、自らが死地へ赴く覚悟をした者の顔だ。過去にはありふれていた、今の時代にも消えていない目。だからこそ言う。死ぬな、ジン・オゥン。お前にはまだ、アニカを返してもらう、という契約を履行してもらわねばならないのだから」
覚悟。
覚悟か。……いつか、シスタバハルア丘陵地下の偽・魔色の燕アジトで……私にはできないものだと思ったことがあったが。
そうか、私には宿っているか。
「お前達のアプローチを止める気はない。私達のやり方とぶつかれば、たとえ敵前であっても衝突は免れないだろう」
トム・ウォルソン。あるいはそうではなかった男との考えは、やはりどこまで行っても噛み合わない。
だけど。
「掴み取れよ、英雄」
「生き足掻け、人間」
──良い出会いだった。
次に来たのは、旧魔王城。魔王領跡地、でもいい。
人の寄り付かないここは静かだ。黒キ海も壊キ根もここまでは手を伸ばしていない。
生体がいないからか、あるいは陣地魔術の気配を察してか。
「……まさか最期に選んだ場所で、君に会うとは予測していなかった。狙ったのか?」
「狙ってお前に会いに来るほど、私はお前のことを知らん」
「そうだろうな」
トム・ウォルソン。……の、人形。
急造品だからか、耐久限界が来ている。今にも崩れ去りそうだ。
「
「その程度の魔法なら私が使うというのに。お前、壊れかけだろう」
「だからだ。壊れかけの僕が使った方が、託せるものは多くなる」
「託す? 敵の私に?」
「ああ」
音を遮る結界。……それがどれほどの意味があるか。
まぁ、織り込み済みだろうけど。
「初代及び、『トム・ウォルソン』。彼がどういう存在だったのかを君に伝えなければならない」
「……成程、お前達は世襲制なのか。だから過去のことを」
「ああ。そのあたりのことは、世界の記録でもなんでも見てくれ。あとで見る者のために、口に出している」
「承知した」
凡愚故に、数を打つ。
それがトム・ウォルソンだ。
外れても、当たっても、どうとでもなるように……情報をばら撒く。感服だよ、心から。
「初代トム・ウォルソン含め──歴代のトム・ウォルソンは、そして僕を作った彼は、"大事が起きる前に必ず死ぬ"という性質を有していた」
「……なに?」
「あるいはそうなる宿命にある子供だけを選別して来たのかはわからない。そして此度僕は、次代を見つけられなかった。……これが良い事であると、祈っている」
その性質は。
待て。それは。
「僕たちは死ぬ前に、必ず誰かに知識を授ける。──そう在れと。まるで、モデルケースが別に存在しているかのように……そう在れと願われたからだ。その誰かとは、その時点の世界にとって最も大事な鍵を握る相手となる。──鍵は勿論君だ。僕がここを最期の場に選んだのは、誰が来たとしても……間違えないだろうと思ったから」
ぼろ、と。
身体の崩れていく人形。
「僕に魂はない。僕はただ、入力されたものを出力するだけの泥人形だ。……そもそもこの世界に魂など無いのだろう。"そうであるように振る舞うエネルギー塊"があるだけだ」
「そうだな。残念なことに」
「だから伝える。
「……それは」
指先からとか、手先から、とかではない。
もう、至る所に穴が開き、ひび割れ、崩れて。
「知識は託した。それと……ああ、チャックの……あの、クリファの、足止めは、した。……だが、足止め……だ。常人であれば狂い果てる幻術も……あれは常人ではないから、いつか、必ず出てくる、だろう」
「……上出来だよ、本当に」
「そうか。君に……そこまで言わせたとあれば、トム・ウォルソンという男にも、価値はあったのだろう。……最後に聞かせてほしい。君、名前を得ただろう。名前には……意味があるから。強い力を、持つ、から……わかる」
「ジン・オゥンだ」
「
壊れた。
思考する泥人形は、思考もできない泥と成り果てて、地と同化する。
「本当に……助けられてばかりですね、私は。……あなた達に」
特別なものではない。
普遍的な……どこにでもある石を持ってきて、その泥に置く。
墓標だ。凡愚の墓は、これでいい。
「ウォルソン、か」
成程、言われてみれば、確かによく似ている。
眠れ、よく。
そこはまだ苦界やもしれないが──ああ、彼らはそれを許さないだろうから。
出会う。
大陸の臍とは大きさの比較もできないほど小さな湖……というか泉。
そこで、靴を脱いで、裸足を水につけている少女と。
「なんだ、お前もらしくないことをして楽しんでいるのか?」
「……オーヴァーチャーから何か聞いた?」
「ああ。奴は弔いをしていたよ」
水面に立つ。これくらいは魔力消費のほとんどを気にせずできる。
波紋を立てることもなく歩き、畔に座る少女……"一個人"の前に来る。
「何の用?」
「世界を見て回っているんだ。歩いてな」
「偶然会っただけ、ってこと?」
「ああ。そんなに不思議か?」
「……だってここ、森だし。トゥナハーデンを警戒してるなら、こういうとこには来ないって思ってた」
「同じ言葉を返すよ、"一個人"。……いや、オーリ・ヴィーエ」
「え?」
顔を上げるヴィーエ。
呆けた顔だ。
「最近私も"一個人"となって、名を得たのでな。それに……お前は私のやらなかったことをやって見せただろう。神色衆合、だったか。この短期間でよくあそこまで練り上げたよ」
「……変なの。あなたが私を褒めるとか。明日は槍でも降るのかな」
「槍であれば避けられようさ」
笑う。見れば見るほどそっくりだ。オーヴァーチャーもだけど、オーリ・ヴィーエは特に。
この黒白の羽織ものと、今は外しているけれど赤の面。
魔色の燕の正装。良く似合っているよ。
「ねぇ、オーリ・ヴィーエってどういう意味なの?」
「ん?」
「ほら、両親は生まれてすぐに死んじゃったじゃん。それでもつけられた名前を覚えていたのは、私があなただったから。赤子の内から死なずに成長できたのも、私があなただったから。だから、オーリ・ヴィーエには意味が……ちゃんと意味があるんじゃないかな、って。だってラーグリーもエナも、姓無しだったし。記憶にある限り、結婚とかしてないし。苗字を得た覚えもない。物心ついた時には名乗っていた。でしょ?」
「……ま、そこは私のミスだな、確かに」
あの頃は色々浅かったから。というか、後になって自分のロールプレイが生き返る、なんて欠片も思ってなかったから。
だから、無い姓を勝手に取得したというのは……確かにおかしいか。
「『平和を齎す智者』。オーリ・ヴィーエとは、そういう意味だ」
「……全然私達に合ってなくない?」
「だが、平和は齎しただろう。魔王を殺し、自分も殺され……その後の国は安泰だったそうだよ」
「あの国のこととか、欠片も興味ないけど。……そんな意味だったんだ。……あ、じゃあオーリ・ディーンは?」
「今とは言語自体が違うからな、全く違う意味になる。加えてオーリ・ディーンには別の両親がいるから、込められた意味も」
「だから、それを教えてって言ってるんだけど」
そうか。
……まぁ、いいか。
「オーリ・ディーンは、『星の河に流れる』という意味だ」
「へえ。……へぇ~、綺麗な名前。考えに考えてつけられた名前なんだろうね」
「ああ。良い両親だったよ。……私はもう他人事にしか思えないが……普通の善人たちだった」
「死んじゃった、んだっけ」
「ビガス戦争でな。投石されたアスダイトに圧し潰されて死んだ」
「アスダイト……確か、高度によって重さが変わる石、だっけ?」
「地面からの距離によって、だ。……お前、オーヴァーチャーと天空城の図書館で座学を行っていなかったか?」
「い、いや……あんな短時間じゃすぐには賢くなんないよ」
それでも、楽しそうに文字を読んでいたと、ノットロットから聞いているが。
「みんな、名前に意味があるんだなぁ」
「世界において名前は重要だからな。強い力を持つ」
「ゼルフとアリアとコーウェイは?」
「あいつらは……名前だけなら、ゼルフは『果敢』、アリアは『たとえ一人でも』、コーウェイは『頑強な心』だな。無論姓と、そして親の込めた意味によってもう少し意訳されるだろうが」
「へー。……じゃあ、オーヴァーチャーは?」
「戦いの始まり」
「イードアルバは」
「奴の名は少し特殊だな。元々『静謐な』という意味があったイードロンヴィと、『信じて進む』という意味のあるクレイックァルバの複合名だから……意訳するなら、『静かなる意志』、か」
「エディシアはー」
「あいつもまた時代が違う。エディシア・ボーフムは、『どんなに離れても忘れない』だ」
「へぇ、ロマンチック」
……まさかこいつとこういう会話をする日が来るとはなぁ。
敵にしかなり得ないと思っていたが。……まぁ今も敵なんだけど。
「クールビーは?」
「クールビー・ノス・ゼランシアンはこちらの世界の言語ですらないから、意訳は……あー、恐らくだが『顔を上げて導きを示す混色』、か? 後ろが少し曖昧だな。というかそっちにいるだろう、クールビーは。本人に直接聞け」
「教えてくれるかな」
「お前達の仲がどれほどいいかなど知らん」
名は強い意味を持つ。
勿論神の名にも意味がある。神ではない者でもそうだ。
……イアクリーズとの戦いの後、姿を消したというラスカットルクミィアーノレティカ。と、天龍達。
彼女らも必ず来るだろう。そういう名をしている。
「なんか……あなた、お母さんみたいな顔してる」
「どういう顔だ、それは」
「ううん。……慈愛? そうだ、あなたも名前、あるんじゃないの? ノットロットには長ちゃんって呼ばれてたけど」
「今日で名乗るのは三度目だよ。ジン・オゥン。意味は『神と人を結ぶ』」
「ジン、ね。……ね、ジン。お母さんって呼ばれるのとお姉ちゃんって呼ばれるの、どっちがいい?」
「なんだ急に。どっちも遠慮願うが」
「だって、私を生んだのはジンだし、私より先に私だったのもジンだから、私からしたらお母さんでありお姉ちゃんで……ああでも、やっぱ私のお母さんはエナだから、今のナシ。ジンお姉ちゃんでいいかな」
「普通に呼べ。……なんだ、家族が恋しくなったのか?」
「そうかも。……オーヴァーチャーがさ、妹のために克己したでしょ? なんか……そういう繋がりがあったら、私ももっと早くに変われたのかな、って。……ゼルフとアリアは、私をそういう目では見てくれないから」
「オーリ・ヴィーエなのにか」
「うん。私じゃなくて、ジンのことを見てる」
そうか。
それは……寂しいのかもしれないな。
「まぁ、いいぞ。どちらも生き残ったのなら、そう呼ばれても良い。お前を孤独にしたのは私だからな」
「……」
「なんだその呆け顔は」
「やー……ほんと、あなたもらしくないな、って。なんか寛容だし、上機嫌だし……んー、なんだろ。……人間味がある? みたいな」
ふん。
それは良い言葉だよ、私にとって。
価値があったんだ。それだけだ。
「オーリ・ヴィーエは『平和を齎す智者』。平和を齎すだけではオーリ・ヴィーエとは言えん。賢くなれよ、ヴィーエ」
「今から勉強は厳しいかな……って」
「知識だけが智者ではないさ」
踵を返す。
名に縛られる必要はないけれど。
名が意味を発揮するのは──その名を己が物にした時だ。
楽しみにしている。
そして、そこに来た。
「いらっしゃいませー」
「ああ。経営顧問はいるか?」
「ステイフォールド様ですか? 失礼ですが、お客様。アポイントメントは……」
「取っていないさ」
「それでは申し訳ありませんが」
「自分の店に帰るのに、アポイントメントが必要か?」
「……まさか、オーナー様ですか? も、申し訳ございません! すぐに経営顧問を呼んでまいります!」
混迷にある世界の中で、未だ店という機能を有していられる場所。
平和だから、だろう。この都市は、黒キ海も壊キ根も寄せ付けない。表向きは魔術師協会と装飾品店のおかげとされているけれど。
「連絡を入れてくださいよ、オーリさん。……じゃ、ないじゃないですか。誰ですか、あなた」
「罅を入れるぞ」
入れるのも、修復するのも。
多大な運命を消費するけれど……こればかりはしておく必要があった。
「……ぁ」
「目を覚ましましたか、リコ君」
「……僕、は」
「ええ、別存在……魔物になっています。それはもう変えようのない事実で、この空間から出たのなら、あなたはまた元の存在に戻るでしょう」
「オーリさん……じゃ、ない、ですよね」
へえ。
そうだ。
彼とイルーナさんが店に来た時のことは、記憶改竄を受けていてよく思い出せないけれど。
これだけは覚えている。
真贋を見抜く、良い目をしている、と。
そう思ったんだ。だから採用した。
「正しくは、オーリが私ではなかった、というべきだろうな」
「トゥーナさんと似た……いいえ、相反するような」
「ああ。だが、お前にはどうにもできない話だ。だから、限りある時間を有効に使いたい」
胸に手を当てて、言う。
「謝罪を」
「謝罪……ですか?」
「もし、あの時。移転を決意した時……お前を無理矢理にでも連れて行っていたら、お前がそうなることはなかったかもしれない。だから」
「やめてくださいよ。僕はトゥーナさんに恋をして、自ら残ったんです。たとえその恋心が植え付けられた種であっても、たとえ欠片も相手にされていなかったのだとしても……僕が今僕であることに、あなたは関わっていません。同時に……あなたのおかげで、今がある」
矢継ぎ早に、リコティッシュはそう続ける。
時間が無い、というのを真摯に受け取ってくれたらしい。
「
「そうだったな」
「僕もそうだと思っています。たまたま僕の道が、その岐路が……どちらも哀れな末路を辿る宿命にあった、というだけのこと。もし無理矢理にでもついてきてほしいと……オーリさんから懇願までされていたとしても、僕は行かなかったでしょう。僕は僕の意思で岐路を選び、あるいは転落しました」
真贋を見抜く目だ。
問うてみたいものだ。ステイフォールド家に、彼の名の意味を。さぞ、愛情の込められた名なのだろう。
「あなたの選択ではありませんよ、オーリさん。僕の選択です。勝手に背負わないでください。……と、オーリさんに伝えてください」
「……オーリ・ディーンは死んだよ」
「っ! ……そうですか」
もう、無理だな。
これ以上は使い過ぎだ。
修復を始める。
「こちらからも謝罪を」
「何をだ?」
「多分、僕は……また僕じゃないものになって……トゥーナさんの尖兵となるのだと思います。だから、謝っておきます。僕は僕の意思で、トゥーナさんを守り、あなたを阻みます。僕じゃない僕の選択ではなく、僕の選択で」
「なら、謝るなよ。誇れ。愛した女のために、雑兵として散れ、リコティッシュ・ステイフォールド」
「はい。──今まで、ありがとうございました」
罅が消える。
青緑の世界が元に戻る。
「誰ですか、と聞いています。まったく……こっちは忙しいというのに」
「私はジン・オゥン。奴の縁者だ」
「オーリさんの? ……確認を取っても?」
「アシティスにいる奴と、すぐに連絡が取れるのか?」
「ええ。そういう装飾品も取り扱っていますから。音の魔力を飛ばすものです」
そういえば、そういうのもあったな。
私がわざと解析しなかった奴だ。……アスクメイドトリアラーも大多数が取り込まれた、か。
「そんな人は知らない、そうですよ」
「そうか」
「はぁ、無駄な時間を過ごしましたね。さ、とっとと出て行ってください。警備兵を呼ばれたくなかったら、ですが」
「客としてもダメか、ここにいるのは」
「従業員を騙して僕を呼び出して、その悪事がバレて尚買い物ですか。豪胆ですね」
「冷たい目を向けられることは慣れている。それで? 構わないのか?」
「……いいですよ。ただ、案内を受けられるとは思わないでください」
「ああ」
して、足早に店の奥へと帰っていくリコティッシュ。
入れ替わるようにして出て来た先程の従業員からの目線は……殺意に近いな。
さて。
「おっと、それ以上動くな。指一本、筋一本でも動かせば、その首刎ねるぜ」
「カゼニスか」
「ん? なんだ、俺のこと知ってるのか」
「今思えば、天竜殺し、か。誰が名付けたかは知らんが、皮肉が利いている」
一字違い。
それがどれほどの意味を持つか。
「そこまでわかっててその余裕。……にしちゃあ強者の気配を感じねえ」
「ほう? ならば何故、私に剣を突きつけている」
「俺の
カゼニスにかけられた呪い。
いつかの襲撃の際には、余程強く呪われている、なんて言われていたけれど。
違う。
カゼニスに呪いをかけたのは、彼の幼馴染の少女だ。
彼と共に冒険者となり、けれど彼についていくことができずに死んだ少女。カゼニスの言葉は全て嘘。オーリ・ディーンが解呪できない、というのも嘘。
したくないだけだ。
最後の繋がりだから。
「彼が変質してでも、守りたいのか?」
「あ? 何の話してやが」
「お前には言っていない。……ある意味で、リコティッシュと似た立場だ、お前は。だが、お前には自由がある。解呪してやってもいいぞ」
ばっと離れるカゼニス。
そして、ソレ……自身の胸、そこから少しだけ離れた場所を押さえる。
あるからだ、そこに。呪いの根源が。物質的なものじゃないけれど。
「ユノに何する気だ、てめぇ」
「そうか。良い言葉だな」
「あ?」
変わってしまっても、いなくなっても。
彼は私を、忘れないと信じているから。
私はずっとずっと、彼に迷惑をかけ続けます。
「さて、確かにこの店を壊そうと考えたのは事実だが、旗色が悪くなって来たな」
デビットさんも、騎士も集まってきている。……アニスさんやコトラさん、シャナナさんまでいる。
わざわざ私に関係のある人を集めたのかな。ま、だとしても何の感慨も無く爪を揮えるけど。
「仕方ない、ここは引く──なんて言うとでも? 『紺罪結晶』」
瞬間的に、店内が水で満たされる。
美しく飾られた装飾品は浮き上がり、ケースは砕け、警備兵やカゼニスら戦闘者は各々に力を発揮せんとして──
「……時間停止? でも、誰が」
「私ですよ、ジンさん」
ん。
「バクスティン。なんだ、ついてきたのか?」
「イルーナって呼んでくださいよ、ここでは」
「……まぁいいが」
時間停止まで教わったのか。
あるいは、もう自分で辿り着いたか。アスクメイドトリアラーとしての研鑽という下地があればさもありなんか。
「お前も感傷に浸りに来たのか、イルーナ」
「はい~。リコティッシュさんに挨拶を、と思ったのですけど~……既に、なんですね」
「ああ。リコティッシュだけじゃない、この都市の全てがそうだ」
「……壊すんですか? オーリ装飾品店」
「そうしようと思っていた。不満か?」
「不満というか~。オーリ装飾品店を壊した、っていう誹りをジンさんが受けるのが、受け入れられなくて~」
……確かに。
なんか癪だな、それ。
私の店なのに。
「帰るか」
「はい~」
感情結晶に水を戻し、その水で装飾品を元の位置に並べて、砕けたケースも適当に修復して、と。
止まった時間をかきわけて店の外に出る。出れば……おーおー、ぞろぞろと。変質した住民がこれでもかと。
この都市はもう、魔物の巣窟だな。
……さようなら。
最後は。
「こんなところにいたのか、ティア、ドロシー」
彼女ら、かな。