神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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訳題:「負う凶が刻」

 その揺れで、ユートは目を覚ました。

 地震。ユート……結人のいた世界では、それなりの頻度で起きていたものだ。

 地属性の精霊様は癇癪持ちの大酒飲み。供物が足りていようといなかろうと気分で暴れまわるものだから、人の身で鎮めることなどできはしない。

 そのたびに神形(カムナリ)である冬青が祀地へと赴き、その意思を鎮めていた。

 

「……鉄を打つ()。彼のもとに集いし我ら影……故に神ノ元。しかしその神もどこぞかに消え、残されたのは神の遣わした四属の精霊と、神の(シロ)とされた神形(カムナリ)のみ……か」

 

 生まれた時からその剣足れと育てられた、たかだか一刀。

 よくもまぁ、あそこまでの信を置いてくれたものだ。結人の手は真っ赤に染まっていて、あんな美しい少女が触れて良い存在ではないというのに。

 

「ユート、起きた?」

「ああ、すまねぇな姫さん……じゃ、ねえや。……レインか」

「そうだけど……何か夢を見ていたの?」

 

 そうだ。

 そうだった。

 ここは異世界。滅びに直面している世界。

 勇者などという大層な役割を与えられ──贖罪のための己の全てを食らってくれ、なんて初対面の相手に言う話じゃないモンぶつけてきた神様に案内された、異なる世界。

 

 揺れ。

 

「軽く……状況説明、もらえるか」

「ええ。今、私達はクロックノックを捨てて、大陸の臍の外縁部に来ているわ。レクイエムが読み解き、普通の人間にも扱えるよう改良した陣地魔術をこの地にいる全員が使って、外からの侵攻や戦いの余波を防いでる」

「侵攻に、戦いの余波」

「説明するより、テントを出てもらった方が早いと思う」

 

 負けた覚えはない。

 ただあの最後、何かが横合いから突っ込んできたことだけは覚えている。

 それで……結果がどうなったのか。

 

 レインに促されるままテントを出れば。

 

「……なんだ、こりゃ」

「これが今、この地を襲う脅威」

 

 のたうち回る蛇を彷彿とさせる木の根。何度も何度もこの地を半球状に囲む膜へとその身を叩きつけ、それを壊さんとしている。

 その周囲を迸るは黒い液体。泥よりもサラサラしていそうなのに、鉄よりも重そうな気配の液体金属。

 そして──遠くの空に見える、局所的にも程がある集中砲火で落ちる、落とされ星。

 

「トゥナハーデンとディモニアナタ。そして私の神様が戦ってる。さっきも言ったけれど、この結界は陣地魔術。神の権能に対抗するための魔術」

「終末、って感じの光景だな」

 

 実際のところ、結人は知らないのだ。冬青をあのバケモノから逃がした後、結人含む忍びはみんなバケモノに殺されたから。

 その後世界がどうなったのかを、知らない。

 

 ヒノモトの最後もこんな光景だったのだろうか。

 

「レクイエムのところに行ってくる。アイツ、どこに……って、あそこか」

「ええ。あなたが起きたなら、私はディアに合流するわ。……それと、ティアとドロシーの行方がわからないままなの」

「あいつらなら大丈夫だと思うけど、おう。見かけたら声かけとくよ」

「お願い」

 

 結人は気合を入れ直す。

 今は懐古に浸っている場合じゃないのだと。

 この世界に骨を埋めると決意した以上──この世界のために戦う。

 

 心に感じる神の気配を握りしめながら。

 

 

 

 

 黒キ海の水嵩が増している。

 上空から見たからこそ気付けた事実は、最悪の未来を予測した。

 

 この世界は平らだ。水晶玉の中に地平があり、それに岩盤の肉付けをして、その上に土や砂、水や植物といったテクスチャが貼られているに過ぎない。

 だから当然黒キ海なんてものが降り続けたら、あるいは溢れ続けたら、厚みのない地平に穴が開く。それは裏面において遡雨と呼ばれる現象となるが──もし仮に、地平の全ての底が抜けたら、どうなるのか。

 

「というのがメイズタグから共有された脅威だ。ディモニアナタの権能らしきこの黒キ海。僕達からも見てわかるように、その水位はどんどん上がっていっている。水分量や地盤の固さを考慮するに、これの二倍くらいの嵩になったが最後、陣地魔術外の地盤が抜け落ちる可能性が高い」

「そうなったら、どうなるんだ」

「さてね。裏面なんてものの存在も今知った所だから確定した情報は言えないけど、普通に考えたら大変だよね。だって、ここにいる人々はこの陣地魔術内部という孤島以外から切り離されるんだ。あるいはその黒キ海は勢いよく水晶玉の内側にぶつかって、それを割り砕いてしまうのかな?」

「お前の魔法で持ち上げる、とかは?」

「さっき試したけど、無理だね。凄まじく重い。なんというか、『重い』という概念を相手にしている気分になった。力を込めれば込めるほど重くなるし、込めなくても重い。そんな感じだ」

「この陣地魔術ってのはどんくらい保つ?」

「交代交代で術者を変えているから、半永久的に保つよ。──内側の人間が生きている限り、ね」

 

 これが例えば、アシティスだけだったら。あるいは古代文明研究学園だけだったら、自給自足でなんとかなったのだろう。

 けれど今はそれ以上の人間がいて、土地も限られている。大陸の臍の湖が淡水であるから飲み水には困らないが、外部と完全に遮断されている以上排水もどうにかしないといけない。既に魔術師協会と交易認定所協力の元農地や浄水装置が作られ始めているが、今から作ってどれほどが賄えるか。

 

「元凶ぶっ叩くのが正解か」

「できるなら、だけどね。これもメイズタグから共有されたことだけど、今外では神々がトゥナハーデンとディモニアナタの正確な位置を探っている最中らしい。彼女……魔色の燕の長の大規模な攻撃は陽動。トゥナハーデンはマイダグンが、ディモニアナタはメイズタグが、って予定だったみたいだけど、もし分業できるならディモニアナタはこっちに任せたいそうだよ」

「ま、いつまで経っても神さんにおんぶにだっこじゃあな。……ちなみに、この黒い水、足取られたら最後か?」

「底なし沼だけど、足先斬ったら助かるんじゃないかな」

「成程、良いジョークだなレクイエム」

 

 ユートは考える。

 元来、ユートは攻め込まれる側の立場だった。だから敵がどう侵入してくるか、などは思いつける……が、攻めは苦手だ。

 況してや敵の本丸がどこかわからない、など。

 

「とりあえずレクイエム。魔力に余裕があったら、この湖の水面にも結界張っとけ。こんな見え透いた穴に突っ込んでくる馬鹿な敵じゃねぇと思うが、保険は大事だ」

「……確かに。裏面なるものがあるなら、ここから、と言うのはあり得るのか。うん、いいアイデアだ。やっておくよ」

 

 ユートは考える。

 敵が何をしたいのか。人間を殺したいのだとすれば、もっと早くに色々できた。

 まるで。

 まるで──こちらの準備が終わってから、侵攻を開始したような。

 あるいは侵攻する気などないのかもしれない。この"結果"はただあの長との戦いの余波なのであって、人間など眼中にない可能性もある。

 

 相手が何をしたいのか。

 この状況を作って、何が得られるのか。

 

「……炙り出してるのは、あっちなんじゃねぇか?」

「え?」

「いやだって、なんかそういう話じゃなかったか? ちゃんと聞いたわけじゃねえけど、なんか内圧の神がどうとかで……もしこの世界が、ここ以外がその黒い水で満ちたら、当然神さんらもそれに飲まれる、よな?」

「それは、どうだろう。確か彼らにも自身の領域があったはずだから、そこに逃げ込めば」

「そこにも敵の手が回っていたら?」

「……」

 

 今になって尚、トゥナハーデンはメイズタグとゴルドーナを狙って来た。

 内圧の神を。

 

 それは、必要だからだ、と取れる。

 まだ敵の狙いは変わっていない。まだ敵は神を狙っている。

 

「だとすりゃ、敵は全部が見える場所にいるはずだ。何も見逃さねえように」

「全部が見える場所……まさか」

 

 二人は二人して空を見上げる。

 上空。いや、もっともっと上。

 

 掴まれて落とされる星々の浮かぶ、暗い宙。

 

「スケールのでけェ話だな。レクイエム、この世界の宇宙空間は、生身の人間が行ける場所か?」

「人間がどうかはわからないけれど、オーティアルパは平気だったみたいだね。……君の世界の知識でいい、君の知っている限りの宇宙空間について教えてほしい。僕が耐性をつけて、君を宇宙に飛ばす」

「頼む。……万全を期すなら、宇宙に詳しい奴がいればいいんだが……流石に高望みか」

「……。いや、そんなことはないかもしれない。そこの君、古代文明研究学園の生徒だったよね」

「へ? あ、はい。自分スか?」

「学園長を呼んできてほしい。レクイエムからの呼び出しっていえば、すぐに来てくれるはずだから」

「は、はいッス!」

 

 古代文明研究学園。

 主に前史異物(オーパーツ)に対して現代文明から様々なアプローチをかける学園であり、子供から大人まで、なんなら老人までもが「生徒」として在籍している場所。教師は存在せず、強いて言うなら前史異物(オーパーツ)が実験対象であり教師。そんな場所だ。

 

「呼んできたッス!」

「いいね、仕事が早い」

「レクイエム殿、火急の事態と聞いてきたが……何事かね?」

 

 古代文明研究学園学園長、カーター・ガッド。

 まだ年若いが、学園長の名に恥じぬ知識量を持つ青年。

 

「古代文明研究学園は、宇宙についてどれほどの造詣がある? 今すぐに宇宙にいかなければならない事情ができたんだ」

「……まず、極低温であること。また、私達の身体にかかっている力……誘引力と呼ばれるものが極端に低いこと。Null Essenceに酷似した、しかし何の用途も無い魔力が沈殿していて、まともに身動きをとることが難しい、ということ」

「呼吸は? 酸素が無い、とかはないのか」

「酸素が無い? ……いや、そういった研究結果は出てない。それは水中のように、ということかな?」

「いや、真空だから酸素も無い……ってのがねぇんならそれでいい」

「まず宇宙は真空ではない。先程も言った通り、Null Essenceに酷似した魔力があって、それが敷き詰められている、と考えてくれ。故に宇宙空間で大気中の属性魔力を使う、ということはできない。大気がないというのもそうだが、加工不可な魔力しか漂っていないんだよ」

 

 万全を期して良かったと胸をなでおろすユート。

 全然違う。ユートの知る宇宙と。

 

「誘引力が低いこととその魔力の粘性のせいで身動きができないから、何か推進力を得られるような装飾品があると良い。ただし、その魔力は摩擦力が高い。あまり速く動くと身体に負担がかかる」

「装飾品か。……確か交易認定所にクラリスという腕の良い装飾師がいたね」

「ああ、オーリ装飾品店の卒業生だとか。……アシティスが今緊張状態にあるから、そちらに頼むのは正解だろう。君……ラガット君。交易認定所のクラリスさんを呼んできてほしい」

「どわ、名前覚えられて……じゃねぇ、い、行ってくるッス!」

 

 テントを出て行く少年。元々徒手空拳の心得があり、集中しているレクイエムの護衛に丁度いいから、という理由でここに配置されている彼。

 もしこの戦いが無事に終わればなんだかんだで出世しそうだな、なんてことをユートは思った。多分レクイエムも思った。

 

「極低温に関しては僕が耐性をつけられる。推進力は装飾品に任せるとして……他には何かあるかな」

「……先ほど酸素と言っていたが、逆の装飾品は必要である可能性が高い。つまり、Null Essenceに酷似した魔力を体内に取り込まないようにするための装飾品だ」

「取り込んじゃダメなのか」

「適性の無い魔力を身体に取り込めば、魔力放出にノイズが出るだろう? それと同じだよ」

 

 それと同じ、と言われても。

 ユートは普段から魔力を取り込んでいないので全く分からないのだが、わかったことにした。

 

「あと……俺の知識で言うと、放射線が気になるが」

「放射線?」

「あー……なんつーんだろな。目に見えない、飛び交ってる、あぶねーモン?」

「聞いたことが無いな。ただ……性質的には彼女の使う魔色の粒子に似ている?」

「確かに。似てるっちゃ似てるかもしれない。が、あんなくっきりと見えるモンじゃねえ」

「不可視の魔色の粒子……それは危険が過ぎるね」

「もしそれが魔力であるというのなら、酷似魔力の中を泳げるとは思えない。すぐにでも研究したいところだけど、時間が無いのだろう。……いや。レクイエム殿、コレを宇宙空間に飛ばし、一定時間後に取り戻す、ということは可能だろうか」

「できるよ。今やる。ちょっと離れて。……シグル・ヴェグル(──・──)

 

 説明を聞いている暇はない、とばかりにレクイエムは「ソレ」をカーターから受け取り、文字通り飛ばした。陣地魔術をすり抜けて直線上に上昇していくそれは、すぐに見えなくなる。

 

「今のは?」

「『ディマトラトの吸引球』という、学園では日常的に使われる実験装置だ。マトラトに高圧をかけて作る鉱石でね、留まった場にある魔力組成を吸収、記録して持ち帰る」

「……まずいな」

「どうした」

「彼女の落とされ星の余波を受けすぎる。少し離れた場所にしないと留まっていられない」

「レクイエム殿はそちらへの集中を。その間、格落ちとはなりますが、要の役割を引き受けます」

 

 ふと……ユートは、上を見た。

 

 そこに、暗雲があった。

 

「──レクイエム、すぐに戻れ!」

「え」

 

 ざぁ、と。

 黒キ雨が降り始める。

 凄まじい衝突音。半球状の結界がまるで機関銃を一斉放射されているかのように衝撃を受け始めた。

 

「ぐ……!?」

「カーター! 吸引球の操作の方を譲渡するから、代わって! それと、ユート! ごめん!」

「ああ、適任だ」

 

 ユートが──上昇する。

 陣地魔術の結界。そこを突き抜けて。

 

「『属性変化光→風Lv.40』、『烈風Lv.70』!!」

 

 雲を吹き……飛ばせない。

 重い。

 

「チ……! なら、もう一発!」

「小僧。風属性への理解が甘すぎる。儂に合わせろ」

「なんっ……爺さん、どこから」

「自己紹介は後でする。良いか小僧。風というのは移動を司る魔力。あれを風圧で吹き飛ばすのではなく、あれの座標を移動させるのだと認識しろ。──同じ技で良い。意識だけを変えろ。行くぞ」

 

 風圧ではなく。

 暗雲をオブジェクトととして捉え──移動させる。

 

「『烈風Lv70』!」

風塔高楼(ヴァンダ・カラーロ)

 

 ぐん、と……暗雲が移動する。

 それでもまだ雨粒は結界にかかっているし、雨雲の成長も早い。

 

「──ユート!! そこの死にかけ理屈ジジイの話なんざ気にするな! ワシとお前の最大威力を雲の横合いからぶつける! ユディアル、理屈だけでなんとかしてぇんなら、ワシらの攻撃で散った雲を退かしやがれ!」

「っ、すまねぇ爺さん! 俺はあっち行く!」

「誰が理屈ジジイだ。……自分だけとんでもなく若返りおって」

 

 背後で何か聞こえた気がするけれど、気にせずユートはアルフと合流し──構えた。

 

 熱が広がる。

 高熱が。

 

「『朱怒結晶』──」

「『衝覇Lv100』!!」

 

 光と熱が空を灼く。

 暗雲を突き抜ける光線。それは確実に雲を散り散りにし。

 

「この重さなら……いける!」

 

 老人によって、退かされた。

 

「まだだユディアル! 結界に戻れ!!」

「……いや」

 

 降る。

 もっと。

 もっともっと。

 もっと高空より──真っ黒な角柱が。

 

「もう、遅い」

 

 そう言い残して、老人はぐしゃりと潰れた。

 ああ……それだけではない。角柱は結界も突き破って、下に落ちる。

 そこにあるのは医療殿だ。

 

 避けろ、と。アルフやユートが叫んでも、遅い。

 黒い角柱は医療殿に突き刺さり……悲鳴が上がる。

 

「……ユート。さっき飛ばしたモンがなんだかは知らねェが、どうやら天龍の尾を踏んづけたようだぜ」

「今の暗雲は目晦ましかよ……! 上、まだ用意してるよな」

「そうにしか見えねぇな。……この規模の結界だ、強化重ねたってたかが知れてる。だったら……直接ぶっ叩くしかあるめぇよ!」

 

 業、と炎が燃え上がり、アルフの身体が射出される。上へ。上へ上へ。

 ユートも光の放出でそれに続く。だけど。

 

「くそ……今ので何本目だ!」

「数えんな! 行動の早い奴らだ、対策は取ってる! そう信じるしかねぇ!」

「……ちゃんと怒ってるのか。いや、すまん。だよな、そうだよな。……そうだ。すまねぇ、余計なこと言った」

「怒ってるよ。ふん、老いぼれだ、いつ死んでもおかしかねぇと思ってたが……こんなところじゃねぇはずだろうが。……あの角柱降らせてる雲さえぶっ飛ばしちまえば時間は稼げる! 元々本陣ぶっ叩くためになんかやってたんだろ!?」

「ああ、俺がディモニアナタを殺す。そのための準備だった」

「ならワシも言葉を違えた! 天龍の尾なんかじゃねぇ、ちゃんと弱点だ! それに気付かれると困るから反撃して来たってぇことだ!」

 

 辿り着く。高空。聞いていた宇宙とは違い、酸素の薄くなるらしいその場所で、二人はもう一度最大威力の攻撃を放とうとして──視界の隅に、嫌なものを映した。

 雲だ。

 ユートの知識で言うなら、積乱雲。

 

 黒い黒い積乱雲が──発達しつつある。

 

「キリが無いぞ、流石にこの量は……」

「……ユート。バカ弟子たちに謝罪を頼む。クォンウォにはもう暴走すんなって言っておけ」

「馬鹿、死亡フラグ立てんな。……古いんだよ」

「ワシの感情結晶は『朱怒結晶』。この雲の性質が通常の雲と同じだとは思えねえが、ここら一帯を超高熱で覆って蒸発を狙う。ワシさえ融ける高熱なら、あの角柱も融けて多少は柔っこくなるだろう」

 

 ぶわり、と。

 咄嗟にユートが顔を覆うほどの熱気がアルフから放たれ始める。

 

「くだらねぇ贖罪してんじゃねぇよ爺さん! さっきの爺さんは知り合いだったんだろ、わかるよそれくらい! だけど」

「そっちこそくだらねぇ勘違いしてんじゃねぇ。あんなジジイの弔いなんざ墓石に唾で十分だ。──ワシが守りてぇのは、あんな老いぼれじゃねぇ」

 

 ぐらぐらと。ぐつぐつと。

 大気の煮え滾る高空。どれほど感情を昂らせても、本能が退避を選ぶ熱波。

 

「感情結晶の持ち主は、その最期は必ず邪悪になるって話だ。──ハ、お似合いだな。贖罪のためにと二人が用意してくれた……生きる、ということもしてやれねぇんだ。だが、どうだクソ女。怒りは抑えきってやったぞ。……いや、そうか。熱を……もっと上げるなら」

 

 さらに温度が上がる。

 範囲外にいても、息をするのが苦しいほどに大気が熱い。

 

「──最後くらい、怒るかぁ」

 

 ジリジリと。

 あるいは、ドロドロと。

 暗雲が退いていく。融解し、蒸発していく。

 その温度は……使用者であるアルフの身体でさえも。

 

「クソ女。おいクソ女!! ワシの身体を元に戻せ! ガキの身体じゃ、先に融け尽きる! でけぇジジィの身体じゃねェとダメだ!」

 

 聞こえない。

 何かを叫ぶユートの声など、アルフにはもう聞こえない。

 音の魔力ももうこの大気には及ばないのだ。

 

 ここにあるのは。

 

 熱。

 

「存分にやればいい。できるのならな」

「ハ! ハハハハハ!! ああ、ああ、ああ──!」

 

 戻る。

 アルフ・レッドの身体が、アルゴ・ウィー・フランメルの肉体に。

 服装も大監獄の中に居た頃のそれとなって、もう、もはや、どこにもない。

 見る影もないのだ。

 

 アルフ、という少年を構成していた要素がどこにもない。

 

 ここにいるのは、ただただ怒り狂う焔の化身。

 

「──クソ(アマ)。ワシを死なせる気が無ぇってのは伝わった。だが仮死までは行かせてもらうぞ」

「それがわかっているなら話が早い。さぁ、思い出せ、正しき騎士。結局お前はあっていた。騎士を無為に殺す作戦を、神々を殺さんとする計画を練っていたイアクリーズ。その真意にただ一人気付き、悪を背負て誹りを受けた騎士想いの騎士! アルゴ・ウィー・フランメル!」

 

 感情結晶・怒。『朱怒結晶』。

 朱き怒り。朱色の魔力。

 

 生まれしは太陽。

 美しき革命のシンボル。

 

「ワシの名はアルゴ・ウィー・フランメル(立ちはだかる者)!! 神であろうとなんだろうと──ワシの弟子共に辿り着けると思うなよ、雨如きが!!」

 

 融解し、蒸発する。

 

 ああ。空が──晴れた。

 宇宙まで見えるほど、澄み渡るほどに──。

 

 

 

 

合人演舞(ドレアム)!!」

 

 そんな大陸の臍から離れた場所に、集団があった。

 黒キ海も壊キ根も届かない高台。

 そこで戦うは勿論。

 

「アリア! 大きい壁だ! 斜め!」

「ええ、わかってる!」

「シャーリー、土で槍を作ってほしい。できるかな」

「うん……頑張る」

 

 ゼルフとアリア、クールビーとシャーリー。

 

 そして──首を手に持つ、チャック。

 

「ああうぜぇ、っとにうぜぇ! 許さねえ……許さねえぞウォルソン! これが終わったら、苦界からてめぇの魂引っ張り出して無の中でバラしてやる……!」

「ラグ・ラ!」

土岩の旋槍(ランカマド)

 

 死体で作られた巨人。

 振り下ろされた腕は透明な壁に阻まれて、その巨体には凄まじい威力の突きと回転する槍が突き刺さる。いいや、突き抜ける。

 けれど、けれど。

 

「それがどうしたよ! 死体なら腐るほどあんだよ、見えねえワケじゃねぇだろ泥人形!」

「訂正すると、私は泥人形ではないし、ウォルソンに()()()()()()()が見えないわけがない、というのは……ジョークとして優秀だね」

「ハッ、挑発どーも。唯一の手掛かりだと信じてた両腕が泥の作りモンだった国王様は言うことが一味違ぇや」

「今もこうして土で腕を作ってもらっている身だからね。返す言葉もないけれど、君の作った腕よりシャーリーの腕の方が動かしやすい。腕の違いかな、文字通り」

「……うぜぇ。ウォルソンほどじゃねえがうぜぇ」

「カバー・ハ!」

「ギ……ああ! 俺に攻撃しても意味無ぇのは知ってんだろ泥人形が!」

 

 短剣がチャックの背を一突きにするけれど、前へとつんのめって、痛がるだけで……死にはしない。

 離脱を試みようとしたゼルフは、けれど短剣を掴まれ……チャック諸共ドレアムに踏み潰される、という段階でアリアに引っ張り上げられた。

 

「ぎゃぁああっ!?」

 

 だから、自分だけ踏み潰されるチャック。

 

 死なないことはわかっている。

 だから、次の魔法や技の準備を進めるゼルフ達。

 

「……無尽蔵ということは、あり得んのか」

「ゼルフ。それ、弱音?」

「まさか」

 

 五十六回。

 ゼルフの剣がチャックを殺した回数だ。

 百二十七回。

 アリアの魔法がチャックを殺した回数だ。

 二十一回。

 シャーリーとクールビーのコンビネーションで、チャックの身体と頭を消し炭にした回数だ。

 

 でも……死なない。

 これはチャックが怒りながらも朗々と説明してくれたことだけど、ここにいる「身体」は本物らしい。

 ただ「頭」がまだ幻術に囚われたままだから、泥人形の頭蓋を作って、それをくっつけずに持っているのだと。

 

 そんな状態だから常に首が痛いまま戦ってやっていると。

 

 死なない。

 ──不死者。この男は。

 

「うぜぇ……うぜぇ……。っとにイライラする……。オーヴァーチャーとヴィーエはどうせ俺の頭壊しに行ってんだろ? くだらねぇ、馬鹿の考えつきそうなことだ。……んなことしたって何も変わらねえよ。お前らじゃ俺は殺せ」

極彩の死期(ディレイン)

「がぁぁああああっ!?」

 

 属性魔力の雨。

 でも、死なない。

 のそりもそりと、「チャックだったもの」が動いて、集まって。

 

岩印(ロクカランプ)

 

 それごと、隔離するかのように岩石が落ちて来ても。

 

夢氷の塵山(チリークレアン)

 

 それを凍らせても。

 

「だから……効かねえって……わっかんねぇ奴らだな、ホントに。爆人演舞(バンガム)

 

 復活して、巨人が爆発して。

 

 全てを繰り返す。

 どちらが尽きるのが早いか、など。

 

「えい」

「ぎっ!? ……後ろ……伏兵だと? 誰が、ぎゃ!?」

 

 肩。太もも。脇腹。くるぶし。

 頬。膝窩。鎖骨。丹田。

 

 あらゆる方向から針が刺さっていく。

 

「あ……なん、だ。身体が……ぎ、が、ががが、ぁ゛……い、で……ぇ゛……!」

「弛緩剤と神経毒。ああでも安心して。死なないよう調節してるから。死なないんでしょ? ならまぁ、死なない程度に拷問するのが一番効くでしょ」

「て、め゛……ティニ・ディジー……!」

「よく覚えてないんだけど、一応専門家だった気がするんだよね。──ああ、自死は無理だよ。それに至れそうな場所、全部麻痺させてる」

「……」

「そっちのは今のうちに休んでて。回復回復。どうせこれ我慢比べなんでしょ? だったら休み休み行こうよ。──アンタは休ませないけど」

 

 死ねない。

 死なないのではなく、死ねない程度の毒。激痛。

 身体は麻痺し、動かず。

 魔力すら操れないのは何事か。

 

「私がこの世界に生まれてすぐにやったことは、人体の解剖だった。どこに何があるのか。どこが何をしているのか。それが気になって仕方なくてさ。──人間がどこで魔力を操ってるかとか、知らないでしょ」

「……」

「そこを壊してるから、魔力は使えない。簡単簡単」

 

 簡単なことではない。

 それならばチャックは、死んでいる間に魔法を使うことができない、ということになる。

 

 逆に言えば。

 

「何が魔力を操っているのか。器官や臓器じゃない。──ここまで言ってわからないならただの馬鹿だね。あ、元からか」

「……」

「それと」

 

 ティニが、大きくバックステップをする。

 直後、近くに転がっていたチャックの頭部が爆発した。

 

「こっちも良く覚えてないんだけど、爆弾魔との交戦経験アリだからさ。やって来る事大体わかるんだよね。なんか自分でも使ってた気がするし」

 

 チャック。快楽殺人鬼。あるいはクリファの一片。

 

 ああ──天敵だろう。

 クリファとの対峙経験を有し、爆弾魔とも、不死者とも交戦経験のある……ある気がする、冒険者、でもない気がするティニ・ディジー。

 

「あの大きいの出てきたらそっちの番だから、気は抜かないでねー。そこまで付き合う義理無いしさ」

 

 ぶっちゃけ、殺した人数で言えば、よっぽど……だったり、しなかったり。

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