神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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訳題:「泥製の心、もしくは」

 不死のチャック。

 これを殺すにはどうしたらいいのかを、ウォルソンは考えた。考えて、託して、死んだ。

 

「……光景に緊迫感が無いな」

「まぁ、クールビーを誘い出す時もこのやり方みたいなところあったし、もしかしたらウォルソンって釣り好きだったのかもね」

 

 ウェイン。彼に釣り竿を握ってもらって──未だ幻術から抜け出せないでいるチャックの頭部に針をかけて。

 黒キ海に、それを垂らして。

 

 凄まじく密度が高く、重く、またサラサラしているようで粘り気を持つ黒キ海。当然チャックの頭部など簡単に呑み込んで、どころか釣り糸まで飲み込んでいくが……そこはウェイン。

 どこ吹く風で竿を握り、黒キ海との綱引きに拮抗している。

 

「かかりは解けていない。つまり、チャックの頭部はまだ砕けていない」

「ということは、やはりクリファ同士だと殺し合うことができないのか、チャックがそうであるというだけか」

「一度引き上げるか?」

「できるの?」

「ああ」

 

 ぐ、と力を込めて、ざばぁとチャックの頭部を引き上げるウェイン。

 簡単にやっているけれど、今まで誰一人としてできなかったことだ。黒キ海に呑まれたものを引き上げる、など。彼らの知らぬことではあるが、レクイエムでさえも。

 

「……潰れてないね」

「普通に斬り刻めたはずだが」

「潰すこともできていた。つまり」

 

 今のところ、圧倒的な暴力以外では黒キ雨への対抗手段を持っていない人類。

 ──これ、使えるんじゃないか、という、それはもうお前達が悪魔なのではないか、なんて発想に至るのも無理のないことだろう。

 

「なんにせよ、ウォルソンの予想の一つ目は外れたな。二つ目を試すか」

「うん」

 

 凡愚、トム・ウォルソン。

 彼の用意した策は──二百を優に超える。

 

 クールビー達がチャックの肉体を相手取り、その意識はウォルソンの幻術が絡めとっているから、その間に。 

 三人はこのクリファの消し方を、何通りも何通りも試すのだった。

 

 

 

 

 降りて来たユートは、固い顔を崩さなかった。

 

「レクイエム。カーターさん。吸引球は」

「今解析中だよ。……逸っちゃダメだよ、ユート」

「わかってる。わかってるけど……ちょい、精神統一してくる」

「うん。結果が出たら、魔法や装飾品を用意してから呼びに行くから」

「ああ」

 

 天幕の中に入るユート。

 誰もいない。それは当然だ。皆が皆、自分にできることをしている。少なくとも今は休んでいる者などいない。

 

 ──休む場所さえも、一部が。

 

「……」

 

 座禅を組み、左腕の橈骨と尺骨の間の辺りを軽く押す。

 目を瞑り……全身の感覚を外側から内側へと引いていくイメージで、己の中に呼吸だけを通していく。

 

 ──。

 

 そうして、自己に浸り──会う。

 

「よぉ、神さん。起きたか?」

「……ええ。ごめんなさい、全てを押し付ける形になってしまって」

 

 ひらひらとした、所謂「可愛らしい」と評される格好をした、ピンクと白の目立つ女性。

 ギギミミタタママ。あるいは──ニギミタマ。

 

「世界滅亡、か。……身を以て体験しても、夢物語だ」

「そうよね……。私も、ママのことや……他の、ううん、あらゆることを知らな過ぎた」

 

 真っ白な空間だった。いや、光り輝く空間だった。

 上下左右前後の違いはなく、己がいるかどうかさえわからない場所。

 ユートの精神世界、ではない。ニギミタマの精神世界でもない。

 

 ここは──。

 

「ここは、ママの心象風景。この白く輝くものは、"終わり"の粒子」

「……真っ黒なバケモノと、真っ白な終わり。魔色の世界」

 

 それがこの世界の──無と呼ばれる空間のすべて。

 無明の世界は、光輝の世界に同じ。

 

「ママはね、昔は……あらゆるものの"終わり"を観測する役目を担っていたらしいの。寿命を迎える人間。風化する建物。滅ぶ国、壊れる関係……そして、それらを超越した"終わり"。ただひたすらに"終わり"を観測し続けるだけの仕事」

「……つらかったのかね、それは」

「わからない。ママは何も話してくれないから」

 

 終わりを見届けるだけの役目。

 一概に「可哀想」だなんて言うことはできない。その仕事に誇りを持っていたのかもしれないから。

 ただ。でも。けれど。

 

「神さん。アンタは、ただ苦しんでほしくなかっただけなんだろ?」

 

 手伝いたかった。勇者が死んでしまったから、補充を。

 いつも苦しそうだったから、治療を。

 

 ただ──無知だった。それだけ。

 

「俺も無知だった。無知で、姫さんのやろうとしてたことを台無しにした。ま、だからアンタは俺を見つけたのかね。類は友を呼ぶって奴だ」

「あなたを選んだ理由は……あなたが、生きたがっていたから」

「……俺が?」

「他の魂は全て、諦めていた。苛んでくる無に、蝕んでくる無に、その苦痛に耐えられず……消えかけていた。だけど、あなただけがあの世界の残骸の中で、燦然と輝く太陽のように……死んでたまるか、って。輝き続けていた」

 

 とん、と。

 身体も見えない空間で、ユートの額に指が当たる。

 

「この世界に骨を埋めると言ってくれたけれど……あなたなら、まだ先にも行けるかもしれない。あなたは"理外"じゃないから、無の干渉は受けるけれど……同時に決して折れない心がある。たとえこの世界が終わってしまったとしても、次へ行ける可能性が」

「んー、いや。そういうのはいいよ。一度吐いた言葉を撤回するほど雑な精神してねぇんだ、俺。──大丈夫。姫さんのことを諦めたわけじゃねぇし、まだ気にしてるけどさ。そういうもんだろ、人生って。二回目があっただけ御の字で、一回目は"どうにか逃がす"なんて結果に終わったモンを、今回は救えるって話だ。……だからさ」

 

 だから。

 ユートの脳裏に、あの黒が浮かぶ。

 

「みっともないのは自覚してる。……けど、足りねえ。神だかなんだか知らねえよ。けど、あの"敵"を倒すのに、必要なものが足りない」

「構わない。私は失敗し過ぎた。それを贖える機会さえも無駄にして……なら、私は、誰かを頼るしかないんだと思うわ。だから……あなたに()()()()

「おう。贖罪か。そうだな。……贖罪だ。俺も」

 

 触れる。

 ユートの魂に、ニギミタマの「魂として振る舞うエネルギー塊」が触れる。

 

 人神習合。眷属や現人神ではなく、人であり、神であるモノ。

 

 今此処に、積川結人は成った。

 ある意味で──神形(カムナリ)に。

 

「ニギミタマ、なんだよな。んじゃまぁ、荒ぶる神々を鎮めるのも役目さな」

「……ママを助けて。これが最後のお願い」

「ああ。確かに聞き届けたよ」

 

 ──目を、開ける。

 天幕の中だ。ユートは変わらずそこにいる。

 

 世界が悲鳴を上げている。

 次元が幾度も震えている。

 わかるようになったからこそ、危機感を持てた。

 ようやく実感した。

 

 終わろうとしている世界に今、いる。

 

「ユート、準備できたよ。……ユート?」

「ああ」

「……君、何を。その気配は……人間じゃ、ないけれど」

「わかるのか。流石だな、レクイエム」

 

 此処に在りしは人に非ず。

 神たり人たり死者たり魂。

 

「でも、俺は積川結人だよ、レクイエム。準備ができたなら頼む。──ディモニアナタを殺す」

「……わかった」

 

 様々な耐性魔法と装飾品を受け取って。

 結人は、飛ばされる。

 陣地魔術の結界を通り抜けて、融かし飛ばされた暗雲の残骸を突き抜けて──その空間に出る。

 

 見渡す限り暗黒で。

 見渡す限り輝いた……異世界の宇宙空間へ。

 

 どこだ、どこにいる、と結人が周囲を見渡せば、人影が一つあった。

 

「待て、ディモニアナタは僕じゃない」

「……お前は?」

「慮縁の神フィソロニカ。アストラオフェロンによって生かされた、どこにでもいる法則の神」

「そうか。確か、クロックノックに与していた者と聞くが」

「捨てられて、食べられそうになって、助けられた。──ディモニアナタを殺すのだろう? それならこっちだ」

 

 慮縁の神フィソロニカ。

 その、達観人格。

 

 彼は手招きをする。応ずるか疑うかは結人次第だが……ためらいはなかった。

 その手招きに従い、酷似魔力を蹴って、足首に着いた装飾品の推進力で移動する結人。

 

「素直だね」

「お前の心を開かせてもらった。嘘は言っていない。騙す気も無い。なれば疑う余地もない」

「心を? ……慮縁の神に心の操作で勝負して、気付かせない、なんて……君は」

「抜錨の神人、積川結人だ」

 

 一瞬、フィソロニカの目が細められる。

 つまり、食ったのか、と。

 けれど……結人の中に、ニギミタマの心を感じ取って。それが果てしなく穏やかで、そして祈るような心を結人に向けているのがわかったから、フィソロニカも信じ返した。

 

「ディモニアナタに精神を汚染するような権能はない。だから僕が役に立つことはほとんどないだろう。──純粋な力押しの勝負になる」

「足りないか?」

「うん。だから……僕も貰ってくれないかな」

「……贖罪か?」

「どうかな。どちらかというと、弔いだよ」

「……前までの俺なら、突っぱねていた。そんなものは自分でやれと。だが、機会が失われ……それが最早届きそうにないと言うのなら」

 

 手を差し出す。

 

「受け止めてやる」

「物分かりの良い人間で、助かるよ。……改めて。僕の気持ちは贖罪ではなく、弔いだ。僕は自身の行いを後悔していない。だけど……助けられたのに、逃がされたのに、何もできないのは嫌だから」

「ああ」

「──頼んだよ。後はここを、この先を……あの光に向かって、まっすぐ進むだけだ」

「ああ」

「らしくない、って。ヅィンには言われそうだなぁ……」

 

 消える。取り込まれる。

 抜錨の神と慮縁の神を取り込んで──進む。

 

 嗚呼。

 辿り着くにそう長い時間はかからなかった。

 

 黒白の少女。

 生死の神。

 

「二度目まして、になるか。生死の神ディモニアナタ」

「……生体? うえ……なんでよりによって生体が来るかな……。これだけ生体がいない世界で、ピンポイントに」

 

 割れる音がした。

 刹那の間に、彼は少女の背後に居て。

 

「──っぶな! 何その速さ!?」

「ち……神は瞬きをせんな。イアクリーズの時と同じようにはいかんか」

「それに、生体に臭いがクサすぎてわかってなかったけど、なんか神の気配もする? ……フィソロニカと……あ、ギギミミタタママ? ちょっと、何してるの!? フィソロニカはどーでもいいけど、ギギミミタタママは私の恩神なんだけど! 食べたでしょこの悪食!!」

「"抜錨"」

 

 引き抜く。

 引き抜いて、刺す。引き抜かれたのはディモニアナタの身体の一部。近づけたそこに光の剣を通して──その光が「殺される」。同じくして"抜錨"も殺された。

 

「はぁ~……あったまキた。生体ってだけでも嫌いなのに、私をこの世界に呼んでくれた愛らしくて愛おしくて可愛らしくて──愚かで愚かで愚かで愚かで愚かなギギミミタタママを食べるとか! 私のデザートだったのに!!」

 

 わかる。慮縁を取り込んだから、この神の本心が。

 純粋だ。

 噓偽りが一切ない。心の底からの言葉を吐いている。挑発や騙りが一切ない。

 本気で怒って、本気で見下して、本気で嫌っている。

 

 斬る。

 

「この……ああ、ああ! 臭い! 臭い臭い臭い! 近づかないでよ! 生体の臭いが移る……!」

 

 無重力空間故か、それとも酷似魔力に抑えつけられているのか。

 黒キ海が球体の形を取り──それが射出される。

 

 結人はそれを、受けない。

 躱し、肉迫する。

 受けは悪手だ。なぜなら、相手には結人の剣や攻撃を遠隔で殺す手段がある。受けようと構えたが最後、絶好のタイミングで光が殺され、直撃を貰うことだろう。

 

 だから、やることは単純だ。

 

「ちょ、ちょっと……会話とか知らないの? あんた人間でしょ、言語を扱えるんだから」

 

 取り合わず、気に留めず、攻撃し続ける。

 消されたら次のものを生成し、折られたら抜錨で引っ張り、逃げられたら慮縁で追いかけ。

 今しがた手に入れたばかりの力だというのに、全てを使いこなして結人は肉迫を続ける。

 

 最初、確かに言った。

 危なかった、と。──効果はあるのだ。斬り得るのだ。

 であれば、休める手などあるはずもない。

 

「~~~! 面倒臭い! 気持ち悪い! 臭い!」

 

 ぼん! と、ディモニアナタの周囲に黒キ海が噴出する。

 けれどそれは射出されることなく彼女の周囲を固めて行って……巨大な球体となった。

 

「『衝覇Lv100』」

 

 光の斬撃を飛ばす……も、効いている様子はない。

 つるりとした黒い表面は、たわみすらしていない。

 

 完璧な防御。──否。

 

 その表面がぎゅるりと渦巻いた瞬間、結人は装飾品を発動させ、真横に移動していた。刹那、彼の顔の有った所に突き刺さる黒い棘。

 攻防一体の黒キ球。

 

「……」

「はーいもう終わり! そんで──死んでよ、生体!」

 

 棘が。棘が棘が棘が棘が棘が、黒い球体から全方位へと放たれた。

 ひとたまりもないだろう。いくら神の力を有していたとて、肉体は人間であるユートは、この技の前には為す術も。

 

「物の怪というのはどうして己が目を無くすことを好むのだろうな」

「へ?」

 

 いた。

 ディモニアナタの、真上。そこにぽっかりと空いた穴。いや、遠くの空に、外殻と棘ごと"抜錨"されている。

 

「そして──己が逃げ場を無くすことも」

 

 白。

 

 

 

 弾け、ぶちぶちと、ぼろぼろと弾け行く黒。

 その中で……ディモニアナタはまだ生きていた。

 結人は様子見の小手調べなどしない。最初から最大威力で密閉空間に対して光を放った。

 ただ、これは結人の誤算というか、知識が邪魔をしたというか。

 

 確かにディモニアナタの使う権能はどれも黒い。だから闇っぽいし悪っぽいから、光に弱そうだ。

 だけど、属性的に言えば別にそんなことはないし、悪魔も別に光に弱いなんて性質は有していない。だから光属性の剣による最大威力をゼロ距離で食らったとしても、最大ダメージにはならないのだ。

 

 最大ダメージにならないだけ。

 ところがそれも違う。相手が神ならば、これでよかったのかもしれないが──敵はクリファである。

 結人はそれさえも知らなかった。ああ、ニギミタマもフィソロニカも、ジンたちとろくに行動をしていないから、知らなかったのだ。

 

 クリファの弱点といえるモノの存在を。

 そしてそれさえ無事なら──無限に復活する存在であるという事実を。

 

「──故に、知識のある者が止めを刺せばいい」

「え」

 

 貫かれる。

 肉体が散り散りとなり、再生しない様子を見せて、結人を帰らせようとしていたディモニアナタの──コアが。

 

「……ジュナフィスか、お前」

「ああ。幾らかチューンナップをしているが、私だ」

 

 神の肉体を貫いた腕。

 それはコアを掴んで離さず、取り返さんとする肉片たちを火が燃やす。燃え尽きることのない火。それは導火線が如く下……惑星へと伸びていて。

 

「覚えておけ、ユート。クリファはコアを潰されない限り死なない。逆に言えばコアさえ潰せば死ぬが、降りている場合はその限りではない。そのあたり、全てを説明したいところだが……あまり時間が無い」

「……お前、なんか……壊れかけてねぇか?」

「生憎と私のボディは宇宙仕様ではなくてな。どれほどチューンナップを重ねても、素材も装飾も足りなかった。だから……まぁ」

 

 めきょ、と。ジュナフィスのボディがへこむ。

 それは神となった結人も、吸引球を飛ばしたカーターやレクイエムも気付いていなかった事実。

 あるいは結人であれば気付けたかもしれないことだが──ここは、この世界の宇宙は、真空ではない。

 

 むしろ逆だ。

 

「っ、早く戻れ!!」

「それはできない相談だ。私はここでクリファを壊し尽くさなければならない。まぁ、あの三人には無理を言ったし、嘘を吐いてしまったことが心残りではあるが……絡繰が悪魔を殺せたんだ。良しとしよう」

 

 とてつもない圧力。

 酷似魔力……Null Essenceに酷似した魔力こと「死んだ魔力」は増えに増え、増え続け、けれど水晶玉の許容量は増えない。

 だから、宇宙は深海と同じくらいの圧力を持っている。実体の無い神や、あったとしても極限の耐性に守られている結人、天龍では感じ取れすらしないけれど、普通の存在が宇宙に来ていたら一瞬でぺしゃんこになる。

 

 今はただ、ジュナフィスがそうである、というだけ。

 

「アハハ……アハハハハ! 流石生体をモデルにした機械! いつもいつもいつもいつもいつもそう! 詰めが甘い!」

 

 喋る。

 コアが、喋る。埒外の握力……絡繰としての握力を持つジュナフィスが握りしめても、全く壊れる気配の無いコアが、喋る。

 

 黒が蠢く。燃え続ける肉片が増殖する。

 それはジュナフィスを包み込み……彼女の身体をさらに砕いていく。

 

 人体からは鳴らない音。鉱石と木片を咀嚼するような音。

 

「ク」

 

 笑み。嗤い。嘲り。

 

「あ、笑ってごまかそうとしてる。あはは、無様。ほんっとに無様。でも良く似せてるよ、すごいすごい! 生体もそういうことするもんね。死の際に笑って強がる奴! ホントは怖いクセに、ホントは泣きたいクセに──馬鹿みたいに笑うの! ……機械の真似にしては、上出来じゃん」

「いや、すまないなクリファ。能無しというのがあまりに文字通り過ぎて笑ってしまった。お前を馬鹿にする気はないんだ、許してくれ」

「はぁ?」

 

 ジュナフィスは……何かを結人に向かって射出する。

 酷似魔力によって阻まれ、速度を失うソレ。結人の手に辿り着く前に黒キ海に破砕されそうになったソレを、けれど結人が"抜錨"し、手に入れた。

 

「私のメモリーチップだ。まぁ、何か感傷があるのなら、どうにかして私のボディでも再構成すればいい。型はどうにかして合わせろ」

「なぁに、ただの時間稼ぎ? 結局生きたいんだ~。機械のクセに」

「ああすまん、射出機能が壊れる前にやっておきたかっただけだ。それで、そうだな。答えを教えてやってもつまらんし、ヒントをやるか、クリファ」

「はいはい時間稼ぎ時間稼ぎ。──とか──だよね。──い──ら人形──るんだからさ」

 

 ノイズが走る。

 ──ディモニアナタの声に、だ。

 違和感。

 

 結人だけではない。ディモニアナタもそれは感じたらしい。

 

「クク……お前、今どこから声を出しているかわかっているか? ああ、可笑しい。これは面白いな」

「ど──って──、──! ──!?」

「いやすまないな、馬鹿にするつもりは無いといったばかりだというのに。では解答だ。ほら、見えるか? 私の口の中。喉の奥。私のスピーカーが」

 

 既に肉体を、概念体の七割方を再構築し終えたディモニアナタは……あり得ないものを見る目で、そのスピーカーを見る。

 ジュナフィスが掴んでいたコアも取り込んだ。あとはこの概念体と黒キ海が抱いている絡繰を破砕すれば終わり。そのはずなのに。

 

 あまりに、空虚。

 

「──。──? ──、──。──!!」

「破砕し過ぎだ、馬鹿め。音の魔力を遠隔で繋げる機能が壊れてしまったじゃないか」

「──……!?」

「その通り。"酒宴"の権能でその認識をあやふやにさせ、先に逃がした右手と本物のコアからお前の声を拾い、私のスピーカーからそれを流していた。クク、面白かろう? クリファの生態……本体がここになくとも、ここに己がいると認識していれば、そこに肉体を構成する。──私を取り込もうとしているコレも、お前も、真実人形なんだよ」

 

 ぐしゃ、と。

 致命的な破砕がジュナフィスに入る。

 

「くく、おこった、おこった。……さて、さて……どこにあるかな、おまえのこあは。……しゅえんのけんのうを、おまえにみぬけるかな」

「──」

「こわいこわい。──ぁ、あ」

 

 潰れる。破砕する。

 ジュナフィスという絡繰は……黒キ海に呑まれて、残骸となった。

 肉片が再生する。喉が作られ、口が作られ、「あ、ぁ」と声が出る。

 そして、ぐりんと。眼球が先にユートを向いた。向けられた。

 

 幽鬼のような瞳……ディモニアナタの目が結人を捉える。

 

「ハハッ、俺も持ってねぇよ。渡されたのはこのメモリーチップだけだ。お前の大事な大事なコアがどこにいったのか、なんて俺も知らねえさ」

「……返せ。返せ、私のコア」

「おっと……行かせねえよ。ああつまりなんだ、殺しちまえば流石にコアから再生しちまいそうだからな、ここで甚振り続けりゃいいんだろ?」

「退け、生体。私は今腹の虫の居所が悪い」

「お、なんだ? そっちが本性か? ──いいねぇ、幼ぇガキよりそっちの方がやりやすい」

「退けと言っているだろう──"生死"」

「忍びってな、尋問も拷問もやるモンなのさ。──生かさず殺さずは得意分野ってな」

 

 再びぶつかり合う両者。

 けれど、攻守反転だ。

 

 散っていった「立ちはだかる者」を真似るように。

 

 積川結人は、クリファを阻む。

 理解している。時間稼ぎだ。

 

 この間に──地上の者達がコアを破壊できれば。

 

「希望って奴かねえ、これが」

「返せ!!」

 

 光と黒が、ぶつかり合う──。

 

 

 

 

 大声が上がる。

 

「最大戦果だ!! 貴様を讃えよう、ジュナフィス!!」

「……彼女の決死を、無駄にしないで」

「もちろんだ。だから──」

「ええ。こっちは、コイツの相手をする」

 

 彼女の手とコアを受け取り、王女様は天龍達の元へと向かう。

 もうボロボロの天龍だけど。もう遷移法則の圧力に圧され気味の天龍達だけど。

 まだ、夢は見られる。

 

 夢だ。

 かつて神龍戦争に参加した黄龍サン=アルをして、夢だと心を吐こう。

 あのお姫様は言っていた。

 

 恩返しがしたいの、と。

 生んでくれて、ありがとう、って。

 

 だから──つらくても、勝てそうになくても、苦しくても。

 掴み取るんだよ、と。

 

「天龍──全戦力を以て、クリファのコアを壊す!! どのようなアプローチでもいい! 我らの全力をぶつけるぞ!!」

「応!!」

 

 夢だ。夢を見ている。

 システムでしかない己達が、持ち場を離れるべきではない己達が。

 自分たちの意思で、自分たちのやり方で……彼女の夢を叶える手伝いを。

 

 再来と呼ぶにはあまりにかけ離れた性格だけど、目指す場所は同じに見えたから。

 

「我ら天龍! 母なる者の造物! 母の力の一端を受け継ぐモノなれば!」

 

 そうだ、そうだ、そうだ。

 

「悪魔なるもの、何するものぞ!!」

 

 破壊しろ。

 そのための力だろう、これは。

 そのためにつけられた力だと──夢を見ているから。

 

 

 

「カカ、それで、お主らが拙僧の足止めか」

「ええ。不満?」

「まさか。だが、逆の方がそちらにとってはよかったのではないか、と思うたまでよ。そのルシアなる女……魔色の燕の長と同程度の存在だろう。であれば、ディモニアナタ様を殺すのは彼女に任せ、拙僧のような半端者は天龍に任せればよかったのではないか、と」

「かもしれない。だけど、あのコアとかいうのに、私達の運命は足りなさそうだったから」

「球体一つに負けると? カカ、異なことを。神殺しに『紅怖結晶』の適合者、空席の神の眷属。それが揃っておいて負ける運命とは、はてさて、拙僧でも踏み潰せそうな運命ではないか」

「あなたがただの人間で在れば、そうでしょうね」

 

 でも。

 

 もうすでに、何度も何度も斬っているのに──死なない。

 不死者。アンデッド。

 

「カカカ、そこについては拙僧も疑問でな。拙僧の不死性……特異なアンデッドであるこの身は、魔色の燕の長によって拵えられたもの。ディモニアナタ様がアレの敵に回ったというのなら、この身が崩れ去ることもおかしくはないのだが、これがどうして、この通りピンピンしておる。カカカ、この局面となってなお、あの長は勝敗に興味が無いのだろうな!」

「良く回る口だな。だが、元同僚の悪口はそこまでにしておいてもらおうか」

 

 弓が、矢が通り抜ける。

 アンデッド。アザガネの上半身を千切り飛ばす矢。

 無論──だからなんだとばかりに復活するアザガネ。

 

「カカカ、そう怒るな、怒るな。これでも拙僧は喜んでいるのだ。これほどの剣士二人と死合える機会。それも、手合わせなどではなく命の奪い合い……カカカカ、良い良い。これは拙僧にもようやくツキが回って来たと言うべきだろう」

「今までが不運だったとでも?」

「そういう意味ではないさ、小娘」

 

 何もかもが中途半端。

 バケモノにもなり切れず、人間ではなく、アンデッドにも寄り切れず。

 だから、運命の岐路とでもいうべき場所に立つことの無かったアザガネだ。

 

 彼がいてもいなくてもどうにかなった──そんな場面にばかり遭遇していた。

 だが、どうだ。

 今は。

 

「お前達を殺し、天龍もあの王女も殺さば──ディモニアナタ様は復活する! 運命とは! 即ちこうあるべき者よ! 大義とは弱者の纏う甲冑なれば、弱者たる拙僧は大義を振り翳そう! 死なぬ身体に感謝を! 存分に殺し尽くせる──ああ、なんという甘美か!」

「……一つ、聞いておくことがある。疑問を抱えたまま戦いたくない」

「なんだ、ルシア」

「お前はトゥナハーデンに一度でも飲み込まれたか?」

「カカカ、なんだそれは。食われていたらここにはいなかろうよ」

「そうか」

 

 矢。……を打ち落とし、振り下ろされた大剣を中空長刀で受け止めるアザガネ。

 合図など欠片も無い不意打ち。笑みを零す彼の側面から、神殺しの剣と炎が迸る。

 

「カカカ! 良い、良いぞ! 良い容赦の無さだ!」

「いや何、お前は面倒臭そうなんでな。これが何体もいたら、と考えると流石に面倒が勝ったが……まぁ、不死者の一人程度、軽く遊んでやるからかかってこい」

「応!」

 

 誰が悪魔を殺すのか。

 それとも殺し返されて奪われるのが先か。

 あるいは──「彼女」が遊ぶのをやめるか。

 

 カーテンコールまで、あと少し。

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