神の装飾品店 作:Actueater / 万感織機
不死のチャック。
これを殺すにはどうしたらいいのかを、ウォルソンは考えた。考えて、託して、死んだ。
「……光景に緊迫感が無いな」
「まぁ、クールビーを誘い出す時もこのやり方みたいなところあったし、もしかしたらウォルソンって釣り好きだったのかもね」
ウェイン。彼に釣り竿を握ってもらって──未だ幻術から抜け出せないでいるチャックの頭部に針をかけて。
黒キ海に、それを垂らして。
凄まじく密度が高く、重く、またサラサラしているようで粘り気を持つ黒キ海。当然チャックの頭部など簡単に呑み込んで、どころか釣り糸まで飲み込んでいくが……そこはウェイン。
どこ吹く風で竿を握り、黒キ海との綱引きに拮抗している。
「かかりは解けていない。つまり、チャックの頭部はまだ砕けていない」
「ということは、やはりクリファ同士だと殺し合うことができないのか、チャックがそうであるというだけか」
「一度引き上げるか?」
「できるの?」
「ああ」
ぐ、と力を込めて、ざばぁとチャックの頭部を引き上げるウェイン。
簡単にやっているけれど、今まで誰一人としてできなかったことだ。黒キ海に呑まれたものを引き上げる、など。彼らの知らぬことではあるが、レクイエムでさえも。
「……潰れてないね」
「普通に斬り刻めたはずだが」
「潰すこともできていた。つまり」
今のところ、圧倒的な暴力以外では黒キ雨への対抗手段を持っていない人類。
──これ、使えるんじゃないか、という、それはもうお前達が悪魔なのではないか、なんて発想に至るのも無理のないことだろう。
「なんにせよ、ウォルソンの予想の一つ目は外れたな。二つ目を試すか」
「うん」
凡愚、トム・ウォルソン。
彼の用意した策は──二百を優に超える。
クールビー達がチャックの肉体を相手取り、その意識はウォルソンの幻術が絡めとっているから、その間に。
三人はこのクリファの消し方を、何通りも何通りも試すのだった。
降りて来たユートは、固い顔を崩さなかった。
「レクイエム。カーターさん。吸引球は」
「今解析中だよ。……逸っちゃダメだよ、ユート」
「わかってる。わかってるけど……ちょい、精神統一してくる」
「うん。結果が出たら、魔法や装飾品を用意してから呼びに行くから」
「ああ」
天幕の中に入るユート。
誰もいない。それは当然だ。皆が皆、自分にできることをしている。少なくとも今は休んでいる者などいない。
──休む場所さえも、一部が。
「……」
座禅を組み、左腕の橈骨と尺骨の間の辺りを軽く押す。
目を瞑り……全身の感覚を外側から内側へと引いていくイメージで、己の中に呼吸だけを通していく。
──。
そうして、自己に浸り──会う。
「よぉ、神さん。起きたか?」
「……ええ。ごめんなさい、全てを押し付ける形になってしまって」
ひらひらとした、所謂「可愛らしい」と評される格好をした、ピンクと白の目立つ女性。
ギギミミタタママ。あるいは──ニギミタマ。
「世界滅亡、か。……身を以て体験しても、夢物語だ」
「そうよね……。私も、ママのことや……他の、ううん、あらゆることを知らな過ぎた」
真っ白な空間だった。いや、光り輝く空間だった。
上下左右前後の違いはなく、己がいるかどうかさえわからない場所。
ユートの精神世界、ではない。ニギミタマの精神世界でもない。
ここは──。
「ここは、ママの心象風景。この白く輝くものは、"終わり"の粒子」
「……真っ黒なバケモノと、真っ白な終わり。魔色の世界」
それがこの世界の──無と呼ばれる空間のすべて。
無明の世界は、光輝の世界に同じ。
「ママはね、昔は……あらゆるものの"終わり"を観測する役目を担っていたらしいの。寿命を迎える人間。風化する建物。滅ぶ国、壊れる関係……そして、それらを超越した"終わり"。ただひたすらに"終わり"を観測し続けるだけの仕事」
「……つらかったのかね、それは」
「わからない。ママは何も話してくれないから」
終わりを見届けるだけの役目。
一概に「可哀想」だなんて言うことはできない。その仕事に誇りを持っていたのかもしれないから。
ただ。でも。けれど。
「神さん。アンタは、ただ苦しんでほしくなかっただけなんだろ?」
手伝いたかった。勇者が死んでしまったから、補充を。
いつも苦しそうだったから、治療を。
ただ──無知だった。それだけ。
「俺も無知だった。無知で、姫さんのやろうとしてたことを台無しにした。ま、だからアンタは俺を見つけたのかね。類は友を呼ぶって奴だ」
「あなたを選んだ理由は……あなたが、生きたがっていたから」
「……俺が?」
「他の魂は全て、諦めていた。苛んでくる無に、蝕んでくる無に、その苦痛に耐えられず……消えかけていた。だけど、あなただけがあの世界の残骸の中で、燦然と輝く太陽のように……死んでたまるか、って。輝き続けていた」
とん、と。
身体も見えない空間で、ユートの額に指が当たる。
「この世界に骨を埋めると言ってくれたけれど……あなたなら、まだ先にも行けるかもしれない。あなたは"理外"じゃないから、無の干渉は受けるけれど……同時に決して折れない心がある。たとえこの世界が終わってしまったとしても、次へ行ける可能性が」
「んー、いや。そういうのはいいよ。一度吐いた言葉を撤回するほど雑な精神してねぇんだ、俺。──大丈夫。姫さんのことを諦めたわけじゃねぇし、まだ気にしてるけどさ。そういうもんだろ、人生って。二回目があっただけ御の字で、一回目は"どうにか逃がす"なんて結果に終わったモンを、今回は救えるって話だ。……だからさ」
だから。
ユートの脳裏に、あの黒が浮かぶ。
「みっともないのは自覚してる。……けど、足りねえ。神だかなんだか知らねえよ。けど、あの"敵"を倒すのに、必要なものが足りない」
「構わない。私は失敗し過ぎた。それを贖える機会さえも無駄にして……なら、私は、誰かを頼るしかないんだと思うわ。だから……あなたに
「おう。贖罪か。そうだな。……贖罪だ。俺も」
触れる。
ユートの魂に、ニギミタマの「魂として振る舞うエネルギー塊」が触れる。
人神習合。眷属や現人神ではなく、人であり、神であるモノ。
今此処に、積川結人は成った。
ある意味で──
「ニギミタマ、なんだよな。んじゃまぁ、荒ぶる神々を鎮めるのも役目さな」
「……ママを助けて。これが最後のお願い」
「ああ。確かに聞き届けたよ」
──目を、開ける。
天幕の中だ。ユートは変わらずそこにいる。
世界が悲鳴を上げている。
次元が幾度も震えている。
わかるようになったからこそ、危機感を持てた。
ようやく実感した。
終わろうとしている世界に今、いる。
「ユート、準備できたよ。……ユート?」
「ああ」
「……君、何を。その気配は……人間じゃ、ないけれど」
「わかるのか。流石だな、レクイエム」
此処に在りしは人に非ず。
神たり人たり死者たり魂。
「でも、俺は積川結人だよ、レクイエム。準備ができたなら頼む。──ディモニアナタを殺す」
「……わかった」
様々な耐性魔法と装飾品を受け取って。
結人は、飛ばされる。
陣地魔術の結界を通り抜けて、融かし飛ばされた暗雲の残骸を突き抜けて──その空間に出る。
見渡す限り暗黒で。
見渡す限り輝いた……異世界の宇宙空間へ。
どこだ、どこにいる、と結人が周囲を見渡せば、人影が一つあった。
「待て、ディモニアナタは僕じゃない」
「……お前は?」
「慮縁の神フィソロニカ。アストラオフェロンによって生かされた、どこにでもいる法則の神」
「そうか。確か、クロックノックに与していた者と聞くが」
「捨てられて、食べられそうになって、助けられた。──ディモニアナタを殺すのだろう? それならこっちだ」
慮縁の神フィソロニカ。
その、達観人格。
彼は手招きをする。応ずるか疑うかは結人次第だが……ためらいはなかった。
その手招きに従い、酷似魔力を蹴って、足首に着いた装飾品の推進力で移動する結人。
「素直だね」
「お前の心を開かせてもらった。嘘は言っていない。騙す気も無い。なれば疑う余地もない」
「心を? ……慮縁の神に心の操作で勝負して、気付かせない、なんて……君は」
「抜錨の神人、積川結人だ」
一瞬、フィソロニカの目が細められる。
つまり、食ったのか、と。
けれど……結人の中に、ニギミタマの心を感じ取って。それが果てしなく穏やかで、そして祈るような心を結人に向けているのがわかったから、フィソロニカも信じ返した。
「ディモニアナタに精神を汚染するような権能はない。だから僕が役に立つことはほとんどないだろう。──純粋な力押しの勝負になる」
「足りないか?」
「うん。だから……僕も貰ってくれないかな」
「……贖罪か?」
「どうかな。どちらかというと、弔いだよ」
「……前までの俺なら、突っぱねていた。そんなものは自分でやれと。だが、機会が失われ……それが最早届きそうにないと言うのなら」
手を差し出す。
「受け止めてやる」
「物分かりの良い人間で、助かるよ。……改めて。僕の気持ちは贖罪ではなく、弔いだ。僕は自身の行いを後悔していない。だけど……助けられたのに、逃がされたのに、何もできないのは嫌だから」
「ああ」
「──頼んだよ。後はここを、この先を……あの光に向かって、まっすぐ進むだけだ」
「ああ」
「らしくない、って。ヅィンには言われそうだなぁ……」
消える。取り込まれる。
抜錨の神と慮縁の神を取り込んで──進む。
嗚呼。
辿り着くにそう長い時間はかからなかった。
黒白の少女。
生死の神。
「二度目まして、になるか。生死の神ディモニアナタ」
「……生体? うえ……なんでよりによって生体が来るかな……。これだけ生体がいない世界で、ピンポイントに」
割れる音がした。
刹那の間に、彼は少女の背後に居て。
「──っぶな! 何その速さ!?」
「ち……神は瞬きをせんな。イアクリーズの時と同じようにはいかんか」
「それに、生体に臭いがクサすぎてわかってなかったけど、なんか神の気配もする? ……フィソロニカと……あ、ギギミミタタママ? ちょっと、何してるの!? フィソロニカはどーでもいいけど、ギギミミタタママは私の恩神なんだけど! 食べたでしょこの悪食!!」
「"抜錨"」
引き抜く。
引き抜いて、刺す。引き抜かれたのはディモニアナタの身体の一部。近づけたそこに光の剣を通して──その光が「殺される」。同じくして"抜錨"も殺された。
「はぁ~……あったまキた。生体ってだけでも嫌いなのに、私をこの世界に呼んでくれた愛らしくて愛おしくて可愛らしくて──愚かで愚かで愚かで愚かで愚かなギギミミタタママを食べるとか! 私のデザートだったのに!!」
わかる。慮縁を取り込んだから、この神の本心が。
純粋だ。
噓偽りが一切ない。心の底からの言葉を吐いている。挑発や騙りが一切ない。
本気で怒って、本気で見下して、本気で嫌っている。
斬る。
「この……ああ、ああ! 臭い! 臭い臭い臭い! 近づかないでよ! 生体の臭いが移る……!」
無重力空間故か、それとも酷似魔力に抑えつけられているのか。
黒キ海が球体の形を取り──それが射出される。
結人はそれを、受けない。
躱し、肉迫する。
受けは悪手だ。なぜなら、相手には結人の剣や攻撃を遠隔で殺す手段がある。受けようと構えたが最後、絶好のタイミングで光が殺され、直撃を貰うことだろう。
だから、やることは単純だ。
「ちょ、ちょっと……会話とか知らないの? あんた人間でしょ、言語を扱えるんだから」
取り合わず、気に留めず、攻撃し続ける。
消されたら次のものを生成し、折られたら抜錨で引っ張り、逃げられたら慮縁で追いかけ。
今しがた手に入れたばかりの力だというのに、全てを使いこなして結人は肉迫を続ける。
最初、確かに言った。
危なかった、と。──効果はあるのだ。斬り得るのだ。
であれば、休める手などあるはずもない。
「~~~! 面倒臭い! 気持ち悪い! 臭い!」
ぼん! と、ディモニアナタの周囲に黒キ海が噴出する。
けれどそれは射出されることなく彼女の周囲を固めて行って……巨大な球体となった。
「『衝覇Lv100』」
光の斬撃を飛ばす……も、効いている様子はない。
つるりとした黒い表面は、たわみすらしていない。
完璧な防御。──否。
その表面がぎゅるりと渦巻いた瞬間、結人は装飾品を発動させ、真横に移動していた。刹那、彼の顔の有った所に突き刺さる黒い棘。
攻防一体の黒キ球。
「……」
「はーいもう終わり! そんで──死んでよ、生体!」
棘が。棘が棘が棘が棘が棘が、黒い球体から全方位へと放たれた。
ひとたまりもないだろう。いくら神の力を有していたとて、肉体は人間であるユートは、この技の前には為す術も。
「物の怪というのはどうして己が目を無くすことを好むのだろうな」
「へ?」
いた。
ディモニアナタの、真上。そこにぽっかりと空いた穴。いや、遠くの空に、外殻と棘ごと"抜錨"されている。
「そして──己が逃げ場を無くすことも」
白。
弾け、ぶちぶちと、ぼろぼろと弾け行く黒。
その中で……ディモニアナタはまだ生きていた。
結人は様子見の小手調べなどしない。最初から最大威力で密閉空間に対して光を放った。
ただ、これは結人の誤算というか、知識が邪魔をしたというか。
確かにディモニアナタの使う権能はどれも黒い。だから闇っぽいし悪っぽいから、光に弱そうだ。
だけど、属性的に言えば別にそんなことはないし、悪魔も別に光に弱いなんて性質は有していない。だから光属性の剣による最大威力をゼロ距離で食らったとしても、最大ダメージにはならないのだ。
最大ダメージにならないだけ。
ところがそれも違う。相手が神ならば、これでよかったのかもしれないが──敵はクリファである。
結人はそれさえも知らなかった。ああ、ニギミタマもフィソロニカも、ジンたちとろくに行動をしていないから、知らなかったのだ。
クリファの弱点といえるモノの存在を。
そしてそれさえ無事なら──無限に復活する存在であるという事実を。
「──故に、知識のある者が止めを刺せばいい」
「え」
貫かれる。
肉体が散り散りとなり、再生しない様子を見せて、結人を帰らせようとしていたディモニアナタの──コアが。
「……ジュナフィスか、お前」
「ああ。幾らかチューンナップをしているが、私だ」
神の肉体を貫いた腕。
それはコアを掴んで離さず、取り返さんとする肉片たちを火が燃やす。燃え尽きることのない火。それは導火線が如く下……惑星へと伸びていて。
「覚えておけ、ユート。クリファはコアを潰されない限り死なない。逆に言えばコアさえ潰せば死ぬが、降りている場合はその限りではない。そのあたり、全てを説明したいところだが……あまり時間が無い」
「……お前、なんか……壊れかけてねぇか?」
「生憎と私のボディは宇宙仕様ではなくてな。どれほどチューンナップを重ねても、素材も装飾も足りなかった。だから……まぁ」
めきょ、と。ジュナフィスのボディがへこむ。
それは神となった結人も、吸引球を飛ばしたカーターやレクイエムも気付いていなかった事実。
あるいは結人であれば気付けたかもしれないことだが──ここは、この世界の宇宙は、真空ではない。
むしろ逆だ。
「っ、早く戻れ!!」
「それはできない相談だ。私はここでクリファを壊し尽くさなければならない。まぁ、あの三人には無理を言ったし、嘘を吐いてしまったことが心残りではあるが……絡繰が悪魔を殺せたんだ。良しとしよう」
とてつもない圧力。
酷似魔力……Null Essenceに酷似した魔力こと「死んだ魔力」は増えに増え、増え続け、けれど水晶玉の許容量は増えない。
だから、宇宙は深海と同じくらいの圧力を持っている。実体の無い神や、あったとしても極限の耐性に守られている結人、天龍では感じ取れすらしないけれど、普通の存在が宇宙に来ていたら一瞬でぺしゃんこになる。
今はただ、ジュナフィスがそうである、というだけ。
「アハハ……アハハハハ! 流石生体をモデルにした機械! いつもいつもいつもいつもいつもそう! 詰めが甘い!」
喋る。
コアが、喋る。埒外の握力……絡繰としての握力を持つジュナフィスが握りしめても、全く壊れる気配の無いコアが、喋る。
黒が蠢く。燃え続ける肉片が増殖する。
それはジュナフィスを包み込み……彼女の身体をさらに砕いていく。
人体からは鳴らない音。鉱石と木片を咀嚼するような音。
「ク」
笑み。嗤い。嘲り。
「あ、笑ってごまかそうとしてる。あはは、無様。ほんっとに無様。でも良く似せてるよ、すごいすごい! 生体もそういうことするもんね。死の際に笑って強がる奴! ホントは怖いクセに、ホントは泣きたいクセに──馬鹿みたいに笑うの! ……機械の真似にしては、上出来じゃん」
「いや、すまないなクリファ。能無しというのがあまりに文字通り過ぎて笑ってしまった。お前を馬鹿にする気はないんだ、許してくれ」
「はぁ?」
ジュナフィスは……何かを結人に向かって射出する。
酷似魔力によって阻まれ、速度を失うソレ。結人の手に辿り着く前に黒キ海に破砕されそうになったソレを、けれど結人が"抜錨"し、手に入れた。
「私のメモリーチップだ。まぁ、何か感傷があるのなら、どうにかして私のボディでも再構成すればいい。型はどうにかして合わせろ」
「なぁに、ただの時間稼ぎ? 結局生きたいんだ~。機械のクセに」
「ああすまん、射出機能が壊れる前にやっておきたかっただけだ。それで、そうだな。答えを教えてやってもつまらんし、ヒントをやるか、クリファ」
「はいはい時間稼ぎ時間稼ぎ。──とか──だよね。──い──ら人形──るんだからさ」
ノイズが走る。
──ディモニアナタの声に、だ。
違和感。
結人だけではない。ディモニアナタもそれは感じたらしい。
「クク……お前、今どこから声を出しているかわかっているか? ああ、可笑しい。これは面白いな」
「ど──って──、──! ──!?」
「いやすまないな、馬鹿にするつもりは無いといったばかりだというのに。では解答だ。ほら、見えるか? 私の口の中。喉の奥。私のスピーカーが」
既に肉体を、概念体の七割方を再構築し終えたディモニアナタは……あり得ないものを見る目で、そのスピーカーを見る。
ジュナフィスが掴んでいたコアも取り込んだ。あとはこの概念体と黒キ海が抱いている絡繰を破砕すれば終わり。そのはずなのに。
あまりに、空虚。
「──。──? ──、──。──!!」
「破砕し過ぎだ、馬鹿め。音の魔力を遠隔で繋げる機能が壊れてしまったじゃないか」
「──……!?」
「その通り。"酒宴"の権能でその認識をあやふやにさせ、先に逃がした右手と本物のコアからお前の声を拾い、私のスピーカーからそれを流していた。クク、面白かろう? クリファの生態……本体がここになくとも、ここに己がいると認識していれば、そこに肉体を構成する。──私を取り込もうとしているコレも、お前も、真実人形なんだよ」
ぐしゃ、と。
致命的な破砕がジュナフィスに入る。
「くく、おこった、おこった。……さて、さて……どこにあるかな、おまえのこあは。……しゅえんのけんのうを、おまえにみぬけるかな」
「──」
「こわいこわい。──ぁ、あ」
潰れる。破砕する。
ジュナフィスという絡繰は……黒キ海に呑まれて、残骸となった。
肉片が再生する。喉が作られ、口が作られ、「あ、ぁ」と声が出る。
そして、ぐりんと。眼球が先にユートを向いた。向けられた。
幽鬼のような瞳……ディモニアナタの目が結人を捉える。
「ハハッ、俺も持ってねぇよ。渡されたのはこのメモリーチップだけだ。お前の大事な大事なコアがどこにいったのか、なんて俺も知らねえさ」
「……返せ。返せ、私のコア」
「おっと……行かせねえよ。ああつまりなんだ、殺しちまえば流石にコアから再生しちまいそうだからな、ここで甚振り続けりゃいいんだろ?」
「退け、生体。私は今腹の虫の居所が悪い」
「お、なんだ? そっちが本性か? ──いいねぇ、幼ぇガキよりそっちの方がやりやすい」
「退けと言っているだろう──"生死"」
「忍びってな、尋問も拷問もやるモンなのさ。──生かさず殺さずは得意分野ってな」
再びぶつかり合う両者。
けれど、攻守反転だ。
散っていった「立ちはだかる者」を真似るように。
積川結人は、クリファを阻む。
理解している。時間稼ぎだ。
この間に──地上の者達がコアを破壊できれば。
「希望って奴かねえ、これが」
「返せ!!」
光と黒が、ぶつかり合う──。
大声が上がる。
「最大戦果だ!! 貴様を讃えよう、ジュナフィス!!」
「……彼女の決死を、無駄にしないで」
「もちろんだ。だから──」
「ええ。こっちは、コイツの相手をする」
彼女の手とコアを受け取り、王女様は天龍達の元へと向かう。
もうボロボロの天龍だけど。もう遷移法則の圧力に圧され気味の天龍達だけど。
まだ、夢は見られる。
夢だ。
かつて神龍戦争に参加した黄龍サン=アルをして、夢だと心を吐こう。
あのお姫様は言っていた。
恩返しがしたいの、と。
生んでくれて、ありがとう、って。
だから──つらくても、勝てそうになくても、苦しくても。
掴み取るんだよ、と。
「天龍──全戦力を以て、クリファのコアを壊す!! どのようなアプローチでもいい! 我らの全力をぶつけるぞ!!」
「応!!」
夢だ。夢を見ている。
システムでしかない己達が、持ち場を離れるべきではない己達が。
自分たちの意思で、自分たちのやり方で……彼女の夢を叶える手伝いを。
再来と呼ぶにはあまりにかけ離れた性格だけど、目指す場所は同じに見えたから。
「我ら天龍! 母なる者の造物! 母の力の一端を受け継ぐモノなれば!」
そうだ、そうだ、そうだ。
「悪魔なるもの、何するものぞ!!」
破壊しろ。
そのための力だろう、これは。
そのためにつけられた力だと──夢を見ているから。
「カカ、それで、お主らが拙僧の足止めか」
「ええ。不満?」
「まさか。だが、逆の方がそちらにとってはよかったのではないか、と思うたまでよ。そのルシアなる女……魔色の燕の長と同程度の存在だろう。であれば、ディモニアナタ様を殺すのは彼女に任せ、拙僧のような半端者は天龍に任せればよかったのではないか、と」
「かもしれない。だけど、あのコアとかいうのに、私達の運命は足りなさそうだったから」
「球体一つに負けると? カカ、異なことを。神殺しに『紅怖結晶』の適合者、空席の神の眷属。それが揃っておいて負ける運命とは、はてさて、拙僧でも踏み潰せそうな運命ではないか」
「あなたがただの人間で在れば、そうでしょうね」
でも。
もうすでに、何度も何度も斬っているのに──死なない。
不死者。アンデッド。
「カカカ、そこについては拙僧も疑問でな。拙僧の不死性……特異なアンデッドであるこの身は、魔色の燕の長によって拵えられたもの。ディモニアナタ様がアレの敵に回ったというのなら、この身が崩れ去ることもおかしくはないのだが、これがどうして、この通りピンピンしておる。カカカ、この局面となってなお、あの長は勝敗に興味が無いのだろうな!」
「良く回る口だな。だが、元同僚の悪口はそこまでにしておいてもらおうか」
弓が、矢が通り抜ける。
アンデッド。アザガネの上半身を千切り飛ばす矢。
無論──だからなんだとばかりに復活するアザガネ。
「カカカ、そう怒るな、怒るな。これでも拙僧は喜んでいるのだ。これほどの剣士二人と死合える機会。それも、手合わせなどではなく命の奪い合い……カカカカ、良い良い。これは拙僧にもようやくツキが回って来たと言うべきだろう」
「今までが不運だったとでも?」
「そういう意味ではないさ、小娘」
何もかもが中途半端。
バケモノにもなり切れず、人間ではなく、アンデッドにも寄り切れず。
だから、運命の岐路とでもいうべき場所に立つことの無かったアザガネだ。
彼がいてもいなくてもどうにかなった──そんな場面にばかり遭遇していた。
だが、どうだ。
今は。
「お前達を殺し、天龍もあの王女も殺さば──ディモニアナタ様は復活する! 運命とは! 即ちこうあるべき者よ! 大義とは弱者の纏う甲冑なれば、弱者たる拙僧は大義を振り翳そう! 死なぬ身体に感謝を! 存分に殺し尽くせる──ああ、なんという甘美か!」
「……一つ、聞いておくことがある。疑問を抱えたまま戦いたくない」
「なんだ、ルシア」
「お前はトゥナハーデンに一度でも飲み込まれたか?」
「カカカ、なんだそれは。食われていたらここにはいなかろうよ」
「そうか」
矢。……を打ち落とし、振り下ろされた大剣を中空長刀で受け止めるアザガネ。
合図など欠片も無い不意打ち。笑みを零す彼の側面から、神殺しの剣と炎が迸る。
「カカカ! 良い、良いぞ! 良い容赦の無さだ!」
「いや何、お前は面倒臭そうなんでな。これが何体もいたら、と考えると流石に面倒が勝ったが……まぁ、不死者の一人程度、軽く遊んでやるからかかってこい」
「応!」
誰が悪魔を殺すのか。
それとも殺し返されて奪われるのが先か。
あるいは──「彼女」が遊ぶのをやめるか。
カーテンコールまで、あと少し。