神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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訳題:「岐路の彼岸」

 "裏面"・トゥバシバル国。

 そこは今、未曾有の事態に襲われていた。

 国の周囲に広がる大砂漠。そこから溢れ出る黒黒黒。遡雨、黒キ雨という現象であるけれど、この頻度は今までの比ではない。

 何よりも恐ろしいことは──その黒が、天を覆いつつあること。

 まるでそこに、透明なドームの「底」があるかのように。

 黒の水嵩は増し……どんどん空が低くなってきている。

 

 今、長きにわたって国を治め続けたクールビー王はいない。

 力自慢たちも、魔法自慢達もいない。皆まだ、帰ってきていない。

 

「ラハマドット……本当に残るのかい?」

 

 老婆が問う。

 老人。クールビー王の親友である男性へ。

 

「俺は奴の帰りを待つ。だが、奴を心配する気持ちも、あの黒を恐れる気持ちもわかる。だから……止めはしない」

 

 誰も帰ってきていない。

 ということは、「侵略」は成功したか、していなくとも……少なくともの安全確保はできていて、拠点を作っている最中なのではないか。

 そう提言した者が何人かいて、だから国は、──自分たちも、というムードになっていた。

 黒から逃げたい、という心もあったのかもしれない。だってこの黒は、いつ自分たちの住居の下から溢れ出るかわからない。

 国の占い師は何十年と前から「世界の終わり」を危惧していたから、それも後押しになったのだろう。

 

 民は知っている。「あちら」があることを。「こちら」と「あちら」は基本的に関りが無いけれど、クールビー王だけがそこを行き来して来た事実を。

 変わらない。クールビー王も人間なれば、己達も、と。

 

「俺は……無事に帰って来てくれと願うばかりだ」

「……そうかい。ま、あんまりにも住み心地が良かったら居付いちまうだろうから、その時はまた釣り糸でも垂らすよ」

「そうだな。それがいい」

 

 ──そうして。

 未だ誰も、帰ってきていない。

 

 

 

 

 暴動が起きつつある、と。

 シルディアは感じ取っていた。

 魔王の転生体であることを隠さなかったレクイエム。それに対する不安を、神々の暴力を防ぐことで打ち消した。

 だけど、その防護が今、突き破られた。何度も何度も負けた。黒い角柱──着弾と同時に液化し、黒キ海となるもの。角柱の直撃と、液化に飲み込まれたもので、いったい何人が死んだことか。

 出る。だから、出る。

 

 ──魔王が来たから、神々は怒ってここを攻撃しているんじゃないか、という荒唐無稽な噂が。

 そして不安は噂を煽り、窮地は噂を加速させていく。

 

 クォンウォが「扇動」をせずとも……大陸の臍は爆発寸前だった。

 

「……クソ」

 

 零してしまうのは無理のないことだろう。

 全てが見えていたわけではないけれど、確実に。

 

 上空で──神の力の傘となって、彼が。

 アルフが散ったことを、理解していた。もう、ただそれだけで神に剣を向けに行きたい気持ちがある。しかし、民草を見捨てるわけには行かない。

 レインもクォンウォも、数多の人間がいるここを離れるわけには。

 

 ──ああ。

 それは神の悪戯(いたずら)か。それとも悪魔の悪戯(わるふざけ)か。

 

 シルディアの眼前に、その二つが全く同時に顕れる。

 

「なんっ……!?」

 

 本来であれば、一度「彼女」の元に帰り、その「彼女」が死ななければ新たな適合者を見つけることはない物。

 けれど、風を操る結晶のように、此度は条件が違うから、と。

 

 確実な意思を以て──初期設定通りの振る舞いをする。

 

 感情結晶。『縹苛結晶』と『黒縁結晶』。直近で適合者を失ったその二つが、現状に苛立ちと焦りを覚え、アルフとレインとクォンウォに愛情を注ぐシルディアの目の前に顕れたのだ。

 

 震えるほどに……力を感じさせるその二つ。

 この場をどうにかできる、という誘惑がシルディアを誘う。

 感情結晶の持ち主の最期は必ず邪悪になるという。だが、どうだ。話に聞く限りの魔族も、アルフも、果たして「邪悪」に終わっただろうか。

 結局そんなものは迷信で──これはただただ、力を与えてくれる、前史異物(オーパーツ)なのではないかと。

 

「──余計な手出しは見過ごせませんね」

「っ!? 誰……だ」

 

 声は聞こえた。静謐な声。

 けれど、シルディアが感情結晶から目を外した時にはもういなくて、そして机を見た時にはもう感情結晶は無かった。

 甘美な誘惑は。

 誰ぞかによって、止められたのである。

 

 

 

 だとしても。

 変わらない。現状は変わらない。

 

 ついに不満が爆発する。理由は簡単だ。

 大陸の臍の湖から、水死体が上がったのである。少し前に魔王が結界を敷いたそこから、数百人近い死体が。

 

 避難民は若者だけではない。過去を知る老人も多い。

 魔王の所業を知る者も多くいる。

 

 殺せ、殺せ、殺せ。

 魔王を殺せば──アレを捧げれば。

 この暴虐は収まると。

 

 無論、ヴィカンシーや協会幹部たちはそんな煽りには乗らなかったけど、タイミング悪く医療殿のケールフが血を吐いて重態になったのも大きかった。

 医療殿はマイダグン、トゥナハーデン、リルレル、ゴルドーナに加えて、ディモニアナタを奉る機関。

 背いた罰だ、と。運悪くディモニアナタの黒キ柱が医療殿に落ちたのも、運悪くではなく狙われたのだと。

 こうなれば、ああ、もう止まらない。

 

「皆逸るな! それは思い違いだ! ぬ……く、皆、レクイエム殿を守れ! 陣地魔術の要であるぞ!」

 

 ジルクニフトが叫ぼうとも、波及しない。

 冒険者協会の中からも不安が出ていたから。

 加えて先程落ちて来た黒キ柱に潰されたダレカ。その老人がダレなのかを判別してしまった魔術師協会も、同じ不安があった。

 

「レクイエム殿。……申し訳ありません。これが我々人間の弱さです」

「君が謝ることなのかい? ……それに、僕は転生体であって魔族じゃないからね。わかるよ、気持ちは」

「……お逃げください。陣地魔術は必ず継続します。ユート殿が未だ戦っている中で、あなたが散るわけには行かないでしょう」

「僕が逃げたら、敵意は君に向くよ、カーター。だって今まで、僕と君は"怪しげな魔術"を行っていたからね」

「承知の上です」

 

 まだ年若い彼は、けれどちゃんと「長」だった。

 覚悟があった。

 

 でも。

 

「……もう無理だよ」

「まさか、もう破られて……!?」

「いいや。今音の装飾から通信が入った。……各地に配置しているヴィカンシー達が襲われているらしい。この陣地魔術自体が神の御意思への冒涜だ、ってね」

「そんな愚かなことが……? 彼らも見てきたはずでしょう、あれらの脅威を!」

「確かにひとたびの安全を得て余裕ができたから、とはいえ……速すぎる。これを人間の弱さと罵るのは……少し違和感があるな。……もしかして」

 

 レクイエムは、探知魔術を使う。

 使って、目を見開いた。

 

「……人間の中に、たくさんの魔物がいる」

「いえ、それらは早期発見されて、アシティスに閉じ込められています」

「今尚増え続けているのに、かい?」

 

 ぽつ、ぽつと。

 主に魔王を殺せとのたまう者の中に。

 陣地魔術を壊せと叫ぶ者の中に。

 少しずつ増えていく……ヒトのカタチをした魔物。

 

 人間は強くない。神への対抗手段が無い。魔物への対抗手段が無い。

 脆い。弱い。群れても強さを発揮できない。

 これが人類の結末。神々の尽力が悪魔を滅ぼそうとも──ヒトの方が先に滅びる。

 内紛という、どうしようもない結果で。

 

 ──残念ながら。

 どれほど期待しても、救いの手は差し伸べられない。

 

「お逃げください、レクイエム殿。これが人間の末路です。……それでも、あなたが希望であることに変わりはない。どうかユート殿と共に戦い……勝利を」

「いいや。そもそもこの暴動は、僕が魔王の転生体じゃなかったら起きなかったことだ。その咎くらいは背負うよ」

「そうですか。……では」

 

 直後、カーターの側頭部に掌底が突き刺さる。

 吹き飛ぶカーター。

 

「……!?」

「っぶねー……ス。いやなんかさっきから学園長の首元が変にうぞうぞしてんなって思ってたんスよね」

 

 ラガットだ。護衛の少年が、カーターを攻撃した。

 けれどその言い分に急いでレクイエムが探知魔術を再発動すれば──まさに。

 

 今まさに、カーターが人間から魔物へと変わる真っ最中で。

 

「……いや、違う。これだ!」

 

 ぶち、と。

 レクイエムが、カーターの首元から何かを引き千切る。

 それは……花弁に口を持つ、小さな植物らしきもの。カーターの首の皮を噛んでいたのだろう、その口元に血がついている。

 

「きっしょ……なんスかそれ」

「多分これが人間たちを煽っている元凶だよ。完全に魔物に変わった人間はアシティスが監禁しているとして、けれどこういう寄生植物はケアしきれていなかったんだ。だから、これを彼らから外せば」

「この暴動は収まるってことスか」

「あくまでヴィカンシーに対するものだけだけどね。僕への敵意は、こんなもの関係なくあっただろうから」

「……んじゃあれスね。クラリスさんにコレ見えるようになる装飾品の製作お願いして、俺らで駆逐するとかどうスか。ヴィカンシーさんたちはこの結界に必要で、魔王の咎? みてーなんも別に背負ってない良い奴らってことスよね」

「うん。クラリスにそれを全部伝えられるかい?」

「そりゃ任せろスけど……アンタの護り、誰もいなくなるスよ」

「人間を殺すことなく自分の身を守ればいいんだろう? 大丈夫だよ」

 

 救いの手は差し伸べられない。

 けれど、たった一人の気付きが事態を好転させることもある。

 レクイエムは無色の魔力で造型した球体にその植物を入れ、ラガットへと渡した。

 

「……んじゃ行ってくるス。同じこと、ジルクニフトさんとかにも伝えるんで、帰りはちょい遅くなるスけど……死なないでください」

「君にお願いされるまでもないけど、何故かな」

「いや、生まれてきたことに罪なんかねーのに咎くらい背負うとか言ってるガキンチョなんで、アンタ。他の奴らから罵詈雑言向けられたらナイーブになって怒りを受け止めるとか言って死にそうだなーとか思っただけス。あと、アンタの護衛が俺なんで。アンタに何かあったら責任問題で俺が学園追われるじゃないスか。ああまぁ無駄話はここまでで。んじゃ行ってくるス」

 

 言うだけ言って、ラガットは天幕を出て行く。

 なんというか。

 

「古代文明研究学園。将来有望だね」

「……ええ。ありがたい、限りで」

 

 己の魔法で首の治癒を行っているカーターが、同意を返すのである。

 

 

 

 

 トゥナハーデンの位置が割れた。

 そこは。

 

「灯台下暗し……。この世界に灯台など無いが」

 

 海は陸にくっついているだけなので。

 一定距離を進んだら落下する海で、遠洋漁業をしようとする奴はいない。

 

「ホントにここにいるの? ……いるとしたら、なんで気付かなかったの、とか色々思うんだけど」

「自分も何度も疑った。だが……いる。確実に」

「だとしたら、君達は早くどこかに逃げるべきだね。内圧の神はまだ狙われたまま。ここは母と己だけでいい」

 

 ここ。

 ──地底城。無論、今は地面ごと森が消えているので普通の城になっているけれど。

 恐らく中は魔物の巣窟になっているのだろう。容易に想像がつく。

 そして玉座でふんぞり返っているのかな、トゥナハーデンは。

 

 敵は魔物。取り込んでくる魔物。

 だから内圧の神は行かない方が良い、というヨヴゥティズルシフィの真っ当な意見もわかる……んだけど。

 

「別に入る必要はないだろう。──消し飛ばす」

「あ、確かに」

「……一応聞くよ。()()()()()()()?」

 

 ハ、と。

 短い笑いが漏れた。

 

「そんなもの、お前達が見届けろ。それに、悪いとは思っているが──」

 

 アシティスの店から引っ張り出して(盗んで)来た在庫。

 その装飾品、名を『メトリカの腕輪』。

 

「私は、これ以上ないほどに──満足している!」

 

 引き出す。

 引き抜く。

 マトラト鉱石に貯蔵された魔力を、そして私に備わる全魔力を。

 

「ちょ──」

「原色相克!! ──万換食鬼(Actueater)!!」

「待って、最後の話し合いとか煽り合いとか──」

「うるさい、消し飛べ」

 

 消し飛ばした。

 

 ああ。これでいい。これでいいさ。満足だ。

 すまないな、イルーナ。これが私の──。

 

 人生。

 

 

 

 

 割れる。

 天龍達が呼吸を合わせた、一点集中のブレス……ではなく。

 

 それでも割れなかったことに苛立ったラスカットルクミィアーノレティカの、「いい加減傷くらいつけ!」という踏みつけによって、あっけなく。

 流れる……微妙な空気。

 

 違う違う。

 そう、今までの天龍達の攻撃で、ダメージが蓄積されていたのだと、そう、そうだと。

 

「カカカ、まだ終わっていないというのにそう簡単に気を抜くな」

 

 割れたそれが、

 盗まれる。

 いや……飲まれる。

 

「カカカ、カカカ、カカカ、カカカカカカカカカ! さぁ──我が身を食らって蘇れ、生死の神!!」

 

 ああ、皆の努力惜しくもここに悪魔が降誕……しない。

 

 おや? とアザガネが首を傾げる。そうしているうちにエリ達が追いついてきて、無防備なアザガネを斬った。

 斬って……蘇生しないアザガネ。

 

「え……終わった?」

「らしいな。あっけない最後だが」

 

 トゥナハーデンも、ディモニアナタも。

 そして。

 

 

 

「神色衆合!」

「十、十。什壱式剣術──到雷!」

「告喰比召!!」

 

 六十六個目の策。逃げ場を無くし、ただただ力で殴る、というとてもウォルソンが考えたとは思えない策で──チャックは復活しなくなった。

 

「……あれ、終わった?」

「らしいな。……呆気ないが」

 

 黒キ海が引いていく。

 壊キ根が枯れていく。

 遠くの方から、「おーい!」という二人を呼ぶ声が。

 ゼルフとアリア。そしてクールビーとシャーリーが。

 

 静かにウェインはその場を離れ、ティニと合流し。

 

 神々も誰一人欠けることなく──クリファの駆逐に成功したのだった。

 犠牲者はただ一人。

 

 満足を覚え、自身の全てを使い切ったジン・オゥンだけ。

 いや、犠牲者ではないだろう。これは讃えられる死だ。

 

 だからもう誰も忘れないように墓石に名前を書いて。

 

 


 

 

「構いませんよ、諦めても。あなたと私は、本質的にもう関わり合いがありませんので」

 

 


 

 

 ……。気を、失っていたらしい。

 陽動のためとはいえ魔力を使い過ぎたか。

 まぁ……損失だとは、思っていない。

 

「マイダグン。どうだ」

「……すまない、ジン。自分から出せる答えは……全てが、となる」

「そうか」

 

 溜め息を吐く。

 流石は悪魔か。

 

 ラスカットルクミィアーノレティカ達も、ディモニアナタのコア破壊に苦戦している。ユート・ツガーがディモニアナタの概念体を引き留めていられる時間もそう多くはない。

 大陸の臍で起きていることも大体わかっている。けれど私からはどうしようもない。人間の結末は人間に決めてもらうしかないだろう。

 英雄たちも……あっちはあっち、でチャックのコアが見つからなくて苦戦しているようだ。アプローチを変えればあるいは、だけど、まだまだ時間がかかるだろう。

 

 にしても。

 

「外界から完全に遮断された地底城に本体が、とは……なんというか稚拙な妄想が過ぎるだろう」

「地底城がどうしたんだい?」

「ん。……リーか。いやなに、面白おかしい夢を見ていただけだ。……私に眠りは必要ないし、そもそも夢などみない作りなのだがな」

「そりゃ不健康そうなカラダだねぇ」

「どちらが良いとは限るまいよ。……しかし、どうしたものかね」

 

 クリファのコア。

 "前"においては……確かアズは、無の中に放り出すことでこれを撃退したのだったか。

 告食黒召か万換食鬼で水晶玉に穴を開ける、か? けれどそれでは、また入って来られる可能性がある。

 それでも猶予は作れるが……また繰り返すことになるだろう。今度は、何十万年後になるか。

 

 ディモニアナタのそれは壊せない。

 チャックのそれは見つからない。

 そしてトゥナハーデンのそれは──世界全土に広がっている、か。

 

 どうするべきか。

 

 一番簡単なのは、この世界を地平状態に戻すことだ。

 私が切り離されていなかった頃は時折やっていたこと。修繕。そのための全消去。

 けれど、今の私にそれを行える運命(リソース)はない。

 やろうとしている最中に私という存在は消えてなくなるだろう。

 

「アンタと比べたら何億倍も若い、言葉に重みの無い畜生たる滂蛇様が、誰にでもできるアドバイスをしてやろうか?」

「そこまで自分を卑下する必要があったか? ……なんでもいい、言ってみてくれ」

「初心に帰りな。ああ、アンタが生まれた時の、とかじゃない。──いちおう、今私達は──"神の装飾品店"、なんだろ?」

「……ああ」

「世界中が今そのクリファだか悪魔だかいうものをどうにかしようとしている。だったら簡単だ」

 

 簡単だ、と。

 リーは。リバリー・リバーリ・リーは言う。

 

「作っちまいなよ。対悪魔の装飾品って奴をさ。それは世界中で流行るだろうね。流行の最先端だ。誰もが……人間も魔族も、神々さえもが身に着ける装飾品になる。勿論私達みたいな知性ある魔物もね」

「……」

 

 神の装飾品店。

 従業員が全員神だから、なんてネーミングだったろうに。

 

「オーリ・ディーンの物語は終わったが……確かに、私はもう魔色の燕の長ではない。魔色の燕という組織は壊滅したからな。となると残りは装飾品店か。……そうだな。私はまだ、装飾品店の店主、か」

 

 でも。

 それでも。

 

「リー。一つ、頼む」

「なんだい」

「もう子供達には言ってあることだがな。──そんなものを作れば、私の運命は底を突くだろう。だから……」

「はいはい。皆まで言わなくていいよ」

 

 ──良い友を持ったよ、私は。

 

 さて、装飾品作りの時間だ。

 

 まずは、物質生成……"改変"から、だな。

 

 

 

 

 激しい次元震が起こる。立て続けにだ。

 全ての神に、魔族に、ユートにも伝わる次元の揺れ。

 何かあり得ないことが行われようとしている前触れ。

 

 前回は朝陽の神バクスティンの誕生。

 今回は。

 

「ぅ……ぐ」

 

 苦悶の声が上がる。

 ほとんど同時に、ディモニアナタとチャックから。

 別々の場所でそれを聞く者達。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!

 

 凡そヒトの声ではない咆哮。

 声にならない声。声の形を成していない声。

 

「……それは……それは、反則だろう」

「おい……ズリィ……だろ、それは」

「それができるなら、こんな大立ち回りはしていない!」

「……クソが、……クソが、クソがクソがクソが!」

 

 叫ぶ。吼える。不満を零す。

 悪魔二匹が。そして……苦悶を訴えるかのように、壊キ根が。

 

「ンなモン作られたら──住みづらくなるだろうが!!」

「楽園を返せ! この不届き者め!!」

 

 何が起こっているか、など悪魔の前にいる者達には伝わっていない。

 ただ、どこかで──ソレを作る「彼女」が嗤う。冷や汗を垂らしながら、笑みを浮かべる。

 

「この……遊んでられねぇ! 早くアイツを止めねえと──ギャァ!?」

「人間との遊びは終わりだ。奴を殺さねば、私達の楽園は……退け、生体。殺すぞ」

 

 響く響く響け響け。

 鉄を打つ音。魔力を動かす音。

 世界が組み代わる音!

 

「ジン・オゥンを殺せ!!」

 

 言葉は──全てに。

 

 

 

 だから、大陸の臍にいた「寄生された人間」も、「作り替えられた魔物」も、一斉に魔王弾圧やヴィカンシーを殺せという声を潜めて、ある一点を向く。

 風雨の故里(オルド・ホルン)のある方向。

 そこへ向かって進み始める。結界も──黒キ海も関係なしに。

 

 いや、黒キ海も壊キ根までもが、そちらへ向かっていっている。黒キ雨も黒キ柱も、その一方向へと降り注ぎ始める。

 

 殺せ。殺せ。

 ジン・オゥンを殺せ。

 神と人を結ぶ者を殺せ。

 

 悪魔のために。

 悪魔の楽園のために。

 悪魔の楽園が地獄に変わってしまわないために。

 

 殺せ。殺せ。

 

「──そうなってくれるのなら、心置きなくできる」

「レクイエム殿! ヴィカンシー達! 陣地魔術を再度固めてくれ! 寄生植物は我らが必ず駆逐する! ゆえに──彼らを一歩たりとも出さぬよう頼む!!」

「ジルクニフトさん! 水を差すようで悪いけど、陣地魔術に人間を止める効果は無い! だから……今僕が水の結界を張った! そう長くは保たない!」

「時間制限付きでやり切れと。フ──燃えることを言ってくれる! 聞いたな、力自慢共!!」

「さっきも言った通りだよ。それはクラリスが『フォキュラスの眼鏡』を改良した『シルキュラスの眼鏡』。これを付けていれば寄生植物が見えるから……多少手荒になってもいい。全部駆逐するんだ」

 

 鬨の声が上がる。

 彼らは名乗った。異口同音に。

 己達を悪魔だと。悪魔のために、と。

 

 神の怒りだと憤慨していた暴徒たちも、異様な光景を見れば熱が冷める。

 たとえ悪魔という存在を知らずとも、だ。

 

 そこに──獣の遠吠えが響く。

 クォンウォ。「扇動」の力を持つ彼の力は、レインの『透惰結晶』のコントロールを受けて、違う作用を起こす。

 

 ただ一文。「悪魔を、駆逐せよ」と。

 

 そうだ。そうだ。そうなれば話が早い。心置きなくできる。

 それは神々も同じ。

 

「ジンを守れ!」

「ママ、絶対守るからね!」

「張り切るのはいいが、死んだり取り込まれたりするなよお前ら! 敵の力が増す!」

「あぶない。かみ、いたら。たべる、ぼく。あんぜん、おなか。えらい」

「"祝福"に戻ってるところ悪いんだけど"終帰"の方が……」

「私は頭脳労働専門なのだが」

 

 一丸となる。

 全てが同じ方向を向く。

 

 悪魔の肉体を相手取る者はそれを阻み、コアを破壊する者はそれに専念し、彼女らを守る者はより強く剣を握りしめ。

 

 守る。誰のためにかは、それぞれあるのだろうが。

 守れば──勝ってくれる。

 

 そう、信じているから。

 

 

 

 

 手を組み、神に祈りを捧げていたテュッティがその顔を上げる。

 

「……光が生まれました」

「光?」

「あの樹が現れてから……ずっと、暗く、黒く、先の見えない無明の広がっていた世界に……光明が差したのです」

 

 祈りの対価に"予知"を行えるテュッティ。

 国王への打診は上手く行った。そしてセレクが襲われる前に結界装置の起動にも成功した。

 

 紛れていた「人間ではないモノ」もトガタチを含む冒険者が見つけ出し、なんとか小康状態まで持っていけている現状だ。

 そこに、光明。

 

「僕には良い事にしか聞こえないが……何故難しい顔をしているんだ、テュッティ」

「……恐ろしいのです。……これが最後の光に思えてならなくて。もし、これが翳ってしまったら」

 

 もう二度と、この世界に光は差さないかもしれません、と。

 

「……悲嘆に暮れることはない。光差さない世界でも、僕はお前とラピスを守り続ける。……いつの間にか、絆されてしまっていたらしいからな」

「アスイバナさん……。お優しい人ですね、あなたは」

「……」

 

 まぁ、ド天然に対して迂遠な言い回しを使ったトガタチも悪いのだが。

 生前においても今生においても初めての感情をちゃんと形にしたトガタチの告白は、無残にも砕け散ったのであった。

 

「?」

「もういい……忘れてくれ……」

「わかりました。……えっと、私、なにか」

「いいから。……それよりテュッティ、さっきはどこへ行っていたんだ? 一瞬だけだったが、気配が消えて焦ったぞ」

「どこへ、と言われましても……。私はずっと聖堂におりましたよ?」

「……まぁそうか。いけないな。平和に浸り過ぎて、気配察知ができなくなっている、など。それこそあの未熟者に笑われる」

 

 気合を入れ直すトガタチ。

 世界の運命は。そして彼の恋路は如何に。

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