神の装飾品店   作:Actueater / 万感織機

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訳題:「解放された循環は永劫と呼ばれるのだろうか」

 クリファは無に耐え得る。

 アズが彼女を無に放り出した時、彼女に何の焦りも無かったように。

 あるいはTKの世界における悪魔たちが、容易く姿を晦ませられるように。

 彼女らは"理外"でないにもかかわらず、無を恐れていない。

 

 その理由はなんだろうか。

 

 ──そも、無、とは。

 

「申し訳なくなるな……ああ」

 

 対悪魔の装飾品。リーの言葉に頷き、まずは素材から"世界改変"を以て作らねばならないので、いまこうして頭を悩ませている。

 時間停止は行えない。私の運命がその前に尽きてしまうから。

 だから、周囲の者達が悪魔を抑えるため命を張っていることを承知で、こうして「立ち止まって頭を捻る」しかない。

 前のような作っては戻し作っては戻し、という荒業は無理だ。運命が尽きる。

 恐らく──できて二回。ただし二回目までやると、私は消えるだろう。ティダニア王国の王族たちのように、存在抹消が起きるだろう。

 私が消えるだけならまぁどうでもいいのだけど、装飾品が世界に広まる前に消えてしまうと……ただの前史異物(オーパーツ)としてしか認識されなくなる可能性が高い。

 

 誰もが手に入る普遍的な素材で、誰もが作り得る簡易な装飾。これを成立させるためには、やはり素材側が「そもそもそういう性質である」を保たなければならない。

 

 無とはなんだ。

 悪魔とはなんだ。

 クリファはとはなんだ。

 

「……悪魔は、限素を有さず、コアとリソースだけで限世を揺蕩う怪物。少なくともFTRM3Uの生まれた世界ではそうだった」

 

 (コア)感情(リソース)。本来これらは限素の檻……つまり肉体を持っていないと雲散霧消してしまう。

 けれど、なんらかの技術、法則、あるいは力のもとにそれを成功させたのが悪魔。本来クリファとは『悪魔化』を意味する言葉で、FTRM3Uのいた世界における老害たちによって生み出されたもの……とされてはいたけれど。

 実際はもっともっと、もっと前から存在し、たまたまあの世界で「手法が合致した」というだけの話なのだろう。TKの世界でも同じことが起きていたし。

 

 古くから居る。コアとリソースだけの存在。無が黙認する何者かたち。

 ……ダメだ。私に残されているデータベースにおいては、無が悪魔を害するとは思えない。

 ならば逆か。

 

「なぜ、生体……限素生物を嫌うのか」

 

 悪魔は口々に言う。「臭い」「気持ちが悪い」「吐き気がする」と。

 つまるところ、限素生物の持ち得る何らかの要素が悪魔への害となるのだろう。

 ただ……限素生物はコアとリソースを有する世界にしか生まれない。この世界にいる限素生物は限りなく少なく、この身ではもちろん、FTRM3Uでも能動的な呼び込みは難しかった。

 この世界にある「限素」という単語は、ただ私があちらの世界を真似たが故につけられた名前。本物の限素ではない。

 

 限素と限素生物をこの世に生み出すことができれば、悪魔退治など一瞬だ。それができるなら、だけど。

 

 疑問は戻る。

 なぜ、悪魔は生体を嫌うのか。リソースが持っていかれてしまうから、というのであれば理解は及ぶけど、「気持ちが悪い」とか「臭い」とかの感想には至らないはずだ。

 いや……人間基準で考えすぎか?

 悪魔たちの言う「臭い」が人間の「臭い」と同義とは限らない。

 であれば、ひっくるめて「生理的嫌悪」として捉えられる。

 

 ……限素生物。限素の檻にコアとリソースを閉じ込めた生き物。

 

 いや、別に限素生物を無理に作ろうとしなくてもいい。

 限素だ。まずは。

 思い出せ。

 

 ──ええ。私達はそれを"生誕"と呼びます。(コア)にリソースが集中し、接触する事で、リソースが限素化することを指し示します。

 

 これだ。そして、直近に言われた言葉。

 

 ──魂とは、必ずしも君の知っているものである必要はない。

 

 奇しくも。偶然にも。あるいは仕組まれていたかのように──世界において同一の役割を担う二人が発した言葉。

 この世界にある魂とは、「私の知る魂と同じような振る舞いをする運命エネルギー塊」を指す。

 この世界にあるリソースとは「私の知るリソースと同じような振る舞いをする運命エネルギー」を指す。

 

 どちらもが同一のエネルギーであるから、あちらの世界のような現象が発生しない。

 

 だから──どちらかを変える。

 つまり、この世界に新たなエネルギーを作り上げる。

 

「っ……」

 

 神ではなくなってから稼働し始めた心臓が強く脈を謳う。

 クリティカルか。だけど同時に……それをすれば、か。

 

「……ハ」

 

 思わず嗤いが零れた。

 口では、考えをする上では「この命などどうでもいい」と言っていた私が……今。

 達成を目前にして、躊躇した。

 

 なんだ。

 結局……死にたくないのか、私は。

 

「当然だな。……だって、私は……」

 

 宇宙ではユート・ツガーとディモニアナタが。

 地上では人間と憑りつかれた人間が。

 そして私の眼前では、襲い来る根や黒水を……懸命に弾き返し、私を守らんとする子供達が。

 

「この世界を、美しいと。そう思うから」

 

 FTRM3Uは私を切り離した。

 私がこの結論に至ることを知っていたから、かもしれない。

 だから──感情のフィードバックを、満足を覚えないために、尻尾を斬った。

 

 ……結局、託す形になる、か。

 

「イルーナ。ライエル。シンクスニップ」

「……はい」

「おう、どうしたジン」

「なにーママ。急ぎの用?」

 

 察した顔をのイルーナ。

 思えば長い付き合いになったものだ。

 

「今から、大規模な"改変"を行う。この世界に要素を一つ付け足す"超改変"だ。それを行った瞬間──」

 

 言葉は、詰まらなかった。

 満足気とは己で言うべきことではないと知っているけれど。

 そうとしか表現できない声が、世界を打つ。

 

「私は、消えるだろう」

「……じゃあナシだ、それ。別の手段にしろ」

「ママ、あれだけ言われて、まだ……」

「それが……ジンさんの、満足なんですね」

 

 アスクメイドトリアラー。その覚悟。

 

「ダメだ、ジン。俺はもう己に誓約をかけた。俺は"絶対に諦めない"。何かあるはずだ。お前を犠牲にせずに、この事態をどうにかできる術が」

「そ……そうだよ、ママ。ウチら頑張るからさ、まだまだヨユーだしさ! もうちょっと考えてよ。結論急きすぎでしょ、そんなの」

「いいや。もう決めた。私は消える。だから、"神の装飾品店"をお前達に任せたい。どんな形でもいい。ジン・オゥンの名が遺らなくてもいい」

「ら……ライエル、虚構の権能でなんとかできないの!? アンタ最強なんでしょ!?」

「そうだ……そのための俺達だろ。アンタの手の届かねえところを俺達が」

 

 以前。

 それが意味の無い行動であると知りながら……リルレルの頭を撫でたことがあったけれど。

 同じ気持ちだ。

 

「──衝撃に備えろ。今までの次元震とは比じゃないぞ」

 

 突然、左腕が消失する。

 やろうとしただけで、コレか。

 

「させない……この楽園を、壊させたりしない!!」

 

 地から樹木が生える。伸びる。

 声は樹木より響き、蔦が私へと向かう。

 

「っ、トゥナハーデン!?」

「ジンさんには近づけさせませんよ~、トゥーナさん」

 

 その蔦が燃える。

 朝陽。いや、太陽だな、最早。

 

「お前っ……イルーナ! わかってるでしょ、ママを止めないと、ママが消えるんだよ!? ね──協力しようよ! ママを生かしたいんでしょ、イルーナ!!」

「生かしたい、なんて……私には言う資格がありませんので。──そこをゴールと定めたのなら、諦めることを阻めども、追い風となることは厭いません。私はアスクメイドトリアラー。そして、イルーナリア・シルクル・バクスティン(連綿と紡がれ行く希望)。ジンさんが私達に託すというのなら──私はそれを紡いでいく」

「──使えない! この役立たずめ……人間の頃から、神になってなお変わらず使えないゴミめ!!」

「なんとでもどうぞ。私、あなたを同僚だと思ったことはありませんので~」

 

 樹木が動く。蠢く。

 それはそれぞれにヒトの形を取っていく。

 

 リコティッシュ・ステイフォールド。シャナナ。コトラ。アニス。カゼニス。サラフェニア。バイデン。デビット。

 その他──あの都市にいた人々。成れの果ての魔物たち。

 

「イルーナさん。僕達は」

 

 その首が飛ぶ。体が燃える。

 容赦など欠片も無い。

 

「……同僚でも見境なしか。暗殺者など、所詮愛も覚えられない欠落品……!」

「うーん、何か勘違いがあるみたいですね~」

 

 斬られた蔦の切れ端。燃えた蔦の燃えカス。

 それらが集い、再度ヒトの形を成す。

 

「アスクメイドトリアラーとは、礎になるために生まれてきた者を意味する言葉です。その名を、抜けてもいいとまで言われて尚捨てていない私の本懐を」

 

 ようやく……再稼働するように。

 何か迷う素振りを見せていた二柱も、立ち上がった。

 

「欠陥品でしょう。欠落しているのでしょう。愛など覚えられず、人並みの感情を持てない道具。──それで、そこに同情でもしましたか~? ──道具には道具の、礎には礎の満足があります。人間、況してや悪魔方々と一緒にされても困りますね~」

「もういいよ。死ね、この場にいる全員」

 

 そこにいた魔物たちが、一斉に詩を紡ぐ。

 

逃れ得ぬ怨嗟の涯に(Tore token on nagen ogaini)一度切りの煌星を今(Caztaby set ren ocos eywockn)!!」

 

 人一人の「使用可能魔力」……つまり「運命」を爆発に変換する大禁呪。恐らくチャックの爆人演舞(バンガム)の参考元となった魔術。

 ああ、けれどそれは。

 

「はーい結界」

 

 防がれる。

 空より現れた、ノットロットによって。

 

「……!」

「ママ。私は止めないから。──生んでくれてありがと、って。天龍達からも、神々も──こればかりは、全員の総意だって思ってね」

「ああ」

 

 彼女が今まで何をしていたのか、など知らない。

 どうしてこんなタイミング良く現れたのかも知らない。

 

 けど、いい。

 私は……もういい。

 

「命色転換」

 

 激しい……誰もがよろけるくらい激しい揺れが世界を襲う。

 普段次元震を感じ取れないようなものさえよろめくほどの、大きな大きな震動。

 

 加える法則。加えるエネルギーは(コア)側。

 リソースはそのままでいい。運命とは感情だ。それは変わらないから。

 

「Actueater / 万感織機」

 

 消える。

 何の余韻も遺さず──私という存在が運命へと変換される。

 運命。「自らの魂が世界に影響を及ぼす可能性」。

 人と神を結ぶモノが世界に及ぼす影響は、ただ一つ。

 

 明日へ向かいたいと思う誰かの願い。

 未来を諦めないその願いをこそ、凝縮し、振る舞いを見せる魂とする。

 運命(リソース)はそこに集い、感情(リソース)はそれを際立たせ、記憶(リソース)はそれそのものを形作る。

 

 誰もが持ち得るものだ。

 誰しもが持つ心。未来を望む──故に人々は装飾品を求める。

 これは神の装飾品店から買わずとも、装飾品というものが持つ効果。普遍的で、誰であろうと組み込める素材。

 

 想起。

 ──生まれ変わって、また会いましょう。その時に、名乗ってあげる。

 ──それだけで。

 ──うん。死の際に来世の幸せを願う、なんてさ。少なくともこの世界の人間には出来ないからね。

 ──……そうだな。想って、届かずとも、想って、忘れても、想って……全身全霊を賭して守る。たとえもう、彼女に会えずとも。たとえもう、彼女が俺のことを覚えていなくとも。

 ──強い強い向かい風。砂嵐や猛吹雪。それでも前に進まなきゃいけないから、目を瞑る。──それが人間だもの。

 ──でも私は、自分の足で歩いてみたいから。

 ──……君の得た名が、世界に……忘れられることのないよう、僕は、強く……願って。

 

 想起。

 ──朝顔のフィズ。カクテル言葉は確か、"あなたと明日を迎えたい"、だったかな。

 

 消える。消えていく。

 私という存在が、その全てが。忘れられるかもしれない。ジン・オゥンという名は残らないかもしれない。

 でも。

 

 これは、これこそが……紛れもない。

 人生、だろう。異は唱えさせんぞ。

 

 

 

 

 世界各地で同時に──何も起こらなかった。

 ただ、みんなの頑張りが、みんなの想いが繋がって……徐々に、徐々にと悪魔を追いやっていく。

 

 そう、追いやっていくのだ。

 押している。出力で勝り始めている。

 先程の苦悶が何か関係しているのか、あるいは神々が何かをしたのか。

 

 とかく。

 

「──ワタシに会う前に消えたな、貴様……!」

 

 罅が入る。

 天龍達の総攻撃によって、あれほど壊せなかったコアに罅が。

 

「あ゛──ぎ、ゃ──!」

 

 悲鳴が上がる。悪魔の手先から。

 

 壊キ根は斬撃に切り裂かれ、枯れ。

 黒キ海は水嵩を減らしていく。

 

「……最高だな、オイ」

 

 声。それはチャックの頭蓋からだった。

 咄嗟に全員が離れる。ウェインとオーヴァーチャーとヴィーエが。

 けれど。

 

「なにが凡愚だよ。……全部どうしようもなくなってから、ようやく出られるだぁ? ……幻術ってのは、術者が死んだら終わりじゃねえのかよ……」

 

 チャックは……肉体を再生させない。

 頭部だけのまま、愚痴を吐いている。

 

「ラビスもイシュ・チェルも……もう無理そうだな。あー、クソ。……この気持ち悪ィ躯ともおさらばかね」

「っ、逃げる気!? させない! 神色衆合!」

「四、七。捌式剣術──」

「待て、お前達」

 

 制止はウェイン。

 逸る二人を止めて、その目をチャックに向ける。

 淨眼などではないその目。けれど。

 

「何があった?」

「……はン。教えねーよ。抱えてモヤモヤしてやがれ。……じゃあな、ガキ共」

 

 何かが抜け出る。

 何かとしか表現できないものが。

 それで……チャックは沈黙した。

 

 

 同じころ、肉体側もバタリと倒れた。傷だらけの肉体は、そのまま土へと還る。

 

 チャックに憑いていた悪魔が消えたのだ。けれど、それを理解する者など居らず。

 ──続け様に、ゼルフとアリアの身体も、崩壊を迎える。

 

「え……」

「……ああ、やっぱりか」

 

 驚くのはクールビーだ。

 仕組まれた協力関係で巨悪に立ち向かっていた最中にコレである。理解が追いつかないのは仕方のないことだろう。

 

「まぁ、俺達は泥人形じゃないが、チャックの魔法で蘇ってたのは事実なんだ。……それで、チャックがいなくなった。だから」

「私達は存在を維持できない。……ごめんなさいね、クールビー。許さない、とか……言っておきながら」

「この可能性は話さなかった。……なんだ、吹っ掛けるだけ吹っ掛けといておかしな話だけどさ。……俺達の子供を頼むよ、クールビー。特にその感情結晶とかいうの、どうにかして砕いてくれ。不吉なモンにしか見えねえ」

「待て、話さなければならないことはまだ」

 

 ああ、そうだろう。

 それはゼルフとアリアとてそうだ。

 

 でも、もう……時間だから。

 

「シャーリー。あなたの名は、それ、なのよね」

「……」

「一応俺達が考えた名前もあるんだけどな。ま、いいさ。……やっぱり許さないでおくよ、クールビー。死後に来たら、また顔面ぶん殴ってやるからそのつもりで」

「シェリル、だろう。……知っているよ」

「ん」

 

 ああ、とか。

 おう、とか。

 短い返事すらなく──二人は砂塵へと還る。

 

 贖罪も。

 意地も。

 覚悟も。

 

 砂に舞って、消えていった。

 

 

「っ……どこだ!」

「エリ! こっちにはいないぞ!」

「ラスカット様たちの所にも行ってなかった。……まさか逃げた? でも、それならなんのために」

 

 いつか見た憧憬(アヴィダ・アヴィルサグ)は、森の中を駆けまわる。

 いなくなったのだ。あのアンデッドが。

 

 ルシアとエリの剣には勝てず、ファロンの火も打ち消せない未熟者。

 ただ死なない。それだけの剣客。

 

 鬼気迫る顔で天龍達の元へ向かおうとしていた彼が、突如忽然と姿を消した。

 

「警戒は緩めないで。どこかで隙を窺っているかもしれない」

「ああ。……気味悪いな、ちょっと」

「……そうだな」

 

 同意を返しながらも、空を見上げるルシア。

 誰もいない空を見上げて……首を振った。

 

 

 よ、なんて軽い声と共に、大陸の臍にユートが帰ってくる。

 怪我らしい怪我をしていない彼。

 

「帰ったぞ、レクイエム。……レクイエム?」

「あ、うん。なんかパワーアップしてない? 出て行った時とは別の神の気配を感じるんだけど」

「ああ、なんか貰ったな。……で、こっちはどうだった。なんか……倒れてる奴多いけど」

「ちょっと色々あったけど、収まったよ。ユートこそ、ディモニアナタの方は?」

「んー。……なんつったらいいかな。……これで伝わるかは知らねえけど」

 

 憑き物が落ちた、みたいな顔で、めちゃくちゃ謝ってきて、どっか消えてったよ。

 

 なんて。

 

 

 

 

 小国セレク。

 世界の終わりとまで囁かれた神と神のぶつかり合いが終息したことを観測し、生き延びたことを讃え合う国民。

 今にも祭りでも始まりそうなそこで……トガタチは焦りに似た感情を覚えていた。

 

 いないのだ。

 テュッティが。

 

「……どこだ。どこにいる、テュッティ!」

 

 王城、聖堂、彼女がよく買い物に行く市場。

 国王への打診がもう一つあったから、とラピスをトガタチに預けたきり、その姿を見ていない。

 

 嫌な予感が過るのは無理ない事だろう。

 

 何より──嫌な鬼気が、剣気が。

 超高速で近づいてきているのがわかる。

 

 テュッティを探す。

 けれど、あちらも対処せねばならない。だけど今、トガタチはラピスを背負っていて。

 

 守るべき存在が、できていて。

 

「──カカカ! 嗚呼、嗚呼──このようなところで隠居暮らしとは、なるほど生存剣! だが、拙僧は告げたはずよなぁ!?」

 

 頭上。

 真っ黒な……修羅。目だけが見えるヒトガタ。

 

「……イロハドリ」

「カカカカカ! 守るべき者を作れば、拙僧が殺しに行くと!」

 

 中空長刀が振り下ろされる。水の魔力と、魔色と、そして禍々しい何かを纏う刀。

 それが。それが。それが──ラピスを背負う、無手のトガタチに。

 

 無手?

 無い。トガタチが常に腰に佩いている刀が、無い。

 

「おやめください、おやめください」

「ム!?」

 

 まずい、と思った。刀が無い上に……この声は、テュッティだ。

 殺される。折角できた居心地のいい場所が壊される。

 

「この身は空を仰ぐ徒になりますれば」

 

 トガタチのどんな行動よりも──手を組むテュッティを見つけたアザガネの剣が振り下ろされる事象の方が、早い。

 

「あなたの視界にも映りませぬ。なぜならただ、この祈りのもとに」

「──()()()()()()()()!?」

「あなたの命は、救われるのですから」

 

 刀が。

 ──落ちる。カラァンと。

 

「……何が、起きた?」

「あの方は言っていました。アスイバナさんに守るべき者ができたら、あの方が殺しに来る、と。けれど」

 

 ざぁ、と消えていくアザガネの身体。

 砂塵の吹かれるように、塵芥の舞うように。

 

「今、アスイバナさんは刀を持っていません。ラピスを背負っているのですから、なんなら守られる側です。だから……神がお救いになったのでしょう」

「……奴の言葉は、そういう意味ではないと思うが」

「そうですか? でも……消えてしまいましたよ?」

 

 こてん、と首を傾げるテュッティ。

 トガタチは……何を言えば良いのかわからない。

 

 テュッティが何かをした、というわけではないだろう。魔力も動いていないし、空気も同じ。目にもとまらぬ速度で斬り刻んだとして、どうやって、とか痕跡は、とか。

 何も感じ取れない。疑うだけ無駄だ。

 あるいは本当に神がテュッティを助けたのかもしれない。彼女の祈りに対し、予知なんてものを授けてくれる神だ。

 

 どこのどの神かは知らないが、礼を言わねばならないだろう。

 

「テュッティ」

「はい。あ、アスイバナさん。これ、山菜を」

「もう迂遠な言い回しはやめる。──僕はどうやら、君に恋をしてしまったらしい。……血まみれの、君のような女性に触れて良い手ではないが……ラピスを子として、僕と婚姻を結んではくれないだろうか」

 

 テュッティは……数秒、固まって。

 そして。

 

「えと……今更、ですか?」

「え」

「その……私はもう、夫婦のつもりだった、と言いますか。……ごめんなさい、私、とんでもない勘違いをしていたようで……そうですよね、アスイバナさんは聖堂に入りたいだけで、私と共に居たいわけじゃなくて」

「いや、だから……君と共に居たいんだ。今までも、これからも。勘違いじゃない。僕は君が好きだ。だから」

「だ……だから?」

 

 だから。

 

 ──これ以上の描写は不要だろう。

 ただ、追加されるだけだ。

 スケイルスケイルとマンタッタ。ヨズとシンラ。アンネとフランキス。

 

 そこに、テュッティとトガタチが。

 

 

 

 十字に置かれた方位の駒。

 北に、サジュエル・エヌ・エルグランド。

 東に、トツガナ・イース・ゼンティシアン。

 南に、シルディア・エス・ヴァイオレット。

 西に、アルゴ・ウィー・フランメル。

 中央に、イルーナリア・シルクル・バクスティン。

 

「……お手上げだ。投了するよ、レディ」

「ちぇー。折角良い所まで行ったのに」

 

 正三角形に置かれた灯の駒。

 頂点にラスカットルクミィアーノレティカ・ティダニア。

 左頂点にシェリル。

 右頂点にラピス。

 

「未来予知システムに読み合いのゲームを挑むのは、無謀が過ぎたのではないでしょうか?」

「無理だとわかっているから挑戦しない、など……それは私のポリシーに反するのでね」

「こっちの駒もかなり強力だったから、いけるかなって思ったんだけどなー」

 

 逆三角形に置かれた悪魔の駒。

 左頂点にウトゥック・ラビス。

 右頂点にイシュ・チェル。

 下頂点にアメミット。

 

「さて、勝敗は喫しました。これ以上用が無いのであれば、速やかに離れてくださると助かりますね」

「えー。どうしよっかなー」

「まだ回収されていない伏線があるだろう、レディ? 私の駒が秘匿の神に施した細工や、いつの間にか消えていた埋没の神の行方。魔王とヴィカンシーの関係性に、今代勇者の成長、至宝(クォンウォ)……」

「あ、あと、深理の神と音燃の神がやろうとしていたことがなんだったのか、っていうのと、純真の神と巡環の神の画策もー。ね、ママ。いいでしょ? 負けは認めるからさ、もうちょっと見せてよ」

 

 確かにそれはまだ解明されていないことだ。

 あの時点では誰も知らない事実。他にもノットロットが何をしていたのか、とか、ウォッンカルヴァが神々の記憶に細工をした理由、とか。

 イアクリーズが、死して尚も遺していた違和感、とか。

 そもそも……灯火たちの意味、とか。

 

「わかりました。とはいえ、そろそろ呼び名の変更をお願いします。私はあなたの母親ではありませんので。──アルダト・リリー」

「えー、いいじゃん。トゥナハーデンとディモニアナタを途中まで動かしてたから、もう移っちゃってサー」

「おや、私は良いのかね? レディ」

「私に本来性別らしい性別はありませんが、母親呼びではないので許可しますよ、エイスティブス」

「それはありがたいな。ではこちらからも敬意を込めて、レディ・ファトゥルムと呼ぼう」

 

 世界は混沌としている。

 まだまだ……変わる。それも知っているけれど。

 

「っていうか、そうだ! 良いこと思いついちゃった!」

「ふむ。キミがそういう喜色の声を出す時は、たいてい良くないことが起きるのだが」

「ひっどーい! ──ね、ママ。私達も入っていい? 全てが終わった世界を観光したくてさ!」

「……今、悪魔を追い出したばかりですよ、時間軸的に」

「悪魔は嘘吐かないの知ってるでしょ? 私達は完全に負けた。二対一で負けたんだもん、もうここには寄り付かない。約束する。……だから、新しいママのアバターと一緒にさ、私達もアバターを作って、世界旅行!」

「ジン・オゥンが悪魔が住みづらいような世界にしたので、あなた達にとっても苦痛の伴う世界となると思いますが」

「ふむ。行くかどうかは別として、そこは問題ないよ、レディ・ファトゥルム。私達は投影されるだけ。コンバートされるわけではないからね」

「では取引をしましょうか。──それを代価に」

「……ママ、狡い」

「負けた相手からさらに毟り取ろうとは、これではどちらが悪魔かわからないね」

 

 まぁ、良いか。

 私の目的のために──「人間ロールプレイ」はまだまだ続けるし。

 被災地旅行、なんて……不謹慎にも程があるけれど。

 

「よーし決まり! えー、どんな投影(アバター)にしよっかなー? やっぱりカワイイ系? それともカッコイイ系?」

「敢えて私の駒を使いまわしたら、流石に混乱が起きるかな?」

「好きにしてください。私は関与しませんので」

 

 では。

 

 もうしばらくの──終幕を。

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