Wizardry 薄汚い欲望に囚われし者たちの迷宮 作:無職のプーさん
ディメント王国の首都、アイトックス。
都を囲うように高く連なる外壁と尖塔の隙間から覗く空が、目も奪われるような鮮やかな夕暮れに染まる。
通りは家路に着く労働者たちで溢れ、暖かな光が洩れる民家の窓から子どもたちの笑い声が響く頃。
冒険者ギルド公認の酒場は、鎧やローブを纏った荒々しい男たちで賑わっていた。
店主の趣味で東洋大陸風の趣があるこの店は、腕に自信のある戦士や魔法使いたちの集う場所となっている。
彼らはここで仲間を見つけ、ともに酒を飲んで英気を養い、難攻不落の
世界は広いが、この流れだけは古今東西、どこも同じだろう。
その酒場のカウンター席に、二人の冒険者が座っていた。一人は茶色いボサボサ髪のポークル族の少年。
もう一人は銀色の長髪を靡かせた、美しいエルフの青年だ。
「女性の裸体は至高の芸術だ」
エルフの青年、ガンズは呟くように言った。店の品揃えの中ではそこそこの上物をグラスに注ぎ、静かに喉を潤す。
隣に座るポークル族の少年、ボリスはじろりと彼を見た。「……急にどうした?」
「女性の裸体は至高の芸術だ」
「二回言わなくていい。聞こえたから」
「ある種のスライムは女性に組み付き、その衣服のみを溶かすという」
ガンズは懐から怪しげな小瓶を取り出し、カウンターの上に置いた。粘性の強い液体が、中で淡い水色の光を発している。
「これが、そのスライムの体液?」
「ああ」
「うさんくせーな。どこで手に入れた?」
「アイアンハンドの店だ」
「あの腹黒い爺さんか? たぶん騙されてるぞ、お前」
ボリスの言葉に、ガンズは眉一つ動かさなかった。空になったジョッキを静かに置くと、目線で机の下を見るように促す。
「……?」
わけも分からず、とりあえずカウンターの下に頭を突っ込むボリス。
そこで目にしたのは、ガンズの艶めかしい生足だった。
「!」
さすがにエルフというべきか、美しく透き通った脚にはすね毛一本生えていない。
目線を上げると、黒いビキニパンツがもっこりしていた。
ボリスは椅子に座り直すと、胸くそ悪そうな表情で訊ねる。「自分に試したのか?」
「ああ。ズボンが溶けてなくなった。跡形もなくな」
「後先考えて行動しろよな。おかしなもん見せやがって……」
「次は女性で試したい」
しばらく間を置いてから、ボリスは口を開いた。「やめといた方がいいと思う」
「何をだ」
「だから……それを女にぶっかけて、裸にしようってんだろ? やめとけって」
「何故だ? 溶けるのは服だけだ。外傷はない。実証済みだ」
「いや、ケガしなけりゃいいってもんじゃねーだろ!」
「何が問題なんだ?」
「逆に何が問題じゃねーんだよ!?」
声を荒げるボリスだったが、ガンズはこれを無視した。
おもむろに小瓶を手に取ると、コルクの栓を外す。
「ちょうど人が多い。ここで試すことにする」
「……は? ちょっと待てバカ。やめろ!」
「至高の芸術への探求は、人類の義務だ」
「よせって!」
ボリスは止めようとしたが、すでに遅かった。
「MA-QUREA-LTO(気化し拡散せよ)」
ガンズが呪文を呟くと、小瓶のなかの液体が沸騰する。内部の圧力で小瓶が弾けるように割れ、酒場全体に水色に光る不気味な霧が漂い始めた。
「思いつきで効果範囲を広げたが……さて、どうなるか」
言うが早いか、近くで料理を運んでいた酒場の店主の服が溶けた。だらしないビールっ腹と、乳首の周りの汚らしい剛毛が露わになる。
それを指さして爆笑していた冒険者たちのローブや革の鎧も、瞬く間に溶けてなくなった。
不気味な霧にいち早く気づく者も中にはいたが、全裸の洗礼から逃れることは叶わない。
「うおっ!?」
「なっ?!」
あちこちで悲鳴が上がり、そして、恐怖は伝播する。数分と経たずに、酒場は混乱の渦に呑まれた。
立派なイチモツを空いた皿で隠す者。イチモツがぶらぶらするのも構わず、一心不乱に出口を目指す者。仲間のイチモツの大きさにショックを受ける者。仲間のイチモツの短小さを嘲笑う者。仲間のイチモツを見てウホッと興奮する者。イチモツ。イチモツ。イチモツ。見渡す限りのイチモツである。
それらの光景を一瞥したあと、ガンズはその端正な顔を曇らせた。
「なんだこれは……たまげたなあ」
「お前のせいだろうがっ!!」
カウンターの下に身を隠し、霧の影響から逃れていたボリスが怒鳴る。「元に戻せよ! 」
「いや、そんな都合の良い魔法は知らない。しかし……」
「しかし、何だよ!」
「……女が一人もいなかった」
「知らねーし!」
「こんなイチモツばかりの場所に用はない」
ガンズは椅子から立ち上がると、出口に殺到する冒険者たちの流れに身を任せ、酒場を後にする。
ほどなくして、店の中央にある朱塗りの柱が、ミシミシと音を立てて傾いた。
数時間後、別の酒場で何事も無かったかのように飲み直す二人の姿があった。
「もうこれっきりにしろよ。次やったらギルドにチクるからな」
ボリスの言葉に、ガンズは重々しく頷く。
「分かった。次こそ期待に応えよう」
「何も分かってねーよ!」
「いや、実際分かったこともある。このスライムの粘液は、鉄には効果が薄い」
ガンズは小瓶を手の中でコロコロと転がした。
ビキニパンツ一丁の変態のような(事実変態には違いない)格好であったが、彼の左手の肘まで覆う黒い
「少々腐食させた程度では全裸にはできん。フルプレートの鎧などにはほとんど効果がないだろうな」
「……何でそんなに全裸にしたいんだよ」
「言わなかったか? 至高の芸術のためだ」
思慮深げな面持ちで宣うガンズを横目に、ボリスは溜息を吐いた。
「芸術とかより、もっと目先の問題があるだろ」
「目先の問題? 『マナロスト』か?」
「そういうのはお偉いさんか英雄みたいな連中に任せとけよ。金だよ金。もう宿賃がねーの」
「確かに。私も残り少ないな」
「そろそろ潜るぞ。お前も一緒に来い」
「ふむ、いいだろう」
ガンズは頷き、荷物をまとめ始める。ボリスはきょとんとした顔で彼を見つめた。
「……え、今から行くのか?」
「無論だ。問題を解決するなら早い方がいい」
黒いシャツとズボン、そして灰色のローブを素早く身に纏うガンズ。そのいやに清々しい表情に、ボリスは一抹の不安を覚える。
しかし何か問い詰めるようなことはせず、黙って彼の後を追った。