Wizardry 薄汚い欲望に囚われし者たちの迷宮   作:無職のプーさん

15 / 17
13 捨てるもの、拾うもの

 

 

「アイアンハンド、やり過ぎだ! 貴様、勝手に安全装置を外したな?!」

 

今までになく血相を変えたガンズが、アイアンハンドの胸倉を掴む。しかし老人はただ静かに彼を見返し、ぼそりと呟いた。「いいや、してやられたよ」

 

「何だと?」

 

眉をひそめるガンズだったが、彼の鋼の義手に視線を移し、その言葉の意味に気づく。鋭い斬擊により、その手首から先が半ば千切れかけていた。亀裂部分からは蒸気と火花が吹き出し、鈍い音と光を絶えず発している。

「攻撃を喰らいざまに反撃する余裕があるんだ。おそらくまだ生きておるぞ」

 

彼の言葉に、ガンズは溜息を吐いた。

「……爆発の危険性がある。機能を停止させろ」

 

「やれやれ、物騒だな」

 

ぼやきながら義手の付け根を弄るアイアンハンド。だが微かに響いた石畳の鳴る音に、訝しげに顔を上げる。

その視線の先には、刀を杖代わりにしてゆらりと立ち上がるアヤネの姿があった。彼女の左手には、砕け散った黒鞘の破片が握られている。とっさに腰から抜き、防御に使ったのだろう。おかげで鋼の拳の直撃は免れたようである。

 

「なるほど。男を喜ばせるのが得意と豪語するだけはある」

 

アイアンハンドは獰猛な笑みを浮かべ、再び長剣の切っ先を彼女へと向ける。しかしその刀身が根元から折れていることに気づき、露骨に顔をしかめた。「まったく、これだから安物は」

 

「お前の扱いが乱暴なんだ」

 

老人を背に庇うようにして、ガンズが前に進み出る。「下がっていろ。後は私が何とかする」

 

「策はあるのだろうな?」

 

「まあな」

 

ガンズは握りしめた拳を開き、アイアンハンドに向けて差し出した。その手の平の上で、宝石が金色の光を発している。

 

「ボリスの魂だ。これを持って寺院まで走れ」

 

「冗談だろう。老人にマラソンをさせるつもりか」

 

「たまにはまともな運動くらいしろ。長生きの秘訣だぞ」

 

「しかしな……」

 

アイアンハンドは渋い顔でガンズを見つめる。そしてふと視線を下げ、彼の丸出しのイチモツに気づくと、殊更に目を丸くした。「こいつは驚いた! 何と立派な!」

 

「今はそんなことどうでもいい。さっさと受け取れ」

 

「まあ、そうだな。いや、しかし……こいつはとんだブラックドラゴンだ」

 

「早くしろ!」

 

ガンズが声を荒げ、アイアンハンドは渋々彼に向かって手を伸ばす。しかし老人がそれを受け取るよりも、アヤネが彼らへ肉薄する方が速かった。

 

「クソッ」

 

ガンズは悪態をつき、アイアンハンドを突き飛ばす。間一髪、二人の間を白刃の軌跡が過ぎるが、ガンズの黒い義手に傷をつけるだけに終わった。

 

「誰も逃がしはしないわ。貴方はもちろん、その素敵な老紳士も、ボリスくんもね」

 

唇の端をつたう血を腕で拭い、彼女は静かに微笑んだ。直撃は避けたとはいえ、やはり機械の拳を喰らって無傷とはいかなかったらしい。顔色は悪く、身体は膝から微かに震えている。

だがその瞳はむしろ輝きを増しており、肌の青白さはより彼女の唇の赤みを際立たせ、乱れた黒髪も相まってより美しく、妖艶に見せていた。

 

「……湧かせるじゃないか、小娘」

 

薄気味悪い笑みを見せ、ガンズを押し退けるアイアンハンド。おもむろに懐からショートソードを抜くと、先ほどと同じ古風な構えを取る。

 

「よせ。そんな玩具で何ができる。さっきの長剣だって保たなかっただろう」

 

ガンズの言葉に、老人は鼻で笑って返した。

「こういった土壇場ではな、何ができるかは問題ではない。何を捨て、何を拾うかだ」

 

「なに?」

 

眉根を寄せるガンズに、アイアンハンドは何とも無しに言い放つ。「私を捨てて行け。代わりと言ってはなんだが、あの小娘は私がもらう」

 

「……!」

 

ガンズの顔からは、いよいよ血の気が失せていた。

「ダメだ。やめろ」

 

「私は別に構わないわよ?」

 

口を挟んだアヤネに、表情鋭く叫ぶガンズ。

「お前は黙っていろ!」

 

「フフフ。怖いわね」

 

アヤネは肩をすくめるが、懲りずに言葉を続ける。

「今の貴方の顔、とっても素敵よ。さっきの演技よりもよっぽどね」

 

「黙れ」

 

ガンズは低い声で呟く。彼女の言うとおり、鋭く歪む美しい顔はなかなか様になっていた。

 

「何をしにここに来たのか忘れたか。さっさと行け」

 

アイアンハンドに睨まれ、ガンズは思わず唇を噛む。得も言われぬ圧に押され、老人を見捨てて行こうとした、そのとき。

 

「ガンズさん、こっちです!!」

 

唐突に聞こえてきた声に、彼ははっと眉を上げた。振り返ると、部屋の真ん中に空間の裂け目が出現しているのが見えた。

紫の光に縁取られたその奥から、エルノが上半身を覗かせている。彼の身体の向こうに見える揺らぎには、寺院のステンドグラスがぼんやりと映っていた。「こちらに宝石を! 早く!」

 

「エルノ、お前……試験はいいのか?」

 

「どうでもいいですよ試験なんか!! 急いでください!」

 

その言葉を聞くや否や、ガンズの行動は素早かった。アイアンハンドの腕を掴むと、無理やり宝石を握らせる。そして彼の尻を蹴飛ばし、裂け目に向かって飛び込ませた。

 

「おい、何をする! 老人を労らんか!」

 

アイアンハンドのわめき声が聞こえてきたが、ガンズはそれを綺麗に無視する。すり抜けざまに彼から奪い取ったショートソードを左手に、鉄の長杖を右手に持ち替えた。

 

「貴方もですよ、早く!」

 

エルノが必死に叫ぶが、ガンズは聞く耳を持たない。後ろ手に空間の裂け目の端を掴むと、カーテンのようにさっと閉めてしまった。

 

「あ、ちょっと……!」

 

空間の裂け目は完全に消え失せ、エルノの声は途中で途切れる。顔を上げたガンズは、アヤネの顔を真っ直ぐに見た。「これでまた二人きりだ」

 

「ウッフフフ……」

 

彼女は不気味な忍び笑いを洩らす。「私を選んでくれたってわけね。嬉しいわ」

 

「ずいぶんご機嫌だな。誰も逃がさないんじゃなかったのか?」

 

ガンズの言葉にアヤネは一瞬、ばつが悪そうな顔をした。「まあ、仕方ないでしょう。転移を防げなかったのは単純に私の落ち度よ」

 

「防ぐ気がないように見えたがな」

 

「……」

 

彼女はいよいよ笑みを消し、顎を上げてガンズを睨みつける。「……何が言いたいの?」

 

「私に嘘は通じないということだ」

 

「あら、嘘なんてついてないわ」

 

「どうかな」

 

「……」

 

アヤネの眉間に深い皺が寄った。しかしそれほど間を置かず、その顔に鋭い笑みが戻る。「私はいつでも自分に正直よ。今の私は、ただひたすらに貴方の苦しむ顔が見たいの」

 

「なるほどな」

 

「初めて会ったとき、貴方には痛い目に遭わされたものね。借りはきっちり返さないと」

 

「君は執念深いからな」

 

「あら、分かってるじゃない」

 

アヤネは愉しげに目を細め、刀を片手で頭上高く構えた。どうやらアイアンハンドの拳を受けた方の手は、使い物にならなくなっているらしい。

 

「片腕で刀を振れるのか?」

 

「そうね。まあ、できないこともないと思うわ」

 

彼女は肩をすくめ、一歩踏み込んだ。

「試してみる?」

 

「そうさせてもらおう」

 

長杖を肩に担ぎ、ショートソードはアヤネの方へ真っ直ぐ向けるガンズ。しかし何か思い出したように切っ先を下げ、彼女に言った。「一つ訊かせてくれ」

 

「何かしら」

 

小首を傾げる彼女に、ガンズは訊ねる。

「誰の指示で動いた?」

 

アヤネは顔を歪め、再び睨むように彼を見た。

「誰の指示なんてものはないわ。全て私の意思よ」

 

「私に嘘は……」

 

「知ってるわよ。何回も聞いたわ」

 

彼女はどこか投げやり気味に、しかし、はっきりとした声で言った。「でも、今さら誰のせいにするつもりもない。私は自分の意思で悪事に手を染めてきたの。他でもない、私自身の欲望のために」

 

「そうか」

 

ガンズは無表情に呟き、一時目を閉じる。次に開いたときには、その瞳に冷たい光が灯っていた。「では、始めるか」

 

「ええ」

 

「ハンデをもらって悪いな」

 

「お互い様よ」

 

アヤネは優しく微笑んでから、重心を落とす。長く深い息を吐き、次の瞬間、その姿が掻き消えた。

 

「……」

 

銀の閃光が奔る。しかしガンズは眉一つ動かすことなく、半身を逸らすだけで躱しきった。逆に彼が後の先で放った鉄の杖による横薙ぎは、彼女の足下を確実に捉える。

 

体勢を大きく崩し、床の上を転がるアヤネ。しかし素早く片膝をついて上体を起こすと、再びその身体は黒い残像を残して消える。

 

次の攻撃はガンズの背後から振るわれるが、結果は同じだった。ショートソードで膝下狙いの白刃をいなし、長杖による打突を見舞う。アヤネは首を傾けてそれを回避するが、連続攻撃を警戒して後方に飛び退いた。

 

大きく距離を空けた後、彼女は静かに息をつく。ガンズは左手のショートソードの切っ先を、再び真っ直ぐ敵の胸に向けた。

 

「ッ」

 

アヤネは静かに息を呑む。

彼の灰色の瞳からは、もはや冷たさ以外の何も感じられなかった。今の今まであれだけ甘さを見せていたのに。どのような心境の変化だろうか。

 

彼女は眉をひそめ、すぼめた唇から深く息を吐く。

いいや、分かっていたことだ。この男は得体が知れない。少なくとも、魔術師という括りに収まる輩ではないだろう。

長く苦しめて遊んでやろうと思っていたが、とんでもない。むしろダメージの具合から言って、長引けば不利になるのはこちらだ。

あと一太刀で決める。それしかない。

 

アヤネは刀を鞘に納めるように腰の後ろに沿わせ、半身を引き、体勢低く構えをとった。利き手を前に出し、手首はだらりと脱力させる。

 

「またそれか。苦手だな」

 

ガンズは眉間に皺を寄せて呟いた。そして何を思ったのか、突然ショートソードを手放して地面に落とす。

 

「!」

 

驚く彼女をよそに、ガンズはその場にしゃがみ込むと、たまたまその場にあったバックラー(円形の小盾)を拾い上げた。あの品のない男たちの落とし物だろう。

 

「今さら盾に持ち替えて何になるというの?」

 

「さあな」

 

アヤネの問いに、ガンズはただ肩をすくめた。

彼女は眉間に皺を寄せ、琥珀色の目を細める。

 

この男は意味の無いことはしない。必ず何か裏がある。

考えられるとすれば、死角を作ることか。あの決して大きくない盾の後ろに隠せるのは、せいぜい短杖か呪符くらいだろう。そしてあの男は、その両方を持っている。

 

盾を中段に構えて待ちうけるガンズ。アヤネは攻めあぐねていたが、ふと鼻で笑うと、迷いなく前方に飛び出した。元より失うものなど何もない。正面から斬り伏せるだけだ。

私自身の、ただ一瞬の絶頂のために。

 

鋼の刀身が奔り、瞬く間の輝きを放つ。彼女の身体はとても本調子とは呼べない状態だが、その刃はかつてないほどの速さ、鋭さを発揮した。死に体だからこそ無駄が削ぎ落とされ、洗練される技もあるのだ。

 

死角から迫る神速の刃を、やはりガンズは見切れない。だが盾を構えている以上、視界は元より制限される。敵の手元が見えぬというのは、それほど大した問題ではなかった。大雑把に彼女の攻撃範囲を予測し、半歩ほど身を引く。

 

次の瞬間、小盾は何の抵抗もなく真っ二つに割れた。義手の指先の数本が弾け飛んだが、それ以外は大したダメージもない。

彼は盾の陰に隠し持っていた、桃色の呪符に魔力を注ぐ。

 

「!」

 

一瞬で爆乳と化したガンズの胸が、服を破って飛び出した。アヤネは驚きつつも、すでにその手を読んでいたため、ぎりぎりのところで回避する。

 

「残念だったわね」

 

アヤネはほくそ笑むが、やがてその表情が凍りついた。ガンズの黒い義手の手首から先が横にずれ、そこから現れた拳大の砲口が彼女の方に向いている。

捉えている、という言い方が適切かもしれない。実際、今の彼女の体勢と余力では、その捕捉から逃れることは不可能だった。

 

「こいつはボリスにも見せてない」

 

彼の呟きに似た乾いた声が響く。と同時に、青白く眩い閃光がダンジョンの闇を掻き消していった。

 

「あ……」

 

地をも震わせるような轟音と光を見て、アヤネは自身の死を悟る。そして呑気にも、何て綺麗な光だろう、と他人事のように思った。

 

 

 

 

 それから数時間後、寺院に姿を見せたガンズを見て、修道女たちは悲鳴を上げる。股間で荒れ狂うブラックドラゴンとたわわに実った乳という組み合わせは、一周回って神聖なオーラを放っていた。それはさながら、異教における両性具有の神の如き威厳すら感じられる。

 

だがエルノが解呪を施すと、たちまち爆乳は元のサイズに戻った。後に残ったのは、ただのモロ出しのイケメンである。

 

「ボリスはどうなった?」

 

「上手くいきましたよ。直に目を覚ますはずです」

 

エルノの言葉に、ガンズは長い溜息をついた。股間のブラックドラゴンも安心したようにぶらんと頭を下げる。

 

「よくやってくれたな。感謝するぞエルノ」

 

「いえ、施術を行ったのは僕じゃありませんよ。シスター・サマンサです」

 

彼の訂正に、ガンズは首を振って答える。

「試験を放り出して駆けつけてくれたのだろう。その礼だ」

 

「試験なんてどうでもいいですって」

 

エルノは顔をしかめて言った。「筆記は数日後ですが、普段からちゃんと講義を聞いていれば勉強なんかしなくたってまず落ちませんよ」

 

「ほう、優秀だな」

 

「やめてください。それより、僕は怒ってるんです」

 

「そうなのか」

 

「ええ。僕みたいなのが怒ったって、さほど怖くないでしょうけど……。どうしてすぐに呼んでくれなかったんです。かけがえのない仲間だと思ってるのは僕だけですか?」

 

エルノのこの言葉に、ガンズはきょとんとした。何か珍しいものでも見るように彼を見つめ、次の瞬間、小さく笑みを溢す。

 

「何で笑うんですか? もしかして僕のことからかってます??」

 

あからさまに不機嫌になるエルノから視線をそらし、クックックと声を洩らすガンズ。

 

「はあ、もういいです。よく分かりました。僕は仲間じゃないんですね。さようなら」

 

出口に向かって歩き出すエルノの肩に手を置き、ガンズは笑ったまま言った。「いや、私が悪かった。お前は仲間だよエルノ」

 

「そうですか?」

 

「ああ」

 

振り返ったエルノに、ガンズは柔らかに微笑む。

「感謝している。本当に助かった」

 

「どういたしまして」

 

ようやく機嫌を直したエルノが、にっこり笑みを返した。

 

「アイアンハンドはどうした?」

 

ガンズが思い出したように訊ねると、エルノは少し表情を曇らせる。「お尻が痛いって言って帰ってしまいましたよ。ボリスさんの施術が終わった直後に」

 

「そうか。尻以外に大きなケガはないな?」

 

「僕が診た限りでは」

 

エルノはそう答えたあと、遠慮がちに付け加えた。「後で謝った方がいいですよ。けっこう怒ってましたから」

 

「いいさ。勝手に怒らせておけ、あんな老害」

 

「いや、そんな、でも……」

 

エルノが何か言いかけた、ちょうどそのとき。彼らの後方で勢い良く扉が開き、酒場の店主が姿を現した。急いで駆けつけてきたらしく、全身から脂ぎった汗が噴き出している。「悪い、遅くなっちまった! ガンズはいるか?」

 

「ここにいるぞ」

 

片手を上げたガンズに店主は向き直るが、すぐにその目を驚愕に見開いた。「お前! 神聖な寺院で何て格好してやがる!?」

 

「言ってくれるな。好きでブラブラさせてるわけじゃない」

 

肩をすくめるガンズに、店主は眉をひそめる。

「もしやとは思うが……済んだのか?」

 

「ああ、万事上手く行った。もうアンタの出る幕はない」

 

「くそったれ!」

 

店主は悪態を吐くと、寺院の扉をおもいきり蹴りつけた。「先走りやがって! 苦労してそれなりの冒険者をかき集めてきたってのに、無駄骨じゃねえかよ!」

 

「残念だったな」

 

「全くだぜ!」

 

「神聖な寺院では静かにしろ」

 

「うるせえよ!」

 

店主は頭から湯気を出しながら、荒っぽく後ろに振りかえる。そこにはいかにも腕の立つ、それでいて一癖も二癖もありそうな冒険者たちがぞろぞろと集っていた。

 

「悪い! 事件解決だ! お前らの出る幕はねえってよ!」

 

店主のだみ声に、冒険者たちは口々に不満の声を上げる。

 

「ウソだろ! そりゃないぜブーズ! 彼女とのデートをすっぽかして来たってのに!」

 

「私の時間を返してよ! とんだ無駄足!」

 

「まあまあ。あの少年が助かったのなら良かったではないか」

 

「フン」

 

「神に感謝」

 

「俺なんて休みの日に呼び出されてそのまま何もせずに帰らされる芸を見せてやるよ」

 

ブツブツと文句を言いながら去っていく彼らを尻目に、店主は唇を尖らせて言った。「あいつらには後で詫びの酒でも奢らなきゃならん。厄日だぜ」

 

「すいません……」

 

申し訳なさそうに頭を下げるエルノ。対してガンズは冒険者たちの背中を見つめ、呑気な調子で言った。「私でも知ってるようなトップランクの連中じゃないか。短時間でよく集めたな」

 

「そうだろ? こう見えて頑張ったんだぜ。こっちはそれなりの段取りを組んで進めてたってのに、お前ってヤツは……」

 

グチグチと文句を言い続ける店主であったが、ふと思い出したように向き直る。「犯人たちはどうした?」

 

その問いに、ガンズは突然俯いたかと思うと、視線を逸らして窓の外を見た。「さあな」

 

「さあなってお前……」

 

「私も隙を見てようやく逃げてきたんだ。この姿を見れば分かるだろう?」

 

ご立派な黒光りを見せびらかすガンズに、店主は神妙な顔になって頷く。「確かに……なりふり構ってられなかったって感じだな」

 

「その通り」

 

「そいつらはまだあの辺にいると思うか?」

 

店主が訊ねると、ガンズは一瞬間を空けてから首を横に振る。「……いいや、今から追おうとしても無駄だろう。連中は身軽な上に、重傷者は一人もいなかった」

 

「そうかい。ったく、そりゃ参ったぜ」

 

店主は頭の後ろを掻きながら寺院の出口をくぐり、外に出ていった。彼が開けっぱなしにした扉を背中越しに閉めたガンズは、天井へと視線を向ける。

大きなステンドグラスから注ぐ虹色の光が、彼の灰色の瞳に謎めいた彩りを与えていた。

 

 

 

 

「ん……」

 

木々の枝の間から差し込む日の光に、アヤネは思わず顔をしかめた。彼女は目を閉じていたが、雲一つ無い空の青は、瞼越しにでも焼き付くようだった。

 

「……死んでない」

 

彼女は呟き、両手をじっと見る。いつの間にか巻かれている包帯からは、微かにポーションの苦い香りがした。身体を起こすと、胴体や足にも似たような処置がされていることに気づく。傷の深い箇所には、魔術と縫合による治療の痕もあった。

 

「私の身体を隅々まで調べたみたいね。あの変態」

 

鈴の鳴るように綺麗な笑い声を響かせるアヤネ。その口元の歪みは次第に深く、鋭くなっていく。「この借りは返すわよ。必ずね」

 

言うや否や、彼女はゆっくりと立ち上がった。傍に置かれていた愛刀を拾い上げ、まばらな影を落とす木陰の下から抜け出す。

 

見渡せば、そこはどこか見覚えのある景色だった。おそらくダンジョンの入り口から少し離れた、郊外の平原だろう。辺りに人の気配はないが、街からはそう遠くない。仲間とも合流できるはずだ。くっきりとした空の青と、優しげな草木の緑とのコントラストが鮮やかである。

 

「……」

 

深くどこまでも透き通るような蒼穹を見上げ、アヤネはその琥珀色の目を険しげに細める。

 

綺麗だと、思わず見惚れてしまった自分に、どうしようもない侮蔑と嫌悪の情を抱いていた。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。