Wizardry 薄汚い欲望に囚われし者たちの迷宮   作:無職のプーさん

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14 宝物

 

「……」

 

夕刻の頃、ボリスは人知れず目を覚ましていた。

 

彼のむすっとした仏頂面を見守るのは、綺麗に埃が払われた天井だけであった。吹きさらしの細長い窓から、燃えるような日の光が真っ白な石壁を斜めに紅く染めている。

 

ボリスにはこの場所に覚えがあった。寺院の奥にある、重傷者を手当てするための小部屋だろう。駆け出しの冒険者の頃、彼は何度もこの部屋に担ぎ込まれていた。

小部屋の寝台は石造りで、毛布こそ敷いてあるものの、決して寝心地が良いとは言えない。

 

「馬小屋の方が三倍はマシだな。死者も飛び起きるワケだぜ」

 

ボリスはぼやき、身体を起こそうとする。しかしまだ思うように力が入らない。

舌を打ち、なんとか上体だけでも起こすと、視界に奇妙なものが映った。

 

「……あれ?」

 

寝台の影となった彼の足元に、短めに切り揃えた綺麗な白髪がちらりと見える。

身を乗り出して覗き込むと、それは床の上で眠りこけるディアの姿だった。猫のように身体を丸め、スヤスヤと寝息を立てている。

 

「おい、風邪ひくぞ。起きろよ、おい」

 

その背中を三回くらい足蹴にすると、彼女は小さく呻いて目を覚ます。そして顔を上げ、綺麗な青い瞳でボリスを見た。

その目元にはあっという間に涙が溜まり、次から次へと溢れ出す。

 

「〇×△□☆~~ッ!!!」

 

言葉にならない叫びを上げ、ボリスに抱きつくディア。思いのほか鋭いタックルに体幹を保てず、彼はよろけて背後の石壁に頭をぶつけた。

 

「痛え! 何すんだよ、また殺す気か!?」

 

「◇☆▽✝◎♨~~ッ!」

 

「うるせえよ! こっちの知ってる言葉で喋れ! っていうか、離れろ!」

 

「♨♨♨♨~~ッ!!」

 

「だから分かんねえって!!」

 

ボリスは力尽くで退けようとしたが、大粒の涙を流す彼女の顔を見て、考えを変える。戸惑いながらもその背中に腕を回し、優しくさすってやった。「悪い、心配かけた。怖かったよな」

 

「♨」

 

「だからその未知の言語やめろって」

 

しばらくすると彼女は泣きやみ、ボリスの胸から顔を上げる。そして彼の寝癖だらけの髪に手を伸ばし、クスリと笑った。「寝癖だらけですね」

 

「寝てたんだからしょうがないだろ」

 

唇を尖らせるボリス。ディアは彼の額にある宝石に視線を移し、心配そうな顔をする。「もう大丈夫ですか? ポロッと取れたりしません?」

 

「そんな簡単に取れるもんじゃねーよ。ここの治療が確かなら、しっかりくっついてるはずだ」

 

「なら良かった」

 

ディアは再び笑みを見せるが、彼の宝石をなおも見つめ、不思議そうな顔をする。「綺麗な黄色をしてますね」

 

「ああ」

 

「色には何か意味があるんですか?」

 

彼女の問いに、ボリスは眉をひそめた。

「何でそんなこと訊くんだ?」

 

「さっき、一瞬だけ違う色をしてた気がするんです。ピンクだったような」

 

「……」

 

ボリスはあからさまに顔をしかめ、ディアから顔をそむける。「何でもいいだろ。そろそろ離れろ」

 

「もしかして、まだ後遺症とか……」

 

「ねえよそんなもん。さっさと離れろ」

 

ディアは不思議そうにしながらもひとまず離れようとした。しかし、彼の頬に微かな赤みが差していることに気づき、おや、と首を傾げる。

 

「ボリスくん……もしかして」

 

「離れろって言ってるだろ!」

 

なおも追い払おうとするボリスを見て、何かを察するディア。彼女はにんまり笑うと、離れるどころか、ボリスにぴったり身体を寄せた。すると額の宝石の色が、再び黄色からピンクへと変わる。

 

「あ、やっぱり! ボリスくん、照れてるんですね!」

 

「て、照れてねーし!」

 

「ウソです! 絶対照れてます! おでこの宝石くんがそう言ってますよ?」

 

「やかましい! さっさと離れろっての!」

 

ボリスは顔を真っ赤にして腕を振り回した。ニコニコ笑って寝台から離れるディアの顔も少しだけ赤くなっている。それはおそらく、夕日だけのせいではないだろう。

 

彼は手で前髪を抑えて宝石を隠すと、ムスッとした顔で言った。「お前、覚えとけよ。後で泣かすからな」

 

「フフッ、早く元気になってくださいね」

 

「絶対泣かすからな!」

 

ボリスはそれだけ言うと、プイッと彼女に背を向ける。窓から注ぐ夕日が二人の影を長く伸ばし、重なるように見せていた。

 

そのとき部屋の扉がゆっくりと開き、ガンズとエルノが顔を覗かせる。「すまん。邪魔したか?」

 

「いや、別に」

 

ガンズの言葉に、素っ気なく返すボリス。顔はまだ窓の外に向けており、彼らの方から表情は窺えない。

「……俺の石を取り戻してくれたのはお前だろ、ガンズ」

 

「ああ」

 

短く答えたあと、彼は首を傾げた。

「ディアから聞いたのか?」

 

「いや、そいつは謎言語しか喋ってない」

 

「では何故分かった?」

 

ガンズの問いに、ボリスは少し間を空けてから答える。「分かるんだよ、何となくな。あの迷宮で、お前の手の中にいたことを覚えてる」

 

「……」

 

ガンズは無表情にボリスの背中を見つめる。

「それは……実に奇妙な体験だな。興味深い」

 

「アイアンハンドの爺さんの声も聞こえた気がするけど」

 

「ああ、それは正確だ。アイツも協力してくれたからな」

 

「え、あの爺さんが? 戦えんのか?」

 

「少なくとも私よりは強いぞ」

 

「マジかよ」

 

ボリスは溜息をついて振り返る。そしてガンズと、その横にいるエルノの顔を交互に見つめた。「……なあ、お前ら」

 

「何だ」

 

「何でしょうか?」

 

ほとんど同時に返す二人に、彼は眉間に皺を寄せて訊ねる。「何で頭にパンティ被ってんだ??」

 

その言葉に、ビクッと肩を震わせるエルノ。

ボリスの言うとおり、二人の頭にはレースの付いた色鮮やかな下着が嵌まっていた。

おっかなびっくりな彼とは対照的に、ガンズは何やら自慢げに説明する。「あのときお前に邪魔をされたが、実はポケットに入れていた分は無事でな。せっかくだから被って来たんだ」

 

「何がせっかくなんだよ!?」

 

ボリスは寝台の枕を掴み、ガンズの顔面に力いっぱい投げつける。そしてエルノに向き直ると目を剥き、彼を怯えさせた。「んで、何でお前も便乗してるんだよ!」

 

「そ、それは……」

 

「俺は、俺は、お前だけはまともな奴だと信じてたのに……!」

 

搾り出すような声を吐き出し、打ちひしがれるボリス。しかしそれほど間を置かずに寝台から飛び出すと、彼の胸倉を鷲掴む。「何でそんなもん被ったんだ! 言えッ!」

 

「そ、その……」

 

「早く言えぇぇッ!!」

 

ガクガクと彼の首を揺さぶるボリスの肩に、ガンズが横からやんわりと手を置いた。「私が提案したんだ。いわゆる荒療治だよ、ボリス」

 

「あぁん?!!」

 

「見ろ。さっきまで起き上がれなかったはずだ。でも、もう今は立てているだろう?」

 

ボリスははっとして自分の足を見下ろす。だがそれでも怒りは収まらず、顔を真っ赤にしたまま彼らを睨みつけた。「もうお前らとは絶交だかんな! 二度と口聞かないからな! 分かったな!?」

 

プリプリと腹を立てながら寺院を後にするボリス。通りすがりの修道女たちが彼を引き止めるが、無視してずんずん歩き、一人で宿に帰ってしまった。

 

 

 

 

 それから数日と経たず、ギルドの登録を受けた『冒険者』たちが起こす不祥事が相次いで明るみとなり、世間を多少騒がせた。

元々国籍や身分、経歴に至るまで不確かな流浪者の集まりである。それも特別気性が荒く、腕っぷしの立つ連中だ。今まで問題にならなかったのが不思議なのかもしれない。

 

彼らを厳しく管理すべきとの声や、王都から追い出せという過激な意見も市井の中に見られたが、それら全ては住民からすれば至極当然のものである。

真っ当な職に就き、日々を慎ましく生きる人々からすれば、彼ら冒険者というのは恐ろしく、また妬ましい存在だった。

 

 

 

 

 王都の外れにある貧民街の地下には、ギルドが管理する特別な牢獄がある。そこにはダンジョンの瘴気や悪意に蝕まれ、社会への復帰、帰属が困難となった哀れな冒険者たちが幽閉されていた。

現状様々な試みがなされているが、彼らの治療や更生はほぼ全てが失敗に終わっている。

 

「やっぱり俺は反対だな。絶対ロクなことにならねえぜ。賭けてもいい」

 

ダンジョンのように曲がりくねった湿っぽい廊下を進みながら、酒場の店主は前を歩く男に向けてそう言った。

男は訝しげに振り返り、ジロリと彼を見る。後ろに撫でつけられた金髪が、小さな窓から差す微かな光を受けて輝いた。「お前はギャンブルは卒業したんじゃなかったか?」

 

「ああ? そりゃ言葉のアヤってヤツだよ。ギャンブルはもうしてねえ。そういう意味じゃなくってだな……」

 

頭の後ろを掻く店主を一瞥し、男は鼻を鳴らすと正面に視線を戻す。「リスクは承知だ。だが現状、ギルドの威信を取り戻すためには結果を出すしかない」

 

「今さら先王の一件を解決したところで何かが覆るもんかね」

 

「少なくとも王国は俺たちに借りを作ることになる」

 

「借り、ねえ」

 

肩をすくめる店主を無視し、金髪の男は突き当たりの角を右に曲がった。牢獄は迷宮のように入り組んでいるが、彼だけは目的の場所への道筋を正確に把握しているらしい。

 

「それでせっかく捕まえた狂人を再び野に放つのか? また死人でも出してみろ。借りなんて帳消しになっちまうぜ」

 

「これから解放する男は、俺の弟分だ」

 

男は再び振り返ると、気怠げな視線を店主に向けた。「アイツのことはよく知ってる。故意に殺人を犯すヤツじゃない」

 

「へっ、バカバカしい。故意だろうが事故だろうが殺しは殺しだぜ」

 

「口の減らないヤツだな。連れてくるんじゃなかった」

男はぼやくと、しばらく真っ直ぐ続く廊下を早足に進んだ。運動不足なのか、後に続く店主の息が荒くなってきた頃、「そう言えば」と彼が言葉を続ける。「お前は聞いたか、あの話」

 

「ふう、ふう……どの話だ?」

 

「ギルドの本部が、こっちにトップランクの冒険者を寄越してくるって話だ」

 

「いや、まだ聞いてねえな。誰だ?」

 

「『ゼロ』だ」

 

彼の言葉に、店主は思わず足を止めた。「ウソだろ。トップランクというか、文字通りのトップじゃねえか」

 

「本部も珍しく太っ腹だろう。だからこっちもそれなりに気合いを入れないとな」

 

「国王失踪の件は、本部にとってそんなに重要なのか?」

 

「いや、それとは別件だよ。マナロストの件だ」

 

「ああ、確かにそっちの方が放っとくとマズいよな」

 

「そうさ。だからゼロ様に本腰を入れて頂くためにも、些末事は片付けておく必要がある」

 

男は低い声で呟くと、唐突に現れた急な階段を降りていき、無数の鉄格子が並ぶ区画に辿り着く。

何部屋か空の地下牢を過ぎたところで、彼の足が止まる。その牢の奥には、身を屈めるように蹲る大男の姿があった。その異形はまさに筋肉達磨といった風で、影の中にいるせいで姿はよく見えないが、シルエットだけでも相当に鍛えられていることが分かる。

 

「ううぅぅ、開けさせろ」

 

男の掠れたうめき声が、石造りの部屋に重苦しく響いた。「宝箱開けさせてくれ、兄貴。おかしくなりそうだ」

 

「その気持ち、分かるぜケンゴ」

 

金髪の男は優しく語りかけ、鉄格子の側に膝をつく。「だがもう辛抱する必要は無い。ここから出してやれる」

 

「……本当か?」

 

「ああ、本当さ」

穏やかな声色の男に、ケンゴと呼ばれた筋肉達磨はゆらりと振り返った。獣のような鋭い犬歯が、涎を垂れ流す口の端から覗く。「た、宝箱。宝箱も開けさせてくれるのか?」

 

「ああ、もちろんだ。好きなだけ開けさせてやる」

 

「おお、おおおおおっ!」

 

ケンゴは興奮し、男に向かって走り寄った。彼の手に捕まった鉄格子が、まるで粘土細工か何かのようにぐにゃりと歪む。金属が悲鳴を上げる不吉で耳障りな音が、地下牢に木霊した。「開けさせろ! 早く開けさせろぉ!!」

 

「落ち着けケンゴ」

 

唾を撒き散らながら叫ぶケンゴに、金髪の男はなおも優しく諭す。「開けさせてやるさ。ただし、一つだけ条件がある。それさえこなせば、宝箱は全てお前の物だ」

 

「ハア、ハア、宝箱!」

 

「いいか、よく聞け」

 

男はケンゴに顔を近づけ、目を細めて言った。「魔女シーインを殺せ。そいつが全ての元凶だ」

 

「げ、元凶?」

 

「そうだ。先王を攫ったのもそいつだし、モンスターが凶暴になってるのもそいつのせいだ。お前を含めた多くの冒険者が、ダンジョンの虜になってしまったのもたぶんそいつが悪い。あとは最近のマナロストとか、不景気とか……その辺も全部魔女の仕業だろう。知らないけど」

 

「魔女のせい……?」

 

「そうだ、魔女のせいだ」

 

男が頷くと、ケンゴは怒りに顔を歪めた。鉄格子はとうとう甲高い音とともに折れ、彼の手の中で紙屑のように丸まってしまう。「魔女め、許さねえ! ぶっ殺してやる!!」

 

「そうだ。ぶっ殺せ。それさえできるなら、道中の宝箱は開け放題だ」

 

「あ、開け放題!」

 

「そうだ。よりどりみどりだぞ」

 

金髪の男はにっこり笑い、ケンゴの分厚い肩に手を置いた。「どんな宝箱がいい? 木製の宝箱か? 鉄の赤い宝箱か? それとも純金製の、キラッキラな宝箱か?」

 

「お、大きい宝箱がいいっ……!」

 

「よーし、外も中身も、鍵穴も大きい宝箱を開けさせてやる。行けーっ!」

 

「オオォーーッ!!!」

 

ケンゴは捻じ曲がった鉄格子を吹き飛ばし、猛烈な勢いで階段を駆け上がっていく。道中彼が踏みしめていった石畳は全て砕け、土が剥き出しになってしまっていた。

 

事の成り行きを黙って見ていた酒場の店主は、男の背中に静かに声をかける。「……あの野郎、『シーインの迷宮』の場所は知ってるのか?」

 

「あっ……」

 

金髪の男は、しまったとばかりに顔をしかめた。

 

 

 

 

 

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