Wizardry 薄汚い欲望に囚われし者たちの迷宮   作:無職のプーさん

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3 黒龍が如く

 

 二日後に酒場で会う約束をしたあと、三人は別々の帰路に着いた。

しかしボリスとガンズは同じ宿に泊まっているため、結局途中で合流することになる。

 

「よっ」

 

「ああ」

 

二人は短く言葉を交わすと、通りを並んで歩き出す。

ボリスはガンズを見上げ、口を尖らせて言った。「あれだけの騒ぎを起こして、この程度で済んだのは運が良い方だぞ」

 

「だろうな」

 

「しばらくは大人しくしてろよ」

 

「言われるまでもない」

 

「ならいいけどよ。このままだとお前、いつか怒られるぞ」

 

「怒られる? お前にか」

 

「俺はもうとっくに怒ってんだよ」

 

「では誰にだ?」

 

「なんかほら……なんかそういう……とにかく怒られるんだよ」

 

「意味が分からないが」

 

「あー、分かった。じゃあいいよ」

 

ボリスは投げやり気味にそう言って、自分のボサボサ髪を指で梳いた。

「ディア、だっけ。あの子にしてもそうだけど、何でプリーストってのはダンジョンに行きたがるんだ?」

 

「修行のためだろう。昔は従軍という選択肢もあったが、今は戦争もない」

 

「修行ねえ。それって命と天秤にかけるくらい大事なことか?」

 

ボリスの問いに、ガンズは少しだけ笑った。

「人によりけりだな。だが徳の高い僧侶というのは総じて現場主義だ。歴史が証明している」

 

「そういやビショップ目指してるとか言ってたもんな。聖職者も楽じゃねえや。俺らみたいなのと組めて心底嬉しい、みたいな顔しなきゃいけないんだから」

 

ボリスのこの言葉に、ガンズは意外そうに彼の顔を見る。「喜んでいるように見えたが?」

 

「よ……ろこぶわけないだろ! バカか? 他に選択肢がないだけだ! 裸にひん剥かれた相手と一緒にいたいと思うわけねーだろ!! いくら顔が良くても許されねえんだよ!」

 

「いや、私が嫌われるのは分かるが……」

 

「分かるが、何だよ?」

 

ボリスが身を乗り出すと、ガンズは途端に神妙な顔になり、相棒から顔を背けた。

「いや、やめておこう。余計な忠言は毒にも勝る、と言うしな」

 

「何なんだよ……」

 

ボリスは舌を打ち、不機嫌そうにそっぽを向く。

その後会話が途切れ、しばらく無言で歩いていたときだった。

甲高い女性の叫びが通りに響きわたる。

「下着泥棒よ! 捕まえて! 」

 

ボリスは目を丸くし、反射的にガンズを睨んだ。

ガンズは両の手の平を広げて見せる。「私じゃない」

 

彼は振り返り、声の主を見た。まさに寝起きといった感じの癖だらけの髪の女性が、小柄な人影を追いかけている。

女性は息を切らしており、もはや追う気力もなさそうだが、追われる方はまだまだ余力があった。女性の声に反応し、捕まえようと迫る通行人たちの腕をくぐり抜け、すり抜け、飛んで避けている。

そして幸か不幸か、真っ直ぐ二人の方に向かってきていた。

 

「どうするガンズ。やるか?」

 

「お前に任せる」

 

「よし、じゃあやるぞ」

 

短いやりとりのあと、ガンズは愛用の鉄の長杖を構え、ボリスは鞄からロープを引っ張り出す。その先端に鉛の鉤針を括りつけると、遠心力でブンブンと振り回し始めた。

 

「そこのチビ! 止まれ!」

 

ボリスの警告に、小柄な人影は勢いを止めるばかりか、より加速する。フード付きのマントで全身を隠しており、種族はおろか、性別すら分からない。

確かなことは、下着泥棒という事実だけである。

ガンズは目を細め、下着泥棒との正確な距離を測った。「身軽で素早い。飛び道具は躱されるぞ」

 

「関係ねえよ。浮かせろ」

 

「分かった」

 

ガンズは手の中でくるりと杖を反転させ、地面に叩きつける。「MA-DAL-TI(冷気よ拡散せよ)」

 

紡がれた呪文とともに青白い火花が飛び散り、彼を中心に冷気の波が周囲に広がった。

それを躱そうと宙に飛んだ下着泥棒の足に、鉤針を括り付けたロープが命中して絡みつく。

 

「当たった!」

 

ボリスが叫ぶ。ロープを力の限り引っ張ると、下着泥棒はなす術なく石畳に叩きつけられた。

 

「動くな変態」

 

ガンズがそう言って杖をつきつける。

下着泥棒はロープを外そうとしばらくもがいていたが、やがて諦めたように両手を上げ、担いでいた袋を地面に落とす。

 

衝撃で袋の封がゆるみ、中から大量のブラジャーやパンティが溢れた。

 

「ほう……」

 

ガンズの注意がパンティに向いた一瞬の隙をつき、下着泥棒は素早く詠唱し、呪文を完成させる。「MA-LO-R(転移せよ)」

 

「む……! しまった」

 

ガンズが我に帰ったときにはすでに遅い。下着泥棒の体は球状に広がる空間の歪みに呑まれ、跡形もなく消えてしまった。

時空の狭間に呑まれたロープは途中でちぎれ、反動で持ち主の元に跳ね上がる。それを素早く掴み取ると、ボリスは渋い顔をした。

「何やってんだよ。逃がしちまったじゃねーか」

 

「すまない」

 

「腕が鈍ってるぞ。だらしねーな」

 

ボリスは舌打ちするが、やがて肩をすくめる。

「まあ、盗まれたもんを取り返せただけでもよしとするか」

 

「そうだな」

 

ガンズが下着の入った袋に手を伸ばす。

それを制するように、ボリスが語気を強めて言った。「おい、触るなよ。人のだからなそれ」

 

「シーフがそんなことを気にするのか。盗む側だろう」

 

「シーフと下着ドロを一緒にすんな! ……それより、こいつを何とかしろよ」

 

ボリスが自身の足元を指さす。彼の足は冷気の波に呑まれて膝の辺りまで凍り、地面に縫いつけられていた。

 

 

 

 

 不運な女性に下着を返し、熱烈に感謝されたあと、二人は宿にて休息をとった。

 

日が空の最も高い場所まで昇り、人々が昼食に舌鼓を打つころ、ボリスは目を覚まし、ベッドから起き上がる。

洗面台に頭ごと突っ込み、髪と顔を同時に洗うというダイナミック洗顔のあと、小動物のようにブルブルと頭を振り乱し、水気を飛ばした。

そしてろくに鏡も見ずに着替えだけ済ませると、眠い目をこすりながら部屋を出る。

 

「頼む、一生の願いだ」

 

「……?」

 

ガンズの声が遠くから聞こえ、ボリスは首を傾げた。

寝ぼけた頭が冴えるにつれ、底冷えするような感覚が彼の背筋を駆け巡る。

「あの野郎、まさか……」

 

階段を駆け下り、宿の入口まで来ると、彼はガンズの姿を見た。宿屋の看板娘を壁際まで追いつめ、何かをしきりに頼んでいる。

片手には、あの奇妙な形の小瓶が握られていた。

 

「これを頭から被ってくれ。頼む」

 

「え、えっと……」

 

「大丈夫だ。すぐに済む。苦痛はない」

 

「でも……」

 

「私が信じられないか?」

 

ガンズの左腕が、看板娘の横の壁にドン、と寄りかかる。

彼女はビクッと体を震わせ、怯えた目でガンズを見上げた。「ガンズさん、その、私……」

 

ガンズの氷のような、それでいて熱を帯びた灰色の瞳が彼女を射抜く。

吐息がかかるような距離で、彼は看板娘に囁きかけた。

「頭が嫌なら胸でいい。胸が嫌なら……足でも。そうだ、足がいい。足にかけさせてくれ!」

 

ボリスは足音を殺して二人に近づいた。

背後から手を伸ばして小瓶を奪い取ると、彼の背中に叩きつける。「テメーが被ってろ!!」

 

ガンズは目を見開き、振り返ってボリスを見た。小瓶の中の液体が降りかかり、彼の服は一瞬にして蒸発する。

左腕の武骨なガントレット以外、一糸纏わぬ姿となった。美しく引き締まり均整のとれた肉体は、さながら彫刻のようである。

 

黒龍を思わせる、黒々と首をもたげたおティンティン。

 

「キャアアアァ!?」

 

看板娘は悲鳴を上げ、脇目も振らずに逃げ出した。

ガンズは放心したように一言、小さく呟く。

「バカな……!」

 

「バカはテメーだ! 」

 

「違う。そうじゃない」

 

「何が違うんだよ?!」

 

ボリスが怒鳴ると、ガンズは頭を抱えてその場でうずくまった。「原液は思っていたよりも、ヒリヒリする……!」

 

「そりゃするだろ! 服とか溶かすくらいなんだから!」

 

「おそらく肌に悪い。これではダメだ……至高の芸術を傷つけてしまう」

 

「何でもいいけどな、ここを追い出されたら格安で泊まれるところ他にないんだぞ! 分かってんのか!?」

 

「こんなはずではなかった……私はどうすれば……」

 

ブツブツと独り言を呟き、完全に自分の世界に埋没するガンズ。

 

「しばらくは大人しくしてろって言ったのに、まったく」

 

ボリスは呆れて溜息を吐くと、看板娘に謝るための菓子折を買いに外に出ていった。

 

 

 

 

 首都の中央近辺にある小綺麗な市場で、適当なお菓子を選んでいたボリス。

ふと知人の声を聞いた気がして顔を上げると、衛兵たちと話し込む酒場の店主が視界に映った。屈強な肉体とだらしなく出た腹は、遠目にもよく目立つ。

 

「よお」と彼が声をかけると、店主は目を丸くした。「ボリスか? こんなところで何してるんだ」

 

「ちょっとした用事ができてな。そっちこそ何してんだよ。怖そうな連中に囲まれてさ」

 

ボリスの言葉に、衛兵たちはジロリと彼を見た。

灰金色の重鎧と馬上槍で武装した彼らは、下手な冒険者よりよほど強いだろう。

 

「この前起きた騒ぎの説明だ。ほら、あの、分かるだろ」

 

酒場の店主の言葉に、ボリスはしかめ面で頷く。「ああ、アレだな。悪いな、面倒かけて」

 

「いや、お前が悪いわけじゃないだろ……ハハハ」

 

店主は衛兵たちの厳しい視線を笑って誤魔化す。「ところで、あの子はどうだ。役に立ちそうか?」

 

「明日一緒にダンジョンに行く予定だよ。けど、素人だろ。そこまで期待はしてないぜ」

 

「そうか? まあ何でもいい。とにかく守ってやってくれ」

 

「それで例の件がチャラなんだろ? なら精一杯やるさ」

 

「ありがてえな」

 

店主は屈託なく笑うが、もう一度衛兵たちの顔色を窺ってから、少し抑えた声で言った。

「あの子のこともそうだが、お前も心配だ。十分注意しろよ」

 

「何だって?」

 

ボリスは再び顔をしかめた。その表情はさっきと違い、苛立ちも含んでいる。

「気持ち悪いな。あんたに心配される筋合いはねーぞ」

 

「勘違いするな。お前を見くびって言ってるわけじゃない。ポークル族の冒険者全員に伝えてることなんだ」

 

「どういうことだよ?」

 

胡乱げな彼の問いに、店主は太い腕を組んで答える。「近頃、首都周辺で活動してるならず者どもがいる。冒険者崩れの悪質な連中だ」

 

「そいつらがおいらと何の関係があるんだ」

 

ボリスの言葉に、店主は少し躊躇ってから言った。「奴らが集めてるのはな、『ポークルの宝石』だ」

 

「……!」

 

ボリスは思わず息を呑んだ。目を見開き、しかし次の瞬間には用心深そうに細める。「それ、ホントの話か?」

 

「確かな筋からの情報だ」

 

「今どきそんなことやってる連中がいるんだな」

 

そう呟き、気分が悪そうに前髪を掻き上げるボリス。

普段は髪で隠れた彼の額には、大きな宝石が燦めいていた。ポークル族固有の『器官』であり、身体の一部。

かつて彼らはその宝石目当ての密猟者たちに狙われ、数を大きく減らしたこともあるという。

 

「分かった。せいぜい気をつけるよ」

 

「そうしてくれ。そうでなくても、近頃なにかと物騒だからな」

 

「流れのごろつきどもを簡単に街に入れちまうのが問題なんじゃないか? 『冒険者』って一括りにしてさ」

 

ボリスの指摘に、衛兵たちは互いに顔を見合わせた。それを一瞥した酒場の店主は苦笑気味に打ち明ける。

「実は、まさに今そういう話をしててな。一定のランクを持つ冒険者以外は都に入れないとか、貧民街か港町に押し込めるとか。近々そういう形になると思う」

 

「ギルドが国の圧力に屈するってことだな」

 

皮肉半分、冗談半分のボリスの言葉に、店主は肩をすくめる。「しょうがないだろ。治安の悪化の責任がギルドにあるのは確かなんだ」

 

「まあそーだな」

 

ボリスも頷き、しかし次の瞬間、店主の手を見て大きく仰け反った。

「……おい! あんた、それ!」

 

「ん? ああ、これか」

 

店主は利き手を開き、握りしめていた小さな瓶を見せる。

奇妙な形状の小瓶で、中には淡く光る水色の液体が入っていた。

「酒場の惨劇を引き起こした戦犯だ。アイアンハンドの店の品だな。ったく、あのじーさんはろくでもねえもんばかり扱いやがる」

 

「気をつけろよ。それマジで劇薬だからな?」

 

「分かってるよ。俺だって冒険者ギルドの職員だ。こういう得体の知れないブツの扱い方は……」

 

店主がそこまで言ったときだった。笑いながらよそ見をして走ってきた二人の子どもが、彼の膝にぶつかった。

小瓶はその手からすっぽ抜け、勢いで封すら外れてしまう。

中身が空中にばら撒かれ、店主の全身に降りかかった。

 

「あ……」

 

間抜けな声を上げるボリス。そして、貴族が住まう中心街にほど近いこの市場で、酒場の店主はその裸体を披露する。剛毛がまばらに生えた汚らしい乳首。だらしないビール腹。

 

そして黒龍を思わせる、黒々と首をもたげたおティンティン。

 

「キャアアアァ!?」

 

通りすがりの貴族のお嬢様が悲鳴を上げた。

まるでそれが合図であったかのように、衛兵たちは重装備とは思えぬ素早い動きで店主を地面に引きずり倒す。

 

「抵抗するな!」

 

「神妙にしろこの変態め!」

 

「ち、違う! 誤解だ! 事故なんだぁ!!」

 

必死に弁明しようとする店主を縄で縛り上げ、連行する衛兵たち。

ボリスは呆然とその光景を見つめていたが、やがて我に帰ると、彼の身の潔白が証明されることを創造主に祈りつつ、帰路についた。

 

 

 

 

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