Wizardry 薄汚い欲望に囚われし者たちの迷宮   作:無職のプーさん

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4 その男、アラハゥイ

 

 ディメント王国の先代王、ディメント5世の失踪事件は、当時世間を大きく騒がせた。彼は建国史上かつてないほどの賢王であり、また武勇にも秀でていたという。

 

善政が途切れることを民たちは危惧したが、その名君の器は息子のディメント6世にしっかりと受け継がれており、国は繁栄を維持している。

しかし失踪事件の真相は未だ明らかになっておらず、息子の金に糸目をかけぬ捜索も空しく、手がかりすら掴めていない。

 

巷の噂では、シーインという魔女が先王を連れ去り、とあるダンジョンに幽閉しているという。密命を受け、その迷宮に挑んだ冒険者は数多くいたが、真相に辿り着く者は一人もいなかった。

 

ボリスとガンズ、そして見習いプリーストのディアが今いる場所がそのダンジョン、『シーインの迷宮』である。

魔女シーインの屋敷の地下に広がるこの迷宮は、元からあったわけではない。先王失踪とほぼ同時にその存在が明るみになった、曰く付きの場所であった。

 

「あそこに誰かいますよ?」

 

「とっくに見えてるよ」

 

ディアが前方を指さし、ボリスが頷く。

赤い金属の肩当てと、禍々しい黒いマントを纏った金髪の男が、割れた天井から洩れる一筋の光のなかで佇んでいた。

 

「おや、皆さんこんにちは。私、アラハゥイと申します」

 

男はそう名乗り、優雅に会釈する。目元を隠す半仮面を被り、口元には妖しげな微笑を浮かべていた。

「あなた方も『夢見の書』を求めておいでで?」

 

三人は顔を見合わせ、首を横に振る。

アラハゥイは驚いたように仰け反った。

「なんと。持ち主の願いを何でも叶える『夢見の書』が欲しくないとは。慎ましい方々だ」

 

「……何でも?」

 

ガンズが食いつくと、アラハゥイは微笑んだ。

「ええ、何でもです。興味がおありですか?」

 

「何処にあるんだ?」

 

ガンズが一歩踏み出し、さらに食いつくと、アラハゥイはフフッと忍び笑いを洩らす。

「この地下迷宮の何処かです。私も探しているのですが……ええ。貴族の道楽でね」

 

「アラハゥイさんは貴族の方なんですか?」

 

ディアが訊ねると彼は頷き、懐から何かを取り出した。「ときにお嬢さん。これは貴女のでは?」

 

ディアは「あっ!」と声を上げた。アラハゥイの手にあったのは、大きな丸眼鏡だった。

 

「私のです! でも……どうして?」

 

「別のダンジョンに落ちていたのを拾ったのですよ。ええ。もしかしたら貴女のかも、と思いましてね」

 

「コボルトから逃げていたときに落としたんです! 良かった。もう見つからないかと……」

 

「大事なものは、しっかり持っていないといけませんよ。決して離さぬよう」

 

「ありがとうございます!」

 

ディアが頭を下げると、アラハゥイは肩をすくめる。

「私の収集癖も、たまには役に立つのですねぇ」

 

「おかげさまでよく見えます!」

 

ディアは眼鏡をかけ、辺りをぐるぐる見回した。そしてボリスの顔をじっと見ると、嬉しそうに笑う。「ボリスくん、可愛い顔してますね」

 

「あぁん……?」

 

「す、すいません。冗談です」

 

ボリスを若干怒らせて縮こまるディアだったが、次にガンズの姿を見て飛び上がった。「ガンズさん……イケメンすぎます! 足も長いっ!」

 

「そうか?」

 

「そんな結構な外見なら女性には困らないでしょう? どうして私にあんなイジワルを……」

 

「私が求めているのは至高の芸術だ。つがいではない」

 

「どなたか美しい方と結婚して、その人と芸術を追究すればいいじゃないですか!」

 

「それでは意味がない」

 

「意味が分からない!」

 

そう言って頭を抱えるディア。

アラハゥイは顎に手をやり、ガンズの方を見る。

「至高の芸術……とおっしゃいましたか?」

 

「ああ」

 

ガンズが頷くと、アラハゥイは唇の端を微かに歪めた。「協力できるかもしれません」

 

「なに?」

 

「実は私も、芸術の探求に熱心でして……ええ」

 

アラハゥイは懐からまた何かを出すと、ボリスに差し出した。それはアラハゥイが付けているものと同じ、半仮面だった。「どうぞ」

 

「何でおいらなんだよ」

 

「まあまあ、騙されたと思って」

 

警戒しつつも仮面を受け取り、つけてみるボリス。狭まった薄暗い視界に、息苦しさを覚える。

 

「こんなん好きでつけてるやつの気がしれねーよ」

 

「フフ。ディアさんの方を見てみて下さい。フフフフ……」

 

「……?」

 

首を傾げながらも、ボリスはディアの方に向き直る。そして、ぎょっとした。彼女の衣服が透けて、裸が見える。

華奢で小さな肩と、童顔に見合わぬふくよかな乳房。引き締まりつつも柔らかそうなお腹回り。触れれば溶けてしまいそうな真っ白な肌。

それ以上の情報が見える前に、ボリスは静かに仮面を外した。そして地面に叩きつけ、足で踏み砕く。「くそったれが!」

 

「ど、どうしたんです?」

 

怯えた様子のディアを背中に庇い、ボリスはアラハゥイを睨みつけた。

「気をつけろ。こいつ変態だぞ」

 

「ええ? へ、変態?」

 

ディアは混乱した様子でアラハゥイとボリスを交互に見る。アラハゥイはククク、と忍び笑いをもらした。「巨乳と眼鏡の組み合わせは……大正義ですねぇ」

 

「うるせえ変態!」

 

「変態か。見過ごせんな」

 

そう言ってガンズは鉄の長杖を構える。アラハゥイは「まあまあ」と彼をなだめ、また懐に手を入れた。

「ただの小手調べですよ。次からが本命です」

 

取り出されたのは、見た目には何の変哲もない、木でできた短い杖だった。

 

「……それが何だ?」

 

「これですか? ええ、これはですねぇ、こうやって使います」

 

アラハゥイがさっと杖を振ると、鋭利な刃のような風が彼らの間を吹き抜ける。するとディアの纏っていたローブや服が一瞬で細切れになり、一糸纏わぬ全裸になった。

 

「ひゃあああああっ!?」

 

ディアは悲鳴を上げ、縮こまる。すかさずボリスが横から自分の上着を被せたため、丸裸だったのは一瞬だった。「くそっ、何でだ? 射線に立ってたのに!」

 

「魔法とはそう単純なものではありません。矢や投石とは違うのですよ」

 

「……先に仕掛けたのはそっちだぜ。悪く思うなよ」

 

ボリスの声は、明らかな殺気を含んでいた。ベルトに挟んだダガーに手をかけると、アラハゥイはわざとらしく怯え、後ろに下がる。「おお、怖い怖い。私、刃物は大の苦手でして」

 

「ガンズ! こいつの動きを止めろ!」

 

ボリスの言葉に、ガンズは何も返さなかった。アラハゥイの持つ木の杖をじっと見つめ、呟く。「なるほど、真空波か。悪くないアプローチだ」

 

「ガンズ! お前なぁ!」

 

「フフフ……」

 

アラハゥイは口の端を歪め、もう一度杖を振った。

「このような使い方もできます」

 

再び突風が吹き荒れる。そしてディアの足下から吹き上がった風が、彼女の羽織っている上着をパタパタとめくりあげた。

 

「ふええええっ?!」

 

ディアは慌てて押さえつけるが、風も負けじと押し上げる。両者の力は拮抗していた。風圧でおっぱいがぷるんぷるんしている。

 

「ガンズ! あいつを殺せ!」

 

殺気全開のボリスの言葉に、またもやガンズは応じない。スケベな風と懸命に戦うディアに近づくと、いろいろな角度から観察し始めた。「昔、演劇でこういう演出を見たことがあるな。あのときはスカートだったが……」

 

「ガンズゥゥ!!」

 

「分かった分かった。奴を止める」

 

溜息を吐くと、ガンズは長杖を構えた。小さく呪文を呟き、その先端から冷気の魔術を射出する。「DAL-TI(凍結せよ)」

 

「おおっと」

 

足下を狙った攻撃をアラハゥイはひらりと躱し、後方に着地する。そしてたまたまそこにあった落とし穴の罠を作動させてしまい、闇の底に落ちていった。

 

「ルネッサァ~~~~ンス!!」

 

ちょっと聞いたことないような断末魔がダンジョンに木霊し、しばらくすると、辺りは沈黙に包まれた。

風は止み、ディアはほっと息をつく。しかしすぐに表情を曇らせ、落とし穴のそばまで駆け寄った。

「あの人……大丈夫でしょうか?」

 

「さあね。死んだんじゃねーの?」

 

ボリスはぶっきらぼうに返しつつ、鞄の中を手探りで引っかき回す。「あった。予備のローブ。これ着とけよ」

 

「良いんですか? さすがボリスくん! 用意がいいですね!」

 

「誰かさんが暴走したときのための備えだったんだけどな」

 

ボリスは横目でガンズの方をちらりと見る。彼は壁際の隅の方で、アラハゥイが落とした木の杖を拾い上げていた。「確かああいうのを、『狂人に刃物』って言うんだろ?」

 

「さあ、どうでしょう……たぶん」

 

 

 

 

 その後『シーインの迷宮』を順調に進み、彼らは再び何者かと対峙していた。

 

「私は……罪を犯してしまったのでしょうか?」

 

そう口にするのは、淡い金髪を腰の辺りまで伸ばした、美しい女性である。すらりとした長身に白いドレスを纏い、胸元にはバラを模した灰金色の装飾が煌めいている。

 

「それとも……存在そのものが罪なのでしょうか?」

 

彼女はどこか遠くを見つめるような眼差しで、ダンジョンの闇を見つめていた。近づいてきた三人の方は見ておらず、気づいている様子もない。

 

「そんな罪などありませんよ」

 

ディアが声をかけると、女性ははっとして彼女を見た。謎めいた菫色の瞳に見つめられ、ディアは若干緊張しながらも、主の教えの一つを諳んじる。

「主は……我ら一人一人に役目を与え、地上にお遣わしになるのです。存在は罪ではありません。義務であり、権利です」

 

「その通りだ」

 

唐突にガンズが口を挟んだ。先ほど拾った杖を後ろ手に隠し持ち、女性に近づいていく。「貴方のような美しい方が存在することに、罪などあるはずがない」

 

「いいえ、私の存在はやはり……罪だったのです」

 

「そんなことはない。貴方の存在は全て……このときのために!」

 

ここぞとばかりに、ガンズは杖を振った。しかし剃刀のような突風は彼女には当たらず、素通りしてしまう。

困惑するガンズをよそに、女性の姿は霞のように揺らぎ、消えてしまった。

 

「なん……だと……?」

 

呆然と立ち尽くすガンズの後ろで、ボリスは肩をすくめる。「魔女シーインの幻だよ。知らねーの?」

 

「まぼ……ろし?」

 

「ここのダンジョンにはよく出るんだよ。正確には魂のザンシだか何だかって。知らねえけど」

 

「……どういうことだ?」

 

「いやだから知らねーって。昔組んでた仲間の受け売りだし」

 

ボリスの言葉に、ガンズは頭をヒステリックに掻きむしった。美しい銀の長髪が、グシャグシャに乱れる。

「つまり私は……彼女を裸にすることができないということかあぁぁぁぁ!!?」

 

「無闇にでかい声出すんじゃねえ! 魔物を呼び寄せちまうだろうが!」

 

「あああああぁぁぁぁぁ!!」

 

「うるせえっつってんだろ!!」

 

「二人ともうるさいです! 静かにしてください!」

 

ディアが怒ると、ガンズとボリスは静かになった。しゅんとなった二人を交互に見てから、ディアは溜息を吐く。「つまり、どういうことですか?」

 

「いや、だから、ガンズはあの女の裸を拝めないってことで……」

 

「あああああぁぁぁぁぁ!!」

 

「だからうるさいですって! 再開しないでください!」

 

ディアはもう一度ガンズを黙らせてから、口を開いた。「つまり、あの女性が魔女シーインなんですね? 先王を誘拐したっていう……」

 

「らしいな」

 

ボリスが頷くと、ディアは首を傾げる。「私には、そんな恐ろしい人には見えませんでしたけど」

 

「まあ、そうだな」

 

「……彼女は明らかに、救いを求めていました」

「そう見えるよな」

 

「助けてあげることはできませんか? 私たちで」

 

ディアの言葉に、ボリスは少し間を置いてから首を横に振る。「いや、無理だ」

 

「どうしてですか?」

 

「おいらたちよりずっと腕の立つ冒険者が何人も挑戦したけど、みんな途中で諦めてる。やろうとするだけ無駄だ」

 

「そんな……」

 

ディアは悲しげに俯いた。

ボリスは彼女から顔を逸らし、シーインの幻が現れた場所をじっと見つめる。「昔組んでたパーティがさ、実はいいとこまで行ってたんだよ」

 

「え……」

 

「誰も降りたことがないような下層まで来て、さあこれからだってときに……」

 

「……まさか」

 

ディアの顔が青ざめる。全滅、という恐ろしい言葉が頭に浮かんだ。

一瞬の油断が命取りになる冒険者には馴染み深い言葉だ。誰しもそれと無縁ではいられない。

しかしボリスは首を横に振る。

「いや、とんでもない高値がつく武具や美術品なんかが山ほど見つかって。みんな冒険者をやめちまったんだ。冒険の最大のモチベーションは、結局のところ金だからな」

 

「あ、そういう……」

 

「別に珍しいことじゃないぜ。未だに先王の手がかりが一つも見つからない理由も、たぶんその辺にある」

 

「はあぁぁ」

 

ディアは大きな溜息を吐いた。物語に出てくるような愛と正義のために戦う冒険者は果たしていないのだろうか、と現実に失望していた。

 

「……あれ、でもボリスくんは? どうして冒険者を続けているんですか?」

 

「他にやりたいことが見つからなくてね。分け前でもらった金は、ほとんど実家に送ったよ」

 

「へー、偉いですね! シーフなのに!」

 

「シーフ舐めんなよ」

 

 

 

 

 

 

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