Wizardry 薄汚い欲望に囚われし者たちの迷宮   作:無職のプーさん

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6 仮面の貴公子、アラハゥイ

 

 日が昇ってからそれほど間もない、小鳥のさえずる早朝。ボリスはむすっとした表情で酒場の席にふんぞり返っていた。

 

隣で装備の手入れをしていたガンズは彼を一瞥し、声をかける。「何やら不服そうだな」

 

「……別に」

 

「あの東洋人の女がそんなに嫌か?」

 

「別にぃ? 何も不服なことなんてありませんがぁ??」

 

「そうか。ならいい」

 

ガンズは再び視線を落とし、作業に集中する。

ボリスはガンズの方を何気なく見返し、ぎょっとした。ガントレットを取り外した彼の肘から先が、何もなかったからだ。

 

「お前、その腕……!」

 

ボリスの上擦った声を聞き、ガンズは不思議そうに顔を上げる。「言ってなかったか? 事故で亡くした。ずいぶん昔にな」

 

「……初耳だぜ。てっきりあの変な液で溶かしたのかと」

 

「驚かせて悪かった」

 

「ガントレットじゃなくて義手だったのか。でも、全然普通に動かせてたよな。指先とか」

 

「『魔導義肢』と言ってな。ハーサント連邦にはそういった技術がある」

 

ガンズはしばらく虚空を見つめてから、思い出したように義手の調整を再開した。

 

「二人とも、お待たせしました!」

 

酒場の入り口からローブをぱたぱたとはためかせてディアが走ってくる。その後ろには、先日の眼帯の女がついてきていた。

ボリスがあからさまに顔をしかめると、彼女は苦笑して頭を下げる。「昨日はごめんなさいね」

 

「……本当に悪いと思ってんのか?」

 

「いえ、あんまり」

 

「正直じゃねえか、このクソ女ぁ……」

 

ぎりぎりと歯ぎしりするボリス。眼帯の女は降参するように両手を上げるが、顔は楽しそうに笑っていた。

ディアはそんな二人を交互に見つめ、首を傾げる。「アヤネさんとお知り合いだったんですか?」

 

「昨日、ちょっとあってな」

 

「ちょっと?」

 

「ちょっとはちょっとだよ」

 

ボリスは再び椅子にふんぞり返ると、それ以上話すことはないとばかりに押し黙った。

ガンズは義手の装着を終えると、眼帯の女侍、アヤネに向き直る。「お互い、自己紹介はまだだったな。ガンズだ」

 

「アヤネよ。今日はよろしく」

 

「フン!」

 

ボリスが鼻を鳴らしてそっぽを向く。ディアは眉を寄せ、ガンズに小声で尋ねた。「……昨日、本当に何があったんです? 」

 

「大したことじゃない。気にするな」

 

「はあ……」

 

同じく小声で返すガンズに、ディアは納得できない様子であったが、それ以上何も追求しなかった。

 

 

 

 

 少し遅れて酒場に現れた学生のエルノ、下着泥棒のルシュタと合流した後、パーティは『シーインの迷宮』の探索を開始した。

地下一階、二階を難なく攻略し、三層目まで来たとき、人影に遭遇する。それは、どこか見覚えのある人物だった。

 

「皆さん、ご機嫌よう。私、アラハゥイと申します」

 

「……テメエ、生きてたのか」

 

その声を聞くや否や、ボリスは武器に手をかけた。

仮面の紳士、アラハゥイは両手を前に出し、わざとらしく怯えた声を出す。「やめて下さい。死んでしまいます」

 

「殺してやろうか? 」

 

殺気づくボリスを見て、慌ててエルノが止めに入った。「落ち着いて下さい。見たところ敵意はないようですし……」

 

「敵意はなくても、変態なんだよこいつは」

 

「そ、そうなんですか?」

 

エルノが不安げにアラハゥイを見ると、彼は優雅におじぎをする。「美の探求者、とお呼びください」

 

「今日も何か見せてくれるのか?」

 

ガンズの言葉に、アラハゥイは顔を上げた。その口元には、いつぞやの妖しげな笑みが浮かんでいる。「勿論です」

 

「いらねーよ。失せろ。つーか、死ね」

 

「まあまあ……そうおっしゃらずに」

 

アラハゥイは懐に手を入れると、小さな丸眼鏡を取り出した。例によってボリスに差し出し、付けるように促す。「どうぞ」

 

「だから何でおいらなんだよ」

 

「まあまあ……フフフ」

 

「チッ」

 

ボリスは舌を打つと眼鏡を受け取り、試しにかけてみる。アラハゥイの身体をじっと見たが、彼の衣服が透けることはなかった。

「……昨日のとは違うんだな」

 

「ええ、そうですとも」

 

「普通の眼鏡と何か違うのか?」

 

「ディアさんたちを見てみて下さい」

 

「……?」

 

嫌な予感がしたが、ボリスは言われるままにディアとアヤネの方に顔を向けてしまった。

 

「……!」

 

二人の衣服や鎧が透け、裸が見える。

小柄なディアとは対照的に、アヤネはすらりとした長身で手足が長い。全体的に筋肉質で余計な脂肪が落とされているが、胸はディアと同じか、それ以上に豊満である。

二人の裸の細部が見える前に、ボリスは眼鏡を地面に叩きつけ、踏み砕いた。

「やっぱり同じパターンじゃねえか!!」

 

「フフフ……クククク……」

 

「何が面白いんだテメエは! 何も面白くねえよ!」

 

「いえ、この前のとは違うのです。男女を識別し、女性の衣服のみが透けて見えるようになっております」

 

「そのすごい技術は他のことに使え!」

 

ボリスがベルトからダガーを引き抜くと、アラハゥイはおどけて後ろに下がる。

「フフ、刃物は苦手です」

 

「今からたっぷり味あわせてやるよ……!」

 

「ボリスさん、落ち着いてください」

 

エルノが止めに入るが、ボリスの鼻息は荒い。しかしそのわずかな隙をつき、アラハゥイは懐から次のアイテムを取り出した。「次に紹介するものはこちらです」

 

彼の指先には、魔法の封じられた一枚の符が挟まれている。ガンズは眉をひそめてそれを見つめた。「見たことのない呪符だ」

 

「そうでしょうとも。これは非常に珍しいものです」

 

「どんな効果があるんだ?」

 

「お見せしましょう」

 

言うが早いか、アラハゥイが指先に魔力を集中させると、呪符が暗闇でキラリと光った。

 

「ひゃああああっ?!」

 

ディアの悲鳴がダンジョンに木霊する。彼女の胸が突然膨張し、ローブを突き破らんばかりに膨れ上がったのだ。プチプチ、ビリビリと、下着や服の縫い目が破れていく音がする。

ディアは必死で腕を伸ばし、浮き出る乳首だけでも隠そうとした。しかし、ぎりぎり指が届いていない。

 

「『爆乳の呪符』です。いかがでしょう?」

 

「ほう」

 

ガンズが感心したような声を出す。「……だがこれは、爆乳と言うより奇乳じゃないか?」

 

「意味は同じでは」

 

「全然違う。爆乳は大きくとも、形が整っているものだ。この乳には身体全体との均整が欠けている」

 

「なるほど。私もまだまだ勉強が必要ですね」

 

ボリスは怒り狂って叫んだ。

「元に戻せええぇぇぇ!!!」

 

「か、解呪を試してみます!」

 

エルノが慌てて聖句をいくつか唱えると、ディアの爆乳が少しずつ縮み、元の巨乳くらいのサイズに戻った。身体は戻ったが、縫い目から裂けてしまったローブや下着は直らない。

 

「ふええええ……」

 

ディアはその場でしゃがみ込み、めそめそと泣き出してしまう。

エルノが心配して駆け寄ると、ディアは顔を上げ、潤んだ瞳で彼を睨んだ。

「私の乳首……見ました?」

 

「……い、いえ」

 

エルノが首を振ると、ディアは急に立ち上がってその胸ぐらをがしっと掴む。彼の顔から、さっと血の気が引いた。

 

「見たでしょう? 見ましたよね?!」

 

「見てませんよ……」

 

「嘘です! だって呪文を唱えるときは対象の座標を正確に知るために、よく見ないといけないんですもんね!?」

 

「よ、よくご存知ですね」

 

「馬鹿にしないで下さい! ほら、やっぱり見たんだ!」

 

「落ち着いて下さい。大丈夫ですから……」

 

「何が大丈夫なんですかぁ?! もうお嫁に行けないんですよ私! うわああぁぁぁぁん!!」

 

膝から崩れ落ち、泣きわめくディア。その隣でひたすらあたふたするエルノを横目に、アヤネは鞘から刀を抜いた。

刀身の切っ先は真っ直ぐアラハゥイの胸の真ん中、心臓に向いている。「女の敵ね。殺すしかないわ」

 

「女っつうか、人類の敵だよ。殺すしかねえってのは同感だけどな」

 

ボリスはそう言うと、アラハゥイめがけてブーメランを投げつけた。それは燕のように速く鋭い軌道を描くが、アラハゥイは長杖を薙ぎ払い、大した苦もなく弾き飛ばす。「おやおや、物騒な方々だ」

 

「物騒なのはここからよ」

 

「!」

 

アラハゥイの口元から笑みが消える。

薙ぎ払った長杖の下をくぐり抜けるようにして、アヤネが一瞬で距離を詰めていた。アラハゥイの懐深くに飛び込んだ彼女は冷酷な笑みを浮かべ、刀を奔らせる。

ダンジョンの暗闇の中を、一筋の閃光が煌めいた。

 

しかし響くのは風切り音のみである。鉄が肉を趨り、骨を断つ音はない。

 

「……チッ」

 

アヤネが面白くなさそうに舌を打つ。膝下から斬り上げるように振るった刃は、掠りもせずに空を切っていた。

 

「いやはや、肝を冷やしました。ええ、本当に」

 

アヤネからして斜め後方の位置に、マントを羽のように翻めかせてアラハゥイが降り立つ。人の重みを感じさせない、軽やかな着地である。

 

しかしたまたまそこにあった落とし穴の罠を踏みつけてしまい、彼の身体は奈落の底に吸い込まれていった。

 

「ルネッサァ~~~~ンスッ!!!」

 

断末魔の叫びをあげながら、アラハゥイの姿は闇に消える。ルネッサ~ンス……サ~ンス……サ~ンス……と、残響が空気を震わせていたが、やがて辺りは静寂に包まれた。

 

「……ペッ」

 

ボリスは落とし穴に向かって唾を吐くと、ディアの様子を見に行った。入れ替わりにガンズがやって来ると、身を乗り出して穴を覗き込む。

「さっきの攻撃、完全に躱されたのか?」

 

「そうみたいね。踏み込みが甘かったかしら」

 

「いや、見事な剣筋だった。非の打ち所がない」

 

ガンズは顎に手を当て、何やら考え込んだ。しかし彼の思考はすぐに中断される。下着泥棒のルシュタがいつの間にか近づいてきており、足下で彼の袖を引っ張っていた。

 

「どうした?」

 

ガンズが問うと、ルシュタは手に持っていた何かを見せる。それは先ほどアラハゥイが使ってみせた、『爆乳の呪符』であった。

 

「盗んでいたのか?」

 

思わず上擦った声で訊ねると、ルシュタはこくこくと頷く。一枚だけではない。両手で数えられるだけの枚数が、その手の中にあった。

 

「だが……本物か?」

 

ガンズの言葉に、ルシュタは少し考えたあと、呪符を一枚持ってボリスに近づいていく。

 

「どうした、じーさん?」

 

首を傾げるボリスの前で、ルシュタは呪符を掲げ、魔力を集中させる。すると彼のおっぱいが服を破って勢い良く飛び出し、ボリスを弾き飛ばした。

 

「?!!?」

 

訳も分からず後ろに引っくり返るボリスを見て、ほっほっほっと満足そうに笑うルシュタ。老人の爆乳が、小さな笑い声に合わせてぷるんぷるん揺れている。

ガンズは今にも涙を流しそうな表情で、一言呟いた。「……素晴らしい」

 

「何が?」

 

アヤネが真顔でそう返す。女性には理解できない、男の永遠のロマンがそこにあった。

 

 

 

 

 





自分一人で楽しむんじゃなくて他人に見せて反応を楽しむところに、アラハゥイの真性の変態というか二度とカタギには戻れない手遅れな感じが伝わってくる。
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