Wizardry 薄汚い欲望に囚われし者たちの迷宮 作:無職のプーさん
私の下ネタへの情熱は溢れんばかりのものですが、最近少々ネタ切れ気味です。なのでほんの少しだけ禁断のタフネタに走ろうと思います。マネモブに忌避感のある方はご注意ください。
丸一日かけたシーインの迷宮の探索は、およそ有意義とは言えないものだった。
仮面の紳士、アラハゥイとの一件のあと、ボリスたちは何事もなく第三層を突破し、四層、五層目も無事攻略した。
だが収穫と呼べるものはほとんどなく、闇の中で一人すすり泣く魔女シーインの幻を二、三度目にしただけである。
修道女のディアは儚げな彼女にすっかり絆されてしまったらしく、「私たちで必ず彼女を救いましょう!」と意気込んでいるが、仲間たちはあまり乗り気ではなかった。
それもそのはず、市井に広がる魔女シーインの噂にはろくなものがない。
『先王を誘拐し、ダンジョンに幽閉した』というのは序の口。もっと彼女を貶める、低俗な作り話には事欠かなかった。
ただの人間に生まれた身で、魔族顔負けの高い魔力に恵まれてしまった『魔女』という人種の宿命だろう。
慣れないダンジョン探索に精を出し、ディアはすっかり疲れ果ててしまった。街に戻る頃にはもはや自分の足では歩けず、ボリスにおぶってもらう始末である。
彼女を修道院まで送り届けたあと、一行は酒場に戻り、魔物を倒して得たなけなしの金を安酒に費やしていた。
「まあ、お前ら新入りが軒並み優秀だって分かったことが、今日一番の収穫だな」
ジョッキにたっぷり注いだ牛乳に口をつけながら、ボリスが呟く。「下着泥棒はともかく、学生さんがあんなに活躍するとは思わなかったぜ」
彼の言葉に、エルノはびくっと背中を揺らし、ずれた眼鏡を慌てて直した。「学生って、僕のことですか?」
「他に誰がいるんだよ」
「いえ、僕は特に、活躍と呼べるようなことは……」
エルノの謙遜に、ボリスは少しだけ頬を膨らませる。「よく言うぜ。魔法で暗闇は照らすわ、罠は無効化するわ、敵の群れを消し炭にするわ、ケガは治すわ……やりたい放題じゃねーか」
「そんな、恐縮です」
エルノが苦笑して頭を掻くと、彼はますます頬を膨らませた。膨らみすぎて、顔の形がまん丸になっている。「それで調子に乗らないってのがまた可愛くねえよなー。普通はさんざん調子こいて、痛い目見るまでがワンセットなのにさ」
「ははは……」
エルノは引きつった笑みを浮かべていたが、不意に思い出したように訊ねた。「ボリスさんは一昔前に、先王捜索の依頼を受けていらっしゃるんですよね?」
「まあな。あとで『失敗した』って頭下げに行ったけど」
「そのときの話を、詳しく聞かせてもらえませんか?」
「んー、そうだな……」
ボリスは気の進まなそうな顔で天井を見上げる。頬はまだ膨らんだままだったが、横にいたアヤネに指でつつかれると、口から空気と牛乳を吹き出した。
ボリスは腕を振り回して彼女を追い払ったあと、静かに語り始める。「あのときも、今と同じで優秀なお仲間に囲まれてたぜ。おいらなんかは、もっぱら鍵開けと荷物持ちくらいしかやることなかったな」
「ご謙遜を」
「本当だって。マジで戦闘が始まると、やることなくて後ろで荷物整理始めてたから」
「そんなまさか……」
「ホントなんだってば」
ボリスはそう返したあと、少し間を空け、「まあどこのパーティーもシーフなんてそんなもんだけどな」と付け加えた。
「先王や魔女に関する手がかりは? 何か掴んでいたのか?」
口を挟んできたガンズに、ボリスは肩をすくめる。「何も。魔女の幻はメソメソしてるだけだし、王様の姿は影も形もない」
「彼女の『本体』はどこにいるんだ?」
「知らねーよ」
彼は一言答えたあと、眉間に皺を寄せる。
「お前、まだ諦めてないのか? あの女の裸を拝むこと」
「当然だろう。私は期待に応える男だ」
「誰も期待してねえから」
ボリスはうんざりしたように溜息を吐いた。
エルノは空になった手元のグラスに視線を落とし、遠慮がちに口を開く。「貴方は……真実だと思いますか? 魔女シーインの悪い噂、全て」
「疑ってるのか?」
ボリスが訊き返すと、彼は小さく頷いた。
「違和感がないと言えば嘘になります。一介の宮廷魔道士にしては、あまりにも悪評が多すぎる。……まるで誰かが、意図して広めているかのように」
「考えすぎたろ。難しいことはよく分かんねえけど、先王誘拐の容疑がかけられてるんだから、悪い噂の二つや三つは出るって」
「そうでしょうか……」
「お前もディアと同じクチか。聖職者の性なのかもな」
ボリスは溜息を吐きつつ、再び頬をつつこうとしたアヤネの指を素早く掴み、関節とは逆方向に捻じ曲げた。痛みに顔を歪ませながらも何故か嬉しそうなアヤネを睨みつけたあと、気怠げに席を立つ。
そしてエルノの白いコートの似合う背中に、鋭い視線を投げかけた。
「エルノ。一つだけ、先輩冒険者としてアドバイスしとくぜ。あとでディアにも同じこと言うつもりだけどさ」
「はい」
「過去になっちまった人間に同情すんな。そんなことには金貨一枚ほどの価値もないし、時間の無駄だ。今を生きるおいらたちは、飯を食わなきゃ生きていけないんだからな」
「……」
エルノはおもむろにグラスを置き、振り返ってボリスを見る。「どうせもう死んでるし、もし生きていたとしても見捨てろ。そういうことですか?」
「どう受け取ってもらっても構わないぜ」
ボリスが肩をすくめて言うと、エルノの眼鏡の奥にある藍色の瞳が、わずかに反抗的な光を帯びた。
だが元々争い事に向かない、穏やかなノームの気質である。すぐに悲しげなものへと変わり、しおらしく頷く。「……心に留めておきます」
「ん。じゃあ、また明日な」
「お休みなさい」
エルノの返事を背中に聞きながら、ボリスは一足先に宿に戻ろうとした。が、途中で訝しげに足を止める。酒場の入口あたりが、何やら騒がしかったからだ。
「俺たちが腰抜けとは、よく言ってくれるぜ嬢ちゃん」
戦士崩れのごろつきと思われる屈強そうな男たちが、一人の少女を取り囲んでいる。男たちは下卑た視線を少女に向けるが、彼女に怯える様子はない。
少し癖のある金髪をうなじの辺りで結い、質素だが高級そうな衣服の上からハーフプレートを身につけていた。腰の鞘には一振りのレイピアが納められ、こちらも金をかけた一級品であることが窺える。
「腰抜けに腰抜けと言って何が悪い」
華奢な体格に見合わぬ、尊大な口調で少女が宣った。ボリスやディアよりは背が高いが、ごろつきたちの大岩のような体躯とは比べるべくもない。
彼らは互いに顔を見合わせると、不気味な笑みを溢す。「クッククク……たまんねえなぁ」
「ああ、強気な娘ってのは良いもんだ。ヒヒヒ!」
「ヘッヘッヘッヘッ……!」
彼らの押し殺した笑い声はだんだんと大きくなっていく。しばらくすると、一際図体の大きい男が前に出た。「教えてやろうぜ。なあ、お前ら? 俺たちが本当に腰抜けかどうかをよ」
「へへへ、いいねぇ」
「教えてやろうぜ。……ベッドの上でな」
にちゃあ、と気色の悪い笑みが、ごろつきたちの輪の中に広がる。一人、また一人と、彼らはじりじりと少女ににじり寄っていった。
「怖がることはねえ。楽しませてやるよ」
「ああ、俺たちはエンターテイナーだからさ」
「俺なんて手を使わずに金玉を自由に動かす芸を見せてやるよ」
一番近くまで来ていた男が、彼女の肩をわし掴む。さすがにここが止め時と思い、ボリスが彼らの間に割って入ろうとした、そのときだった。
「ギャアアアッ?!」
「?!」
少女の肩を掴んだはずの手が、レイピアの刃に貫かれていた。細長い刀身を血が伝い、ポタポタと床に染みを作る。
ボリスを含めた酒場の男たちの多くが、その光景に息を呑んだ。
「汚い手で触るな。下衆め」
少女の凛々しい翡翠色の瞳が、ランタンの灯火の揺らぎが作る闇の中で、鋭い光を放つ。
「なんだあっ」
「テメエ、やりやがったな!」
「何だよこのクソ展開!」
「抑え込め!」
男たちは口々に叫び、少女に飛びかかっていった。
彼女は眉をひそめ、呻く男の手からレイピアを引き抜くと、勢いそのままに天井にかかったランタンめがけて一閃する。その凄まじい切れ味にランタンはぱっくりと裂け、中にたっぷり詰まった油が、真下に来ていたごろつきの顔面に降りかかった。
「ウアアア炎ダーッ助ケテクレーッ」
火の粉を浴びて燃え上がった頭を抱え、床を転げ回るごろつき。耳をつんざくような仲間の悲鳴に思わず怯んだ彼らの足に、鋭い刃が奔る。
「なにっ」
「ぐわわっ」
「しゃあっ」
瞬く間に三人のごろつきの脛から血が噴き出し、彼らはほとんど同時に床の上に引っくり返った。
「……」
仲間の半数を一瞬で無力化され、彼らはすっかり勢いを削がれてしまった。もはや戦意が残っているかも怪しく、青い顔で一言も発せぬまま、じりじりと後退し始める。
にも関わらず、少女は変わらず得物を握りしめたまま、周囲に殺気を撒き散らしていた。
「『腰抜け』は訂正しよう。お前たち冒険者は、害虫だ」
床の上でのたうつごろつきたちを鉄靴で踏みつけ、少女は冷酷に告げる。
その顔は仮面のように表情がなく、しかし、溢れんばかりの侮蔑と殺意に満ちていた。「害虫はこの国に不要だ。一匹残らず駆除する。今、この場で」
「……!!」
いよいよ血の気が失せた顔で震え上がるごろつきたち。しかしそんな彼らの前に、ようやくボリスが割って入った。「もう十分だろ。その辺にしとけよ」
「……貴方は?」
「あんたの言う『害虫』だよ。通りすがりのな」
「そうか」
呟くや否や、レイピアをボリスに向ける少女。
眼前で光る血濡れた刃に、彼は思わず仰け反った。「やめとけよ。言っとくが、おいらは弱いぞ。素手でやり合ったって負ける自信がある」
「……」
彼女は押し黙り、しばらくすると、眼前の刃が微かに震え出した。刀身の先を揺らし、敵の目を惑わす技が剣術にはあるが、これはただ単純に彼女の腕の震えが伝わっただけだろう。
そして震えているのは、どうやら腕だけではないらしかった。殺気こそ収めたようだが、依然怒りを湛えたままの少女の目は、酒場の薄明かりの中で微かに揺らいでいる。
「……国王陛下唯一の失策は、お前たちのような信念なき者に、先王捜索を任せてしまったことだ」
「……!」
ボリスは目を見開いた。レイピアの刃はまだ目前にあるが、まるで胸を刺し貫かれたような錯覚を覚える。
骨の芯まで凍てつかせるような冷たい鋼の刀身が、心臓に届いたのを確かに感じた。
「貴様ら有象無象はくだらん目先の利益に囚われる。故に道を踏み外し、何も成すことがない。正しい生まれに恵まれなければ、信念は育たぬのだ。初めから我々『騎士団』を頼って下されば、とうの昔に事態は解決していたものを」
彼女の言葉に、ボリスは唇を舐めてから訊ねる。
「あんたは……貴族か?」
「由緒正しき騎士の家系だ。その嫡子として、私は大義に身を捧げる覚悟がある」
「先王とは、その……親しかったのか?」
そう問いかけるボリスの声は尻すぼみな、小さなものだった。騎士の少女は眉をひそめ、刃の先を少しばかり下げる。「答える義理はない。だが先王は誰もが尊敬する御方だった。惜しまぬ者はいない」
「……そっか」
俯くボリスを怪訝そうに見たあと、少女はレイピアの血を払い、鞘に納めようとした。
そのときになってようやく、彼女は周囲に漂う、奇妙な水色の霧に気づく。そして気づいたときには、すでに手遅れだった。
「ぴゃああああぁっ?!!」
小鳥の雛のような悲鳴を上げ、彼女はその場に蹲る。
胸や腰回りを覆うハーフプレートの部位を除いた、全ての衣服が跡形もなく溶けてしまっていた。丸裸というわけではないが、局所のみ鉄板に隠れたその姿は、かえって変態くさい。
「くそったれ!」
ボリスは悪態を吐きながら近くのテーブルクロスをひるがえし、彼女の身体を覆い隠す。
「無事か、ボリス」
集まってきた野次馬の群れを掻き分けて姿を現したガンズに、ボリスは頭から湯気を出して怒鳴った。
「おかげさまで
「お前を助けようとしただけだ」
「ウソつけ! 裸見たかっただけだろ! 大体こいつはもう剣しまってたし!!」
「誰にでも間違いはあるものさ」
真顔で開き直るガンズに、歯を剥き出して獣のように唸るボリス。腰のダガーを掴んでカタカタと鳴らし、今にも抜きそうな剣幕であった。「生まれてきたこと自体が間違いだったと思わせてやろうか……?」
「怖いな。そう怒ることもあるまい」
ガンズが肩をすくめて言った直後、テーブルクロスを纏って騎士の少女が立ち上がり、ゆっくりと彼に近づいていった。パチン、と小気味良い音が酒場に響き渡る。
「おおっ」
ボリスは思わず感嘆の声を洩らした。少女がガンズの頬めがけ、鋭いビンタをかましたのだ。よくやった、と思わず叫びそうになったが、貴族が相手だったので慌ててこらえる。
「これは貴様の魔術だな。そうだろう。以前似たような騒ぎがあったと報告を受けている」
少女は怒りと恥で、顔だけでなく耳まで真っ赤にしていたが、口調は存外落ち着いていた。
だが冷静さではガンズも負けてはおらず、表情一つ変えずに言う。「言いがかりだな。何の証拠もない」
「この私に誤魔化しが効くとでも?」
「名家の嫡子が証拠もなしに人を疑うのか? ご立派な信念だ」
「……っ」
彼女は努めて冷静であろうとしたが、唇の端がぷるぷる震えていた。ガンズを睨みつけたまま胸に手を当て、静かに息を吐くと、くるりと背を向ける。テーブルクロスが、その背中でマントのようにはためいた。
「……ガンズと言ったか。この礼は必ずするぞ。覚えておけ。貴族は決して、借りを忘れない!」
鋭い言葉を放ったあと、騎士の少女は颯爽と酒場を去っていった。善意で代わりの服を用意してくれていた女性の冒険者たちが、慌てて彼女を追いかけていく。
「お前とはしばらく口きかないからな! 分かったな!!」
ボリスはエルフの友人を怒鳴りつけると、ぷりぷり怒りながら酒場の扉を蹴破るようにして出ていった。
ガンズは切れ長の美しい目を細めてその背中を見送ったあと、ぼそりと呟く。「どうしてあんなに怒っているんだ。アイツらしくない」
ごろつきたちの切り傷や火傷を治療していたエルノとルシュタは、互いにきょとんとした顔を見合わせていた。