Wizardry 薄汚い欲望に囚われし者たちの迷宮 作:無職のプーさん
後日、修道院に赴いたボリスはディアと会うなり、酒場でエルノに説教したことと似たような話をした。
しかしディアは彼ほど遠慮がないため、そこそこの剣幕でボリスに迫る。「私はそうは思いません!」
「……まあ、やっぱりそう言うよな」
「やっぱりって何ですか!?」
荒ぶるディアであったが、先輩の修道女たちに「中では静かに」と窘められ、しょげた様子で声を落とす。
「たとえ亡くなっていたとしても、遺体の回収を試みるべきです。我が修道院なら創造主の奇跡が起こせるかもしれませんし……少なくともちゃんと埋葬すれば、ご遺族は救われます」
「そう言うと思ったよ」
ボリスは溜息を吐き、鞄を探ると、中から数枚の羊皮紙を取り出した。
「……それは?」
「『シーインの迷宮』の地図だ」
ボリスは彼女から視線を逸らし、気まずそうに頭を掻く。
「昔深いとこまで潜ったことがあるって言ったろ? そのとき得た情報が全て書き込んである。何処から下層へ進めるか、罠の位置はどこか、どの道が危険で、どの道が安全か、とかな」
ディアはきょとんとした顔でボリスを見つめていたが、やがてその顔に喜びが満ち、ぴょこんと跳び上がる。
「やった! やっぱりボリスくんは頼りになりますね!」
「おいらじゃなくて、昔の仲間がすげえんだよ」
照れ隠しに呟いた彼から地図を受けとり、その場で広げてみるディア。しばらく眉根を寄せて羊皮紙と睨めっこしていたが、やがて途方に暮れた顔でボリスを見る。「……これ、何て書いてあるんです?」
「悪い。おいらしか読めないんだよ。字が汚すぎてな」
「そんなぁ……」
ディアはがっくりと肩を落としたが、すぐに気を取り直して言った。
「でも大丈夫ですよね。ボリスくんさえ読めるなら。だって一緒に来てくれるんでしょう?」
「そのつもりだけど」
「手伝ってくれるってことですよね。先王陛下と魔女様の救出を」
「……まあな」
「やった!!」
ディアは再びぴょこんとその場で飛び跳ねる。ボリスは彼女が喜ぶのを真顔で眺めてから、呟くように言った。「ぬか喜びさせて悪いが、その地図、あんまり役に立たないかもだぜ」
「え、どうして?」
「全部読めるとは言ってないだろ。実は半分も読めないんだよ」
「じ、自分の字なのに?!」
「ああ」
「そんなぁっ!」
近くの壁に額をぶつけ、ずるずると崩れ落ちるディア。「静かに!」と先輩から二度目の注意を受けたあと、二人は修道院を後にし、酒場に向かった。
酒場では一足先に集まっていた変態エルフのガンズと学生のエルノが、軽い昼食を注文していた。
「昨日はさんざんだった。ボリスのやつ、本当に一言も口をきいてくれない」
「ははは……」
隣で引きつった笑みを浮かべながら、ガンズの愚痴を聞くエルノ。軽く周囲に視線をやってから、小さな声で訊ねる。
「でも、大丈夫なんですか? あの女の子、何やら不穏なことを言い残していきましたけど」
「問題ない」
「だと良いんですが」
「あんな貧相な身体つきの娘など、恐るるに足らん」
「いや、身体つきは関係ないのでは……」
「フッ」
エルノの言葉をガンズは鼻で笑い、横目で彼を一瞥する。「お前もまだまだ青いな、エルノ」
「はあ……?」
「いいか。裸は言葉よりも多くの真実を語る。嘘偽りなどない。真実を語るが故の芸術なのだ。審美に通ずる者ならば一目見るだけで、その者の全てを目に映すだろう。内に秘めし最も恥ずべき秘密、薄汚い欲望すらも明らかにしてしまう。故に裸体は甘美であり、至高の背徳なのだ」
「……」
エルノは無言でガンズを見ていたが、ややあってから額を手で覆い、テーブルに肘をついた。「僕には少し難しいですね」
「お前は若いからな。無理もない」
頷くガンズに、エルノはぼそりと付け加えた。「……でも、僕の恩師の教授が、この前似たようなことを仰っていました」
「ほう……!」
食い気味に身を乗り出すガンズ。「素晴らしいじゃないか。お前の恩師とは是非意見を交わしたいな」
「そ、そうですか。それは良かった」
「お前が約束を取りつけてくれ。いつ会える?」
「え、いや、どうですかね。教授はご多忙なもので。なかなか……」
「むう、つまらん」
ガンズはそれだけ言うと、背もたれに身体を預けた。と、酒場の扉をくぐり、下着泥棒のルシュタがひょこひょこと彼らに近づいてくる。
「おはようございます」
エルノが挨拶すると、ルシュタはもごもごと口元を動かした。顔を覆うふわふわした髭のせいで表情が読み取れず、何を言っているのかも分からない。
だがその手に桃色の呪符が握られているのを見て、エルノはさっと顔色を変えた。
「うわわっ!?」
悲鳴をあげつつ、椅子から飛び退くエルノ。と同時に、ルシュタの服の胸元を突き破って爆乳が飛び出し、彼の座っていた椅子を壁際まで弾き飛ばす。
「物騒な挨拶は止めて下さい!」
珍しくエルノが怒ると、ルシュタはほっほっほっ、と声を出して笑った。
「……その呪符、少し分けてくれないか?」
若干鼻息の荒いガンズの頼みに、ルシュタは快く頷く。懐を探って五、六枚取り出すと、全て彼に手渡した。
「おお……!」
呪符を見つめ、目を輝かせるガンズ。エルノはそんな彼らを無言で見ていたが、コホンと咳払いをすると、ルシュタの胸元に手をかざす。「解呪」
呟くと、清浄な白い光が呪を打ち消し、ボインと張りのある老人の胸が元のサイズに戻った。
「使いどころは気をつけてください。気づいておられないようですが、ものすごく人目を引いてますから」
「ふむ」
ガンズは言われて初めて周囲の視線に気づき、感心したように腕を組む。「やはり至高の芸術は、自ずと人を惹きつけるらしいな」
「……そのようですね」
エルノがどこか投げやりに相槌を打つと、ルシュタは再びほっほっほ、と声を上げた。
ボリスとディアが酒場に到着し、仲間の姿を探してキョロキョロすると、壁際の席にエルノとアヤネが座っているのが見えた。
「おはようございます!」
ディアが明るく挨拶すると、エルノもにこやかに会釈する。「お元気そうですね」
「はい!」
「もう大丈夫なの? 昨日は随分ぐったりしていたけど……」
アヤネが心配そうに訊ねると、ディアは軽く頭を下げる。「ご心配をおかけしました。でも、一晩眠れば疲れは取れます」
「若いって良いわね」
目を細めて呟くアヤネ。ディアは小首を傾げ、彼女の姿をじっと見た。「アヤネさんもお若いですよね?」
アヤネはその問いには答えず、黙って腕を伸ばし、ディアの頭をなでなでする。
「??」
ディアはさらに首を捻ったが、彼女は微笑むだけで、特に何も言わなかった。
「ガンズとルシュタの姿が見えないけど、まだ来てないのか?」
「あ、それは……。……」
ボリスの問いに、何やら口ごもるエルノ。ボリスの訝しげな視線に観念したのか、ぼそぼそと呟くように言った。
「お二人は、その……『コレクション』を見に行きました」
「コレクション?」
「はい。ルシュタさんのご自宅に」
きょとんとするボリスだったが、すぐに言葉の意味を察し、怖ろしげな形相を見せる。「あの馬鹿ども……どうしてくれようか」
指をパキポキと鳴らす彼に、エルノは顔を青くして言った。「て、手荒な真似はやめてください」
「ああ?」
「その、仲間同士で争うのは、良くないと言いますか……」
「……」
縮こまるエルノを見て、ボリスは溜息を吐いた。「何でお前がそんなにビビるんだよ」
「……すいません」
「心配しなくても、アイツらを一人でボコれるほど強くないぞおいらは。もちろん、お前一人にだって勝てやしない」
ボリスは鼻を鳴らしたあと、ポケットに荒っぽく手を突っ込む。エルノはただ「はあ」と困ったように息を洩らすだけだった。
「今日はお前ら、訓練場で過ごしてろよ。おいらも用事ができたから」
そう言ってくるりと向きを変えたボリスの背中に、エルノは慌てて声をかける。「な、何をする気です?」
「別に。血を見るような真似はしねーよ」
ボリスは上着のフードを目深に被ると、静かに酒場の出口へと向かった。
「ちょっとお仕置きするだけだ。……可能な限り、穏便にな」
あまり穏便には済まなそうな声色に、エルノは寒気を感じて立ち上がる。後を追おうとしたが、彼の姿はたちまち人混みに紛れ、次の瞬間には跡形もなく消えていた。