木々が生い茂る森の中を、三人と一台が歩いていた。一人はモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)を押した、十代中頃の旅人だった。黒いジャケットを着て、腰を太いベルトで締めており、右腿にはホルスターに入ったリヴォルバーが釣られている。もう二人は女性で、胸と腰に布を巻き付けているだけの、露出した格好だった。しかし見える腕や脚は華奢ながらも男性の逞しさを思わせる程引き締まっている。
「お姉さん方、どこに向かってるの?」
「私達の里だ。……今誰が喋った?お前、やはり男か?」
「ボクじゃ無いです。エルメスです」
「よろしくねー」
旅人はモトラドのシートをトントンと叩いた。女性二人はエルメスと呼ばれたモトラドをまじまじと見つめている。
「そのもとらど?が喋ったのか」
「不思議な物だ……それに乗って旅をするのか」
「はい。お喋りなので、暇はしません」
「こっちの旅人はキノだよ」
二人は興味津々のようで、キノと呼ばれた旅人に色々な事を聞いた。どうやって動くのか、何で出来ているのか……キノは質問に対して丁寧に答えたが、二人は全く理解出来なかったので「世の中、色々な物がある」という結論に落ち着いた。
やがて彼女達が言う「里」の入り口へと辿り着いた時には、太陽が真上に昇った頃だった。一緒に歩いてきた女性が、門番の女性に説明を行う。しばらく待つ事になりそうだ、と思ったキノは、里の中を見渡していた。
地図で見たように、この森を抜けてしばらくしたら大きな砂漠に直面するようで、昨日よりも少し気温が高かった。その為里の家はキノが前の世界で何度か訪れた、熱帯地域の木造の家と酷似していた。
「これからお前を女王の下に連れて行く。ついてこい」
「分かりました」
キノは再び歩き出した。里の奥に行くと、他よりも豪華な建物が見えてくる。エルメスは入れられないとの事だったので、入り口にセンタースタンドで立たせておき、中に入った。そして進んで行くと、大きな扉が見えた。
「ここは謁見の間だ。くれぐれも失礼の無いようにしろ」
「ボクはどうすれば?」
「片膝を立ててしゃがみ、頭を下げろ」
キノは謁見の間に入り、女王の前に行き、言われた通りにしゃがんで頭を下げた。それを見る女王は、蒼髮で眼帯をしており、大剣を杖のように突き立てていた。格好は他と大差無いが、所々に骨の装飾が見られ、彼女の地位の高さが見て取れる。
「そう固くなるな。我らの里に来た旅人というのは、お前か」
「そうです」
「我はこの里の女王を務めている。……話では他に、喋る鉄の馬もいたそうだがな」
「建物には入れないという事なので、入り口に置いて来ました」
「……そうか。それで、何故この里に来た?」
「ボクは世界各地を旅しています」
「なら最後の質問だ。お前は女か?」
「ボクは女です」
キノは頭を上げて答えた。女王はキノをしばらく見つめ、やがて口を開く。
「良いだろう、許す。好きなだけ滞在するが良い」
「ありがとうございます」
キノは謁見の間を出て、入り口まで戻った。待っていたエルメスが聞く。
「どうだった?キノ」
「無事に滞在出来る事になったよ、エルメス。さて……何処に泊まろうか」
「それなら東に行った所に空き家が一軒ある。それを使え」
「お、良かったじゃん。一軒家に泊まれるよ」
「着いたら少し休憩しよう」
キノとエルメスは案内された家に入り、ジャケットを脱いで床に座り込んだ。額にじんわりと浮かぶ汗を手で拭う。
「流石にジャケットは暑い……どこかで洗濯出来ると良いけど」
「出来るんじゃない?彼女達もずっと同じのを着てる訳でも無さそうだし」
「でもそれまで何をしようか」
「寝れば?」
「よし、寝よう」
「即決だねぇ。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
キノは即座に寝転がり、ものの数秒で寝息を立て始める。それから目を覚ましたのは、太陽が地平線に消えた後の事だった。
「旅人さーん……あれ、寝てる」
「あぁ、今起こすよ。キノ〜?」
「ん……」
「あ、起きた。女王がお呼びですよ。そこの……えと、もとらどさんもご一緒に」
「あら、それは嬉しいね」
虎模様の布を巻いた若い女性に呼ばれたキノは、エルメスを押して再び女王の下に向かった。今度は謁見の間ではなく、来客用の小部屋へと案内される。
丸形の机を囲む椅子には、女王と少女が座っていた。少女も同じく、骨の装飾を施した特別な格好をしている。
「紹介しよう、我の娘だ」
「こんばんは、旅人さん!」
「こんばんは。今日は夕食にお誘い頂き、ありがとうございます」
「良いのだ。ところで、それが例の鉄の馬か」
「エルメスって名前があるけどね。因みにこっちの大食いはキノだよ」
「大食いは余計だよ」
「そうか、キノと言うのか」
キノが椅子に座ると、大量の食事が運ばれて来た。机に、色とりどりの料理が次々と並ぶ。一通り並んだ食事を、キノは物凄いスピードで平らげていった。
「あーあ、動けなくなっても知らないよ?」
「ハッハッハ!良い食べっぷりではないか」
「キノさんすごーい!」
「ふぅ……うぷっ」
「言わんこっちゃない」
腹をさすって苦しそうにしているキノを見て、女王は軽快に笑う。その後も笑いに包まれて、夕食はお開きになった。
夕食から時間が少し経った頃。キノは里の女性達と共に、ある場所を訪れていた。もうすっかり辺りは暗くなり、所々から生き物の鳴き声が聞こえてくる。そんな中、キノの視界には暗闇に立ち昇る松明の火と湯気が広がっていた。
「私達の秘湯だ。さ、遠慮せず入ってくれ」
隣にいた筋肉質の女性から勧められるまま、キノはゆっくりと温泉に脚をいれていく。最初は熱く感じたが、すぐに心地良い温かさに変わっていった。それを皮切りに、次々と女性達が入浴していく。
「ふーっ……」
「気持ちいいかい?」
「はい。とても」
「それなら良かった。汗かいた訓練の後に入るのがこれまた良くてさぁ……」
「その気持ち、ボクも分かります」
隣に先程の女性が浸かる。その腹筋は見事に割れており、腕や脚の筋肉もキノとは比較にならない程、たくましく鍛えられていた。下手したら男性よりも引き締まっているのではないかと、キノは密かに思った。
翌日。いつものように『カノン』の抜き撃ち練習をし、床に布を広げて分解したパーツを並べ、油を差していった。そしてまたそれを組み上げる。昨日の夕食で女王から色々な所を見て回るように勧められたので、早速家を出た。
「ここは……」
「ここは訓練場。毎朝ここで闘い、技を磨くのさ」
柵の内側では、何人もの女性達が闘っていた。ある者は剣を振り下ろし、またある者は槍を突き入れる。昨日温泉で話した女性は素手で闘っていた。
「旅人さん、あんたもいい汗……」
「何そんなとこで油売ってんだい!?」
「うっ、戦士長……」
「悪いね旅人さん。ま、好きなだけ見ていってくれ」
「ありがとうございます」
奥から来た戦士長と呼ばれる女性に、話しかけてきた女性が引っ張られていった。
「いやぁ、ここの人達はたくましいねぇ」
「うん。男性もいないから、女性だけの民族だね」
「いや〜、にしても動きが速い速い!きっとキノとおんなじ位じゃない?」
その瞬間、訓練場にいた視線がキノへと集中した。これ見よがしにエルメスが続ける。
「力も強そうだなぁ!旅で鍛えられてるキノとおんなじ位!」
「エルメス……」
「なぁ旅人さん、少しでいいから私と手合わせしてくれないか!?」
「いや、私と!」
柵越しにわらわらと集まってくる女性達。模擬戦用の武器を半ば強引に渡されたキノは、エルメスを見ていった。
「……あ、そういえばここ何日かエルメスに乗って無いな。ボクはこれから戦わなくちゃいけないから誰かに乗って状態を確かめて貰えると助かるんだけど……きっと馬よりも速いんだろなぁ」
「んなっ!」
視線が、エルメスにも集中した。