一人の旅人が、砂漠をラクダに乗って旅していた。日差しから身を守る為に肩からマントを羽織り、大きな帽子を被っている。ラクダが引きずっているソリにはモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が固定されていた。
「……」
「珍しいね、エルメスがお喋りじゃないのは」
「うん。ゆっくり過ぎて喋る事も無いよ」
「あの人達がこのラクダを貸してくれなかったらもっと遅くなってたよ」
「じゃあここを通らなければいいんじゃないかな」
「それは嫌だ。機会があるなら行ってみる物だよ」
エルメスと呼ばれたモトラドにも布が被せられていた。旅人もモトラドも何も話す事が無く、ただ時間が過ぎて辺りにはラクダの足音とソリが引きずられる音が響いた。旅人の目は一点を見据えている。
「うっすら見えて来た」
「どんな感じ?」
「何だろう……人の形をしているけど、頭が鳥だ。翼もある」
「ほんとに何だろうね?」
「確か『ネフティス』っていう民族の国らしいけど、そこの人達に聞いてみるしか無いね」
「そうだね。そこに着いたら走れるかな?」
「いや、走ったら砂が入ってお陀仏だよ」
「そりゃ手厳しい」
その像は、とても巨大だった。5メートル以上はあり、背中には翼が生えている。
「とにかく今は到着を待つしかないね」
「りょーかーい。着いたら言ってね、キノ」
「分かった」
キノと呼ばれた旅人は、ラクダから落ちないように気を付けつつ進んで行った。
砂地を照り付ける太陽が真上を過ぎた頃、キノは城門前に辿り着いた。浅黒い肌の女性の番兵が出迎える。
「こんにちは、旅人さん。観光ですか?」
「はい。観光です」
「ねーねー番兵さん、何も被らなくても平気なの?」
「あれ?今誰が……?」
「エルメスです。ラクダに引いて貰ってます」
「よろしくー」
「はぁ……エルメスさん、でしたか。私達の一族は代々紫外線に強い特異体質らしいんです。そのおかげですね」
そう言って番兵の女性は門を開けた。キノが中に入ると、レンガで造られた家が建ち並んでいた。中央に見える広場には大きなオアシスがあり、そこから引いた水を使って所々で男性が農作業をしていた。
更に奥に視線を向けると、先程も見えた像がはっきりと見えた。キノは気になり、男性へと声をかける。
「こんにちは」
「ん……?おっ、やぁ旅人さん。観光かな?」
「はい。一つ聞きたい事があるのですが……」
「あの石像の事かな?」
「おっちゃん良く分かったねー。あ、今ラクダの後ろにいるよ」
「んん?見た事も無い機械だな……それにしても喋れるのか」
「まぁね」
「さて、石像の事だったな。あれは『ネフティスの鳳凰神』。私達が信仰する神さ」
「どんな神なんですか?」
「生命を司る炎の神さ。私達は鳳凰神の加護を受けながらこの地で生活している。旅人さんも祈って来たらどうだい?」
「考えてみます。ところで、宿はどこかにありますか?」
「それなら、この通りを真っ直ぐ行ったら左に見えてくるよ」
「ありがとうございます」
「ありがとね、おっちゃん!」
キノは言われた通りに宿へと入り、チェックインを済ませて部屋に入った。
「ふぅ、シャワーとかは……無さそうだね」
「だね」
「…………行ってくる」
キノはタオルと飲み水を持ってトイレに入った。数分後、扉を開けて出て来る。
「何してたの?」
「何でも無い。明日は石像の所に行ってみようか」
「ラクダに乗って?」
「エルメスはね」
「つまんないの」
「しょうがないよ」
キノは宿の食事を堪能してから、布団に入った。夜の砂漠は寒く、日中はほぼ移動していたので、一瞬で眠りについた。
翌朝。いつもの時間に起きたキノは、『カノン』の抜き撃ち練習と、砂埃を掃除した。所持するもう二つのパースエイダー、『森の人』と『フルート』も同様に掃除をして整備した。
「さて……行こうか、エルメス」
「だね」
キノはラクダにソリとエルメスをくくりつけ、マントと帽子を被り外に出た。すると何やら大勢の人が石像に向かっているのが見え、その中には昨日話を聞いた男性もいた。キノは列に加わり、男性に近付く。
「おはようございます」
「昨日の旅人さんだね。おはよう」
「おっちゃん、なんでみんなあの石像に向かってるの?」
「この国では住民は毎朝一回、鳳凰神に祈りを捧げるんだ。見ていくかい?」
「えぇ、是非」
住民達は石像が建つ台座の階段前に集まり、跪いた。先頭には、石像の頭部を模した冠を被った少女がいた。年齢はキノよりも少し下に見えるが、その顔は少し大人びている。彼女が両手を合わせ祈り始めると同時に、全員が祈り始める。キノはその様子を離れて見ていた。
「やらなくていいの?」
「あくまでもこの国の住民だけだからね」
やがて祈りが終わり、皆がそれぞれ戻り始める。キノは先頭の少女の元に向かった。
「おはようございます」
「おはようございます。旅人さんですか?」
「はい。この石像……鳳凰神について聞かせてほしいのですが……」
「分かりました。旅人さんは鳳凰神について何かご存知ですか?」
「確か『生命を司る炎の神』でしたか」
「はい。私は赤の巫女です」
「赤?」
「生命を司る。それはすなわち、死を司るという事でもあります。この国の巫女は皆代々姉妹か双子の女性で、片方が『命と平和の赤』、もう片方が『死と戦いの蒼』の巫女なんです」
「じゃあもう一人はどこにいるの?」
「ふぇっ!?」
「……エルメス、唐突に喋り始めるのは良くないと思うな」
「そう?」
突然喋り始めたエルメスに、少女は驚いた。そして、エルメスの車体をまじまじと見つめる。
「いやぁ、そんなに見られると照れ臭いね」
「その証拠は?」
「特に無し」
「無いんだね。すいません、驚かせてしまって」
「良いんです。もう一人の巫女でしたね。姉さーん!」
少女が大声で呼ぶと、キノの後ろからもう一人の巫女が歩いてきた。少女が赤い服に金色の冠を被っているのに対し、蒼色の服と顔全体を覆った仮面と冠を被っている。少女の姉は、無言で頭を下げた。
「すいません、姉さんは無口な人で……」
「大丈夫です」
「私達二人の巫女と神官達が、民を代表して鳳凰神に祈りを捧げているんです」
「それにしても、なんで女性だけが?」
蒼の巫女が、無言で体をビクッと震えさせた。キノはエルメスを軽く睨む。
「それは鳳凰神が女性の神だからです。女性の方が鳳凰神の加護をより受けられるので、神官や巫女、国を守護する戦士になります」
「なる程」
エルメスが言った。その後もキノは色々な話を聞いた。この国の起源から過去の大きな戦いの記録まで。その全てが、元いた世界では聞きえなかった内容の物だった。一通り話を聞いたキノとエルメスは、宿へと戻った。
「やっぱり不思議な世界だね、キノ」
「うん。でもこうして、前より不思議な旅が出来る」
「不安とかは?」
「無いね」
「そりゃキノらしいや」
そして翌朝。キノは城門へと向かう途中、昨日の巫女の少女と出会った。
「あ、旅人さん!もう次の国へ?」
「はい。……と言いたいんですが、この近くには無いみたいですね」
「それなら、『トラミッド』の方々に乗せて行って貰うのはどうでしょう?」
「トラミッド?」
「はい。この広い砂漠を巨大な乗り物で旅する一族です。私達とも交流があります」
「ドウする?キノ」
「そうしようかな」
「その、旅人さん……じゃなくて、キノさん。良ければこれを貰ってくれませんか?」
少女が手渡したのは、小さな石細工の像だった。あの巨大な石像と同じ物が彫られている。首の付け根には、蒼い宝石が埋め込まれていた。
「キノさんに、鳳凰神の加護がありますように」
「……ありがとうございます」
一人祈る少女を後ろに、キノは門を出た。その石像を、優しく握りしめて。
いや〜中々作風を再現するのがムズいっす