とりあえず頭を引っ込めて、困惑すること数分。一通り自己紹介を終えたらしいカイル…いや、まだ確定したわけではない。物凄くそっくりな他人の可能性もある。…名前まで一緒だけど。今はとりあえずカイル(仮)と呼称しよう。カイル(仮)達が移動し始めた為、俺もこっそりと後をつけることにした。現状、何も分かっていないに等しい為、迂闊に接触したくないのと、確かめたいことがあるからだ。俺の記憶が正しく、仮定も正しければ、次に起こることは予想できる。
そう思って移動しようとした…んだけれども。
「ミャー?」
「や、やあ…」
猫がこっちを見ている。岩場の上からこっちを覗き込んでいる。というか、猫…なのだろうか?眼鏡をかけているんだが…。
「ミャー?」
「えーと…?」
ある程度は異界の言葉は勉強したつもりだったのだが、この子の言葉は全くわからない。困った。俺のことを見て首をかしげているから、誰?的な事を聞いているのだろうか。
とりあえずコミュニケーションの一環として、ほほ笑みを浮かべて、できるだけ友好的な声を出す。
「俺の名前はレックスって言うんだ。君のn「テコー?どうしたんだい?そんな所に登って」
「ミャーッ!ミャーッ!」
岩場の上からこちら側を除いているこの猫…テコと言うんだろうか?を呼ぶ若い…というか幼いと言っていい子供の声が向こうから聴こえてくる。状況からして、先ほどの少年だろうか?
テコ君は俺の存在を少年に伝えたいらしい。ぴょんぴょんと飛び跳ねながら何事かを言っている。いや、伝わらないだろうそれじゃあ。傍から見るとニャーニャー言っているだけである。
「ウィル君?どうかしたの?」
「いや、テコがあの岩場の向こうに誰かいるって言うんです。」
…伝わっているだとっ!?
「え!?向こうに人が!!?」
「はい…、多分。そうなんだよな?テコ?」
テコ君はこちらをちらりと見ると、少年…どうやらウィル君というらしい、に鳴き声を発した。
「ミャー!」
「うん、やっぱりいるらしいです」
「本当!?この島の人ですかね?あ、それとも私たちと同じ出船から落ちた人かも」
「アティさん?どうかしましたか?」
「ヤードさん、それがウィル君とテコいわくあの岩場の向こうに人がいるらしいんです」
「本当ですか!?」
「ほー、そいつが何もんかはわからねぇが、こんな状況だ。情報は少しでも欲しい。とりあえず合流しといたほうが良さそうだな」
大変なことになった。こっそり後をつけて、事の次第を確認しようと思っていたのに見つかってしまった。いや、別にやましいことがあるわけではないのだが。取り合えず、このまま岩場に隠れていても仕方がない。
ウィル君たちがこちらに来ている音を聞きながら、バレてるし仕方ないとこちらから顔を出す。…岩場から顔を出す成人男性の図。我ながら間抜けというか、いまいち締まらない光景である。
「…えーと、こんにちは」
果たして、岩場を乗り越えた先に見えた光景に俺は少し動揺して、直様、それを隠した。理由は単純明快。そこにいた4人のうち2人は完全に知っている人だったからだ。遠目でちらりと見ただけなら、まだ他人の空似でごまかせた。しかし、ここまで近くに来ていてしっかりと顔を見てしまうとどうしようもない。彼ら二人の顔は俺の知っている二人の顔に瓜二つ。いや、本人としか思えないレベルで似ている。おまけに背格好まで完璧だった。
俺は確信した。今目の前にいるカイルとヤードのそっくりさんは間違いなくカイルとヤードだった。俺の知っている彼らかどうかはわからないが、カイルとヤードであるということは疑いようがない。
一方、彼らは突然出来た赤毛の男にやや驚いているようだ。まさか岩場を登っているとは思わなかったらしい。驚きから一番最初に立ち直ったのは、やはりというかカイルだった。
「よう、あんたがいきなり顔を出すから、らしくなく少し驚いちまったぜ」
「あはは…、それは済まなかった。岩場の向こうから声がするから、合流しようとそっちに行こうと思ってたんだ。君たちはここの人かな?」
「ってーと、あんたはこの島の住人ではなさそうだな」
「うん、そうなるね。気が付くとここにいたんだ。えーと、君たちもそうなのかな」
「ああ。俺たちはここに漂着しちまった口だな。あんたもあの船に乗っていた乗客ってことか」
「え!?あーうん。そうなるかな…。あはは」
まさか、湖で釣りして溺れたらここにいましたとは言えない。
曖昧な笑顔を返す俺を少しに不審げに見てから、カイルは…いや、カイル君と呼ぼう。カイル君はこちらに来たらどうだと言ってくれたので、ありがたく岩場を乗り越えて彼らのそばに行かせてもらう。
片手に釣竿を持った状態で危なげなく岩場を下りてくる俺に、カイル君は面白そうに目を細め、ヤード君は微妙そうな表情を浮かべ、俺と同じような赤毛をした女性…、名前はアティさんだっただろうか、は、ぽけっとした表情をし、ウィル君は不審げな表情を浮かべた。ヤード君とウィル君は苦労人属性だということが一目でわかる例である。アティさんはどうやら天然のけがあるようだ。
俺が砂浜に着地をし、近すぎず遠すぎずな距離を保って立ち止まったことを確認してから、カイル君は自己紹介を始めた。
「俺の名前はカイル。こっちの客人はヤード。で、こっちの二人が…」
「アティといいます。こっちは私の生徒のウィル君です。あ、私はウィル君の家庭教師をしているんです。」
「…よろしく」
ニコニコとしたアティさんの影から、睨みつけるような目でこちらを見るウィル君。完全に警戒されている。
その姿は、大昔の俺の生徒、ベルフラウを思い起こさせた。なんとなく懐かしくなって、ひらひらと手を振ってみたが無視をされた。…孫に嫌われたおじいちゃんの気持ちとはこのようなものなのかもしれない。
「ミャー!」
俺の頭上から珍妙な声が聞こえた。こ、この声はっ!
「あ!テコ!ダメですよ!人の頭の上に乗っちゃあ」
「テコ、戻っておいで」
矢張りというか、先ほどのメガネをかけた猫…テコ君だった。テコ君はいつの間にか俺の頭の上に乗っていたらしい、アティさんとウィル君に呼ばれて俺の頭の上から降り、ウィル君の足元まで走っていった。名残惜しげにこちらを見ながら。どうやら、俺の頭の上が気にったらしい。
おいやめろ。
ただでさえ俺に対する目線が冷たかったウィル君の目が完全に氷点下に至ったのが分かる。相棒?らしきテコ君を俺に取られると思ったのかもしれない。
違うんだ、違うんだよ。と内心ひどく焦っていると、俺に4人分の視線が集まっていることに気づいた。何か言いたげな目に、俺は自己紹介をしていなかったことを思い出した。
「俺の名前は、レックスって言います。えーと…、よろしく」
言葉尻を濁しつつなんとなく発した自己紹介の言葉は、3人の笑顔と1人の仏頂面によって迎えられた。
「へぇ、あんたも先生やってたのか」
「はい、だいぶ前のことなんですけどね」
「だいぶ前ってあんた、俺たちと対して年齢変わらんだろ」
「あはは、俺はこう見えて大分年取ってますから」
ざっと数百歳である。200歳を越えたあたりから数えるのはやめてしまった。今の悩みはいつぎっくり腰が来るのかという不安である。
現在、俺たちは世間話というか自分たちのこと話しつつ移動していた。カイル君の船のあるところまで移動するらしい。話を聞くと、ソノラとスカーレルも存在するらしく、最近世界で起こったことも教えてもらい記憶と照合した結果、ここはおそらく過去の世界のようだった。正確に言えば、アティさんとウィル君という俺の記憶にない存在もいることから、1種のパラレルワールドであるようだ。この推測に至った時、動揺しなかったといえば嘘になるが俺も伊達に長い間生きていない。数ある世界のどこかにパラレルワールドが存在しても、おかしいとは言えないだろう。なにせこの世界は割かと何でもアリ。名も無き世界から地盤ごと都市が移動してくるなんてこともあるのだ、大抵のことは受け入れよう。
「なあ、レックス」
山道を登っていく途中、ふとカイル君は話を切り出してきた。ちなみに、カイル君はアティさんという先生がいるので、俺のことはレックス呼びである。他の一行は随分後ろを歩いており、俺たちの様子には気づいていない。前を向いていた俺は、今までの雰囲気とは異なるものを感じ、カイル君へと視線をやり続きを促す。
「あんたは…、あー…、だあああ!俺にはまどろっこしい言い方は合わねえ!いいか、単刀直入に聞くぜ?あんたは、何もんだ?」
「え?」
「あんたの身のこなしを観察させてもらったが、一般人ではありえない動きをしてる。おまけに、その手。それは剣を振りなれている手だ。しかも、かなり年季が入ってる。先生は元軍人だからあの戦闘慣れしている様子や、身のこなしも理解できる。が、あんたは話を聞いてもただの先生だったって言うじゃねえか。それともあんたも元軍人だとでも言うつもりか?」
「…」
「だんまり、か。」
「…すまない。」
カイル君の鋭い視線を前に、俺は何も言うことができない。カイル君の疑問は最もだ。しかし、このタイミングでアティさんと同じように元軍人です、その通りですなんて言えるわけがなかった。更には、先生だけど魔剣の保持者となって戦争で戦ったり町守ったりしてました、なんて言っても信じてもらえるわけがなかった。言えない、というよりは言っても信じては貰えない。結果、俺は申し訳なさそうに眉根を下げてカイル君を見ることしかできない。
俯いた俺を見て、数秒黙ったカイル君は、髪の間に指を突っ込んで頭をかき回しつつため息をついてこっちを見た。
「ひとつだけ聞かせてくれ。あんたは俺たちの敵か?」
「違う」
カイル君の言った言葉が俺の脳みそに十分伝わる前に、俺は反射的と言っていいスピードで答えた。
予想外の俺の反応に驚いたのか、目を丸くしているカイル君の目を見据えて俺は言う。
「俺は、君たちを傷つけることは絶対にない」
カイル君は、俺の知っているカイルとはまた別の存在かも知れない。他の人たちも同じく。けど、彼らは確かにカイルで、ヤードで、未だ会っていないソノラとスカーレルもきっと俺の嘗ての仲間と同じ存在なのだ。仲間は傷つけない。そこだけは決して違えることはない。
俺はカイル君の目をひたと見据える。信じてもらえないかもしれない。けれど、こちらから目線は外すつもりはなかった。
「っははははははっ…!!!」
「!?」
突如大笑いをしだしたカイル君に、俺は半歩下がった。な、なんだこの人、大丈夫か。後ろから追いついてきたヤード君やアティさん、ウィル君が不審気な目を向けてくる。いや、正確に言えばアティさんは不思議そうな顔をしている。彼女は本当に成人しているのだろうか。先程から、挙動が幼すぎやしないか。
アティさんの行く末を案じることで現実逃避していた俺は、突如背中を襲った衝撃に咳き込んだ。どうやら犯人はカイル君らしい。バシバシと背中を叩いてくる。
「いやあ、先生といいあんたといい、面白いな!俺はあんたを信じるぜ、レックス」
「ごホッ、そ、それはありがたいけど、どうしてかな?自分で言うのはなんだけど、正直言って信じるに値するものが何もなかったよね?嘘をついてるかも知れないよ?」
咳き込みながらカイル君に問う。対してカイル君は豪快に笑いながら言い切った。
「なんとなくだな!!!」
「…。」
思わず半目になる。大丈夫かな、この人。俺の記憶にあるカイルよりだいぶ楽天的な気が…、え?気のせい?昔からこうだった?そ、そうか。
俺の半目が気まずかったのか、カイル君は軽く続けた。
「まあ、強いて言うならあんたの目つきとか雰囲気が信頼できそうだと思ったんだよ。裏切られたら、その時は俺の見る目がなかったってことだ。割り切って全力で戦うね。それに。」
そう言ってカイル君は、後ろを歩いているアティさんを見た。その目には楽しげな光が宿っている。
「それに、俺はあんたにこういうことを言う権利なんてないからな。俺は先生に2回も喧嘩を吹っかけて、2回とも負けてんのに許されてんだ。本当なら殺されたって文句は言えねぇ。けど、先生は俺たちを生かした。海賊である俺たちを信じるんだとよ。そうやって信じてもらった俺が、あんたのことどうこういうのはなしな気がすんだよな。しかも、先生はとりあえずあんたを信用してるみたいだ。ほんと、先生は女にしとくにはもったいないほどの豪胆さだ。」
カイル君の言葉を聞いて、俺もアティさんをみやった。赤い長い髪の毛をさらりと揺らし、ヤード君やウィル君と話している彼女は、見るからに可愛らしい女性でそのようなタイプには見えない。まあ、人は見た目で判断してはいけないというのは、この長い人生で得た教訓の一つだ。彼女は芯の強いタイプなのだろう。
side Aty
「ねぇ、先生」
山道を歩く途中、ウィル君に服の裾を引っ張られ立ち止まります。私たちの少し前をヤードさんが、その少し前をカイルさんとレックスさんが歩いています。先ほどカイルさんが大きく笑い出したあと、何事もなかったように二人は歩き出しました。立ち止まった私とウィル君にどうやら気づいていないようです。
「どうかしました?ウィル君?」
周囲を伺うように見回すウィル君に、私は尋ねます。ウィル君は、周囲に人がいないのを確認して、小声で私に言い放ちました。
「あいつらを、信じるの?」
「あいつらって…カイルさんたちですか?」
「そうだけど、あいつもだよ」
ウィル君は嫌そうに視線を、前を歩く赤い髪の青年に向けます。どうやら、ウィル君はかなりレックスさんを苦手と思っているようです。
「カイルさんは、確かに海賊ではあるけれども信頼できると思いますよ。あんなに気持ちよく笑える人を悪い人だとは思えません。それに、レックスさんは…」
カイルさんたちと再会した直後に現れた青年。私と同じような真っ赤な髪と穏やかな笑顔が特徴的な彼は、どこか怪しいというか、隠し事をしているように感じられました。ウィル君の懸念も最もです。でも。
「悪い人には見えないんですよね…」
「…根拠は?」
ウィル君が不満げにこちらを見上げています。初めて会った時より、ややいろんな表情を見せ始めてくれた彼の肩に手を置いて、安心させるように笑いかけます。
「なんとなくです」
「だめじゃないか!?」
「い、いや、あの、雰囲気とかですね、なんとなく信頼のできる印象を受けますよ?」
「僕はそうは思わないけど」
「ええと…。あはは」
バッサリと切られてしまいました。もう力なく笑うしかありません。ウィル君は呆れたようにため息をつきました。そのまま歩き出すウィル君に、慌てて後を追います。その背中に、拭いきれない不安の色を見て、私は続けました。
「もし、レックスさんが悪い人だったとしても大丈夫です」
「え?」
「私があなたを守ります。約束したでしょう?」
「…あ。」
「大丈夫です。」
そう言ってニッコリ笑います。ウィル君を少しでも安心させられるように。
「…うん。」
効果のほどはわかりませんが、ウィル君はなんとなく表情を安心したように緩めたので、私はその小さい手を握って引っ張ると、やや離れてしまったヤードさんたちの方へ駆け出しました。
文才が無いので、ここはこうしたらいいとかご意見がありましたらお気軽にお願いします。