Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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クソ寒い景色を見下ろすよりも
芝生で昼寝してるほうがずっといい


第一章:摘翼-AMPUTATION(ある半身との別れについて)
プロローグ 実際に来てみると期待外れってことあるよね


 

 

 

 

「――いすにっつぁなむ にろーかっかすまどろーまぁ~」

 

 歌が響いている。

 音程は滅茶苦茶。覚えきれていない歌詞は鼻歌で誤魔化している始末で、カラオケマシンに聞かせたらお情けの1点ですら貰えるか怪しい程だ。下手という評価さえ烏滸がましいかも知れない。

 

「にえーた ふーふふんふん すぃにば~」

 

 真上を見れば、どす黒い虚空が広がっている。ほんの少しでも目を凝らしたなら、小さな光の点が無数に広がっていることが分かるかもしれない。

 真下に目を向けると、蒼く輝く巨大な球が一つ、視界を埋め尽くさんばかりに飛び込んでくる。

 

「ふふーんふふん とらばーとらばーうどーま~」

 

 ここは高度450km。カーマンライン(空と宇宙の境目)の更に上の低軌道にして、タイミングさえ合えばISSがそこそこ近くに見える場所……すなわち宇宙空間だ。

 周囲にはおびただしい数のデブリや、致命的な放射線が飛び交う、単に冷たくて過酷なだけの領域。底冷えする程に静かな空間に、今は男の声だけが唯一の音源として存在していた。

 そんな(そら)を、人型の鎧を纏った一人の男が飛んでいる。口ずさむ歌は相変わらず音程が取れておらず、しかし男はそれを気にしていない様子だ。

 

「ずぃろーなや ずぃろーなや とらばぁ~」

 

 気持ち良さげにサビを歌い切ったところで、男の耳元で通知音が囀った。

 


 

 


 

管制室(CC)よりOFX-2のパイロットへコード05(マルゴー)いい加減にそのヘタクソな歌を止めろ!

 

「あぁ? ――管制室へコード05(マルゴー)。こちとらこんな殺風景で面白みもない場所にぼっちで寂しいんだよ。予定通り仕事してんだから何歌おうが俺の勝手だろうが」

 

『管制室に何人居ると思ってる……一々大音量でその歌聞かされる身にもなれ。

 ――フェーズ5まであと70秒だ。ターゲットは見えるか?』

 

 通信の相手は地上の管制室だ。

 この低軌道には定まった前後左右も無いし、物と物の距離感覚は地上のそれとは比較にならない程に離れている。そんな中を飛ぶとなれば、外部からのサポートは必要不可欠だった。

 

「まだこの距離じゃ――いや、たった今目視で確認した。これよりアプローチに入る」

 

 男が身を翻すと、致命的な直射日光に照らされて、その外観が明らかになる。

 赤色をベースに、ところどころに灰色と黄色が配置された装甲は男の全身を覆っており、その中身を直接見ることはできない。

 顔面には濃い紫色のラウンドバイザーが取り付けられており、種々のセンシングデバイスの集合体として、パイロットが求めうるすべての情報を今この瞬間もかき集めていた。

 左足から先には、本体と同じ色のコンテナユニット兼増加推進器が取り付けられている。コンテナは巨大で、男の駆る本体よりも少し大きいほどだった。

 

「スラスター、制御レンジをシフト」

 

 男が確認するように呟くと、蒼白い光が尾を引く背面のスラスターユニットとその周囲の装甲がスライドし、蒼白いプラズマが小規模な爆発となって撒き散らされる。背後に気にすべきものは何もないので、男には何の躊躇もなかった。

 

 男の目には、眼下に広がる青い景色に付いたゴミのような黒い点が映っている。急速に大きくなっていくそれは、今回のミッションのターゲット――昨年に機能不全を起こし、そのまま役目を終えた日本の人工衛星だ。

 

「ターゲットまで距離4000。減速開始」

 

 スラスターの噴射炎が俄然大きくなると、男の身体には後ろ向きの慣性が掛かる。古典物理学に従えばあり得ないことだが、男と管制室の人間達にとっては当たり前のことだった。

 

『あと30秒。軌道上にデブリ無し』

 

 接触に備えて男が両腕を前に伸ばすと、いよいよターゲットの詳細な姿が見えてくる。大きさは概ね男の駆る機体より一回り小さいくらいだ。

 黄金のサーマルブランケットに覆われた箱状の本体からは一方向に向けて長い太陽光パネルが伸びており、別の面には大型パラボラアンテナが取り付けられている。パネルは太陽へ、アンテナは地表へそれぞれ向けられているはずだが、姿勢制御に失敗したためかどちらもあらぬ方向を向いている。

 

『あと10秒。9、8、7……』

 

 そして、その時が訪れた。

 ガクン、という一際強い衝撃と共に、男の両腕は衛星を掴んだ。

 

「管制室へコード23(フタサン)。これよりフェーズ5、格納作業を開始する」

 

『OFX-2へコード04(マルヨン)、フェーズ5了解。パネルの折り畳みは可能か?』

 

「管制室へコード05(マルゴー)。ダメだ、アクセスに応答がない。手動で畳む」

 

 そのまま管制室との交信を続けつつ、男はテキパキと衛星を脚部に接続されたコンテナに格納していく。コンテナの容積に余裕があるため、然程手間は掛からないだろう。

 

 ――OFX-2「ワルキュリア」。男の駆る機体の正式名称だ。

単体での大気圏再突入能力を備えた軌道飛行機(Orbital Flier)を製造するOF計画の一環として建造されたこの機体は、型式番号にあるXの文字が示すように試験機だ。

 

 マルチフォームスーツ「インフィニット・ストラトス」――通称ISが発表されてから今年で8年目。初めこそ、その圧倒的な性能から「新時代の宇宙服」「宇宙開発の革命児」「人類の夜明け」と持て囃されたそれも、すぐに軍事利用の可能性に目を付けられ、今や強引にスポーツマシンの立場に押し込まれてしまった。しかもそれには女性にしか動かせないという欠点まであった。

 OF計画は、それに並ぶ新たな極限環境用パワードスーツを作るために始められた計画だ。

 

 今回のミッションは、人工衛星の軌道投入と機能不全を起こした人工衛星の回収だ。宇宙まで人工衛星を運んだ後、空いたコンテナに別の衛星を格納して戻る。

 

 スペースシャトルを始め、大気圏再突入能力を持った宇宙船による衛星の軌道投入はすでに行われていたことだが、人工衛星の回収は前例がない。大量のデブリが飛び交う衛星軌道に飛び込んで、わざわざガラクタを持って帰ってくるなど、普通ならコストに見合わないからだ。だがワルキュリアならば、凡百のロケットとは比にならないほど安価に実行できる。

 

 基本的に人工衛星が役目を終えた場合は、軌道離脱作業を行ってその軌道を他の衛星に空ける。その後大気圏で燃え尽きるか、そのままデブリとなるかは物によるが、後者の方が多い。今回の場合、軌道離脱を行う前に衛星が制御を失っている。単に邪魔なこれを無事に回収し地上へ持ち帰ることができれば、原因の究明やデブリの除去、資源の再利用など多くの成果が見込まれる。

 試験機ワルキュリアという一石が、果たして何鳥となるか……このミッションは、OF計画にとっての試金石だ。

 

 そうこうしている内に脚部コンテナの蓋が閉じ、格納作業が完了する。後は地上へ戻るだけだが、帰るまでが遠足だ。地に足を着ける最後の一瞬まで気は抜けない。

 

「管制室へコード05(マルゴー)、格納作業を完了した。これよりフェーズ6へ移行――――なんだあれ」

 

『OFX-2へコード09(マルキュー)、よく聞こえなかった、もう一度言ってくれ』

 

「いや、コード05(マルゴー)。こちらのカメラ映像見て欲しいんだが……なんだあの、クダクラゲ的なやつ」

 

 ワルキュリアの前方、数十km先に奇妙な物が見えた。戦闘機ともロケットとも付かないような形状の緑色をした物体が7つ、一列に並んでグネグネと三次元方向に蛇行しながら移動している。望遠を掛けているとはいえ随分と大きく見えるそれらは、各々直径10mはありそうだ。各々の後ろからピンク色の噴射炎のような光が見えたので、恐らくは反動推進で飛行しているようだが、あのような機動ができる飛行機があっただろうか。

 そして、7つの謎の物体があたかも一つの個体のように振る舞って移動する様子を、男はクダクラゲに例えたのだった。

 

『これは……なんだ? UFOか?』

 

「定義上はUFO(未確認飛行物体)で良さそうだが……どうする? 指示を仰ぎたい」

 

 物体の行く先は男の方を向いているように見えた。このまま行けば、ワルキュリアと物体がぶつかるかも知れないし、或いは近くを通り過ぎていくだけかも知れない。

 何にせよ近付く前に行動は決めておきたいと、男は管制室に問う。

 

『とりあえず回避を試みてくれ、何事も……ば、……まま通……。

 ……れ……、……避し……。……い周……ブリ……無……』

 


 

warn: Limits of maintaining comms. Comms dropped.

 


 

 管制室からの応答に、突然ノイズが混じり始める。ノイズの割合は急速に大きくなり、直ぐに何と言っているのか分からなくなってしまった。

 そのまま通信はブツリと切れた。

 

「え、ちょ、管制室へコード01(マルヒト)! 何言ってるか聞き取れないぞ! ――管制室! 応答願う!

 ……チクショウ、ここで壊れるか? 普通……。俺が何したってんだよ」

 

 使い物にならなくなった通信に男は悪態をつく。実のところ地上でも男の安否が分からなくなったことで管制室が騒然としているのだが、当然ながら男にそんなことは分からない。

 

 ふと、男が例の物体に目を向けると、距離が縮まったからだろうか、その進路が確実に男の方へ向けられていることに気付いた。

 ――いや違う、物体がこちらに向けて加速している……!

 

 ワルキュリアのシステムは物体認識を作動させた。

 物体へと素早く望遠機能が働き、列の先頭からA、B、……F、Gという風にラベル付けされたオレンジの長方形で、男の視界に映る物体をそれぞれ囲っていく。

 

「――あぁ? 何するつもりだ……」

 

 ほぼ同時に、けたたましい警報音が鳴り響いた。

 


 

warn: Shooting alarm. Been fired on.

 


 

「は――?」

 

 警報が出るのとどちらが早かったか、7つの物体すべてから琥珀色の球体が男の方目掛けて撃ち出される。センサーで追える限界手前の弾速だったのは数少ない幸運だっただろう。

 反射的に機体を右に反らせる男だったが、荷物が重いためかあまり移動出来ず、ギリギリの回避となった。

 

「……そういうことかよ。なーにがUFOだ! 紛れもなく殺しに来てんじゃねえか!」

 

 ここは宇宙空間。空気も水もない代わりに、人間を死に至らしめる要因ばかりが当たり前のようにゴロゴロ転がっている。物体が何を撃ったにしろ、被弾してワルキュリアの装甲に穴が空くようなことがあれば、待つのは死あるのみだ。

 

宇宙戦争(スター・ウォーズ)は仕事に入ってねーよクソがっ! ――どうする、コンテナは捨てるか……?」

 

 男の全身に緊張が走る。

 死んで花実が咲くものか。コンテナの中身ごとミッションを放棄することも考えられたが、男には猛烈に嫌な予感がしていた。

 

――このまま安々と逃してくれる相手なのか? 後ろから撃たれるだけじゃないのか?

 

 大気圏再突入を試みて死んだ自分の亡骸が、装甲が抉られるように砕けたワルキュリアの残骸が、男の視界に幾つも浮かび上がるようだった。

 男は今、自分の死と対面している。

 

 相手は会話より先に殺意をプレゼントしてきた。弾速からして安全に逃げるのは難しいだろう。

――そうと分かれば、残る手は一つ。戦うしかない。

 

 しかしながら、今のワルキュリアに武装と呼べるものは一つしか無い。それも、衛星の格納が難しかったときに()()()()()ための短いレーザーブレードが一振り、腰にマウントされているだけだ。

 そもそも普通、宇宙へ行って帰ってくるだけのお使いに誰が武器を持って行くというのか。宇宙食がフリーズドライ加工されているのだって、少しでも重量と体積を減らすための処置だ。使いもしないウェイトを括り付けて飛行するなど、諸々のコストの無駄でしか無いのだから。

 

「コンテナを置いて突撃、()()であれのスラスターを壊しつつ、この軌道から蹴り落とす……やれることっつったらこれくらいか。

 ……いいさ、やってやる。シミュレータ通りにやれば、いつだってOFX-2(コイツ)は応えてくれるんだからな。なにより――」

 

 ――ひとりごとは得意なんだ。そう呟きながら、男はコンテナの接合部に命令を送る。

 


 

warn: Purged Container.

 


 

 ガコンという音と共にコンテナが外れるのを肌で感じ取った男は、OSからの通知が出るよりも早くスラスターを吹かした。

 速度を得た男は、先ず向かって右に急旋回をする。この後生きて帰れたら回収する予定のコンテナを撃たれたくないし、奇妙な機動をする物体の動きを多少なりとも見極めたかったからだ。

 

 男の見立て通り、第2射はコンテナではなくワルキュリアを狙って飛んできた。狙いはワルキュリアそのものか、或いは単に動きが激しい方を狙うのか、どちらにせよ状況は男の方に傾いたようだった。

 男はスラスターを精密に操作して機体を小刻みに振ることで全弾回避して見せる。これが戦闘機なら慣性によってパイロットに多大な負荷が掛かるところだが、ワルキュリアに搭載されたザイオング慣性制御システム(Xyong Ineratia Control System)――略してXICSがそれを大きく低減する。

 

「おぁああああああ!! 鈍い、鈍いなァっ! そんなんじゃ夏の蚊も落とせねえぞ日本人舐めんな!」

 

 控えめに表現して、今の男は興奮している。死の恐怖と己の技量への自信が、男の全身にアドレナリンを行き渡らせていた。心拍数は高く、全身から汗が滲んだ。声も上擦り、脳裏に浮かぶ語彙は普段より数を大きく減らしていた。

 

 目標まであと10秒速といったところで、物体の列が動きを変える。元から三次元的な単縦陣を取っていた物体だったが、7つ全ての側面がワルキュリアを向くように、ぎょっ、と列をくねらせて移動した。

 なんであれ列に並んだことのある人間なら分かるだろう。前に人が居るとその方向は見づらいが、横を見る分には列のどこにいても変わることはない。視線も射線も、結局は同じものだ。

 したがって今この瞬間、7つの物体は互いが互いの射線を遮らず、個々にワルキュリアを狙うことのできる最も攻撃的な配置になったと言える。

 

 対する男の行動は単純だ。背面の装甲をスライドさせながら先程同様の変速操作を行うと、更に速度を増して物体が作り出す列の後方を目指す。古き良きドッグファイトの構えだ。

 

「――そのケツ割ったらぁっ!」

 

 バラバラのタイミングで放たれる第3射の大部分を、最後尾の物体Gを盾にして防ぎつつ、男はそのまま推進機目掛けてレーザーブレードを振りかぶる。火花を散らして、柄から伸びた刀身に、オレンジ色の光で構成された刃が出現した。

 工作用ゆえレーザーブレードに大した出力はなかったが、噴射炎で熱されていたことで強度が多少落ちていたのだろう、物体Gの推進器は簡単に破壊される。すると推力を失ったことで物体Gの姿勢がぐらりと揺れ、そこから先の6つに置いていかれる形で距離が離れていく。

 

 ワルキュリアに武器は一つしか無いのは事実だが、()()()()()()()()()()を含めるなら二つ目が数えられる。すなわち、慣性制御機構のXICSだ。

 機体が運動する上での質量を仮想的に変化させられるこの機構なら、全高3mに満たない()()であっても全長10mオーバーの()()に強力な打撃を見舞うことが可能だ。

 

「おらさァっ!!」

 

 蹴りというよりは足踏みの方が近いだろうか。制御を失った最後尾目掛けて男が右足を振り下ろせば、強い衝撃と脚部装甲越しに伝わる金属が軋むような音と共に、物体Gの残骸が眼下の青空へ落ちていく。

 こんなサイズの物体を軌道上から落とせば、隕石衝突よろしく地上に被害が出る可能性も考えられたが、そも大気圏突入とは耐熱パネルが一枚剥がれただけで空中分解が起こる過酷なものだ。推進器に傷を付けたこの残骸なら、落下する過程で確実にバラバラになるだろうとの見立てが男にはあった。

 

 もしもそのまま眺めていたなら()()()流れ星を上から観察することができたかも知れないが、この非常時にそんな暇はない。直ぐに飛んできた6つの弾丸を回避しつつ、新しい最後尾を目指してスラスターを吹かした。

 

 そこからは実に順調だった。

最後尾のGにしたようなことをF、E、D、C……と繰り返して流れ星を量産していく。本来の用途から外れたレーザーブレードの調子は良く、強い衝撃を受けているはずの脚部も特に不具合無く仕事を果たした。どちらかといえば男の足の方がジンジンと痺れ始めていたが、それも一過性のものだろう。男は全く気にしていなかった。

 

 だが、残り一つとなったところで話が変わる。

 前から2番目の物体Bの推進機を切り裂いた直後、先頭のAが後ろにいたのは全部お荷物だったとばかりに速度を上げて、より乱雑な軌道を描きながらワルキュリア目掛けて琥珀色の弾丸を連射してきた。

 

「――はぁぁぁぁぁぁ?! 話違ぇだろうがふざけんな!!」

 

 男は咄嗟に、AMBACの要領――物体Bの残骸を蹴った反動で飛び退く――で初撃を回避すると、そのまま全速力で物体Aを追いかけ始めた。

 

 連続で飛んでくる弾丸を避けつつ追跡を続けていると、男はこの物体がどのようにして射撃を行っているのかを見ることが出来た。

 まず、射撃の直前になると物体の表面全体が琥珀色の光を一瞬だけ放つ。望遠を掛けて見ると、同じ色の粒子が表面から滲み出るように現れているのが分かった。次に、その粒子がワルキュリアと物体を結ぶ直線上の位置に一瞬で球状に収束したかと思えば、急にその弾丸が速度を得てワルキュリア目掛けて撃ち出されるのだった。しかもここは宇宙空間。抵抗はないに等しいので、最後までしっかり等速直線運動で弾丸が飛んでくる。

 要するに、この射撃に射角の制限は無い。ワルキュリアに向けて弾をばら撒きながらいくらでも逃げることが可能だ。

 

 こうなると、男は格段に不利になる。基本的に背後を取った方が勝つドッグファイトと違ってこれは世に言うところの引き撃ち……追いかける方が不利だ。

 距離を詰めようと最短距離を目指せば、そこは相手の射線の直上、逆に回避を優先して蛇行すれば、あっという間に距離を離されてしまう。

 

 ISに搭載されている全方位センシングデバイス(ハイパーセンサー)のようなものはこのワルキュリアに搭載されていない。弾速から考えてもアレを視界から逃したら負けだ……そう考えた男は、一先ず距離を取られることを許容しつつ、回避と物体Aの観察に徹することにした。

 

「チッ、ちょこまか逃げやがってからに……お前が夏の蚊になってどうすんだよコラ」

 

 相手から離れていればそれだけ着弾まで猶予ができるし、視界に収め続けるのも多少は簡単になる。だが、男の集中力は有限だ。

 ただでさえ精密な制御が求められる軌道上のミッションの真っ最中に、未知の相手との殺し合いをいつまでもしていられる人間はそうそういないだろう。仮にいたとしても男はそれに該当しない。

 更に言えば、こうして戦闘が長引くほどデブリとの衝突リスクも増大していく。先程までのワルキュリアがある程度自由にこの空間を動けたのも、地上からのデブリの軌道情報があったからだ。管制室との通信が切れてから何分経過しただろうか、どの道最後に受け取った情報の賞味期限も切れているに違いない。

 男の置かれた状況はジリ貧。それも急速に事態が悪化している。

 

 さて、どうやってアレを叩いたものか……思案する男の傍を琥珀色の弾丸が掠めた。大丈夫、まだ回避はできる。

 

「ヒリつくなチクショウ。まだデブリは来てねえか――あら?」

 

 ちらりと周囲を見渡した男の目を引いたのは、先程破壊したまま放置していた残骸――さっきまで物体Bだったものだ。推進器を破壊した後、この軌道から蹴り落とす前に先頭のAが行動パターンを変えたせいでそのままになっていたのだった。

 

 思えばあの残骸、他の個体からの射撃をものともしていなかったよな――男の脳裏に先程の()()()作業の情景が浮かぶ。そもそもあの列を後ろから攻めたのは最後尾以外からの射線を切るためだったが、実際には射線が切れようと残りの6つはお構いなしに撃ってきた。

……しかしその弾丸がワルキュリアに届くことは無かった。この物体の装甲でそれらが防げていたからである。

 

「ほほーう……俺、イイこと思いついたかも知れん」

 

 早速、男はBの残骸を目指して飛ぶ。今なお苛烈な射撃を続けるAを視界に収めながらだったので多少時間は掛かったが、無事にたどり着くことができた。見立ての通り、Bの残骸には男がブレードで付けたものを除けば傷がなかった。防御手段としては十分だろう。

 男は早速残骸に取り付くと、ブレードでそれを内部までしっかり破壊した後――中には誰もいなかった――きれいな面を目標に向け、それを()()()()構えた。

 

 XICSをフル稼働させても機動力の低下は免れないし、()の全長は10mオーバー……かなり端を掴まなければ頭を出して前を見ることさえ適わない。

 

 ――だがそれでいい。

 

 見てから回避は出来ずとも、着弾までに頭を引っ込める時間は十分にある。遅くなったといっても最短距離を攻めれば追いつくことは可能だろう。

 男の脳裏には、流れ星をもう二つ作るまでの様子がはっきりと浮かび上がった。

 

「待ってろクソエイリアン、オメーを芸術品に仕立て上げてやんよッ!!」

 

 その言葉が突撃の合図になった。

 背後に爆発的なプラズマを撒き散らしながらスラスターの制御レンジが最大のものにシフトされる。

 りぃん、というジェネレーターのかん高い駆動音が装甲を震わせ、ワルキュリアのスラスターとXICSがフル稼働して推力を生み出す。パイロットの慣性までは完全に手を回すことができなかったのか、身体に強い慣性が掛かるが男は気にしない。

 

 最速・最短を実現すべく一直線を描くのは男だけではない。目標から放たれる琥珀色の粒子弾も同じだった。しかも器用なことに盾の端からちらりと覗かせるワルキュリアの頭部を狙って――

 

「あーら危ないっ、頭を下げればなんとやら――ってなァっ!」

 

 モグラ叩きの如く男は頭を引っ込める。弾速ゆえに隠れるのは一瞬で良かった。

 そうして撃たれては隠れを繰り返し、両者の距離はじりじりと縮まっていく。

 

 そして、その時が訪れた。

 

 ――ガッゴゴン!!

けたたましい轟音と衝撃がワルキュリアと男の身体を突き抜けた。

 

パイェーハリィィィ!!!*1

 

 男は即座に盾を離してその端を飛び越えると、盾にめり込んだ敵の推進器目掛けて腰のブレードを振り下ろす。今までに壊してきたものと同じく推進機はいとも簡単に壊れたが、その噴射炎は形を歪にしながらも中々消えない。このまま往生際悪く抜け出して反撃を狙っている様子だった。

 

 男は推進機を斬り刻むのを諦め、物体Aの中央に移動する。そして、トドメとばかりにその中心にブレードを突き立てる。分厚いその内部へ確実に刃が届くようにグリグリとブレードをめり込ませ、それでも入り切らない分は足で数回踏みつけて捩じ込むと、今度こそ目標は動かなくなった。

 

 完全勝利。

一切の被弾もなく、誰の助けもなく、男は生き残った。

 

 緊張の糸がついに切れた男は、今さっきまで敵だったものの残骸の上にへたり込む。息は荒く、頬が火照って仕方が無い。今なお早鐘を打つ心臓は、首筋と顳の辺りの動悸として感じることができた。少しだけ頭が痛い。

 

「ふ、ふへぇ〜……もう何も考えらんねぇ……」

 

 とはいえここは宇宙空間。少なくとも安心出来るような環境ではない。

 周辺への注意を切らさず多少呼吸を整えることができた男は、本来の目的を果たすべく、先程外したコンテナの元を目指す。コンテナにはいざというときのためのビーコンが取り付けられているので、男は特に迷うことなくコンテナを回収することができた。

 

 後はこのまま大気圏まで降りていけばいいのだが、男には例の残骸が気掛かりだった。

 そもそも男がここに来た目的の一つはデブリを減らすこと。その一つを回収できたとはいえ、新しく一つここにデブリを置いていくのでは意味が無い。かと言ってコンテナを付けたこの脚では先程のように蹴り落とすこともできないし、何より今度は2つの残骸が突き刺さる形でくっついてしまっている。落とす物は大きい程、そして重い程に危険だ。

 

 さてどうしたものか……男が思案しながら残骸の前まで戻ってくると、漸く通信が復旧する。

 

『おい、ショウ! 聞こえているか! 聞こえているなら応答しろ! ショウ!』

 

「ゲインでっか!! んな大声で名前呼ばんでも聞こえてるよ喧しい……やっと復旧したようで安心だわ」

 

『そ、そうかスマン……それで、何があったんだ? 報告してくれ』

 

 それから男……もとい、ショウは管制室に通信が切れてからのあらましを端折り気味に語る。そして、詳細は地上に戻ってからと前置きした上で、この大きな残骸をどうすべきか訪ねた。

 すると、管制室からは5分待てとの指示が。ショウは指示通り待つことにして、デブリが来ないか周辺の警戒に努めた。

 

 気付けば周囲は真っ暗になっている。この高度を周回するものにとって、昼と夜は短い。明るくなったかと思えばすぐに日が沈むのだ。日差しが無くなった今、眼下の地上に点々と輝く文明の灯りが数少ない光源だった。

 ショウは身震いした。ワルキュリアの断熱は完璧だが、そのすぐ外側は摂氏にしてマイナス100度を下回る。見ているだけでこちらが冷えてきそうだった。

 

 管制室からの返事は予告の通り、きっかり5分で来た。

 

『管制室よりOFX-2へコード05(マルゴー)

 先程の回答が出た。その残骸も回収してくれ。()()が引き取るそうだ』

 

「え、マジ……管制室へコード04(マルヨン)。これよりフェーズ6へ移行、再突入シーケンスを開始する」

 

 この大物を持ち帰れとの指示に一瞬たじろぐショウだったが、すぐに残骸の下に潜り込んで、それを地上に引き込むべく再突入へ向けた準備を始める。

 

 大気圏への再突入は、精密な姿勢制御と速度調整が要求される、最も危険な瞬間の一つだ。

 しかし、XICSの能力を以てすれば、例え本体よりも数倍大きな物体を掴んだままでも実行可能なレベルまで簡単なものになる。

 

 管制室との交信を続けながら、ショウは着々と高度を下げていく。相変わらず暗闇の中にいるが、大気の有無は大きな差だ。

 もうショウを脅かすものは殆どない。先程までの過剰な緊張は何処へやら、むしろリラックスしているとさえ言えるだろう。

 

「あぁ……めっちゃトイレ行きてぇ……」

 

 ショウは再び身震いした。

 

 

 

 


こんかいのまとめ

 

・ショウ

 

 歌が下手、ガラが悪い、運も悪い、操縦が上手、歌が下手。

 こんな暗くて冷たい場所のどこが良いわけ?

 宇宙が好きでもないのに宇宙に来ちゃった男。

 

・管制室のみなさん

 

 ショウの歌で困ってる。きっと苦労人。

 

・謎の物体

 

 原作だったら1秒足らずで全滅させられるであろうザコ敵。

 地球は青かった。中には誰もいなかった。

 流れ星にされたりお持ち帰りされたり。

 一度も呼ばれなかったが、名前はサージ。

*1
поехали。ロシア語で「さあ行こう」を意味する言葉で、人類初の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンが打ち上げの際に発した言葉とされる。




 今年の秋に「R-TYPE TACTICS I・II COSMOS」が発売するということで、R-TYPE FINAL2発売から1年くらいのところで布教がてら構想を始めた作品を投稿。
みんなもR-TYPEやろうね!

本編中に時々出てくる「コード〇〇」というのは、アメリカの警察等で使われていたテン・コードみたいなものです。雰囲気だけで大した意味はありません……。

機体の説明とかいる……?

  • 絶対欲しい!
  • あったらうれしい
  • うむっ、緊急連絡だ。
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