Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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だってアナタ、呪ったでしょう



08-2 狂おしきガリアード

 今日この試合を通してセシリアは、ショウの人柄についてその幾らかを知ることができた。

 

 ショウは最初に、前の試合の間はシミュレーターをしていたと言っていた。ここまでの戦い様を見るに、それが遊びでなかったことは明白だし、言い換えればその間ずっとこの試合の準備を続けていたことになる。

 そして、リスペクトと称して「使いたくない」はずのポッドシュートを使う。ああいった補助戦闘デバイスを自在に、しかも自分が飛び回りながら動かすことが相当な負担を脳に強いることを、BT計画のメインテスターたるセシリアは身を以て理解していた。

 そもそも、学生身分ならもう経験してるからと身を引くこの男が、こんな試合に出る必要はない。始めは口で嫌がっていたが、結局は「推薦されたから」というだけでこのアリーナに立っている。

 

 これらからセシリアが出した結論――それは、ショウという男が律儀な人間であるということ。

 試合序盤に暫くの間続いた射撃と回避の応酬では、セシリアからしても面白いくらいに命中弾が無かった。それなり以上に自信のあったセシリアの狙撃の尽くを、さも当然のようにショウは回避してみせたのだ。

 先ほどレールガンを破壊されたことで遠距離戦闘能力を大きく失ったショウ相手に一方的な遠距離戦を押し付けても、決着より先に弾切れがやって来るだろう。エネルギー兵器といえど無限には撃てないし*1、遠距離戦が終われば次に来るのが純粋な近距離戦なのは火を見るよりも明らかだった。

 

 ――あの男は、この試合を楽しんでいる。

 実際、膠着状態の銃撃戦を打ち切ったのもショウからだった。味気無い勝利なんかより、鎬を削るギリギリの勝負に旨味を見出すのがあの男なのかも知れない。

 であれば、あの男が面白がるような戦いを挑めば、ショウは必ず応じる――セシリアには、そんな打算と信頼が芽生えていた。

 

 そこでセシリアは発想を転換する。詰まる所、躱されるなら近付いて逃げ場を制限してしまえば良い、と。

 セシリアはショウへ向けて突撃した。ワルキュリアの残りの武装では近距離の比率が多いとはいえ、距離を保ったまま逃げ回っていた方が圧倒的にショウが有利だったはずだが、果たしてショウもそれに応じた。

 

 武装と経験から近距離戦を苦手とするセシリアが、わざわざ距離を詰めるということは、当然その不利を背負わなければならない。シールド残量からも戦局が芳しくないことは明らかだ。

 だが知ったことか……セシリアは心の中で言って捨てる。

 

 シールド残量など、この際0でなければそれでいい。最後に立っていたものが勝者なのだから。

 

 

 

 

 

 結果として、セシリアの作戦は、その試合初のライフルによる命中弾――それも直撃という形で成功する。

 

「いっ――てえなあッ!」

 

 開放回線(オープン・チャネル)越しにショウが苦悶の声を上げた。

 サイバーコネクタのレイヤー3は、ユーザの脳に対する直接的な通信を可能とする規格だ。脳から制御信号をマシンに送ることもあれば、当然逆もある。結果として、ワルキュリアの防御システムの稼働に伴って生じた警告信号が、ショウの脳に痛みとしてフィードバックされたのだ。

 

 だがショウはそこで怯まない。スピードを緩めること無く、両腕を前に向けてプラズマフレイムを放出し、目眩ましを図る。放たれたプラズマは当然後方に流れて自分へのダメージになるが、ショウはそんなの知ったことかとばかりに敢行した。結果として、セシリアのビットの照準を逸らすことに成功する。

 

「――チッ」

 

 伸るか、反るか。

 そのまま間合いは狭まり、互いに5mのところで、両者は決断する。

 

「上等ッ!」

 

「行きますわよッ!」

 

 軌道を少し左にずらして相手の横を通り過ぎた次の瞬間に6時の方向へ急転回、互いのビット兵装の砲口が火を吹く。

 

 急激に距離を詰めながら左手の近接武装――順手に持ったインターセプターをフェンシングの要領で突き立てに掛かるセシリアを、右手のレーザーブレードで押し退けるように逸らしつつ、ショウは真っ直ぐレッドポッドを突撃させる。無理やり身体を捻ってそれを回避するセシリアは、持ち直したライフルをショウの胸元に突き付けて引き金を引く――よりも一瞬早くもう片方のレッドポッドがそれを体当たりで逸らした。

 

「――かかりましたわねッ!」

 

 だがこれでショウはノーガード状態だ。

 レッドポッドは2つとも飛ばしてしまっているから、引き戻すには一瞬のタイムラグがある。レーザーブレードもインターセプターを弾いたことで構えが解けてしまった。残りの左手にあったレールガンはだいぶ前に破壊した。

 ようやく見つけた一瞬の隙……ここぞとばかりにブルーティアーズのビットがワルキュリアを集中砲火する。

 

「……ッ!」

 

「くっ……」

 

 反射的に空いた左手をセシリアの脇腹に叩きつけたショウは、プラズマフレイムを作動させて蒼炎を至近距離で流し込む。シールド残量で勝る今のショウだからできる自爆技だ。

 

 

 ――流石に姿勢が宜しく無いか……?

プラズマフレイムは飽くまでも目標をプラズマで()()だけの道具だ。確かにシールドバリアを削ることはできる。だが視界は奪えてもパイロットに衝撃を与えることはないから、相手が慣れてしまえばその場しのぎにもならなくなる。

 ショウがセシリアの近接武装を抑えようと直接触れている今、セシリアにはショウの位置が正確に分かる。セシリアがこのプラズマに驚くのをやめれば、蒼炎越しに集中砲火が再開されるのは時間の問題だ。もはや猶予はない。

 

 現状の不利を悟ったショウは、慣性制御に任せて空中で両膝を曲げると、そのまま蒼炎の向こうのセシリアを両足で蹴り飛ばして離脱を試みる。もとよりダメージは期待していない、一瞬でも時間が稼げればそれでいい。

 

「――きゃあッ!?」

 

 しめた、これで向こうも体勢を崩したはずだと安堵したショウは、崩されたブレードの構えを戻しつつポッドを呼び戻す。その目の先には、コンバーターからの供給を失って消えゆく蒼炎が――

 

 ――その向こうから()()()()()が突っ込んできた。

 

「――ッ!?」

 

 反射的にブレードを振ってそれを斬り捨てることに成功するショウだったが、視野ギリギリの真下にもう一つ、()()()()が――

 

 ――間に合わねえだとォッ!?

 直後に網膜を焼く閃光と、耳を劈く轟音。

 

 爆轟に押し出されながら、痛みと衝撃の中でショウは向かってきたそれがミサイルだったと理解した。急な改修がなされただけのワルキュリアにハイパーセンサーは無い。一般のISと比べれば視野に大きな制限がある以上、ショウが2発目を目視出来たのは、たまたまその方を向いていたからというある種の幸運だった。

 

 一体どこにそんなものを積んでいたんだ……走馬灯じみた現実逃避が脳裏をよぎる。もっとも、量子化が使えるISにそれは愚問だし、正解は腰部のスカートアーマーに備え付けられた一対の砲塔である。

 

「お返し、ですわ……ッ!」

 

 開放回線(オープン・チャネル)越しに聞こえてきた声に、ショウは急制動を掛けつつその主の方へ目をやる。

 

 ワルキュリアのカメラ越しに見えるセシリアは、左手で鳩尾を庇いながら、ライフルを持ったままの右腕で鼻を擦りながらショウの方を見据えている。やや猫背で肩を上下させるその姿は、まるで手負いの獣のようだ。

 

 腕の隙間から赤い液体が垂れ、つり上がった口角から食いしばるように真っ白い歯が見える。

 

 そして、その目。

 

 苦悶と快楽の宿った、碧色の目。

 

「は、ははは……アハハハハッ……!」

 

 同じだ。

 

 ()()()()()()()

 

 ショウは不意に湧き上がった歓喜に突き動かされるように、セシリアに向けて突撃した。彼我のシールド残量は4割に対して5割、まだショウが勝っている。

 即座にビットによる迎撃が始まるが、半分はポッドを盾代わりに、残りは被弾を無視して突っ込んでいく。

 

「飽きませんわねぇッ! 何度でも!」

 

 素早く振り下ろされたレーザーブレードを、セシリアがインターセプターで打ち返すと、熾烈な白兵戦が再び幕を開ける。

 交差した二振りのブレードからは蒼白い火花が散った。

 

 

 

 誰の目にも限界手前に映る様相のセシリアは、その外見に反して今日一番、あるいは人生で一番かもしれないくらいに思考が冴え渡っていた。

 

 思えばこの試合の間、時計の針が進む度にセシリアの脳内はクリアになっていった。

例えば、肉薄したショウを強引に集中砲火したとき。例えば、初めてショウにライフルの射撃を当てたとき。あるいは……。自覚している分だけでも枚挙に暇がない。

 

 セシリアは代表候補生だ。自分にそれなりの実力があることは、自惚れではなく事実として知っている。

 しかしそれでも、平時の自分ならきっと出来ないことが幾つも出来ている。しかもそれは、全部自分でやってのけたことだ。

 

 イギリスにいた間にこんな経験は無かった。断言してもいい。

 まるでショウが自分の中のナニカに手を突っ込んで、そこから実力を引き釣りだしているような気さえしていた。もちろんショウにそんな自覚が無いことは分かっている。あの男は純粋に試合を楽しんでいるのだから。

 

 初めて自転車に乗れるようになった子供が、一漕ぎするたびに喜ぶように、セシリアもこの試合が楽しくて仕方がなかった。

 撃って撃たれて、避けて避けられて、肉薄して、斬りつけ合って――あぁ、あと何秒でも続けていたい。心の底からそう思った。

 

 弾速の問題でまず当てられないだろうと使わずにいた2発のミサイル――普段は決して目立たないBT兵器の5番目と6番目――で、不意打ちの意趣返しが決められたときには全身の震えが止まらなかった。絶頂すら感じた。

……というか8割方イッてました――セシリアは心の中で告白した。アリーナに礼拝堂は無いから、ここで。

 

 

 

 セシリアは鍔迫り合いをしているショウの真後ろにビットを回り込ませつつ、胴を狙って蹴りを差し込む。これも先刻の()()()のつもりだったが、そうして伸ばした右足に真上から叩きつけられたポッドにより急激に体勢を崩される。

 

 ――丁度、頭を垂れる形で。

 

「おら――さァっ!」

 

「――がッ、う……!」

 

 ショウはそれを見逃さない。ガラ空きになったセシリアの背中目掛けて渾身の踵落としを叩き込む。バリア越しとはいえ装甲に衝撃が加わりミシミシという音を互いの機体が奏でた。

 衝撃を堪えるセシリアは、先立って回り込ませたビット全てに射撃命令を送る。ビットもショウも見えていなかったが、それでも当てられる気がした。タダで蹴られてなどやるものか。

 

「……折り込み済みなんだよそれはァっ!」

 

 背後から差し込まれる光弾を、当てずっぽうで背後に移動させておいたポッドで一発だけ防いだショウは、残りの被弾を無視してワルキュリアのスラスターを上から2番目の推力に変速する。背後にプラズマが撒き散らされ、セシリアのビットが軒並み遠方に吹き飛ばされた。

 更に、下方へ蹴り飛ばされたセシリアに最大速度で追い縋る。

 

 ショウは少しだけ焦っていた。直前に受けたセシリアのビットからの近距離射撃により、ワルキュリアのシールド残量は3割近くまで減少していた。僅差ではあったがセシリアに逆転を許してしまったのだ。

 

 この勝負は楽しい。

 他者と鎬を削る喜び。こんなものがあるなど、一人でシミュレーターに籠もる日々を送ってきたショウは生まれてこの方知らなかった。だからもっと続けていたい……そう思いはするが、かと言ってわざと負けてやるつもりなどショウには無い。それが普通の勝負というものらしい。

 

 したがって、ショウはここで勝負を決めに掛かる。

 

 落下中のセシリアに上から肉薄したショウは、相手の右手を殴り抜いて、そこにあったレーザーライフル《スターライトmkⅢ》を弾き飛ばした。

 

「その程度――ッ!」

 

 だがセシリアとて呆けているわけではない。空になった右手でワルキュリアの胸部装甲に掴み掛かると、反対の手のインターセプターを荒々しく突き立てた。

 

「あ゛あ゛っ!」

 

「んぐぐぐ……!」

 

 ジジジジ……!

 ハム音にも似た低音を響かせながら、ワルキュリアの光学ハニカム障壁とインターセプターの収束レーザー刃が激しい閃光となってぶつかり合う。

 チラチラと目の前を火花が舞った。

 

 ショウのバリア残量がどれほどだったか忘れたが、下手に武器を奪うことを優先したのが運の尽き。このまま刺し続けて数秒もすればエンドゲームだ。

 

(お終い、ですわ……!)

 

 私の勝ち。セシリアがそう確信した瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――インターセプターから光が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――エネルギー切れッ!?

 

 直後、セシリアの背中から鋭く大きな衝撃が轟音と共に突き抜ける。空中でもつれ合った二人が、遂に地面に衝突した印だった。

 

 そもそも、迎撃者(インターセプター)の名を与えられたセシリアのレーザーブレードは、その名の示す通り迎撃のための武装だ。試験機ブルーティアーズのコンセプトであるビットとライフルが織りなす濃厚な弾幕を、もしも突破して肉薄してくる相手がいたときの為の――今や「もしも」ではなく既に起きたことなのだが――備えだ。

 

 懐に潜り込んできた相手を速やかにねじ伏せるために、イギリスのレーザー技術の粋を詰め込んだこの試作武装。実体剣と比べて高い威力を持つ反面リーチが短く、他の武装と干渉しないようにエネルギー供給も独立している。端的に言えば、息切れし易い。

 だから、インターセプターに自分から斬り掛かって攻め続けるような運用は想定されていない。機体のコンセプトにさえ反する戦い方をしたセシリアが、その無茶の反動を受けるのは時間の問題でもあった。

 

(相手は、ワルキュリアはどこに……。

 ――ッ!?)

 

 強い衝撃でブルーティアーズの慣性制御系と推進系が一時的にダウンしたため、仰向けのままアリーナの地面から起き上がれないセシリアは、未だ晴れぬ土煙の中に蒼白い光と紫色の光を見た。

 

 ずん、ずん……。

 スピーカー越しに聞こえる荒い息遣いと共に、重い足音が大きくなる。土煙の中に見えた人型の影が、実体を持って影でなくなったとき、セシリアは理解した。紫色はワルキュリアのラウンドバイザー、青色は発振しているレーザーブレードの輝きだと。

 

 緩やかに晴れゆく土埃の中、ショウとセシリアは見つめ合う。互いのスピーカーから、互いの荒い呼吸音が響いた。

 言葉はない。今や二人に声を出すだけの気力は残されていなかった。

 

 ワルキュリアがゆっくりとブレードを振り上げる。姿勢制御エラーを幾つも吐き、未だに動けないでいるブルーティアーズを見たセシリアは、己の敗北を悟った。

 

 

 もう、いいじゃないか。

 

 今日は驚きの連続だった。世の中には尊敬すべき男がいることを体感できた。しかも、二人も出会えた。

 

 こんなに楽しい時間を過ごすことが出来て、今まで出来なかったことが幾つも出来た。

 

 手札も山札も、自分の知らなかった能力も、全てをぶつけて戦えた。 

 

 日本に来て良かった。こうして機会が得られたことが何よりも嬉しい。

 

 今日これきりという訳でもない。また戦って、そこで勝てばいい。

 

 もう満足だ。だから、負けたとしても、後悔は無い。するはずがない。

 

 セシリアはそう思って、持ち上がる青色のブレードを眺め――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――い や だ 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 「後悔していない」? 「満足した」?

 馬鹿を言うな。嘘を吐くな。

 

 あれだけ楽しい時間だったのに、このまま負けて終わっていいはずがない。

 

 最後まで楽しいままでいたい。美味しいとこだけ味わっていたい。

 

 欲張るな? うるさい、黙れ。

 

 何が貴族だ。誇りだなんだと謳っていたこの脳みそは、いつからこんなに情けなくなった?

 

 だから、負けたくない。

 

 勝つ。ここからでも、無理矢理にでも、勝ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ぎょろり。

 

 セシリアは目を皿にして勝機を探す。諦められるはずがなかった。自分で自分のことをChallengerと言ったのだ。最後まで足掻かなければ、嘘になる。

 

 ショウがブレードを振り下ろすまで後どれくらい猶予があるのか、セシリアには分からない。しかし、視界に映る全てはどこまでも緩慢だった。考える余裕だけなら、きっと……。

 

 ブルーティアーズは動かない。ビットはさっきから応答が無い。インターセプターはもう使えない。

 自分に何ができる? まだ残っている手札は何だ? セシリアは残り少ない酸素と糖分を使って自分の脳に鞭を振るう。

 

(……あ)

 

 既にぼやけつつある視界の端に、セシリアは()()を見つけた。

 

 スターライトmkⅢ。

 

 先程弾き飛ばされはしたが、未だにあれは無傷だ。命令さえすれば、動作はする。

 そう、命令さえすれば。

 

 IS《ブルーティアーズ》には、4基の射撃ビットと2基の弾道型ビットにBTシステムが搭載されており、イメージインターフェースによるパイロットの思考制御に対応している。

 だが実は、BTはもう一つ存在する。

 正式な地位を与えられなかったロストナンバー。試験機の試験機能の、そのまた試験仕様。

 

 自分で引き金を引く想定のものを、わざわざ思考制御で使うことはないだろう……そう考えられていたBTシステムがスターライトmkⅢにも搭載されていた。

 

 だが今は好都合。だいぶ距離が離れてしまっているが、引き伸ばされたセシリアの思考に、それは強く呼応してくれた。

 

 レーザーライフルの先端が独りでに持ち上がり、光が灯る。

 単にトリガー部分だけ遠隔操作できるようにしたはずのものが、ポルターガイストよろしく勝手に動き出している時点で異常事態だったが、今のセシリアはそんなことを認識できるような状態ではない。

 しかも、ワルキュリアのブレードは既に振り下ろされ始めていた。もう一刻の猶予さえ失われている。

 

 早く、早く、早く、早く、早く……!

 

 セシリアの焦燥に呼応するように、ライフルに灯った光は素早く明るさを増していく。

 そして、それが普段の射撃時の3倍の明るさになったところで、チャージに耐えきれなくなったライフルから眩いレーザー弾が放たれた。

 ――もちろん、明後日の方向へ。

 

 そして、ここからが本題。

 今は見当違いな方目掛けて撃っただけ。突然気の狂ったショウがわざわざ今から当たりに行かない限り、命中することは決してあり得ない。

 

 それを、()()()()()

 

 

 BTシステムには、パイロットによる武装の思考制御の他に、もう一つの機能が存在する。

 

 ――偏向射撃(フレキシブル)

 

 そう名付けられたこの機能は、発射時点でレーザーに練り込まれたナノマシンに思考で干渉し、その軌道を自由に曲げるものだ。

 「狙ってから撃つ」のが当たり前の世界で、「撃ってから狙う」を成立させられるこの機能はしかし、ISとBTシステムの両方を極めて高いレベルで稼働させなければ発現しない。イギリスの代表候補の中で最も高いBT適正を持つセシリアでさえ、未だに使えないでいる程だ。

 

 そう、使えないのだ。

 

 そんなものに、この土壇場で縋る。そもそも縋ることさえ出来ないものに。

 平時なら正気ではないと切って捨てられるアイデア。だがセシリアは正気などとっくに捨てていた。

 

 ――出来ないものは出来ない? うるさい。黙って私に従え。

 

 セシリアは放たれた光弾を、網膜が灼かれるのも気にせず睨みつけて、全霊で念じる。命じる。

 

 

 

 曲がれ、曲がれ、曲がれ、曲がれ、曲がれ、曲がれ……。

 

 

 

 まだ足りない。もっと、もっと、もっと、もっと。狂おしい程に!

 

 無制限に極点へとゆっくり引き伸ばされていくスローモーションの中、振り下ろされるブレードは今や顔から3cmまで迫る。知ったことか。

 滲んだ光でぐちゃぐちゃに歪んだ視覚に、極彩色の稲妻が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ曲がれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――曲がれぇッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大音量の矩形波が、スピーカーを震わせる。

 

 アリーナ壁面の空中ディスプレイに示されたシールド残量はワルキュリアが2%。ブルーティアーズは、ゼロ

 

 ショウの振るったブレードは、どこまでも確実に、僅かなセシリアのシールドを削り尽くした。セシリアの最後の足掻きは、勝敗を引っ繰り返すには至らなかったのだ。

 

「……」

 

 ショウは、何も言わない。勝利を喜ぶ体力が今すぐには湧いてこなかった。

 その代わりに、セシリアのバリア残量が消えるのと同時に管制室権限で停止したレーザーブレードを腰にマウントし直した。

 

 急に、蒼白い粒子が舞う。具現化限界を迎えたブルーティアーズが量子化していた。

 見下ろすと、鼻から下を血塗れにして気を失ったセシリアが仰向けで倒れていた。貴族とは思えないような様子……ましてや乙女がしてはいけない顔だったが、その表情はどこか満足気で、笑っているようにも見えた。

 

 何にせよ、用が済んだなら出ていくべきだろう……そう思ったショウがセシリアを抱き上げようと屈んだところで――ワルキュリアの開放回線(オープン・チャネル)に千冬の声が割り込む。

 

『……避けろ沢村ッ!』

 

 

 

 

 ――轟ッ!

 

 その背後を閃光と衝撃が襲った。

 

 背骨を焼きながら抉られるような痛みに、声にならない悲鳴を上げつつショウは周囲を見渡す。幸い、ワルキュリアの影にいたセシリアには余波含めて当たることはなかった。

 

 ――何も無い。

 強いて言えば、アリーナ中央の地面から煙が細く立ち上っているのが見えた。あれは確か、セシリアのレーザーライフル……。

 

 武器の暴発か、理由はどうあれ生身の肉体を置いておくには危険と判断したショウは、気を失ったセシリアを、精密機器を運ぶときのように注意深く抱き抱える。そして、急ぎつつも緩やかにカタパルトへ入っていった。

 

 

 ショウは知らない。

 あの最後の一発が、腕の中で眠る少女の全霊によるものだったということを。

 

 


 

 

 

 

こんかいのまとめ

 

 

 

 

 

・セシリア

 

 「透明だ。気分がいい……」その1。

 全力以上を出すのが楽しくって仕方がありませんわ~っ!!!

 まっがーれっ♪まっがーれっ♪

 

 

・ショウ

 

 「透明だ。気分がいい……」その2。

 何だかわからないがISを纏ったセシリアは同類。いまひとつだが相性は良いかも。

 試合終了後に背中をぶち抜かれたが耐え。ちょっと休みが欲しい。

 

 

 

 

 

 

*1
ISコアからのエネルギー供給は、試合での消費量と比べるとかなり緩やかなもので、実弾を使わないからと言って弾切れから逃れられる訳では無い。




 ま~がれっ、ま~がれっ。

 白状するとこの作品、本文としてはセシリアとショウの試合を最初に書き始めました。なので、このときが一番無駄に筆が乗っています。お陰で前後編に分けることになってしまいました。
 これ以降に出る戦闘描写をこれ以上の規模で書けるかどうかはちょっと自信がないです……1話丸々ワンシーンに使うのは今でもおかしいよ。

 プラズマフレイム、目眩ましと継続的なダメージを与えられる武装ということでIS戦には割と強いのでは? と思って描写してみました。
 AC6の某ご友人に着想を得たのは内緒。

 ブルーティアーズの弾道型ビットはΞガンダムのファンネルミサイルをイメージして書いています(使い方も閃光のハサウェイまんまのつもり)。
 BTシステムで誘導装置を小型化して爆薬をもっと積めるようにする……みたいなコンセプトだと良いな(多分原作者しか知らない)。

 サイバーコネクタはイメージファイトの頃から存在する設定ですが、付随するレイヤー等の単語は例によって捏造です。元は医療向けの技術だったため侵襲度で段階を分けているという設定があるので、今後改めて書きます。

 そういえば、プロローグで衛星軌道から残骸落としても大丈夫みたいなことを書いたんですけど、つい最近ISSからの落下物が原型とどめて民家に当たったというニュースを知って戦々恐々しております。作中ではちゃんと燃え尽きたか、誰もいないところに落ちたということにしておいてください……。



 ところであの、普段は高貴なお嬢様が鼻血出して笑顔でぶっ倒れてるの、良くないっすか。
 あ、ご理解頂けないですか、ごめんなさい……。

機体の説明とかいる……?

  • 絶対欲しい!
  • あったらうれしい
  • うむっ、緊急連絡だ。
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