Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
ピットに戻ってくるとチフユが駆け寄ってきた。ひどく慌てた様子だが、状況が状況だから当然のことか。
腕の中のセシリアの様子は分からない。いることは分かる。
生憎とこのワルキュリアにはパイロット以外のバイタルを拾ってくる機能がないので、それ以外の人間については見かけで判断するしか無いが、これまた生憎と俺にはそこまでの医療知識は無い。
とりあえず分かるのは、貴族がしてはいけないような顔面をしているということ。顎まで垂れた鼻血が固まってもうガビガビだ。意識を取り戻したときには最悪の目覚めになるだろうから、今のうちに誰か拭いてやるべきだろう。
「沢村、大丈夫か!?」
「問題無いです。そんなことより――」
「ああ。セシリアは引き受ける」
問題無いというのは実のところ強がりだ。今この瞬間も背中が焼けるように熱いが、ワルキュリアの診断ソフトによると無傷らしい。多分サイバーコネクタからの痛覚信号だから、降りて背中を見たら爛れた皮膚がペロリ……なんてことにはなっていないだろう。せいぜい赤くなるくらいか。
あとでわさびを塗ろう。神前ならぬ辛前裁判というやつだ、本当に傷があるならきっと死ねる。
チフユは世に言うところのお姫様抱っこでセシリアを受け取ると、驚くべき速度で走り去っていった。
何が凄いって、抱えているセシリア含めて重心が全くブレていない。意識のない人間を運ぶ際には衝撃を加えないよう慎重に運ぶのが鉄則だが、あのハードル走選手の頭みたいに安定した走りなら大丈夫かも知れない。
けが人が居なくなったところで、さて、俺は親父に詫びを入れなければならない……。そう思ってピットを見渡していると、少し遅れて親父が走ってきた。見下ろすのも嫌なので、片膝を突いて屈んだ。
「ショウ! 大丈夫なのかっ」
「ああ、問題無い。それより済まねえ親父、レールガンぶっ壊しちまった……」
「気にするな。使い潰してこその道具だ。データも取れたからな。
――そんなことよりお前、レイヤー3を使ったな。負荷は大丈夫なのか?」
「不思議と頭がクリアでさ。前と違いすぎてちょっと気味は悪いが、コアってやつが上手く仕事してるのかもな」
俺が
俺はああしてアレコレ考えるのが苦手だから、きっと親父みたいにはなれない。
「――沢村くんっ、大丈夫ですか!?」
廊下の向こうから声と短いサイクルの足音。声からして副担任のヤマダ先生か。
これで「大丈夫か」と聞かれるのは3度目だ。心配掛けたのは事実だから甘じて受け入れたいところだが、流石に飽きてくる。声を掛けてくる向こうにとっては1回だけでも、掛けられるこちらはその1回を行う人数だけ増える。全射関係とはそういうものだ。
「ぜぇ、ぜぇ……試合の終わり際にあんなことがあったから、びっくりして駆けつけたんですけど……。あれ、セシリアさんは?」
「織斑先生に預けました。俺も見ての通りです」
重心ブレブレの走り方でやって来て、手を膝に突いて息を切らすヤマダ先生に状況を説明した。それを聞いた彼女は幾分か安心したようで、暫く黙って息を整えていた。
しかし妙だ、やたらヤマダ先生の姿がぼやけて見える。見る角度を変えたら直ったから、カメラデバイスに塵でも付いたのかも知れない。
全部終わったら整備しないと……。そんな取り留めの無いことを考えていると、ヤマダ先生がとんでもないことを口にする。
「ええと、あの、早速なんですけど次の試合を始めたくて……」
「え、インターバルとかは……?」
聞けば、このアリーナの使用時間が残り少ないという。
武器のテスト、慣熟飛行、授業、学生の活動……ISを使うか否かにかかわらずアリーナの使用目的は多種多様だ。他より特殊な生徒が含まれるとはいえ、高々一クラスが何時までも共有施設を占有し続けるのは望ましい状況ではない。そういう背景もあって、俺が大丈夫そうなら次の試合で代表決めを終わらせてしまいたい……というのがヤマダ先生の言い分だった。
いや、言い分どころか、イチカはもう既にアリーナ内で待っているらしい。勝手に話が進んでいる。
「しかし、アレだけ激しい試合の後です。流石に休憩は必要でしょう」
「――親父、データ取り優先でいいか。乗れるならまだコイツと飛びたいんだ」
親父の言い分は尤もで、安全を考えるなら休息を取るのが普通だ。大抵のスポーツだって、1分の休息さえ無く連続で試合を続けるケースはあまり無いだろう。
けれど、俺にはワルキュリアがある。さっきの試合でやっと性能を引き出せたような気がしているのに、この機会を逃したら、先にコイツの引退がやってくるかもしれない。これで永遠にお別れとは思わないけど、ある種の生前葬みたいなものだ。ケジメは必要だと思う。
それに、毎日頑張っていたイチカを前にして下がるのは、きっと良くない。
不安そうな親父は何かを言いかけて、それを飲み込んだ。
それなら、行って来い……。目付きが変わった。何時もの、技術者の色だ。
「話がまとまったようなら、よろしくお願いします……!」
ヤマダ先生は用が済んだとばかりに、そそくさと走り去っていった。管制室はあの方向にあるんだったか、チフユが居ない今はその代わりが必要なんだろう。
その後、親父とコンバーターの交換を行ってからすぐにアリーナに出た。
「――で? 一体何やったのよこの子」
第3アリーナからは少し離れた本校舎。その中の医務室にあるベッドの一つに、セシリアは寝かされていた。先程まで涙と乾いた鼻血でベタベタに汚れていた顔面は丁寧に拭き取られ、肩まで掛けられた真っ白いシーツを汚すことはない。
距離を考えれば、もっと手前に少し規模で劣る保健室があったが、千冬の脚力をもってすれば時間も距離も大差ない。であれば設備と人員に信頼のおけるここに運ぶべきと考えての行動であった。
「詳しくは分からない。イメージインターフェース絡みの脳負荷だとは思うんだが……」
「第3世代ってやつね。イギリスのは確か……ビット兵装だったかしら?」
セシリアのベッドの横に丸椅子を置いて座る千冬に、学校医の「アリア・ヴァルスラー」が語り掛ける。短く整えたライトブラウンの髪を揺らしながら歩み寄るその手には、小さいガジェットが握られていた。
アリアはそのガジェットを、布団から取り出したセシリアの右手首に貼り付ける。血中酸素濃度や心拍数、ストレスの程度などの様々なバイタルを測れるこのガジェットは、筋電位から制御信号を読み取るISスーツから派生した医療技術だ。
しかし、呼吸音などは測れないので、アリアはセシリアの胸元を軽く開けさせて聴診器を当てた。雑音の無い、穏やかな呼吸だ。
「ああ。一戦目のときはこんなこと無かったんだが……」
「噂で聞いたけど、3人で総当たりなんでしょう? 2戦やって後腐れが無いのは良いことかもね」
自他に関わらず、大会の途中で生じた問題で泣く泣く棄権せざるを得なかった選手の例は、アリアも千冬も知っている。それどころかその例の中で、最も重要な曲面でその問題に見舞われた人間が千冬であった。
治らなければ話にならないとはいえ、棄権した後の後悔は苦しいものである。その点、後に残した試合の無いセシリアは幸運といえるだろう。「どうせぶっ倒れるなら、やり切ってからの方がマシ」というのは二人の共通認識だ。
「……それで、セシリアはどうなんだ」
話題転換の代わりに生徒の様子を尋ねる千冬に、ガジェットから吐き出される数値を眺めてから、セシリアの口の中を覗いたアリアが答えた。
「数値上は普通ね。寝ているようなものかしら。軽めの脱水と強い緊張の跡が見られるから、取り敢えず生食*1を入れるつもり。
見かけだけじゃこれ以上は分からないし、試合中のことをもっと聞かせて頂戴。バイタルは見てたんでしょう?」
アリアはセシリアのベッドから離れて、デスクの端末でセシリアの健康情報を見る。入学前の申告では、循環器系と腎臓に問題は無いとある。
点滴用のセットを持ってきたアリアは、慣れた手付きでセシリアの血管を浮かび上がらせつつ、千冬の話を聞いた。
「過集中、あるいは
千冬の話によると、試合全体を通してIS側から警告が出るようなバイタルは現れなかったという。最も熾烈な白兵戦が繰り広げられた後半では、確かに心拍数が高かったが、それでも数あるISバトルの例を見ればありふれた数値ではあった。
ビットの扱いを2戦目で大きく変えたことは目立つが、それも自機周辺に留めることによる制御量の削減で、より負荷が掛かるような使い方とは考えにくい。
「――ああ、だが、試合終わりの10秒くらいの間だけはバイタルが暴れていたな。セシリアの放った弾の弾道が曲がったんだ」
「それも第3世代の機能かしらね。大方、調子乗って無茶したってことだろうけど。
それと、医者でも無いアナタにバイタルを読み解けと言った私が愚かなのはよく分かった。もっと分かりそうなイギリス政府に問いつめてみようかしら……絶対に答えてくれないだろうけど」
「その、すまん……」
気にしないで……。そう呟きながら静脈に沿うように刺さったトンボ針を医療用テープで固定したアリアは、滴下チャンバーを見て点滴が正常に行われているのを確認した後、使わないものを片付けた。
「……それで、相手の方はどうなの。激しくやり合ったなら、そっちにも目を向けるべきだと思うけど」
セシリアの腕から伸びたチューブをじっと見つめる千冬は、沢村も同じようなものだったと答えた。セシリアのように試合最後の暴れるバイタルは無かったし、セシリアをアリーナからピットまで運んだのも彼だった。
「乗っていたのはどんな機体? レアケースだし、量産型じゃないでしょう?」
「グランゼーラの機体だ、詳しいことは分からないが……そうだ、セシリアと同じようにビット兵装を持っていたな。名前は確か――レッド・ポッド」
「ああ、あのピーキーさで
アリアの脳内を嫌な想像が駆け抜ける。ビット兵装はまだ発展途上の技術で、脳負荷が大きいことが共通している。今、それを使ったセシリアが過負荷で倒れ、相手もそれを使っていたとすれば……。
「ねえ、その沢村ってコ。今何してる?」
「え? ああ、セシリアを連れてくるのに手一杯で、詳しいことは何も……。多分今は休憩時間のはずだから、話は聞けると思うが――」
――いや待て。
千冬の背筋が引き攣った。
一夏とセシリアが戦った一試合目が長引いた事もあって、アリーナの使用時間は残り少ない。試合時間を確保するならインターバルすら惜しいだろう。
「似たようなモノ使ってて片方が倒れたなら、少なくとも相手のことも調べるべきよ。何の確認も無しに試合なんて……」
「……第3アリーナの、映像を出してくれ」
絞り出すような千冬の声に、苦虫を噛み潰したような表情でアリアは手元の端末を操作する。すぐに空中ディスプレイが立ち上がり、学内のカメラ映像が何度か切り替わる。
教室や職員室は学内ネットワークで繋がっているため、カメラ越しにアリーナで行われる試合を観戦することができる。残席の多寡など、諸々の用事でアリーナに行けない者にとっては重要な情報源だ。
だが今この瞬間において、そんなことはどうでもいい。
「――
そうして映し出されたのは、画面の中で向き合う一夏のIS『白式』と、ショウのIS『ワルキュリア』。
果たして、選ばれたのはGoであった。
「――さっきの試合、しっかり見せてもらったぜ」
「感想を聞いても良いか?」
「そりゃあもう、最高だったさ」
アリーナの中央に立って向かい合う二人は、試合開始の合図が出るまでの短い時間に言葉を交わすことができた。
見てくれよ、まだ手が震えてるんだと前に突き出された一夏の右腕は、言葉通り確かに震えている。武者震いが形を取るように、一夏の喉を突いて言葉が出た。
「俺だって、セシリアとやったときは必死だったけどさ、あんな戦い見せられたらもう……すっげえよ。
……ダメだ、言葉が出てこない。なんかバカみたいだな俺」
「今はバカで良いんじゃねえの。音速がすっトロく見える世界だ、言葉なんて置き去りだよ」
「くぅーっ、痺れる言葉だな。大人ってやっぱり凄ぇや」
「単に年食っただけだ、煽てんでくれ」
直前の試合を間近で眺めていた一夏は、自分の初戦との次元の違いに強い衝撃を受けていた。ブレードを振るい、天を舞って戦うその姿は、昔見た姉の戦いぶりを想起させるようで、何度思い起こしても背筋をじんわりと暖かい痺れが駆け抜けた。
「姉の名に恥じない人間になる」と誓ったその眼の前に、登って、越えるべき壁が立っている。知識も、技術も、明らかに自分より上。ISに乗った経験くらいは同じだろうなんて希望的観測は、まずもって通用しないだろうという確信が一夏にはあった。
そして、カウントダウンが始まる。
「――そういえば、素振りの効果は出たのか?」
両腕のコンバーターをちらりと見つつ、思い出したようにショウが言う。共に過ごした昨日までの素振り特訓の意味はどこまで現れたのか、初戦を見ていないショウは知らない。
『3!』
「まあ……それなりに? 是非これから確かめてくれよ」
首をコキコキと鳴らしつつ、唯一の武装である実体ブレード《
中段の構えは全ての起点になる。おぼろげながら残っていた小学生時代の記憶を、一夏が取り戻した成果だ。
『2!』
「そっか、楽しみにしとく」
一夏の動きを真似するように、ショウも腰のレーザーブレードを抜いた。右手で持って、切っ先を下へ流すように構えると、じん、と音を立てて支持用フレームからレーザーの発振が行われ、蒼白い光の刃が現れた。
『1!』
再びアリーナを震わせる大音量の矩形波。
切って落とされた火蓋を前に、まずは双方間合いを取った。
じり、じり……。
ブレードを構えたまま、時代劇の殺陣シーンの直前のように摺り足で横に動く2機のIS。まるで円形の見えないレールが両者の足元に敷かれているかのように、その軌道は正確な円を描く。
「折角だから、この場で俺の持ってる武器を教えとこうと思うんだけどさ」
「ネタバレやめてくれよ。重罪なの知らんのか?」
今度も先に口を開いたのは一夏だった。
昔から姉や他の選手の試合を時々見ていた身としては、試合に何の武器を持ち込むか、そしてそれを何時見せるかという駆け引きの存在は知っていた。だが、一夏の駆る白式には武装がたった一つしかない。そして、それに付随する
手札は一枚。それも見せ札で、ジョーカー。使うか否かの選択肢しかないここに、駆け引きなんて有ったもんじゃないと、初心者ながら一夏はセシリアとの試合を通して感じていた。
「仕方無ぇだろ、これ一本しか無いんだから……。最初っから出してるモノの紹介するだけだ――よッ!」
一夏は唐突に距離を詰めて、ショウへと斬り掛かる。ごく自然な流れでそれを受け止めたショウは、思いの外重厚だった剣戟にワルキュリアの腕をギチギチと震わせた。
「俺の武器はこの《
「後継作とかそういう言葉をご存知無い?」
あ、そう言えば良いのか、と頭を使っているのか判然としない雰囲気で答える一夏。斬り掛かったときの慣性が無くなったことで、ショウに鍔迫り合いを押し返されつつあった。白式もワルキュリアも、アクチュエータ出力に関しては十分に強力だ。
「――で? マジで他に何も無ぇの?」
「武器の一覧にこれしか出てこなくてさ。俺の見方が悪いのかなあ!?」
「後でしっかり調べてもらえよ」
「そうするよ。……ところで、さっき両肩に付いてたイクラみたいなのは無いのか?」
「ああ? ポッドのことなら、残念ながらダメージ大きくて品切れよ」
一夏の言葉通り、今のワルキュリアにレッド・ポッドは装備されていない。先刻の試合で盾代わりに使ったのが悪かったのか、そもそも実戦投入が初だったからか、蓄積したダメージを調べるためにこの試合ではお蔵入りとなった。
更にショウのレールガンが壊れたのも見ていた一夏は、もしかして今のショウは近接オンリーなのでは、と少し安堵する。実際、ワルキュリアから2つほど武装が無くなっているのは、外から見れば誰の目にも明らかだった。
「じゃあ、これ一本でも少しは戦えるかな」
ほざけ……。不意にスラスターを吹かしながらブレードをぐんと押し込んだショウは、少し仰け反った一夏にブレードを叩きつける。咄嗟に雪片弐型で受け止める形になった一夏との間に、びぃぃぃん、という耳慣れない音が響いた。金属製の実体ブレード同士なら鳴らないであろう、レーザーブレードに特有の衝突音だ。
そのまま一合、二合……ブレードを打ち合わせたショウは、左脚で一夏を蹴り飛ばしつつ、飛び上がって一夏の上で静止する。
「うぉあっ!?」
「大方お前、俺がさっきから手数を減らしただけだと思ってるんだろ……はあ。
――んな煽られたら、見せるしかなくなっちゃったよ」
ショウはブレードを逆手に持つと、そのまま両拳を一夏へ向ける。両腕に取り付けられたそれらは籠手というには大きく盛り上がった外見をしていて、先端には手首の上を覆うように群青色の大きな球体が取り付けられていた。
――変な形だと一夏が思ったその直後、腕のコンバーターから黄金の光弾が放たれた。
反射的に飛び上がってそれを回避した一夏は、そのまま加速してショウの側面に回り込もうと試みるが――その前方に置くように放たれた同じ光弾に、飛び込むようにして被弾してしまう。白式の脚部装甲に小さくヒビが入った。
「痛って……やっぱ撃てんのかよ。しかもさっきと違うし」
「応よ、タダで近付けるなんて思わねえことだな」
畳み掛けるようにショウは左手のコンバーターで一夏を撃ちつつ、まるで撫でるように反対側でアリーナの側面や地面に弾をばらまいた。自分を狙うのは当然として、一夏にはショウがわざわざ見当違いの方向にも撃ち込んだ理由が理解できなかった。
「どこ狙ってんだよ!?」
自身目掛け、列を成して飛んでくる光弾に追われるままに一夏は逃げる。白式のスラスター出力は一般のそれと比べても高かったが、それでもショウの先読みは鋭く、蛇行するように機動しても回避はギリギリだった。
「狙えるほど射撃は上手くないんだな、これが!」
――びぎぎぎぎぎ……っ。
飛び回る一夏の前方に回り込むようにして、先程一夏が試みた通りにショウが斬り掛かる。野球のバントのように剣の峰を反対の手で抑えなければ受けきれなかった衝撃の後で、ぐん、と突然さらなる力で後ろへ押し込まれた。
一夏は知らないことだが、このワルキュリアは単機での大気圏再突入を可能とする機体。背面の装甲を変形させて露出した三発スラスターからの推力は、強力とされる白式のそれをも上回る。
「んぐぐ……」
だが、一夏はここに好機を見出した。一夏がするように、ショウもまたブレードの支持フレームに柄を持っていない方の手を添えて、まるで硬い根菜を三徳包丁で切る時のように押し込んでいる。今なら両腕の射撃武装の照準が自分を向くことはないだろう。
今こそ、
一夏の思考に呼応するように、ピシ、と微かな音を立てて《
――白式のハイパーセンサーは左後方から飛んでくる黄金の光弾を認めた。
数は5。いつ、どこから撃たれたかも分からない軌道の、正体不明。
(何だとっ!? 一体どこから、いや、それより――)
回避が間に合わない。滑り台で遊ぶ子供やジェットコースターが終着点へと導かれるように、ワルキュリアに押し込まれる白式と飛来する光弾の軌道が、重なる。
――どどどッ!!
一夏は反射的に真後ろに向けて加速した。ワルキュリアに押し込まれている今なら、そしてISの慣性制御をもってすれば、追い風に吹かれたマラソン選手のように逃げ去ることは可能だった。
だが3発被弾。しかも未熟故に見当違いの方向へ加速した結果、ガリガリと嫌な音を立てて顎から地面に身体を擦り付ける格好になった。
「んぐぐぐぐ……っ!」
よろめきながらも何とか立ち上がって、立ち昇る砂埃が晴れるのを待つと、100mほど先の空中でワルキュリアが静止していた。
壁面のディスプレイによると白式のシールド残量は半分近くまで減っている。多分被弾よりも今の墜落の方がダメージの割合は大きいだろうが、あのまま相手に好き勝手されるよりはきっとマシ……そう思いつつ、一夏は先程の射撃の
「さっきのアレ、一体どうやったんだよ。後ろから撃たれるなんておかしいし、そもそも何時撃ったんだ?」
また見当違いの方向……。
一夏が怪訝な目で見つめるその先で、光弾は特殊コンクリート製のアリーナ壁面へ飛んでいく。
「――嘘だろ!?」
そして、そこに黒い焦げ跡を残しつつ、光弾が
更に、地面、天井のエネルギーシールド、壁面と反射を繰り返した光弾は、一夏の右側10mほどのところに命中した。
「
ハイパーセンサーが提供する全方位視界を気にするだけの余裕がまだ無い一夏だけが気付かなかった事実。それ以外の観客からすれば、一夏が壁や天井のバリア目掛けて放たれた光弾の反射先にまんまと飛び込む姿に「一夏~! 後ろ~! 後ろ~!」と叫びたくなるような光景が繰り広げられていたのだった。
反射ボールはグランゼーラで試験的に作られたエネルギー兵装だ。エネルギー弾が進むときの抵抗が大きく変化する界面で減衰しながら反射することで、障害物の多い環境でも射程を担保するものだが、元々はレーザー技術を用いた通信のために研究された機材である。
狙っていないと言ったショウの言葉もまた、事実であった。
ショウがしたのは狙撃ではなく、反射ボールの弾道に一夏を追い込むこと。鍔迫り合いに意識を集中させていた一夏は、自分が射線上に押し出されていることに気付かなかったのだ。
「これで俺もショーダウン――後は殴り合うだけだな?」
駆け引きの話に戻ろう。一夏は一本しかない刀を見せることに何のアドバンテージも無いと考えていたが、実際のところ、ショウもまたそれに呼応して少ない手札の全てを見せた。情報の使い方としては、無自覚ながらも成功の部類に入る結果を、一夏は手にしていた。
「オーケー……!」
一夏は白式が持つ二発のウイングスラスターを1秒ほどアイドリングさせてから突撃する。対するショウも反射ボールをばら撒きながら踏み込んだ。
じんっ、ばちちっ……!
互いに剣をぶつけ合わせてはすぐに間合いを取って、すぐさま見つけた相手の隙に斬り掛かる。しかもそれは大量の反射ボールが織り成す弾幕の中で繰り広げられていた。自分で放った弾とはいえ当たればダメージになってしまうそれらをショウも避けなければならない。
一合。白式の頭のすぐ横を光弾が掠め、一夏は首をひねった。遅れて同じ場所をワルキュリアのレーザーブレードが通り過ぎた。
二合。ワルキュリアのスラスターに命中しかけた光弾を、曲芸じみて身を捩りながら剣を振るってショウが回避する。
三合。再び押し合いの体制になった両者が、まとまって動く光弾の群れに互いを叩き込もうとする。苛烈な推力のぶつかり合いの果てに、光弾の群れは両者を置き去りに通り過ぎて消失した。
「そうだぞ、ワルキュリア……そう来なくちゃ……! ははは……っ!」
先程の試合で多少コツが掴めたからだろうか、一夏は白式が自分の操縦に応えてくれているような気がして、口角を上げた。
きっと今の自分は酷い顔をしているに違いないと思う一夏に表情を整えるつもりは欠片もない。紫色に輝くラウンドバイザーの向こうにあるであろうショウの顔だって同じようなものに決まっているからだ。そんな無根拠な確信があった。
「――そこォっ!」
「通らねえよッ!」
一夏の放った袈裟斬りを剣の柄を蹴り飛ばして弾きつつ、更にショウが逆回転のサマーソルトキックの要領で一夏を地面へ蹴落とす。両機ともに強い衝撃が突き抜けた。
――轟ッ!
再びの墜落。だが今度はショウは待ってくれないだろう。
砂煙の向こう、直上から青と紫の光が急激に明度を増して近付いてくる。
このままではセシリアの二の舞いになる……。危機を確信した一夏は左に素早くローリングした。
――ズドンッ!
「逃げ足速えな、オイ!」
直後に後ろで轟音。
一歩遅ければ……それ以上は考えず、力まかせにスラスターを吹かして砂煙舞うそこを離脱した。すぐに背後の砂煙からワルキュリアが飛び出して追いかけてくる。当然反射ボールのばら撒きもセットだ。
「今なら箒が素振りやらせまくった意味が分かる気がするよ」
「ああ?」
「剣道
放課後、箒の横で素振りを繰り返して思い出した古い記憶。筋肉に、骨格に、神経に焼き付いていたそれらは、きっと剣道だけのものではない。戦うための心構え、あらゆる臨戦態勢……個々の武術に特有の技術ではなく、より根本的な概念。
急速に思考が冴えわたっていく。それが何かは分からなくとも、一夏はその何かを掴もうとしていた。
「言葉遊びしてる場合かっ!?」
一夏とは対照的に、ショウからはじりじりと余裕が失われていた。
直前の試合の疲労。カメラの汚れや気の所為だと一蹴したそれは、全くの現実だった。だがショウはそれを認めたくなかった。
認めたら、きっとこの時間は終わってしまう。まだワルキュリアと飛んでいたい、戦っていたい。何時終わるか分からないから楽しいんだ、終わりに気付いたら惜しむだけになるだろうが……。
ショウの平生ならまず有り得ないであろう、論理をかなぐり捨てた執念でブレードが握られていた。まだだ、まだやれる……。
「チッ、
「――そっちも言葉遊びしてるだろうが!」
ショウは一夏に追い縋ろうとして、唐突に急停止する。そのすぐ後で目の前を反射ボールの群れが通り過ぎていった。
反射ボールは考えなければならないことの多い装備だ。相手をそのまま狙う直達軌道の他に、反射軌道まで計算して使わなければ
レッド・ポッドとはまた違う困難を抱えたこの武装。先程まで出来ていた軌道予測とそれを使った追い込み戦術が、少しずつ崩れていた。
そして、遅れを取り戻そうとスラスターを最大レンジまで変速しようとして、気づく。
「――メインスラスターがイカれただと!?」
ぎぎ、がち……。油の切れた蝶番のような音を立てて、本来ならば変速に伴ってスライドするはずの背面装甲が途中から動かない。当然変速も行えないし、半端に変形した装甲がスラスターの駆動を邪魔していた。
奇妙なことにOS側からは何のエラーメッセージも出ない。ワルキュリアは正常なつもりのようだが、それは間違いなく異常動作だった。
一夏はそれを見逃さなかった。即座にブレードを構えて突撃する。
「ここだ!」
がちん。《
――
職場柄、自分に関係なくともその存在はショウの耳に入っていた。仕組みは知らないが、当たれば勝利が確定する決戦兵器。このまま当てられれば確実に敗北してしまう。かと言って、今からスラスターよりずっと鈍い慣性制御だけで回避するには余りにも遅すぎる。
空中で動けぬまま追い込まれたショウは、両手のコンバーターを一夏に向けて反射ボールを乱射する。普段ならいざ知らず、真っ直ぐ突っ込んでくる相手なら狙わずとも当たるだろう。直前に横目で見た壁面ディスプレイによると、白式のシールドエネルギーは残り3割弱。このまま全弾当てて削り切り、ゲームセット。これしか無い。
「削れろ……!」
だが、その望みは文字通りに両断される。暴力的な密度で遅い来る反射ボールの弾幕を、一夏は零落白夜で軒並み斬り飛ばしたのだ。
セシリアとの戦いでレーザーライフル《スターライトmkⅢ》の光弾を斬り払ったときから、零落白夜でエネルギー弾を無効化できることは分かっていた。今まで反射ボールに対してそれをしなかったのは、単にそれをする余裕が無かったから。
四方八方を光弾が飛び交っていたさっきと違い、今は正面から来るのみ。一対一で正面から向かい打つのは、剣道では当たり前の光景だ。
「これが最後なんてこと……」
「でやあああああ――ッ!!」
「認めねえ……っ!」
両者の距離は残り10m。反射ボールでの迎撃を諦めたショウが最後に選んだのは、レーザーブレードを抜いての受け太刀。最悪手。
一夏は渾身の力を込めて《
ワルキュリアのレーザーブレードに触れた零落白夜は、その輝く刀身を消去、更に進んで支持用フレームを破断。そして――。
けたたましい矩形波が鳴り響くアリーナ中央。その地面に、胸部から煙を上げ跪いて項垂れるワルキュリアの姿があった。
そのラウンドバイザーは、自動車のハザードランプのように紫色の光を点滅させている。まるでこれ以上動けないとでも言うように。
一夏はアリーナの壁面に浮かび上がった空中ディスプレイを見た。白式とワルキュリアのシールド残量はそれぞれ、5%と27%。数字上で勝っていたのはショウだが、零落白夜の斬撃を受けたワルキュリアが試合の継続不能判定を受けたことで一夏の勝利となった。
試合開始13分。決着である。
「動け……ワルキュリア……! まだだ……これからもっと、面白く……!!!」
何時まで経っても微動だにしないワルキュリアを見かねて、一夏は緩やかに降下して近寄った。
ワルキュリアの胸部から立ち昇る煙はその勢いを弱めていて、一夏はその奥にある傷を垣間見ることができた。ひしゃげるように、所によっては溶けるように破壊されたワルキュリアの装甲は、不思議なことに胸部以外は全くの無傷で、激しかったはずの戦いを経ても新品のように見えた。
「ショウ、その……」
「――ああ、ゴメンな。このワルキュリアに、多分最後の晴れ舞台を用意してくれたこと、感謝してるよ。ありがとう、本当に……。
……あと、ピットまで連れてって貰えるか、飛べなくてさ」
「あ、うん……」
一夏は動かないワルキュリアの左脇に肩を通して持ち上げる。それなりに重かったが、PICのお陰で問題なく運ぶことが出来た。白式も無傷というわけにはいかなかったが、スラスターやアクチュエータ類が壊れていなかったのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。
「もちろん、これがワルキュリアのためだけの場じゃないってことは分かってる。けど、それでも良いんだ。コイツの全力を、一瞬でも引き出せた気になれたから」
「大事な機体なのに、ごめんなさい……」
「俺のことだから気にすんなって。あと、タメ崩れてる」
「あっ」
ピットまで運ばれたショウは、一夏の助けを借りつつ何とかワルキュリアを歩かせて整備用の架台に乗せる。それから、小さく「ありがとう」と一夏に呟くと、ワルキュリアの全面の装甲を開いた。
誰の目にも明らかな、憔悴し切った顔。
「なんつーか、元気搾られた気ぶ――」
ワルキュリアから手足を引き抜いて、ショウが降りようとしたところで、がくんと全身から力が抜けた。ショウの三半規管は浮揚を感じ――
「沢村ァっ!」
――地面に転がり落ちる寸でのところに滑り込んだ千冬によって抱き抱えられた。
そのままセシリアに続き再びのお姫様抱っこで医務室へと猛スピードで連行されていくショウを眺めていた一夏の横に、箒が歩いてきた。
「よくやったな、一夏」
白式を量子化して解除した一夏は、ワルキュリアの方に目を向けたまま、呟く。
「なあ、箒」
「……なんだ」
「俺、勝った……んだよな」
「他に何があるというのだ、たわけめ」
そうか、そうだよな……。一夏は、震える自分の右腕――待機状態の白式に視線を落として、それから数回、手を開いては握るのを繰り返した。
千冬の命令でその次のコマは自習となった。
こんかいのまとめ
・ショウ
グッバイ、マイ・フェア・レディ。あとレールガンとブレード。
エンジョイ優先で安全性無視したら、そらそうなる。休息の重要性。
自分もワルキュリアも不調で心残りはあるが、一緒に飛べたことで満足することにした。
・コウスケ
リスクは理解していたが、息子の望みとあって背中を押すことに。
この運用データが無駄にされることは無いでしょう。
だからって反射ボールは使いづらくないっすか?
・真耶
重要な局面に一人だけで判断をさせてはいけない(戒め)。
アリーナの利用時間はぎりぎり収まった模様。
・千冬
人間救急車。たぶん十傑集走りみたいな感じで走る。千冬にお姫様抱っこで運ばれた二名は後で嫉妬の眼差しを受けることになった模様。
基本的に戦闘面の知識がメインで、医療面は応急手当くらいしか知らない。人類最強だからって何でもできる訳では無い。
3試合目が明らかにマズいと判断して医務室を飛び出したのは試合開始10分のとき。
・アリア
当然のように差し込まれるオリキャラ。ゴムで纏めたライトブラウンのショートヘアと、青い瞳が特徴の33歳。
元はアメリカ海軍で軍医を務めていたが、金払いが良いのでIS学園に来た。目まぐるしく変化するIS関連の技術には今一つ追いつけていない。
画面の中のショウがそこそこ動けていたので、千冬に試合を止めさせるかギリギリまで迷っていた。
・一夏
内心憧れていたショウと戦えたことが嬉しい。
終盤のショウの様子がおかしかった気がするが、勝ちは勝ちと納得することにした。
後で零落白夜の性質を千冬に教わりつつ殴られた。あれシールドエネルギー消費するのかよ。
R-TYPE FINAL2/3/3 EVOLVEDが発売3周年だそうで、めでてえなあ!
これからも機体列伝の更新とか新ステージとかお待ちしてナス。
原作の反射ボールは使ってて楽しいレーザーではありますが、反射系武装の宿命として上下(左右)に地形がないとまるで弱いのが悲しいところ。
天面をバリア、側面を壁にで囲まれたアリーナであれば、事実上のオールレンジ兵器になってしまう所がちょっと強すぎたのでセシリア戦では封印してました。こと一夏相手ならブレード一本に添えるくらいでギリギリ拮抗する力関係になるんじゃないでしょうか。
FINAL以降ではワルキュリアの専用武装ということで、何とか使わせられないかと考えた結果ここで登場させましたが、当のワルキュリアはすぐに壊れちゃった。
とりあえず、クラス代表決定戦はこれで終了となります。
一夏自身は零落白夜の性質について試合後に聞いているため、まだ使用に伴ってシールドバリアが減少することに気付いていませんが、原作のセシリア戦との対比として、勝敗が決するギリギリまでエネルギーが足りた……という決着にしてみました。
新キャラのアリアについては医務室の先生役がいた方が色々話を進めやすいかなと思って出しました。原作の時点でみんな無茶するので、この先の出番は割とある……はず。
真耶の扱いが悪いって? 近い内に彼女にもフォーカスしますので、どうかお待ちください……。
機体の説明とかいる……?
-
絶対欲しい!
-
あったらうれしい
-
うむっ、緊急連絡だ。