Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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落日
背を焼かれ、振り返って


11 BACK_PROPAGATION

 IS学園、2週目月曜日。

 時刻は午前7時半、ホームルームにはまだ早い1-1教室に、一夏とショウの姿があった。

 

 一夏にとって、試合後に憔悴した様子を見せ、しかも危うく倒れかけたショウの安否は心配で仕方のない事柄だった。

 今日までに覚えてこなければならない教本の勉強も中々手に付かず、しかし何とか覚えきれたと安心して床に就いたのは今日の2時のことだ。試合の後の土日2日を掛ければ何とかなると予想していた割に、今はちょっとだけ眠い。

 

 当然土日に顔を合わせられなかったショウを気にして、朝練に向かう箒と別れて教室に来てみれば、いつもの席にショウは一人で佇んでいた。

 先週と比べるとあの眠たげな雰囲気は無くなっていたが、同時に顔色は少し悪く見えた。試合後のあの体調を引きずっているのだろうか、姿勢も少し項垂れた様子だ。

 

「そんな早く戻ってきて大丈夫なのかよ? ……その、ぶっ倒れてたけど」

 

「まあ、医者のお墨付き貰ってるから問題ないでしょ。でも、いつものトレーニングは軽めにして様子見かな。これでも仕事だから変に休むワケにもいかんのよ、他にすることもあるし」

 

 医務室にショウが運ばれた後のことを一夏は知らない。自習になった試合直後のコマの途中で戻ってきた千冬に聞いてみれば、「バカが加減を知らなかっただけだ」とだけ答えられて、結局詳しいことは分からず終いだ。

 

「そ、そっか……まあお大事にな、健康第一だぞ」

 

「応よ、オタッシャ重点な」

 

 声色だけはいつも通りの爽やかな様子のショウは、一夏の心配をやんわりと返すと、視線を机に落とす。

 

 ショウの机では投影式のディスプレイが起動しており、そこには何かの文書ファイルが映し出されていた。

 一種の論文だろうか。当然の如く全文英語で書かれたそれは、まだ中学生レベルの語彙しかない一夏が挑んで刃が立つ相手ではない。

 

「あーるうぇーぶあるた……ダメだ全く読めねえ。これも仕事のやつなのか?」

 

「確かに仕事で読むように言われた代物だな。けどさ、人が見てる画面を覗き見するんじゃないよ……まあ見られて困るものをここで開いたりはしないけども」

 

 呆れた様子で一夏の顔を見上げるショウは、ディスプレイの向きを調整して、一夏にも見えるようにする。それからページを最初までスクロールして、画面には題名が映った。

 

「R-wave Altanation by Stimulated Emission of Radiation――略してレーザー。日本語に訳すなら『誘導放出によるR波変質』ってところか?」

 

「なんかすごそう」

 

 一見して無学な自分では明らかに理解するのが困難であると判断した一夏は、半ば脳の溶けたような返事しか出来ない。出来ないのだが……一部だけ知っている単語に気付いた。

 

「レーザーってアレだろ? 光がビッて伸びてるやつ」

 

「あっちは別モンな、RじゃなくてLightのLから始まる」

 

「やっぱわかんねえ。てか名前被ってるの分かりづらくないか?」

 

「これでも重要理論なんだけどなあ……ISじゃ荷電粒子砲以外のエネルギー兵装は大抵これ使ってんだぜ?

 ――名前被って間違えそうなのは同感だが」

 

「え、じゃあ俺もその内これ勉強させられたり……?」

 

「開発に回らないなら知らないでも良いんじゃねえの、イチカに限って整備科に行くなんてこと無いだろうし」

 

 ああそっか、来年から学科分かれるんだっけ……一夏は思い出したようにぽかんと呟く。尤も、入学1週間の人間にいきなり来年度のことを考えろというのも酷な話だ。

 言われるままにこの学園に放り込まれた一夏にとって、これからここでどんな出来事が待ち受けているかなど想像のしようもない。入学早々、急にISで戦わされたのを考えれば尚更である。

 

「そういや、お前のISのアレ……零落白夜、だよな」

 

「ああ、千冬姉と同じやつだな」

 

 素早くスクロールされる論文から目を逸らすこと無く、ショウは一夏のISについて訊ねる。

 かつて織斑千冬を世界最強の座へと導いた勝利の代名詞。ワルキュリアの武器を、装甲を両断した純白の光。

 一夏には少しだけ負い目があった。

 

「あれ、乗ってすぐ使えるようなモンじゃなかったよな、なんでいきなり使えてるんだ?」

 

「あー……試合の後で千冬姉に聞いたんだけどさ。俺の白式って、最初から単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)が使えるようにアレコレ積み込んだ設計らしくてさ……。

 武器が刀一本なのも、最初から零落白夜が使えるのも、そのせいだって」

 

 困ったように呟く一夏に、難儀なもの押し付けられたな、と同情気味のショウ。

 

 実のところ、拡張領域に物が仕舞えなくとも手に持てばISは大抵の武装を扱える。それは射撃用のセンサーリンクシステムであったり、追尾用のレーダー機能といった汎用的なデバイスドライバが内蔵されているからだ。

 しかし白式にはそういったものすら無い。銃火器を借りても完全な目視照準でなければ使えないし、携行式の誘導弾も武器本体の追尾機能しか頼れない。文字通りの刀一本で戦うことを強要されるこの機体は、素人目に見ても初心者に渡していいものではないと分かる。

 

「……てかさ、one-off(一点もの)なのに他と同じのが使えるって矛盾してねえか? まるでコピーじゃん」

 

「俺も分かんねえ……。千冬姉だって驚いてたし、話の限りだと、作った時点では何の単一仕様能力が使えるようになるかまでは分かってなかったみたいで」

 

「え、じゃあアレか? 宝くじ引いて2つ目の1等が出ちまったってことか? 変なの」

 

「1等……。1等って言って良いのかなアレ……」

 

 ショウの表現に困惑しつつ、なんだかんだで彼の息災が確かめられたので、少し遅れた朝の挨拶をしつつ一夏は自席に戻った。

 

 

 

 

 

 時は進んでショートホームルームの時間。

 生徒たちの談笑で賑やかな教室であるがしかし、出会って間もない彼女たちの交流は互いに席が近い者同士に留まっている。

 そんな彼女らの視線は時折男子生徒の方へチラチラと向けられる。高々一週間程度で奇異の目が収まることは無いようだった。

 

 定刻通りに教師二人がやってきて着席を促したところで、セシリアが手を挙げた。

 

「どうした、セシリア」

 

「織斑先生、わたくしに1分だけお時間を頂けませんか?」

 

 しんと静まり返った教室。千冬は2秒程セシリアを眺めた後、何か察したようにフンと鼻を鳴らした。

 

「……手短にな」

 

「ありがとうございます」

 

 すぅ……、と一呼吸。

 落ち着き払った様子のセシリアは、一夏の方を向くと、その名を呼んで頭を下げた。

 

 

「先日の謝罪をさせてください。

 代表決めの際の言葉の数々、貴方の姉君を引き合いに出したこと……大変な無礼を働いてしまいました。申し訳ございません」

 

「えっ」

 

 あの高飛車お嬢様のことだから、何か意識高めなことを全体に言うものと早合点していた一夏は、急に飛んできた自分への謝罪に驚いて立ち上がった。

 

 一夏自身、当時のことで何も感じないといえば嘘になる。多少はムッと来たし、姉と比べてアレコレ言われたときはそれなりに怒りが湧いた。しかし、今にして思えば自分の沸点が低すぎた反省もあって、セシリアのことを考えて脳裏に浮かぶのは、試合の時の情景ばかりだ。

 

 気付けばクラス中の視線が自分に突き刺さっていることに気付いた一夏は、内容を考える間もなく返事をしなければならなかった。背筋がぞくりと震えている。

 

「いや、まあ……俺も煽り返しちゃったし、良くないものは試合で全部ぶつけ合ったつもりっていうか……。

 とにかく、もうなんとも思ってないからさ、あんま気にしないでくれよ」

 

「あら……」

 

 改めてこれからもよろしくな……。自然に笑みを浮かべる一夏にセシリアは目を見開いた。

 

「お強い方ですのね……」

 

 ボソリとセシリアが呟いたところで、千冬がパンパンと手を叩いて時間切れを告げる。すぐにホームルームが開始された。

 

 最初の伝達事項は、決定されたクラス代表の発表だ。仏頂面で教室の脇に立つ千冬に代わり、真耶が教壇に立った。

 

「ええとですね、今年度のクラス代表は織斑一夏くんに決定しました。

 ――あ、一年一組の一繋がりでなんだか縁起が良いですねっ!?」

 

「えっ」

 

 真耶の言葉に再び声を漏らす一夏。しかも何だか勝手に験を担がれている。

 思えば最近こんなことばっかりだと思いながら、一先ず挙手をした。

 

「山田先生、質問です」

 

「ハイなんでしょう織斑くん」

 

「俺の記憶がおかしくなければ、俺、セシリアに負けたと思うんですけど……なんでクラス代表になってるんですか?」

 

 それはですね――真耶が口を開いたタイミングに被せるように、セシリアの透き通る声が響いた。一夏は再びぐるりと後ろへ振り返る。

 

「わたくしが辞退したから、ですわね」

 

「へ? 勝ったのに、なんで?」

 

「……あの時、あと一秒でも早く貴方の剣が届いていたなら、勝敗は逆転していました。ISに乗ってすぐの初心者にここまでされたんですのよ? エリートとしては負けも同然……。

 こう言うのも変な話かもしれませんが、貴方の戦いぶりに感銘を受けましたの。ぜひ代表の立場で実戦経験を積んで、その力を伸ばしてくださいまし」

 

「お、おう……ありがとう?

 ――念のため聞いとくけど、ショウは?」

 

「イチカには負けたし、セシリアが降りた時点で優先度はそっちが一番でしょ」

 

 そ、そうかなぁ……。なんだか上手い具合に丸め込まれたような気がしつつ、しかし折角の行為を無下に突き返す程の理由も見つけられなかった一夏は、仕方無く前を向いた。

 ショウに代表を押し付けるべきでないと考えたのは他ならぬ自分なので、こうなると逃げ場は無い。

 

 一歩遅れてその他の女子生徒たちからも声が上がる。

 

「セシリアってば、わかるオンナだよね~」

 

「折角世に2人しかいない男子と同じクラスになったからには、持ち上げないとね!」

 

「こうなったら織斑くんのこと、全校にドシドシ発信していくよ! ()える活躍、ヨロシクゥ!」

 

「え、えぇ……」

 

 ヒートアップする生徒たちに置き去りにされる一夏を他所に、ホームルームは恙無く終了する。

 

 次は2コマ連続の体育。更衣室の遠さを予め調べておいた一夏は、誰よりも素早く動き出した。

 

 


 

 

「その……ミスター・イチカ、本当に何とも思っていらっしゃいませんの?」

 

 慌ただしく着替えを終えて教室に戻ってきた一夏の席に、セシリアが歩み寄ってきた。

 

 今は2限終わりの休み時間。

 先週は入学式とホームルームで潰れていた2コマの正体が体育と知ったときの一夏の絶望といったら並のものではない。

 月曜日の一発目からいきなり運動を強要されるのだから、とんだ貧乏くじである。せめてもの救いというか、2組も同じ時間割なので仲間意識が少しだけ芽生えている。

 

 例によってショウはこの授業を免除されている。尤も、体育前の更衣室に一夏と一緒にやってきてランニング用の軽装に着替えていた辺り、相手もトレーニングに勤しんでいるのだからと羨む気持ちは然程湧かない。

 そんなショウはといえば、一夏よりも先に教室の自席で投影式のディスプレイを眺めている。朝の続きだろうか。

 

 先ほどまで走り込みをしていたセシリアの顔は仄かに赤く火照っていて、その割にしおらしいことを言うものだから一夏にとっては意外だった。一夏自身、高々会って一週間の相手にこれを思うのも変な話だとは思いつつも、何だか今日のセシリアはおかしいと感じた。

 

「何ともって……今更どうしたんだよ」

 

「これでも代表候補ですから、こういう事柄には敏感になってしまいますの」

 

 信用ないなあ……。一夏が呟くと、セシリアは苦い顔をした。

 

「とにかくさ、さっきので全部終わりだよ。俺は何とも思ってない、セシリアとはこれから仲良くしたい。それでいいだろ?

 ――あ、でもミスターで呼ぶのは何だかむず痒いからやめてほしいな。普通に一夏でいいよ」

 

「そう、ですか……では一夏さん、と呼ばせてくださいな」

 

 一夏の言葉に目を見張るセシリアには、今ひとつ理解が出来なかった。先週あれ程の怒りを見せていたのに、試合一つでそこまで溜飲が下がるものなのだろうか。

 セシリア自身、試合を通して一夏のことを幾らか認めているのだが、その辺りを判断するだけの知識も経験もセシリアにはなかった。

 

「そう言えば、ミスター・ショウもショウさんとお呼びした方が良いのでしょうか?」

 

「あー、それはダメらしいぞ。薬品の硝酸と発音同じだから嫌だって本人が」

 

「……耳寄りですわね」

 

 

 

 

 3限は一夏にとって自分の成長を感じる時間になった。先週は別世界の言語に聞こえていた真耶の解説も、今となっては少し余裕を持ってついて行ける。

 

 それもこれもショウの補足付き教本と先生のお陰である……感謝を込めて一夏がチラリとショウの方を振り返ると、教本に一切手を付けずにノートに何か書き込んでいる姿が見えた。これは敵わないとすぐに前に目を向けると、千冬の目がギロリ。

 「少しばかり授業内容が理解できるようになった程度で、随分と調子に乗っているな」……なんて言葉が勝手にアテレコされてしまう鋭い視線に、一夏は肩を竦めた。嫌な以心伝心である。

 

 

 変化はその次のコマ「IS戦略基礎」の授業で現れた。これも先週一夏が教本だよりで何とか食らいついていた授業で、ここでも自分の成長が感じられるのでは……一夏の抱いた期待は、ここで妙な方向へ裏切られる。

 

「今日は先週の続き……と言いたいところだが、丁度いい教材が手に入ったので、今回は実際の試合の解説を行う」

 

 教壇に立つ千冬が手元のコンソールを操作すると、照明が消え、窓に仕込まれた偏光板が作動して教室が暗くなる。正面の電子黒板には大きくアリーナの広い全体像が表示された。

 

 最前列の一夏だから分かったことだが、画面の中央には何やら青と白色のISが――いやちょっと待て、これって金曜のやつじゃないか!?

 一夏が千冬に目を向けると、千冬はフンと鼻を鳴らして少しだけ口角を上げた。この姉、授業にかこつけてド素人の俺の試合をボロクソにダメ出しするつもりじゃなかろうか……一夏は背筋をぞくりと震わせた。

 

「察しの付いたものもいるようだが、これから見るのは先週の代表決定戦の録画だ。お前たちにはこれからこの試合を見返して、それをレポートに纏めてもらう。内容は何でもいい、使われた武装でも、戦略でも、お前たちの着眼点次第だ。

 もっとも、授業内容としてはまだまだ先の内容になる。いきなりやれと言われても困るやつも多いだろうが……その時は私の解説をメモしておいて、それを纏めればいい。並の点はくれてやる」

 

 録画が再生されると、千冬は適宜それを止めながら、或いは映像を飛ばしながら解説を挟んでいく。

 かつてプロのパイロットとして活躍した選手たちの、そのトップに君臨する人間「織斑千冬」。彼女の解説とあって、クラス中の女子生徒は全員、画面と千冬を食い入るように見つめた。一言一言はまさに金言で、脳のシワに刻み付ける価値のあるものだ……皆そう思った。

 

 試合はセシリアによる一方的な飽和攻撃から始まった。バリアを貫通して命中した長銃からのレーザー弾で抉れた右肩装甲を庇いつつ、一夏はビットからの射撃に逃げ惑う。

 全弾とまではいかずとも、代表候補生の狙撃を幾らか躱して飛ぶ画面の中の一夏を、「機体の性能に救われてるだけだ」と千冬がバッサリ。事実、白式のスラスター推力は一般の機体と比べても高く、それが初心者の一夏に回避を許していた。

 

「ここの旋回をよく見ろ、直後に弾が迫っているのに一番近い攻撃につられて当たりに行っている。ハイパーセンサーで周囲の警戒が出来ていない証拠だぞ、分かるか織斑」

 

「うぐ……」

 

 そんなこと言われたって乗ったの初めてだし……そんなことは間違っても口に出来ない一夏は、千冬のダメ出しを真っ向から受ける他ない。

 しかし後から自分の戦いを俯瞰すると、経験不足を差し引いてももう少し上手くできたのではと一夏は思ってしまう。結果論と言われたらそれまでだが。

 

 そのまま暫くの間は、一夏が高周波ブレードの雪片弐型*1を握り、どうにかセシリアの攻撃を掻い潜りながらビットを斬ろうと飛び回る同じような映像が続いた。千冬はそれを纏めて早送りで飛ばした。

 

 千冬が次に口を開いたのは、試合開始27分時点。セシリアの放とうとした、白式右肩への致命打を一夏がタックルで逸らした場面。直前のビットの動きから、一夏がセシリアの弱点を看破したときのことだった。

 セシリアはビットの制御と自機の制御を同時に行えない。一夏はそれを狙って、ビットによる射撃中に本体へ突撃、見事に肉薄することに成功したのだった。

 

「このように、実戦で弱点を見破られることはままあることだ。言っておくが弱点の無い人間などいない。

 訓練や準備の段階でそれを見つけ出し、それとどう向き合うか。隠すか、補うか、利用するか……貴様らもそのうち直面することだ、明日は我が身と思え」

 

「――先生~、織斑先生にも弱点ってあるんですか?」

 

 千冬の格言じみた言葉に、女子生徒の中から質問が飛んだ。

 千冬がニヤリと笑みを浮かべて「私の弱点、探してみるか? できるものならだが」と返すと、その女子は引っ込んでしまう。人類最強にこう言われてしまっては刃が立たないだろうと、一夏含めて方々から同情の視線が向けられた。

 

 画面の中の一夏は、近くにいたビット2機を破壊してセシリアに迫る。直前のタックルで自身に意識が持っていかれたセシリアにビットを退避させる余裕は無い。そのまま後ろに飛び退いたセシリアに置いて行かれた3機目を切断し、4機目を遠方へ蹴り飛ばしたところで再び一夏はスラスターを吹かす。

 千冬はまた映像を止めた。

 

「ここも重要。セシリアが自身とビットを同時に動かせない弱点を見事に突かれている場面だが……織斑、お前この時どう考えていた?」

 

「え? それは、これならいけるかなって……」

 

「セシリアは?」

 

「勿論、ティアーズを破壊されるなんて初めてでしたから、慌てはしましたけど……手札はまだありましたもの」

 

 この後の展開を思い出して苦い顔で呟く一夏と、仄かに口角を上げて答えるセシリア。両者を見比べた千冬は、全体へ呼び掛ける。

 

 映像は動き出し、肉薄する一夏目掛けて放たれた弾道型ビット(きりふだ)が、真正面から一夏に直撃して爆煙に包まれた。

 セシリアの側は誘い込んだと言えるほど狙ったような形ではなかったが、確かにその瞬間、一夏に自身が無防備だと思わせることに成功していた。攻めることで頭が一杯の一夏には、回避も防御も選択できなかったのだ。

 

「聞いたな、お前たち。勝利を確信したときこそ一番の危機になりうる。意気揚々と出したジョーカーをスペードの3で返される*2リスクは常に存在すると思え。

 相手の手札を、不測の事態を予測しろ。注意深さを忘れるな」

 

 更に、爆煙の中から純白の光と共に姿を変えた白式が姿を現した。一次移行(ファーストシフト)である。破損していた装甲は全快しており、一方のブルーティアーズはほとんどの武装を失っている。状況を見返せば、なるほど、誰の目にも一夏の勝利が確実に見えた。

 

 一夏は白式に発現した単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)《零落白夜》を発動して、動揺するセシリアに斬り掛かり――シールドバリア枯渇で敗北した。

 

「……もっとも、27分もダラダラ試合を続けていれば素人でも弱点の一つくらいは見つかるだろうがな」

 

 千冬は渋い、呆れたような表情で映像を切り替えた。

 

 次に始まったのは第2試合、ショウとセシリアの一戦。

 互いのビット兵装による砲撃戦が始まったところで、千冬は映像を止めた。

 

「さっきの弱点の話の続きだが……事前に把握しておくのが理想とは言え、時に自分でも気付かなかった弱点が露呈することも有り得る話だ。突然降って湧いたそれに対して、如何に早く、そしてどう振る舞うか。

 ――セシリア、前の試合と比べて何を改善したか、言ってみろ」

 

「はい。お恥ずかしいことですが、わたくしは未だにティアーズを操作しながら飛行することが十全に出来ません。そこにミスター・ショウがビットを操作するのを見て、真似出来ないかと」

 

 千冬の問いにセシリアが答える。

 ブルーティアーズのビット兵装が高い脳負荷を生む理由の最たるものは、単純に動かすものが増えるからである。3次元機動を高速でしなければならないISの操縦において、それだけでも高度な集中を要するところに、更に3次元で動かさなければならないものが4つも追加されるとなれば、操縦の難度は指数関数的に増大する。

 

 セシリアが行ったのは、ビットを移動させる自由度を自機の周辺に縛り、大まかな位置を自分に追従させることによる制御量の削減だった。これならばセシリアは自機の操縦にある程度集中でき、ビットの操作は射角と細かな位置の調整だけで良くなる。

 一方で、一夏を相手に行ったような、相手を取り囲んでの集中砲火であったり、ビット単体で戦わせたりといった戦法は使えなくなる上、本体への攻撃を受ける際にビットにも被弾するリスクがある。

 

 単純に的が大きくなるため、イギリスにいた頃は機体のコンセプトから外れてしかも使いづらいということで思考から除外していた戦術。たが、不思議とセシリアは今回の試合でこれを思い出した。

 しかも、咄嗟にビットをショウの後ろに回り込ませたりといった小技まで使いこなせていたのは、今になってもセシリアにとっての疑問だった。

 

「解説ありがとう。セシリアの場合は前の試合で露呈していた弱点だったが、たまたま沢村はその試合を見ていなかった。普通ならインターバルまでの時間で対策を練られているところだろうな。

 分かっていると思うが、これは単なる幸運だし、その場しのぎが出来たところで基本が成っていなければ弱いままだ。覚えておけよセシリア」

 

「はい、肝に命じます……」

 

 しおらしく返事したセシリアを横目に、千冬は映像を動かした。

 

 その後も、武装の確認を怠って危うく事故になりかけたショウへのダメ出しや、ポッド・シュートとセシリアのビット操作の違いについての解説などを経て、試合の映像は最終盤の白兵戦の場面に移る。

 地面に叩きつけられたセシリアが一時的に行動不能になったところで、また解説が入った。

 

「墜落から少しの間、沢村が呑気に歩いて近付けるまでセシリアが動かないでいるのをよく見ろ。ここでセシリアが飛び上がらなかった理由が分かるものはいるか?」

 

「え、びっくりしたから……?」

 

「スラスターが壊れたんじゃないの?」

 

「でもバリアがあるから壊れないでしょ」

 

 千冬の問に、女子たちから口々に答えが挙げられる。

 叩きつけられた衝撃にパイロットが驚いたから、単に試合で疲れていたから、機を伺っていたから、実は理由なんて無い……アイデアは多種多様だったが、どれを聞いても千冬が首を縦に振ることはない。

 

 答えを知るセシリアが見かねて口を開こうとすると、千冬の視線がギロリ。セシリアは背筋を伸ばして大人しくすることにした。

 

 そんな中、教本のあるページを引っ張り出した一夏が呟くように答えた。

 

「処理の、飽和……?」

 

「おお、正解だ。よく勉強出来ているな……と言いたいところだが、なんだその教本は。言われた通りに覚えてきたならそのまま言えばいいだろうが」

 

「ちょっと、自信がなくて……」

 

 まあ無理もないがなと鼻を鳴らす千冬は、クラスの全員に一夏が開いたのと同じページを見るように言った。

 千冬が注目するよう指定したのは、そのページの隅に小さい字で書かれたコラム。「シールドバリアと処理負荷」と第されたそれは、ISが外乱からパイロットを防御するときの応答について纏められたものだった。

 

 仮に教本をすべて覚えてきたとしても、このごく狭い範囲の情報をいきなり自信を持って思い出せというのは一夏でなくとも困難な話で、自信がないのも已む無しである。

 

「ISの動作において、シールドバリアの発生処理はコアが行う。例えば狙撃を受けた時、コアは飛んでくる弾の威力と方向、被害範囲を評価して、着弾点の装甲で耐えられるか否かを考える。耐えられなかった時に初めてバリアが展開される訳だが……これが多方面から同時に来た場合、コアへの負荷はどうなる。答えてみろ、鷹月」

 

 鷹月というのは、一夏の2つ後ろの席の女子、「鷹月 静寂(タカツキ シズネ)」のこと。入学1週間にして、クラス内の「しっかり者」の地位を確立しつつある女子だ。セシリアのルームメイトでもある。

 指名された鷹月が怖ず怖ずと「お、大きくなる……?」と返事すると、千冬は首を縦に振った。

 

「そうだ。更にコアはPICの完成制御を始め無数の処理を同時に行っている。多方向からの攻撃は単純にコアの仕事を増やすことに等しい。急激に高い負荷を掛ければ、一時的に動作不全を起こすことは有り得る。余程の状況でないと起きないがな」

 

「あれ、でもISには絶対防御があるんじゃ……?」

 

 一夏が疑問を漏らす。

 絶対防御は平常時のシールドバリアとは別に存在するISの防御機構。受けるダメージがシールドバリアや姿勢制御で受け止めきれないと判断された時点で、超高密度のエネルギーバリアを展開してパイロットを守る機能だ。しかし発動に際して大量のシールドエネルギーを消費するため、何度も使えるものではない。ISファイト黎明期の公式試合ではこれの発動を狙う選手もいたが、最近では絶対防御を発生させるため"だけ"の武装は制限される傾向にある。

 

「実は絶対防御はそこまで処理が重いものではない。何せ緊急時のための機能だ、発動条件を満たしたら決まった範囲に決まった出力のバリアを出すだけで良い。

 今回のように、これが発動しないギリギリの威力の衝撃が広範囲に加わった時に処理の飽和が起こる。そうなれば文字通り隙だらけだ、固め殺しもやり放題――この辺は山田先生が詳しいですね?」

 

「え゛っ、私に振ります!?」

 

「でも、詳しいでしょう」

 

 そんなことないですよぅ……。とぼとぼと教壇まで歩いてきた山田が、散弾やグレネードなどの広範囲にダメージを与える武装ならこの現象を起しやすいことや、それを組み込んだ戦術などを解説した所で、2試合目の映像は終わった。

 

 3試合目の映像に切り替えたところで、千冬の目に画面端のデジタル時計が入った。授業終わりまでは後4分も残っていない。

 

「……む。もうこんな時間か。

 3試合分の映像へのアクセスキーは後で配るから、各自視聴してレポートにするように。それなりに色々話してやった訳だから、何も書けないということはないだろう。期限は次の月曜の放課後までとする」

 

 照明を点け、窓の偏光板を操作して教室を元の明るさに戻しながら千冬は課題の詳細を述べた。クラスの各々も授業終わりということで筆箱の中身を仕舞ったり教本を机の端に寄せるなどしている。

 

「――そうだな、課題には関係ないだろうが、3試合目について一言だけ言っておこう。

 『無茶はしても無理をするな』、だ。試合前に問題が発覚しているの出場したり、それが原因で試合中に行動不能になるやつがいる。ハッキリ言って、そういうのは馬鹿でしかない。『彼を知り己を知れば百戦殆からず』という諺にもある通りだ。できる範囲の自己管理は徹底的にしろ、良いな」

 

 クラス中に「ハイ」という力強い返事が響いたところで、チャイムが鳴った。

 

 

 

 

「そう言えば、なんかクラスのみんながクラス代表のことで祝賀会やるって言ってるんだけど、ショウも来るか? なんかもう食堂貸し切りにするつもりみたいなんだけど……」

 

 授業終わり、次のコマがIS関連ではないため教室を出ていこうとしたショウの背に、一夏が話しかけた。

 

 曰く、クラス代表就任が決まった一夏に対してお祝いをしたい女子が多いらしく、せっかくならパーティーにしようと既に数名動き出しているという。

 なんでも盛り上げたい彼女らの手前、主役としては参加しないわけにも行かない一夏は、どうせならともう一人の男を誘うことにした。

 

「いいや、仕事あるから俺は遠慮しとく。主役として楽しんでこいよ」

 

「そりゃ残念……。お仕事、早めに終わると良いな」

 

「知ってるか、仕事が終わっても暇になるとは限らないんだぜ」

 

 へへへっ……。乾いたような笑い声を漏らすショウを、なんだか気の毒な感じで一夏は見送った。

 

 その後、予定通り食堂で行われた祝賀会には教師も参加し、一夏は盛大に祝われたのだった。

 

 


 

 

「――ふん、ふんふ~ん♪」

 

 時刻は午後6時。

 日の入りギリギリのこの時刻に飛ぶ海鳥を追って学園外周の遊歩道を歩いているのは1年1組の女子、本音だ。

 

 夕焼けの空は鮮やかなオレンジと深い紫のグラデーションに彩られ、本土方向に沈む西日が影を際立たせていた。丁度部活の活動時間ということで、ゆらゆら歩く本音の横を運動部の生徒が走っていった。

 

 今日決まったクラス代表を祝うパーティーにはまだ少し時間がある。

 入学前から参加することが決まっていた生徒会の仕事を今日も今日とてサボる本音にとって、このマジックアワーは自分が融けそうになる背徳を味わえる、文字通りの黄昏時だ。

 イケナイコトだけど、キレイ。

 

 ――みゃあ、みゃあ。

 

 波の音に混じってウミネコが鳴いている。

 本音が初めてその名前を聞いた時、字面のまま動物の猫に翼が生えたものを想像したものだが、今こうして鳴き声を聞くと、その由来が何となく分かる。確かに猫みたいだ。

 

「ん~?」

 

 そんなウミネコの声がやたら大きく、重なって聞こえる方向があった。

 ここ数日同じように夕方を歩く本音にとっては見慣れないこと。普段それぞれが思い思いに飛んでは適当な場所で群れている海鳥たちが、こんなにやかましく鳴くことはあるんだろうか。引き寄せられるように足が動いた。

 

 ――かあ、かあ。

 ――みゃあ、みゃあ。

 

 曲線を描いて延々続く、海と遊歩道の端とを仕切る欄干の、一部だけ海にせり出した部分。薄っすら見える本土を眺めることのできる、ベンチ付きのちょっとした展望デッキにその原因はいた。

 

 海に向かってベンチに腰掛け、膝に抱えたA4サイズの白紙にペンを滑らせる、長身の人影。

 頭にも肩にも横にも海鳥が留まっていて、しかも夕日越しに影になっている部分しか見えないせいでその正体は分からない。まさに誰彼時(タソガレドキ)だが、特徴的なウエストポーチと黒いセミロングヘアが本音の記憶を掘り起こす。

 

「あれ、さわむーじゃん。どしたの?」

 

 海鳥の鳴き声に紛れてしまったからだろうか、本音の声など聞こえていないかのように、ショウは変わらずペンを――どこにでもある六角形の鉛筆を動かしている。

 

 実のところ、先週から本音はショウのことをそれとなく追い掛けていた。出会った初日にわさびを食わされる謎の体験をさせられて以来、「ついて行ったら面白そう」と接触を試みてきた。

 そんなことするまでもなく、教室に行けば会える相手。しかし、ホームルームやIS関連の授業が終わると姿を消すこの男を追う機会は放課後にしか無く、けれど放課後に何処へ行ってしまうのか、今日まで見つけられずにいた。何ならこの展望デッキは一昨日来たし、毎日決まった場所にいるというわけではなさそうだ。

 

「ねーねー、何してるの~?」

 

 もう一度声を掛けてみた。不思議なことに、ショウの身体に留まっている海鳥たちは本音が間近に立っても逃げる様子はない。

 例によって返事をしないショウを見かねた本音は、ショウの隣――に悠然と座るカモメの横にちょこんと掛ける。直後に「かあ」と吠えられた。

 

 ぬっ、と走り回るペンの先を覗いてみる。

 風景画でも描いているのかと思えば、そこにあるのは全く違う。

 紙の中に、紙が書かれている。何かの書類を上から覗き込むような構図だ。

 その上に手でも突いているのだろうか、細かい文字がびっしりと記された書類の端を覆うように指が描かれていて、しかも一つ一つの文字は精巧なレタリングだ。それを、まるでプリンターのように迷いなく鉛筆を動かして、ショウは描いていた。

 

 ついさっき太陽が沈んでしまったせいで辺りは薄暗く、その文字が何を意味するのか、或いは何処の言葉なのかさえ見ることは出来ない。けれど、その精緻なペン先が無意味なものを描いているとも思えなかった。

 目線を上に向けて、ショウの顔を見ると、やはり薄暗くて表情が分からない。だけど――、

 

――ぷにっ。

 

 顔の輪郭くらいは分かるので、頬を突いてみた。ショウの手が、止まる。

 

「んもー、ちょっとくらいは反応してよ~」

 

「悪い、集中してた」

 

 漸く返事をしたショウはしかし、顔を本音の方へ向けることはしなかった。ずっと紙を見たままだ。

 

「分かればよろし。で、何描いてるの?」

 

「俺にも分からん」

 

「わからないのにお絵かきってできるんだ」

 

「夢で見た景色とかあるだろ? いつ見たかも分からない何かなんだよコレ」

 

 抑揚の薄い、ぼうっとした声色で呟くショウ。背後で街灯がパッと灯り始め、逆光でその顔だけが塗りつぶされたように真っ暗な影に覆われてしまった。

 仮面を被ったようなショウの姿が、どこか人間ではないものようで、本音は頬を突いたままの人差し指を離した。

 

「変なの~」

 

「変だよな」

 

「お絵描き、好きなの?」

 

「好きって程でも。けど、必要なことだとは思ってる」

 

 ショウはまた鉛筆を動かし始める。相変わらずやかましい海鳥の鳴き声と波の音で、紙の擦れる音さえ埋もれてしまっている。

 

 あっそうだ。本音はもたれ掛かるようにして、再び絵を覗き込もうとする。ついでに、前に貰ったワサビの味が懐かしくなった。

 

「またワサビ持ってな――あれ?」

 

 変わらず本音とショウの間に収まっているカモメの横に手を突いた本音は、妙な感触を覚えた。ツルツルとしていて柔らかい、ベンチの材質とは明らかに違うもの。手の先に小さい何かが置かれていた。

 

 持ち上げて街灯の明かりに照らしてみれば、確かにそれは先週貰ったものと同一のワサビパック。いつの間に置いたのだろうか。暗いから気付かなかっただけかも知れない。

 

「ええと、ありがとう?」

 

――しぃーっ。

 

 困惑気味に礼を言う本音の横で、紙が綺麗に割かれる音がした。直後に、辺りの海鳥たちが一斉に飛び上がる。

 

「――わ、わぁっ!?」

 

 驚いて本音が横を見ると、バサバサという海鳥の羽撃きに紛れてショウは立ち上がっていた。

 まるで帽子から鳩を出すマジックショーのワンシーンのような景色の中、ショウは小さく呟いて、そのまま歩いていった。

 

「それ、やるよ」

 

 あっという間に海鳥たちはいなくなり、ショウの座っていたベンチには、先程の絵が一枚ペラリと置かれていた――文鎮代わりのワサビのパック数個を乗せて。

 

 本音はそれを手にとって、首を傾げた。

 

「うん……うん?」

 

 辺りはもう真っ暗で、パーティーはもうすぐだ。

 本音は丁寧に折り曲げた絵とワサビパックをポケットにしまって、食堂へと歩き出した。

 

 


 

 

『それで――出会って早々にイチカ・オリムラを煽り倒して衝突一歩手前の状況にしたのは事実かな?』

 

「確かにいたしましたわね」

 

『…………。弁解を聞こうか』

 

 学生寮の一室――セシリアの部屋では、イギリス政府とのミーティングが行われている。

 機密事項が多分に含まれた内容となることが予想されるため、同居人には外してもらうところだが、丁度祝賀会で風呂に入る暇がなかったので、彼女がシャワーを浴びている間に実施することにした。

 

 時刻は午後11時。極東の地にあって、本初子午線に生きる彼らを相手取るには、相応に遅い時間を見積もらなければならない。これでもあちらは昼下りである。

 セシリア自身、来日時は9時間ものタイムゾーンの差による時差ボケに少し苦しめられた。思えば遠くへ来たもんだ……そんな名前の作品が日本にあるらしいと語学のクラスで言われたのをセシリアは思い出す。

 

「第一に、男性操縦者2名とのISバトルの機会が得られたでしょう? 結果としてその戦闘データは、我々イギリスが一番に手に出来ました。

 第二に、煽るにしても言葉は選びましたし、関係性は回復傾向にあります。

 どちらかと言えば、お褒めの言葉を聞きたい気分なのですけれど……」

 

『……そうだな、あぁそうだなこのお転婆ッ! 全くやるならやると先に言ってくれよ、サラからキミがイチカと啀み合いになってると聞いたとき、私がどれだけ肝を冷やしたと思う!?』

 

「言ったら止めたでしょう? 以前から思っていたことですが……リスクを嫌う傾向が少々強くありませんか、エリック」

 

 机の上に浮かぶ空中ディスプレイには、額を抑えて身体を震わせる男の姿が映っている。背景の真っ白い壁は彼の執務室のものだ。

 この「エリック・アラダイス」という男は、イギリス政府と代表候補生とを繋ぐ役割が平生の仕事なのだが、今回の男性操縦者発見に伴って立ち上がった懐柔工作プロジェクトの司令塔としての役割も押し付けられてしまった、悲しき中間管理職である。

 年齢は29歳。若くして官職に登り詰めるその有能さが、仕事の心労という形で仇になっているのがここ暫くの生活だ。

 

 普通なら自身の年齢の半分程度の小娘に「もっとリスクを負え」なんて生意気を言われたら誰でも怒るところだが、残念ながら相手はセシリア・オルコットである。代表候補生としての立場に高いIS適正、軍の階級まで備えた、英国屈指の名門オルコット家の令嬢相手にそっぽを向かれる訳には行かない。

 しかもきちんと結果を出してくる相手なので、エリックは事あるごとに頑張って頑張って溜飲を抑える日々が続く。

 

『上層部は、件の戦闘データを随分と喜んでいたよ。キミが野郎2人と仲良くしてると報告したら更に喜ぶだろうね……なあ、どうして私には手放しで喜ばさせてはくれないんだい? こちとらthrill ride(絶叫マシン)は苦手なんだよ……』

 

「甘いチョコレートだって、原料のカカオは苦いんですのよ?

 わたくし、"little high, little low"は性に合いませんの」

 

じゃあチョコだけくれよッ! 問題と成果を同時に持ってこないで、片方だけにしろよ――ああいや、成果だけ!』

 

 懐柔といえば、まずやるべきは挨拶だ。装い良くして、「我々は貴方の敵ではありません、どうぞ今後ともご贔屓に」といったように関係性のキッカケを作るのが定石……なのだが、このお転婆お嬢様(セシリア・オルコット)は違う。

 

 いきなりマウントを取るように突っ掛かり、相手の自尊心を刺激して、闘いの場に持ち込む。学園のことだからキッカケさえあればISバトルに発展させようとする目算はあったし、実際クラス代表決定戦という形でそれは実現された。

 ショウの反応が今ひとつ弱かったことと、男二人にそれぞれ専用機があったことは想定外だが、それはそれでデータが充実するので結果オーライ。

 うまく行ったから良いものの、責任者たるエリックからすれば正気の沙汰ではない。心臓がひっくり返る音がしたのを今でも忘れられずにいる。

 

 仮にこの先セシリアが何らかの重大なミスをしたとして、貴重な人材であるセシリアの立場はある程度守られることだろう。一方でその上席たるエリックの首は容赦無く飛ぶかも知れない。男の立場は紳士淑女の国イギリスであっても弱かった。

 

 そういうこともあって、毎日のようにセシリアに「どうか穏便にやってくれ」と願うわけだが、セシリアと出会う前のエリックなら神以外に祈る相手が増えるなど思ってもみなかっただろう。

 

『……BTのチームはご立腹だったぞ。ライフルだけじゃなくスペアのティアーズまで破損させたんだからな。しかもキミ自身は過負荷で倒れたそうじゃないか。キミ含め計画に幾ら掛かってるか考えたことはあるかい?』

 

「わたくしは健康ですし、破損は必要経費と考えれば良いでしょう? 今もっとも価値の高い、男性操縦者の戦闘データが手に入ったのですから……アドバンテージのある内に有効活用して頂きたいものですわね。

 ――ああそうそう、インターセプターの件ですけれど、もう少し長持ちするように改良するよう伝えていただけます? あれではイチカさんともミスター・ショウとも楽しく踊れませんでしてよ」

 

 話題はブルーティアーズのことに移る。セシリアにとって非常に意義深いものとなったクラス代表決定戦だが、自身の未熟も然ることながら武装の相性の悪さも体感していた。

 ビットという特殊兵装に拡張領域を割いているとは言え、有利に試合を進めるための選択肢が些か少ないのではないか……セシリアがブルーティアーズと出会って以来最も激しい戦闘で抱いた感想がこれである。

 

 テストパイロットでありながら試験機を破損させておいてこれを考えられるセシリアのふてぶてしさといったらないが、こうでもなければセシリアは今の立場にいない。

 

『その件……インターセプターとスターライトmkⅢのことなら、プロジェクトリーダーからメールでお言葉を頂いているよ。”コンセプト通りに戦えこのアバズレが”だそうだ』

 

「あら非道い。レディにそんな暴言を吐くなんてエリック、ジェントルマンとしての自覚がありまして?」

 

『……私じゃなくてメールを送った彼女に言ってくれ。そもそもキミにレディを自称できるほどのお淑やかさがあるとは思えないんだけどね、これが貴族の姿なのかい!?』

 

「……多様性の時代ですもの?」

 

『そんなことで多様性を盾にするな――っ!』

 

 ついつい声を張り上げてしまうエリックだったが、次の瞬間には苦しそうに鳩尾を抑えて背を曲げた。ここ暫く胸が痛む。恋でしょうか、いいえ違います。

 

 実のところ、セシリアはエリックのことをナメている。もっと言えば世の男全般に対して同じことを考えている。

 母に並ぶ形でセシリアが表舞台に立つようになって以来、立場と言葉次第でどうとでもやり込められてしまうのは大抵の男がそうだったし、亡き父でさえそうだった。

 しかも自分の手札が通じないのは決まって自分より立場の強い相手だ。強いものは強い、当たり前の事実を見ても特に驚くことはない。

 

 そういう意味で、立場では格下にも関わらず物怖じすること無く向き合ってきた一夏との出会いは、セシリアにとって初の刺激だったし、自身の男性観にメジャーアップデートを与える機会になった。

 では、それで目の前のエリックへの評価が変わるかといえば……すぐに結果が出ることはないようだ。

 とりあえず、エリックはエリックでいいや。

 

『……失礼。近頃は胃酸過多らしくてね、生憎と医者に掛かる余裕は無いんだが』

 

「あらあら、日本の痛み止めはよく効きますわよ。よろしければお取り寄せしましょうか?」

 

PRAESTAT CAUTELA QUAM MEDELA(予防は治療に勝る)って言葉知ってるかなぁ!?』

 

 


 

 

 

こんかいのまとめ

 

 

・一夏

 

 目の前でぶっ倒れたショウが無事で一安心。

 セシリアと仲良くなれたり祝われたりと良いことが多いが、妙な持ち上げられ方をされている気がしないでもない。

 

・ショウ

 

 朝っぱらから論文の精読。OFが無くたってテストパイロットに休みはない。

 ワルキュリアとの別れが悲しすぎてセンチメンタルに絵を描く。心が虚無過ぎて海鳥には無機物と勘違いされるレベル。

 隣に座ったワサビ好きは誰だっけ。

 

・千冬

 

 代表決定戦で色々ありすぎてそのまま授業できる気分ではなかったため、試合の分析でお茶を濁すことに。なぜどいつもこいつも無理をするのか。

 セシリアの狙いには気付いている。

 

・真耶

 

 広範囲攻撃による固め殺しに詳しいらしい元パイロット。

 半ばイジられキャラに甘んじているのは猫被りか素の自分か。

 

・本音

 

 今日も今日とておサボり。散歩の最中にショウを見つけたのは完全に偶然。

 例によってショウのペースに飲まれて困惑状態。

 貰った絵は机の奥にしまってある。

 

・エリック

 

 ザ・苦労人。

 やかましいイギリス政府と立場だけはある代表候補に挟まれて圧壊寸前のかわいそうな男。

 その分給料は破格だが、恐らく自分の墓くらいにしか使い道がない程度に忙殺されている。

 

・セシリア

 

 今回の煽りウーマン。

 たった1人で男性操縦者2人の戦闘データを勝ち取る女だが、そのための煽りで完全に嫌われてしまっていないか実は不安だった。

 BT計画のプロジェクトリーダーとは会う度に煽り合う仲。

 

 

 

*1
一次移行(ファーストシフト)前の当時の名前は《名称未設定》

*2
大富豪におけるルールの一つ。最も強いカードであるジョーカーが単体で出されたときのみ、これをスペードの3で止めることができる。3は通常最弱とされるが、この場合だけは最強となる。




 設定の整理と伏線のばら撒きにしたって長すぎるよコレ……章末回だからゆるして

 ショウは肉体的には復活したものの、愛機を失ったダメージは少なくない模様。夕暮れに黄昏れちゃってます。

 振り返り授業は、学園モノだからそれっぽい授業があっても良いよなと思って入れました。千冬も教師って設定があるからには何か教えているシーンがあった方が自然ですし、他のキャラの成長を示す根拠に出来たら良いな……。

 夕暮れに不気味なシーンを入れるのが癖になっています。R-TYPEにおいて夕暮れは特別な意味を持つので、悪いことではない……はず。

 セシリアと他キャラのケンカ漫才は前からやりたかったシーンです。後にしっかり描写しますが、実は今作のセシリアの母親は存命で、その分本人には精神的余裕があります。その余裕を原作の煽りに注ぎ込んだらこうなっちゃいました。

というわけで今回で第一章完です。
次回は箸休め的な意味で設定のまとめを置いておこうと思います。

戦闘シーンは……

  • なんぼあっても困りませんからね
  • 戦ってねえで話進めんしゃい
  • そんなことよりおなかがすいたよ
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