Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
後ろの影が見たいだけなんでしょう
本当は光なんて
沢村ショウ。私の生徒。
成人している企業所属の人らしいけれど、それでも年下で、だから教え子になる人。
始めて彼と出会ったのは入学テストのとき。書類にあったパッとしない表情そのままでラファールに乗って現れた沢村くんは、はっきり言って弱かった。
真っ先に見せてきたのは銃を二丁持ちするクセ。慣れた人ならともかく、初心者がやったら狙いも反動制御も分散するから、狙っても当たらない撃ち方だった。実際、ほとんど被弾はない。
飛び方も雑で、これ見よがしに射線を向けても避けようとしない、というか、避けて元の軌道に戻るまでの動きがそのままスッポリ抜けてしまったような……。
弱い。間違い無く弱い。乗って精々2時間も経っていないような相手なのだから当たり前なのだけど、けれど、妙に心がざわついたのを覚えている。何に似ているのかわからないけど、喉に魚の小骨が引っ掛かったような既視感があった。
――目だ。
トドメにミニグレネードを撃ち込んだときに、不服そうにこちらを向いていた沢村くんの目。それに気付いたのは、入学から2、3日経って千冬先輩に彼のことを聞かれたとき。
そうだ。あの女の目に似ていたんだ。私を踏みつけにしたあの女。勝ち逃げしていなくなった、あの女。
暗い瞳がよく似ていた。
二回目に沢村くんが戦うのを目にしたのは、クラス代表決定戦のとき。例年、この時期は初心者同士の微笑ましい戦いを見るところだけど、今年はカードが色々違った。
代表候補生のセシリアさん以外は正直期待していなかったけれど、織斑くんとセシリアさんの1戦目は接戦で、気付けば手に汗握っていた。
その次の2戦目。顔の見えない紅色の全身装甲で現れた彼の姿に、あの中に本当に乗っているのかな、なんてちょっとした疑いを持ちながらカタパルトで観戦していた。
……背筋が凍った。
相手を蹴る。殴る。必要とあらば武器さえ投げ捨てて、とにかく臨機応変。右手にブレード、左手にレールガンと両手持ちする構えも相変わらず。野生の獣が獲物の喉笛に食らいつくような、鋭く刺々しい、どこかダーディな戦い方。やっぱりあの女に似ていた。
入学テストの時に見た、虫食いの穴埋め問題みたいな動きが完全に埋め合わせられたそのスタイルは、どう見たって初心者に出来ることじゃない。一朝一夕で身につくようなものでも。
あのテストの時、手加減されていたのか? その考えはすぐに消えた。相手を舐めて掛かる人間があんな不服そうな顔をすることなんて有り得ない。もっと意地の悪い目をするんだ。表情じゃ隠せないような。
こんな催し、終わってしまえばいいのにとさえ思った。例年なら絶対に考えないことだ。
沢村くんだ。沢村くんの、あの戦い方のせいだ。どれだけ目を逸らしたくても、私は教員。監督者。責任が私の頭を掴んで離さない。
ぐしゃぐしゃになりそうな思考を何とか飲み込んで、次の試合を始めさせた。
千冬先輩がセシリアさんの救護に行っていたのは少し都合が良かったかも知れない。
一夏くんと戦った時は、武器があまり無かったからだろうか、多少マシな気もしたけど、でも。それでも。
脳にこびり付いたモノが離れない。やめてよ。思い出させないでよ。
あの女はいなくなったのに。だから忘れていられたのに。
試合の後で保健室送りになった沢村くんの顔を土日の間見ないで済んだのは、頭を冷やすのに役立った。でも月曜で全部崩れた。
どうしてこういう時に限って試合の振り返りなんてするんですか、先輩……。沢村くんの前で自分の使う戦術の説明をさせられた後は、ご飯が喉を通らなかった。
だって、あの戦法は。
ISに触れたばかりの沢村くんが、どうしてあんなに戦えるのか。どうしてあんな戦い方をするのか。彼のことを見る度にあの女の姿がちらついて、頭がおかしくなりそう。
確かめないと。無関係なら無関係だって、頭で理解しないと、平静を装って過ごすのも苦しくなってきた。
けれど、悲しいかな。IS関連の授業が終わると沢村くんは何処かへ行ってしまう。企業所属ということもあって、空いた時間も何かしているらしいことは先輩に聞いた。
短く済むような話とも思えないから、そんな彼を呼び止めるだけの都合のいい理由を見つけられない。
嘘だ。本当は、面と向かって話し掛ける勇気が無いだけ。
To: s.sawamura@gz_inds.com
模擬戦のお誘い
山田です。
先日の専用機が壊れてしまった件はお気の毒でしたね。試合である以上よくあることとはいえ、私も監督者として責任を感じているところです。
そこで提案なのですが、沢村くんには次の専用機が用意されているとか。それが届くまでの繋ぎに、私と模擬戦をしませんか?
ご存知のとおり、ISは稼働時間が実力に直結します。私の権限なら訓練機の貸し出しも幾分か簡単に出来るかと思いますので、よけれbbbbbbb
立ち上げたメールソフトに表示された文章にぞっとする。
どこまでも卑怯な文字列。こんなものを今さっきまで自分で書いていたなんて信じたくなかった。こうでもしないと連絡一つ取ろうと出来ない自分が怨めしい。
そもそも仕事中にこんな事、するべきじゃなかったんだ。メールはさっぱり削除して、元の作業に戻ろう。
――ここは職員室。ディスプレイとパーテーションの向こうには、丁度織斑先生が座っている。沢村くんの、同居人。
ああ、どうしよう。
迂回手段を見つけちゃった。
もう止められない。
「あの、織斑先生」
「……ん、どうかしましたか?」
「折り入ってご相談……というか、伝言があるんですけど……」
私のこと、最低な女って罵って欲しいな。沢村くん。
「……で、俺にそのヤマダ先生と戦えと?」
「そうなるな」
深夜0時。日付が代わって尚、IS学園学生寮の寮長室に消灯時間は訪れない。
電源の点いていないテレビの前に置かれた、いつものローテーブルに向かい合うように座った千冬とショウは、各々ノートPCを広げて作業を進めている。千冬は授業資料の修正、ショウは会社へ送るレポートの作成と、揃いも揃って多忙であった。
カタカタというキータッチの音が散発的に響くだけだった寮長室で、急に口を開いたのは千冬だった。曰く、真耶がショウと試合をしたがっているという。
「今回は『やれ』とは言わないんだな」
「言うわけ無いだろう。今度のは単なる個人的な頼みだ。受けようが断ろうがお前の自由だよ。誰も文句は言わんし、私が言わせん。
ただ、まあ……出来ることなら、受けて欲しいとは思っている」
「その心は」
「なに、ちょっとした後輩贔屓さ」
少しだけ笑みを混ぜて答える千冬に、「先輩に後輩、ねえ」と妙に感慨深そうにショウは上を見上げた。ショウは高校へ行っていない。今となっては遠い記憶の中学時代へ遡ってもそういう関係の人間が身近にいたことはなかった。
「ていうか、なんでアンタ経由なんだよ。ホントにいるなら直に来るもんじゃないのか」
「あれで奥手な女なんだよ、真耶は」
「引きこもりの俺ですらこう考えるんだから、それよりマシなはずだと思うけどね」とショウはPCの横に置いてあったマグカップからカフェラテを一口。最近はカフェインが連日のように大活躍である。
「さて、どうしたもんかな……安請け合いもあんまり良くないだろ?」
「そう言うだろうと思ってな、こちらで参加賞を用意した」
「ん?」
「食堂の料理長とはそれなりに仲が良くてな、お前の好きな生ワサビを――」
「――ヨシ乗った」
「せめて言い切ってからにしろ……」
ショウの同僚であるネオンが「カ・リョ・ク」の3音節に反応するのと同じように、ショウは「ワ・サ・ビ」の3音節を聞き逃さない。生粋のワサビハンターである。
呆れた様子で改めて参加賞の内容を言い直す千冬によると、千冬自身は食堂の調理員の幾らかとのコネがあるようで、特定の食品を仕入れてもらうのも難しいことではないらしい。安全管理の観点から、ここIS学園では自由に通販などを使えないショウにとって、日持ちしない生ワサビを手に入れる手段は貴重だ。乾ききった砂漠における水にさえ勝る。
余程ひどい話でもなければ、ショウにこの頼みを受けない理由など無いのだ。
「……ゴホン。まあなんだ、快諾してくれるに越したことはない。礼を言うよ」
「だってワサビだぞワサビ」
ワサビのことが絡んだ途端に語彙が急減したショウはしかし、見かけ上は平然とPCに向かって作業を進めている。しかし千冬には、その瞳孔がぐわりと開いていくのが見えた。興奮しているようだ。
「時間はアリーナの空く夜になるだろうが、具体的な日付は追って伝える。場所と訓練機の確保は真耶にやらせるから気にしなくていい。
――そういえば、機種の希望はあるか?」
千冬の何気ない質問の直後、ショウと目が合った。それから開ききった瞳孔のまま、無表情でショウは答える。
「サンデーストライク」
この後用事があるが、かといってそれまで妙に時間が余ってしまう……そんな暇は世の中何処にでも転がっている。大抵そういうときは帯に短し襷に長しと言ったふうに、何かに本腰を入れるには足りないくせに、暇潰しに費やすには何だか勿体ない。
そもそも引きこもりが世の中を語るなって? その通りだね、誰だよ。
「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い」なんて文言が出てきたのは山月記だったか。そこまでロングショットじゃないけど今はまさにそんな状況。
ドーモ、グランゼーラ所属の沢村です。元気じゃないです。
ワルキュリアが手元にやってきて後は毎日イメージファイト三昧……そう思っていた時期が私にもありました。機体が
そんな俺は現在ベンチで休憩中。次に出なければならない授業まではあと32分あるので、もう一走りして終わりにすると丁度良さげ。
金曜の件から肉体的には復帰しつつある俺は、あまり激しい運動をすべきではないだろうということで、学園外周をゆっくりジョギングすることにしている。
目を閉じて走るのは実に爽快で、吹きつける潮風や路面の起伏、海鳥たちの声がダイレクトに入ってくる。視覚情報に酸素を使わなくて良い分あまり苦しくないし、授業中のこの時間は人もいないらしいというから、自分で転ばない分には困らないのも高得点。
「うん、日和だな――」
移動しない分海風が弱い点を除けばベンチに座っていても同じこと。こうして日向ぼっこしているだけでも幸せになれるのは遺伝子に刻まれた本能か。
ていうか、視覚いらなくないかコレ。音聞いてるだけで周りの景色が綺麗なんだけど。
そんなこんなで休憩し始めて早くも5分。心拍数の落ち着きに伴って、心臓から漏れ出した虚しさが全身に広がるような気分。
ワルキュリアはもう引退。セシリアともイチカとも楽しく戦えたけど、最終盤のあの不可解な不具合。俺の最悪手。後悔が無いと言えば、それは全くの嘘だ。
願わくばISになる前のアイツでもう一度飛びたかった。ISになって幾らか動かしやすくなった部分もあったが、それはそれで尚更最後までちゃんと戦いたかった。
ポッドが思いの外動かしやすかったのは想定外だったが、その分アクセルの踏み方に迷った。その結果が高負荷からの気絶とは実に笑えない。脳を休める隙が生まれてしまった。お陰で寝不足が足りていない。
俺は何時になったら自由に目を開けて歩ける? ここ暫くの努力がパーだ。
――サラサラ。
このネガティブな思考をどうやってリセットしようかと考えていると、何か乾いた物が地面で擦れる音を聞いた。周期的に聞こえるそれは、時折途切れながら少しずつ大きくなる。
それは丁度、箒で地面を掃き掃除しているときのようで――。
「……掃除ですか?」
「ええ。桜は綺麗で良いですが、散ったあとが大変なところですね。
……手の掛かる娘ほど可愛いといいますし、そこも愛らしい花でしょうか」
返事があった。
男子禁制、女の園として知られるIS学園であるが、今年度イレギュラー二人が入学するよりも前から、一人だけ男がいるというのは外部の人間が知らない事実である。
男の名前は「
制服かスーツ姿の女性ばかりのこの敷地内では、初老を迎えた総白髪に作業着姿の男性はよく目立った。結果として学園の一部生徒からは密かにマスコットのような扱いを受けているが、当人はそれを知らないでいる。
今日も十蔵は校内の清掃をしていた。
景観優先で学園の至る所に植えられたソメイヨシノや八重桜たちも、春の花盛りが過ぎれば新緑に萌え、根本にはくすんだ色の花びらが海風に舞うのみである。放っておけば散らかった印象を与えることは誰の想像にも難くないだろう。
そういう事もあって掃除を進める十蔵だが、広大な学園の敷地を一人で扱うのは至難である。清掃用ドローンと手分けするにも一朝一夕で片が付くものではないので、日ごとに範囲を決めて、特に機械の手が届きにくい部分を優先的に進めていた。
「おや、あれは……」
今日は外縁部の遊歩道を掃除することになっていた。
散った桜を箒でかき集め、お供のドローンに吸わせては、また移動して掃き掃除……授業中のこの時間には人もいないので、楽にこなせると清掃を続けていた十蔵だが、次の移動先を探す中で人影を見つけた。
遊歩道に面したベンチの一つに、瞑目しながら佇むスポーツウェア姿の男性。左肩と頭の上には大福のように膨れたメジロが止まって日向ぼっこをしていた。それ程に男の身体は微動だにしておらず、写真を撮ってグレースケールにしたら石像と区別が付かないかも知れない。
白い半袖から伸びる腕は程よく引き締まっており、表面が濡れたような光沢を放っていることから運動中だったことが伺えた。
巡り合わせとはまさにこういうことを指すのだろうか、十蔵はその男を知っている。1年1組に今年入学してきた二人目の男子、沢村ショウ。立場上学園の生徒とはそれなりに接することもあって、一人目の一夏についてはまだ話してはいなかったが新学期2日目にはその姿を見ていた。しかしショウの姿は1週間経った今日になって初めて見る。
一夏と違って生徒たちの噂には名前しか上がらないこの男に、十蔵は少しだけ興味があった。
十蔵が聞いた
「……掃除ですか?」
十蔵は、はっ、と振り返った。
声の主はベンチにやはり瞑目しながら佇むショウ。時が止まったかのように動かない本人とは対照的に、その頭の上のメジロが十蔵の方を向いて首を傾げた。
後で話し掛けるつもりではあったので、丁度いいと十蔵は言葉を返すことにした。
「ええ。桜は綺麗で良いですが、散ったあとが大変なところですね。
……手の掛かる娘ほど可愛いといいますし、そこも愛らしい花でしょうか」
「諸行無常というか、二面性というか……数えてはいませんが、学園には随分多く植わっているようですし、大変でしょうね。お疲れ様です。
――もしや、噂に聞く用務員の方ですか?」
「どのような噂をお聞きになったかは知りませんが……」と苦笑交じりに十蔵が名乗ると、ショウも応じて名乗った。
この学園において数少ない男同士、通じ合うものがあったかといえば、自覚できる程のものは無かった。しかし幾らか話してみると、
「……失礼ですが、沢村さんは今何をしてらっしゃるんですか?」
「リハビリともトレーニングともつかない、ちょっとした運動ですよ。空き時間を上手く使う方法を学んでこなかったもので、これくらいしかマトモなバリエーションが無いんです。
……クツワギさんは、今日はずっと掃除ですか?」
「流石にそれは堪えてしまいますよ。しかし最近は便利なもので、機械に大半を任せておけるわけですが、それにも限界があるもので……良ければ手伝っていだだけますか?」
もちろん冗談ですよ……。そう続けようとした十蔵の口が止まる。パタパタと音を立てて2羽のメジロが飛び去った。
「そうですね」
気付けば十蔵の目の前にショウがぬっと立っていた。相変わらず目は閉じられたままだ。
寄る年に耐えきれず目減りしている十蔵の目線の高さからは、少し見上げなければその顔を見ることが出来なかった。
「ぜひお手伝いさせてください。走るよりも楽しいかも知れないですから」
◆
「お、ショウじゃん」
「……あら、今日はこんなところにいらっしゃいますのね」
「何故に掃除……?」
次の授業のために遊歩道を歩いて移動している一夏、箒、セシリアの三人は、その道すがらに見慣れた人影に出会った。
ざりざり、さっさっ。
白いスポーツウェアに黒のハーフパンツ、首に赤色の骨伝導イヤホンを掛けたショウが、なんと掃除用箒を手に掃き掃除をしている。明らかに掃除をするための服装ではない割に、動きが様になっているところが奇妙なシュールレアリスムを描いていた。
けれど、そんなことより3人には気になることがあった。
「――んぁ? なんだ一夏か」
「なあショウ、
なんとショウは瞑目したまま掃除をしている。
何も見えないだろうに、破れかぶれに箒を振るうのではなく、的確に萎びた桜の花びらをかき集めては、近くに止まっているドローンに吸わせている。そんな様子を、半ば苦笑いといった笑みを浮かべながらベンチで見守る十蔵が口を開いた。
「彼が手伝ってくださるというので任せているんです。曲芸みたいで始めは驚きましたが……」
「
「目で見たほうが楽だろうに……ッ!?」
呆れ顔の箒は額に手を当てて天を仰いだ。しかし、春の直射日光が目に刺さり、すぐに顔を下に向けた。視界に赤紫色の残像が居座り、数分は役に立たなそうだ。
そんな箒のことを知ってか知らずか、セシリアは左手首に付けた腕時計を見て、一夏の肩を小突いた。
「――あ、そうだよ。ショウ急がねえとヤバいぞ、次の時間は第6アリーナで3年の試合見るって」
「あら、抜かったな。時間に余裕を持ったつもりだったんだが時計までは見てなかった」
「言わんこっちゃ……とりあえず急ぐぞ」
「OK、着替えるんで先行くわ」
途中ですみません……。ベンチに佇む十蔵に箒を返したショウは、先に歩き出した一夏を追い越して走り去った。写真に撮ったらそのまま教科書に載せられそうな、見事なストライド走法だった。
「わたくし達も行きましょう……箒さん、大丈夫ですか?」
「ああ……今ならアイツが目を閉じていた意味が分かるかも知れん……うぅ、まぶしい」
残像に網膜を苛まれて足元の覚束ない箒の手を、十蔵に一礼したセシリアが取って引いた。そのまま支えるように腕を掴むと、揃って足早に次の教室――第6アリーナへ歩いていった。
◆
「ははは、賑やかな皆さんですね……よっこいしょ」
4人を見送った十蔵は、徐ろにベンチから立ち上がって、再び箒を手に取った。気付けば周囲のゴミは無くなっている。この場はやることが無くなってしまったので、箒はドローンに積み込んだ。
「ふむ、仕事も正確と」
「――如何ですか? 実際に二人を見られて」
十蔵の背後の木陰から、若い女性の声がした。姿は見えないが、十蔵はまるで慣れたことのように穏やかな口調で返事をする。
「一夏くんの方は心配無いでしょう、今日の所はお話出来ませんでしたが、聞こえてくるのは良い噂ばかりですよ」
「では、もう一方は?」
「不思議な人です。色々特技をお持ちのようですし、悪意のある方でも無さそうだ。しかし……手強い相手かもしれません」
「手強い?」とオウム返しで返事する女性をよそに、十蔵は先程のことを思い出した。
ことの始まりはなんてことの無い雑談だった。急にこんな場所に放り込まれて大変だろうとか、家族とは仲が良いのかとか、世間話と言うよりは身の上話に近い話題。
箒を振るうショウが投げてきたのは、十蔵の家族に関する話だ。
『……奥さんはお元気でいらっしゃいますか?』
『ええ。この学園の理事を任されているんですが……いつも忙しそうにしている割にまだ尻に敷いてくる』
『世に言うところの、惚れた弱みってヤツですか』
『ええ、まさにそんなところです』
『若造が何を言ってるのかと思われるでしょうが、組織の運営は大変でしょうね。外部との折衝とか根回しとか……自分には務まる気がしない』
『ええ、まあ……。家内は愚痴を漏らす人間ではないんですが、傍から見てるだけでも大変そうですよ』
『――貴方もでしょう?』
十蔵には、その時だけ周りが静まり返ったように感じた。自分に背を向けて箒を振るう姿がやけに印象に残っている。
「……
「ふふ、見かけに寄らず思わせぶりな人なんですね。でしたら――」
がさり。十蔵の背後で生垣が揺れた。
それから音もなく、十蔵の視界に少女がぬるりと滑り込んできた。
「――先に私が唾を付けても構いませんね? 丁度、用事もありますし」
目覚めるような空色の髪に、鮮やかな赤い瞳。改造されていない学園の制服を彩る黄色のリボンは2年生の証だ。少女は十蔵の方に向き直り、バサリと扇子を開いて口元を隠した。
そこには「先手必勝」の4文字が横書きの楷書で刻まれていた。
「ええ、よろしくお願いしますね。生徒会長」
こんかいのまとめ
・真耶
「あの女」なる人物に何やら脳を焼かれている。その戦い方がショウとそっくりだったせいで、暗く重たい感情を抱くことに。
その眼鏡は曇っていない。
・ショウ
知らない誰かさんと戦い方が似てただけで激重な感情を向けられている被害者。
ワサビがもらえると聞いて千冬の誘いには即応した。
次に乗るのはサンデーストライク。やっぱり自社製品じゃないとね。
ていうかメジロに触れ合ってるんだからもっと幸せそうにすべきでは? 野鳥だから後で手洗ってね。
・千冬
今日も今日とて多忙。自分が受け持っていないIS関連の授業の資料まで監修させられており、控えめに言ってかわいそうな主任教諭。公立機関の教員の職場環境はいつだって劣悪。
ショウはワサビをぶら下げておけば動くと考えている。大正解。
・十蔵
IS学園の用務員さん。それ以上でもそれ以下でも……ありそう。
妻は学園の理事長を勤めており、夫婦揃って学園を支えている。
掃除用具にと導入したドローンだが、最近は愛着が湧いてペットみたいな扱いをしている。
・一夏、箒、セシリア
今回はあんま活躍してないから十把一絡げにて失礼。
急遽決まった教室移動に難儀している。IS学園って下手な大学のキャンパスより広そうだよね。
・生徒会長
ごめんね名前は次回まで待って欲しいんだ。でも誰かは皆さんご存知あの人。
足音を消して歩くのがクセになっている。
ワッ!!なんか評価付いてる!!!!!嬉しい!!!!!!!
実はオリ主以外で初めての一人称視点の描写になった真耶。原作ではいつでも明るい彼女ですが、今作では何だかじっとり。
どうにかして今のうちから十蔵との接触を書いておきたいと思ったら結構無茶な感じに。適性値Sなんて面倒な設定付けちゃったので、色々な組織からマークされている描写をしておかないと、説得力がね……。
ところでメジロって可愛いですよね。野鳥故に法的に保護されていますし、比較的臆病なので触れ合える機会は中々無いわけですが、見てるだけで幸せなので無問題。
メガフロートという新しい島として造られたIS学園ですが、その内部での生態系がどうなっているかを考えていると面白いです。植物はさておき、海鳥以外に野鳥の類がいてもいいのか? 誰かが持ち込んだのか? 明確な答えがない分、いくらでも考えられて飽きません。
生徒会長は次回にちゃんと出します。
戦闘シーンは……
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なんぼあっても困りませんからね
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戦ってねえで話進めんしゃい
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そんなことよりおなかがすいたよ