Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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高度15m地点から俯角28°、直線距離136mの位置にある目標を補足
経路上の大気変動を17秒後まで推定
プロジェクタイルへのナノマシン塗布を完了。空気抵抗の低減補正値を運動モデルに入力
材質より張力を決定、算出された軌道に必要なドローイング量を決定
射撃体勢に入りました


ひやう


15 突き刺す斜陽

 

 

 

 

 

 

 

 

Operation Manuals: R-9K SUNDAY STRIKE

-ause of its lethal destruction, the oscillator and the wave-cannon are not insta-

-lled in models for general distribution.

437


◆Maintenance

For smooth operation of the maintenance work, make sure to enter the maintenance mode with the CORE installed.

If full access to the BUS-SLOTs is required, the content censor system must be disabled. This is a security to prevent quantization of hazardous materials (e.g., unexploded ordnance) and should only be implemented with the permission of the administrator and the following procedures:

CONFIDENTIAL

 

 

 

 第5アリーナの外縁部の日陰。壁に寄せるように設置されたベンチにショウの姿があった。

 時刻は午前10時台。今日出席しなければならない3コマ目までは時間があるが、今日のショウはトレーニングをしていない。

 

「やっておくべきは――」

 

 腰掛けるショウの手元には少し大きめのタブレット端末があった。映し出されているのは、自身の所属するグランゼーラのIS「サンデーストライク」の社内向けマニュアルだ。当然、機密情報である。

 近日行われるらしい真耶との試合に備えて、ショウは自分の乗機として指定したこのフレームの仕様を知らなければならなかった。

 テストパイロットとはいえグランゼーラの人間である。整備作業に関わっていた関係上この機体のことを幾らか知っているショウだが、かといってマニュアル全てに目を通した経験は無い。この機に読んでおきたいと社内の伝手で送ってもらっていた。

 

 ベンチのすぐ後ろはアリーナの壁だ。ディスプレイの表面に貼り付けられた偏光フィルムも手伝って、壁と背もたれとの間にでも入らなければ他人がそれを覗き見することは出来ないだろう。

 暗号化されたマニュアルを開く専用のソフトウェアが呼び出した画面のスクロールに追従して、右下にいつまでもへばり付いてくる"CONFIDENTIAL(機密)"マークを鬱陶しそうに睨みつつ、英文で書かれたそれを読み進める。

 

 ――じじじじっ、じじじじっ。

 

「んぁ?」

 

 使えそうな情報を粗方読み終え、タブレットを教本の入った鞄にしまって立ち上がったところで、ショウの制服の胸元が突然震えた。ポケットからその震源地――スマートフォンを取り出すと、画面には「織斑千冬」の表示。

 

「もしもし……授業中のはずでは?」

 

『ずっと教壇に立っているとも限らないさ。……それで、例の試合の日程が決まった』

 

 ショウは仕事モードの敬語で千冬に訪ねた。相手が仕事中であることくらいは誰にでも分かるが、果たして教職とは授業の間に電話できるほど暇になるものだろうか。

 

「何時です?」

 

『明日の20時、第6アリーナに来てくれ。IS本体の搬入は時間までに済ませておく』

 

「これまた急ですね」

 

『同感だな、何か用事でも被ったか?』

 

「いえ、特に問題は無いです」

 

 ショウは鞄を持って歩き出した。行き先は第5アリーナの中である。外周を回って行かなければ入れない構造のため、間近にあっても少し遠い。

 

『なら予定通りだ。ただ、武器の使用申請はそちらでしてくれ。保安上本人が選ばないといけない決まりでな、職員棟かアリーナの端末でレギュレーションに合ったものが選べる』

 

「……急がないと間に合わない案件ですか」

 

『そういうことになる。急に連絡した理由がこれでな……突然で悪いが今すぐにやってもらえるか、今どこにいる?』

 

「今丁度アリーナの近くにいるので向かってます。……何番だっけここ」

 

 ――ひゅん。

 

 ショウの頬を冷たい風が撫ぜた。

 

『何番でも良い。どこのアリーナでも出来ることは同じだから、そのまま済ませてくれ』

 

「ええ、それでは」

 

 通話が切れると、ショウは視界の端の草むらまで行って、屈み込んだ。

 視線の先には、棒状のものが刺さっている。

 

「――なんだこれ」

 

 


 

 

 

「んむむむむむ……」

 

 ホームルームも終わった放課後。大半の生徒が去った1-1教室に、自分の机の空中ディスプレイを眺めながら唸る一夏の姿があった。

 

「……どうした、行かないのか?」

 

 先週に引き続き剣道に誘っていた箒が、いつまで経っても立ち上がらない一夏の下へやってきた。

 

「いやその、月曜までのレポートの題材が決まらなくてさ……箒は?」

 

「既に半分書いたぞ。こういうのは早めに終わらせるに限る」

 

「参考までにテーマを教えてもらえたり……」

 

「ダメだ。自分でやらねば意味がなかろう」

 

 ふん。とつれない様子の箒。本音を言えば手伝ってやりたい気持ちもあるが、ここは心を鬼にしておく。そもそも千冬の授業をまとめるだけでも並の点が貰えるという予防線が張られている以上、そこまで焦る理由が箒には分からなかった。

 

「……織斑先生の授業のことを書けば良いのでは?」

 

「そうしたいのは山々なんだけど、ちょっと、な……」

 

 後ろめたそうに言葉を濁す一夏は、後ろを振り返った。

 

「あれ、セシリアは?」

 

「とっくに教室を出たぞ。なんでも、昨日からアリーナで特訓しているらしいが」

 

 すげえなぁ、俺も混ぜてもらおうかなぁ……と呟く一夏の脳天に、箒は怒り顔でチョップを食らわせた。

 

「痛っ!? 何すんだよ……」

 

 セシリアも終業後すぐにいなくなるようになってしまった。彼女のことだから何処かでサボっているのはあり得ないとして、どこへ行って何をしているのか一夏には分からなかったが、それはともかく、いい加減に自分も月末のクラス代表対抗戦に向けてISの訓練に本腰を入れるべきかと考えていた。しかし訓練に関しては方法も実施場所も詳しく知らないし、クラスで最もISに長じているセシリアに聞くつもりだったので、一夏は動くに動けないでいたのだ。

 

 「開発者の妹」である箒なら教えてもらえるだろうか、いやその前に剣道をやれと言われるだろうな……。かくして、そんな一夏の考えは素早く実証された。

 

「お前は私と鍛錬する約束があるだろうが。お前は結局基礎がなっていないんだから、そっちを優先しろ」

 

 一見して一夏のことを案じた発言のようだが、その実、箒にはこれがセシリアに対する焼き餅だという自覚がない。また小学校の頃のように仲良く過ごしたいという素直な感情は、一夏と別れてからの6年間でガチガチに凝り固まっていた。

 

「それはまあ、そうだけどさ……ん?」

 

 このまま悩んでいてもアイデアが降ってくる気がしないので、箒の言う通り動き出そうかと一夏が立ち上がったところで――廊下から足音がした。てちてちと小走りに近い速さで、音は段々大きくなる。

 廊下を走るのは良いことじゃないよなあ、と一夏が廊下の方を向くと、教室前方の入口に足音の主が姿を表した。

 

「あれ、山田先生」

 

「……大丈夫ですか?」

 

 息を切らしながらフラフラと教室に入ってきたのは真耶。壁と一体化している黒板代わりのディスプレイに手を突きながら、「だ、大丈夫ですぅ……」と苦笑するその姿が二人には大丈夫に見えない。

 

「ちょっと忘れ物しちゃいまして……確かここに……」

 

 心配する一夏と箒を他所に、真耶は教卓の裏を探り始めた。狭く低い場所に屈んで手を伸ばす度に、真耶の胸の二物が揺れて、一夏は即座に目を逸らした。真隣の大和撫子に勘付かれたら今度はチョップでは済まない……一夏には危機感があった。

 

 なんてことはない捜し物。自分たちには関係無いだろうと教室を出ようとする二人だったが、ここで急激に雲行きが怪しくなる。

 

「あれ、おかしいな……ここまで持ってきたはずなのに……あれ……」

 

 どうも尋常でない真耶の様子に、一夏は箒に短く目配せをする。無言で頷いた箒を見て、ゆっくりと近付いた。

 

 ついには教卓の裏にあった引き出しを逆さにぶちまけて中身を漁り始める真耶。ちらりと見えた横顔は引き攣っていて、首筋にじっとりと汗が滲んでいる。

 

「あの、大丈夫ですか。俺で良ければ捜し物手伝いますけど……」

 

 一夏は真耶の隣に屈み込んで、真耶の目線の先に手を伸ばそうとした。

 

――触らないでッ!!

 

「うおッ――!?」

 

 突然の大声に驚き、ドスンと尻餅をついてしまう一夏。

 「やってしまった」……その目に映った、顔面蒼白の真耶の顔にはそんな言葉が書いてあるようだった。

 

「……あっ、ゴメン、ゴメンね!?」

 

 真耶はすぐに一夏の二の腕を掴んで立ち上がらせると、背中を手で払った。

 

「大事なものだから、自分で探したかったんだ……ゴメンね」

 

「あ、はい。すいません」

 

 入学後最初のホームルームのときだっただろうか、思えば今と似たようなことを真耶が言っていたのを一夏は思い出す。先週のことだから覚えていた。

 だがあの時とはまるで違う。たった一週間とはいえ、彼女の柔和で温厚な部分しか見てこなかった一夏にも、今の真耶が異質であることはよく分かった。何より、自分の二の腕を掴んだ手が震えていた。

 

「その、大丈夫ですか……?」

 

「うん、大丈夫……大丈夫」

 

 真耶は返事するよりも先に捜し物を再開していた。どうすべきか次の行動に困る一夏がぎこちなく箒の方を見ると、短く「行くぞ」と返ってきた。

 

 何かあったら呼んで下さい、力になりますから……一夏はそう言い残して教室を箒とともに出た。

 

 後には、夢中で捜し物を続ける真耶だけが残された。

 

 


 

 

 更識楯無には幾つかの顔がある。一つは、IS学園の生徒会長としての顔。一つは、最愛の妹――簪の姉としての顔。一つは、ロシア代表としての顔。

 そして、もう一つ。

 

 更識という組織がある。それは日本という国の中に渦巻く諸々の闇に対し、同じ闇で対抗するために作られた家系である。すなわち、毒を以て毒を制する「暗部に対する暗部」だ。

 そのルーツは、忍という概念がある程度確立された安土桃山時代辺りにあるという。元は忍者の家系で、今でも市中に多くの協力者を擁する巨大な組織である。

 時代と共に仕える為政者を変え、日本という国体を維持するために暗躍し続けてきたこの組織はしかし、日本という勢力の内部に組み込まれたものではない。飽くまでも協力関係にある別組織……そんな奇妙なバランスが長らく保たれてきた。

 

 更識の当主は決まって「楯無」という名を襲名する。その際に元々の名前は上書きされるかのように隠され、以後その名を名乗ることは死ぬか引退するまで無いのだという。一種の忌み名である。

 そして、更識の現当主はロシア国家代表にしてIS学園の生徒会長でもある、2年生の更識楯無その人だ。

 

 

 

 

「……珍しいですね、サボり魔のお嬢様がここで資料を読み耽るとは」

 

 時は水曜の夕方。

 コポコポとカップに紅茶を注ぎながら、IS学園生徒会書記長「布仏 虚」は無表情に言う。後ろ髪を三つ編みに纏め、アンダーリムの眼鏡を掛けたその出で立ちは、まさに秘書然としている。

 淹れ方が上手いのだろう、生徒会室には上品な甘い香りが漂っていた。

 

「あら? これでもやる時はヤる女だって知ってるでしょ?」

 

 そのやる時が限定的過ぎるのが問題なんでしょうが、と虚に嫌味を返される楯無だが、資料から目を逸らすことはない。

 

 楯無が読み込んでいるのは、沢村ショウの経歴だ。それも、部下である更識の構成員に調べさせた精密なもの。

 

「……そんなにその男のことが気になりますか。貴重な男性操縦者なのは分かりますが、もう一人のことはそこまで念入りには調べていなかったと記憶していますが」

 

「あっちはガードが固くてね……織斑先生の弟だし、ある程度のことは把握してるから後回し。

 それに、あなたも実際会ってみれば分かるわよ。上手く言い表せないけど、彼は……」

 

 楯無は資料を目の前の机に置いて、首を2、3回左右に捻った。それから、組んだ両手を真上に伸ばしながら絞り出すように、「いや、何でもないわ」と呟いた。

 

「急に根を詰め過ぎです。はい、どうぞ」

 

 虚はストレッチを続ける楯無の前に紅茶を置くと、自分の机に戻って、そこに積まれた書類の山にため息をついた。

 

 IS学園の生徒会は、本来多忙だ。

 日夜予算を取り合う各部活動の活動費の管理や、学園の備品管理……学園の運営全てではないにしろ、普通の高等学校ならば教員や事務員が行うであろう業務を、機密の観点から生徒会が行わなければならなかった。定期的に提出する収支報告書の項目も多岐に渡るので、普段から作成を進めておかないと間に合わないのだ。

 そして、これまた機密の観点から、それらのほとんどは紙ベースの資料で行われる。孫請けだらけの企業に電子化セキュリティを発注するくらいなら、書類を金庫に閉まっておいた方が確実……というのがIS学園理事長の判断だった。

 

 その書類仕事に当たるはずの生徒会長が普段からあれこれと理由を付けてサボるので、仕事に向かないマスコット枠のもう一人と合わせると、三人いるはずの生徒会でも仕事がほとんど一人に集中してしまう。虚の机に積み上がった書類がその証拠である。

 

 生徒会を支える偉大な同志書記長は、ここにいる。

 

 楯無と虚が各々の作業に戻ると、途端に生徒会室は静かになる。その代わりに、紙やペン先の擦れる音が微かに響く。

 

 

 

 ――こんこん。

 

 いつまでも続くかに思われた静寂は、今日に限っては10分も経たずに破られた。

 

 虚は怪訝な様子で音のする方向――生徒会室のドアを見た。

 今日はこんな時間に客人が来るとは聞いていない。一体誰だろうか……?

 

 そんな虚を他所に、楯無が「どうぞ~」と気の抜けた声で招き入れようとするので、虚には何だか嫌な予感がした。

 はあ……先んじて、ため息をついておく。

 

 ――がちゃり。

 

 緩やかにドアを開きながら、「お邪魔します~」と入室してきたのは、話題の二人目。少々遅れ気味だが、噂をすればなんとやらである。

 見れば、どこのものだろうか、紙袋を片手に下げていた。

 

「邪魔するなら帰って~」

 

「ありゃ、邪魔だったか。申し訳ない、出直すわ」

 

「――いやいや待って待って冗談だってば!!

 

 驚くべき身のこなしと素早さで生徒会長のデスクを飛び出した楯無は、ドアを閉めて去ろうとするショウの肩を寸でのところで掴むことに成功した。

 

 呼ばれたから来たんだけどなあ……眠たげな目でボヤくショウは、楯無にズルズルと腕を引っ張られて応接用の席に座らされる。楯無がその向かいに座ると、ショウは背の低い応接机の端に紙袋を倒して置いた。紙袋には、有名なひよこ型菓子のロゴが描かれている。

 

「菓子折りくらいは持って行った方が良いと思ってさ、期間限定の黒糖味らしい」

 

「あら、これはどうもご丁寧に……」

 

 ショウから紙袋を受け取った楯無は、それを更に虚に渡す。それから3分もしない内に、虚が温かい茶と小洒落た皿に並んだひよこ菓子を応接机の上に並べた。

 

「この香り……ジャスミンだったか?」

 

「御明察です。こんな時間ですし、リラックスできるものが良いと思いまして」

 

「虚ちゃんってば、気が利きすぎておねーさん怖いわぁ~」

 

 早速カップを手にとってジャスミン茶を飲む楯無。ショウも追従するように飲むと、鼻腔を穏やかな香りが通り抜ける。少しだけ思考が解き放たれたような気がした。

 一通り香りを楽しんだ楯無は、さて、とショウに向き直る。

 

「改めて自己紹介しておきましょうか。私は更識楯無。この学園の生徒会長を務めています。

 そしてこっちが――」

 

布仏 虚(ノホトケ ウツホ)です。生徒会では書記長を担当しています。以後お見知り置きを」

 

 虚は楯無の隣に立ち、恭しく一礼した。ショウもそれに合わせて立ち上がると、少ない社会経験を総動員して丁寧な自己紹介をした後、やはり一礼してから座った。

 

「時に――大事な話だったか、妙な招待状で呼ばれてしまったんだけど」

 

 ショウは徐ろに制服の胸元から、畳まれた紙を取り出して、広げてみせた。指の先から肘くらいまでの長さの和紙には、中央に達筆の草書体で短い文章がでかでかと記されていた。

 


本日夕刻、生徒会室 へ来られたし   


 

「あん時居たのは何番のところだっけな……とにかく、アリーナの近くを歩いてたら頭の横を矢が掠めてさ、それに括り付けられてたのがこれ。

 矢文にしたって宛名も何もないから、俺のことじゃなかったらどうしようかと思ったんだけど……」

 

 ついでに矢も拾っといたんだよね……どうやって仕舞っていたのか、ショウはジャケットの内側から白羽の矢を取り出して机に置く。尖った鏃がキラリと暖色の照明に閃いた。

 話を聞いた虚は、素早く生徒会室の奥の壁を見た。そこには、新学期ということで展示用に最近弦を張り直した三人張りの弓が飾られているのだが……無い。昨日までは間違いなくあったはずだ。目をぎょっとさせて楯無の側に寄ると、半ば耳を引っ張るように耳打ちをした。

 

「なっ、何してやがるんですかお嬢様!? 殺す気ですかっ!?」

 

「仕方無いじゃない、すぐに使える手頃な弓があれしか無かったんだもん」

 

「お嬢様、弓じゃなくて何故もっと穏便な方法にしなかったのかを聞いているんです! 素直に呼びに行けば良かったでしょうに」

 

 楯無がショウを直接呼びに行かなかった理由はごく単純だ。過去2回の遭遇で、直に顔を合わせると碌なことにならないと楯無が学習したためだ。

 これからするのは直接顔を合わせなければ出来ない話題であるだけに、それを最小化するための方策でもあった。もっとも、その上で矢文を選んだのは、ショウを少しでも驚かせてみたいという悪戯心によるのだが。

 

 三人張りというのは、弓に弦を張る際、人間3人がかりでなければ張れない程の強弓だ。仮に人一人の力を20kgとすれば、その張力は単純に3倍して60kgにもなる。そこから放たれる矢の射程は時に200mを越え、下手なハンドガン以上の威力がある。

 そんなものを人に向けるのか、という虚の驚愕は正常にして至極当然である。

 

「あー、やっぱり忙しそうなら出直した方が……」

 

 ああだこうだと秘密会議をしている向こうから、ショウの不安気な声が聞こえてくる。客人を放ったらかしにするのは何よりも避けねばならないと、楯無は虚の顔を押しのけて「良いの良いの!」と笑顔で取り繕った。

 

「……お嬢様、私はあちらで続きを進めていますので、()()()()()はまた後程」

 

 お前後で覚えてろよと言外の処刑宣告をした虚は、そのまま自分の机へと去っていく。それから少しして、紙とペン先の擦れる小さな音が聞こえてきた。

 

 ごくり。

 ジャスミン茶を一口飲み込んだ楯無は、バサリと扇子を――表面には「再開」の文字がでかでかと書かれている――開いてから、本題に戻りましょうと切り出した。

 

「大事な話っていうのは、アナタの学外への移動に関してのことなの」

 

 楯無が持ち掛けたのは、今現在このメガフロートから出ることを許されていないショウが外出する際のこと。

 一夏と違ってショウは企業所属だ。企業秘密の観点からもテストパイロットとしてはグランゼーラの研究施設に戻る機会はどうしても必要になる。とはいえ、世に2人しかいない特異体質者を野放しにしていては、いつ誰に何をされるか分かったものではない。

 何かあったときに責任を取りたくない日本の警察組織とグランゼーラが水面下で舌戦を繰り広げた結果、それが漸く許される運びとなった。

 

「というわけで、私含めウチの人員がアナタのボディーガードになるから、安心して里帰りしてねってこと」

 

「なるほど、首輪が付くのか……今と大して変わらないって認識で合ってるか?」

 

 くい、とショウの顔が楯無の方を向く。その焦点が相変わらず自分の目に合わせられていないことに楯無は気付いた。

 

「言い方……当たり前だけど、学園の外の方が人も危険も多いわ。そう頻繁に戻るのはオススメ出来ないわね。というか、今回以降いつ許可が出るか予想出来ないの。

 お願いベースだけど、用事はまとめて片付けて欲しいかな」

 

「ん、善処する。

 ……てことはアレか、俺の新型機の受け取りもそっちが噛むってことになるのか」

 

「ええ、その通り。安心して守られてなさいな! ……なんちゃって」

 

 楯無は皿からひよこ菓子を手に取って、尻尾の方を一齧りする。一方ショウは頭をガブリと齧った。そのまま味わうように瞑目したショウは菓子を呑み込むと、首を傾げる。

 

「……ん? いやちょっと待て。学園が噛むのは分かるんだが、俺にはどういう訳かアンタも付いてくるように聞こえたんだけども……」

 

「だからそう言ってるじゃない。私が、貴方の、ボディーガード」

 

「え、失礼ながらお年は……」

 

「――ホントに失礼ね」

 

 楯無は笑顔だったが、目は笑っていない。

 

「でも学生だよな、現役の」

 

「そうね」

 

「法的には酒も煙草も」

 

「嗜んじゃダメよ?」

 

 それから10秒ほどの間、両者の間には静寂が訪れた。ショウは眉間にシワを寄せて、ただただ困惑したように固まっている。そんな様子を見た楯無は、手持ちの扇子ではらりと顔を扇いだ。

 

「あのさ、ボディーガードってこう……サングラス付けた黒服のSPに張り付かれるみたいなのを想像するんだけども、この学園って学生にそんなコトさせるのか?」

 

「するけど」

 

「んんんんん?」

 

「だから、私が貴方を道中護衛しますって言ってるの。……あ、もしかして疑ってる? 年下に世話されるのはプライドが傷つく?」

 

「いやだって……『狙われてる~』とか『狙撃が~』とか言われるような状況にさ、学生巻き込むって言われてんだぞ?

 カルチャーショック、でいいのかな……魔境じゃないのかこの学園」

 

 自分のことを重要視しているんだかしていないんだか。ショウは今ひとつ状況が呑み込めずにいた。演説に向かうアメリカ大統領をシークレットサービスが囲んで移動するように、誰かを護衛するなら相応の人員が必要だろう。

 

 幾らかのステレオタイプ――強面でライフルを背負った用心棒とか、どこぞの鬼ごっこ番組の鬼役みたいなサングラスとスーツの男達とか――を差し引いても、ショウの常識において高校生程度の人間がその役目に就くという話は想像できなかった。ともすれば護衛とは名ばかりの「ごっこ遊び」にすら思えてくる。そもそも成人しているか否かは重要ではない、学生という身分と「護衛」や「用心棒」という言葉が致命的に噛み合わないのだ。

 これが単なる冗談でないとすれば……ショウは更に首を傾げる。

 

 ――そういうのは、「少年兵」と呼んだほうが近いのではないだろうか。

 

「まあ、もちろん私一人で全部やろうって話じゃないから」と楯無に促されるままに、話題は当日の詳細な予定の擦り合わせに移った。

 

 

 

 

「――じゃ、そういうことだから。金曜の当日朝はよろしくね」

 

「本当に俺一人で行くわけじゃないんだな? なんていうか狐につままれたような感じがしてイマイチなんだが」

 

「嘘だと思うなら試してみる? ……と言いたいところだけど、そういうのは見せないのが一番なのよね」

 

「『世は並べてこともなし』か。まあ良いや、その通り従うよ。

 こちらこそ当日はよろしくお願いいたします。ええと……()()()

 

――せ・い・と・か・い・ちょ・う!!

 

 慇懃に差し込まれた煽りに顔を赤くする楯無を他所に、ショウはペコリとお辞儀して退室した。

 

 震えた、絞り出すような長い溜息の後で、楯無はソファにドスンと体重を預ける。

 机の上には未開封のひよこ菓子と、ショウを呼び出したときの矢と手紙が置かれたままだ。

 

「――お嬢様」

 

「……なあに?」

 

 二人きりとなった生徒会室の静寂を今度は虚が破った。

 

「どうして彼はお嬢様のことを書記長と呼んだのですか? 書紀は私ですが……」

 

 困り眉でよく分からないといった様子の虚が楯無の方へ顔を向けると、楯無は呆れたように肩を竦ませて、天井を見上げた。

 

「彼、ちょっと思想がアカいのよ。やれ私の名前がтоварищ(同志)に似てるだの、長だから書記長だのって……あぁもう調子狂う。

 大体、товарищなんて単語は今時使わないじゃない……」

 

「先程のお嬢様の顔もアカかったですね、ふふっ」

 

 「え、貴方も便乗してくるわけ!?」と面食らったように起き上がって虚の方を見る楯無。その視線の先には、幼児がクレヨンで画用紙に書いた顔よりも満面の笑みがあった。

 

「ちょっと、なんで笑うのよ……」

 

「自分の胸に手を当てて思い出して下さいお嬢様。普段あんなに遊び回ってるお嬢様がここまで取り乱すんですから、笑わねば無作法というものでしょう?」

 

 どこにそんな作法があるのよ……。諦めて自席に戻って書類を見返す楯無は、思えば虚がこんなに笑顔になったのは久しぶりかも知れないなと、少し感慨に耽った。

 

 ――それはそれとして、あの男にはどうやって仕返しをしてやろうか。

 

 


 

 

「やっと、見付けた……」

 

 結局のところ、捜し物は鞄の奥底にあった。教室移動の度に肌身離さず持ち歩いていたという記憶そのものが、単なる自分の思い込みだったのだ。

 馬鹿馬鹿しい……。真耶は自嘲する。

 

 ジップ付きの小さい、透明なビニール袋に入った空薬莢。入れ物も中身も、ここIS学園ではありふれたものだ。いや、全体が金属製のショットシェルなんて今でも珍しいかも知れない。

 

 誰もいない職員棟のロッカールーム。電灯の類が全く点けられていない暗い室内を、窓から差し込む夕日が唯一照らしていた。

 その影の中で一人、真耶は()()を顔の前に持ってきて睨む。脳裏に浮かぶのはあの日、あの瞬間の情景。すぐに咽奥に酸味がこみ上げてきた。

 

 数年前の試合。その舞台となったアリーナで拾った、真耶の憎悪の象徴。忌避すべき過去。

 そもそもアレは試合なんて呼べるものではなかったのだけれど。今でも認めてはいない。

 

「明日。確かめる……何もかも全部、私が前に進むために」

 

 真耶はショットシェルを再び鞄の奥に仕舞った。

 今度はもう忘れられない。だから、忘れるよりも先に、全て終わらせなければならない。

 

「勝手だけど――暴く(つぶす)ね、沢村くん」

 

 その目は、深く暗い輝きを湛えていた。

 

 


 

 

 

こんかいのまとめ

 

 

 

・ショウ

 

 急に予定が決まった真耶との試合の準備を進める。生ワサビのためだったら何だってしてやるもんね。

 ワッ、なんか矢文が飛んできた!? ひよこ菓子は学内の購買部でも買えた模様。

 なんか新機体受領に学園の生徒が付いてくるらしいよ、変だね。

 

 

・千冬

 

 報連相はデキる人間の秘訣。ショウを試合に誘った手前、下手なお膳立てはプライドが許さない。

 というか誘ったんだから真耶、お前がやれ。

 でも武器の申請は自分でやってね。

 

 

・一夏

 

 うわーん、課題のテーマが決まらないよ~! 逃げ道はあるはずなのにそれを選ばないのには何やら理由があるらしい。

 山田先生がちょっと怖い。でも、でっかいものには目を惹かれちゃうんです。

 

 

・箒

 

 勝手に他の女見てんじゃねよえーっ! その実ISに関する知識が豊富なわけでもないので、一夏にその点で追いつかれたら遂に自分が教えられる機会が無くなると危機感を抱く。

 真耶の様子がおかしいが、何も言わぬが華と距離を取ることに。そんなことより剣道やるぞ一夏。

 

 

・真耶

 

 明日になったらなんか分かるらしいよ。

 ショウに並々ならぬ因縁を抱える女。夢中で探した空薬莢はそれに関係するものらしい。

 こんなときでも、その胸は豊満であった。

 

 

・楯無

 

 ショウの事を見ていると何だか妙にざわつく。この気持ちは一体……。

 矢文については、自分の専用機の流体演算を総動員した上で確実に当たらない軌道で射った。危うい行動の割に安全性は確保されているが、結局ショウの顔ギリギリを掠めることに。

 

 

・虚

 

 学園の苦労人。他の生徒会メンバーがみんな仕事をしないので大半がのしかかる。

 ショウのことはあまり知らないが、楯無がやけに気にしているので少しだけ興味あり。

 サボり魔の楯無がここまで取り乱すのが珍しくて笑顔が止まらない。

 

 




 いい加減共産煽りがサムくなってきた今日このごろ。でも続けます、楯無がかわいいから。

 設定だとまだまだ入学から1週間と少ししか経ってないんですよね。この上新機体の受領が週末に控えているので、作中のスケジュールがギチギチになっています。でも作中の4月末までに書いておかなきゃいけない内容が多過ぎるため致し方なし。

 現実におけるショットシェルのケースは紙かプラスチックが最近の主流だそうで、金属製のものはあまり使われないようです。一方IS用のショットガンだと火薬の量もより多いだろうということで金属製にしてみました。でも最近の技術発展でプラスチックでも何とかなるようになったのでやはり主流はプラスチック、金属製のは古い代物である……なんて裏設定があったり。

 いよいよ次回より真耶vsオリ主の試合が描かれます。真耶が妙に陰湿になってしまったのはなぜなのか? 普通の量産機に乗ったときのオリ主の実力は? 色々書く予定なのでお待ちいただければと思います。

 早く原作仕様の癒やし系真耶ちゃんが描きたいところ。

 感想、評価、ここすき、お気に入り、どれも非常に励みになっています。作者は日に一度はUAの増加を見に来たりする異常者なので、どの値でも増えると興奮して執筆が加速します。
 ありがとうございます。もっとください。

戦闘シーンは……

  • なんぼあっても困りませんからね
  • 戦ってねえで話進めんしゃい
  • そんなことよりおなかがすいたよ
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