Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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何度でも戦って、這いずってでもその過去を。
日にち薬で癒えないこの傷を、抉って、忘れさせてよ。


16-2 Don't stop US now.

 時は5分ほど遡る。

 薄暗い第6アリーナの管制室には、内部の様子や監視中のISのバイタルを示す無数の空中ディスプレイが浮かんでいる。ヘッドセットを付けた千冬は、それをざっと眺めながら試合開始の時刻を待っていた。

 

「……ん?」

 

 突然、千冬の背後でシュウゥという、路線バスのドアよろしく空気の抜けるような音が聞こえた。こんな時間に一体誰だろうか、わざわざ誰も来ないような時間を狙って試合時間を決めたはずなのに……。千冬は身を強張らせて後ろを向いた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

「一夏、なんでここに……」

 

 開いたドアの向こうには、息を切らしてドアの縁に体重を預ける一夏の姿が。壁に手を突きながら管制室の中に入ってきた一夏は、スマホの画面を千冬に見せながら呟いた。

 

はぁ、はぁ……ショウに、っ見に来ないかって誘われ、はぁ、たんだけど……ゲホゲホっ

 

「良いから落ち着け、深呼吸だ。とは言え、アイツめ……」

 

 比較的すぐに息を整えてみせた一夏が言う所によると、ルームメイトの箒には「千冬に会ってくる」と言って一人で飛び出してきたという。普段は寮の出入り口にある千冬の監視も、今日この日においては無かったため、抜け出すのはさほど難しくなかったようだ。

 

 それでも入学から2週間弱。見慣れぬ夜の学園で道に迷ってしまったところ、()()()()()()()()()()()2()()()に案内してもらいつつ急いで、何とか時間に間に合ったというのがここまでの経緯だが、一夏はこれに関しては言わなかった。

 あの2年生も何かの理由があって門限破りをしているだろうし、案内してもらった恩があるので、それが理由だ。

 

 千冬はそんな一夏にため息を吐きつつ、仕方なく一夏に試合の観戦を許可した。今ここで追い返したところで門限破りが露見して面倒だし、後で個人的に説教しつつ、「月末に向けた特訓で呼び出していた」とか適当な言い訳を用意しておいた方が無難だろうと考えてのことだ。

 千冬は面倒が嫌いだった。

 

「そう言えば、千冬姉……」

 

「何だ?」

 

 アリーナの中央で佇む真耶が映った監視カメラ映像を見て、一夏が口を開いた。学校の時間外なので、「織斑先生と呼べ」といういつものツッコミは無い。

 

「山田先生って、強いのか?」

 

「なに馬鹿なことを言ってる。仮にも教員――ああいや、お前は()()()()()()()()の真耶しか見ていないんだったな……」

 

 一夏の無知を咎めようとしたところで、千冬は一夏の入学テストのことを思い出した。まだ新学期早々のこの時期、教員がISを駆る姿を見る機会はほとんど無い。

 かつて代表候補だった真耶のことを知っている生徒なら少なからずいるだろうが、ISに触れないようにと育ててきた一夏にそれを求めるのも酷だ。現に入学初日には「代表候補生」という言葉さえ一夏は知らなかった。

 

「そうなんだよ。俺さ、一応入学テストで山田先生に勝ったってことになってるけど、勝手に壁に突っ込んだのを避けただけで終わったし……何て言うか、アレで強いか弱いかなんて判断出来ないだろ?

 侮ってるとかナメてるとかそういうのじゃなくて、単純に知らないから分からないんだよ」

 

 実力(もっと言えば専用機の性能も)で教員を下したセシリアと違って、入学テストにおける一夏の勝利はまさに事故と言って良い状態だった。

 当時、入学までは起動テストくらいしかISに触れず、バトルなんて完全に未経験だったという一夏の事情を知った真耶は、「実質的に自分が世界で初めて男子とISで戦う」という事実を理解してしまった。結果としてその重圧から上がり性を発症、満足な機動も出来ずに突撃してしまう。あわや正面衝突というところで一夏が回避し、代わりに頭からアリーナの内壁に突っ込んで敢え無く試合終了、というのが実際の出来事であった。

 

 勝ったか負けたかという二元論に持ち込めば、確かに一夏もセシリアも勝ちの側に入るが、その実情は天地の差である。そういう意味では入学初日のセシリアの驚きは尤もで、「もしも事情を話したらもっと怒るだろうな」と何も言わないことを選んだ自分の選択を、一夏は今でも正しかったと考えている。

 

「……なるほどな。であれば、今日のお前は幸運だぞ一夏。これから真耶の本気が見られるんだからな。

 よく覚えておくと良い、アイツは国家代表に最も近かった女だ」

 

「え、てことは代表候補生の中でも一番ってことか。……ていうか、真耶って呼び捨てにしてるのはどうしてなんだ? お友達……?」

 

「現役時代の後輩なんだ。あのまま続けていれば、きっと……」

 

 ニヤリと口角を上げて真耶の実力を言ったかと思えば、後輩と口にした途端に千冬の表情が曇った。きっと複雑な事情があるのだろうとそれ以上は聞かないことにした一夏は、アリーナ内の映像に目を向ける。いつの間にか、真耶の向かいにショットガンを両手に持ったショウが立っていた。

 

 開放回線(オープンチャネル)で管制室と繋がった両者の会話は、今はヘッドセットを付けた千冬だけが聞くことができる。夜に喧しくスピーカーから音を出すのを千冬が嫌ったためだが、今日に限ってはそれで良かったと思った。一夏にとっては、ノイズにしかならないだろう。

 

『その武器、その名前……ッ!』

 

「……」

 

「千冬姉、どうかしたのか?」

 

 聞こえてきた真耶の声に一層顔を曇らせる千冬。様子に気付いた一夏の言葉を気にするなと制して、コンソール上のキーボードを数回叩いた。それに呼応して幾つかの空中ディスプレイ――2機のISのステータス情報が主要な内容だった――が呼び出される。

 それから、両者に試合前の最終確認を取ると、千冬はカウントダウンを始めた。

 

「3、2、1――スタート」

 

「――ッ!?」

 

 それはあまりにも短い時間に、一瞬の間に起きた。

 

 初動で左後ろへ下がった真耶へ追い縋るように瞬時加速(イグニッションブースト)で距離を詰めたショウが、真耶の顔面にショットガンを二発叩き込んだかと思えば、そのまま交通事故の如く衝突。否、猛禽の狩りに近い両足による飛び蹴りだ。更に真耶の身体を地面でガリガリ削りながら減速した所で更にショットガン総射。

 

 鳩尾に踵落とし。ショットガン。右足装甲部に踏みつけるような蹴り……射撃と蹴撃を繰り返す、余りにも一方的なループが試合開始10秒足らずで発生した。

 

「こんなの……こんなの試合なんかじゃねえだろっ、止めないと――!」

 

 酷い光景だと思った。一夏は自分が見ているものが信じられなかった。

 多少乱暴なところはあったかも知れないが、先週戦ったショウはこんな荒々しい戦い方はしなかったし、もっと巧みだった。出会って1週間だが、頼もしく、時に優しくさえ見えたショウとはまるで別人のようで、一夏は恐ろしくなった。

 

 恐らくは、真耶が授業で言っていた戦術――シールドバリアに負荷を掛けて処理飽和で動けなくするものの一種なのだろう。だからといって、動けない相手をここまで一方的に殴り続ける行為が試合であって良いはずがない。

 何より、女性に暴力を振るうなど――。

 

 一夏は何とかして試合を中止させようとコンソールに飛びつくが、制服の襟が重機のような力で引っ張られ、すぐに元の場所に戻されてしまう。千冬だった。

 

「やめろ馬鹿者。試合中だろうが」

 

「だって、こんな(ひで)えこと……」

 

「――時に一夏、ISバトルであのような近接格闘(メレー)は滅多に使われない。何故か分かるか」

 

――ぐッ、かは、がぅあッ……』

 

 ヘッドセットからは真耶の苦悶の声しか聞こえてこない。きっとショウは無心無言で攻撃を加え続けているのだろうが……それを知った上で、千冬は一夏の言葉を遮るように訪ねた。

 

「そ、そりゃあ、女性を殴るなんていけないことだから……」

 

「2度目だぞ馬鹿者、お前が見つかるまでISは女しか動かせていないのを忘れたか」

 

 え、えっと……答えに窮して小さい声を漏らす一夏の頭を千冬が小突いた。それから、空中ディスプレイの内の一枚と試合の映像を見比べるよう、指を指して言った。

 

「ショットガンの射撃時と蹴りを入れた時、それぞれで両者のシールドバリアがどう変わるか見てみろ」

 

 こんなことしてないで止めないと……今尚画面の中で行われる野蛮を見過ごせない一夏だったが、生まれてこの方千冬に逆らえた試しが無い。仕方無く言われた通りに画面を見比べてみた。

 

 ショットガン2連射……真耶のシールドバリアが削れた。

 

 右肩への蹴り……真耶とショウのシールドバリアが減った。

 

 カスタムウイングへの爆発する射撃……真耶のシールドバリアが削れた。

 

 下腹部への踏みつけ……真耶とショウのシールドバリアが()()()()減った。

 

 ……あれ?

 

「なんで……攻撃している側のショウまで削られてるんだ?」

 

「フン、気付いたようだな一夏。作用・反作用の法則は分かるだろう、それが原因だ」

 

 宇宙空間での活動を想定していたISにおいて、デブリとの衝突からパイロットを守るのがシールドバリアという機能である。運動する物体の運動エネルギーが質量と速度で決まる以上、デブリでなくとも相応の力やエネルギーがぶつかればバリアが発動するのは世間の知る所だ。銃で撃っても、剣で斬っても、地面に叩きつけても、パイロット保護のためにコアはその役割を果たす。

 

 さて、ここでIS同士が衝突したらどうなるか、それを説明をする鍵となるのが作用・反作用の法則だ。

 壁を手で押せば押し返されるように、一方向に力を加えると自然に正反対の力も発生する。IS同士がぶつかる際も同様で、その相対速度とそれぞれの質量に応じたエネルギーが双方に加わる。当然、パイロットへの危機と判断したコアはバリアを発生させるため、双方同じだけエネルギーを消費することになる。

 

「要するに、痛み分けにしかならないんだよ。それ自体にバリアがない近接武器でやれば良いものを、わざわざIS本体でやる理由など、専用の装備があるか両手が塞がっているときくらいのものさ」

 

「じゃあ、ショウのやり方は……」

 

「ああ、ド素人の戦術だな。そこは経歴通りで安心したくらいだが――」

 

 千冬はショウの両手にあるショットガンを見た。

 既製品から改造され、上部にボックスマガジンが突き刺さった代物。ポンプアクションだったものをわざわざセミオート可能にした反面、一度弾切れを起こせばリロードには更に時間が掛かるようになったはずだ。であればその瞬間がこの戦術の()()()になる。

 

 そこまで考えて、千冬は試合前のショウを思い出した。

 

(――そういえば、アレと同じ型のマガジンは他に申請されていたか……?)

 

 いや、無かった。他の銃のマガジンは幾つもあったが、このショットガン用の追加弾薬は申請書の項目には載っていなかった。

 もしや、最初から撃ち続けるつもりなんか無くて、このループだけで独立させているのか。それとも、容量制限を考えている内に追加分を入れ忘れてしまったのか。千冬の脳内を色々な考えが駆け巡る。

 しかし、何にせよ。

 

「――良く見ておけよ一夏、試合が動くぞ」

 

「え?」

 

 千冬のヘッドセットから聞こえる音には、今や真耶の()()()()()()()息遣いだけが響いていた。

 

 


 

 

 撃って、蹴って、撃って、蹴って……。

 言葉にすると実に単純な繰り返し行動だが、シールドバリアに負荷を掛けて行動を阻害する目的と照らし合わせると、一つ一つの行動には緻密さが要求される。

 

 マズルフラッシュ対策の減光処理で顔こそ見えなかったが、自分を蹂躙しに掛かるショウの姿を、真耶はじっとり観察していた。

 

 さん。

 

 動けないのだから仕方ない。

 真耶のラファール・リヴァイヴのコアには依然として高い負荷が伸し掛かり、PICやアクチュエータ制御を始めとした機能が軒並み制限されていた。それもこれもショウの的確な射撃と弾種選択が原因だ。

 

 に。

 

 銃だけで高負荷による固め殺し状態を維持するには、相当の発射レートが要求される。ショットガンでやろうとすれば、幾らかコツが必要だ。

 

 ミニグレネード、散弾、スラッグ、そして合間に差し込まれる蹴り……。

 コアが衝撃に慣れないように、万遍なく、そして想定されない方向からも殴る。ショウの攻撃にはその全てが、まるで予め計画されていたかのように含まれ、実行されていた。

 

 わざわざマガジンの中に異なる種類の弾を詰めておくなど、少しでも戦況が狂えば使い物にならなくなる。最初のミニグレネードから今に至るまで、どの弾種を、どのタイミングで、何処に当てるか……それらを最初から決めて掛かっていたに違いない。

 外から素人が見れば乱雑で野蛮に見えるだろうが、真耶にはそれがひどく効率的で、美しくさえ見えた。初手で自分を打ちのめすためだけの、ある意味でオーダーメイド。

 

 いち。

 

 何より真耶は嬉しかった。

 あの女と同じ戦術が、きちんと強力に実行されている。あの日の惨めな敗北を、不甲斐無さへの憎悪を、傷ごと抉り取る機会としては最高のものだ。

 潰し甲斐がある。

 

「ッ……!」

 

 ぜろっ。

 

 胸部にスラッグ弾が直撃する。内臓が揺らされ、胴体に痛みと衝撃が走った。だが、この後を思えば真耶にはむしろ気持ちが良いくらいだった。

 だって、弾倉のサイズからしてこれが最後の弾丸。

 

 景色がぐっと遅くなった。

 ショウはショットガンを放り捨てながら、脚を振り上げている。その後に何をするつもりかなど真耶にはどうでもよかった。隙が生まれたというその事実こそが重要なのだ。

 

 その刹那。ぐわりと開かれた真耶の両手に、おびただしい量の白い粒子が収束し、形を成していく。長大な砲身が2つ並列されたそれは、真耶のお気に入りの一つ。

 グランゼーラ製2連装グレネードキャノン「HUMMING BIRD(ハミングバード)」。本体と弾薬のどちらもが拡張領域(バススロット)を圧迫するために撃てる回数が少ない本機のコンセプトは、「一発一発で確実に削る」こと。2丁を両手持ちすることが実は開発者(ネオン)の望んだ使い方だということを、今日に至るまで真耶は知らない。

 

 真耶はカスタムウイングに接続された1対の実体盾を、自分を抱きしめるように変形して、両腕の()()を構えた。4門の砲口が、ぎろりとショウの顔面を覗き込む。

 

 口角を上げて、今。

 

「――お返しです

 

 閃光、続いて即座に衝撃。もはやそれは音ですらない。

 脚を振り下ろす間も無く、ショウは鮮やかなオレンジ色の爆炎から、まるで夏場のスイカの種を吐き出すときのようにして撃ち出された。

 炸裂した4個のグレネード弾が引き起こした、致命的な爆発。それは現代の駆逐艦の艦砲射撃にさえ匹敵するような威力であり、事前に盾を自身とショウの間に挟んでおいた真耶でさえ、至近距離で発生したそれに対して無傷ではいられない。

 

 強すぎる刺激にセンサーをカットしたラファール・リヴァイヴにより、真耶には一瞬だけ何も見えず、何も聞こえなかった。だがそれでいい。真っ黒になった視界の向こうがどうなっているかなど、見なくとも分かるから。

 

 

 

 

「――ワルキュリアとは勝手が違いすぎるな。雑な想定でやった俺のミスか」

 

 UI上で残り6割程まで減ったシールドエネルギーの表示を横目に、空中で佇むショウは地上の真耶を()()()()。折角ショットガンの接射でこつこつ稼いだリードも、痛み分けになると知らなかった近接格闘(メレー)と真耶のカウンターでほとんど失われ、今ではむしろショウの方が不利とすら言えた。

 全部の衝撃をバリアで受けてしまったせいだろうか、元々有って無いような充実度の装甲は未だに無傷だった。しかしその余波はショウの身体全体にまとわりつく「しびれ」として残っていた。

 

 至近距離からの4連砲撃で吹き飛ばされたショウは、絶対防御を発動させられながらもPICで減速し、壁に衝突する前に止まることに成功した。その際回頭するのを面倒くさがったせいで、今のショウはコウモリよろしく上下反転している。ISに重力は関係ないので、逆立ちのように頭に血が上ることもない。

 思えば初めてISを動かしたときもこんなことをしたっけ……前年度とは言え今年の出来事のはずなのに、ショウにはあの日のことが遠く思えた。

 

「ふふっ……やっぱり私の思った通りでしたね、沢村くん。

 ()()()が本当のキミだったんだ」

 

「――ガルム

 

 真耶の言葉など気にしないかのように、そしてまるで独り言のように、ショウは61口径アサルトカノン「G-ARM(ガルム)」を呼び出した。EUで共同開発が行われ、単純な設計と安定した性能から各国で採用されている人気の武装だ。その名の由来は北欧神話に登場する冥府の番犬ガルムとgrande arme(偉大なる武器)のダブルミーニングだという。

 

「ウォーミングアップはこれくらいでいいでしょう? お互いにシールドが半分くらいになっちゃいましたけど、勝負はこれからです」

 

 サンデーストライクとラファール・リヴァイヴ。程度の差こそあれど、拡張領域の容量が多い第2世代量産型モデルという点で両者は同じと言える。しかし。

 

 方や最も古く、装甲を投げ捨てて速度に特化した機体。一方で最後発の最新型にして、無数の新技術で完成された末の娘。

 アルファとオメガ。サンデーストライクからラファール・リヴァイヴに至るまでの仕様や設計思想の変遷……。この戦いは、個人間の闘争であると同時に、誰も意図せず歴史の清算でもあった。

 

「追いかけっこしましょう。今度は私が鬼になりますから――

 

 

 

 ――ちゃんと飛んで(ニゲテ)くださいね、沢村くん?

 

 両者のスラスターに火が灯り、それらはすぐに弾けた。

 

 


 

 

 大口径から吐き出される、轟くような射撃音。空気抵抗を無効化するバリアが空を裂くような音を奏で、銃弾を弾くシールドの分厚い金属音が響く。

 苛烈なドッグ・ファイトが繰り広げられる夜のアリーナには、ナイターの明かりに混じって幾つもの閃光が現れては消えてを繰り返していた。

 

「ふ、ふふふっ……!」

 

 誰もいないはずの観客席にもそれは伝わっていた。

 日中は観客に詳細な試合の様子を伝える、備え付けの空中ディスプレイの投影ユニットにケーブルを突き刺して繋げた記録端末を片手に、一人の少女――薫子が声を抑えながら笑っていた。

 

 刺激的? ファンタスティック? そんな言葉では語れない景色が広がっている。

 一方は、かつて日本代表に最も近かった、銃央矛塵(キリングシールド)の異名を持つ女。山田真耶。

 もう一方は、入学早々に代表候補を下した実力と、大企業(グランゼーラ)のテストパイロットとしての地位を持つ男。沢村ショウ。

 何となく一夏を追いかけた先でこんな試合が見られるなど、誰が予想できようか。とんでもないワンダーランドに案内されてしまったらしい。自分はアリスで、一夏はウサギ……なんだかそんな気がしてきた。

 

 薫子の背筋がゾクリと震えた。

 新聞部として、入学以来IS学園のゴシップから模擬戦の勝敗予想まで手広く記事にしてきた彼女だが、こんな戦いは始めて見た。そもそも教員と戦う生徒が少ないし、恐らく目の前の真耶は本気だ。平時ぽわぽわした彼女があんなに獰猛な目を見せるなんて、こんな一面を知っている人間は果たしてどれほどいるだろうか。

 

 一般の生徒よりも些か年齢が上とはいえ未経験の人間が、恐らく手加減無しの教師と、互角に渡り合っている。ハッキリ言って異常だ。

 観に来てよかった。平生からドライアイ気味の目が更に乾いて痛いが、今は瞬きの暇すら勿体ない。これを記事にしたい、皆に知らしめたい。この衝撃を、感動を、出来るだけ早く、出来るだけ多くの人と共有したい。後のことを想像するだけで薫子の口角が釣り上がる。笑顔が止まらない。

 

「――とんでもない試合ね」

 

「……ぇ?」

 

 薫子の背筋が凍った。

 ジャーナリストの卵として、勝手知ったる同級生達の声も顔もしっかり覚えている薫子だが、数人は別の理由で記憶している。

 

「た、()()()()()……? 何でここに」

 

「あら、たっちゃん呼びとは親しくて嬉しいなぁ」

 

 要注意人物のリストがあるとすれば、その上位。優先回避対象。

 IS学園生徒会長、更識楯無が薫子の背後にいつの間にか立っていた。

 

 ジャーナリスト活動をこの学園で行う上で、薫子は楯無に何度も煮え湯を飲まされている。そもそも新聞部を始め全ての部活動が生徒会の統治下にあるので、下手を打つと部費が減らされかねないからだ。

 その分諸々の年中行事で活動の機会を増やしてくれているから、ある意味バランスは取れていると言えるかも知れない……が、気に食わないものは気に食わない。出会ったら最後、確実に茶々を入れられるのだ。

 

「こんな時間にアリーナに入り込むなんて、タダじゃ済まないでしょ……」

 

「良いのよ、生徒会長にはそれが許されるの。それに門限破りは貴女もじゃないの、しかも勝手に放送システムに割り込んで試合を違法録画なんて……バレたら大目玉ね?」

 

報道の自由ですぅ~!

 

 世の報道関係者全員が共通して使う()()()()()()を唱える薫子の肩に、楯無が手を、ぽん、と置いた。そのままアリーナ中心の方へ身体を押して、二人は横に並んだ。

 

「まあ、今は観ましょ」

 

 試合の様子は依然として激しい。

 乱暴にばら撒くようなショウの射撃を盾で防ぎながら真耶が撃ち返したかと思えば、その射撃を身を捩るようにして回避するショウとの間で、赤熱した弾丸の曳光が飛び交っている。

 

 ナイター照明の影に一瞬入り込んで視覚センサーを騙したり、楯無たちの目の前にある保護用エネルギーシールドの上に()()して狙撃を試みたりと、日中に行われる普段の試合とは明らかに様子が違う。

 試合のルールこそ侵していないが、その上でバーリトゥード(何でもあり)めいた、地下格闘技のような戦いが繰り広げられていた。誰も観ていない夜だから、二人には尚更そう見えた。

 

(一応、彼の試合記録は全部見たけど……)

 

 楯無にはショウの振る舞いが不可解で仕方がなかった。

 沢村ショウという人間がこの学園に来て、ISで戦ったのは大きく分けて三回。入学テストと、クラス代表決定戦と、今回。乗機もラファール、ワルキュリア、サンデーストライクと全て別物だし、戦い方もまるで違う。

 

 入学テストのときは、まさに初心者然とした戦い方。まともに機体を動かすことも出来ず、真耶に一方的に撃ち込まれ続けて敗北した。無気力試合というよりは、本当に機体の制御に困っているような振る舞いだったので、ごく最近ISに乗るようになったという経歴を踏まえれば、自然の流れだった。

 

 雲行きがおかしくなったのは代表決定戦。初見でイギリスの代表候補を下し、機体の不具合と疲労で動けなくなるまで戦ってみせた。千冬が後でぼやいていたのを聞いた限りでは、戦い方を選ぶ余裕すらあったと言うから分からない。

 

 そして、今回。

 最適化も行われていない量産型よりは、パイロットに合わせた調整の施された専用機の方が動きやすかったのではないか……そんな仮説が目の前でベルリンの壁よろしく叩き壊されている。

 

 間違いなく、沢村ショウは実力を隠している。そうとしか思えなかった。

 だが、それが本当だとすると理解に苦しむのは、今回の相手が入学テストと同じである点。真耶との相性が悪かった可能性が否定される上に、そもそもどうせ男が試合する時点で、今のように記録を取られるのはショウ自身も分かっているはずだ。たった一週間でバラす程度の秘密なら、何故ここで実力を晒したのか。そもそも隠す必要などあったのか。

 

(これは……明日が楽しみというか、心配というか……)

 

 弾をばら撒いたショウは、矢継ぎ早に次のマガジンを呼び出してリロード。()()()()()()()()()()()()()()()上に、その後の狙いは鈍く無駄弾が多い。

 実力があると言っても、過剰に上手いというわけでもないところが余計にタチが悪いのだ。回避機動だけがやたら巧みで被弾が少ないが、自分からは当て切れていない。

 訓練を積んでいたにしては偏っていて歪だと、ロシア代表としての経験が告げていた。

 

 


 

 

こんかいのまとめ

 

 

 

・一夏

 

 第6アリーナを探して三千里……は嘘だけど1kmくらいは走り回った気がする。学園が広すぎるのが悪い。道教えてくれた先輩の人、ありがとう!

 ショウの初手が乱暴過ぎてブチギレ寸前。こ……こんなことが許されていいのか。

「女性には優しくしなければいけません」

 

 

・千冬

 

 勝手に一夏を誘っていたショウに呆れつつ試合を観る解説役。

 内心、ショウが真耶に蹂躙されるだけなのではと恐れていたが、どうやら互いに蹂躙し合う戦いだったらしい。

 なにこれ?

 

 

・薫子

 

 ジャーナリズムは死なんよ2。

 一夏を追っかけてみたらド級の特ダネ見~つけたっ! これは撮るっきゃない観るっきゃない。でも楯無には勝てっこない……。

 

 

・楯無

 

 興奮する薫子の後ろに、ハ ン タ ー。

 風の噂でショウの戦いを聞いて観に来た解説役その2。

 今更だけどショウが厄ネタに見えてきた。本当の貴方はどれ?

 

 

・ショウ

 

 え、普通のISって直接殴ったらダメなんですか!? いーもんね、もうショットガン弾切れだし。

 未だにワルキュリアのことを気にしている女々しいやつ。次に使う武装発表ドラゴンと化している。

 手札は最初から決まっている。後は、できることを順番に試すだけ。

 

 

・真耶

 

 ショウが全力で潰しに来てくれて大興奮。

 いつかのあの日に貴方を重ねます。思い出をカオスエクシーズチェンジ。

 復讐と、ついでにお礼の気持ちも込めて全力で潰すね。

 

 




 おかしいな……今回で真耶戦の決着が付くはずだったんですけど……。
 しゃあけど視点増やしまくって群像劇状態にしたらそうもなるわっ。

 メタ的に言えば、織斑姉弟を解説枠にするのは確定として、作中の翌日から始まるグランゼーラ行きのシーンで行動する楯無にも試合を観せておく必要がありました。「コイツに新機体を与えて大丈夫か?」と彼女に思わせる下準備ですね。

 問題は楯無を管制室に放り込むと1シーンに3人を喋らせることになる点。
 地の文の多い自分の文体だと各キャラがまともに発話出来ずに終わる可能性があったので、どうにかして解説シーンを分割させる目的で薫子を引っ張ってきた次第です。学園内の情報通でもある彼女なら、男子の試合に飛びつかない理由もないでしょうからね。

 武器の正式名称については例によって捏造しています。原作だとカタカナでしか書かれていなかったので、多分こんな感じで命名されたんだろうなというのを妄想しました。

 どうでもいい話、3話で出した「ハミングバードを2丁持ちで好成績を残した選手」というのは真耶のことです。

 1日遅れですがハッピーバースデー箒!

戦闘シーンは……

  • なんぼあっても困りませんからね
  • 戦ってねえで話進めんしゃい
  • そんなことよりおなかがすいたよ
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