Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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別にお前のことなんて見てない


16-3 愛すべきこの感覚:地獄のような

 バリバリバリ……ッ!

 

 稲妻のそれにも似た重い射撃音とともに真耶のレッドバレットが火を吹く。

 

「ほらほら! 避けないとどんどん削られちゃいますよッ!!

 今度は……左脚ぃっ!」

 

 セミオートに切り替えて刹那。ショウの飛ぶ先へ追い縋るように曳光が一条伸びる。

 急峻な三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)を使いこなして真上へと回避するショウだが、残念ながらこれは見せ弾。矢継ぎ早に放たれた第2射が正確にショウの左側脚部装甲を食い千切る。

 

「……ッ」

 

 流石のショウも衝撃に顔をしかめる。しかし、脚に掛かった慣性を利用して腰部を中心に回転、逆上がりの要領で後ろを振り向いてガルムのトリガーを引く。

 

 ガン、ガン、ガン……!

 

 レッドバレットと比べると低い発射レートに加え、真耶よりも甘いショウの狙いでは弾道が定まらず、1マガジン撃ちきっても命中弾は2発に留まる。それも全部物理シールドに弾かれてしまったため、有効なダメージにはならない。命中時のガチンという音が哀愁を誘った。

 

(残マガジンは――6。切り替え時か……?)

 

 空になった大容量マガジンを虚空に弾き飛ばす。

 ショウは換えのマガジンと()()()()を呼び出しながら、拡張領域(バススロット)内の残存マガジンの数を見て目を細めた。元は13あったものがもう半分を切っている。しかも大して有効打を与えられていないところが自信を損ねる。

 

(ラファールのときより大分マシとはいえ、未調整のレイヤー1じゃ鈍――ッ!?)

 

 ガチガチとガルムの下部にマガジンの先端を押し付けてどうにかリロードを試みるショウ。全方位視覚の端で何かが光った気がした。

 反射的に頭を仰け反らせたその直後――顎下を、突然弾丸が掠めた。

 ロックオンアラートは無かった。一体どうやって……見下ろすと、レッドバレットの銃口を()()()()()真耶の姿が。

 

「油断大敵ですよ~。リロードの隙が一番オイシイんですから……!」

 

 真耶はそのまま引き金を引いた。

 放たれた弾は無意味にも盾に吸い込まれ――ることはなく、あり得ない角度で反射して、正確にショウの飛ぶ前方の虚空を貫いた。

 

(跳弾……ワンクッション挟んだだけでアラートが鳴らないとは驚きだな、ISは)

 

 跳弾による狙撃は真耶の得意戦術の一つだ。PICによる慣性制御が掛けられた物理シールドに撃ち込まれた弾丸は、その運動エネルギーを失うこと無く、まるでそこから「再出発」するようにして目標へ向かう。

 直接銃口を目標へ向けるわけでもないので、照準に際して発せられるレーダーなどに起因するロックオンアラートは出ない。それでも軌道上のデブリを想定した飛来物警報くらいは表示されるが、被撃側にとっては格段に見落としやすい攻撃になる。

 

 ショウは急減速から即座に後方へ飛ぶ。一瞬前までいた場所を弾丸の群れが通り過ぎた。

 

(予定変更だ、射撃がダメダメなのは良く分かったから次に――

 

――あっ

 

 反転直後の速度が足りないタイミング。一瞬だけロックオンアラートが悲鳴を上げた。

 

 時間が引き伸ばされていく。ナイター照明に照らされて、2組の巨大な弾丸がぐんぐんとこちらへ向かってくる。それはつまり、狙い始めから引き金を引くまでがごく一瞬だったということ。

 更に、その向こうにはハミングバード(2連装グレネードキャノン)を構えた真耶が――、

 

 

 ――側頭部ごと鼓膜をむしり取られるような轟音衝撃

 音割れを起こしたノイズが背骨を軋ませたところで、ショウはようやく自分がアリーナの内壁に叩きつけられたと理解した。

 三半規管の復活を待たず即座に離脱を試みて――ダメだ、バリアの処理飽和でほとんどの機能が固まっている。

 

(急げ急げ急げ……ッ!!)

 

 遠くでガンガンという重い射撃音がした。

 ヒュウという風切り音が近付いてくる。

 

(ステータス・イエロー…………今ッ!)

 

 飽和が解決され操作が可能になったと同時に、手動操作を先行入力して瞬時加速(イグニッションブースト)。背中に蹴りを入れられるように飛び出すと、まさにその背後で爆炎が上がった。

 確認するまでもない。ハミングバードの第2射だ。

 

「――鬼さんはこちらですよ……なんちゃって」

 

 すぐ背後に真耶が張り付いてきていた。加速力ではサンデーストライクが上回るが、機動で先回りされたら逃げ切れなくなる。

 

ホムラビ……!」

 

 ガチガチと覚束ない手付きでマガジンの交換を終えたショウは、()()()()と一緒にガルムを量子化する。続いて代わりの武装の名を呼んだ。

 

 宝和重工製の52口径アサルトライフル「焔備(ホムラビ)」は、倉持技研製量産型ISフレームの基本装備にも採用されている武器だ。

 日本におけるスタンダードの一角を頂くこの銃は、発射レートの高さと取り回しの良さを特徴として持っている。ガルムよりも切れ目無く撃ちやすいので、今の状況には向いていると言えるだろう。

 

(もう少し遊ばせてくれよ、現実(イメージ)……!)

 

 ショウは無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)で宙返りするように反転、そのまま自身へ追い縋る真耶目掛けて突っ込んだ。スラスターを吹かして、吹かして……まだ加速できる、もっと。

 

 膨れ上がる相対速度を弾丸に乗せて、両者の銃が火を吹いた。

 

 


 

 

 なぜラファールではダメで、サンデーストライクではここまで動けるのか。

 実力を隠すにしても、高々入学から1週間でバラすのはどうしてなのか。

 そもそもショウはどこでこんな実力を身に着けたのか。

 

 観客席で試合を眺める楯無と同じ疑問を、管制室で鋭い視線を向ける千冬も抱いていた。

 違いがあるとすれば、千冬はこの疑問の答えに、おぼろげながら心当たりがあるということ。

 

 「人類最強(ブリュンヒルデ)」の座を頂く千冬は、国家代表になる前からISの開発現場に引っ張りだこだった過去がある。武器、新デザインのISスーツ、テスト用フレーム……ISに関わる仕事があれば、何でも受けた。仲の良かった親友の助言もあって危険な案件は避けることが出来てはいたが、何にせよ、当時の千冬には金が必要だった。

 

 幼い内に両親が突然蒸発し、手元に残ったのは最愛の弟と少しの金、そして天才たる親友との出会い。

 その親友が生み出したISという新産業に乗る形で、千冬はその才覚を時間が許す限り振るった。

 家計を支え、一夏にまともな暮らしをさせてやりたい……その願いの結果が国際大会での優勝であり、多感な時期を一人で過ごさせてしまった一夏との関係でもあった。

 

(思い出せば懐かしい感覚だが、ここまで変わるものか……?)

 

 数多のIS関連企業が千冬のデータを取ったように、千冬もまた、自分が試したもののことを覚えている。

 特に、自分が乗ったISのことは。

 

 第2世代の開発が最盛期を迎えていた当時、基本的にその開発の土台はサンデーストライクだった。同世代で真っ先に一般への販売が行われた量産型として、どの企業も手に入れやすく、改造するも設計を参考にするも簡単だったからだ。

 だが設計思想というものだけは、時代とともに移り変わっていく。今ではサンデーストライクの設計思想をそのまま受け継ぐのは開発元のグランゼーラのみだ。

 

 ようやく第1世代の開発が下火になり、一般の企業にもIS開発が許されるようになってきた頃。まだ満足な開発技術が出揃っていないその時代において、ISの性能を限界まで引き出すには、どうしてもパイロットの技術に頼るところが大きかった。

 精密なスラスターの制御や、素早い照準、独特な感覚を要するPICの操作……ISコアにどのように処理をさせればよいかという勝手がまだ分からなかった技術者たちは、口惜しさに顔を歪ませながらもパイロットに任せる他なかったのだ。

 親友に教わった知識と、類まれなる才能を持った千冬にとってはそれが当たり前の基準だったし、そこで苦しむことはさほど無かった。一方で、その他大多数のパイロットにとっては大きな負担で、だからこそ千冬は勝ち進めたという側面もある。

 

 少し時代が進み、そういった機能もある程度オートで行えるようになったことで、パイロットの負担は大幅に軽減された。

 だが、千冬にとってはどちらでも良かった。今まで自分でやっていたことの幾らかを、今度はISに任せればいいだけ。適応する天才に隙はなかった。

 

 コアの仕事を増やすということは、同時にそれまで任せていた仕事を減らす事に他ならない。どれだけISコアの性能が高かろうが、単位時間に発揮できる能力は有限だからだ。開発者の公式リファレンスでも主張されていることである。

 そうして減らされた仕事の一つが応答速度である。

 

 サンプリング周波数という概念がある。

 連続的な(アナログ)信号の流れを、コンピュータが扱えるような離散的な(デジタル)データに変換するには、適当な時間で元の信号を区切って、数値の羅列にしてやらなければならない。サンプリング周波数というのは、その区切りをどれくらい細かく行うか、言い換えれば「1秒を幾つに区切るか」である。

 区切りと区切りの間の変化は無視されてしまうので、元の信号を崩さずに変換するには、できるだけサンプリング周波数を高くしておいた方が良いことになる。しかし、サンプリング周波数を上げるということは区切る個数が増えることと同義だから、処理しなければならないデータは膨れ上がる。

 例えば、音楽ファイルの音質が良いとか悪いとかの差は大抵ここにある。容量を減らすためにサンプリング周波数を下げて音質が下がるものもあれば、オーケストラ会場さながらの音を聞くために周波数を上げて容量が大きくなるものもある。

 

 サンデーストライクのような古い機種は、この応答速度が高く設計されていた。

 パイロットに諸々の操作を負担させなければならない以上、パイロット自身の性能をほぼ無制限と期待して、どんなに機敏な操作を行っても機体が追従して応えられるようにしていたのだ。

 勿論、大多数のパイロットはそんなところの性能を上げられても活かしきれない。機体がどれだけ細かい区切りの時間で操作を受け付けても、入力側たるパイロットがボトルネックになる。

 千冬を含む少数――高い適正値を持ったパイロットだけが、その応答速度に対応した操縦を可能にしていた。

 

 一方で、ラファール・リヴァイヴのような新しい機種では応答速度が下げられている。

 需要のない性能は削られ、その分で生まれた余剰を使って多くの機能が拡充された。初心者でも、中級者でも、上級者でも、誰にでも扱いやすい量産型として第2世代は進化していった。

 依然として、千冬の専用機は高い応答速度で設計されていたが、企業に依頼されて乗った応答速度の低い機体でも、千冬は乗りこなせた。力の抜き方を分かっていたからである。

 

 言うなれば、「入力の最適化」と「出力の最大化」。

 第2世代量産型の世界には、対照的な設計思想が共存していた。

 

 では、ショウはどうか。

 真耶が言うには、ラファールに乗った入学テストでは「歯抜けのような」操縦をしていたという。そして今、画面の中で縦横無尽に飛び回るショウが駆るのはサンデーストライク。

 

(確かに筋は通るが……しかし、これだと搭乗経験が尚更怪しくなる)

 

 サンデーストライクのように高い応答速度の環境に慣れきっていて、急にそうでない環境に置かれた結果があの入学テストだとすれば、確かに納得だと千冬は思った。現状、あれ以外でショウが乗ったのは全てグランゼーラの機体。今ひとつ得体の知れないワルキュリアも同じ仕様だったと考えて良いはずだ。

 しかしこれらは全て、()()()()()()()()()の話である。

 

 試合開始前にショウが言ったように、ISの搭乗記録は監視と報告がされることになっている。国連のIS委員会と、その直下にある管理機構が決めたことだ。男が乗ったとすればバイタルサインからすぐに分かるし、隠すのは困難だろう。これが女性なら数ある搭乗記録の中に埋もれていたことだろうが……ショウが男であることは1週間共に生活した千冬にとって疑いようのないことだ。

 

(搭乗記録を残さず、しかし長時間の稼働経験を積めて、しかもそれは古い仕様でなければならない……ショウお前、何をどうやった?)

 

 画面の中では相変わらず熾烈な銃撃戦が繰り広げられている。

 三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)に一零停止、無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)……どこで覚えたかも分からぬ数々のテクニックを駆使して真耶の弾幕を掻い潜り、しかしショウからの命中弾は依然として少ないままだ。

 

 事前の武器申請情報と試合中の射撃データから算出される残弾データに目を向けると、ショウのホムラビに関連付けられた数字が恐ろしいスピードで減っていく。

 

(……歪だな)

 

 一夏はこの異常さをどこまで理解しているだろうか……千冬は一夏の方をチラリと見て、それからまた空中ディスプレイに集中した。

 

 


 

 

 いち、に、さん。いち、に、さん。

 トリガーを引く時は三点バースト。狙いはしっかり正確に、跳弾で意識を釣り上げつつ、本命を目標の動線上で一番長い場所に置いてあげる。

 

『……ッ!』

 

 ほらまた命中。痛いよね、苦しいよね。

 沢村くんはレートの高いアサルトライフルに切り替えて距離を詰めてきてるけど、さっき私が言ったこと忘れてるのかな。

 

「逃げないとやられちゃいますよ~! 鬼は私なんですか……らぁッ!」

 

 マガジン交換の隙を顔面狙いで咎めれば、当てるのは更に簡単だ。バイザーに当たった弾丸で綺麗に仰け反っちゃって、ああ面白い。

 

『――ガルム

 

 あははっ。

 遂に二丁持ちしてきたね、またさっきみたいに固め殺ししに来てくれるのかな? もう通じるわけないのに。

 

 いける。いける。

 ()()()の戦術を、今の私は上回っている。あの日からずっとこれだけ求めて鍛えてきたのに、肝心の時に現れなかったあの女。

 死んだなんて聞いたけど、きっと嘘。だって沢村くんがこんな戦い方してるんだもん。

 どうせ身代わりに技覚え込ませて、態々(ワザワザ)私に(ケシカ)けてきたんでしょう? あの卑怯者。臆病者。

 

 あの女、あのおんな、アノオンナ……!

 

 案の定、沢村くんはガルムとホムラビを構えて突っ込んでくる。そんなに近付きたいんだ? なら付き合ってあげる。

 

 レッドバレットの構えを解いて、両腕を開く。

 そのまま飛び込んでくればいい、その時がキミの最後。捕まえて、すり潰してあげる。

 

「ふふ、ふふふ――ッ!」

 

 にい、と口角が勝手に引き上がる。痛いくらいに笑顔が止まらない。表情筋が攣りそう。

 サンデーストライクの姿がどんどん大きくなっていく。けれど、最初みたいな怖さはない。どうすれば良いか分かっているから。見えているから。

 さあ、おいで……!

 

 衝突まで、3、2、1――。

 

「――う゛ッ!!」

 

 飛び込んできた沢村くんの後頭部を左手で掴んで、ぎゅっと自分の胸に沈める。その間にシールドで両側から包みこんで、更に足を絡める。

 逃がしてやらない、離してやらない。ここで仕留めて、全部終わりにする。

 

「……ひひ」

 

 沢村くんの頭を胸元から引き剥がして、顔面にレッドバレットを突き付ける。銃口がバイザーに当たって、ミシミシという固くて軽い振動が伝わってきた。

 まるで母親が赤子に哺乳瓶を咥えさせるみたいで、なんか笑っちゃう。授乳プレイの趣味なんてないのにね。

 

 本当は、全部偶然だって可能性も考えた。たまたま沢村くんの戦い方があの女に似ているだけで、実際には何の関係も無いかも知れない。

 でも、それでもいい。だってこんな戦い方してる方が悪いんだもん。今更私の前に現れるのが悪いんだもん。

 責任取って貰わなくちゃ。私のトラウマ、無くしてもらわなきゃ。

 

 だから――ゴメンね、沢村くん。私の自■行為(■■■ー)のために潰れて!!

 

「――ッ!?」

 

 そうして、トリガーを引こうとして……沢村くんと目が合った。

 

 深い色。暗い色。見ているだけで飲み込まれそうな黒。

 ぎょろりとこっちを向いている。漆黒の瞳孔。あの女と同じ。

 背筋が凍る。全身が強張って、喉奥が酸っぱい。

 

 「うぷ……っ。さっさと、やられてよぉっ――」

 

 このまま見てたらオカシクなる。早く方を付けないと、引きずり込まれちゃう。

 どんどん時間がゆっくりになっていく。逃げられなくなる前にトリガーに力を掛け――

 

 

――視界の端で黒いものが動いた。

 

 すぐにズームが働いて、その正体が分かった。

 ピンの抜けた、大型の手榴弾。虚空をゆっくりと落下していく。

 

 何時の間に? 抑え込んだ沢村くんに、呑気にピンを引き抜く余裕なんて与えてない。

 そんな事を考えていたら、更にもう一つ同じものが。私の顔の前に。

 

 起爆まであと何秒残ってる? 閉じていたシールドを開いて、絡めていた足を離して……早く離脱しないとマズい。

 

 けど、おかしい。一向に沢村くんが離れない。

 ギチギチという音がして、下を見ると、沢村くんの白い腕が私の首元に伸びている。鎖骨の装甲を掴んでいる。

 

「退い、て……離れろッ

 

 このまま揃って自爆するつもり? そんな詰まらないことするの?

 

 嫌だ嫌だ、そんなの御免被る。

 ブンブンと揺すって、膝蹴りを3発叩き込んだら、やっと離れた。そのまま真後ろにPICで加速して――、

 

 

 

 ――直後に炸裂

 

「――う゛ッ!!」

 

 危なかった。けど、沢村くんよりは距離を稼げたはず。間違いなく向こうの方がダメージが大きい。

 

 終わった。勝った。

 私の因縁も、もうおしまい。

 トラウマに魘されることも二度と無い。

 ざまあみろ。

 

 

 

 

 

『――BELL BIRD(ベルバード)

 

 え?

 

 なんで?

 

 おかしい。

 

 手榴弾の爆煙はすぐに晴れて、その向こうが良く見えた。

 

 ――()()()()()沢村くんが、()()()()()()()()()()()()()、こっちを向いている。

 

 

 

 

 

 

 

「…………えっ?

 

 


 

 

 真耶と序列1位との関係は、最初から険悪だったわけではない。

 

 強化選手時代の彼女たちは、当時決して充実していなかったリソースを共有し、時には教え合い、時には鎬を削るようにして互いを高めていた。

 

 第一世代の官製国産機をどうにかこうにかパイロットに合わせてチューニングしていた当時に、「やっと弄りやすいのが来た」と笑顔でサンデーストライクを持ち込んだのは序列1位だった。

 

 自由に扱える拡張領域(バススロット)の登場により、戦術の幅は一気に広がった。

 参考になど出来ようもない単一仕様能力のぶつけ合いだけではなく、持てる手札で何が出来るかを問い合う、戦術と戦略の時代。その幕開けを真耶も感じていた。

 

 そうして編み出された真耶の拘束戦術は、件の序列1位との訓練の間に生まれたものだった。

 

――あ、折角だしそのシールドで相手を捕まえてみたらどうかな?

 

――このショットガンとかさ、当てにくいけど威力のあるやつをしっかりぶつけられたら強いと思うんだよね。ねえ、やってみてよ。

 

 一緒に訓練を重ねていたとはいえ、流れ星のような速度で高みへ昇っていく千冬よりは、仲良く過ごしていたことを、真耶は忘れられない。忘れようもない。

 自分のスタイルの根幹に彼女がいる。認めたくなくても、過去から追い縋る事実。

 

――いや~、千冬さんには敵わないねぇ。まっ、楽しめてる内は気にしないけど。

 

――同じ凡人同士、仲良くしようってコトだよ。

 

 優しい光を湛えた、黒い瞳。

 狂しく身を捩るように飛ぶ美しさ。

 

 千冬とは別のベクトルで、真耶は年上の彼女に憧れていた。

 いつか隣に立ってみたい、いずれは超えてみたい……そう願いながら研鑽を積む日々が、ずっと続くのだろうと思っていた。

 

 全てが狂ったのは、政府主催の代表候補決定戦。

 本当はちゃんとした名前があった気がするが、真耶は覚えていない。思い出したくなかった。

 

 他の多くの強化選手に恐れられるまでに成長していた真耶の実力は、2週間あった大会期間中の全てで遺憾なく発揮された。

 刀を構えて間合いを詰められれば引き撃ちに徹し、距離を取って狙撃を図る相手には逆に武器を狙撃して破壊する。それで以て、手札がなくなった相手にグレネードを叩き込んで迅速に仕留める。真に重要なのはその勝負が決するまでの削り合い……じわじわ負けるのは辛くて苦しいから、勝負が決した時点で早く終わらせようという真耶の少し傲慢な配慮だった。

 ある種トラウマメーカーのような格付けを受けた真耶を、これから相手しなければならないパイロットたちは露骨に嫌な顔で見ていた。そんな彼女らに、真耶はニッコリ笑顔で「楽しみましょうね」と嘯くのだ。

 

 そして、最終戦。

 それまで互いに完勝してきた序列1位と2位の、約束されたベストバウト。サンデーストライクと、先行量産モデルのラファール・リヴァイヴによる第2世代対決。

 今日こそは勝って見せる……そんな願いを抱いて望んだ真耶の心は、悍ましい形で砕かれた。

 

 執拗なまでの顔面狙い。武器の破壊。散弾と炸裂系武装を徹底的に悪用した、処理飽和の誘発。

 真耶に一つでも自由に行動させる余裕を与えない、ただただ一方的な戦い。真耶が何かしようとすれば、それを捻じ伏せるための道具が、サンデーストライクの無尽蔵にも思われる拡張領域から飛び出てくる。

 決して当時のルールに触れることはしていない。故に(タチ)が悪い。

 

 真耶の戦術を考案したのは彼女だ。だからその対策だってセットで考えられる。

 だが逆に、真耶は彼女の戦い方を知らない。一緒に訓練を重ねる内に知ったつもりになっていただけだった。優しく楽しく鎬を削っていると思いこんでいる中で、彼女が秘める恐ろしい性質に、真耶はその瞬間まで気付けなかった。

 

 利き手を優しく包まれて、それから指を丁寧に一本一本伸ばされて、そしてそれらを小指から順にグシャグシャに捻って折られていくような。心を壊すためだけの戦い方。

 

 騙されたと思った。裏切られたと感じた。

 

「先輩、どうして……?」

 

――え~? だってマヤちゃん、弱いんだもん。

 

――ニコニコ楽しく仲良し小好し? 蹴落とし合う関係だってのに、あり得ないでしょ。

 

――心優しくて、正直で、そんな簡単に人を信じちゃってさ、

 

 あまりにも短かった試合最終盤。ラファールのシールドバリアは枯渇寸前。

 意識を失いかけた真耶の顔面にショットガンを押し当てながら、その顔を漆黒の瞳孔がぎょろりと覗き込んだ。

 

 

 

 

――マヤちゃんって、ホントに馬鹿だよね。

 

 


 

 

 爆煙の立ち昇る着弾地点を前に、ショウは2丁のハミングバードを放り捨てる。それらは即座に白い粒子へ分解された。

 

 ――簡易指定名称(エイリアス)

 イメージで武器を呼び出し出来ない初心者たちのために生み出された、いわば小手先の技術。複数の武器のセットに特定の名称を割り当てることで、それ以外の名称で呼び出せなくなる代わりに、1ワードでまとめてそれらを取り出すことができる。

 第5アリーナで武装の申請を行う際、ハミングバード本体とその他の弾薬類を格納した時点で計算上の拡張領域(バススロット)が埋まりかけていたことに気付いたショウは、仕方無くハミングバードの弾薬を1射分だけ用意することにした。

 

 うっとおしいことに、記憶の中で開発者(ネオン)言っていない言葉が響いた。

 

――1発しか撃てないのなら1発で仕留めれば良いでしょう? ハイ、火力ッ!

 

 ……本当に何なんだあの人。

 ここぞというその瞬間。それを逃さず、出し惜しみをせず……逆に言えば、それ以外に使う瞬間は有り得ない。故に2丁でワンセット。

 グランゼーラで散々聞かされた、本来の企画である4連グレネードランチャー(ベルバード)の名前をその呼び名とした。

 

 ハミングバードの威力は折り紙付きだ。何せ、ショウは自分で体感している。

 2発直撃すれば、ギリギリ絶対防御が発動しない威力。バリアの展開に伴う処理飽和を誘発し、少しの間隙を晒すことになる。4発直撃すれば、絶対防御が発動し、シールドバリアは大幅に削られる。

 

 手榴弾2個の後に4発をまとめて叩き込んだ今、絶対防御に守られた真耶はすぐに復帰してくるだろう。

 ショウは先程真耶に突撃した際に腰のハードポイントに取り付けておいたガルムとホムラビを掴んで、構えた。

 

 

 

「ふ、ざ、け、ないで……ッ!!」

 

 

 

 何故お前が生きている。何故さっきで終わってくれなかった。

 何故、何故、何故……。

 

 真耶はようやく収まりつつある爆煙の隙間から、ギッとショウを睨んだ。その目にあるのは、純然たる憎悪。

 もはや、真耶にはショウがショウに見えていない。因縁の、()序列1位。

 

 誰であれ、今の真耶の視線に当てられたなら、きっと身体が凍りついてしまうだろう。だが、瞑目するショウにそんなものは見えない。感じもしない。意識のずっと外に置かれた、どうでもいいものでしか無かった。

 

「……ッ!」

 

 真耶の背後で、七色の光がパッと舞った。ショウの初動と同じ、瞬時加速(イグニッションブースト)

 その加速を乗せて、レッドバレットを連射しながら真耶は突撃する。運動エネルギーの定義は速度と質量の積。止まって撃つよりもその威力は数段高まる。回避も難しくなる。まさに試合開始時の再演。

 

 ――がくん。

 突然腰を落として猫背になったショウは、スラスターを吹かして、まるで身を捩るように真耶の進行方向右側へぬるりと避ける。弾の群れは虚空を通り過ぎた。

 ギリギリ回避し切れなかった、右肩へのたった一発の命中弾も、弾の移動に合わせて身を捩る動きで受けるエネルギーが最小化された。動的な避弾経始である。

 

「この……っ!」

 

 即座に三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)で方向転換、ショウへと追い縋る真耶。そんな彼女に振り向くことすらせず、ショウは腕だけ向けてガルムを3発発射した。

 

 命中弾は、3。

 

「――え?」

 

 まるで吸い込まれるようにガルムの弾丸が真耶の下腹部を抉る。即座にバリアが発動し、しかし痛みで操縦が揺らいだ。

 

 さらにホムラビが火を吹いた。真耶は反射的に物理シールドを構えて、()()()()()()()

 

 おかしい。おかしい。

 

 さっきまではまともな命中弾すら無かったのに、今では全ての弾丸が鋭く真耶に襲いかかってくる。避けられない。受けるしか無い。

 

 ならば攻める。

 逃げるサンデーストライクにラファールの直線加速では追いつけない。回り込んで、目標の動線上の最も長い部分へレッドバレットを放つ。さっきと同じ攻撃。うまく行った攻撃。

 だがショウはそれを全弾回避する。ステレオタイプなUFOがするみたいな、ジグザグとした奇怪な機動で、まるで全身に目が付いているかのように。

 

 お返しとばかりにショウが放った弾の嵐を、今度も真耶は盾で受けた。ダメージは肩代わりされている。残り少ないシールドエネルギーは減っていない。

 

 更に追撃。今度は回避を試みる真耶だが――、

 

 ――その進行方向に、ピンの抜けた手榴弾

 

(またッ?!)

 

 直撃を嫌った真耶の無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)により、誰も傷つけること無くそれは爆ぜた。

 

 真耶には理解が出来なかった。普通、手榴弾を使うにはピンを抜いてから投げなければならない。けれど、今のこれはその動作もなく、今すぐにでも起爆できる状態で突然虚空に現れた。

 さっきもそうだった。あれさえ無ければ……。

 

 苛立つ真耶の進行方向に、また手榴弾。今度は3つまとめて、囲むように。

 

「なんで……?」

 

 今度は瞬時加速(イグニッションブースト)で強引に駆け抜けた。背後で炸裂、衝撃が追い縋る。

 だからこそ、真耶は観ることが出来た。爆煙の一切ない晴れた遠方で、ショウが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(あのときか……!)

 

 その瞬間、真耶は気付いた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()さっきまでのショウが、演技だったということに。

 正しくは演技ですら無いかも知れない。

 銃を持ちながら、マガジンを持ちながら、さらにその影で手榴弾を呼び出してピンを抜く。手に持つものが多過ぎて、もたつくに決まっている。そんな当たり前の話を、真耶はショウを初心者と侮って、銃器の扱いに不慣れだからだと思考から追い出してしまっていた。

 

 普通ならそんな事はできない。次に呼び出した瞬間に炸裂して自爆するかも知れないのに。そもそもISの内部OSがそれを許さないはずだった。

 

 しかし、ショウしか知り得ないことだが、ショウは試合の前にサンデーストライクの安全機構の一つを解除している。企業内のマニュアルでしか知り得ないメンテナンスモード、それを利用した。まかり間違っても、危険なものを生身の人間が居る場で呼び出してしまわないように……そうして設けられた物体の検閲機構が、今のこの機体には無い。

 試合のルールには抵触していない。余りにも危険だから、「誰もやるはずがない」と暗黙的に見逃されてきた戦術。

 

(なに、これ……なに?)

 

 相手は今までに何回マガジン交換をした? クイズ番組で「今、何問目?」と尋ねてくるような悪辣さのメモリーゲーム。

 

 真耶は、いつの間にか自分がレッドバレットではなく盾2枚を構えていることに気付いた。

 撃っても避けられる。撃たれても避けられない。さっきまで追い詰めていたはずだったのに、今度は自分が防戦一方になっている。次に何をしてくるか分からない。

 なんで? どうして? ショウが目を閉じてから全部おかしくなった。

 

 私のことなんて、見る価値も無いのか……。真耶の憎悪に火が灯り、少しずつ怒りへと化学変化していく。だがそれをぶつける術は今や失われた。

 既に狂っている自覚があるにも関わらず、真耶は気が狂いそうだった。

 

 


 

 

 管制室から、あるいは観客席から。試合を俯瞰する千冬と楯無には、さらに酷い景色が見えた。

 

 ショウが放つ必中の射撃と、絶対の回避。

 真耶のパフォーマンスが悪くなったわけではない。むしろ、時間と共にそのキレは増していっている。にも関わらず、飛んでくる弾丸や、いつ爆ぜるとも分からぬ手榴弾に真耶が防戦一方なのは何故か。

 

 ショウが異常だった。

 

 宝くじで大当たりし、雷に打たれ、世界にたった数人の難病に罹り、たまたま地面を掘ったら油田が出てきた……確率論の上では不可能でなくとも、普通なら確実に起こり得ない現象はいくらでもある。

 ショウが行っていたのは、理論上の最適行動。数多のパイロットたちが目指す、窮極。

 

 後から「ああすればよかった」「こうすればよかった」と後悔することは出来ても、その時その瞬間には決して思考と判断が追いつけない。そんな振る舞い。

 もはや操縦技能がどうとか、経験がどうとか、そういう次元の動きではない。人間技の範疇を超えている。

 

 これが適性値Sの力かと楯無は思ったが、すぐに脳内で否定する。他のS適性パイロットがこんな振る舞いをした記録、見たことがない。彼女らだって人間だ。各々の持つ力量を研鑽し、更にそれを瞬間の判断と事前の戦術で強固に仕上げる。それがパイロット。

 最初から完全があるのなら、そんな行為に何の意味がある?

 

 高いサンプルレートを持ったサンデーストライクだから受け付けて出力できる。異常なショウを除いて入力できない。予め全て決め打ちされたかのようなマニューバ。

 目を閉じて、ハイパーセンサーからの情報だってほとんど無いだろうに、この男は何を見て、何を考えているのだろうか。

 

 ――「こんなの、試合なんかじゃない」。

 試合の始めに一夏が放った言葉が、今や歪に形を変えて、現実のモノになっていた。

 

 それに辛くも対応出来ている真耶の技量は正しく上位のもの。嘗て国家代表に最も近い地位に上り詰め、銃央矛塵(キリングシールド)の異名で恐れられた力量を遺憾なく発揮できていると言って良いだろう。だがそれでも、防戦一方に甘んじるほか無い。

 

 「黙ってやられてしまえ」「お前のことなど知ったことか」「諦めて結末を受け入れろ」。

 実際にショウがそんな事を考えているかなど、この場の誰にも分からなかった。だがそんな声が勝手に聞こえてきそうな、理不尽。

 ただただ、完全完璧を押し付けるだけ。瞬間的な判断も、積み重ねた経験も、一切関係がない。

 どこまでも、ショウは相手に対して無関心だ。

 

 全てのパイロットの努力を否定し、決してたどり着けない無限遠の希望(ぜつぼう)として万人の目を灼く、どこまでもグロテスクな戦いがそこにあった。

 

 間近でそれを見ているが故に、決してその異常に気付けない真耶は幸運だろう。千冬はかき乱される感情に耐えながら、後輩を案じた。

 

 シールドエネルギーは互いに1割程しか残っていない。

 試合の前半で潤沢にあったはずの残弾を浪費したショウと、依然として不安定な真耶の精神。それが一通りの最適行動である限り、受け止め続けるだけなら真耶にはできるかも知れない。

 ショウの弾が切れるのが先か、それを受ける秦耶の盾が壊れるのが先か……。

 

 

 その悍ましい我慢比べは、ショウの弾切れによって打ち切られた。

 

 


 

 

(今だ……!)

 

 物理シールドに叩きつけられる弾丸の雨が止んで、1秒、2秒……一向に襲ってこない次弾を見て、真耶はショウの弾切れを確信する。

 即座に盾を投げ捨てて、レッドバレットを構えた。もうあれに攻撃手段は無い。防御の一切は無用。もっと速く、もっと強く。

 

(ここで決める、今この瞬間で……!)

 

『――あぁ……そうだ、これもあったっけ』

 

 呆けたように、まるで今何かを思い出したかのようなショウの言葉。

 

 真耶はスラスターを吹かしてショウへ突撃する。

 ハイパーセンサーの望遠を働かせて、バイザー越しに見えたその目はいつの間にか開かれていた。

 

『――アオイ

 

(まだあるの……!?)

 

 ショウの言葉に従うように右手に細長く白色の粒子が集まり、やがて現れたのは、鈍色の刀身に赤色の柄と鍔を持った実体剣。

 

 近接用ブレード「(アオイ)」は、四菱重工が製造しているIS用の近接武器だ。ホムラビと同様に倉持技研製量産型ISフレームの基本装備にも採用されていて、切れ味と安価なコストが特徴だ。

 日本で古来から培われてきた鍛造技術を、持ち前のテクノロジーで機械的に自動化したことで、頑丈さと高い量産性を実現した一品である。IS学園にはありふれた武器で、訓練中の生徒が振るっている姿を頻繁に見かけることができる。

 

 真耶は更に加速する。

 呼び出したものが近接武器と分かった今、射程圏内に入りさえすればそれ以上の接近は無用。銃口を向けて、ロックオンが済み次第撃ち続ければ、それでエンドゲーム。レッドバレットのグリップを握る手に力が篭った。

 

 しかし、追い付けない。ショウは真耶のそれを上回る推力で加速した。機体の全長の倍ほどある青白い噴射炎を後に引きながら、どんどんとスピードを上げていく。向かう先は真耶とは全く別の方向。そして噴射炎に混じって虹色の光が輝くと、更に急加速。ダメ押しの瞬時加速(イグニッションブースト)

 

 逃げるのか? 既にスラスターに流せるエネルギーは枯渇寸前のはず。このまま撃たせて、避け続けて、こちらが弾切れになるのを待つつもりか……。真耶はショウの行動を推理する。先程よりは()()読める動きだった。

 

 ――で、あれば。

 ラファール・リヴァイヴの推力が減らされた。停止こそしないが低速になるまでスピードを落とした真耶は、レッドバレットに突き刺さっていたマガジンを捨てて、新しいものと交換する。世に言うところのタクティカルリロード。真耶に隙はなかった。

 

(そんなに飛びたいなら飛べば良い。燃料切れで勝手に燃え尽きて堕ちればいい。

 ――私はそこを、徹底的に咎めて潰すだけだから)

 

 ショウはまだ加速する。真耶が機を伺っていることなど、まるで気にしていないように、スピードだけをひたすらに貪る。それから、アオイを腰だめに構えて、刀身の側面を左手で抑えた。鞘こそ無いが納刀の構え。

 

 高速仕様とはいえ、掛かる加速度にサンデーストライクのスラスターが悲鳴を上げていた。だがやめない。鞭を振るい拍車を掛けるように、推力を搾り出させる。

 

 ショウがアオイという近接武器の存在を思い出した時、一つの言葉が浮かんだ。ISの適性が発覚してから、同じグランゼーラのテストパイロットに言われた、その言葉。

 

 ――沢村くん、よ~く見てなよ! これが……

 

 ぬるり。

 ショウの進行方向が、速さ*1を全くそのままに、真耶の方へ向いた。45度未満の角度で行われる、急峻な鋭角ターン。PICの性質を極限まで支配下に置かねば有り得ない、その技術。

 

「は?」

 

 ――特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)

 自機の速さを保存しつつ運動方向のみを変更する、古典物理学に中指を立てる無法。

 

 真耶の時間が人生で体験したことがない程に緩慢になっていく。バイザー越しにショウの黒い瞳が、サンデーストライクのシルエットがどんとんと大きくなる。

 

 減速していた真耶に、今更回避する術はない。シールドはとっくに捨ててしまった。あっても受けきれる速度ではない。

 撃てるか? 腕を持ち上げて、ショウの方へ……遅い、遅すぎる。

 じゃあ、どうしろと?

 

 真耶の脳内が、真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名状するのも馬鹿馬鹿しくなるような轟音と衝撃がアリーナに響いた。地面からもくもくと砂煙が上がり、両者の姿は見えない。

 

「……」

 

 もう、嫌だ。もう、疲れた。

 

 黄土色に白んだ空間を、幽鬼のような覚束ない足取りでフラフラと真耶が歩いていた。

 ラファールのアクチュエータが所々で軋んでいる。既に限界だった。心も、身体も……。今、自分を何が突き動かしているのかさえ真耶には分からなかった。

 

「……」

 

 目当てのものは、すぐに見つかった。もっとも、時間の感覚が何処かへ行ってしまって、本当にすぐなのか怪しい。もしかしたら、一生掛けてずっと探していたかも知れない。そんなもの、真耶にはどうでもよかったが。

 

 砂煙の中。真耶は、うつ伏せで動かなくなっているサンデーストライクの肩を掴んだ。そのまま仰向けになるように引き摺ると、ラウンドバイザー越しにショウの顔が見えた。

 

 ドス黒い、漆黒の瞳孔が見開かれている。今度は、目は合わなかった。

 

 真耶はその胸元を右足で踏みつけて、顔面にレッドバレットを突き付けた。今更取り逃す可能性など無かったが、怖かった。

 

 これで終わりにして欲しい。二度と戻ってこないで欲しい。だから――

 

――もう、そんな目、見せないで

 

 

 

 

 その後、千冬の制止が入るまで、ラウンドバイザーを銃弾の雨が叩き続けた。

 

 

 試合開始23分。決着である。

 

 

 


 

 

 

 

 

こんかいのまとめ

 

 

 

・千冬

 

 二人の異常な戦い振りに、言葉が出ない。感情を咀嚼するのには、まだ少し掛かりそう。

 こんなものが、試合であってたまるか。

 

 

・楯無

 

 学園の盾として、ショウに脅威を感じている。

 自分にこの男が御せるのか?

 

 

・ショウ

 

 最後にやったのは霹靂一閃モドキ。その場の思いつきでやったせいで結局失敗した。

 試せるものは試しきったので、当初の目的としては、満足。

 死にたくない。

 

 

・真耶

 

 終わった。終わった。終わった。

 勝ったから、もうおしまい。二度と思い出さない。

 

 

 

 

*1
物理学の用語において、「速さ」は方向の区別がないスカラーだが、「速度」はベクトルである。




クククク…千冬は実力 知識 人間関係 そして教師としての身分が含まれている完全解説役だァ

 これ冗談でもなんでもなくて、戦闘中マトモに会話しない2名の振る舞いを解説させるキャラとしてはこれ以上ないくらいに便利でした。
 
 セシリア戦が2話構成だったのに、なんで今度は3話構成になっちゃったんでしょうね? わけがわからないよ。
 「おお、前座の試合だ。『オリ主が負けた』と書くだけでこの長さ?」

 量子化ピン抜き手榴弾戦法(適当に考えた名称)は、ショウがグランゼーラの人間であることを強調する意味で入れました。15話冒頭にあったマニュアルに書かれていたのがコレです。開発側の人間しか知らない特殊コマンドとかあったらアツいよなと。

 書き終わって思ったことと言えば、3話の伏線(のつもりで書いてはいなかった情報)を回収したような形になってしまった点。作劇上あんまり重要な試合でもないんですけど、書いていたらこんなことに。
 近くグランゼーラに戻るシーンがあるので、思い出してもらう意味では悪いことではないんでしょうけど……。

 サンデーストライクの活躍シーンは暫く予定がないのですが、次にしっかり戦わせる時は、「R-TYPEの御作法」で活躍させられたらと思っています。これじゃ名前だけですからね。


 銃を突きつけられてでも山田先生に抱きしめられたいと思うのは割と人類普遍の願いなんじゃないでしょうか。

戦闘シーンは……

  • なんぼあっても困りませんからね
  • 戦ってねえで話進めんしゃい
  • そんなことよりおなかがすいたよ
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