Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
Beat it.
都心湾岸部にある高層ビル群。その一角にグランゼーラ・インダストリーの本社はある。
母体である医療機器メーカーとしての事業の内、中心的な意思決定と、付近の病院と連携した臨床テストを行う施設……堅苦しい言い方するとこうなるらしいが、滅多に来たことがないこの場所のことを俺は何も知らない。
ドーモ、グランゼーラでテストパイロットをしている沢村ショウです。元気かは分かりません。
今日から明日まで実家帰りみたいな感じの出張なわけなんだけど、朝に荷物持って学園の入口で待ってたら怒鳴られてびっくりしたんだよね。多分書記長だと思う。
やることもないからって朝4時くらいから待ってただけなのに、なんか変なことしたっけかな。
「社員の割に本社行ったこと無いのね、入社式とか無かったの?」
「ケース・バイ・ケースだろ」
隣の書記長が言ってくる。余計なお世話だわ。
しかし、入社式の類が俺にはなかったのは記憶の限りでは事実。小さい内から施設に入り浸っていたらいつの間にか所属がそこになっていたし、仕事も全部向こうの施設で全部完結していたから、「グランゼーラの~」と名乗っている割に帰属意識なるものがあまり無い。
例えば大使館で生まれ育ったような人がいて、その人は大使館の属する国家と、それが置かれている地域、どちらを自分の故郷と感じるだろうかという話。自分で考えてて訳分からなくなってきた。
荷物はトランクに、俺は後部座席右側に。俺の乗る車以外にも随伴する車が数台いる。見かけは家庭向けの乗用車ばかりで、要するに覆面パトカーみたいなことがやりたい様子。
俺を呑み込んだ黒いセダンは順調に高速道路をかっ飛ばしている。首都高っていうんだっけ? 滅多に来ないから名前があやふやだけど。
「沢村さんは東京に来た経験少ないんでしたっけ。窓の外をよく見ておくと良いですよ、都市部といえど東京の景色は違いますから」
「ええ、まあ……」
真ん前から聞こえてきた声は運転手さんのもの。多分男だと思うが、無難な返事を返してみた。
生まれてこの方2回くらいしか乗ったことのないタクシーもそうだが、運転手という生き物は会話に飢えてるんだろうか。運転中に振り向くわけにもいかないから、自分の後ろに居るものの正体を知る数少ない方法なのかも知れない。俺にはお前らの方が分からないが。
窓から見えるのは、灰色の遮音壁から首を乗り出すビル群。高架上を走っていて、そこそこ高さがあるはずなのに空が狭く感じた。これが東京か。学園に縛り付けられてるから、実感するのが些か遅かった。
ワルキュリアと飛んだ空はもっと広くて、たまに恐ろしかったんだけど。
「さて、そろそろ本社に付くけど、言われるまで車は降りないで。事前の報告で変なデモ隊が集まってるみたい。いざとなったら座席の下に屈むなり私が抱えて本社に入るなりするから、指示には従ってね」
「問題無い。予定通り、まだ俺の番じゃないから」
「ひっどい目……」
隣から聞こえてきた声の通り、走り出してから30分程で本社ビルが見えてきた。さほど高い建物ではないが、その代わりに横幅がある感じ。こういう都心部の地価ってバカ高いらしいから、金あるんだろうな、ウチって。
「グランゼーラは沢村ショウを引き渡せ~! 男性操縦者を独占するなァ~!」
「男性操縦者ハンタ~イ! ブリュンヒルデの世界を汚すな~!」
「反対するならこっちに寄越せ~! 男性にもISを使わせろぉっ!!」
「キモい男は黙ってろ~ッ! 男はねェ、IS動かせないんですよ! 分かってますかァ?
千冬様の弟でもないのに動かせるなんて、これはもう人間じゃないっ! 人じゃない物をどうして社会にのさばらせておくのか! こんなことが許されていいのかぁっ!」
「自惚れもいい加減にしろ~! そも人間ってなんだァ!!?」
加速感は無くなり、車は徐行する。前方にある本社入口前に屯するようにして止まった数台のボックスカーが邪魔らしい。
やれ「団結」だの「開放」だのと喧しいフォントで書かれた横断幕とかノボリがうっとおしくはためいていて、ビット数不足とクリッピングを経て聞こえてくるマイク越しの音は身の毛がよだつ。目を閉じた。人じゃない人じゃない人じゃない人じゃない。
「……厄介ね。一応それなりに情報統制は掛けてたし、今日ここにやって来るなんて話がバレていたとは思いたくないけど」
「連日ここでデモ隊同士集まって罵り合ってるそうですよ。事前に警察が動いてればもう少し楽に進めたんでしょうが」
「沢村さん、言った通りまだ降りないで……聞いてる?」
さて、本日の最終的な目的地は北陸にあるパワードスーツ部門の施設なのだけど、その前に俺は本社に呼ばれている。簡単な健康診断と身体データの更新が主な用事だ。
どうせ行った先でこのデータを使うので、寄り道した方が効率的との判断だそうな。車で行って片道6時間くらいは覚悟しなければならない道のりなのは先刻承知。帰り道に用事を増やすのは好かないので、特に反発もなく賛成している。
時間は有限。早くOF-3を受け取らなければならない約束もできた。道もわかる。となれば、このままダラダラと障害物が退くのを待っているのはそれに反する。
なにより…………。
俺はスマートフォンを操作して、顔も名前も知らない本社の警備部宛に短くメッセージを送る。それから、持ってきた不織布マスクをつけて、今日着てきた私服の灰色パーカーのフードを深く被った。ポケットに社員証が入っているのも確認しておく。
「ねえちょっと……何するつもり? こちらの指示に従う約束でしょう?」
「――最長1時間後に本社裏手で合流しましょう。改めて連絡入れます」
「えっ、ちょっ――」
誰が聞いてくれるのか分からないが、言うだけは言った。
ドアノブに力を掛けて滑らかにドアを開けると、隙間から滲み出すように車外へ。目標、本社入口までは直接距離で80m程。現実的に進めるルートにして20mくらいは増えるとして、入口前のアレを回避しつつ正面ゲートへたどり着く方法は今のところ一つ。突っ切る。
「おい、誰だお前っ!」
今一度フードの端を摘んで深く引き下げてから、速やかに駆け出す。歩幅を1.3mで平均ピッチを毎秒3歩と仮定すれば30秒足らずで事が済む。行きたいのは本社の地下だ、手前に用事はない。
「邪魔するつもりッ!?」
17歩目で左に2歩ズレてから前進。31歩目は躓いたように身を屈めて、そこからクラウチングでリスタート。37歩目の後ろ足でそこら辺に置いてあった飲料の缶を蹴り倒す。
「――おあぁぁぁぁッ!?」
「誰だよ缶なんか転がしてたヤツ」
後ろで聞こえたドスンという音を聞き流しながら更に走った。
58歩目はジャンプして目の前の何かに乗り、更にボックスカーの上によじ登る。
「ぐえっ!?」
「うわっ、登ってこないでよコイツ! 誰か捕まえて!!」
「逃がすな! 誰だか知らんが捕まえてひん剥けッ!」
隣の車へ乗り移りつつ更に跳躍。前に動画サイトで見たパルクールの動きで衝撃を殺しながら着地と前進を両立して、残り5m。ウイニングランで守衛室に駆け込めば、ハイ、終了。
思った通りに身体が動くのは悪い感覚じゃない。イメージファイトの賜物だ。
「だ、誰ですか貴方はっ!?」
「沢村です……。メッセージ届いてたか分かりませんけど、これで……」
ポケットから社員証を出して突き出しつつ、マスクを下げた。息が辛い。
「えっ、あぁ……アレの中を駆けてきたんですか……? と、とにかく入場の手続きを……」
守衛さんだろうか、社員証を読み取って入場手続きがすぐに行われた。守衛室の裏口に案内されると、そのまま本社内へ足を踏み入れる。
◆
目的の検査場は地下2階にある、扉にオレンジ色でEと書かれた部屋。エレベーターを降りてから道中の廊下には誰もいなくて、部屋の前に立つと上のスピーカーから声がした。
「沢村ショウさんですね。お話は伺っておりますので、荷物を置いたら中へどうぞ」
「わかりました」
聞いたことのない声。仮に聞いたことがあっても一々覚えちゃいないので誤差だ。
言われた通りに入ると、中は一面オレンジ色だ。天井も床も眩しく塗り固められていて、床に薄っすら位置決め用の線が引かれている以外は何一つ置かれていない。広さにして8畳くらいの中央に俺は立った。
「以前にも経験があるかと思いますが、改めてご説明しますね。これから実施するのは波動式の共振造影です。撮像の際にビリビリと弱い刺激を感じることになりますが、安全なので出来るだけ動かずにいてください」
スピーカーの向こうの職員さんの声の横で、何処かからギュロロロロロという耳慣れない音が聞こえてくる。例えばMRIが動いていない間もポンプの音がするのと同じようなもので、この共振造影の機械もそんな感じなんだと思う。
「同時並行で幾つか問診を行いますが、その間にも自律制御で装置は動いています。回答している最中に不意打ちみたいな形で撮像……といったこともあり得ますが、どうか堪えてください」
「あ、はい……」
例によって上から声がする。スピーカーが無くても音が出るのはDML*1って技術らしいよ。
一方で、窓もカメラも存在しないのに俺のことがどうして分かるのかは詳しく知らない。検査装置含めてOFに載ってるオシレーター関係の技術と聞いた。オシレーターは単なる力場の発生装置だし、使い道は多そうだが。
「では始めましょうか。前回の検査からもサイバーコネクタを使われているとのことですが、なにか変わったことはありましたか?」
「特には何も……基本的にレイヤー1で使っているので普通ですね。先日一度だけレイヤー3を使いましたが、その時はお恥ずかしながら気絶してしまって……」
「……では、造影結果が出次第見てみましょう。次の質問ですが――」
「――うぉああっ!?」
瞬間、全身のあらゆる箇所でピリピリと弾けるような感触が撫ぜた。言うなれば指先で皮膚をちょんと触る程度の強さ。だがそれが脳から内臓から骨も皮膚も全て……文字通りの全身に起きる。今になって思い出した、この検査法の厄介さを。
というか脳を触られる感覚ってなんだよ。本当に大丈夫なのか心配だが、5年前に初めてやったときから今日まで無事だったので、「直ちに影響はない」のは事実……なんだろうけど、うーん。
「一回目ですね、次はあまり動かないでください。一瞬で全身の造影ができるとはいえ、対象が止まっていた方がキレイに映りますからね。
改めまして次の質問ですが、その気絶したとき以降に何か異常は見られましたか? 悪寒や不随意の運動、めまいなど、何でも構いません」
「ちょっと疲労感があるくらいですかね。ここ最近忙しいのでサイバーコネクタのせいなのかは分かりま――わぁっ!?」
その後も質問は続き、時々差し込まれる造影の刺激に驚かされながらも検査は終わった。感覚的には30分くらい掛かっただろうか。
「……造影結果出ました。頭部内のシナプスツリーは無事のようですね、所見としては
俺は短く礼を言って、着の身着のままフラフラと本社の裏口を目指した。
ああそうだ、護衛の車にも連絡入れとかないと……。
「――ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、手本代わりに飛んでみせろ」
2限目のグラウンドにはISスーツ姿の1年1組が整列していた。海風の中でも晴天の日差しは強く、一夏は額に手を当てて影を作りながら生徒たちの前に出た。
(えっと、確かこんなイメージで……)
一夏は自分の右手――白いガントレットの形をとった待機状態の白式を前に突き出した。
ISの展開はパイロットの思考で行われる。具体的に何を思考するかはパイロットによってバラつくが、とにかくイメージが重要とされる。最も簡単にISを呼び出す方法がこれなのだ。
一夏は左手でガントレットを掴んで、そこから白式を引きずり出すようなイメージを浮かべる。時間にして0.7秒後、一夏は白式を纏って浮遊していた。
一夏の意識に接続されたハイパーセンサーが、5m程離れた位置でブルー・ティアーズを展開したセシリアを捉えた。アイツはもっと早く展開出来るんだろうな……なんて想像をしていると、千冬が飛ぶように促す。
「うわ早っ……」
セシリアの動きは素早かった。一夏が飛び上がろうとした時には既に、遥か頭上へと飛び上がって静止している。一夏も急いで追い掛けたが、セシリアよりも上昇速度は遅かった。
『何をやってる。スペックでは白式の方が推力は上だぞ』
「一夏さん、イメージは所詮イメージでしてよ。結局は自分がやりやすい方法を探すしかありませんわ」
ちなみにわたくしは数値で扱いますけど……と聞いてもいないことを呟きながら、いつの間にか復活していたビットたちを伴って飛び始めたセシリアをよろよろ追い掛けつつ、一夏は全方位視界で白式を見回してみる。
飛行機のジェットエンジンと違って本体から離れて浮いているウイングスラスター、しかもそのスラスターは噴射方向とは関係無くどこに向けても進めてしまうのだから理屈が分からない。スペースシャトルを逆立ちさせて空へ打ち上げるようなもので、説明の質が悪いために教本の動作原理の部分をすっ飛ばした一夏には未だに、そして尚更それが理解できていなかった。
「そう言われたってなぁ……生まれてこの方空を飛んだのなんて飛行機くらいだし、こうやって飛び回る感覚が分かんねえんだよな。なんで浮いてんのこれ?」
「説明して差し上げても構いませんが、これだけで専門書が数冊必要になりますわよ? あの教本では触りの部分だけですし」
「うーん、また今度お願いしようかな……」
それは残念ですこと、とセシリアは楽しげに笑顔を浮かべた。その悪意の色がない無邪気な表情に、一夏は少し新鮮なものを感じた。出会って間もないとはいえ、見たことがあるのは代表決めのときの嗜虐的な笑みと、終わった後のしおらしい表情くらいのもの。
……セシリアって、こんな笑い方するんだな。
「……そういえば、今日はミスター・ショウの姿が見えませんけれど、何かご存知ですか?」
「え? ああ、なんでも今日と明日で新しい専用機を受け取りに行くらしいぞ。俺も昨夜初めて聞いたんだけども」
「あらあら、まあまあ、それはそれは……」
それまでセシリアが浮かべていた、花の開くような笑みが、いきなり性質を変える。何処か荒々しい、そして情熱を帯びた笑顔。
「……どうしたんだ?」
「いえいえ、楽しみになっただけですわよ。また彼と試合ができると思うと……ね」
もしやこのお嬢様、バトルジャンキーか何かなんじゃなかろうか……一夏は訝しげにセシリアの顔を見た。思えば自分をクラス代表に置いたのも、もしかして自分を戦って楽しい相手に育てるためなのではないか。そんな疑念が浮かぶ。もっとも、強くなるのは望むところなのだけど。
何にせよショウが戻ってきたら、彼に真っ先に試合を挑みに行くのは、間違いなくこの女だろう。
「楽しみついでに、良ければ放課後に訓練しませんこと? 剣道の代わりというわけではありませんが、箒さんも一緒に――」
『――いつまでフラフラ飛び回ってる気だ一夏ァっ! さっさと降りてこい!』
二人の眼下に映るのは、箒にインカムを取られて慌てふためく真耶と、地団駄を踏みながらこちらを見上げて怒鳴る箒の姿。ハイパーセンサーの補正のお陰で、200mの高さを飛んでいるにも関わらず、眼の前にいるかのように地上の様子が見えた。
昨夜と違って真耶の様子は元に戻ったように見える。まるで別人みたいだった。
ISの望遠機能に改めて驚く一夏に、セシリアがこれでも機能が制限されていると告げる。ISは広大な宇宙空間での活動した設計だ。それと比べれば200mの距離などあってないようなものなのかも知れないと、一夏は感心した。
『二人共、急降下と急停止をやってみせろ。目標は地表から10cmだ』
「了解いたしました。では一夏さん、お先に失礼」
地上から飛んできた千冬の指示に、セシリアはスラスターを輝かせ、頭から猛スピードで降下していった。一夏から見てどんどん小さくなっていくセシリアは、地上ギリギリのところで姿勢をぐるりと反転して急停止。それから緩やかに着地した。
「上手いもんだなぁ……」
まるで、水槽を自由に泳ぎ回る魚のような滑らかさ。代表候補の技量とは斯くも素晴らしい。
感心するのもそこそこに、自分も行くかと一夏は白式のスラスターをアイドリングさせて、それから頭から真下へ飛び込んだ。確か、前にショウの教本で見た限りでは……。
(PICで空間に根を張る感じで止まるんだっけか。……あれ、根を張るんじゃなくて空間を掴むだっけ? いやどっちだったっけ――、
――あ)
――轟ッ!
おめでとう、自分。確かに地上に着くことには成功した一夏は、自分を褒めた。
……犬神家よろしく地面に逆さに突き刺さりながら。
『馬鹿者……。誰が地面に墜落しろと言った、グラウンドに穴を開けてどうする』
ため息交じりの呆れた姉の声が聞こえてくる。地面に向かって急降下したまでは良かった一夏だが、いざ停止する段になって、どのように停止をイメージするかを迷ってしまった結果がこれである。後でログを見たら、全く停止の操作が行われていないのがクッキリ残っていることだろう。
(――うおっ!?)
突如降って湧いた、足首を掴まれる感覚。それからすぐに、ズボっと音を立てて視界が急激に明るくなる。見れば一夏の周囲には大きなクレーターが出来上がっていて、嵌っていた穴の深さからして上半身が丸ごと地面に呑まれていたのは間違いないだろう。上下逆さのまま下を見下ろすと、セシリアが一夏を引っ張り出したことが分かった。
「もう少し低速で慣らしてからの方が良さそうですわね、大丈夫ですか一夏さん?」
「ああ、うん……ありがとう。
「何を言ってますの? この方は……」
なんてこった、せっかくのジャパニーズ・ジョークが通じなかったぞ……。どうせなら笑って済ませてほしかった一夏は少し惨めな感じがした。
「え、じゃあ織斑くんって毒持ちってこと? 白いし」
「一匹だけいてもなぁ……」
「それだとせっしーは水陸両用だよねぇ~」
……前言撤回、日本人にはやっぱり通じるらしい。名作だよなあのゲーム。
クラスの元へ戻った直後に、千冬にバリアの上からぶん殴られつつ、一夏はやんわり笑みを浮かべた。
あ、やっぱり痛い。
その後も武器の展開と収納など、様々な内容を濃密に詰め込んだ実習の授業は続いた。
何なんだ、あの男。
運転手と二人きりになった車内で楯無は大きくため息を吐いた。
車はグランゼーラ本社から少し離れた路肩に止められていて、その他随伴車は最低数が付近を巡回しつつ燃料補給などを交代で済ませていた。再開されたデモ活動の怒号が遠くから聞こえてきて、楯無はもう一度ため息を吐いた。
あのまま警察と更識の人間が道を空けるのを待っていろと言ったのに、何故勝手に飛び出していったのか。あれが大人のやることか。
一応、顔を隠し姿勢を下げて自身の身体情報をぼかすような振る舞いが見られたあたり、無策ではなさそうだった。的確に活動家たちの濃度が薄い場所を突くように進んでいたのも、適度に足止めを仕掛けていたのも、なるほど有効だ。暗部に身を置く楯無でも認める他無い、巧みであったと。
だからといってあんなに目立って良い理由は何処にもない。なにより、今のショウはISを持っていない。許可のない起動は国際法違反とはいえ、生命を守る最後の自衛手段となる武器が無いのは無防備そのものである。
ショウが走っている間に狙撃でも食らったらと心臓がひっくり返りかけた、あの瞬間を忘れることは到底出来ない。一歩間違えればあのデモ隊に捕まって、どのような酷いことになっていたか……想像の幅が広すぎて、一周回って分からないほどだ。
女性の権利を訴える集団ならそのまま暴行を受けていたかも知れないし、男性の保護を求める集団ならばそのまま拉致されていた可能性だってある。隠密を優先して人員を絞った今日の更識では対応が後手に回るのは必至だろう。
何にせよ、専用機の受領どころではなくなっていたのは確かである。
何なんだ、あの男。
「……傍受した限りでは、『不審者が本社に入っていった』以上のことは認識していないようですね。元から会社への迷惑など考えないでデモを続けている連中です、その辺は鈍いのでしょう」
「そう……」
運転席で通信機を弄る若い男が呟いた。男は更識の人間で、楯無が家督を継ぐよりも前から彼女に仕える、ある意味で勝手知ったる仲の一人だ。電子機器を用いた諜報……いわゆるSIGINT*2を得意としているために、裏方ながら出番は多い。
「何にせよ、目立ってしまった可能性のあるこの車両を使い続けるのは得策じゃないわね」
「乗り換えますか、お嬢」
そうしようかしら……。呟く楯無のポケットが唐突に震えた。スマートフォンを取り出して、ロックを解除してみると、メッセージアプリからの通知が跳ねている。
――用件は済んだので、合流地点へお願いします。
短いメッセージはショウからのものだった。最長1時間後とは言っていたが、多少早めに終わったらしい。楯無は左側のドアノブに手を掛けた。
「あの問題児さんの用事が終わったみたい。次の車を本社の裏手に呼んでおいて頂戴」
「リョーカイです。
しっかし、凄い人ですねあの二人目。俺と同じ位のトシだったと思うんですけど、無鉄砲というか肝が座りすぎてるというか……。
あの中に突っ込んでいけって言われてやれる人間って、ウチにどれくらいいるんですかね」
「……さあね。少なくとも私はやりたくないし、できたってやらない」
◆
再び高速道路に乗って、車内。
平日昼間の関越自動車道は混んでおらず、運送系のトラックに混じりながら、ショウと更識の護衛たちを乗せた車数台は一定速度で走っている。
ショウが乗っているのはタクシー用のプリウス。天辺に何処かの会社の行灯が乗っている本格仕様だ。目立たず一般を装う方法の一つとして、更識が保有しているものである。
メッセージの通りに本社裏手で無防備にも突っ立っていたショウの手を楯無が乱暴に引っ張って、直後にやってきたこの車に蹴り込むようにして乗せる……そんな様子をドライバーの男は苦笑いでルームミラー越しに眺めていた。
それから30分。車内は静寂が支配している。
(うーわ、腹立つ……)
ショウは窓に身を預けて瞑目している。これから5時間ほどは車に揺られたままなので、退屈しのぎに寝るのは何らおかしなことではない。
しかし、そこに心中穏やかでないのが楯無。護衛という立場上寝るわけにはいかず、しかもその護衛対象が勝手に動いてイレギュラーを発生させた挙げ句謝罪もなしである。お陰で標的になる可能性を考えて、最初に乗っていた黒いセダンは今回の護衛から外されることになった。こんなことを繰り返されたら堪ったものではない。
――あのときはアレが最善手だったからな。
ショウを車に押し込んだ直後に楯無が問い詰めた返事がこれだ。
安全確保をする場面で「終わり良ければ全て良し」は通じない。始めから終わりまで継続的に安全であることが担保されなければ護衛の仕事を果たしたとは言えない。だから最善を尽くすわけだが、それに引き換えこの護衛対象は一体何なのか。死にたいのか。
楯無に苛立ちが募る。
「ははは、そんな剣呑にならないで。まだまだこれから長いですからね」
車内にショウとは別の、男性の声が響いた。楯無がルームミラーを見れば、穏やかな笑顔が映っている。本社裏で乗り換えたこのタクシーのドライバーがこの男だ。よくあるタクシードライバーの制服に身を包み、柔和な笑みを浮かべて無害そうな、言ってしまえば何処にでもいそうな中年男性。楯無から見た第一印象はそうだった。
しかし、楯無には少し気になることがあった。更識はそれなり以上の歴史と規模を持つ、対暗部組織。楯無がその長の座に就いてからも、その構成員の全てと顔を合わせたわけではなかったが、さて、こんな人は居ただろうか。ちらりとスマートフォンで構成員の確認を取れば、答えはシロ。きちんと更識の人間である。
「一体誰のせいでこうなったと……」
「まあまあ、沢村さんも中々自由に行かず大変でしょうから。もっとも、もう少し協力していただけるとこちらも守りやすいんですけどね。
にしてもさっきのは凄かったですね、何処かで訓練とかされていたんですか?」
動画サイトの見様見真似です……ショウの目がぎょろりと開かれ、体勢を起こしてシートベルトを調整した。
閉じられた状態から見開かれた直後の一瞬、ショウはまるでこの世の暗闇を煮詰めたような目になる。楯無はこの一瞬の目つきがどうしても苦手だった。一瞬ショウに向けた目をすぐに前に戻してしまうくらいには。
「おや、寝てはいませんでしたか」
「景色が退屈なだけです。高速道路の遮音壁というのは、どうにも息が詰まりますね」
「同感ですねぇ……もう少し山がちな場所まで行けば見ていて楽しいんですが。
――ああ、そもそもグランゼーラの北陸支部は山奥にあるんでしたっけ、尚更見慣れた景色ですね」
何故この二人は会話を成立させられているんだろうか。自分にはマトモに返事なんてしないくせに。楯無は妙な疎外感を覚えつつ、目を細めた。
時刻は午前10時過ぎ。車はまだまだ残る道のりを走り続けている。
ギィンっ、という重めの金切り声にも似た音を響かせながら、青白い光芒が虚空を突き抜ける。
「やはり、あの時のようには曲がりませんわね……」
セシリアは残念そうに自分の愛銃――レーザーライフル《スターライトmkⅢ》を撫でた。
IS学園に存在する中では比較的小さい第10アリーナ。今日のセシリアは放課後の1時間だけここを占有して訓練に打ち込んでいる。目的は勿論、
セシリアには2つの課題があった。
1つは
セシリア自身も一度で終わらせるつもりは毛頭なかった。これが使えればブルー・ティアーズの運用の幅は大きく広がるだろう。いずれ訪れるショウとの再戦をより楽しいものにするために、なんとしても
もう1つの問題は、ビットの制御と自身の機動の両立。ショウとの試合で自分とビットを1つの群れとして動かす付け焼き刃戦術を編み出したセシリアだったが、セシリア自身それで良いとは考えていない。どんな形であれそれは一種の「逃げ」だったし、相手を取り囲んで四方八方から飽和攻撃できるはずのビットの可能性を捨てる戦術に他ならないからだ。
セシリアはライフルを正面――空間の中央に浮かぶエネルギー体のターゲットマーカーへと向ける。ゆっくりと回転する、薄緑色で半透明の立方体。真っ直ぐ狙えば、セシリアの狙撃技術で外すことはあり得ない。
しかしセシリアは、そこから狙いを大きくずらして、トリガー。
(曲がって……ッ!)
再びの重たい金切り声と共に、スターライトmkⅢからレーザー弾が放たれる。セシリアは思う限りそれに向かって強く念じたが――、
「……何が、足りないのでしょうね」
弾丸はそのまま明後日の方向へ直進して、アリーナの内外を隔てるエネルギーバリアに当たって消滅した。
はあ……。自然と長いため息が漏れた。
本当ならば午前の授業で一夏と箒を特訓に誘う予定だったのだが、一夏がグラウンドを滅茶苦茶にした件の罰で埋め戻しを命じられ、箒もそれに付き合うということで、セシリアは一人だった。
もっとも、一人で良いこともある。彼ら二人と一緒に訓練するということは、どちらかといえば自分が彼らに教える立場になる。そうなれば今のように自己研鑽の暇はないだろう。
自分は強くなってショウに勝ちたい、一夏をリベンジのし甲斐のあるパイロットにしたい……同じ源泉を持ちながら相反する2つの願い。ジレンマがジレンマを呼んでいる。
「時間は……然程余裕がありませんわね」
ISの訓練において、1時間は短い。
セシリアはISからアリーナ内の管理コンソールにアクセスして、ターゲットマーカーの種類と挙動を変更する。場所は先程と同じ中央。前よりも細かいものが複数、群れるように現れて動き出したのを確認すると、それを中心に円を描くように飛行を始めた。
「――ティアーズっ!」
その名を呼びながら、
少し動けばすぐこれか……悪態を吐く間もなくセシリアは加速した。
そも、目標を狙って撃つという行為の中で、照準の次に重要なものは何か。距離である。
逃げながら撃つ。逃げる相手を撃つ。これら2つは最も単純であるが、それ故に威力の面で効率が悪い。例えば逃げながら撃つ
彼我の運動方向が目まぐるしく切り替わる高速の3次元戦闘において、如何に有効な距離を保てるかというのは常に問われる命題の1つだ。
この
「……くっ」
ビビビッ、というけたたましい被撃アラートの音とともに被激部位がブルー・ティアーズのHUDに表示される。直前にセシリアが行った設定により、ターゲットはセシリアに向けて仮想的な射撃を行っている。直線距離を結ぶ単純なものから偏差射撃まで様々なものが、複数のターゲットから射撃された
今セシリアに課されているのは、大きく分けて2つ。
自分を攻撃してくる相手と、相手を攻撃するために意識する対象が異なるために、普通の訓練よりも困難。だがこれが出来なければ理想には程遠い。
「そこッ!」
ビット2番機への射撃命令。放たれたレーザーをターゲットは悠々と避けていった。お返しとばかりに他のターゲットから飛んできた射撃判定が2発ヒット。セシリアは顔をしかめた。
円運動の半径を広げつつ加速。今度はセシリアへの攻撃を回避することが出来たが、景色の向こうでターゲットにぶつかられたビット1番機がカツンと弱く弾き飛ばされる。
本国にいた頃に先輩から教わった基礎技術。ものにしたと思っていたが、少し変えただけでここまで重いものになるとは、実に奥深いものだという感慨で苛立ちを押さえ付けつつ。セシリアは急減速。そのまま停止した。
「――あら、そうですわ」
基礎技術といえば。
セシリアが近い内に一夏に身に着けさせたいそれを、自分よりも詳しく知り、そして扱える人間に、たった今心当たりができた。
即座に垂直上昇してターゲットからの攻撃をスルリと避けつつ、セシリアは得心がいったように呟く。
「……
こんかいのまとめ
・一夏
男一人の逆紅一点で受ける授業はちょっとだけ心細い。
セシリアのことが何となく分かってきた気がするが、大丈夫かこの人。
引っこ抜かれて、セシリアだけについて……いければいいね。白式ミンはエネルギーに強い。
・千冬
問題児の片方がいなくて楽かと思ったら、もう一方がグラウンドに大きなクレーターをこさえて頭痛が痛い。
グラウンド50周と反省文の束、どちらを課してやろうか。
・セシリア
クラス代表決定戦で予備ごと全損したビットが本国から送られてきてからは毎日特訓に勤しんでいる。ショウとの戦いが忘れられず、感覚の再現と偏光射撃の実行を試みているが今のところ成功していない。
ショウがまた専用機を持つと聞いて喜んでいる人第一位。また戦いたいですわ〜!
・真耶&箒
二人まとめてで失礼。
外から見ると普通オブ普通。気の強い箒がほわほわした真耶からインカムを奪ったって、誰もおかしいとは思わない。内心で何が起きてるかなんて、他人には見えやしないのだから。
・楯無
護衛対象にはそれなりの心構えと姿勢ってものがあるんじゃないですか奥さん。
例によってショウの行動にはドン引き中。でも自分が本人を2回ほど殺しかけているのはちゃっかり棚に上げている。
あの目が恐ろしい。近くで見続けなければならないこの時間が、早く終われば良いのに。
・ショウ
少数派は声がでかい。イヤーワーム現象の邪魔なので大きい音は嫌い。
日常の所作は見様見真似のツギハギにして積み重ね。態度も言葉もみんなそう。他の人だってそうなんでしょう? こんな場所いられるかよ。
外科的な全身造影で見た限りでは、健康な一般人。ほんとかなぁ?
ホントに書きづらいなこのオリ主。
1つ目のシーンの一人称視点で背景情報がやたら少ないですが仕様です。お陰で書きづらいったらありゃしない……。これが三人称や他のキャラだったら、もっとじっくりねっとり書きますが、それはそれで読みやすいのか疑問なところ。文章を書くって難しいですね。
デモ隊の発言はテレレレーで有名な某特撮を参考にマイルドめな感じで。
どうせフレーバー的な内容なので重要なことは喋らせてません。「女性の敵」か「男達を開放するための供物」か、どちらにせよ人間扱いされてないんだな程度にご理解頂ければと思います。後ろ盾とイメージって大事です。
授業シーンは原作から丸々引っ張ってきて書き換えました。三人称にして諸々描写を継ぎ足すだけで無制限に文字数が増えていくので途中で打ち切りに。要するに短く纏まっている原作が凄いということですね。編集さんの有無も大きいんでしょうか。
いよいよ次回で新機体のお披露目が出来る……はず。
2024/08/17 セシリアのセリフ中のキャラ名を修正(大バカやらかしました……)
戦闘シーンは……
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なんぼあっても困りませんからね
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戦ってねえで話進めんしゃい
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そんなことよりおなかがすいたよ