Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
煙など案ずることなく
5年ほど前の話だ。
今の楯無――当時その名を襲名していたのは彼女の父だったが――は、家督を継ぐための試験として、とある組織の解体についての会合に向かわされた。
その組織は世にいうところの暴力団、或いはヤクザだった。施行から30年以上経つ暴対法の煽りを受けつつも、その組織は戦後の混沌から続く歴史を途絶えさせることなく存続してきた。
しかし、その組織構造にも限界が訪れた。ISの登場によって蔓延した女尊男卑思想を始め、大きく変化した社会の潮流に対して、目に見えて失われていく収入源。より過激で危険な犯罪行為に手を染める構成員や幹部が所謂半グレとなって数を増やし、組織の長が気付いたときには、それは組織全体に広がっていた。
ついには組織の人間が外患誘致に近い行為に手を出そうとしたところで、更識の出番となった。
裏社会においては歴史と名のある組織であるにも関わらず、一週間足らずで組織は崩壊寸前のところまで追いやられ、後は戦後処理をするだけという段になって、楯無がその処遇を決める役割を任された。
組織の長は、日本の暗部の中でも優しく、同時に才覚に溢れた理知的な男として知られていた。
曰く、家に居場所のない少年少女たちに自宅を開放し、長自らめいめいの問題に向き合って解決を目指した。
曰く、今代になってからは武器の流通ビジネスから手を引き、代わりに堅気の事業を軌道に乗せた。
噂だけでも色々あるが、この男が長の座についてからの組織は大きく様変わりし、元がヤクザであった点を除けば真っ当な事業で動く団体へと姿を変えた。
そういう数々の積み重ねもあって国からは目溢しという形である程度の便宜を受けていたが、それだけに裏の事情通たちはその組織が、犯罪者の集団へと巻き戻るようにして変わり果てたことに大層驚いたという。
そして、それが知られる頃には、男に組織を止める力は無かった。
組織と更識の話し合いの場として指定されたのは、某県の山奥に更識が所有するセーフハウスの一つだ。
一足先に会場で待っていた楯無が見たのは、一人の護衛も連れず、身一つでやってきた男の姿だった。その顔は、よく言えば穏やかで、そうでなければ覇気がまるで感じられない。これがヤクザの長であると言われて信じられる者はそう多くないだろう。
一通りのボディチェックを終えた男は丁寧に挨拶をすると、楯無の向かいのソファに座って、早速とばかりに話を切り出した。
話し合いそのものは驚くほど順調に進んだ。更識の要求する通り、組織は解体され、幹部の所有する財産の過半数は没収、そして……その他の主要な犯罪に関わっていない構成員については
まだ経験の浅い楯無は、これを楽な仕事だと思った。代理とはいえ、自分の要求していることの重さと、目の前の男の表情が余りにも乖離していて、現実味が無かったのも手伝った。
話が大方まとまって、楯無は休憩代わりに世間話を振ってみた。すると、男は自分の組織についての思い出を語った。部下や幹部たちがどれほど優しかったか、父親に連れて行ってもらった料亭で走り回ったら怒られたこと、毎年正月に組織の皆で搗いて食べる餅が美味かったこと……男は饒舌で、どれも明るい内容ばかりだった。更識の長となるべく厳しく育てられている楯無は、それが少し羨ましく思えた。
そうして男が話を続けていたある時――、
「あっ」
男は急に、左上に目をやった。
楯無が次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。全身が痛い。最初に目についたのは、自分の腕から伸びる点滴のチューブと、天井に広がったトラバーチン模様だった。
暫くしてやってきた部下に何があったのか聞くと、あの瞬間、突然男の身体が爆発したのだという。
爆発の威力からして、内臓の幾つかを爆薬に取り替えていたらしい。咄嗟に椅子を盾にしたり、着ていた防弾服の性能が良かったりと、様々な要因が重なった結果、幸い更識の人間に死傷者は出なかったものの、楯無は全身の打撲と軽度の脳震盪でこの有様になったのだという。
そこまで聞いて、楯無は自分が気を失うまでの一部始終を思い出した。特に強く脳裏に浮かんだのは、記憶が途切れるその直前――あの男の顔だった。
人の表情から感情を読み解く訓練は何度もしていた。悪意の滲んだ顔、嘘をついている者の顔、そういった感情を隠している者の顔……才能のある楯無はそれらを然程の苦労もなく見破れた。
あの男はどうだっただろうか。少なくとも敵意や悪意は感じ取れなかった。自分では分からないくらい巧妙に隠されていたのだろうか……いや、そんな生半可な訓練はしていない。そこまで思い至ったところで、楯無は理解した。
――あの男の顔には、初めから悪意など無かった。
あの男の、表情。目付き。
穏やかだとか、覇気がないとか、そもそもその考えが間違いだった。
あれは骸骨の顔だ。皮膚も表情筋も全て焼け落ちて、形の変わり様の無くなった、死者の顔。
あの男は、凡そ自分が理解出来る領域の完全な外側に居たのか。そう思うと、楯無は自分の全身を怖気が駆け抜けていくのを感じた。ふかふかのベッドに温かい布団。それらに包まれていながら、自分の身体は何処までも冷えていくようだった。
実に、恐怖の根源とは未知である。
目を閉じれば夢枕にあの男の顔が現れ、かと言って起きて天井を眺めていれば、錯視でぐにゃりと歪んだ天井の模様がやはり男の顔に見えた。
まともに寝られない夜を数日続けて、目の下に隈を作りながら退院した楯無は、当時の当主――楯無の父の前に呼び出された。
聞けば、件の組織に関しては別の人間が代わりに話を進めているという。自分がもっと警戒していれば、こんなことにはならなかったかも知れない。今回のことは、紛れもなく楯無の手落ちだった。
「ご期待に応えられず、申し訳有りませんでした」……楯無の謝罪の後、父は一通りの説教をして、それからこんなことを語った。
――この世で最も恐ろしい人間の一つに、「死に生きる人間」がある。
曰く、その人間にとっては生きるも死ぬも同じことなのだという。
呼吸する、物を食べる、寝る……そういう生きる上で無意識に選ばれるごく普通の行動の中に、さも当たり前のように「死ぬ」が紛れ込んでいる。
自らの魂とでも言うべき存在理由だけが打ち砕かれ、身体だけが生きているような……そんな不完全な死を遂げた人間。
生きようと思って生きるのではない。死のうと思って死ぬのでもない。次の瞬間にその人間が生きるか死ぬかは、風に舞う枯れ葉が地面に落ちた時に表か裏か……それくらい不確定なものなのだという。
そして、一度その状態になれば当人にさえ次に自分がどういう行動をするか分からない。そうして選ばれる死がどの様な形になるか、一人か、周囲を巻き込むのかさえ。常人なら歯止めになるはずのモラルや価値観すら失い、それは人の皮を被った災害のようなもの。
何を仕出かすか分からないという点で、文字通りの歩く爆弾と言って差し支えない……父はそう言った。
息を吐いて、吸って、次に吐く代わりに体内の爆弾に火を点ける。あと幾日も生きられなくなると知りながら、臓腑を武器に取り替える……。
そもそも、あの男は何を思ってあの場に現れたのだろうか。楯無には理解出来なかった。いや、理解したくなかった。もしもそれができるとすれば、自分も同じ状況になったときだけだろうと、直感的に踏み留まった。
「自分の古巣が変わり果てていくのを止められず、親しい人間も居場所も失い、そうして生まれた亀裂に死ぬ方法だけが残った。誰よりも優れた才能を持ちながら、結局は個人でしかなかった。
――あの男には仕方のないことだったんだろう」
珍しく、父は楯無に慰めの言葉を送った。その目は、どこか物悲しげで。
この出来事以降、楯無はあの男の顔を忘れることは無かったが、努めて思い出さないようにもしていた。思い出してしまった日の夢見は決まって悪く、できることならあんなものは二度と見たくなかったからだ。
しかし、最近になってそれを思い出してしまった。よく似た表情をする人間に会ってしまった。
他の誰でもない、沢村ショウである。
楯無が観察してきた限り、ショウは徹底的に人と目を合わせようとしない。それどころか、人間自体から可能な限り目を逸らそうとする。そして、それが視界に入ってしまった時、毎回ではないが
『お便りコーナーの途中ですが速報が入りました。午後2時ごろに東京都■■区の路上で発生した乗用車の爆発事故について、警察は――』
車に揺られ続けて数時間。ショウの突然の要望でパーキングエリアに止まるなどのイレギュラーはあったが、最終的には滞り無くグランゼーラ北陸支部に到着した。ショウと楯無の乗った車以外の随伴車は、各々駐車場へ向かっている。
いざ自分たちも車を降りようという段になって、楯無はルームミラー越しに運転手と目があった。
本社裏で乗り換えて以来、同じ運転手がハンドルを握っている。道中で柔和な笑みを浮かべていたこの男が、何か言いたげな視線を向けてくるのだ。この期に及んで何か連絡事項でもあっただろうか……楯無が訝しんでいると、一足先にドアを開けて下車したショウが戻ってきて車内を覗き込んでいる。覗き込むだけで、誰も見てはいない。
「……降りないのか?」
「あー……ちょっとお化粧直ししてから行かせて頂戴」
とっさの言い訳だったが、ショウは特に疑う様子を見せず、「なら入館証の発行準備だけしとくぞ」とドアを閉めて歩いていった。その先を見ると、入口横の守衛室から出てきた職員が、ゲートを操作して開けているところだった。
ガラガラガラ……遠くから聞こえてくるゲートの駆動音を除けば、車内には静寂が広がっている。更識の人間として、楯無はいつもの通りに口を開いた。
「
これは更識の間で使われる符牒の一つだ。大まかな意味は「連絡の内容は何か」。これの返しにどこの指を突き指したか答えることで、連絡内容の分類をする。内容によってはいきなり詳細を話すことが憚られることもあるため、こういったワンクッションが決められたという。
「……
小指は人の生死に係る、詰まる所剣呑な内容だ。エンコ詰めにしろ指切りにしろ、古来から切り落とされることの多い小指が割り当てられているのだが、そんなことよりも。
「……っ!?」
運転手の、その声。先程までとは決定的に違うそれを、楯無は決して聞き間違えない。
「感情をもう少し抑えろ。教えたことを忘れたか」
「お父様……」
運転手の正体は、楯無の父――先代の更識家当主だった。
父の変装の腕は、以前から知っていたことではあった。当主だった頃は、母を除いて見破れるものがいなかったと言われるその変装術で多くの任務を成し遂げてきたという。しかしそれは現役時代の話。ここ最近は隠居然としていて、部下を介して間接的に動くことが多かったはずだが、まさかこのタイミングで先代自らが出張ってくるとは、さしもの楯無も想定出来なかった。
ルームミラー越しに見る父の視線は鋭い。先程までの、言ってしまえばどこにでもいそうな中年男性のそれとは比較にならない。それだけで物が斬れてしまいそうだ。
「――沢村ショウの様子を見させてもらった」
「如何でしたか」
「お前の懸念通りかもしれん」
「……」
反射的に、びくんと楯無の身体が震えた。
「……具体的には」
「あの目だ。お前も覚えているだろう……あれは、かなり近いものだ。危うい」
確かに、楯無は父にショウのことを既に何度か報告しているが、差し当たって危険だとか、直接的なことを伝えた覚えはなかった。せいぜい、情報不足につき要観察とか、それくらい。なぜ今の段階で活かす殺すの話になるのか、もしや自分が心の中で抱いていた不確実な危機感を悟られてしまったのか……この会話次第でショウの命運が決まるかも知れない現実に、楯無は震えている。
「しかし、常にあの状態というわけではありません。何より現状では裏も何も取れていませんし、今すぐ手を打つ必要は……」
「その通りだ。飽くまでも可能性の話に過ぎん」
父の言葉に、楯無は一瞬胸を撫で下ろす。今すぐショウを消してこいなどと言われていたら、流石に、余りにも、気分が悪すぎる。楯無に、何の罪もない人間を手に掛けた経験はない。
そんなことを言われなくて本当に良かったと、そう思った。
「だから、予め今この場で命じておく」
今一度、ルームミラー越しに父と目があった。
――あの男が
「……ぇ?」
「あっ、沢村さん! お久しぶりですね~ちゃんと火力してますか? してましたよね!?
「『火力する』の意味が分かりませんし一月くらいしか経ってないじゃないですか……確かに
「イエス火力ッ!」
支部の正面玄関ではネオンとコウスケの二人がショウを出迎えた。スーツ姿でぴょこぴょこ跳ねるネオンと先程まで現場にいたかのような作業着姿のコウスケとで対照的である。
どこか浮かない表情で後ろから着いてきた楯無は、両者に向けて一礼した。
「沢村ショウさんの護衛で参りました、ロシア代表兼IS学園生徒会長の更識楯無です。本日はよろしくお願いします」
「これはご丁寧にどうも。グランゼーラでエンジニアをしている沢村コウスケといいます。ウチの息子がお世話になっております……」
「今日は専用機の受け渡しとお伺いしていますが、もうこれから始められるんですか?」
「そうですね、明日のこともありますし、可能なら今から調整を始めたいところですが……。
――行けるか、ショウ」
「ああ、勿論。そのために来たから」
瞑目したまま答えるショウの手を、ネオンが取った。そのまま力強くショウを引っ張って、廊下の奥にある裏口へと歩き出す。
「それじゃ、行きましょう! 楯無さんもどうぞどうぞ~」
◆
だだっ広い北陸支部の敷地の端、何処から向かおうにも等しく遠いその位置に格納庫はある。
リノリウム張りだった本棟と違い、薄い黄色の塗料に覆われたコンクリート製の床面には足音がよく響いた。隣にある工作棟と違い、ここには完成された機体しか置かれていない。
大型の照明で照らされた箱型の建物の中には、ずらりとIS用の架台が並んでいる。大半は空だったが、ISのフレームが載せられているものも幾つかあった。
企業からアフターケアとして整備を請け負ったサンデーストライク、何処の機体なのか見慣れないフレーム……偵察の意図もあったが、そうでなくとも楯無は興味を惹かれて周りを見渡しながら歩いた。
「……こいつか」
一行が足を止めたのは、数ある架台の中の1つ。1機の人型が立位で身を預けている。
まず目に飛び込んでくるのは、全体を覆う灰色。部分的に白色の塗料に覆われたその機体は、見ているだけで世界から色が失われてしまったような錯覚を起こす、妙な威圧感があった。
顔面を覆うのは群青色のラウンドバイザー。この機体で唯一彩度を持ったそのパーツは、遠い沖で海を覗き込んでしまったような深みを湛えている。その奥に佇むカメラデバイスがチラリと見えて、なんだか覗き返されたような気がした。
楯無は1歩退いた。
「これが、新しい専用機……」
「――OF-3です。先日そちらの学園で戦った
「ああ、あの試合の……随分強かったのを覚えています。実況席で見てました」
――OF-3。
ワルキュリアの実働試験を経て作り出された、OF計画の新型機。
人型にしては些か以上に尖った胸部装甲と、脚部先端に取り付けられた接地用の
「直接拝むのは初めてだが……スラスター減ってないか?」
「新規開発したものを採用していてな、これでも推力はワルキュリアより多少上がっている」
「すげぇ改良されてんな……」
ワルキュリアと比べると全体的に小振りになっているものの、その内装は最新技術の集積体だ。
3発あったスラスターを小型化した上で2発に減らしたこと、オシレーター由来の光学ハニカムバリアの強化による装甲体積の縮小により、衛星軌道上におけるデブリに対する被弾面積の削減に成功している。
人体で言うところの脛の外側に左右2段、ワルキュリアと同様に腰部に一対の計6箇所のハードポイント。一般のISにあるはずの
無骨で太い
コウスケが促すと、ショウは架台の足場に乗った。それからOF-3の胸部装甲に触れると、その部分が蜃気楼のように消えて、内部空間が剥き出しになる。
「
「おや、楯無さんはどのような機体を? やっぱり火力ですかッ?」
「か、火力……? ロシアで建造途中だった試験機をあれこれ弄っていただけなんですけどね」
ずずい、と詰め寄ってくるネオンに若干引きつつ楯無はOF-3を見る。いつの間にかショウの姿は何処にもなく、消えていた胸部装甲も元に戻っていた。
『――親父、この後は?』
不意に天井からショウの声が響いた。
ワルキュリア同様に外部向けのスピーカーが搭載されていないこの機体は、付近のスピーカーを使わなければパイロットの声を届けることが出来ない。普通の、全身装甲でないISならばこうはならないので、楯無は少し面食らった。
「前と同じだ。イメージファイトでそのコアにお前のやり方を教えつつ、サイバーコネクタの調整用パラメータの採取をする」
『本格的な起動はその後か』
「そうなるな」
「……いきなり動かしたりしないんですか? あと、イメージファイトというのは……」
沢村親子の会話に、楯無は怪訝な表情で呟いた。
「ええ、操作系が少し特殊なので、ある程度の調整が必要なんです。
イメージファイトは内蔵されているシミュレーターの名前ですね。実際さながらの操縦体験が出来るので、パイロットデータの収集だけを考えるとこれが一番で……」
ああ、そういう……。一見して納得したように楯無は答える。だが内心は真逆だ。
学園でショウが見せた実力。千冬は「シミュレーターで身に着けたらしい」と呆れた様子で言っていたのを覚えている。今こそ、その正体を知らなければならない。知りたい。
現実から目を背けるように、楯無がOF-3を見つめる視線は熱を帯びていた。
そんな楯無に、待ったが掛かる。
「――とりあえず、自分とショウはこのままここで調整を続けますが、楯無さんはどうされますか? このまま見ていても目新しいものはありませんけど……」
「でしたら、この私が色々案内しましょう! このまま立ちん坊で暇させてしまうのも悪いですからねっ!」
「え、でも私、護衛ですから……」
「大丈夫ですよ、少なくとも明日まで彼は機体を降りませんから!」
「そうですね、それなりに時間もかかりますし……下瀬さん、後で護衛の皆さんのこともお願いできますか」
「あ。俺からもお願いします、シモセさん」
元気良く返事しながら楯無の手を取って連れて行こうとするネオン。流石に護衛がターゲットから離れるのはマズいはずだと手を解こうとした楯無だったが――おかしい。腕がびくとも動かない。
怪しまれない程度の力だというのを差し引いても、重機か巨岩を紐で引っ張ろうとしてしまった時のように、楯無には自分の力が通じている感覚がない。自分より小柄なこの女性の何処にそんな力があるのか、恐らくは一介の技術者に過ぎないだろうに。気味が悪かった。
とはいえここで無理に抗って怪しまれる方が損である。仕方がないので従うことにした楯無は、ルンルンと軽い足取りのネオンに引きずられていった。
◆
時刻は16時。
宣言通り、格納庫には沢村親子の2人が残される。隣にある空の架台に寄り掛かりながら、タブレット端末でOF-3のステータス情報を眺めるコウスケは、突然思い出したように口を開いた。
「ワルキュリアの最後はどうだった」
『……まあ、あんなモンなのかな。本音を言えば納得しちゃいないし、まだ乗りたいくらいだが』
外部音の取り込みを有効にしていたのか、すぐにショウが返事した。
「無理した挙げ句に気絶しておいてそれを言うか」
『ああ、言うさ。
何よりアレ……OFの流儀じゃねえだろ』
「……そうだな」
『昨日の夜にサンデーストライクで模擬戦する機会があってさ、それで改めて思ったね。PICとXICS*1じゃまるで感触が違う。制動と旋回が特にな。
コア積んだワルキュリアの調整はマジで凄かったけど、やっぱり別物だよ』
先週の、クラス代表決定戦の日。ISへと改修されていたワルキュリアは、その慣性制御機構を元のXICSからISコア由来のPICへと交換されていた。それまでずっとXICSでワルキュリアを操縦してきたショウにとって、どれだけ調整によって似せられていても結局は別の存在であるということは、肌感覚で理解できていた。
サンデーストライクに2度乗った経験を踏まえれば、その違和感は更に確実なものとなる。
「テストパイロットとして、鋭いのは良いことだ。お陰で今お前が乗るOF-3があるんだからな。
……そういう意味で言えば、知っているだろうがOF-3にはPICとXICSの両方が実装されている。この後お前が真っ先にすべき仕事は、それらを調和させるパラメータの組み合わせを見つけ出すことだ。理論上はサイバーコネクタの応答速度をフルに活かした機動ができる」
『レイヤー3*2のことか。そういえばイギリスの機体とやり合った時に結構気分良くポッドが使えたんだが、あれから何か分かってたりするか?』
「実のところあまり分かっていない。IS部門の大澤さんに聞いてもサッパリだそうだ」
『なーんだ、不安なのは相変わらずか……。あれ、オオサワさんって今日いたっけ? スオウさんもだけど』
「ああ、あの2人なら小松基地でミーティングだ。R-11B導入の件でな」
『11のBっていえば……ああ、
R-11B《ピースメーカー》は、グランゼーラが防衛省から依頼されて製造した、自衛隊向けのIS用フレームだ。高い精度と応答速度を持った各種センサーと、山中や町中でも問題なく駆け抜けられる旋回性能を併せ持った機体で、高速仕様だったサンデーストライクのノウハウをベースに完全新規で設計されている。
災害時にいち早く現場へ駆けつけての物資運搬や瓦礫の撤去、要救助者の検知といった要求に答えるべく、無数の新技術が詰め込まれた新型機だ。
大澤はグランゼーラにおけるIS部門のトップの一人である。国が新機体を導入するとなれば顔を出さない訳にはいかない。更に、顧客にその性能を見せるためのテストパイロットとして周防が同行していた。
「明日の朝には自衛隊の……名前は忘れたが、人を連れてきて、そのままOF-3のお披露目に参加するらしい。会いたかったのか?」
『ん……そういう訳でもないんだけどな』
相変わらずよく分からんな……タブレット端末から目を離さないコウスケは、本社から送られてきたショウの身体データを見比べながら、OF-3に命令を飛ばす。
静かに、OF-3の初期調整作業は続いた。
「――で、ここが私の仕事部屋ですね」
「は、はあ……」
グランゼーラを案内するついでに、敷地内の駐車場で車中泊するという護衛の人員に毛布などの物品を配り終わった下瀬は、楯無と自身の居室の前まで来た。
廊下にはガラスケースに収められたIS用の武装が幾つか飾られている。全て下瀬が企画したものだ。
さあさ、どうぞどうぞ……。ドアを開けて楯無を招き入れたネオンは、彼女を中央の椅子に座らせると、紅茶の入ったコップを2つ持ってきた。
小さい机を挟んで楯無の向かいに座った下瀬は、笑顔だった。
「あったかいもの、どうぞ!」
「はあ、あったかいものどうも……」
天井には何のものかも分からない構造式のポスターが貼られ、部屋の壁の本棚には専門書と末尾が「試験記録」で終わる名前が付けられたファイルが無数に詰め込まれている。大学教授か何かの部屋にも見えるが、鼻の前まで持ってきたはずの紅茶の香りを貫いて漂う硝煙の臭いがそれを否定する。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。ここグランゼーラ・インダストリーのIS部門で武装の開発をしている、
ずずず、と紅茶を飲んでいる横から差し込まれた自己紹介。楯無は熱いのを急いで呑み込んで、改めて名乗り返した。喉奥、食道、胃の順に熱感が進んでいくのが分かる。
せっかく招かれたからには聞きたいことも色々ある楯無は、とりあえず無難を狙って話題を切り出した。
「武装の開発をしてらっしゃるとのことでしたが、廊下にあったアレもネオンさんの設計なんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!
あそこに飾っているの以外にも色々作ってるんですけどね、特に一番のお気に入りは……」
――意図せず踏んでしまった地雷の炸裂の如く。
そこから始まるめくるめく火力トーク、否、火薬トーク。
効果的な火薬の配合に始まり、弾体の形状、砲身の冷却性能、昨今のISバトルにおけるレギュレーション……ハッキリ言って楯無の専門外の話題を、バケツを引っくり返したようにワッと浴びせ掛けられる。しかしこれでも暗部の長である。そうと知らせずに話を聞き流す訓練など腐る程してきた。
「――というのもあって4連装じゃダメって言われたのに、2連装で行ったら企画通って、しかも売れちゃったんですよ。2つ並べたらそのままなのに……どうしてなんでしょうね?」
「あはは……武器の開発って大変なんですね……。寧音さんもISには乗られるんですか?」
「うーん、実のところ全然なんですよねぇ……。適性があまり無いのと、ホラ、武器の開発って計算して試作して実験してフィードバックして……って忙しいじゃないですか。自分だと乗ってるヒマがないので、そこはテストパイロットの方にお願いしてますね」
――「テストパイロット」、好機。ショウのことについて聞くチャンスを見出した楯無は、カードゲームの手札誘発の如く言葉を放つ。
「テストパイロットといえば……ショウさんもその仕事をしてらっしゃいますけど、ISを動かす以前は何をしていたかってご存知ですか?」
「ずっとテストパイロットですよ、あの人」
下瀬の、楯無を見る目が変わった。具体的にどう変化したかを言葉には出来ないが、少し室温が下がったような気がする。赤いアンダーリムの眼鏡の向こう、濃い興味を内包した視線が伸びている。
「……ISに乗る前から、ですか?」
「はい。さっき名前が出た、イメージファイトって覚えてますか?」
「ええ……」
「アレはIS用のシミュレーターなんです。現物さながらの環境と状況を作り上げるための、パイロットデータの収集……沢村さんの仕事ってずっとそれです」
「ISに乗れない男性でデータを取るんですか? あまり当てにならないような気もしますけど……」
「そこの意図は知らないんですけど、シミュレーターを動かすなら性別は関係ないですからね。このグランゼーラの中でもっとも適性とスコアが高かった少年が彼だった……というのが理由みたいですけど」
ここでもやはりシミュレーターの話が出る。
代表候補を下し、現役のIS学園の教員に一方的に立ち回る……そんな技量が、実際の経験をほとんど積まずに得られるなど、楯無は信じていない。必ず何かトリックや仕掛けのようなものがあるはずだと思った。実際に体験すれば、なにか分かるだろうか?
「私、これでもロシア代表を名乗らせていただいてるんですけど、学園でのショウさんの戦い方をみていると、どうにもシミュレーターでそんなのが身に付くのか疑問で……」
「――あ、もしかして『もっと前からISに乗れたんじゃないか』って疑ってます?」
「流石にバレますか……」
「まあ、自然な疑問ですもんね。でも、これは事実ですよ。
沢村さんは、あの日ISを動かすまではISになんて乗ってないんです」
そんなに気になるんでしたら――。下瀬は立ち上がって、ぐん、と上から楯無の顔を覗き込んだ。
「沢村さんと同じこと、やってみます?」
こんかいのまとめ
・楯無
苦しいとき~!(苦しいとき~!)
護衛対象を「マズったら消せ」と命じられた直後にその家族団らんを見せられたとき~!
トラウマのせいでSAN値が削れる削れる……。
新機体の見た目が思いの外スッカスカで拍子抜けしていたが、代わりにネオンの膂力にドン引き中。
・更識父
楯無のパパ。偽名だらけで本名不詳。メタ的には名前が未定。
昔助けてやれなかった友人に似た表情をするショウのことを気に掛けている。
枯らすくらいなら華のまま、刈り損ねた芽は今ここに。
・ショウ
高速道路走ってると急にトイレ行きたくなるよね。引きこもりのくせにそんな経験あるのかよ。
OF-3を見るとワルキュリアのことを思い出して鬱。イメージファイトが身に沁みる。
慣性制御機構の違いが分かる男。
・コウスケ
1週間振りとはいえ、息子に会えて嬉しい。
ちょっと気を抜くと機械ヲタクトークが始まる自覚があるので、ネオンに楯無を任せてみた。
・ネオン
今日も今日とて火力。
きちんと身を清めたはずのショウに火薬の香りを感じ取る異常火力愛者。自作の武器なら種類まで分かっちゃう。
その身にも火力を宿すが、ISにはあまり乗らない支援型。
なんかもう、何書いてるのか分からなくなってきた……。
楯無にトラウマを生やしました。人間、やっぱり強いところと弱いところが揃ってこそなのではないでしょうか。まあ個人的にトラウマ突っつかれた描写が性癖なだけなんですけど。
さらっと名前だけ登場したR-11B《ピースメーカー》ですが、いずれちゃんと登場させる予定です。11系列は個人的なお気に入りで、ギャロップ・フォースから放たれる超火力とロックオン波動砲の気楽さが大好きなポイント。FINAL2の低難度で素材集めするときはかなりお世話になりました。
色々ありましたが、ようやく新型機を出せました。次回辺りでもう少し動かせると思います。
戦闘シーンは……
-
なんぼあっても困りませんからね
-
戦ってねえで話進めんしゃい
-
そんなことよりおなかがすいたよ