Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
「――XICS*1の力場形成、畳み込みサイズを12ポイント増加。PICの流動係数を補正6‰、稼働オフセットを120μs前倒し、応力分散パターンを再計算。スラスターの出力比を変更、大気粘性に対する反重力翼の形状更新周波数を上げつつ合わせて……」
時刻は日本時間の午前5時35分。無事に試験飛行から帰還したショウは、それからほとんど休みを挟むことなく試験場での飛行テストを続けていた。
アメリカの軍用IS――ゴスペルとの邂逅により滑らかな変速操作が可能になったOF-3であっても、PICとXICSという2種類の慣性制御機構の同調は未だ果たされていなかった。
それではいけない、もっと試さなければ……そんな焦りが強迫性を持ってショウを苛む。
「47個前のプリセットを復元、反重力翼の形成アルゴリズムを2個前のプリセットから移植……」
山を部分的に切り開いて設けられた試験場の容積は広く、しかしショウの駆るOF-3の速度ではそれでも鳥籠のように狭い。
日の出を迎え、試験場を覆うバリア越しに白んできた空には目もくれず、変速と旋回と加減速を目まぐるしく繰り返す。ショウはワルキュリアに乗り続けてきた感覚を思い出しながら、その場で書き換えた各種パラメータの組み合わせと操作感を比べては、どれも違うと顔を歪ませるのだ。
『……まさか、あれからずっと続けているのか?』
有り得ないものを見たような声がOF-3の内部スピーカーから聞こえた。ショウの帰投直後に仮眠を取りに行ったコウスケである。
「止める理由がねえよ。全然ダメなんだ、こんなんじゃ……」
管制室でマイクの前に両手をついたコウスケは、それでも休息くらい取れと言い掛けて、口を閉じる。曲がりなりにもコウスケはショウの親だ。だからショウが寝ないことを知っている。休んでも休めないことも。
普通なら横になっているだけでも多少の休息にはなるが、このテストパイロットにそれが通じないのは以前実験的に確かめてしまった事実だ。
だが、心への負荷は蓄積する。いつまでも焦りながら同じことを続けて気分の良い人間はごく少数だ。
どうにかして休憩を挟ませるにはどうしたらいいか……思案するコウスケの目に、OF-3のステータス画面が止まった。
『ショウ、一旦中止だ。ジェネレーターの燃料ペレットを交換するぞ』
――燃料切れ。
OFとISの融合体とでも呼ぶべき設計のOF-3にも、主機として小型の低温核融合炉が搭載されている。
装甲表面の光学ハニカムバリアやオシレーターの駆動にはここからのエネルギーを使っている関係上、ジェネレーターが止まればPICだけが移動手段になる。当然、ショウの試験飛行も続けられない。
財団から指示された試験飛行から帰ってきて、そしてそれから今まで、OF-3は燃料の入ったペレットを交換していなかった。パラメータ探しのために無理な飛行を繰り返した結果、燃料の消費は通常よりも多く、今や文字通りガス欠寸前の状態である。
ショウは一瞬抗弁しようとして、すぐに燃料が少なくなっているのに気付いたのか、長い溜息を吐きながらPICのみの徐行でふわふわと試験場を出た。
◆
「……それで、どうしてあんなに焦る?」
格納庫の架台に載せられたOF-3の背面を弄りながら、背中越しに作業着姿のコウスケは呟いた。
駆動系のための潤滑グリスの匂いが仄かに香る格納庫には2人しかおらず、朝方というのもあって声がよく響いた。
「親父の役に立ちたい。それだけだよ。俺はOF計画のテストパイロットで、親父はそのチーフエンジニア……親子にしろ上司部下にしろ、働くのは普通のことだろ?」
「白々しいな」
おいおい、信じてくれよ……。向かいの壁際に寄り掛かりながら瞑目するショウは、苦笑気味に呟く。いつでも機体に乗り込めるようにパイロットスーツのまま、前日の夕食とも今日の朝食ともつかないゼリー飲料のパックを握りつぶした。
「お前のお陰で助かっているのは事実だ、感謝している。だがな、そうして無理を重ねてお前が潰れたら意味が無いんだ。無茶の正当化に私を使わないでくれ」
「は、はは……こりゃ手厳しい」
「ショウ、
「……おかしいって、親が息子に言うセリフかよ」
繰り返されるコウスケの問いに対し、ショウはケタケタという乾いた笑い声とともにはぐらかすばかりだ。心配された通りに疲労の色を滲ませた、憔悴したような雰囲気は隠せていない。
ペレットの交換が終わったコウスケが振り向くと、ショウは落ち着かない様子で太腿に添わせた手指をペチペチ表面に打ち付けていた。
「普段なら無理には聞かんさ。だが今は重要な時期だ、そうもいかない。
……何故あそこまで固執する? 当面の目標ではあるが、まだ急ぐ段階ではないだろう」
「……言葉じゃ、説明はできないな。口に出そうとしたら、したら……あぁ、うん。やっぱりダメだ」
「体調の問題なら医者に診てもらうべきだ、恥ずかしいことではないんだぞ」
「そんなことしてる暇ねえよ。……そうだ、確かに焦ってるんだよ、俺は。
――このままじゃ多分、おかしくなるくらいに」
「ショウ、お前……」
ショウは両手で目を覆ってしゃがみこんだ。コウスケはそんな彼に近寄って、背中に手を当ててやろうとしたが、手がグリス塗れなのを思い出して躊躇する。
「まあアレだよ、テスト前に焦って机に齧り付くっていうベタなやつ……あんだろ。それに近いもんだと思ってくれ。或いは、ワルキュリアのことが忘れられないってのでもいい。これも嘘ではないから。
……とにかく、今はそれで納得してくれないかな、親父」
「あの、下瀬さん、沢村さんは一体どこに……」
「あれぇ……格納庫にいると思ったんですけど」
火薬グッズだらけの仕事部屋の隣に設けられた仮眠室を出た楯無は、ネオンに連れられて格納庫へやってきていた。
昨夜来たときは誰もおらず、そしてそれは今も同じで、がらんとした印象を受ける。
昨日ショウが機体の調整に使っていた架台は空で、代わりにそのとなりに双子のように細部まで全く同じ灰色の機体――OF-3が2機並んでいる。
楯無が聞いた限りでは新型の量産機だというから、同じ外見なのはごく当たり前の話だ。しかし、自分で専用機を組み上げ、そしてそれを運用し続けている身としては、量産機が並んでいるというだけで少し物足りない感覚があった。OF-3の外見が
昨夜のことである。
ショウと同じことをしてみないかとネオンに誘われた後、簡単に夕食を済ませてここへ連れてこられた楯無は、並んでいるOF-3の1機に乗り込むように言われた。
完全に密閉されているはずの装甲も、胸元の部分に触れるとそこだけが量子化で消えて中の空洞に入ることが出来た。
無垢な灰色の機体に全身が収まると装甲の開口部が塞がって、楯無は暗闇に包まれた。そのすぐ後に全身の肌がピリついて、急に視界が開けた。目で見ていないのに、周囲の景色が見渡せる。全身の感覚も不思議で、生まれて始めてISに乗り込んだときのような、未知に由来する新鮮な違和感があった。
イメージファイト――ショウの実力の源泉だというシミュレーターは、このOF-3に内蔵されているという。
機体の足元で、ネオンから彼女の居室で一度受けた説明――パイロットデータはグランゼーラが保有すること――を再び承諾し、素早く署名した。
ロシア代表でもある楯無には自由国籍権を始め、自分の身柄を自由にできる幾つもの権限がある。専用機のものでなくとも、国家代表のISの稼働データはどこでも価値が高く、決して安売りして良いものではなかった。しかし、ショウの秘密に迫れるならば安い買い物だと楯無は思った。
契約を確認したネオンが合図すると、次の瞬間、楯無は青空の中に浮かんでいた。上も下も、右も左も、前も後ろも、見渡す限り全てが雲一つ無い青空で、まるでクロマキースタジオの中のようだった。
次に自分の全身を見ると、確かに先程自分が乗り込んだOF-3のものが見えた。
ネオン曰く、動作確認用の試験エリアだというその空間で一通り飛び回った楯無は、ここからが本番とばかりにイメージファイトの訓練シナリオを端から触っていった。
災害救助を想定したのか、険しい山岳地帯に置いてあるターゲットを
一般のIS用シミュレーターでここまで緻密な作り込みのものは見たことがないし、それだけでイメージファイトの価値が見て取れた。
様子が変わったのは「Room_101」と題されたシナリオ群に入ってから。
最初に目に飛び込んできたのは銀粉を散らした暗黒、すなわち宇宙だった。無限にも思えるほどに広いその空間は、どこまで飛ぼうと果ても景色の変化も無い。
自分の専用機を含めて宇宙を飛んだことなど無い楯無は、これが宇宙かとしみじみ思った反面、宇宙服として開発されたISを乗りこなしておきながら、宇宙に初めて触れるのがシミュレーター越しである事実を皮肉に思った。
腰部両側のハードポイントにはそれぞれ、長物のレールガンとレーザーブレードが懸架されていた。シナリオの説明によると目標を全部撃破する戦闘訓練らしいが、一体何と戦わされるのだろうか……楯無はブレードを取り外して構えて、漠然と周囲を見渡した。
――え、なに、今の……?
直後に被弾。撃墜。
楯無は自分が何をされたのかまるで分からなかった。
背面から青白いプラズマが漏れ出して、装甲が内側から弾けていく様までじっくりねっとり再現映像を見せられるのが不快だった。「NICE JOKE」という煽り文字もセットである。
すぐにシナリオをやり直して、今度は周囲に気を配りながら武器を構えたが、やはり同じタイミングで撃墜された。被弾する一瞬、前方からとんでもない速度でオレンジ色の光弾が向かってくることだけは分かったが、見てからではとても回避できるとは思えない。
その後何度もリトライを重ねて分かったのは、このシナリオ群がSF映画よろしく宇宙空間での戦闘を想定していることと、最初の光弾が単なるジャブに過ぎないということ。
初動から前方へ全速力で突っ込んで、決め打ちでほんの少し右へロールして初弾を回避。豆粒のように小さい遠方の目標にレールガンを連射して撃破。見えてきた敵の集団から放たれる弾幕は加減速を繰り返して掻い潜り、直後に彼方から放たれた極太の光芒に焼き消される……。
相手の行動を予測して、必要最低限の動きだけで回避し、レールガンの残弾にも気を配ることを要求された。弾切れを起こせばブレード一本で戦わねばならず、斬り掛かれるほど距離を詰めようとすれば回避が不可能になる。レールガンで撃つにしても、相対速度が目まぐるしく変化する状況で無駄弾を減らすのは至難の業である。
たった一発でISの絶対防御すら貫通する想定の攻撃が飛び交う、過激な難易度。一度の被弾さえ許されないこの状況は、楯無の普段の戦闘スタイルとは真逆であるだけに、余分に苦しく感じた。
……上手いわけだ。
楯無は納得する。こんなものを何年も続けて、しかもそれに対応しているのだとすれば、学園でショウが見せた回避能力の高さも頷ける。
しかし尚更気になるのは、一体何を想定してこんな過酷なシナリオを設定したというのかということ。
基本的にシミュレーションというのは、対処すべき状況の予測と再現で構成される。確実に起こりもしないような内容のものなら、それは訓練ではなくゲームの範疇だ。
だというのに。遊びの領域などとうに外れた、この緻密な難易度設定は一体何なのか。まるで本当にこういう戦闘があって、あるいは想定する必要があってシナリオが作られているようだった。
夜中とはいえ、体力が続く限りリトライを繰り返して、それでも一番長く生き延びられた試行で2分が限度だった。実力の保証されたロシア代表が、である。
まるで変な夢でも見ているのではないかという非現実的な難題を前に、流石に脳が疲れてきたのを感じた楯無は、そのシナリオを終了しつつスコアランキングを眺めた。名前の横に数字が並んでいるだけのシンプルなランキングには、十数人分の欄があって、大半は楯無よりも低い。
今日が初見とはいえ、流石に国家代表に迫る人間は少ないか……そんな安堵を覚えたのも束の間、トップランカーの欄が表示されたとき、楯無は目を見開いた。
楯無を含む2位以下と比べて桁が2つ違うスコア。まさに別世界の存在として、「SHO SAWAMURA」の文字が刻まれていた。
疲れた様子でずるりとOF-3から抜け出した楯無は、ネオンに支えられながらふらふら彼女の居室に戻る途中で、「どうせ暫く使われてませんから」と通りかかったショウの居室を一緒に覗いて――。
(――アレは一体、何だったんだろう)
結局、昨日分かれてからショウとは一度も会えていない。護衛としてはあるまじき状況である。
昨夜は「どうせ行っても会えない」の一点張りで自分を仮眠用のベッドに引きずり込んだネオンが、格納庫の壁に備え付けられた内線電話でショウの居場所を聞き回っている様を横目に、楯無は架台に載せられたOF-3――数時間前に自分が使った個体――をぼうっと眺めた。
(量産機とはいえ、型番からしてイギリスの代表候補に伍する
「あっ、楯無さん。沢村さんたちはまだ機体の調整してるみたいです。邪魔してもアレですし、発表会の会場で待ってます?」
「でも私、護衛なので。沢村さんの側にいないと。……どちらに行けばいいか教えて頂けますか?」
「そうですか。ええと、試験場の方にいるみたいです……と言っても分かりませんよね。これを見て欲しいんですけど……」
スマートフォンに施設の地図を表示させて丁寧に道を教えてくれたネオンに一礼しつつ、楯無はショウがいるという試験場を目指した。
丁度入れ替わりでショウが試験場から離れているとはつゆ知らず……。
◆
「――やっほ、沢村くん。お久しぶり……ってほどでもないか! 一月ちょいだもんね」
時刻は進んで9時過ぎ。
本棟の隣にあるトレーニングルームのベンチで項垂れているショウの元に、自動ドアの隙間からハルカがぬっと上半身を覗かせた。
OF-3の発表会に備えた最終調整のため、強制的に訓練を打ち切りにされたショウの様子を、小松基地から帰ってきたその足で見に来た形だ。
「へい、へいへーい。どうしたの? 随分元気ないけど――うわすっご」
スラリとした長身が強調された他所行きのパンツスーツを着こなしながら、ハルカはまるでいたずらっ子のようにショウに近付いて、その頬を人差し指でぐりぐり突いた。そして気付く。
膝の上に乗せられたB5サイズのスケッチブックの1ページ。表面には何かの数字がズラリと羅列されていて、今この瞬間もショウが握る0.3mmのシャーペンによって数字は量産されている。お世辞にも綺麗な字とは言えない書式で並ぶ数字の大半は、書かれてから少しすると思い出したかのように斜線で両断されて、それがこの行為の意味を更に分からなくしている。
ショウは項垂れているのではなく、そのスケッチブックを凝視しながらペン先を走らせていたのだった。
「何の数字? これ」
「OF-3に打ち込むパラメータのリストです。調整、早く終わらせないとなので」
ぼそりと口をほとんど動かさずに放たれた言葉は、果たして他人に向けられたものなのかさえ疑わしいもので、隣に座ったハルカは目を細めた。
「なーんか、余裕無くなったね。キミ。いつものワサビはどうしたのよ」
「ホントに、無いですから」
「タテナシちゃん……だっけ? 護衛の子が探してたけど」
「好きにさせればいいのでは。帰りまで自分に用は無いでしょう」
「まーねぇ……この後お偉方が続々来るし、そっちの方に行きそうな気がしてるけど」
抑揚の薄い、虚ろな声。ショウがこんな雰囲気になってしまったのは、果たしていつ以来だったろうか。ハルカには覚えがあった。
3年としばらく前の、初めてショウと出会った日のこと。進学の機会を逃し、ワルキュリアに閉じこもる彼に「人らしい生き方を教えて欲しい」とコウスケに頼まれた、あの日。今のショウはその時にそっくりなのだ。
何にせよ、今は重要な時期。具体的に何があったのかは後でコウスケに尋ねるとして、ハルカは業務連絡を優先した。
「……そういえばさ、聞いたんだけど、学園で何回か戦ったんだって?」
「……そうですね」
「しかも、私の教えた技もちゃんと使ってくれたって言うじゃん。いや~嬉しいなあ! このこの~~」
「……何か、ありましたっけ」
「うわー傷つくよソレ。
ちょっとお耳を拝借……。
ショウの肩を引き寄せて、ギリギリまで顔を近づけて、仰々しくハルカは耳打ちする。ショウの身体がビクリと震えたが、変わらず数字を書く手は止まらない。
――この後の新型機発表会、キミがパイロットやるじゃん? あれ、私が乗ってることになってるから。
「ん?」
驚き故に絞り出された声と共に、スケッチブックの上を走り回るペン先が止まった。
「お、少しマシな声になったね。いやほら、高々
「テストパイロットの周防ハルカとして振る舞う……? いきなりそんなこと言われても」
「私の映像とかはウチのイントラネットにあるでしょ、倍速でもいいから見といて。それに、沢村くんって人前には出たくないタイプじゃない? デモンストレーションが終わって機体が捌けたらさ、ちょっとして私が出ていくから、後は裏で好きにしてていいよ」
「は、はあ……」
「あ、そうそう。使って良いのはPICだけね。私の領分はそっちだし」
ショウの肩をパンと叩いて立ち上がったハルカは、「じゃ、そういうことだから」と去っていく。ショウが部屋の入口を向いたときには、最初からそうだったかのように誰もいなかった。
「しかし、R-11Bを導入して早々にこれとは、なんだか勘ぐってしまいますよ大澤さん」
「ハハハ、まさか。ピースメーカーは要件の通り設計して、我々が自信を持って送り出した機体ですよ。間違いなく活躍できます。それに、今日お見せするのはまた別の目的で作った機体ですから」
午前11時。
新型機発表会の会場となる試験場ドームの外側には、幾つかの簡易テントが設営されている。既に参加者と思しき人影が幾らか集まっていて、グランゼーラの人間と話し合っているようだった。
結局ショウに会えなかった楯無は、施設内で迷子になるリスクを考えて、遠方から会場の様子を伺っている。待っていれば必ずショウが現れるだろうという目算があっての行動だ。
(右にいるのは下瀬さんの言っていたIS部門のトップの人で、相手は……待って、防衛装備庁の人?)
今年度の人事編成でまだ名前こそ完全には把握していないが、顔だけは名簿で一度見たから覚えがある。防衛装備庁は防衛省の直下にある組織で、自衛隊の装備の研究や調達、管理を行う。相手はそんな組織の上から何番目かの地位の人間である。
(前から防衛省とグランゼーラって仲良しとは聞いてるけど――と思ったら防衛省の人も来てるし)
国内の企業であることや、自衛隊にも多く配備されているサンデーストライクの開発元ということで、グランゼーラは日本政府の、特に防衛省とは親密な関係である。最近は新型機に装備を更新しているという話もあるが、まだ公式発表していない機体のお披露目に真っ先に呼ぶほどとは、流石の楯無も知らなかった。
「――おや、これは更識さん、お久しぶりですね。更識さんも見学ですか?」
「ああ、速川さん。お久しぶりです。今日はちょっと別の用事で来てるんですけど、流れでここに……。そちらは発表会に参加されるんですか?」
「ええ、昨日になって急に行けと言われまして……大急ぎで来た次第です。実際のところ我々の部署って雑用係ですからね、こういうのはしょっちゅうですよ」
ロシア代表としてもIS学園生徒会長としても、そして更識の人間としても顔を合わせたことのある、楯無にとっては数少ない人間の一人だ。
大方、政府が防衛省とは別軸で情報を集めさせに来たのだろうが……昨日急に言われたという点が引っ掛かった。楯無にとってこの男は典型的なタヌキ親父に分類される。幸い嘘を言われたケースは無いが、言っていることは信用ならない、そんな相手。裏にどんな狙いを隠しているか分からないのだ。
ショウの適性が発覚したとき、最初に彼に接触した人間がこの男であることは調べがついていたので、楯無は他にも目的がありそうだと疑っておくことにした。
立場からして自分がショウの護衛で来ていることも知っているはずだが、こちらからわざわざ口に出す理由もない。その上で、向こうの情報を読み取るとすれば……。
「……失礼ですが、後ろの方も同僚さんですか?」
楯無はハヤカワの後ろで不機嫌そうに立っている若い女性に目を向ける。胸元のバッジは彼と同じもので、恐らくは部下か何かだろうと推測できた。
「ああ、これは申し訳ない。彼女は夏樹さんといいます。去年度からウチの部署に入った新人でしてね、優秀で嬉しい限りです」
「……はじめまして、更識さん。夏樹といいます」
相変わらず不機嫌そうな様子で歩いてきたナツキは、表情そのままで電子式の名刺を差し出してきた。楯無は自分の携帯端末でそれを交換しつつ、その姿を眺めた。
首から下げられた入館証によると、フルネームは
「そろそろ機嫌を直さないかい? 夏樹くん……。
詳しくは聞いていないんですが、本当は今日やりたいことがあったみたいで、今日の出張でそれが吹っ飛んで不機嫌なんですよ」
「ち・が・い・ま・すっ! 急に厄介増やされてキレてるんですよ……」
「あはは……。変に立場があると面倒ですよね、ご愁傷様です……」
そのまま暫く速川たちと話していると、他の参加者がやって来る。恐らくグランゼーラのCEOと思しき男性、旧財閥系企業に名を連ねる四菱重工の重役、海外の企業だろうか赤髪の西洋人女性……。
思った以上に重要度の高いイベントだと楯無が苦笑いを浮かべたところで、漸く発表会が始まった。
試験場のバリアの前に設けられたお立ち台にマイクを持ったオオサワが立つと、ありきたりな謝辞の後でOF-3の簡単な紹介映像が空中ディスプレイに投影される。
『――さて、遠路はるばる来ていただいたところ、あまり勿体ぶるのも面白くありませんね。早速ご覧いただきましょう。我々グランゼーラIS部門が開発を進めている第2世代量産モデル、OF-3です!』
大澤が振り向いて試験場の中を指差すと、その中心に灰色の機体が浮かんでいる。
楯無は右手の人差し指と親指で輪を作って、片目の前に持ってきた。自身の専用機の能力で水の薄膜で出来たレンズを輪の中に形成してOF-3を注視すると、両手にはそれぞれ長物の銃が握られているのが分かった。恐らくはショットガンのような、滑空砲の類だろうと推理する。
全身を覆い隠す装甲の向こう――ラウンドバイザー越しにパイロットと目が合った気がした。
――直後、その姿が消える。参加者達からは歓声が上がった。
レンズから目を話してみれば、そこはまさに別世界。スラスターから青白い尾を引きながら目にも止まらぬ速度で旋回と姿勢制御を繰り返し、空中に浮かんだターゲットマーカーを正確無比に撃ち抜いていく。一発ごとの火薬量がそれなりにあるようで、保護用のバリアを挟んで尚、射撃の度に横隔膜が震えた。まるで目の前で和太鼓の演奏を聞いているときのように。
パイロットは恐らくショウなのだろうが、どうも自分の知る彼の動きとは違うと感じた。真耶と戦った時のような気味の悪さも、セシリアと死闘を演じたときのような必死さも見られない。例えるなら、優雅に海を舞う魚のような。
回避すべきものがないから? 試験場が狭いから? 一人だから? 色々な憶測が楯無の脳内を駆け巡った。
(……というか、
何よりも楯無が疑問に思ったのは、大澤が言った「第2世代」という言葉。前身であろう
自分の専用機の開発を手掛けた楯無も知っている。今の流行は第3世代機開発で、単一仕様能力を発現したISが持つ超自然的とされた性質を、一般に引き出すこと。
この期に及んで新しく第2世代に手を出すのは、しかもそれが全身装甲というデザインなのは、まさしく時代遅れそのものなのだ。それはOF-3を開発するグランゼーラの彼らも分かっているはずで、売り出すのであればマーケティングとしては非合理的だ。
時間にして1分程のデモンストレーションを追えたOF-3が試験場の奥へ捌けると、参加者たちからどっと拍手が湧いた。ハヤカワもナツキもそうしたので、自分も同じように、しかし控えめに手を叩いた。やる気がないわけではない。大きい音を出すのは品が無いように思えたし、無駄に疲れて嫌だったからだ。
『ご覧いただきましたように、本機体OF-3は全身装甲によるパイロット保護機能の拡充と、高い加速力、鋭敏なセンシング技術を備えたフレームとして開発を進めております。補助動力も備えており、昨今の潮流であるレーザー武装の運用に堪える、高いエネルギーゲインを――』
再び空中ディスプレイが浮かび上がり、そこに投影された説明資料のスライドを背にOF-3についての説明を始めた。
「いやぁ、とても機敏ですね、あのOF-3という機体は。それともパイロットが凄いだけなのでしょうか……その辺、ロシア代表としてはどうです?」
「アレを見ただけでは何とも……。ただ、今更第2世代というのは気になりましたね」
「更識さんのISは第3世代でしたね。確かに、私の立場でも世界的な開発の流行が第3世代に移っているのは、常々感じているところです」
小声で言葉を交わす楯無と速川。そんな時、説明を続けていた大澤がまるでこちらの話を聞いていたかのようなことを言い始める。
『さて、ここまで聞いていただいたところで、なぜ今更第2世代を? と思われた方もいらっしゃるかと思います。それをご理解いただくためにも、先程デモンストレーションで素晴らしい操縦を見せた、我が社のテストパイロットに登場してもらいましょう。
――周防さん、よろしくお願いします』
(え、別人……!?)
大澤が名を呼ぶと、ハイハーイという元気な返事とともに、ISスーツ姿のハルカが栗色のポニーテールを後に引きながら壇上に上がってくる。胸の二物をふよんと揺らしながら一礼すると、マイクを受け取った。
『えー、ご紹介に預かりました周防です。普段はR-9Kサンデーストライクをベースにした第2世代テストフレームを扱っているんですけど、なんと今日はぶっつけでOF-3のデモをすることになりまして。それが先程のアレなんです。
……あ、信じてないでしょう。ホントですからね。OF-3の操作系はR-9Kのような既存のものと新仕様の操作補助システムを組み合わせたものになっています。何が言いたいかと言うと、私のようにR-9Kの系列のシステムに慣れていれば、いきなり乗せられても動かせちゃうんですね、ハイ』
OF-3のテストパイロットはショウではなかったのか……?
楯無の思考はフリーズしてしまって、ハルカの話を半分も聞き取れなかった。よくよく考えてみれば、こういう式典に男性パイロットを出すのは外聞に関わるだろうし、代わりの人員を使うのはおかしな話ではない。
しかし、だとしたらショウは何処にいる? あんなに機体の調整に時間を掛けていたのに、結局出さず終いというのは気になった。
『世界的に見ても、第3世代機の開発は未だに実験段階です。とても量産モデルとして配備するには至っていないと言えるでしょう。
しかし、時代は進歩を待ってはくれません。始めからある程度完成してしまっているが故にラファールのマイナーチェンジくらいしか出せていない最近のデュノア社しかり、ロングセラーながらいい加減に古いと言われて早数年のサンデーストライクしかり――あちょっと、大澤さん睨まないで。
――コホン。とにかく開発が行き詰りつつあるこの環境を打破し、世間の潮流を刷新しようという試みが、本機OF-3になります』
その辺にしておけとでも言いたげなオオサワがマイクをつまみ上げて、まるでいたずらっ子のような笑みを浮かべながらハルカは壇上から降りていくと、聴衆からは笑い声が上がった。仕込みか事故かは当人のみぞ知るところだが、掴みとしては十分であった。
「まさか、グランゼーラにあんな優秀なパイロットがいたとは知りませんでしたね。今からでもスカウトする余地はあるでしょうか……」
「速川さんでも把握していない人がいるんですね。訓練を積んだ相当の実力者のようですし、てっきり元自衛隊辺りのパイロットだと思ったんですが」
「ノーコメント……と言いたいところなんですが、生憎その辺りの管轄はウチじゃないんですよね。
――夏樹くんはその辺何か知ってるかい? 前にいた部署にIS関連があったと聞いてるけど」
「もう忘れましたよ、あんな面倒事まみれの場所――ああ思い出したら腹立ってきたあのお局様が……!
――そんなことよりあの機体のスペックです。遠目に見てたから単に速いだけに感じられますけど、推力が
ハヤカワに指摘されて思い出す、ハルカの操縦技能。
たった一分程度の飛行でも、楯無には分かった。元代表候補にすら匹敵し得るレベルのショウと、少なくとも同等以上の実力者であることは疑いようがない。
問題はそれほどの人間を楯無は見たことも聞いたことが無いということ。高い適性を持った女性を今尚かき集めている内閣府の人間ですら知らないとなると、一体どうしてこんな人材が無名のまま転がっているのかが分からない。
楯無はこの企業をとんだ伏魔殿だと思った。
「ははは……にしても、パイロットが沢村さんではなかったのは少し面食らいましたね。話題作りにはもってこいでしょうし、
「あの速川さん、声抑えて……」
「おっとこれは失礼」
その後グランゼーラのCEOからの挨拶などを経て、OF-3の発表会は穏やかに終わった。
「――やっほ。何はともあれ、先ずはお疲れ様かな?」
「……はい」
「まーた余裕失くしちゃって……。まだパラメータ書き連ねてんの?
にしてもさっきの操縦、ちょっと
「イメージファイトにあった動きを真似しただけです。『見ろ』って言われたので」
「あー、あの時のやつか……恥ずかしいからイメージファイトに突っ込むのはやめてって言ったんだけど。まっ、私のフリには違いないし問題ないか。
――じゃ、私呼ばれてるからそろそろ行くよ。機体の調整、早く終わると良いね」
「ええ、全く」
「んもー、暗いなあ。ホラ、笑顔笑顔~!
今度時間合ったらさ、私のレディとキミのOF-3で一戦
「そうですね。それまで俺が
「よしっ、約束だよ! それじゃあね~」
こんかいのまとめ
・ショウ
24時間戦えますか。はい。
急に他人のマネしろと言われて出来ますか。はい。
答えは見つかりましたか。いいえ。
その景色に貴方はいますか。いいえ、そんなはずはありません。
・コウスケ
無理しがちなショウを案じているが、事情ゆえに強く言えないでいる。
機体の燃料補給を口実に無理やり食事の時間を取らせるファインプレー。
手塩に掛けて開発したOF-3と、息子。大事なのは……。
・ネオン
やはり火力。
ショウから楯無を引き剥がすつもりは全く無いのだけど、どういう訳か会えない。シルバース◯レーでも使ってます?
自室のみならず仮眠部屋にまで火力グッズ(例:信管を抜いた砲弾)が侵食している。こんな部屋で安眠できる人なんていないでしょ。えっ、出来るんですか?
・ハルカ
恐らくバトルジャンキー。一時期ショウの面倒を見ていたので、ある意味慣れっこ。
硬い話は苦手なのでぶっちゃけトークになりがち。大事な発表の場でそれは大丈夫なのか?
本人曰く「恥ずかしい時期」の戦闘パターンがイメージファイトに登録されている。ショウはこれに勝てていない。
その胸は豊満であった。
・オオサワ
久々の苦労人。小松基地に出張した翌日にお偉方の前で発表なんて大変ですね。
発表会には種も仕掛けもございません。おいコラ周防なに喋ってんだ……?
発表会が終わったらすぐに防衛省から見積もり依頼が飛んできたのでまだ忙しい。
・ハヤカワ
実は割と重要ポストだった人。楯無には警戒されているが、私は無害なおっとりオジサンですよ。
ショウの個人情報保護についての不手際を謝りに来たのがもう一つの目的だが、会えなかったのでコウスケに裏で話を通しておいた。
強いと噂になっているショウの操縦技能を見てみたかったのは本当。
・ナツキ
本当は、今日は歯医者に行く予定だった人。急に出張命令が飛んできてパアだよ、満足か?
ちょっと歯が傷むので不機嫌5割増。面倒を増やすやつは皆死ねばいい。
仕事柄、様々なISのスペック情報を集めて把握している。OF-3は相当のじゃじゃ馬のようだが……。
・楯無
真面目にショウは何処行ったの……? あの自分護衛なんですよ、離れるのやめてもらってもいいですか……とかなんとか言ってたらネオンに仮眠部屋に引きずり込まれた。砲弾の横で寝られるわけ無いだろ! いい加減にしろ!
過酷すぎるイメージファイトの仕様にある意味納得している。こんなん続けてたら頭おかしなるで。
その後通りかかったショウの部屋で見たモノが頭から離れない。
デモンストレーションでOF-3に乗っているのがショウかと思ったら別人でビックリ。これはこれで相当の実力者なのに初めて見るぞこの人……。誰ぇ……?
発表会も終わってもうすぐ帰れるので、この変な時間も漸く終わると思うと少し気が楽。
もう楯無が主人公で良いんじゃないかと思い始めている今日このごろ。
原作では飄々と振る舞う楯無ですが、彼女の立場を考えると外部との折衝やらなんやらでそれなりに胃を痛めることは度々あるんだろうな、と思ってこんな展開にしてます。そうでなくとも理解不能なものが間近に置かれ続けたら気分悪いですからね。
次回でIS学園に戻るシーンを描いたら、いよいよ話を動かしていけるかなと考えています。
20話以上掛けて鈴が登場するところにすら至ってないの、控えめに言っても展開が遅すぎるな?
戦闘シーンは……
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なんぼあっても困りませんからね
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戦ってねえで話進めんしゃい
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そんなことよりおなかがすいたよ