Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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顔を掴んで覗かせる
土を掴んで除かせる


23 Subliminal_Scotoma

 

 

 

2022/04/15 PM8:21

 

(本時刻以前の取得に失敗)

 

『――やっぱりアイツらに任せたのが全部間違ってたんじゃないの?』

 

(風の音および草木の揺れる音)

 

『まあ仕方ないさ、すぐに動かせるのがアレしか無かったんだから』

 

『その”すぐ”が良くないでしょって。活動家なんて、ちょーっと煽ったら動かせるのは楽でいいけど、言いつけた仕事すらマトモにこなせない無能ばっかじゃ話にならないよ』

 

『確かに、少し運が良かった程度で取り逃す仕掛けは詰めが甘いというほか無いね』

 

『でしょ~? だからさ、私が直々に殺しに行こうかなって』

 

(少女側の音声に掘削音のようなものが含まれている)

 

『止めておいた方が良いんじゃないかなあ……。執着は理解しているけど、今は目立ち過ぎるよ。

 要人が少なからず集まっているところに仕掛けるのはキミらしくないだろうに』

 

『その辺はちゃ~んと弁えてるから大丈夫。直接ヤれないのは残念だけど。

 んなことよりあの蛆虫がまた私の視界に入ってきたことの方が許し難いの、ゴキブリみたいで鬱陶しいの。 ――あぁ、口に出すの良くないね、変に気が立ってくる』

 

『くれぐれも気付かれないようにね。キミとセブンス・ヴェールの調整もまだ終わっていないんだから』

 

『分かってるってパパ。ちゃーんとそっちのお願いも聞くし、どの道アレが居たら邪魔なのはパパもでしょ?

 それはそうと、ちゃんとデュノアにリークは――待った、盗聴()かれてるじゃんコレ』

 

(ジャミングにより傍受不能)

 

 


 

 

 午後1時すぎ。

 グランゼーラ北陸支部で予定されていた一通りの用事も済んで、ショウたち一行が学園に戻る時間が間近に迫っている。

 そんなギリギリの時間であっても、ショウは機体の調整を続けていた。

 格納庫内でOF-3に乗り込んだまま、内部から稼働に関わるパラメータの所々を変えては戻してを繰り返す、無心の苦行。

 

 ハヤカワ達の見送りついでに、帰路につく発表会の参加者たちの見物から戻ってきた楯無が目にしたのは、そのOF-3の前で困った様子で立ち尽くすコウスケ。

 

「もう時間だろう、帰りの準備は良いのか」

 

『どうせ持ち帰るのはほとんどコイツだけだから、問題無い』

 

「そういう話ではなくてだな……」

 

 思えば、ここグランゼーラに着いてすぐの時間から1日弱。楯無は沢村親子の姿を見ていなかった。

 護衛として来たはずなのに、この2人が昨夜から昼まで一体どこで何をしていたのか、まるでわからないのだ。

 

「……機体の調整、上手くいってないんですか?」

 

「ああ、これはどうもお見苦しいところを……ええと」

 

「更識です」

 

「すみません、更識さん……調整そのものは終わっていて、もう動くところまでは持って行けてるんですが、どうもショウが気に入らないところがあるみたいで」

 

「それじゃあ、今も……?」

 

 コウスケは無言で頷いて、目の前のOF-3を手で示した。

 昨夜に昼間のデモンストレーションとOF-3を見る機会の多かった楯無だが、今ここにある機体は少し違う。

 腰の両側のハードポイントにはそれぞれ長物のレールガンとレーザーブレード、灰色の装甲は磨かれたように輝いていて、イメージファイト内で見た自機よりも仕上がっている印象を受けた。

 

「ただあの、沢村さん。言いづらいんですが、そろそろ時間が……」

 

「ですよね……おい、ショウ。ここまでだ」

 

 コウスケが見上げて呼び掛けると、その場にふわりと風が吹いて、青白い粒子が舞った。OF-3の姿は跡形もなく、代わりにショウが立っている。胸元には蛍光緑の直方体を金具で囲んだような小さいペンダントが掛けられている。

 

(なるほど、それが待機形態ってわけね)

 

 楯無はショウの顔を()()()()()()()()()()、そのペンダントを見つめた。

 そんな楯無の横をふらりと抜けて、ショウは「荷物、取ってくる」とだけ言い残して去っていった。

 

「……なんだか、昨日と比べて調子悪そうですけど、何かあったんですか?」

 

「はあ、そう見えますよね。ただ、私にも分からないんです。本人にもはぐらかされる始末で……」

 

「昨夜は、ずっと彼と一緒に?」

 

「ええ、ほとんどは。2人で機体の調整をずっと続けていたんですが、夜中に私が仮眠を取りに離れている間も、一人で勝手にやっていたようで……寝てないんですよ、アイツ」

 

 困った様子のコウスケの表情は雄弁で、腹芸や隠し事の類が得意なタイプには見えない。そしてそれ故に、言葉にしたこと以上の情報は分からないだろうと楯無は思った。

 

「休みも無しでは、調整にしても操縦にしても思うように行かないのでは?」

 

「そう思って休むように言ったんですが、『そんなヒマは無い』の一点張りで……。不躾なお願いなのは理解しているのですが、帰りの道中はアイツを寝させてやってもらえませんか」

 

「それならお安い御用です。何せ私、護衛ですから」

 

 我ながら白々しいことだと内心で自嘲しながら、楯無はコウスケに一礼して格納庫を後にした。

 

 

 

 

「ごめんなさい、待たせたかしら?」

 

 本棟で入場証を返却した楯無が正門へ向かうと、ゲートに背を預けながら無心でスケッチブックに何かを書き込んでいるショウの姿があった。

 正門の前には車が数台止まっていて、どれも更識のものだ。帰りはまた別の車にショウを乗せることになっているので、行きのドライバーだった男のことを思えば少しは気楽かも知れない。

 

「……その様子じゃ関係なさそうね」

 

 まるで何時ぞやの食堂のときのように周りのことを気にしないショウに、楯無は同じように肩を小突いた。その結果も同じで、すぐに反応があった。

 ショウはスケッチブックとペンをナイロン製のブリーフケースに仕舞って立ち上がる。行きには無かった荷物だ。

 

「……もう、時間か」

 

「ええ、行きましょ」

 

 楯無の言葉と共に、両者は車に向かって歩き出す。今度乗るのは青色のステーションワゴン。荷物が増えても窮屈さは感じないだろう。楯無がそんなことを思いながら足を進めていると――、

 

 ――ドサリ。

 

「……ん?」

 

「ぁ、ぇ……いや、そんな……」

 

 空気を吐き切った喉奥から無理やり絞り出したような、呻きにも似た声。あるいは言葉。

 楯無が振り返ると、ショウが身をガクガクと震わせながら立ち尽くしていた。

 

「悪い。忘れ物したから、取ってくる……」

 

「え、ちょっと……」

 

 床に落とした鞄も気にせず、ショウは腕をだらりと垂らしながらふらふらと本棟の方へ歩いていった。明らかに普通ではない。忘れ物だけで、あんな怯えた顔になる人間など……。

 

 その後、暗い顔で戻ってきたショウを乗せ、一行は10分ほど遅れてIS学園へと出発した。

 

 


 

 

Some think they are smart cats, and some just know it all. But sooner or later we all find out that~♪」

 

 上信越自動車道上のトンネルの一つ。その上の山中に一人の少女が立っていた。新緑に包まれた山肌は真昼でも薄暗く、人が立ち入ることはない。

 そんな暗所にあって、肌も顔も覆い隠され、しかしそれでも女性と分かるのは、全身に深い黒色のISを纏っているからである。

 

Accidents happen now and again, just when you least expect. Just when you think that life is okay, fate comes to collect~♪」

 

少女は腕部の装甲を器用に使って斜面を掘削し、そうして出来た深い穴に小さい機械のようなものを放り込む。埋め戻すことはしなかった。するだけ無駄だからである。

 

「さーて、さてさて。これで埋設完了っと。要は他の要人ごと巻き込まなきゃ良いんでしょ? 不慮の事故なら誰がやられようが諦めて気にしないのに」

 

「まっ、古来死者の国は地下にあるとする文化が多いし、土は土に、灰は灰に、塵は塵にってことだよね。死体から湧いて出た蛆だか知らないけど、勝手に這い出てきたなら埋めるのが自然でしょ」

 

 少女は地面を見て、その更に下にあるトンネルへと意識を向ける。分厚い地殻と頑丈なコンクリートの内壁で構成されたそれは、災害大国たる日本において安全が追求された結果のものだ。

 だが、そんなものは無意味だと少女は一蹴する。

 

オシレーター、モードシフト――そう、()()には誰も抗えないんだから」

 

 少女の纏うISの装甲に、炎のように揺らめくオレンジ色の光が踊った。

 

 


 

 

 ショウと更識の護衛一行は、高速道路をかっ飛ばして長野県内を進んでいる。

 OF-3の発表会に居た要人とはタイミングを大きくズラしての出発なので、周辺に気にすべき相手はいない。ショウの守りだけを考えればよいので、車列のフォーメーションは対象の乗った青い車をその他が囲むような形になった。

 

「――定時連絡です。こちら”葵”、異常ありません」

 

 田畑の広がる農地を過ぎて、景色は山がちになる。しかし高速道路にありがちな遮音壁に阻まれて、見ていて面白い景色とは言い難く、たまにやって来るトンネルの長さを時間と速度計から暗算していた方が余程暇潰しにはなるだろう。

 

 だが、悲しい哉、今の車内にそんな事を考えていられるような雰囲気はない。

 青色のステーションワゴンに乗っているのは、楯無と、ショウと、ドライバーを任された更識の若い女性である。

 ショウは手で両目を抑えてうずくまるように背中を丸め、隣に座る楯無はそこから漂う仄暗いオーラを必死で無視し、ドライバーは「あのっこれ、何とかならないんですか……?」とルームミラー越しに楯無に視線で助けを求める。

 

 正真正銘のお通夜ムードの車内には、ドライバーが他の護衛車両と通信機越しに行う定時連絡の声くらいしか響かない。

 

 ねえ、せめてしりとりでもしましょうよぉ……。

 うめき声にも似たため息を漏らしながらハンドルを握るドライバーの悲痛な叫びは、誰にも聞こえない。

 

 

 

 

 一晩挟んで再会したショウの眼は、それまでとは比にならないモノだった。

 例えるなら、これから誰かを殺しに行きそうな人のそれ。或いは、今まさに誰かに凶刃を振るわれようとしている被害者のもの。恐怖と怯えを焦げ付く寸前まで煮詰めて固めたような暗闇が宿っていた。

 

 楯無が一瞬だけそれを視界に収めただけで、背筋から冷や汗が噴き出るのを感じた。あんなおぞましいもの、人間がして良い表情ではない。一体、自分の知らない約半日の間に何があったというのか。

 

 急に忘れ物がどうとか言っていなくなったときもそうだ。まさかISの操縦のために変な薬物でも使っているんじゃなかろうか。そういう取り返しのつかない人間の相手だって楯無はしてきたが、ショウのそれはよく似て別物だ。

 

 誰も気にしなかったのか?

 おかしいとは思わなかったのか? 

 どうしてあんな状態の人がいるのに、グランゼーラの他の人間は気にせず日常を送れる? 

 それともおかしいと考える自分こそがおかしいのか? 

 

 楯無の脳内にはどの疑問の答えも無い。判断に至るだけの経験が無かったし、そもそもそんな経験したいとも思わない。

 

 車に乗ってからどれくらい経っただろう。ショウはずっと、まるで掻き毟るような震える手で両目を抑えている。フードまで被っているので表情は読み取れない。

 休ませてくれと本人の父から頼まれた手前、下手に話しかけて邪魔するのも気が引けたが、こんな状態で休めているとは到底思えなかった。

 

「……ねえ、そうやって苦しんでるのも良いけど、いい加減に相談なり何なりしてくれないかしら? 雰囲気最悪にしてる自覚ある?」

 

 楯無はショウのこめかみを指でグリグリ突きながら挑発を試みる。

 怒りというのはエネルギーだ。例え恐怖に震えているときでも心と身体を奮い立たせてくれる、一種の強心剤のようなもの。それが自分の方に向くと分かっていても、このままウジウジされるよりは数倍マシだろうと思っての行動である。

 

「本社に行った時だってそう。あなたが勝手に動いたせいで車を乗り換える羽目になったし、何? 遊園地に着いた瞬間にはしゃいで速攻いなくなる子供のつもり?」

 

「……」

 

 しかし、目論見に反してショウは何の反応も見せない。楯無は諦めたように、ルームミラー越しにドライバーへと首を振って見せる。

 ……ダメだこの人、と。

 

 そんな楯無の横で、突然ショウがムクリと起き上がる。それから、フロント、リア、左右の窓を見回して、こう呟いた。

 

「あの、ドライバーさん」

 

「え? あ、はい」

 

「もう少し、スピード出せませんか」

 

「今はちょっと難しいですね……ほら、もうすぐトンネルですし」

 

「話聞いてたなら少しは返事してよ。シンプルに感じ悪いの、自覚あるわけ?」

 

 昨日からずっと、ショウに散々振り回され続けている楯無は怒りを滲ませる。

 

 トンネルへの侵入直前では減速するのが基本だ。一度入ってしまえば視界が急激に狭まるため、事故の危険性が高まるからだ。

 教習所で当然習うこと。ショウだって知っている。

 

 車列はそのままトンネルへと侵入し、車内は一気に暗くなる。

 

「そっか、そりゃその通り……いや待て違う――

 

 

 ――全車止めろ! 今すぐッ!!

 

 ショウが吠えたその直後。にわかに大地が震えた。

 

 


 

 

「……ほう、ようやく提出か。これは内容に()()してやらんとな」

 

 土曜の授業も終わったIS学園の昼下がり。()()()()()()()が居ないのもあって、千冬の生活は実に平穏……というわけでもなく、イレギュラー続きの新学期の仕事が今なお山積みの状況であった。

 

 職員室にて書類仕事を始末している折、気分転換に他のことをしようと課題の提出先フォルダを覗いてみると、そこには一夏の名があった。

 

 学園の生徒は秀才揃いだ。先の内容ということで期日を次の月曜までに設定していた、クラス代表決定戦に関する振り返りのレポートも、大半の生徒は早いうちに提出している。

 驚くべきことに一番最初の提出者はショウで、無理をした自分の戦闘について細かく批判しつつ、有効な戦術もキッチリ抑えた高得点のレポートだった。ここまで批判できるなら何故その場で無理をしない選択が出来なかったのか……。そんな千冬のツッコミもセットである。

 

 早速千冬は、一夏のレポートファイルを開いて読んでみた。

 

 ――セシリアとの初戦では、当日突然渡された機体での試合ということもあり、一次移行までは基本的に回避に徹するほか無く、その後についても試合前半の消耗が後を引いた上での戦いとなった。したがって、この状況の再発を想定した改善案を考えるのは困難であると考える。

 ――よって、以下では現在の白式を用いる前提での考察を行う。

 

「……一夏のやつ、ずいぶん思い切ったことを書くな」

 

 一夏自身、諸々突然のスケジュールで行われた当日の2試合には思うこともあったのだろう。考察の前提をバッサリ簡略化している。

 「急に渡された機体で試合中に一次移行(ファースト・シフト)」などという、恐らく人生で2度も経験出来ないであろう事象を前提に考察するのは確かに難しいし、そこに拘ったところで先に活かせるとも思わない千冬はそのまま読み進める。

 

 ――セシリアの包囲射撃に対し、初動で地上という2次元的な移動のみでの回避を試みたのは失敗であったといえる。ISは3次元機動を可能とする機械である以上、わざわざ動軸を減らす行為はそのアドバンテージを捨てることに他ならないからである。

 ――また、白式には近接武装しか搭載されていないため、被弾を嫌って回避を続けることは自身の試合展開に何ら資するものではなく、言い換えれば「始めから突っ込んでおけばよかった」というのが率直な感想である。

 ――私事であるが、先日、ISバトルにおけるテクニックとして瞬時加速を目にする機会があった。後述する白式の単一仕様能力と組み合わせる前提でこのテクニックを使用すれば、初動で大きなリードが得られた可能性がある。

 

「ふん、見ただけで瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使える気になったつもりか。とんだ皮算用だな」

 

 私事というのは木曜の夜に行われたショウと真耶の試合――千冬はそう呼びたくなかったが――のことだろう。帰りがけに瞬時加速(イグニッション・ブースト)のことを聞いたとすれば、一夏の考えそうな内容だと千冬は思った。

 

 ――瞬時加速については自身が実際に使用できるかどうかの経験が不足しているため、飽くまで理想的な状況であるとしても、白式のスラスター推力は打鉄やラファール・リヴァイヴのような学園にある一般の機体[1]よりも高い。ビット兵装からの被弾を差し引いても、試合開始直後に単純に突撃するだけで成果が挙げられる可能性はあると考える。

 

 その後は白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)の活用法などを踏まえた考察が続いた。

 今年いきなりISに触れるようになった割には随分整った内容だと千冬は感心する。戦った本人にしか分からない情報も多く、他人に丸々教わって書いたとも考え難い文章に、妙な生々しさというか、執念のようなものが感じられた。

 

 千冬は最後の段落まで読み進めて、目を止めた。

 それまで「である」調だった文章が、その部分だけ「ですます」調になっていて、どうやら感想のつもりのようだった。

 

 ――ここまで書いてみましたが、正直な所、自分は今回のクラス代表決定戦の全てに満足していません。

 

「……それは、そうだろうな」

 

 ――織斑先生だけがこれを読むと思って白状すると、一番の理由は山田先生とショウの試合を観たことです。決定戦では自分がショウに勝ちましたが、山田先生との戦いぶりを見ると、それがどれほどのまぐれ当たりであるかがハッキリと分かりました。

 ――セシリアにも「負けたも同然」と代表を譲られてしまいましたが、複雑な気持ちです(セシリアには内緒でお願いします……)。

 ――なので、とにかく鍛えて、今度は実力で勝てるようになりたいと思います。幸い、ショウとは再戦の約束が出来たので、まずはそれを目標にするつもりです。

 ――零落白夜の使い方、諸々のテクニック、基本的な戦い方……まだまだ俺にできることは沢山あるはず。先の内容とのことでしたが、次にこのようなレポートを書く時は、胸を張って「いい試合だった」と書いてみせるつもりです。

 ――末筆となりますが、お目汚し失礼いたしました。

 

「……何が『末筆』だ。ビジネスメールじゃあるまいに。それに、課題なんだから副担任(真耶)も読むと分からんのか、あの馬鹿者は」

 

 千冬はほんのりと口角を上げて、ファイルを閉じた。

 

 


 

 

「ぅ、ううっ……一体何が」

 

 楯無は鈍い痛みと共に目を覚ました。

 周囲は真っ暗で、土埃が舞う窓の外はほとんど何も見えない。

 一体自分はどれほど気を失っていた? そもそも何があった? 少しでも情報が欲しい楯無は、すぐさま車内のライトを手探りで点けようと試みる。

 

げほッ、げほッ。ゔ、ぇ……ぜえ、ぜえ……

 

 ――真横から男のえづき声が聞こえてきた。ショウのものだとすぐに分かった。

 天井のスイッチをパチンと動かしてルームランプを点灯させると、顔面蒼白のショウが口元を抑えながらうずくまっている。

 

 護衛対象の生命が無事なことに少しの安堵を覚えた楯無は、心配の言葉を投げかけようと手を伸ばして――その手は空を切る。

 

「はやく……はやく、なんとかしないと……」

 

 今にも消えそうな掠れ声のショウが、ガラリと後部ドアを開けて車外に転び出たからだ。

 

――このバカっ、状況分かってるワケ!?

 

 勝手に動くなと何度言わせる気……? 喉元まで出掛かった続きの言葉は、前方の暗がりに突然吹き上がったオレンジ色の光に止められた。

 光の正体として考えられるのはただ一つ――火だ。

 

おぉ、えふ……すり、ぃ……ッ!

 

 絞り出すようなショウの声とともに歪む虚空から青白い粒子が湧き立ち、次の瞬間には呼ばれた名の主――OF-3が現れる。それと同時に周囲に充満していた土煙が一気に晴れ上がり、ラウンドバイザーの青い輝きに照らされて周囲の状況が分かるようになった。

 

「なに、これ……」

 

 神話や伝承に語られる地獄というやつは、もしかしたらこんな姿をしているのだろうか。

 

 トンネル内の路面にはコンクリートの破片が散らばっており、見えるだけでも十数台の車が止まっている。楯無たちの乗っていた車のように無傷のものは少数で、大半はガラスが割れたり、トンネルの内壁に衝突したりして破損している。

 

 車から身を乗り出して上を見ると、天面の内壁が数十mに渡って剥がれ落ちていた。突然降り注いだ瓦礫に、車両たちは無惨にも壊されてしまったのだろう。

 そして、前方。確かに炎を上げて燃えている、タクシー車両。いや待て、あの車は……。

 

 ショウの駆るOF-3は飛び上がると、素早く炎の中に突っ込んで、車両のドアを引きちぎる。ギチギチという不快な金属音が止むと、何かを抱きかかえたOF-3が後方――トンネルの入り口へ緩やかに、しかし素速く飛んでいく。

 

 すれ違いざまに、ショウの抱えたものの正体を楯無は見てしまった。

 タクシードライバーの制服に身を包んだ、中年の男。額から血を流してだらりと気を失っている。変装が崩れたのだろうか、首筋に不自然な裂け目が見えた。

 

お父、さま……

 

 生まれてこの方、自分に優しく接してくれたことはほとんど無く、今のところなんの罪も無いはずのショウを「いざとなれば討て」とまで言ってのけたこの男。

 だがしかし、どこまで行っても、それは楯無の父親なのだ。

 

 運ばれていく父親を見て楯無は、ふと気付く。この車を運転していた女性はどうなった?

 運転席に急いで身を乗り出して、エアバッグに顔を突っ込んでいる首元に手を当てると、脈はある。息もある。気を失っているだけ。

 

 では、他の車は? 巻き込まれた一般の人たちは? 

 形は違えど、更識の使命は日本を、民草を守ること。父はどれだけ厳格で、無慈悲であろうと、それだけは決して揺らぐことがなかった。それが先代の楯無。

 今その称号を手にしているのは、他の誰でもなく自分。己の命を他者のために使う……その役目を果たす機会が、いま目の前に訪れたのだ。

 

 楯無は運転席側のドアを開けて、ドライバーをいつでも連れ出せるように引きずり出しつつ、決意と共に一つの名を叫ぶ――己の、専用機の名前を。

 

……霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)ッ!

 

 閃光と共に彼女の髪と同色のISが姿を表す。

 各部に球状のウォーターサーバーが取り付けられた空色の装甲に、飾り立てるように腰部から足にかけてを覆う黒色のクリノリンフレーム、後頭部のすぐ近くには水晶玉のようなものが取り付けられたビットが3つ浮いていた。

 

 楯無がはらりと腕を振るうと、各所のウォーターサーバーから細かく水が噴き出し、クリノリンフレームの上に広がるようにして水のヴェールが形成される。同時に、周囲に白い霧が発生し、それは直ぐにトンネル内へ拡散、目に見えなくなるまで薄まっていった。

 

(まずやるべきは……)

 

 PICでふわりと浮き上がった楯無は、前方で燃え盛るタクシー車両へ向かった。元々一人()しか乗っていなかった車だ、ショウのおかげで誰も残ってはいなかったが、爆発するリスクを考えれば捨て置けるものではない。

 

 右手を翳して、瓦礫に潰されながらも火の手が上がるエンジンブロックに多量の水を噴射する。消火の基本は酸素を断つことだ。漏れ出したガソリンに引火している今、消火剤としての水は効果が薄いどころか危険ですらある。

 だが、この水。ただの水ではない

 

 楯無の腕から放たれた水は、まるでスライムの様にエンジンブロックへとへばり付いて、決して流れ出すことはなかった。そのまま水の塊は留まって、燃焼反応が起こらなくなるまで、高速で対流しながら酸素と熱を徹底的に奪い続け……10秒もしないうちに鎮火が達成された。

 

 楯無の専用機、霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)が放つ水には、アクア・ナノマシンと呼ばれる特殊なナノ粒子が混入されている。背面のクリスタル状ビットで生産されたそれは、本体のイメージ・インターフェースを介した流体エネルギー制御により、大量の水をまるで生き物のように操作することを可能としていた。

 

(この後に崩落が続くかどうかは……五分五分ってとこね。何にせよ急がないと)

 

 そして、楯無が操れるのは液体の水だけではない。直前にトンネル内へと散布した(エアロゾル)は、やはりイメージインターフェースによって、楯無の手指あるいは眼としてセンサーの役割を果たしていた。

 天井に付着し結露したアクアナノマシンからの情報を総合すれば、そこにどれくらいの強度が残っているかが分かるし、破損した車両内に侵入させれば、中に要救助者が残っているかをマーキングすることだって可能だ。

 

「――ねえ、聞こえてる? 今残ってる人たちをマーキングしてそっちに送ったから、参考にして動いて」

 

ゔ、ゔぅ……どうして、どうして……ゲホッゲホッ

 

 入り口の方から青白い噴射炎を輝かせながら戻って来るショウへ、楯無は開放回線(オープン・チャネル)で呼び掛ける。しかし、聞こえてくるのは、消え入りそうな嗚咽のみであった。

 

「大丈夫なの……?」

 

 奇妙だった。

 表現に拘らないのであれば、ショウの振る舞いはまさに半狂乱のそれ。落ち着きとか冷静とか、そういう概念からは程遠い。だが、目に見えるOF-3の行動はどこまでも正確で、なにより的確であった。

 

 ISの強力なアクチュエータで画用紙のように車体のフレームを引き裂いて中から人を助け出し、時には車や瓦礫そのものを退けて、しかもそれらは余計な振動を発生させない繊細さも伴って行われる。助けた人を運ぶ際にも加速度に注意して飛行し、できるだけ姿勢が変化しないように下ろす気配りさえあった。

 

(乖離してる……言ってることとやってることが、まるで逆じゃない)

 

 ふとトンネル入り口を望遠を掛けて見ると、ショウによって運ばれた怪我人たちが路面に並べられている。遠方に置かれた発煙筒に気付いた後続のドライバーたちによる協力もあって、資材を持ち寄っての救助活動が進んでいた。

 

 楯無はショウの精神状態が大いに不安だったが、当座は救助に利するものとして自分も動くことにした。

 

 自分の乗っていた車両のドライバーを救出しつつ、トンネルの外で活動している人たちに指示を飛ばす。ロシア代表や学園の生徒会長など、()()()I()S()()()()()()()()()()()というのはこういうとき非常に役立つ。ISという分かりやすい力が目に見えるし、それが率先して救助活動に臨めば心理的にも追従し易い。

 

「既に救急車などは呼ばれてますか?」

 

「ええ、地震のすぐ後に消防含めて先に呼んでくれた人がいるんですが……こんな場所ですし、まだまだ時間が掛かるみたいで」

 

「仕方無いですよね……とにかく協力ありがとうございます」

 

「いえいえ、お互い様ですよ。ロシア代表さんでしたっけ、非常に心強いです……あっちの、灰色のISも関係者の方ですか?」

 

「ああ、はい。そんなところです……」

 

 聞けばリネン類を運んでいたというトラックの男性ドライバーと言葉を交わしつつ、楯無は周囲を見渡す。ひとまず路面に置くしか無かった被災者たちは、その場で融通された毛布やブルーシートの上に移され、その多くは意識を取り戻していた。

 

 

 マーカーはまだ残っているので、急いでトンネル内へと戻る。入り口から30m程のところで瓦礫の山に突っ込んで停止しているEVを見つけた。

 

「――お、お父さんがっ! お父さんを助けてっ!」

 

 後部座席のドアをどんどん叩きながら、小学生くらいの男の子が助けを求めていた。運転席には、エアバッグに顔を突っ込んで動かない男性。

 

「分かった、ドア外すから目ぇ閉じて下がってて」

 

 小学生の体格で気を失った大人を動かすのは不可能だ。崩落の発生からどれほど経ったかは分からないが、今までの不安は察するに余りある。

 衝撃でひしゃげて動かないドアをISの力で丁寧に引き剥がしつつ、まずは男の子を救出する。車内よりはISの側の方が安全だからだ。そのままセンターピラーも切断して運転席に手を伸ばせば、父親だという男性の身体は簡単に引き出せた。呼吸も心拍も安定していて、気絶しているだけらしい。

 

「お姉さん、お父さんは大丈夫なの……?」

 

「気を失ってるだけだから、大丈夫。キミは歩ける?」

 

「ちょっと痛いけど、うん」

 

「よし偉いっ! それじゃあこのまま一緒に外まで…………ッ!?

 

 こんな状況でも弱音を吐かない男の子の頭でも撫でてやりたい楯無だったが、そんな暇はないと男性を抱えて移動を始める。そんなときだった。

 

 ――ずずんッ、と音を立てて空間が震えた。

 

(余震? いやそんなことより――マズいっ!)

 

 アクア・ナノマシンからの反応を受け取った霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)が楯無に告げる。……()()()()()()()()()()()()()()()()ことを。

 

 救助者に意識が向いていたが故に判断が遅れた。楯無はすぐさま真上に水のヴェールで障壁を展開する。小銃弾くらいなら余裕で受け止めてしまえる強度のアクア・ナノマシンだが、推定質量12トンのコンクリート塊相手には相性が悪い。

 即座に2人を抱きかかえて自分を盾にしたいところだが、ISのパワーでそれをすれば鮮血舞い散る結果になりかねない。今男性を抱えているのだって、実は繊細な作業なのだ。

 更に、シールドバリアも絶対防御も、守ってくれるのはパイロットだけだ。よしんばコンクリートそのものを防げても、跳ね返った破片までカバーできる保証は無い。そこは水の障壁でカバーするにしても、やはり大元の塊を何とかしてからの話だ。

 

(迎撃を……いやダメ。じゃあ、どうすれば?)

 

 次第に近付いてくるコンクリートの塊を前に楯無の思考がフリーズする。2人を完全に守り切る手立てが、無い。

 

「お姉さん、あれ……」

 

「え?」

 

 男の子が自分の後ろを見ながら呟いたのを聞いて、自身も全方位視界で同じ方向を見る。青白い光の線がこちらへ猛スピードで伸びてきていた。

 同時に開放回線(オープン・チャネル)越しに聞こえてくる、苦しげなショウの嗚咽。

 

『あぁ……チクショウ、チクショウ……ッ!』

 

 トンネル内に拡散させたアクア・ナノマシンがまるで反応していない。まるでそこだけ何もいないかのように、楯無はその姿を目にするまでOF-3の存在に気付けなかった。

 例えるなら、幽霊のような……。

 

(OF-3!?)

 

 そこからは一瞬だった。

 巨大なコンクリートの塊を両手で掴んだショウは、それを逆側の誰もいない壁まで運んで押し付ける。更に右腰に据えられたレーザーブレードを抜刀して、目にも止まらぬ速度で滅多斬りにした。技も型も一切ない、ただただ細かく斬るためだけの乱雑な剣戟。それ故に、速い。

 後には低い瓦礫の山だけが残され、ショウはトンネルの奥へ飛び去っていった。

 

「か、カッコいい……」

 

「そういうのは後。また揺れるかもだから、急ぎましょ」

 

「――ふぎゅッ!?」

 

 今の揺れでさらなる崩落の危険が強まっている。多少姿勢が不安定になるのを承知で、急ぐ楯無は男の子を自分に抱きつかせつつ男性を運んだ。

 

 

 楯無の知らぬ所で顔を真っ赤にしている男の子と、その父親を他の人に預けたところで、声が上がる。

 

「――誰か布持ってきてくれ! 汚れてないやつ!」

 

「ダメです、傷が大き過ぎて止血しきれません……」

 

「じゃあこのまま見てろってのかよッ!」

 

 ショウが運んできた怪我人の一人の前で声を荒げる男女。どうやら刺さっていた瓦礫の破片が大きく、出血が止まらないらしい。

 瓦礫が刺さっているのは太腿部。太い血管を傷つけたらしく、血溜まりが緩やかに広がっていくのが見えた。このままでは危険だ。

 

「――私がやります!」

 

 男女を半ば押し退けるようにして怪我人の前に降り立った楯無は、アクア・ナノマシン入りの水を握り拳くらいの体積で傷口に流し込む。

 

(破片を持ち上げて、空いたスペースに充填しつつ形状をロックすれば……よし)

 

「すげえ、水が勝手に動いてる……!」

 

 霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)の建造当初から、アクア・ナノマシンそのものが人体に対して不活性であるという報告がされていた。したがってそれが少量含まれる水も安全で、ならばこれを、自由に形を変えられる強力な絆創膏として活用できるのではないか……楯無にはそんなアイデアがあった。

 わざわざ自分の身体に傷をつけて確かめるわけにもいかなかったので、平時に人体模型で遊んでいたのが思いもよらぬタイミングで役に立ったのだ。

 

 破片と肉の隙間に入りこませた水で瓦礫を退けて、傷ついた血管を補修するように形を整形する。一度固定してしまえば、それが霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)の制御範囲内にある限りは独りでに形状を保ち続け、傷口を保護してくれる。

 これなら自分が怪我しても使えそうね……そんな考えが浮かぶ程度の余裕すらあった。

 

 余裕ついでに、楯無はショウの状態を考える。眼の前の怪我人を救出したときのことだ。

 先ほどから半狂乱のまま救助活動を続けるショウは、この出血多量のおそれがある人を運び出して、すぐにトンネル内へ戻っていった。ISのセンサーを使えば、直接手当は出来ないまでも、上等な検査機器の代わりくらいにはなるし、物資の運搬などその場で応急手当を素早く終わらせる手伝いくらいは出来たはずだ。それをしなかった辺り、やはりショウの精神状態は不安定なのだろう。

 

 昨夜楯無が挑戦したように、イメージファイトには災害時の救助活動を想定したシナリオが含まれていた。いま楯無が迅速な救助ができているのも、それが一種の予習になっていたからという側面もある。

 イメージファイトを長らく続けてきたショウには、その演習が脊髄反射のレベルまで染み付いていたのだろう。それゆえにパニック状態でも最適な行動が選べて、しかしパニック状態だから周囲との協力は一切できない。ある種の独り善がり。

 

 ショウの振る舞いは、被災者たちを助けようとしているというよりは、「助けるという行為」をなぞることだけを気にしているような。あるいは、こうして自分が補助に入るのを前提に速度重視で行動しているだけという見方もできるが……。

 

(何にせよ、このまま彼に救助活動を続けさせるのは危険ね。ISのパワーが必要な部分はさっさと終わらせて、一刻も早く休ませないと……)

 

 楯無は、アクア・ナノマシンでマーキングしたトンネル内の要救助者を数える。たった今ショウに運び出された2人を除けば、もうほとんど残っていなかった。

 

 

 

 

 怪我人50名弱、うち重傷者数名。現時点での死者、ゼロ。

 地震によるトンネル内での崩落事故としては異例の被害に抑えられた現場では、予定時刻の通りに到着した救急隊員たちに救助作業が引き継がれていた。

 

 本来ならば今からトンネル内の救助が行われているであろうところで、そうなれば今よりも被害はより酷いものになっていたことは誰の目にも明らかだった。それだけに、現場にISがいたというのは大きい。

 生身の人間が、いつ崩落するかも分からず、しかもどこに要救助者がいるのかも不明なトンネルへ突入するのは至難であり、ISはそれを平然とクリアしてみせるのだ。

 

 そもそもの崩落状況が特定の箇所に偏っていたのも影響した。

 楯無が自身のISで調べた限り、自分たち更識の車列が走っていた最前部を中心に崩落が始まっており、そこから後ろは比較的軽微だったのだ。それでも余震で発生した追加の崩落で被害が拡大することはあったが、その頃にはショウと楯無による救助が進んでいた。

 

 やってきた救急隊員たちは状況を聞くと、口々に幸運だったと喜んだ。

 

「……まさか、彼に助けられてしまうとは。随分な皮肉ですよ」

 

「ええ。守るのは我々の仕事なのに」

 

 大半の仕事を引き継いで暇になった楯無は、一時的に気を失っていただけで軽症だからと搬送を後回しにしてもらった更識のタクシー運転手――父の元に来ていた。

 

「……昨日のこと、考え直しては頂けませんか。ああして他人のために力を使える人間が危険などと、私には思えないのです」

 

 ショウがパニック状態になっていた事実は伏せつつ、楯無は父に懇願する。

 OF-3のデザインが顔の隠れる形状になっていたのは実に都合が良かった。開放回線(オープン・チャネル)越しに彼の様子を知ることができたのは楯無だけだったからだ。

 

 父はそんな楯無の質問には答えず、首筋に出来た変装道具の裂け目を手で隠した。それから、直前までの柔和な中年男性の振る舞いをやめて、いつもの冷たい口調で呟く。

 

「――お前の仕事の邪魔になるから、私までで止めていた情報が一つある。昨日のことだ」

 

「なんですか、それは……」

 

「本社に着くまでにお前が乗っていた車、途中で乗り換えたのは覚えているだろう。アレはあの後、爆発事故を起こしている」

 

「え?」

 

「調査は警察がしていて詳細はまだだが……私は、何者かの手によって爆発物が仕掛けられていたと考えている。沢村ショウの手荷物も、車両の安全も、事前に確認した上でこれだ。自然な事故ではあり得ない」

 

「あの、運転手は……?」

 

「意識不明だそうだ。それ以上は聞いていない」

 

 楯無は当時のドライバーだったあの男のことを思い出した。幼少から付き合いのある、有能で心やさしい青年。霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)の建造に際してたまにアドバイスを貰うこともあった、彼。

 

「わたしの、せいだ……」

 

 だから言わなかったのだと父は楯無を諌めた。父の考えは正しかった。今この瞬間にも、楯無の脳内には後悔が渦巻いている。

 ……あの時、彼を一人にしていなければよかった、と。

 

「それに加えて今の地震だ。運が悪いの一言で片付けるには立て続けに被害が出過ぎている。とにかく、沢村ショウの周辺について、警戒せねばなるまい。

 ――迎えは呼んでおいた。じきに来るだろう。分かったら行け、あの男を見張りなさい」

 

「は、はい……」

 

 次の瞬間には、父の顔は変装時の柔和な表情に戻っていた。

 

 


 

 

「はあ!? ふざけんなよなんで生きてんだよアイツ……!」

 

 数台の救急車の上に灯った赤い回転灯の輝きを見下ろしながら、この()()の首謀者たる黒いISの少女は苛立ちを隠さない。

 

「2段構えまで仕込ませといて傷一つナシとかさあ……蛆虫の分際でナマイキしやがって」

 

 トンネルから数km離れた山中からでも、ISのハイパーセンサーなら苦も無く現場の様子が見えた。その上で少女の視界を埋め尽くすのは、道路の端に膝をついて停止しているOF-3ただ一つ。

 何となく掴んでいた近くの木の幹が、少女の湧き上がる怒りに呼応して哀れにもミシミシと軋んだ。

 

ああムカツクムカツク……今からでもあそこに突っ込んで磨り潰してやろうか? 首でもねじ切ったら流石に死ぬでしょ――んぁ?」

 

 少女の口から止め処なく漏れる怨嗟は、不意に鳴った秘匿回線(プライベート・チャネル)の通知音に遮られた。

 

「なあに、パパ。こちとら絶賛ブチギレ中なんですけど」

 

『もう戻っておいで、目立ち過ぎだ』

 

 聞こえてきたのは初老の男性の声。何処か困ったような、そして少し怒りを滲ませた様子だった。

 

「でもさあ……私、アレが悠々生きてるままこの後も動くなんて考えたくないんだけど。

 ねえ絶っちゃダメかなあ? 後顧の憂いじゃんあんなの」

 

『今我々の動きが察知される方が後顧の憂いだよ。そもそもその機体に使える武装なんて残ってないだろう? リスクを踏んでなお仕留め損なったんだ、今は認めて引きなさい』

 

「はいはい、分かりましたァ~。戻れば良いんでしょ戻れば」

 

『それで良いんだ、今後のことはそこで決めよう』

 

 通信が切れると、少女は苛立ちを押さえつけるように軽くストレッチをして、開放回線(オープン・チャネル)から聞こえてくる声に耳を傾けた。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん、なさい……』

 

「ハッ、一体何に謝ってんだか。

 ――まあ今日のところは、お前が苦しそうにしてる姿で満足してあげるよ、()()ァ……!

 

 堅牢な装甲の向こうで、冷ややかな侮蔑の笑みを浮かべた少女のISは、景色を歪ませながら虚空へと溶け込んでいく。それから数秒もしない内に、その姿は消え去った。

 

 一陣の風が草木を揺らして、証拠は何も残らない。

 

 


 

 

 

 

こんかいのまとめ

 

 

・千冬

 

 一夏のレポートを見て笑顔が抑えられない。やーいブラコン。

 ショウがいなくたって忙しいものは忙しい。この2日間で部屋がちょっと汚くなった。

 

 

・コウスケ

 

 出発直前までOF-3から離れないショウに困り果てている。仕方がないよ、そっとしておやり。

 量子化できない追加装備については1日遅れで学園に送る予定だったが、今回の災害で既存のものしか送れないことに……。

 

 

・楯無父

 

 家督を譲ったように見えて実は未だに多くの権力を持つ先代当主。でも人間なので突然の災害にはやられる。

 今回の新機体受領に際して起きた事件に妙なものを感じているものの、確信には至らないでいる。

 その立場でショウに守られるとか皮肉も良いところだよね、気分はどう?

 

 

・ショウ

 

 人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人……。

 

 

・楯無

 

 コウスケにも頼まれたので、ショウのことを何とかしてやりたい反面、年上がこのザマなので情けなく思う部分も。

 彼にはちょっとヘンな所あるけど、殺すとか考える必要無くないですか? ダメ?

 救助現場では素早く指示を飛ばしつつ、専用機の力に物を言わせて被害を抑えることに成功。後の取材では「運が良かっただけ」と語る。

 なお、父を思う少年の性癖は粉微塵に破壊された。

 

 

 

[1]
国際IS委員会(2022), 「IS学園における各種装備に関する報告」『IS学園運営白書2021』, pp1284-1325




 もう楯無が主人公で良いかなァ!? 良いよね!?
 まあ、あと2話くらいで楯無メインは一旦終わりの予定なんですけども。
 
 今回書いておきたかったのは、災害時でISがどんな感じに活躍させられるのかという点。楯無の霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)は良くも悪くも「対人特化」な側面があるので、上手いこと扱えないかなあと考えて入れてみたシーンです。アクアナノマシンをペタペタして傷口を塞いだりとか、後々便利に使えそうだなと思ってたり。

 ちなみにタクシー車両は基本的にLPガスで動くガス車です。でも水で閉所の可燃性ガスをどうにかする方法が思いつかなかったのであんな感じに。ガソリンも併用するバイフューエル車だったということでここは一つ……。

 緊急時とはいえ、あんなカッコいいお姉さんに抱きしめられたら小学生の性癖なんてボロボロですわな。

戦闘シーンは……

  • なんぼあっても困りませんからね
  • 戦ってねえで話進めんしゃい
  • そんなことよりおなかがすいたよ
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