Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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突然男がやってきた
ニタっと笑った



02 失われた三連休

 

 

 やあみんな、元気してたかな? 俺は元気……なわけあるかい。

 

 グランゼーラのテストパイロットをしている沢村ショウです。

最近なんか称号が増えました。「二人目」ですって。

 

 俺は2Pキャラか? 色変えるぞ? 4枚引きの方のワイルドカード出すぞ?

 そういえばUNOなんていつやったんだっけ……イマイチ覚えがない。

 

 

 俺が様子のおかしいISを動かした後、オオサワさんと親父はそれぞれ別のところに電話を掛けた。オオサワさんはともかく、親父の復帰の速さたるや凄いもんだったね。俺の乗ったISを見てから少し放心したと思ったらすぐに動き出した。

 

 オオサワさんの方の相手は政府の役人だろう。あの人は今回のISの貸与に関して政府との連絡役を担っている。先に受け渡しが済んでいるウチのISを受け取りに来たのは二人だったらしい。政府だってそんなに担当者をコロコロ変えることもないだろうから今度も同じ人だろう。もっとも、俺はその二人のことを全く知らないので、誰が来ようが同じなんだけども。

 喋ってる様子から察するに「詳細は言えないからとにかく来てくれ」の一点張りか。すっごい会釈してた。

 

 親父の方は相手の見当が付かない。電話に向かって話している口元から何となく俺についての状況説明をしているらしいことが分かったが、その後すぐに口元を手で隠してしまった。ちょっと遅いぞ親父……。

 一応これでも世界で二人目の特異体質者なんだが、そのことを電話でベラベラ喋って良いんだろうか。

 親父はそのまま暫く話し続けて、それから居なくなってしまった。

 

 少しして、電話の終わったオオサワさんから「役人が来るまではISに乗ったままで」とのお達しが。その方が話が早いんだろう。実際親父も見せなきゃ信じなかったわけだから、妥当な対応か。

 

 とはいえ役人が来る予定時間まであと30分弱。このまま立ちっぱなしなのは暇だ。折角なのでISがどんな動きをするのかを少し試してみることにする。ここは工作棟で人もいるし、危険防止のためにも架台の直上からは出ないようにした。

 

 まずは垂直上昇。PICのお陰でスラスターを動作させること無く滑らかに飛び上がる事ができた。天井にぶつけたくないので高さは3m程で止めておく。こんなところでスラスターなぞ吹かそうもんなら余波でどんな被害が出るか分かったもんじゃないので、PICだけでそこそこ動けそうなのは良いことだと思います。

 続いて姿勢制御。装甲が干渉しない程度に身体を丸めて、そのままぐるりと上下反転。手足を伸ばせば空中倒立の完成だ。景色が逆さまなのに一向に頭に血が上らないのは不思議な感覚……まあIS乗る前から既に何度も体験してるんだけれども。

 

 逆さのまま辺りを見渡していると、他の同僚の皆さまがヘンなのを見る目でこちらを見ている。見せモンちゃうぞ、早う散れ散れ仕事に戻れ。この状況で仕事が出来るのかは知らないけど。

 

 拡張領域(バススロット)が空なのでこれ以上物理的に試せそうなことが無くなってしまった。仕方がないので計器類やUIといったソフト面を弄ったり、ひたすら逆さのまま上昇と下降をゆっくり繰り返して時間を潰していると、カツカツという革靴の足音が2人分聞こえてくる。役人2人組のエントリーだ。

 

 内訳は男女一人ずつ。

 男の方は灰色のスーツに群青色のネクタイを付けた中年といった様相で、身長176cmの体重82kgだ。

 女の方は若い。靴もスーツもネクタイも黒一色、身長152cmの体重は――今更だけどすげえなIS。この距離から見ただけで相手の身長体重体脂肪率その他諸々まで勝手に測っちゃえるのか。

 

 ということは、俺も実は勝手にそういうの見られてたのか? ウチには当然ISのテストパイロットもいる。ISを使っている横で一緒に仕事したことは何度かあるので、まあそういうことだろう。わー恥ずかし。

 

 オオサワさんに導かれて俺の下までやってきた二人は上を見てギョッとした様子だ。そこから大慌てでオオサワさんに詰め寄ってあれこれ聞いている女と、柔和な苦笑いでこっちを見上げている男で対応が別れた。

 

 俺は早速下に向かうことにした。姿勢を戻し、架台の上に緩やかに降りると、片膝を突いた。若葉マークこそ付けてないがISに関してはド素人だ。個々の動作は安全第一で行う。

 

「急に『とにかく来てくれ』の一点張りで連絡が来たもんだから、何事かと思いましたが……なるほど、納得ですな。

 ――はじめまして、内閣府IS企画運用事務局から来ました、ハヤカワです。貴方が……ええと沢村ショウさんで間違いありませんか?」

 

 男は柔和な笑みを浮かべてハヤカワと名乗ると、名刺を差し出してきた。自分も同じように自己紹介しつつ、受け取った名刺を……置き場に困ったので暫定策として拡張領域に放り込んだ。自分の名刺は今持っていないので、また後でという断りも入れておく。

 

 詰め寄られているオオサワさんを横目に、もう一人の女の事をハヤカワに聞いてみると、彼女はナツキというらしい。立場上はオオサワの部下だそうだ。

「若くて活発なのはいいんですが、少々トゲがありましてね、もう少し丸くなってくれるといいんですが」と苦笑気味にこっそり教えてくれた。

 

 オオサワさん達の会話も一通り終わったところで、改めて現状把握を行う段になった。俺自身も何がなんだかといったところではあるが、必要なことなので仕方がない。

 

「……ではまず最初に、ショウさんがISに触れたときの状況を教えてください」

 

「これから全国で検査をやるとかで、そちらにこの機体を移送する……というのが本来の流れだったと思うんですけど」

 

「ええ、今ショウさんが乗ってらっしゃる機体がその最後の一機ですね」

 

「それの準備のために自分も駆り出されて、この架台のところで準備をしてたんです。

 それで、作業が一段落してここから離れようとしたとき、その、ケーブルに足を引っ掛けて転びまして」

 

「ショウ。それって、インシデントじゃねえのか?」

 

「はい、レポートは後で出します……」

 

 本音を言えば、俺が転ぶ直前にはあの場所にケーブルなんて無かったし、さっきも勝手にケーブルが動いたので俺の責任じゃないと主張したいところだが……ここで話を拗らせるのはなんだか非常に嫌な予感がする。インシデントレポートで済むならそれで済ませたい。オカルトに首突っ込むよりはヒヤリハットの方がマシだろう。

 てかさっきからずーっと睨みつけてきてるナツキは何なんだよ、俺なんかしたっけ? ファイヤーかお前は。

 

「――それで、転んだ拍子に触れてしまったと?」

 

「多分……。目を閉じてたんで詳しいことは分かりませんが、いつまで経っても何にもぶつからないなと思って目を開けたら、こんな感じでISが動いてまして」

 

「そうでしたか――オオサワさん、彼もISに関するお仕事をされているんでしょう? これ以前にISに触れる機会は無かったんですか?」

 

「ああいや、ショウは普段別の部署で働いてまして、お恥ずかしい話ですが今日は人手不足だったので手伝って貰ってたんです」

 

「別の部署というと……いえ、今は関係ありませんね。とにかくISに触ったのは初めて、と。

 ――ああそうだ、ショウさん。これの後も似たようなことを何度もやるとは思うんですが、今の簡易適性値を測らせてください。上に状況を説明するのに使いたいので……ご協力お願いします」

 

「ああ、それは全然……」

 

 俺がそう答えると、ハヤカワに促されたナツキがタブレット端末を持ってこちらに近付いてくる。手早くタブレットにケーブルを繋ぎ、もう一方の端子を俺の纏うサンデーストライクに近付けると、その周囲に光が集まって端子が空中に固定された。OSからも外部デバイスが検出されたとのウィンドウが出てきたので、これで繋がったらしい。どうやってんだそれ。タコ足し放題だな?

 

「なんで私がこんなこと……」

 

 タブレットを操作しながら検査を進めているらしいナツキ。OS側からは以降何の表示も出てこないのでホントに進んでいるのかどうか疑わしいが。

 しかしISのセンサーは高性能だ。そこまで離れている訳ではないとはいえ他人の小声さえちゃんと認識することができる。

 

「仕事増やさないでよ、男のくせに……」

 

 何が言いたいかって? 聞こえてますよってこと。

 

 簡易適性値というのは、ISとそのパイロットの間における操作の精度を示すものだ。

搭乗者の筋電位や頭部神経の電圧変化から「パイロットが何をしたいのか」を信号として読み取って動くISだが、パイロットによって読み取りやすさに差が出るらしい。読み取りづらい人は操作の過程で信号の脱落が起きるので、それだけ操作がし辛いし、IS側もそれを補完しようとするので思ったのと違う動きをすることもあるんだとか。逆に脱落が少なければ操作のレスポンスと精度は上がる。

 この簡易適性検査は、5回の試行から算出した信号のロス率を統計して結果をAからDの4段階に分類して評価するらしい。前にウチのテストパイロットに聞いたことだ。

 そういえばAの上にSって適正値もあるんだっけ、該当者が少なすぎて有って無いようなものらしいけども。

 

 5分ほど経っただろうか、検査が終わったらしいナツキはタブレットを片付けて逃げるように歩き去る。すかさずこちらに歩み寄ってきたハヤカワが苦笑しながら謝ってきた。どうでもいいや。

 

「ええ、では私どもはこれで失礼します。改めて、この機体の搬出については一度キャンセルという形にさせて頂きたいので、お手数おかけしますがオオサワさんもそれで……」

 

「ええ、そちらについては問題ありません。こちらも突然こんなことになってしまって……」

 

「いえいえ、お願いしていたのはこちらですから……。

 ――それで、ショウさん。貴方は今日のことで世界に二人目の特異体質者であることが発覚してしまいました。一人目の織斑一夏さんが見つかってから然程経っていませんが、既に多くの勢力が彼に接触を試みています。

 不確実なことは言いたくないのですが、恐らく貴方にも同じ事が起こるでしょう。そこで一つお願いなのですが……こちらが対応を定めるまでの間、機密保護のためにここから動かないで頂きたいのです」

 

「――ああ、はい。問題無いですよ」

 

「私たちはこれからこの情報を持って上層部を動かします。役所仕事なので鈍いでしょうが、可能な限り早く対応させるので――え?」

 

「いやだからあの、ここから出なければ良いんですよね? 大丈夫ですよ」

 

 これでも元々引きこもりだ。どうしても店舗に行かなければならないような買い物でもなければ基本的に、俺はここグランゼーラの敷地から出ない。大抵のものは通販で片付くからね。

 家は外にあるが、どうせ親子共々大した物は置いてないし、仕事も生活もこっちで完結しているから帰る用事も滅多に無い。

 だから、別に言われるまでもないのだ。俺はここから出ない。何も変わらない。

 

「そ、そうですか。ありがとうございます。

 こちらも全力で動くので……そうですね、長くても2週間。それで決着を付けるので、その間ここの敷地から出ないでいただけるとありがたいです」

 

「了解です。

 そういえば、直接本庁に出向くんですよね? 事前に電話とかで伝えておかなくて良いんですか?」

 

「重要なことですからね、紙ベースで直接伝えるのが一番確実なんですよ。

 それに、ここだけの話、電話回線はちょっと信頼性が……」

 

 ハヤカワは言葉を濁した。もう少し詳しく聞いてみると、急に顔をこちらにずいと近付けて、「盗聴とかあるので」と教えてくれた。その後滅茶苦茶小さい声で「公安とか……」と言ったのもしっかり聞き取れてしまった。もう何も言うまい。

 だとすると、さっき俺のことを電話で喋っていた親父はホントに大丈夫か……?

 

 話が一段落すると、ハヤカワは一礼してナツキと共に去っていった。オオサワさんも見送りに行ったので、俺はISを纏ったまま取り残される形になった。

 そういえば、適性検査の結果教えてもらえなかったな。どれくらいだったんだろ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 舗装された山道を、銀色のセダンが低速で下っていく。

 窓に映る木々はどれも葉が落ちており、代わりに幾らか雪が乗っているものが目に入る。遠方の木からドサリと雪が落ちた。

 今朝方に除雪が行われたのだろう、路面の端に雪が固められている。今この瞬間も白がちらつく空模様と合わせれば、このセダンに履かせたチェーンは仕事ができると喜びそうだった。

 

 助手席に座る夏樹(ナツキ)は、業務用のラップトップで資料を纏めている。走行中の車内で一点を見つめているのに車酔いを起こさないのは、隣でステアリングを握る速川(ハヤカワ)の技量が故だったが、そんなものがなくても大抵の状況で集中力を発揮できるのは夏樹の才能だった。

 

「夏樹くん、進捗はどうだい」

 

「もう間もなく仕上がります。

 ――大体、今日のは何なんですか。IS一機受け取って帰るだけだと聞いていたのに、こんな厄介事押し付けられるなんて……面倒な仕事を増やすのはいつも男ばかり」

 

 毒づく夏樹を、私もその男に含まれているんだけどねと笑いつつ速川は緩やかにカーブを曲がった。出発してからこのところ、対向車はいない。

 

「気持ちは分かるよ。だが、今回ばかりは仕方ないさ。

 聞けばあの沢村ショウも、今回の件でヘルプに入ったところにああなったそうじゃないか。彼もまた被害者だよ」

 

「関係ないでしょう、面倒事は面倒事です。何より、あの検査結果……」

 

「簡易適性値。S、ねぇ。

 初代人類最強(ブリュンヒルデ)に始まってこれで何人目だったか……何にせよ、これまた随分な怪物を発掘してしまったね」

 

 ははは、と控えめに笑う速川を夏樹は笑い事じゃないでしょうと咎める。

 低予算リース品の宿命(メモリ4GBに廉価版CPU)を背負ったラップトップには、資料に貼り付けられた検査ソフトのスクリーンショットが映っている。

 ソフトは政府が使うだけあって特注品だ。大手企業にそこそこの金を積んだらしいが、しかしUIは簡素なものである。だが寧ろそれで良かったのかも知れない。動かしていても文書作成ソフトよりは動作が軽く感じた。

 


ACCEPTED SIGNAL

LEVEL 1...89%

LEVEL 2...96%

LEVEL 3...100%

LEVEL 4...98%

LEVEL 5...97%

 

Test result

Signal loss avr. : 4%

Estimated class: S


 

 ISの簡易適性値は、何の最適化も行われていない機体を使い、かつ、専用のISスーツを着用していない状態で計測される簡易的なもので、使用する機体やパイロットの健康状態如何によって変動する。しかも操縦技術や試合での強さには然程相関しない。したがって、国際IS委員会の提言やIS発表当時のリファレンスにも記されていることだが、これは正式な結果として扱われるべきでないデータである。しかし、「簡易」という接頭辞を付けてなお、世界的にはパイロット同士の格付け……ひいてはISを動かす才能そのものの指標に使われているのが実情だった。

 

 日本を始め多くの国で政府による適性検査が実施されており、BやAといった高い適正を持つ人間には多くの優遇措置が与えられる。優秀な人材を他国に取られないための方策だ。これがあるので大抵の場合はわざわざ他国の人材に手を出す国はないが、さて、この適正値がSだった場合はどうなるか。

 

「他国からの干渉、所属組織の決定、それと近親者の扱い……。

 一体何悶着あるか考えるだけでも、あぁ嫌だ嫌だ……」

 

「真っ先に口出してくるのは……いつも通りなら、米中辺りかな。噂じゃドイツも何かしてるらしいね。あとフランスもだったかな、次世代機開発計画(イグニッションプラン)でごたついてるって話を聞いたよ。

 ――ま、その辺は外務省マターだ。どうせ向こうがやるさ」

 

 「他がやればいいことまで気にすることないよ、今はね」と速川は目を細める。どうせ気にする羽目になる予感は二人共あったが、今この瞬間は二人目発見の報せをいち早く届けることが優先ということで、一旦忘れることにした。

 

 いつの間にか車は市街地へ入り、山道と比べて道幅も広がった。

 対向車線を通り抜ける大型トラックや、コンビニの前で路駐している乗用車、一仕事終えたのかサイレンを鳴らさずに走行する救急車……窓の外に見える景色はいつものそれだ。朝から碌でもない非日常に巻き込まれている夏樹には、どこか羨ましく感じた。

 

 遂に資料作りが終わり、夏樹はうんざりした様子で顔を少し上に向けると、酷使した目を労るように瞑目する。

 

「終わったかい?」

 

「はい。些か情報が少ない気もしますが、今手元にある分は全てまとめました」

 

「今は質よりスピード重視だからね。内容が足りないって突っつかれても気にしないでくれ、後で私が説明するから」

 

 

 大まかに9年前。ISが社会に浸透するようになったあの頃から、日本では重要な役職に女性を就かせる動きが急激に強まった。以前からも男女共同参画という単語の下に色々な施策が進められていながらも、目立った成果に欠ける現状に、IS旋風とでも呼ぶべきその動きへの関心が高まっていた。

 しかし、それはあまりにも急過ぎた。

 事実上、既得権益に縋る一部の男社会と、男社会の全てを根こそぎ奪いつくさんとする急進的な女性勢力による代理戦争の場と化したIS旋風は、そういったしがらみの薄い若手の活躍に影を落とす。

 

 言いなりの女性を登用することで「女性の活躍を推進している」というポーズを取る者、徹底的に男を排斥しつつ、やはり言う事を聞く女性だけを集めて派閥を形成する者……そういった歪みの影響を、夏樹も受けていた。

 現状維持を望み、「活躍したくば従え」と恭順を求める上層部の男に逆らい、かと言って同僚を纏めてお山の大将気取りだったお局にも従えず、嫌がらせのように押し付けられる面倒事を捌き続けた果てに配属されたのが今の部署である。

 内閣府の、それもISに関わる部署と言われば聞こえは良いが、実際の所は責任が大きい割に雑用だらけの左遷そのものだった。

 

 そこで夏樹が出会った上司が速川だ。

 仕事は基本的になあなあで、他部署との折衝でも頭を下げてばかり。はっきり言って情けない男だと始めは思ったが、自分にだけ面倒事を押し付けてこないという点だけは他の人間との明確な差異だった。これが他の人間だったなら、今日グランゼーラに向かわされているのは夏樹一人だっただろう。

 

「夏樹くん、持ってきた特殊ケースって空だよね?」

 

「ええ、持ち帰るはずのISがキャンセルになりましたからね……誰かのせいで」

 

 再び毒づく夏樹を横目に苦笑いしつつ、速川は出来上がった資料のコピーをそのケースに入れるように指示した。ついでに、もう一つある予備のケースにPC本体を仕舞わせる。

 

 特殊ケースというのは、待機状態のISを格納するために作られたアタッシュケースの一種だ。生体認証によるロック機構を始め、ISコアが放つ固有の波動に対して遮断と増幅の両方を行える機能など、普通の鞄のような外見に反して無数のテクノロジーが組み込まれている。

 ISは、エネルギー消費を抑えるために手のひらよりも小さい大きさの待機状態に姿を変えることが可能だ。持ち運びにも優れるこの形態は、大抵の小物がそうであるように紛失のリスクがある。そのため、この特徴ケースに保管して移動するのが政府側で昨日決まった規則だった。

 もちろんグランゼーラはこのことを知らない。たまたま今回使わずに済んだから何も起こらなかっただけである。

 

 夏樹は業務用のUSBメモリに資料のコピーを取ると、足元に置いていた特殊ケースにそれを収める。それから取手の部分に左手の薬指を押し当てると、カチカチと音を立ててケースが施錠された。今、これを開けられるのは夏樹か速川の二人だけである。

 

 気付けば、周囲の交通量が増えてきた。歩道を歩く歩行者もそれなりにいる。目の前を過ぎていく案内標識を見ると、行き先は最寄りのインターチェンジ……ではなく、駅だった。

 寄り道をしている暇なんて無いだろう……夏樹が口を開こうとするのに被せて速川が「時に夏樹くん」と言った。

 

「夏樹くんって車は運転出来たっけ?」

 

「出来ますけど」

 

 ちゃんとマニュアルの持ってますけどという夏樹の返事に、それは良かったと明るい声の速川は、駅の手前で路駐した。

 

「ここからは二手に分かれよう」

 

「え?」

 

 速川の提案は単純なものだ。一刻も早く()()()の情報を持ち帰らねばならない今、このまま車一台に固まっていては、渋滞などで動けなくなる等のリスクには対応できない。そこで、二人のどちらか一方が鉄道を使うことで、それを分散させようというものだった。

 その上で、速川は鉄道を使う側に名乗りを上げる。

 

「車を使えば良いものをわざわざ新幹線に乗るからさ、交通費が経費で落ちるか怪しいんだよね。

 ……夏樹くん、経理とやり合うのは苦手でしょ?」

 

 なるほど、面倒嫌いの自分のことをよく分かっていると夏樹は感嘆する。これでは自分が車を使うしか無いではないか。

 ここから東京までの冬道を車で移動する。少なからず渋滞には巻き込まれるだろう。それと交渉の余地があるかも分からない経理とのやり取り……どちらも面倒事には違いないが、夏樹にとって楽なのは車の運転だ。

 

 渋々承諾した夏樹を尻目に、じゃあそういうことでと速川はケースの一方を持って車を降りた。車内に一人残された夏樹は、残りのケースを助手席に置くと、ハンドルを握って大きくため息をつく。

 

「はぁ、これだから面倒は嫌いなんだ」

 

 


 

 

「来たぜ、親父。……待たせたか?」

 

「いや、それほどでもない」

 

 速川たちが帰った後、しばらくしてショウはコウスケに呼び出された。

 場所は工作棟の隣りにある格納庫。実験用のISや、ショウの携わる軌道上向けパワードスーツ開発プロジェクト「OF計画」の機体が置かれている。

 

 作業着二人の前に鎮座するのは、ショウがテストパイロットを務める機体「OFX-2 VALKYRIE(ワルキュリア)」だ。単体で地上と衛星軌道とを往復できるだけの性能が詰め込まれたこの機体には、超高出力スラスターや独自の慣性制御機構、低温稼働の核融合炉と光学ハニカム式の保護膜、そしてそれらの中核たるオシレーターなど、グランゼーラが保有する技術の粋が詰め込まれている。

 

 ショウがこの機体と出会ってから約3年。少しずつ改良を重ねてはいるが、外見はそれほど変わっていない。過ごした時間は決して長くないが、ショウにとっては、その間の苦楽を共にした友人のような存在だ。

 

 二人は顔を見合わせること無く、揃ってワルキュリアを見上げながら本題に入る。

 

「――()()の決定が来た」

 

「財団……また財団かよ。2年前、あのUFOモドキの残骸を拾わせたのもそうだが、一体何なんだよそれ」

 

 ()()という名の組織について、ショウはその殆どのことを知らない。グランゼーラの上位団体とも、最大手のスポンサーとも聞いたことはあったが、誰に聞いても詳しいことは分からなかった。

 不定期にショウの仕事内容に干渉してくることがあるので、ショウは不確定要因たる財団に対してあまり良い印象を持ってはいない。しかし、このOF計画が財団の始めたものであると父に聞かされてからは、ずっと複雑な心境のままだ。

 何せ、OF計画がなければショウはワルキュリアと出会えていない。

 

 ショウの問いをコウスケは「いずれ分かる」「或いは直接接触があるだろう」とはぐらかして、本題に進んだ。

 

「それで、決定内容だが、お前の身柄を財団で預かるらしい」

 

「え? 俺さっき役人に2週間ここから出るなって言われたんだが、不味くねえか?」

 

「そこは問題ない。身柄を預かると言っても、場所ではなく所属の問題だ。

 今までと変わらずグランゼーラのテストパイロットを続ければそれでいい」

 

 一体何が変わるんだと混乱気味のショウにコウスケが説明したのは、今後の情勢だ。

 

 役人二人が本部に情報を持ち帰れば、2人目の存在は全世界の知るところとなるだろう。そうなれば待っているのは、その争奪戦。

 人類最強(ブリュンヒルデ)の弟ということもありガードの硬そうな1人目と比べれば、ショウが狙い目と考えられるのは必然。『1人目のスペア』として良からぬことを考える者も現れるだろう。

 

 財団は、そんなショウの後ろ盾となり、今後のパイロットとしての活動を保証する……それがコウスケの言う『財団の決定』だった。

 

「まあ、疑っても仕方ねえし有り難く思っとくかな」

 

「それがいい。

 それと、お前が反応させたあのコアだが……ワルキュリアに積むようにとも言われた」

 

「はぁっ!?」

 

 ショウが驚くのも当然のことで、ワルキュリアはISではない。ISとは別口のパワードスーツに、急にコアを積み込んで問題は無いのかと訝しむショウに、やはりコウスケは問題ないと返す。

 

「そりゃあ、親父が大丈夫ってんなら大丈夫なんだろうけどさ……何時までコイツを使い続ける気なんだ?

 ――次世代機、四菱の方の量産ラインが出来上がったって聞いたが」

 

「OF-3のロールアウトまでの繋ぎということらしい」

 

「てことはOF-3も?」

 

「当然、お前のISとして運用することになる」

 

 滅茶苦茶だなとショウは辟易した。

 

 OF-3というのは、OF計画におけるワルキュリアの次世代機だ。ショウとワルキュリアの、3年間の試験運用によって得られたデータを元に、四菱重工を始めとした幾つかの企業と連携しての量産が秘密裏に進められている。

 テストパイロットであるショウは、ロールアウトと同時にワルキュリアから乗り換えて、今度はOF-3の試験運用を行うことになる。前々から決められていたことではあった。

 

 OF-3はISとしても運用できる多機能フレームになる……そんな噂を、ショウは耳にしたことはあった。しかし、己がISを使えるなどとは夢にも思っていなかった当時のショウは、ISとして運用するにしても別のパイロットがやるのだろう、と勝手に解釈していた。

 

「……コアの積み込み作業はいつからだ?」

 

「人員が揃い次第といったところだが、恐らくは明日にでも」

 

「なら、それまでワルキュリアの中に居ても良いか? ISじゃないコイツにお別れがしたい」

 

「ああ、好きにしてくれ。

 ……壊すなよ?」

 

「壊さねえよ……」

 

 ショウがワルキュリアの胸元に触れると、前面の装甲の一部が消失する。そこから内部へ乗り込むと、装甲が復活し、顔面に取り付けられた紫色のラウンドバイザーに光が灯る。

 

『親父、他に連絡事項はあるか?』

 

 格納庫の壁面に取り付けられたスピーカーからショウの声がした。衛星軌道での活動を想定して作られたワルキュリアにスピーカーは付いていないため、パイロットの声を届けるには外部のスピーカーを遠隔操作しなければならないからだ。

 

「いや、ない。

 適当なところで切り上げて今日は休んでくれ。明日から忙しくなるぞ」

 

『悪い、面倒事起こしちまって……』

 

「気にするな、お前だけの問題でもないんだからな」

 

 コウスケはそう言い残すと、格納庫の外へスタスタと歩き去った。バンバンというリレーの作動音の後、格納庫の明かりが順番に消える。

 あとに残ったのはまるで誰もいないような無人の暗がりだが、ワルキュリアの顔に灯った光が、ショウの存在を確かに主張していた。

 

「……気後れするよ、全く。

 暫しの別れだワルキュリア、それまで少し遊ぼうぜ」

 

 ショウはワルキュリアのインターフェースを操作して、仮想訓練プログラム「IMAGE FIGHT」を起動した。

 

 

 

 

 


 

こんかいのまとめ

 

 

・沢村ショウ

 

 なんかS適正だった人。でも本人はそのことを知らない。

 ISに乗るとコミュ力が急上昇する。普段はシミュレーターに引き籠もるのでコミュ障。

 近い内に機体を乗り換えるのが決まっているので寂しい。

 

・沢村コウスケ

 

 得意先なら良いやと機密情報をベラベラ喋っちゃうと思われている人。

 実際スゴイ特殊回線により盗聴の心配は一切無い、良いね?

 

・速川

 

 恐らく苦労人。さり気なく公安をディスる(真偽不明)ことで信頼をGET。今の状態をちょっとだけ楽しんでいる。道中の駅弁に舌鼓を打ちつつ、夏樹より先に本部へ帰還することに成功。

 新幹線代は経費で落ちた。

 

・夏樹

 

 苦労人なのは確定的に明らか。新進気鋭の若手だったが、有能過ぎてハブられ左遷。現在は速川の部下として働く。

 急にド級の厄介事を押し付けられてブチギレ中。私は面倒が嫌いなんだ。

 

 

 




 原作で日本が女尊男卑になっているというのは語られていることではありますが、省庁レベルだとどうなっているのかは無かった気がするので書いてみた次第。
個人的には、いきなり「女の方が偉い!」となってもすぐに変わることは無いと思います。既得権益は誰でも惜しいですからね。

 簡易適性周りの設定は思いっきり捏造しています。AとA+の違いとか、原作見てもよく分からなかったんだもの……。
今回はシンプルにアルファベット一文字で等級付けしてみました。

 再びのワルキュリア登場でしたが、実はもう次世代機のロールアウトを控え引退まで秒読みといった状態です。次に活躍するときはISとしての登場となりますので、暫しお待ちを。

機体の説明とかいる……?

  • 絶対欲しい!
  • あったらうれしい
  • うむっ、緊急連絡だ。
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