Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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結んで、結んで、結んで、結んで、開けない。


25 響く銀音、研磨の徴

 週明け。月曜日というやつは、地球上の万人に対して平等に訪れる。

 いつまでも週末に微睡んでいたいと望もうが、地球の自転速度に反して西向きに全力逃走しようが、いつかは日付変更線に追い付かれてゲームオーバー。

 人生は強制スクロールだ。待ってくれない。

 

 一夏もそんな月曜日の憂鬱を少なからず背負いながら教室へやってきた。幸いにして出すべき課題は既に提出まで終えているし、予習も十分。黙って座っていればホームルームと授業が勝手に始まる、心安らかな時間である。

 

 教室前方の自動ドアが開くのに合わせて、中の様子が視界に飛び込んでくる。

 周囲は静かだ。まだまだ登校時間のピークには遠く、恐らく誰も中にはいないと勝手に思いながら教室に足を踏み入れると――誰よりも早く最後列の席に佇むショウの姿が。

 たった今、一夏は心安らかではなくなった。

 

 そも、一夏は土日の間ショウと会っていない。

 2日がかりで出張があるとは聞いていたし、日曜は自分も訓練で忙しかったから、たまたま顔を見ていないだけ。月曜になればどうせ教室にいるだろうし、その時に新しい専用機のことを聞いてやろう……そう、思っていた。

 

 今のショウはどうだろう。どこまでも陰鬱な表情で固まった顔を伏せながら、机の上で何かを必死に書き込んでいる。ぴん、と跳ね上げられるように捲られた紙のお陰で、机の上にあるのがスケッチブックであると分かった。

 

「おう、おはよう。ショウ……何してんの?」

 

 自分の机に勉強道具入りの鞄を置いた一夏は、最後列まで歩いてきた。

 

 横からスケッチブックを覗き込んでみるも、それが何を意味するのかまるで分からなかった。

 点と点を線で結ぶ。たったそれだけのことのはずなのに、上書きに上書きを重ねているせいで紙が黒ずんで全体が読めない。

 その子供の落書きのような外観とは裏腹に、引かれている線の一本一本は正確に真っ直ぐで、プリンターに印刷した紙を何度も突っ込んで印刷し直したらこうなるだろうか。

 

「随分焦ってるみたいだけど……もしかして課題が終わってねえから追い込みとか?」

 

 まさか、ショウに限ってそんなことねえよな……。一夏が苦笑交じりに呟くと、ようやくその存在に気付いたのか、ショウは怯えるようにビクリと振り向いた。その目には疲れが浮かんでいる。

 

「ぁ……なんだよ、イチカか。おはよう」

 

「おう、それで、何書いてんだ? それ……何かの芸術?」

 

「なに、ちょっとした問題解決ってやつだよ。コイツはそのための……まあ、グラフだな」

 

「グラフって、関数とか書くやつ……? てか、何の問題だよ、この前の出張で何かあったのか?」

 

「点と点を線で結んだらグラフなんだよ、グラフ理論とか調べてみると色んなことに使われてて面白いぜ。インターネットとかな」

 

 ペラリと白紙をめくって、「クライアント端末」、「ルーター」、「サーバー」と名前をつけた点をサラリと線で結んでみせたショウは、これがインターネットの基本形ってやつ、と呟いた。

 それから、机に備え付けられた空中ディスプレイを操作して、1枚の写真を表示した。ほかでもないショウの新型機、OF-3のものだ。

 

「何だこのロボット――じゃねえ、コイツがショウの専用機か! もう乗ったのか?」

 

「ああ、OF-3って名前が付いてる。でもって軽く乗ってみたんだが……問題ってのは、コイツの調整でさ。ワルキュリアのこと、覚えてるか?」

 

「ああ、すっげえ強かった。新しい機体なんだし、こっちの方が強いんじゃないのか?」

 

「……スペック上は、な。ただ、思った通りに動かせる制御パラメータが見つからないんだよ。それがないと、ワルキュリアのときみたいに飛べない。俺は俺に辿り着けないんだ」

 

 今なら簡単に勝負が付いちまうな、とショウがスケッチブックに向き直る一瞬。その短い時間だけ見えた彼の目に、一夏は自分の背筋が勝手に冷えるのを感じた。

 

「そ、そっか……大変そうだな。

 てか、大変と言えば、おととい地震があったけど大丈夫だったか? 出張先がどこか知らねえけど」

 

「……ん? ああ、まあ大丈夫だったぞ。近くだったけど、()()()()()()()()()

 

「そっか、そりゃ良かった。なんでも、うちの生徒会長がその場に居合わせたらしくてさ、ISで救助したって昨夜のニュースで」

 

 一夏は自分のスマートフォンを取り出すと、ニュースサイトの記事を調べてショウに見せた。

 「トンネル崩落と奇跡の救助劇!」と題された記事では、学園の生徒会長が死者ゼロを達成した当時のことをインタビュー形式で語っていた。取材から公開まで時間が無かったのか、記事の大半はそのインタビューが占めていて、記者の書いた内容は少ない。

 

「カッケぇよなあ、人柄も優しそうだし、俺もあんな感じで人助けとかしてみてえよ」

 

「『神は天にいまし、全て世は事もなし』だぞ。何も起きないのが一番さ」

 

「そりゃあまあ、そうだな……でも、会ってみたいな、この楯無って人」

 

「――朝から一体、どなたの話題ですの? お二方」

 

 ショウとその机の横に立つ一夏の間へ、セシリアがぬっと割り込んで荷物を置いた。香水だろうか、一夏の鼻先にふわりと良い香りが触れた。

 セシリアの机のはショウの一つ前だった。

 

「おはよう、セシリア。今日は早いな?」

 

「おはようございます、一夏さん。それとミスター・ショウも。

 ……今朝は何故だか早起きしてしまいまして、その分支度も早く済みましたのでこちらに」

 

「ああ、おはよう……セシリア、今朝は一人で来たんだよな?」

 

「ええ。ルームメイトはまだ寝ていらしたので、そのまま……なにか気になりまして?」

 

「……いや、気にしないでくれ」

 

 それで、一体何のお話でしたの……? セシリアが改めて尋ねると、一夏が会話のあらましを答えた。

 始めは興味津々といった様子で目を輝かせていたのが、ショウの機体の調整が上手くいっていないと聞いてからは露骨に表情が陰った。

 

 彼女がショウと戦うのを楽しみにしていたのを知っている一夏は、もしや誰よりも早くショウに試合の約束を取り付けるためにわざわざ早起きしたんじゃなかろうかと、無意識に訝しげな目をしてしまう。早起きしたと言う割に、セシリアの目が少し眠たげに見えたからだ。

 

「あらあら、それは残念ですこと」

 

 ――じろり。

 「余計なこと言うな」とでも言いたげな、()()()()()()笑みでセシリアは一夏の視線を出迎えた。

 朝の日差しに左耳のイヤーカフスがキラリと揺れる。

 

(こ、怖え……でも、ホントに楽しみだったんだなセシリア)

 

 先程とは別のベクトルで背筋を震わせる一夏が、視線を教室前方へ逃がすと、他のクラスメイトが続々と登校してきているのが見えた。

 それに混じって箒の姿を認めた一夏は、これ幸いと別れを切り出した。

 

「人も増えてきたし、俺そろそろ席に戻るわ。調整だかパラメータ探しだか分かんねえけど、上手くいくといいな。じゃあ、また後で……」

 

「ああ、気にかけてくれてありがとうな」

 

 

 

 

「おはよー、織斑くん。ねね、転校生のウワサって聞いた?」

 

 朝練終わりの箒と二言三言言葉を交わした一夏は、自席に戻って早々クラスメイトに話しかけられた。クラスメイトの大半には少しばかりの苦手意識がある一夏だが、それはおくびにも出さないで挨拶を返した。

 

「この時期に転校生ってヘンじゃないか? 絶妙に遅いっていうか、だったら最初から入学した方が楽だったんじゃないかっていうか……」

 

 教本のついでに覚えてしまった学園の規則を一夏は思い出す。ここIS学園への転入には厳しいルールがあるのだ。

 そもそも原則として国家の推薦が必須で、転入試験も入学試験とは比にならない難易度なのだという。学期始めから今日で3週間目、もう少し早く事を進めていれば面倒が少なくなるのは、試験を受けずに入学させられてしまった一夏でも分かることだった。

 

「詳しいことは分かんないけど、中国の代表候補生だってさ」

 

「わお、お隣さん」

 

 中国といえば――。一夏の脳裏に中学時代のことが浮かび上がる。

 2年生の途中で帰国した、中国人の幼馴染。彼女の父が営む中華料理屋の料理が好きだったのを覚えている。彼女も料理が上手くて、男友だちと一時期色々とバカをやったものだ。あれから2年、全く音沙汰が無いが、アイツは元気だろうか。

 

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら。このイギリス代表候補生セシリア・オルコットのことを……!」

 

 一夏が振り向くと、ずいと立ち上がったセシリアが腰に手を当てて――無駄に様になっている――こちらを向いていた。実によく通る声だ、教室の最前と最後列を挟んでもハッキリ聞こえた。

 

「聞いた限り、このクラスに転入してくるわけでもないのだろう? 騒ぐほどのことでもないと思うが」

 

 更に振り向くと、ついさっき窓際席で行儀良く座っていたはずの箒が真後ろにぬっと立っていた。流石に心臓に悪かった。

 不機嫌そうにしているように見えることの多い彼女だが、何だかんだで新鮮なウワサを知ることができる立場にはあるらしい。幼馴染の交友関係の広がりに、何だか一夏は安堵している。

 

「しかし、代表候補か。強えんだろうなあ……」

 

「気になるのか? もうすぐクラス対抗戦があるんだ、そんなヒマ無いだろうに」

 

「そうですわよ、箒さんも今日の放課後は一緒に特訓なんですから」

 

 セシリアの紹介で、彼女の先輩にISの基礎訓練をしてもらえることになっている。代表候補の彼女をして「操縦技術は自分よりも上」と言うのだから相当だろう。

 

 それはそれとしても、一夏とて男である。ツワモノの話題が出れば気にせざるを得ない。

 昨夜のニュースに出ていた生徒会長はロシアの国家代表らしい。セシリアと例の転校生は代表候補、山田先生のように今は称号が無いながらも実力のあるパイロットがいて、そして何故かそれに食らいついていたショウ……実力のランク付けがどういう順番になろうと、自分はそれらの最下層、ゾウに踏まれるアリであると一夏は思う。

 

「とにかく頑張ってね」

 

「フリーパスが掛かってるし、織斑くんには勝ってもらわないと……」

 

「まっ、今のところ専用機持ちのクラス代表はここと4組だけだから、バランスは大丈夫だと思うけどね」

 

 やいのやいのと好き勝手に盛り上がるクラスメイト達の気概を削ぐわけにもいかないので、一夏は「おう」とだけ返事してお茶を濁した。

 なんでも、自分が対抗戦で勝つと学食のデザート半年フリーパスが手に入るらしい。つまり、最終的に彼女らが望んでいるのは自分の勝利ではなく……。一夏は複雑な気分になった。

 

「――その情報、古いよ」

 

 教室の入口の方から溌剌(ハツラツ)とした女子の声がする。どこかで聞き覚えのあるそれに、一夏はハッと顔を向けた。

 

「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。簡単に優勝できるなんて思わないでよね」

 

 一人の女子が腕を組みながらドアにもたれ掛かっている。その顔、背丈、間違い無い。彼女は――。

 

(りん)……? お前、鈴だよな」

 

「そ。中国代表候補生、凰 鈴音(ファン リンイン)。今日は宣戦布告に来てやったわ」

 

「そ、そっかぁ……マジで久し振りだな。てか、なにカッコつけてんだよ、すげえ似合ってねえぞ」

 

「んなっ!? 再会して早々になんてこと言うのよアンタ!」

 

「だってお前、そんなことするキャラじゃなかっただろ――あっ」

 

 ニカっと八重歯を覗かせて不敵に笑みを浮かべていた表情が一転、驚きに染まる。あの頃と変わらない、賑やかな娘だ。

 だが、談笑を続けようとしたところで、一夏はこの()()()()な娘の背景が黒色に変わったことに気付いてしまう。

 

「――おい」

 

「ナニよ人がせっかく話してるときに――ひょわぁっ!?」

 

 すとん、と黒色のスーツに身を包んだ千冬のチョップが鈴音の頭部に突き刺さった。悲鳴を上げる余裕がある辺り、威力は控えめのようだ。

 

「これからホームルームだ、さっさと教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

「今は織斑先生と呼べ、あと入り口を塞ぐな、邪魔だ」

 

「す、すみません……」

 

 消え入りそうな声を上げながら、鈴音は素早くその場から離れる。その動きの速いこと、残像が見えるほどだった。

 

(思えば中学時代もコイツは千冬姉のことをやたらと苦手にしてたっけ……いやまあ怖いけど)

 

 懐かしい顔に出会うと勝手に昔の記憶が溢れてくるのは箒のときも同じだった。しみじみ思う一夏に向かって、鈴音の捨てゼリフ。

 

「まっ、また後で来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

 

 鈴音が去ると、何事もなかったかのように千冬の合図でホームルームが始まる。副担任の真耶は授業まで現れなかった。

 

(あれ、やって来たのは向こうだよな。なんで俺が逃げる側なんだ……?)

 

 


 

 

 食堂で改めて旧交を温めた一夏と鈴音に、お前らどういう関係だと割り込んでいった箒という三者による波乱の昼休憩から3時間ほど。午後のホームルームも終わった放課後の第5アリーナには4機のISが佇んでいる。

 

「改めて紹介しますわね、わたくしと同じイギリス代表候補生で先輩の、ミス・サラ・ウェルキンですわ」

 

 ブルー・ティアーズを纏ったセシリアが横にいる女性を手で示すと、彼女は一礼した。セシリアのものよりも少し赤みがかった金髪に、緑色の瞳が特徴のイギリス人。

 日本人の一夏と箒には西洋人の区別を付けられるほどの経験は無いが、セシリアと並べてイギリス人同士似ていると言われれば、確かにそうだと頷いてしまうような同じ雰囲気を漂わせている。

 

「はじめまして、ご紹介に預かりましたサラ・ウェルキンです。人類最強(ブリュンヒルデ)の弟くんとドクター・タバネの妹さんに操縦を教えるなんて私に務まるか分からないけれど、とにかく今日はよろしくね」

 

 一夏と箒のそれぞれに手を差し伸べて握手をしたサラが纏うのはラファール・リヴァイヴ。

 彼女自身は本格的には動かないつもりなのか、装甲の間からはISスーツではなく学園の制服が覗いている。胸元には2年生の証である黄色いリボンが輝いていた。

 

「ええと、今日はよろしくお願いします、サラ……さん?」

 

「セシリアと同じように呼び捨てで良いわ、箒さんもそれで」

 

「ああ、私もよろしく頼む」

 

 簡単な自己紹介を終えて、すぐに基礎訓練が始まった。

 基本的にはサラが2人を教え、その横でセシリアは自分の訓練をしつつ全体を監督する取り決めだ。何せ、セシリア自身の基本的な操縦技術もサラに教わったものであるため、割り込む隙がそもそも無いのだ。

 

 

 事の始まりは、ショウが出張でいない土曜の昼下がりだった。

 入学早々に「一夏のISの操縦は私が教える」と豪語していた箒だったが、悲しいかな、箒には「ISの生みの親の妹」として仕方無く身に着けた知識くらいしかない。

 「こんなテクニックがあるぞ」と紹介することは出来ても、いざ自分がやってみせようとすることは出来なかった。それをするだけの操縦経験が無かったからだ。

 ある種の頭でっかちとでも言うべき状況である。

 

 一夏に近付いてきた上級生の前でも啖呵を切ってしまった手前、「やっぱり自分には無理」などとは言えず、しかし教えられる程の実力もない。そんな、理想と現実の板挟みになってしまった箒の前に現れたのがセシリアだった。

 

 セシリアは色恋沙汰の経験こそ薄かったが、箒が一夏に想いを寄せていることを何となく理解していた。一方のセシリア本人はそんなことより試合を楽しみたいと考えていたため、一夏と箒が一緒にいることそのものを問題視していなかった。

 しかし、この状態が続けば一夏の成長が阻害されかねない。かと言って、無理に2人を切り離してしまえば今後の友好関係の構築に差し障る。さらに、セシリア自身も訓練をしなければならず、2人まとめて自分が教えるというのも無理があった。

 

 そこでセシリアは、自身の師にして先輩であるサラに目をつけた。

 セシリアよりも高い、優秀な操縦技能を持ちながら、イギリスの主要なIS開発計画に必要なBT適性が欠けているために専用機を与えられていない女。

 良く言えば「普通に凄い」、そうでなければ「パッとしない」……そんな彼女は、このまま何の功績も上げられなければ、どこまで言っても代表候補止まりだろうとセシリアは予想していた。

 別にサラを憐れむつもりは一切無い。単に、彼女が欲しがりそうなものが目に入っただけのこと。

 

 ――サラ、貴女の技術を見込んで、一つ取引をしませんこと?

 

 一夏と箒。どちらもISの歴史におけるビッグネームたちの近親者である。そんな2人の師として活躍出来たのなら、それは相当以上の功績であろうことは間違い無い。

 セシリア自身にも功績を積んでおきたい理由はあったが、「一夏を強くする」という目的を考えれば、適材適所……より一夏の成長に寄与し得る人材を充てるべきだと考えた。

 何より、サラは同じイギリスの人間だから他国に先を越される心配もない。己の上役たるエリックたちを黙らせるには十分な口実だった。

 

 ――そうは言ったって、結局は「自分で教えるのが面倒くさい」というのが隠せてないわよ、セシリア。

 

 ――しかし、貴女の求めるチャンスであることに変わりはないはず。あの2人との繋がりを強くする好機ですわ。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?

 

 斯くしてセシリアは狡猾に、己の師を焚き付けた。

 

 

「一夏さん、いきなり加速しすぎ! 箒さんは旋回操作をもう2秒早く!」

 

「そうは言われても――うわぁッ?!」

 

「思いの外早い出番ですこと……!」

 

 まずは飛び方から、ということでアリーナ外周を周回し続ける2名。楕円形の急カーブで曲がり損ねた箒のIS「打鉄」を、セシリアが飛び込んでふわりと受け止める。

 

「すまない、セシリア……」

 

「お気になさらず。誘ったのはわたくしですから」

 

「そう言ってもらえると気が楽だが……やはり、適性値が足りんか」

 

「まだ適性値が関わる領域ではありませんことよ、箒さん。それに、適性が低くても世界大会(モンドグロッソ)に出たパイロットだっているでしょう?」

 

 箒の適性値はCである。

 お世辞にも高いと言えたものではなく、ISの発明者の妹としてアレコレ言われる中にも、「彼女の妹なのにその程度?」というのは含まれていた。勝手に姉と比べられて劣っていると言われるのだから、当然良い気はしない。

 一方で一夏の適性値はBで、「数は少なくないが、そこそこ良い」というのが世間一般の評価である。数年ぶりに再会した一夏の近くにいたいと考える箒にとって、一夏よりも劣っていて、しかも絶対的に才能が足りないというのは重大なコンプレックスだった。

 

 そんな箒にセシリアは、まだ才能を気にする段階ではないと囁く。そういうのは基本を固めて、限界を突き詰めるようになってから関わってくるものでしょう、と。

 実際にそれは正しい。一流のレーサーだって、最初はシフト操作すら覚束ない瞬間があったのだから。

 努力と才能の果てに剣道の全国1位を達成した箒にも思うところがあったのか、頷いてすぐに練習へ戻っていった。

 

 なお、こんな説教をしてみせたセシリアの適性値は上澄みのA以上である。

 

 

 

 

 内容は進んで近接戦闘の訓練へ。

 時間は有限なので、近接と射撃のどちらを優先するかサラが聞いたところ、クラス対抗戦を控えた一夏を鍛えようという話でまとまった。

 

 一夏は自前の「《雪片弐型(ユキヒラニガタ)》」、サラと箒は借り物の実体ブレード「葵」、セシリアはレーザー式のショートブレード「インターセプター」をそれぞれ構えて、訓練が始まった。

 監督役のセシリアまで参加しているのは、サラの「セシリアだって近接ヘタクソでしょ」というツッコミが故である。もちろんセシリア自身も近接戦闘の特訓は望むところだったので、嫌な顔一つせずに従った。

 

「……そこっ!」

 

「――いいや追えるぞ!」

 

「やるな、一夏ぁっ!」

 

 ぎぃぃん、という金属音が響く。箒の渾身の面打ちを、一夏が丁度受け止めたのだ。

 一撃当てたら交代という条件で、サラ以外の3名は一対一の打ち合いを続けている。

 しかし、代表決定戦前までに行った箒の特訓により、剣道の感覚を幾分か取り戻した一夏と箒の試合は中々決着が付かない。

 そんな2人をヒマそうに眺めるセシリアに、サラが不思議そうに尋ねた。

 

「ねえ、セシリア。あの2人の太刀筋……似てるというか素人らしくないんだけど、なにか剣術の経験でもあるの?」

 

剣道(KENDO)をしていたそうですわよ、2人とも同門だとか」

 

「納得ね、なら暫くあのまま打ち合わせておきましょう。生身で慣れた動きがISでどうなるか学ぶ機会になるし……その間に私達も始めましょうか」

 

「久し振りですわね、貴女に教わるのは」

 

「BT計画のために射撃練習ばかりしていたんでしょう、どれだけ下手になったか見てあげる――ッ!」

 

 日本刀の形で作られた(アオイ)を、まるで片手剣のように軽々振るいながら間合いを詰めるサラの一撃を、セシリアが間一髪で逸らした。

 

(重い……!?)

 

「先にベクトル分解の復習が必要かしら? 逸らすならもっと角度を見極めて合わせなさい」

 

「そうは、言っても……!」

 

 返す刀で繰り出されたセシリアの突きを、サラは刀の側面でいなして、そのまま密着するように肉薄する。ブレードを抑え込まれたセシリアは、そこから剣を振るうことが出来ない。

 

「いい? 貴女の剣は短いけど、だからといって間合いを詰めたら当たるなんて思ってはダメよ。こうやって拘束できるんだからね」

 

「そうなったら、ティアーズで追い払いますわ……!」

 

「じゃあ、そのティアーズが残らず壊れていたら? 見たわよ、一夏さんとの試合。まんまと全部切り捨てられてたじゃないの」

 

「耳が痛いですわね。なら、貴女ならどうされますの?」

 

「例えば――これとか」

 

――がぅッ!?

 

 がちんっ。

 突然青白い閃光とともにセシリアの身体が後方へと弾き飛ばされて、気付けばサラとの距離が数十m離れている。口腔内にほんのり残る痛みが、直前に頭の中で響いた音が自分の顎が無理やり閉じられて打ち合わされた歯の音だったと教えていた。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)……」

 

「別にこれである必要はないのよ。ただ、呑気に鍔迫り合いに夢中になってる相手には急加速で突き飛ばすのが手ってだけで」

 

「……()()()なご指導、痛み入ります」

 

「狙う角度が何度とか、前から数字にこだわり過ぎるきらいがあったわね。もう少し感覚を研ぎ澄ませて。

 考えるのって、思ったより遅いわよ」

 

 その後も指導は続き、アリーナには息も絶え絶えで膝を突いた1年生と、疲労の色が一切無い様子で立つサラの姿があった。

 

「なんつーか、すっげえヘビー……ここまでやられたの道場以来かも」

 

「剣道でそれなりに体力は鍛えたつもりだったが、面目ないな……」

 

「生身とISでは体力の使い方も違うからね、慣れない内は仕方のないことだし、あと20時間も乗れば変わるかも」

 

「に、20……」

 

「とにかく、アリーナの使用時間が無くなるから今日はここまで。次回以降のスケジューリングも貴女がやってくれるんでしょう? セシリア」

 

「え? ええ……わたくしの企画ですもの。安心して任せてくださいましっ!」

 

 無理やり立ち上がって、腰に手を当てるお嬢様ポーズをとるセシリア。疲れ程度ではプライドは揺らがないようだった。

 

 


 

 

「――そういや、大丈夫だったか箒?」

 

「む、大丈夫とは何のことだ?」

 

「いやほら、飛んでる時にコース外れてたろ? セシリアが受け止めてたけど、俺は助けに行けなかったし」

 

「不慣れなところを突かれただけだ、人の失敗を一々蒸し返すなたわけ。そんなことよりお前はどうなんだ、練習中に他のことを考えていただろう。ときどき太刀筋が鈍かったぞ」

 

「剣のことじゃ箒には隠し事出来ないなあ……。なんていうか、本当ならあの場にショウも一緒にいたんだろうなって思っちまってさ」

 

「随分とご執心のようだが、そんなにあの男が気に入っているのか?」

 

「だってほら、今のところこの世で2人しかいない同類だろ? 連帯感みたいなのは湧くよ。

 なんだよ箒、もしかしてヤキモチか――グワーッ!

 

「やかましいわ」

 

「痛でででで……。

 ――俺さ、専用機って貰ったら嬉しいもんだと思ってたんだよ。でもショウってそういう喜び方してねえし、なんだか滅茶苦茶忙しそうだし、元気もねえし……企業所属って大変なんだろうなあ」

 

「他人の心配をする前に自分の心配をしたらどうだ。お前の白式だって倉持技研(きぎょう)の機体だろうに、急に何か言われてもおかしくないと思わんのか」

 

「……そりゃあまあ、そうだな」

 

 


 

 

こんかいのまとめ

 

 

 

・一夏

 

 早速もらった新機体に喜んでるだろうと話しかけたショウは疲れ気味で心配。あとちょっと怖い。

 セカンド幼馴染こと鈴との再会が嬉しい。昼休みに操縦を教える申し出を彼女から受けたが、クラス対抗戦の相手ということでその後までは断ることに。代表候補の彼女は、きっと強い。

 現在は箒と一緒に基礎訓練中。

 

 

・箒

 

 一夏が好きなこと、バレてますよ。

 セシリアには一夏と一緒にいると彼のためにならないと思われているが、2人で強くなればマイ・ペンライ。環境は揃ったので言い訳無用の修行ラッシュ開始。

 ちなみに学校での交友関係はそこそこ広がりつつある。ネームバリューって凄いね。

 

 

・セシリア

 

 未来の対戦相手を育てたいが、自分の時間が勿体無い……そんなときは他人の時間を買いましょう。

 自分の師匠なら信頼できるし、しかも一夏と箒を鍛える重要ポストをイギリスが独占できて完璧。

 サラには腹いせに手酷く扱かれているが、まあ、強くなれるのでいいでしょ。

 

 

・ショウ

 

 書いていたのは機械学習モデルの図示。暗算でパラメータを探すのを諦めつつあるが、諦めたら終わりだと思っているので今宵も不眠。

 セシリアは一人。本人がそういうのなら仕方無い。

 

 

・鈴音

 

 幼馴染と再会したときの開口一番が宣戦布告ってどうなのよ。

 2年ぶりの彼はあの日のままで一安心。再会を喜んでくれて自分も嬉しい。

 千冬おねーさんもあの頃と同じ怖さでした……。

 

 

・サラ

 

 隠れツワモノ。

 専用機(パン)が無いなら操縦技能(ケーキ)で売ればいいじゃない、を地で行く女。

 特別な才能に恵まれず目立たない足元をセシリアに見られているが、同時に努力と技量への尊敬も受ける複雑な人。

 「一夏と箒のコーチになった」と報告したら政府の人間には喜ばれた。

 全部狙い通りってわけ? セシリア。

 




 なんかあの、評価バーに色が付いてるんですよ……。幻覚でも見てるのかなあ……?
 喜びが濃すぎて処理しきれてません。ありがとうございます。

 独りでに生えてきた修行回。
 飽くまでもクラス対抗戦に出るのは一夏なので、キャラを強くしていくのは彼が中心になります。

 サラを勝手に強化しました。原作ではセシリアが軽く褒めていたくらいしか描写がないので、「ムフフ、相応しい強さまで盛ってあげようね」といった感じで。
 強いのに専用機が無いという立場なので、何かしら目立つ機会は欲しがっていると考えてシナリオフックにしてみました。

 次の次くらいですかね、マトモに話が進むのは……。

戦闘シーンは……

  • なんぼあっても困りませんからね
  • 戦ってねえで話進めんしゃい
  • そんなことよりおなかがすいたよ
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