Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
潜水艦を打ち砕き、出てきた宝は何色か?
その日は妙に早く起きてしまった。
別に夢見が悪かったとか、そういうことではないと思う。何せ、夢を見たかどうかさえ全く覚えていないから。
でも、やけに寝汗がひどくて、シャワーを浴びて湿った身体を散歩で乾かすことにした。
朝に浴びるシャワーというのはたまらない。
夜に入浴は一日の疲れを洗い流してくれるが、寝ぼけた肉体に外から熱を注がれる感覚もまた忘れがたいのだ。
どくん、どくん。と鼓動が少しずつ力強さを増していって、全身に新鮮な血液が行き渡るのをはっきり感じると、生きている実感が湧いてくる。胸の奥に松明で火が灯されるような。
そう、自分は生きているのだ。
車の爆発に巻き込まれることもなく、トンネルの崩落に潰されることもなく、生きて今日を迎えている。いま肌を流れ落ちる水滴も、シャワーヘッドの出口を見つめて目に温水を直当てしている自分も、すべて現実なのだ。
そう思うと、あの二日間が悪い夢か何かに思えてくる。
(どう考えたって普通じゃないわよ、彼……)
楯無は、未だに沢村ショウという人間のことを理解できずにいた。
普段の返事からして会話が通じているのかどうかも判然としないし、かと思えば自分以外とは無難に付き合ってみせる。というか、あの男と出会ってから今まで自分に敬語で話しかけてきた瞬間があっただろうか。
他の人間とフォーマルに、敬語で会話しているときのショウと、自分を始め口調を崩しているときの彼はまるで別人に見えた。それが楯無とショウの間のコミュニケーションにおける最大の障害で、どういう関わり方で挑めばいいのかが、まるでわからないのだ。
少し前に報告にあった、「一部の例外を除いた、他者に対する共感性の著しい欠如」というのも頷ける話ではある。しかし、それならマトモに意思疎通が成立する瞬間などあるのだろうか。勝手に動くことの目立つ彼だが、何も言わずに行動した試しは見ていない。
本社前でのときもそうだ、「後で合流しよう」と言ってから飛び出している。黙って振る舞うことだって出来ただろうに。
そして、崩落したトンネルでの振る舞い。
本当に共感性がないのなら、勝手に一人で逃げて震え縮こまっていたほうが自然だ。それが一番安全で、自分のことしか考えていないと分かりやすい。
それでもショウは「なんとかしないと」と嗚咽を漏らしながら救助に勤しむ。かと言って周囲と連携が取れているわけでもない。
これでは、周囲のことを気にしていないというより――。
(――わざと目を逸らそうとしている?)
楯無の脳裏に一つの仮説が芽生える。
本当は周りのことを十分に把握しているのかもしれない。その上で、ショウは周囲との関わりを最小化し、可能な限り無視しようとしている。
そして、それが崩れたのが災害のとき。非常事態から目を背けることも、直視することも出来ず、その板挟みを合意に解決したのがあの個人行動だったとすれば、少しは合点がいく。
しかし、それでも説明出来ないことがある。
(地震の直前、どうして彼は
3日と経っていないからよく覚えている。確かあのとき、ショウは「スピードを出せないか」とドライバーに聞いていたはずで、直後に何故か真逆のことを叫んだ。そして、その直後に起こった地震。
一部に集中していた崩落の状況を思い出すと、あの瞬間に他の車も含めて止めるようショウが言わなければ、父が乗っていた先頭の車両が潰されていた可能性は十分にあった。現場に来た消防隊員が漏らした「奇跡」という言葉は、地震の前から始まっていたのだろうか。
楯無には、状況が出来すぎているような気がしてならない。
丁度思い浮かべてしまうのは、地震に関わる迷信の一つ。地震の前にナマズが暴れる――前に消防庁の職員と関わったときに地電流を知覚しているらしいとウンチクを聞かされた――そんな内容。
あの男も似たようなものなのかもしれない、と一瞬思ったところで笑ってしまう。人間はナマズではない。
自分の知り得ないことを何でもオカルトに結び付ける趣味は、楯無にはない。もしもそれを認めてしまえば、ショウに「なぜ事が起きる前に止めなかったのか」と無限の期待を向けてしまうことになる。天災を前にそんな不毛なことをして、一体何になるというのか。
だから、そんなことはしない。
現実的なところではカンが良いとか、そういう理屈になるのだろう。仮にそうだとすると……いま素肌を柔らかく流れ落ちる温水の感触とは裏腹に、楯無は背筋が冷えるのを感じた。
(本社前で車から飛び出す直前、不自然に車内を見回してたのって、あれは――)
せっかくの気持ちいいシャワータイムが台無しだ。
楯無は頭を振って考えを切り替えつつ、蛇口を閉じた。
ショウがどういうものを抱えているにせよ、どれだけ行動の予測が困難であるにしても、できることなら関わり合いになりたくない人種だというのは変わらない。
今回の出張でそれはより強まった。
ショウの監視だけが更識の仕事というわけでもないし、爆発に巻き込まれた更識の人員の見舞いにも行かなければならない。彼についての詳しい調査は他に任せつつ様子を見ることにして、暫くは忘れておこう。
自分に何度も言い聞かせる。心の平穏のためだ。
ぺちん、と頬を叩いた楯無は、火照った肌を冷ますべく、早朝の遊歩道へと繰り出した。
◆
朝5時台のIS学園は静かなもので、少し内陸側にいれば洋上メガフロートであっても波の音はしない。タップダンスのようにローファーで路面の石畳を叩いてみれば、それは良く響いた。そして少しだけびっくりする。
空気は海風で湿っていて、20度を下回る気温は人間に冷静さを与えてくれる。
楯無は、ぐっと伸びをして、また足を進めた。
(
天候は晴れ。
海上ということもあって雲量ゼロとはいかないものの、見上げれば朝日に照らされた青空が眩しい。カモメだろうか、白い海鳥が1羽だけ飛んでいる。
ふわり、と海風が楯無の頬を撫でた。
周囲を見渡しても人はいない。部活動の朝練が始まるにはまだ早いし、まるで学園から誰もいなくなってしまったような景色が広がっている。
この時間に歩き回るのは初めてのことではなかったが、毎度新鮮な感覚が得られるのを楯無は気に入っていた。前回は冬の朝だっただろうか。
「ここ、ぜーんぶ私のもの……なんちゃってね」
楯無はその場で踊るようにクルリと一回転。それから両手両足を広げて、セシル・ローズの風刺画のポーズをしてみる。支配者の証というやつだ。
学園では相当の権力を持つ生徒会長の称号。しかし、その実態は諸々の厄介事が自分のところに吹き溜まる雑用係としての側面が大きい。もっとも、雑草という種類の草が存在しないように、舞い込んでくる仕事はそれぞれ違ってそれぞれ重要なのだが。
「大いなる力には大いなる責任が伴う」という言葉は古くはダモクレスの剣の引喩に登場するらしいが、楯無の立場はまさにそんな状態だ。
いつ脳天を貫いて落ちてくるかも分からない、見えない剣が吊り下げられた学園のために奔走する毎日。何より、その見えない剣が多すぎる。
たまにはふざける余裕が欲しいと思うのは強欲だろうか?
「我ながら余裕、無いなあ……ん?」
陰鬱な考えを振り払うために出歩いているはずなのに、結局頭の中がリセットされない自分を情けなく思いつつ、トボトボ歩みを進める楯無の周辺視野が、何かの影を捉えた。見間違いを疑いつつ目を凝らすと、80mほど先のベンチにもたれる生徒が見えた。
学年を示す胸元のリボンの色は赤。つまり1年生である。
「へえ……珍しいわね、こんな時間に」
ルームメイトを除けば本日一人目の他人。降って湧いた好奇心に身を任せて、楯無は後輩の座る件のベンチを目指した。
◆
早朝にする散歩の良さというものを、一夏は少し前にショウから聞いていた。
曰く、空気が澄んでいて、誰もいないことがハッキリ分かる時間だから気楽だと。
一夏にはショウの言っていることの意味が半分も理解出来なかったが、そこまで言うなら試してみたいと好奇心が湧くのは自然の流れだった。しかしそんな早起きができるような環境というのは中々難しい。
パイロットは身体が資本である以上、睡眠時間を削ることはできない。つまり早起きがしたければ早寝が必須だが、それを毎日のように授業で出される課題が許してくれない。苦心しながら全て片付けたら日付変更直前というのも珍しくなかった。
そんな一夏が今朝のこの時間に遊歩道を出歩けているのは、たまたま昨夜の課題が少なかったからである。代表決定戦の振り返り課題の提出期限が与えてくれた、ちょっとの余裕。
これこそ好機ということで、いつも朝練に行く箒よりも早く部屋を出てみたのがここまでの経緯だ。
「ショウの言ってた通りだな、なんか静かでいいや。走ったら気持ちよさそう?」
どこかで見たことのある景色がひたすら続く遊歩道。実のところ一夏は自分がどこを歩いているのか分かっていない。
入学から一月も経っていない今、ただでさえ広大な学園の敷地を見て回るには時間が足りなかった。初めて歩く早朝の景色も雰囲気を変えていて、ある程度見慣れているはずの剣道場から寮までの道でさえ見たことのない場所に感じられてしまう。その新鮮さに任せて進み続けた結果がこれである。
(あれー……これ大丈夫か? ちゃんと帰れるよな、俺――おっ?)
そろそろ不安になってきたところで、一夏が周囲を見渡すと、何番目のものかは分からないがアリーナが見えた。基本的に大型の建物には地図が付き物だし、それを頼れば帰るのは難しくないだろう。一夏は胸を撫で下ろした。
ルームメイトの箒とは朝練が終わる頃に合流する。帰路の目処が立って、時間にも余裕があるので、一夏は近くにあったベンチで休むことにした。
(測ったわけでもないけど、1キロくらいは歩いたんじゃねえかな。昔に近所のおじさんが朝に散歩するって言ってたけど、確かにいい運動だよコレ……ちゃんとコース決めてればだけど)
背もたれに体重を預けて、一夏は空を見上げた。
眩しすぎず、暗くもない、ずっと見ていられそうな青色が広がっている。これから日が昇っていくにつれて、ここ数日見慣れた春の日差しが現れることだろう。肌寒い今の気温を考えると待ち遠しい限りだった。
「今度はもっと軽装で走りに来るのもアリかもな。つーかショウ連れてくれば迷わねえし、完璧じゃん」
そんなこんなで次回の予定も決まったところで、スマホを見れば時間はもうすぐ6時半。いい加減に戻らないと朝練の終わりに間に合わない頃合いだ。
ぐるりと両肩を回して、伸びをした一夏は立ち上がろうと重心を前に出す。
「さて、そろそろ戻りますか――っ!?????」
その時だった。
「――だーれだっ!」
突然視界が真っ暗になって、両目の辺りに温かい感触。それから、背後から少女の声がした。
一瞬にして一夏の脳内は驚愕と困惑に埋め尽くされてしまう。
「ア、アイエエッ!?」
「ふふふっ、なにその悲鳴。……それで、私が誰か分かるかな?」
「いや分かりませんって! 誰なんですかアンタ……」
「はい、時間切れ」
ぱっ、と一夏の視界が明るくなり、同時に目を覆っていた柔らかい感触が失われた。どうやら両手で目隠しをされたらしいと理解した一夏は、すぐさま後ろを振り向いた。
子供のイタズラみたいな行為だが、そんなことをし合う間柄の人間なんて、この学園にいただろうか……?
明順応にしたがってボヤけが薄れていく視界の中央。ピントが合ってハッキリ見えたのは、真上の空と同じ色の髪をした、不敵な笑みを浮かべる少女だった。
胸元のリボンは2年生を示す黄色、赤色の瞳は一夏の目を見据えている。
一夏にとっては、どこか見覚えのある顔だ。それも、つい最近……。
「更識、楯無センパイ……?」
覚束ない記憶のまま、半ば当てずっぽうで名を呼んでみると、目の前の少女――楯無の表情は驚いたようにキョトンとした顔に変わった。
「あれ、私のこと知ってたの!?」
「一昨日のニュース、見ました! たまたま居合わせたトンネルで救助に当たったって聞いて、カッコいいなと……」
「ああ、それは、どうも……?
何にせよ、初めまして、そしておはよう。この学園で生徒会長をしている更識楯無です。織斑一夏くん、でしょ?」
「ああ、ハイ……おはようございます?」
相変わらず困惑の消えない一夏を前に、楯無はどこからか取り出した扇子を口元にバサリと広げて見せる。その要の部分から一対の青い飾りが吊り下げられ、楯無の手の動きに合わせて揺れていた。
「それであの、楯無さんはなんでこんな場所に?」
「ん? キミと似たようなものじゃないかな。朝の散歩だよ。で、たまたまキミを見掛けたから来てみた次第」
「先輩も散歩とかされるんすね……自分、今朝が初めてなんですけど、新鮮な感じで」
「気に入ってくれた?」
はい、と頷く一夏の隣に、楯無はさも当然のようにスルリと近付いて座った。突然のことに驚く一夏の表情の変化を見て、再びイタズラっぽい笑みを浮かべるのだ。一夏は出会って早々に手玉に取られているような気がして、背筋がゾクリと震えた。
そんな一夏をよそに、「じゃ、勝手に一夏くんって呼ぶけどさ」と会話が切り出される。
「普段の生活はどんな感じ? 楽しめてる?」
「色々驚くこともありますけど、なんとか……。ショウがいてくれて助かってます。流石に男一人はツラいので」
「ああ、そう……」
楯無は扇子で口元を隠した。
「何か困ってることがあったら言ってよ。これでも
「頼れるったって……ファーストコンタクトが忍び寄っていきなり目隠ししてくる不審者じゃないですか。前にショウも言ってたんすよ、書記長に部屋に忍び込まれたとか矢文で呼び出されたって。
……なんで会長じゃなくて書記長なのか知りませんけど」
「ふふふ……ひどい言われようね、まあ事実だからしょうがないけど」
口では笑って見せる楯無も、内心は穏やかではない。ここでもあの男の名前が出てきたのだから。
2人しかいない特殊な身分。互いに身を寄せ合うのもおかしな話ではないのだが、問題はその相手がショウだということ。一夏の口ぶりからして仲は良さそうだが、アレとそんな関係でいられるのが想像しがたい。「一部の例外」とは一夏のことだろうか?
他方で一夏も怪訝な表情を崩さない。何せ、彼女に関する情報がショウから薄っすら聞いた不審者じみた振る舞いと、ニュースに載っていた勇猛果敢なヒロイン的姿しかない。
どちらも本当だから論じるまでもないとして、それらを繋ぐ
信じていいのかなあ、この人……。
「そう警戒しないでよ。これでもキミのことが気になってるから驚かせてるだけなんだから」
「ええ……」
「インパルスハンマー*1ってあるじゃない? 一発ドカンとやれば人のことなんて分かっちゃうの」
「え゛、俺殴られてる扱いなんすか!?」
「そうそう、お風呂でどこから洗うのかからベッドの下の性癖までアレコレソレと……」
「ワッ! やっぱ危ないよこの人ぉ!」
イジワルそうな笑みを浮かべて両手指をワキワキ動かしてみせると、ベンチの上で一夏の身体が賑やかにビクリと跳ねる。
(あーもう、かわいいなあ一夏くん! 後輩ってやっぱりこういうのだよね。すぐに反応くれてイジり甲斐があるっていうかさあ……)
人生における必須栄養素と言えば余裕である。余裕のない人生など死んでいるも同然で、金にしろ時間にしろ次のことを考えるには欠かせない。
ここ数日ショウのせいでマトモな会話と相手をイジる喜びに飢えていた楯無にとって、今この瞬間は砂漠のド真ん中でようやく見つけたオアシスのようなもの。一滴一滴がまさしく甘露である。
そんな余裕を無垢な一夏から啜り貪る罪の味。今日の楯無は獣であった。
まあ冗談はこの辺にするけども、と楯無は先程までの態度を消して、一夏に真面目そうに向き直った。節度無く食らうだけでは獣以下だ。
「助けになりたいのは本当だよ? 慣れない生活に戸惑ういたいけな後輩を助けてあげたいっていうかさ。授業のことでも生活のことでも、あとISの操縦でもいいよ。何せ学園最強を名乗ってるからね」
「……最強?」
「そう。この学園の生徒会長ってさ、一番強い人がなる決まりなんだよね。だからたまにこの座を求めて挑んでくる人もいるんだ。
一夏くんもどう? 自信があるなら革命は何時でもウェルカムだよん♪」
「いや遠慮しときます……。でも、最強、か」
一夏はぼうっと上を見上げて、もう一度「最強か」と呟く。
何かしら一夏の取っ掛かりに触れたのは楯無も即座に気付いた。
「……どうかした?」
「あの、楯無先輩って、強いんですよね」
「うん。嘘じゃないよ」
「ISの腕も強いんですよね」
「うん。まあ、織斑先生とかいるから『生徒の中で』って但し書きは付いちゃうけど……少なくとも一対一じゃ負け無しだよ」
千冬より強いとまでは流石に言えない楯無が苦笑気味に呟くと、一夏は「それならば」と神妙に向き直った。どこか姉に似た眼つきに、楯無の背筋も自然と伸びる。
先程とは打って変わった、鋭く真っ直ぐ注がれる視線。ふざけ腹芸一切無用。
「それで、ISのことを教えて欲しいのかな?」
「はい。多分今は、強い人が必要なんです。それも、生半可なレベルじゃ足りないくらい」
「そっかそっか。それじゃあ可愛い後輩のためにひと肌脱いであげちゃおうかな。練習はいつから――」
「――ただ、教えて欲しいのは俺じゃなくて、ショウなんです」
「え?」
7時前。
少しずつ生徒たちの声が大きくなる時間の、波音響く海際の遊歩道。生け垣からメジロが顔を出し、欄干にはカモメが止まってこちらを見ている。
その一瞬だけ、時間が止まったように何も聞こえなくなってしまった。
「帰ってきてからのショウは、ずっとISのことで悩んでるんです。頭の良いアイツのことだから、多分俺には考えつかないようなことまでアレコレ試してるんでしょうけど、どうもそれじゃ足りないみたいで」
「……」
「会って一月も経ってない間柄ですけど……明らかに調子がおかしいんです。だから、アイツを何とかしてやりたい。けど、それは俺やクラスの代表候補生じゃきっと力不足だし、隣の鈴は……ちょっと難しいし、山田先生とは一度戦ってるんです」
「……」
「『最強』で居続けるのが大変なのは千冬姉を見て分かってるつもりです。その上で学園最強の先輩なら、ショウに思いつかないようなアイデアを生み出せるんじゃないかって……」
そこまで言い切って、一夏は自信無さげに俯いた。
(妙な買い被り方、されちゃったなあ……)
真耶とショウの戦いを知っている辺り、一夏もあの場で見ていたのだろう。ならばショウの異常な実力も知っているはずで、その上で自分に頼み込んでくる。
真耶の力量は教員の中でも最上位クラスだ。それと同格を見込まれるのは少々重く感じる楯無だった。
そして何より、
せっかくショウから離れて、一時でもあの情緒不安定を忘れようとしていた矢先にこれである。
「もう疲れたから休ませてくれ」などと言える立場ではないが、なればこそ仕事は選べるなら選びたい。ハッキリ言って、あの男のお守りはしばらく御免だ。
(だからって、放置できるものでもないのよね……)
楯無が望むまま、ショウから目を背けるのは実に簡単で、しかし同時に何よりも難しい。
好奇心なのだろう。
いま一夏にこうしてちょっかいを掛けて様子を探ったように、あの男がもう少し本質を覗かせるまで反応を見たいという思考が、頭から離れてくれない。半端にめくれたシールを見て、貼り直すにしろ剥がすにしろ、目が離せなくなってしまうように。
危機感なのだろう。
暴力的なまでの才能と、不安定な本人の精神。災害の場ではたまたまそれが人々を救う形に振るわれただけで、もしかしたら何かの拍子にそれと真逆のことを仕出かすかもしれない。
元代表候補に古い訓練機で一方的に戦えるあの男のことだ。OF-3を手に入れた今、その強さは計り知れない。学園最強に、届くかもしれないほどに。
誰も彼を止められないかもしれない。
その唯一つが、楯無の恐れだった。
「……彼の戦い振りを知ってるなら分かってもらえると思うんだけど、あの人に何か教えられる人って多分相当に少ないよ。特に、
「やっぱり、何もしてやれないんでしょうか……」
「普通の戦い方」と聞いて一夏が想起するのは、剣で切り結んだり、銃で撃ち合ったりといった歩兵の戦術の拡張だ。訓練機で可能な最も基本的な戦術。確かにショウなら何でも卒なくこなしてしまいそうだ。
では普通でないものは? と自問して浮かび上がる答えは、セシリアのビット戦術だ。しかし彼女は自分の練習に付き合ってもらっているし、ショウのためにそちらへ行ってくれと頼むのも筋が通らない。彼女がしたいのはショウとの試合で、特訓ではないはずだ。
俯いて悩む一夏の肩に、ぽん、と温かい感触が触れる。前を見れば、鼻先に楯無の顔が――、
「――ひょわぁッ!?」
「うーん、イイ反応。要するに彼を、本人が思いも寄らない方法でぶちのめせば良いんでしょ? その辺は得意だから任せてよ」
「じゃあ、受けてもらえるんですか……?」
「まあ、カワイイ後輩の頼みだし? その代わりと言ってはアレだけど、生徒会に入るのを前向きに考えといて欲しいんだよね」
「生徒会、ですか? いやもう俺すでにクラス代表なんですけど、兼務していいものか……」
「そこは大丈夫。……いやね、レアでウブなキミをどこの部活が手に入れるかで新学期早々に揉め始めててさ、周りを黙らせる意味でキミがウチに入ってくれると色々話が早いんだよね」
「うーん、やっぱり今すぐには……」
「今は前向きに考えてくれるだけで良いの。沢村ショウのことは私が引き受けるから、悪い話じゃないでしょ?」
「それなら、はい。アイツのこと、よろしくお願いします……」
ペコリと頭を下げる一夏から、楯無は2歩下がって、くるりと弄ぶように、そして優雅に扇子を開いて見せる。
「安心してよ。私、最強だから――!」
朝日に照らされた扇子の表面には、「無双」の文字が刻まれていた。
「チクショウ、チクショウ……もう何も残ってないのか? 試せるものも?
誰か、誰か教えてくれよ……どこにもいねえじゃねえか……」
夜の第10アリーナ。そこに併設されたピットには、啜り泣きとうめき声の混じった男性の声が弱く響いている。
濡羽色のセミロングヘアと漆黒の瞳の青年は身を震わせた。
立位で架台の上に佇むOF-3に背を預け、一枚一枚に異なる文献や情報が示されたおびただしい数の空中ディスプレイに囲まれて、頭を抱えて蹲る。
今日の使用可能時間はとうに終わっていて、帰りを促すかのように室内の明かりは非常灯以外が消えている。周囲はほとんど真っ暗で、OF-3とショウの周辺だけがディスプレイの青白い明かりに照らされている。
ほとんど音はしなかったが、遠くから弱く低いハム音が聞こえてくる。学園内の交流周波数は50Hzだった。
ぎょろり。
ぎょろりぎょろり。
ぎょろりぎょろりぎょろり。
身体を起こしたショウは、無数のディスプレイを同時に視界に収めようと眼球を狂ったように動かす。しかし、目当ての情報は見当たらない。そもそも、何が目当てなのかすら分からないのだ。
瞬きすら忘れて、乾ききった目が痛かった。
経験と感覚から考えつく限りの駆動パラメータのパターン。
実働データに基づく慣性制御系の補正アルゴリズム。
過去のISバトルの試合から機械的に統計したスラスターの制御。
ランダムウォークによる虱潰しのパラメータ探索。
学園の図書館とグランゼーラ本社サーバーからかき集めた文献の数々。
文献は全部読んで、可能性は全部試した。
だが、何の結果も得られない。OF-3は応えてくれない。最新の技術の集積体でありながら、それはどこまでも鈍くて、羽が付いただけの重りでしかない。
性能で劣っているはずのワルキュリアは、自分の半身と呼べるほどだったというのに。
「何か、何か……まだ、試してないことは……」
ショウは怯えのままにウィンドウの数々を押しのけては、奥にあるものを手前に引っ張り出すのを繰り返す。
そもそも、ショウは自分が何故こんなことをしているのか理解していない。
昔の愛機を引きずっているから? そんな理屈で納得するとでも?
どうしようもなく嫌いな虫が近くにいたとしよう。何の気なしに振り向いた瞬間、視界の端にそれがおぼろげながら映り込んでしまって、しかしそれだけでも虫だと分かってしまったとしたら。
ショウは
だから、他の方向を、他の理由を言い聞かせて誤魔化す。
恐怖に形を与えたくなかった。
言葉という姿になって言語野を侵されるくらいなら、曖昧な何かに怯えていたほうがずっとマシで、だから「これは愛機とまた空を翔ぶためなのだ」と言い張る。
「う、うぅ……」
だが、それも限界が近い。
視界の端の虫がどうして何時までも動かずに止まっていてくれるというのだろう。それは壁を這って視界を目指してやって来るのに。
ショウは両目を掻き毟るように手で抑えて、身を震わせた。
弱いながらも空調の効いた室内にも関わらずボタボタと汗が止まらなくて、それが更に冷えて気分が悪くなる。
――じじじじっ、じじじじっ。
そんなときだった。ショウの制服の胸元が突然震える。
振動のせいか、怯えで冷え切っていた身体がその部分だけ、ほんの少し熱を感じた気がした。
「……ぇ?」
恐る恐る取り出したスマートフォンには、「書記長」の文字がでかでかと表示されている。着信だった。
……何だっけ、これ。
「もしもし……沢村ですけど」
『――相変わらず元気無さそうね。私です、更識』
「ああ……更識、さん。この前は護衛してもらったみたいで、ありがとうございます」
『
「てい、あん……?」
『ええ、明後日の木曜日。その夕方。私と試合をしませんか?』
「試合? これは随分急な――いや、あれ?」
その瞬間だけ、ショウは時間が止まってしまったような感じがした。
感覚が引き伸ばされて、薄っすらと聴覚を彩っていたハム音すら聞こえない。
何かが決定的に変わったような。
虫の例えに戻ろう。
嫌いな虫が視界の外にいると分かっている。その場から立ち去るにしろ、捕まえるにしろ、いつかは立ち向かわねばならない。
だから、恐る恐るその方向を見に行くと……
バッサリと、恐らく虫がいたであろう景色の一部が丸々切り取られたように無くなっている。その向こうは白でも黒でもなんでも良い、とにかく、あったはずのものが跡形もなく消えているのだ。
見えない。
得体の知れないこれを恐れるべきか? 虫が消えたと喜ぶべきか?
ショウには分からない。しかし。
『……どうかした? もしもし? 繋がってるわよねこれ』
「あ、ああ……いや、何でもない。本当に」
『それで、どう? 受けてくれる?』
「――やる。試合でも、何でも」
『……そう。話が早くて助かるわ。護衛のときもこれくらい聞き分けが良いと良かったんだけど』
その後、楯無から実施場所と詳しい時間を聞いたショウは、通話を切った。
「なにが……何が、どうなってる?」
ぼそりとショウが暗闇に向かって呟いている後ろで、OF-3のラウンドバイザーは不規則に点滅を繰り返していた。
こんかいのまとめ
・一夏
たまたま時間が出来たからと試してみた散歩は思いの外爽やか。今度はもう一人くらい連れてきちゃおうかな。
……とか何とか考えてたら不審者にエンカウント。イジられつつも頼み事が出来る逞しさは実際スゴイ。
帰りは楯無に近道を教わって事なきを得た。あの人の手、温かかったなあ……。
・楯無
偶には朝シャン(死語)も悪くないよね。その後の散歩だって落ち着ける……はずなのにショウのことが頭から離れない。
そんな中出会った一夏は心の癒やし、オアシス。叩いても鳴らないショウと違ってイジりがいがあって素晴らしい。
イチカァ! お前は私にとっての新たな光だ!
・ショウ
ただ居るだけで他人のトラウマを刺激してしまうのは本当に偶然。何なら自分のトラウマも刺激し続けている模様。
OF-3の調整で試せそうなものを試しきってしまったせいで手詰まり状態に。
このまま絶望に沈みながら時間を過ごすかと思ったら着信。
何か、変わったような……。
ターニングポイントです。
以前の前書きで真耶戦は前座に過ぎないと書きましたが、次から始まる楯無戦はもう少し重要度高めです。これさえ終われば2章のラストまで一直線なので、もう少しお付き合いいただければと思います。
やっぱり楯無には余裕のあるシーンが似合いますね、書いてて楽しかったです。
そもそもこのオリ主が「意思疎通のし辛い年上属性」なんて設定してるから相性悪いんですよね。というか、年上属性は互いを食い合うのかも知れません。
そういう意味で一夏との絡みが一番美味しいというか、やっぱこれだねといった感じ。
感想を……感想をください……
戦闘シーンは……
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なんぼあっても困りませんからね
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戦ってねえで話進めんしゃい
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そんなことよりおなかがすいたよ