Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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哲学者たちよ、弟子よ。そなたは今、白くすることについて語った。
しかし、赤くすることについては未だ論ずるべきことがある。
この業を求める全ての者よ、知るがいい。
白無くして赤は生まれ得ぬことを。


28 Sacrament_One

2022/04/21 AM11:37

 

 

『――それで、とにかく学園に送れた装備がほとんどこの前のままで……大澤さんから申し訳無いと』

 

「いえ、災害のせいですし問題ないです。ネオンさんも、連絡ありがとうございました」

 

『そう言えばこの後試合するんでしたっけ? レールガンとレーザーブレードに関しては威力くらいしか改良点は無かったはずなので、取り回しも変わらないと思いますよ。

 ――何にせよ頑張ってくださいね! 火力(ファイト)ですっ!!

 

「ああ、ハイ……火力……」

 

 


 

 

――観客席の皆さま、お元気でいらっしゃいますでしょうか!

 

――本日は4月21日、青空が眩しい大安吉日の第6アリーナには人、人、人ぉっ!

 

 

「……アリーナ、めちゃくちゃ沸いてるんスけど、いいんスかこれで」

 

「ま、折角の試合だ、盛り上がるに越したことはねえだろ。何せ、生徒会長が久々にでっかくやるってんだからな」

 

 午後4時半。

 放課後すぐの第6アリーナの観客席は既に生徒や教員でいっぱいで、そんな喧騒から追い出されるように、或いは意図して抜け出すかのようにピットに入り込んだ生徒が2人。

 

「でっかくったって……一応相手は経験の浅い男っスよ? 強いってウワサは聞いてるっスけど、これじゃあ公開処刑みたいなものじゃないっスか?」

 

 少女が入場用カタパルトデッキの出口からひょっこりと顔を覗かせると、それにつられて胸元まで伸びるアッシュグレーの三つ編みがゆらりと踊った。

 この小柄な少女の名は「フォルテ・サファイア」。専用機を与えられたギリシャの代表候補生の2年生である。

 

「あの女がそんな陰湿なことするか? 殺す気ならもっと早くにポロニウム入りの飲み物でも仕込んでるだろ、ロシアだけに」

 

 その背後でニカッと笑みを浮かべながらブラックジョークを吐いてみせるもう一人の少女。

 フォルテと比べて大柄の肉体を包む制服の胸元には学年を示す緑色のリボンは無く、暑いからと胸元が大胆に開かれている。代わりのトレードマークに、首に黒いチョーカーが巻かれていた。

 燃え上がるような明るい金髪をポニーテールにした彼女は「ダリル・ケイシー」だ。

 3年生のダリルもまた代表候補生で、しかしこちらはアメリカ人である。

 

「流石にそんなこと……うーん、下剤くらいは使ってきそうな気がしてきたっス」

 

「ハハハ! お前も言う時は言うよなフォルテ。

 ――つーか、見てみろよ会長の目……ありゃマジだぜ」

 

 フォルテの肩にポンと手をおいて、抱き込むようにしながらアリーナ内を覗くダリル。その視線の先には、中央に佇む楯無の姿があった。

 

 楯無がソロでの学園最強であるとすれば、ダリルとフォルテの2人は、コンビでのトップパイロットだ。ゆえに不定期に2人で楯無に試合を挑む経験があるために、楯無がどういう状態なのか、なんとなく分かる。

 

――それもそのはず! ここIS学園の生徒会長にして学園最強、更識楯無の下に、無謀にも挑戦者(チャレンジャー)が現れましたッ!

 

――果たして中央に佇む彼女が倒れ伏す瞬間は訪れるのでしょうか!? それとも玉座は決して揺るがないのか!? 試合開始は間もなくッ!

 

 学年の差ゆえに最大でも今年度いっぱいまでしかコンビが続かない上に、戦力の豊富な第3世代機のペアによって初めて成り立つ戦術。それ故に幾らか評価が下方修正されてはいるが、それでも「最強」を掲げる楯無と渡り合えるのがこの2人である。

 

 だから2人はよく知っている。楯無がどういう戦い方をするのか、どう強いのか……。

 そして、それと戦う相手にどれほどの実力が要求されるのかも、肌感覚で理解する。

 

「あの会長が本気になるレベル……ってことっスか? にわかには信じられないっスね」

 

「オレも信じられねえけど――待ったフォルテ、()()()()()()()を見てみろ」

 

「あっ」

 

 フォルテとダリルの2人は、そのままピットの隔壁を閉じて、バリア越しに内部が見られる位置へ移動する。

 親密な2人にとっては、観客席の喧騒は邪魔で、だからこそ静かなここで試合を見ることにした。

 

 ダリルはフォルテを後ろから抱き締めて、待った。

 対戦相手の到着を、試合の開始を。

 

 


 

 

 観客席では先んじて席を取っていたセシリアが、隣の空席を占領するハンカチを横目にアリーナを眺めていた。

 

(むうぅ、ミスターと戦うのはわたくしが一番乗りのつもりでしたのに……)

 

 自然とほっぺたが膨らんでしまう。

 

 機体の調整に手間取っていると聞いたから、その場は引いた月曜日。

 まだかなまだかなと期待に胸を踊らせつつ、しかし元気のないショウに何もしてやれないまま時は過ぎ、水曜日。新聞部の部長とかいう女子が喧伝するには、ここの生徒会長が久し振りに試合をするという。

 

 曰く学園最強の実力者というから、一夏と箒へのいい教材になるだろうと詳しく聞いてみれば、なんとその相手がショウというから驚いた。

 機体の調整はもう終わったのか、それなら真っ先に私のもとに来て試合を挑むんじゃなかったのか……いや、そんな約束はしてなかった。

 

(くうう……こんなの、横取りも良いところですわ! 一夏さんにかまけすぎた私のミスでもありましょうが……)

 

 ここまで来てしまえばもう仕方が無い。今からアリーナに割り込んで対戦相手の座を奪い取るわけにもいかないので、喧しい観客席にちょこんと座るセシリアに出来ることと言えば、じっとりとアリーナ内に佇む空色のISを睨むことだけだった。

 

 ──あら? アリーナの地面ってあんなに暗い色をしていたかしら……?

 

「――すまない、遅れた」

 

「一夏さんは見つかりましたの?」

 

「いや……教室にもいなくてな」

 

 セシリアが席取りに使っていたハンカチを取り上げると、浮かない表情の箒が隣に座った。

 

 誰が戦うにせよ練習ばかりでは飽きるだろうと、セシリアは2人を観戦に誘っていた。しかし、妙なことに2人が一緒にいる所を火曜日から見ていない。なので誘うにしても個別になってしまったし、どちらも元気が無さそうな様子だ。

 

「まあ、ミスター・ショウのことを気に入っている彼のことです、この席でなくともどこかで観戦されるでしょうね」

 

 そうだな……。と今一つ張り合いの無い返事の箒。

 セシリアは知る由もないことだが、一夏を危うく怪我させてしまうところだった月曜夜の一件以来、箒は一夏とほとんど口が聞けていない。合わせる顔がないのだ。

 

 欲望のままに暴力を振るう……昨年の剣道の全国大会の後で、それだけは二度とするものかと誓ったはずなのに、己はそれに背いてしまった。鈴音にそれを強く突きつけられ、箒は自身をどうしようもなく恥じていた。

 

 そういう事情もあって、実のところ箒はそこまで力を入れて一夏を探していない。一緒に部屋にいるときでさえ口数を減らしているのだ。

 だから、教室にいなかったというのも本当のところは分からない。単にちょっとだけアリーナ内を歩き回っただけだからである。

 

「あら、漸くお出ましですわね……!」

 

「……え?」

 

 俯く箒の肩をぽんと叩いて、セシリアがアリーナを指差す。

 

――さあ、ついに挑戦者(チャレンジャー)の登場ッ! グランゼーラ・インダストリーからの刺客にして本学園2人目の男子生徒、その名は沢村ショウ! 入学早々イギリスの代表候補生を制した実力には期待大!

 

――さる情報筋によりますと、乗機OF-3は新型の量産モデルとのことですが……()()()の機体で大丈夫かぁっ!? ずぶ濡れで泣いて帰ることの無いように祈りたいところです。

 

 セシリアと箒にとって、初めて見るショウの新型機。

 ワルキュリアのときと同じく、両方に収まったレッドポッドも、両腕に取り付けられたコンバーターもそのまま。記憶がおぼろげだが、腰に付けたブレードとレールガンは前より少し長くなっているかも知れない。

 だと言うのに、そのモノクロームの外観は随分と細身の小柄に見えて、少し寂しく思えた。

 

「結構、ズケズケと言うんだな、ここの実況者は……」

 

「同感ですわね、公式試合と比べると俗っぽいというか……」

 

――対するチャンピオンについてもご紹介。言わずと知れた学園最強、二つ名は海内霧双(ファウルバウト)、更識楯無ぃっ! 昨年の入学から速攻で生徒会長の座を射止めて以来、今なお学園の頂点に君臨する実力は乗機「霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)」の性能だけでは説明しきれません。

 

――今週のニュースによればロシア代表として災害救助に当たったとか。活躍の場が広すぎるぞぉっ! お手々は花束で一杯か!?

 

 アリーナ全体には、実況者の声がけたたましく響いている。平時では煩いだけに感じるが、期待と熱気に溢れた観客席ではそれを気にする者はいない。皆、酔っているのだ。

 

 

 

 

 そして、試合開始まで残りわずか。実況席側の自己紹介の段になって、セシリアと箒は耳を疑うことになる。

 

――さて、両者出揃ったところでこちらも自己紹介をさせていただきましょう。新聞部部長、2年の黛 薫子(マユズミ カオルコ)です! 今日もアツく実況していくよ~! あとウチの新聞読んでねッ!

 

――さて、もう一人、解説役として今回はスペシャルゲストをお呼びしています。……あ、ここに向かって喋ればいいよ。

 

――ええと、ハイ、()()()()です。クラスメイトってことで呼ばれました……あの、俺あんまり試合とか詳しくないんですけど、それでも務まるんですか?

 

「あ、アイツ――!?」

 

「どこを探しても見当たらないのも納得ですわね。最初からここに居たんですもの……」

 

 ぎぎ、ぎ……と油の切れた蝶番みたいなぎこちなさで最寄りのスピーカーへ振り向く箒。一方のセシリアは額に手を当てて呆れたように天を仰いている。

 

 両者の心配は唯一つ。一夏本人が思うように、彼に解説役なんて大仕事が務まるのかということ。

 

――良いの良いの、どうせお祭りの賑やかしだから! 知られざる沢村選手の秘密とかバラすといい感じにフロアが湧くよ。

 

――うわあ、ぶっちゃけられてる……。

 

 どうやら考えるだけ無駄だったらしい。どうせ生徒同士のお遊びなのだから真面目にやることもない……のだろうが、2人にとってはクラスメイトが下手なことを喋ると共感性羞恥で苦しいことになるのは目に見えている。

 

 流石に堪えられん、アイツのところに行ってくる……と立ち上がろうとした箒の手を、セシリアが掴んで引き戻した。

 

「――試合はよそ見厳禁ですわよ、お花摘みはもうお済みでしょう?」

 

 首を振って見つめるセシリアの目がギラリと箒に告げる。少なくともお前の席はあそこに無いぞ、と。

 

 


 

 

 楯無は、ショウのことが恐ろしかった。

 

 いま目の前で相対して、それまで努めて無視してきた可能性が膨れ上がって視界に忍び寄る。

 

 代表決定戦の後で、医務室から勝手にいなくなったことの顛末。

 

 グランゼーラ本社前での突然の行動、デモ隊に一度たりとも触れられずに人混みを突破する技量。そしてその後に爆発した最初の車両。

 

 グランゼーラ北陸支部を出発する直前の、あの怯えきった表情。

 

 スピードを出せないか聞いていたところから一転、地震の直前で逆に車を止めるように叫んだ不合理。

 

 沢村ショウという人間の行動を一つ一つ並べて見比べていくほどに、考えたくない一つの結論が浮かび上がってくるようだった。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 鉱夫が炭鉱に連れて行くカナリヤの真逆。

 酸欠で黙って死ぬのではなく、鳴いてからいなくなる。

 

 災害はまだしも、車の爆発は明らかに偶然でないテロ行為。未だに犯人は分かっていない。

 ショウのあの行動が無ければ、車を乗り換えることもなく皆死んでいたかも知れない。結果的には助けられたと言えるだろうか。

 

 けれど、結果としてドライバーだった彼は重体だ。

 知っていたならなぜ彼は助けてくれなかった? 

 自分だけはあの男の勝手な行動に巻き込まれて、たまたま生き残っただけなのか?

 

 ショウが何かを知っていて、それで諸々の被害を回避していたとしても、或いはそれが完全に偶然だったとしても、考えて至る結論はどれも苦しいものばかりで。

 

 

 楯無は、ショウのことが恐ろしかった。

 

 十全に実力を発揮しているはずの真耶に対して一方的に立ち回るあの実力が。

 

 時折見せる異常な身のこなしと、不意打ちなら自分さえ捻じ伏せる瞬発力が。

 

 その癖、妙に不安定な精神構造が。

 

 心技体で言えば、技と体だけが揃って心が貧弱。

 生まれて始めてテンセグリティ構造を目にしたときのような不安。アレは理論的にバランスが取れていると裏付けられるからいい。

 

 だが、彼は?

 行動の全てが「結果うまく行った」以上の評価のできない、あの様子。

 ピンと張られた糸が、何かの拍子に切れたとしたら、一体何が起こるのだろうか。

 

 恐らくは父の警告のせいなのだろう。

 楯無には、その結末がどうしようもなく破滅的なものに思えて仕方がなかった。

 

 だから、怖い。

 

 だから、今日で決別する。

 

 学園という人の多い場所だからこそ、あの男に対する備えが必要だ。

 どんな事態になっても、学園の盾として秩序を保てるように。

 

 その危機感が、楯無の恐れを上回る。

 一夏の頼みは、そのキッカケの一つに過ぎない。

 いつかは向き合わねばならないと分かっていた。

 その機会が今日来ただけ。

 

 

 

 

 けたたましく聞こえる実況の声と共に、いま、目の前に相手が現れた。

 

「……待たせたか」

 

「いいえ、大したこと無いわ。それより、機体の調整は終わったの?」

 

「いや、全く。

 ……分からないんだよ。答えも、何も。それと、今日何がどうなるのかも」

 

「……そう。私も、アナタのことが分からないの。この前の出張だって、全然会話してくれないじゃないの。一夏くんはもっと分かりやすかったよ?

 今日の試合も半分はそのためでね、戦えばちょっとは分かるのかなって」

 

 楯無の眼前20mの位置に佇むOF-3は、初めてその姿を目にしたときと変わらない、妙な凄みがあった。

 沖まで船で出てから深い海を覗き込んでしまったような、飲み込まれそうになる感覚。自分の足場が怪しくなるような、根源的な畏れ。

 その源泉がどこにあるのかは分からない。

 

 以前よりも装備は充実している。両肩の赤い球体――レッド・ポッドはワルキュリアで使って以来初めて見るし、専用装備だというコンバーターも2種類持ってきているらしい。

 

 けれど、その凄みと外見が合っていない。

 体高の割に細身で、両腕のコンバーターさえ無ければ痩せた病人のようにも見えてしまう。

 両手をだらんと下げただけの構えも、不規則に点滅を繰り返す顔面のバイザーも、脚部に3段あるハードポイントを1段だけ埋める予備の装備も、どれも不完全に見えて。

 

――方や未だ謎多き男性パイロット! 噂では授業以外の時間で出会えた人間がいないとも言われる妖精みたいなエピソードの持ち主。神秘の森からこのアリーナに引きずり出された今、どのような戦いをするのか注目です!

 

――そして我らが生徒会長! 強権をブンブン振り回す姿勢は戰場(イクサバ)でも相変わらず。今日も優雅に相手の鼻面をへし折るのかぁっ!

 

――さあ間もなく試合開始! 現時点でのオッズは楯無選手の方が低いですね。もうすぐ受付を締め切るので、お早めに!

 

――え、賭けとかやってるんですかっ!?

 

 一夏が驚いている後ろで、アリーナの管制システムから試合開始前の最終確認通知が飛んできて、自機のUIにウィンドウとして浮かび上がった。

 楯無はすぐにそれを承諾した。ショウもほぼ同時だった。

 

――ちゃんと合法な仕組みしてるからダイジョーブ! さて、ただいま選手両名からの最終確認が取れたところで、これよりカウントダウンです。一夏くん、3から始めちゃって。

 

――え、ハイ。……3!

 

 一夏の掛け声に呼応して、観客席からも同じように声が上がる。

 カウントの度にぶわあっ、と熱気が広がって、アリーナ全体の盛り上がりは最高潮だ。

 

「そう言えばさ、そのOF-3って単なる型番であって、まだ正式な名前無いでしょ? おたくのサンデーストライクみたいな」

 

「ああ……まあ、そうだな」

 

――2!

 

「折角の専用機なんだし、何か自分だけの名前でも付けてみたらどうなのよ。さみしいじゃない?」

 

「言われてみればそうかもな。全部落ち着いたら考えてみるのもいいか」

 

 楯無は自前の突撃槍(ランス)蒼流旋(そうりゅうせん)】を右手に呼び出して、引き気味に構えた。

 各部のウォーターサーバーから水が吹き出して、透き通ったアクア・ナノマシンのヴェールがマントのように楯無の全身を覆う。

 マント1枚の差だが、楯無は一瞬にして格式高い騎士のような外見に様変わりした。

 

――1!

 

「是非そうして頂戴――だって、今日その機体は()()()()()負けるんだから……!」

 

 対するショウは腰に据えられたレールガンを取り外して構えた。

 両肩に浮かぶレッド・ポッドがぎゅるりと自転して、合計4門の砲口を楯無へ向ける。

 ショウの顔面を覆い隠すラウンドバイザーの点滅は依然そのままだ。

 

(互いに中遠距離の構え……最初は距離を取るのかしら?)

 

――バトルスタートッ!

 

 耳を劈くように響いた開始の合図と同時だった。

 ショウは楯無の予想通りに後ろへ飛び退こうと――、

 

(セオリー通りならそれが正しいんでしょうね。で、それが?)

 

 ────楯無はそれを許さない。

 

(大気湿度100%――食らいなさいッ!

 

 ……轟ッ!!

 

 ショウの移動先が、突然になんの前触れもなく爆ぜた。

 

「――ぐおッ!?」

 

 急に吹き上がる真っ白い蒸気。規模は決して大きくなかったが、水の膨張圧は侮れない。

 叩き落されるように飛ばされたショウは地面を両足でガリガリ削りながら停止して、楯無の方を向いた。全方位視界があっても、やめられない驚きだ。

 

――決まったアアアアアアッ! 楯無選手の()()! 清き熱情(クリア・パッション)の炸裂に沢村選手が出鼻を挫かれるぅっ!!

 

「何だ、今の……?」

 

「さあね。でも、飛び回るなら周りに気をつけた方が良いわよ? 何に()()()()か分かったものじゃないんだから……!」

 

 にいっ、と不敵に意地の悪いしたり顔を浮かべてみせる楯無。

 気付けば、ショウのシールドエネルギー残量は大きく削られていた。

 

(……悪いけど、今日の試合の目的は勝つことじゃなくて、アナタに敗北を刻み込むことなの)

 

「やるだけやれと? 良いさ、行けるところまで行ってやる……っ!」

 

 ショウは即座にレールガンを構えてトリガーを――引く間もなく上方へ飛び退いた。

 直後に再びの炸裂。機体の表面に黄金の輝きが滑るように広がり、同時に六角形を敷き詰めた文様が浮かび上がった。オシレーターに由来する、光学ハニカム式のバリアだ。

 OF-3のシステムがけたたましく警告する。

 

 

 

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WARNING-> Detection of harmful interference from nanoparticles.

 

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 父親のコウスケが言っていた。このOF-3には周囲のナノマシンを検知して排除する機能があると。

 それが反応したとすれば、答えはそのまま。

 

「……ナノマシンで何か仕掛けてきてるな、これ」

 

「ご明察。弾切れナシの爆薬をそこら中に仕掛けさせてもらったの。ほらほら、もっと行くよっ!」

 

「――3速ッ!」

 

 ショウが叫ぶと同時、OF-3の背面のスラスターがガチャリと変形し、青白いプラズマの塊を吹き出す。そのまま暴力的な推力を生み出し、本来起こるはずだったナノマシンの爆発を飲み込みながらショウは飛び上がる。

 

「何かとプラズマを吹き出す……そう言えば前の機体もそんな仕様してたわね。まあ幾らでも()()責めするだけなんだけど」

 

 恐るべき速度でアリーナ内の空間を縦横無尽に飛び回るショウ。しかし、無限に直進をすることは出来ない。必ずどこかで方向転換を余儀なくされる。

 そして、今のOF-3が最も苦手とするのがその方向転換だった。

 楯無はそこへ容赦なくつけ込む。

 

 ……どッどどうッ!

 

 小刻みに数回の爆発。

 ショウの動線の後を追うように、白い爆煙が点々と生み出されていく。

 直撃はしない。ショウがこの機体を手に入れてからずっと繰り返してきた無茶な機動そのものが、今の最善手と化していた。

 

 


 

 

 試合開始3分。

 場を飽きさせないように実況を続ける薫子の横で、一夏はほとんど口を動かせずにいた。

 否、目が離せない。

 

 楯無の一方的な攻撃を悍ましいスピードで回避し続けるショウを目で追うので精一杯だった。

 

「――()ける()ける天を舞うッ! 沢村選手、防戦一方ながら凄まじい回避能力です。しかしジリジリとシールドは削られているぞ!」

 

 そもそも、なんだコレ。こんなのが試合なのか?

 

 緩やかにショウを追い掛けながら、ランスに仕込まれていたガトリングガンで爆発から逃げ回る先を咎め続ける楯無。

 ショウは苦し紛れにレッド・ポッドからのエネルギー弾で弾幕を張るが、自機のスピードに濃度が追いついていない。

 

 こんなの試合じゃない、とはショウが真耶と戦った時に自分で言ったことだが、考えようによっては今の方がもっとひどいかも知れない。

 せめて何か、真正面からぶつかり合うようなものであってほしかった。こんなワンサイドゲームで盛り上がれるものなのか。

 しかし、一夏の考えに反して観客席からの熱気が伝わってくる。

 

「織斑くん、沢村選手の操縦テクって前からあんな凄いの?」

 

 一夏の思考が急に現実に引き戻される。隣から薫子が覗き込んでいた。

 ぼうっと観客席で見ているならまだしも、いま自分がいるのは実況席。何か喋らなければ。

 

「え? ええ……アイツから向かってこようとしない限りは追い付くのって滅茶苦茶難しいですよ。

 何ていうのかな、後ろにも目が付いているような……いや、ハイパーセンサーがあるから後ろが見えるのは当たり前なんですけど、その上で意識が向いてるっていうか」

 

「不思議ですねえ、キミもISに乗った経験ってまだ全然だよね? なんであんな動けてるの?」

 

 え? それは……。

 そこまで言って、一夏は口籠る。

 

 そう言えばアイツ、なんであんな強いんだっけ?

 今まで疑問に思わなかったわけではない。

 それより戦う楽しさの方が勝っていただけで。

 あるいは、彼のことを研究して取り入れる段階にまだ行けていなかっただけで。

 

「俺はまあ、白式が上手く合わせてくれてるんで何とかなってるんですけど……。

 アイツは、なんででしょう……?」

 

「へえ、ミステリーだ! 近い内に取材してみるんで、観客の皆さんは乞うご期待!」

 

 答えにくい質問なのを察するや否や、薫子はすぐに話題を切り上げてみせた。流石は新聞部部長というべきか、一夏は鮮やかさすら感じた。

 

「おおっと! 沢村選手、逃げ回りながら狙撃を試みるか!?」

 

 突然身を乗り出してアリーナを覗き込む薫子につられて一夏も同じ方向を見ると、ショウが飛び回りながらレールガンを構えていた。

 グリップとトリガーの付いた小さいコンデンサブロックから先は長々と加速用の電磁レールが伸びた、オーソドックスなデザインのレールガンから給弾ユニットを削った代物。

 ショウはその先端の側面を左足の土踏まずに押し当てながら、足で照準を試みている。

 

撃った!

 

 ――後ろを向きながら楯無の爆撃を回避し、滅茶苦茶な姿勢のままそこに被せるようにトリガー。

 閃光と共にバチンッと弾けるような音が駆け巡った。

 

「当たった……よな。なんで……?」

 

 レールガンから伸びた青白い光の線が薄っすら跡となって空中に残っている中、両者の逃亡劇は再び幕を開ける。

 命中していたはずだ。にも関わらず、楯無のシールドエネルギーの割合は全く減っていない。

 

「これこそ()()()()()()、更識楯無の本領発揮だあっ!

 楯無選手の乗機『霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)』には水を利用した超高圧の防護膜が展開されています。下手な実弾射撃は弾かれておしまいだぞ! 沢村選手どうする?!」

 

『――真正面から撃ったのに膜で弾丸が止まってねえ。とすると、跳弾……いや、細かくは避弾経始か?』

 

『またまたご明察♪』

 

 開放回線(オープン・チャネル)から試合中の両者の会話が聞こえてくる。ショウは楯無の使った技の仕組みに気付いたようだった。

 

 


 

 

「――ひでえ試合もあったもんだな」

 

「全くっス。あのOF-3とか言うIS、会長に対して相性悪すぎて……もうダメっスね」

 

 ピット横ののぞき窓のようなスペースで観戦するフォルテとダリルは、2人揃って苦い顔だ。

 

 楯無と何度か戦った経験のある2人は、この第6アリーナの中では最も彼女のことを知る人間と言えるだろう。

 特に、IS戦における楯無のやり口と無法さはよく分かる。

 

「相性以前に、こんなアウェー戦術仕掛けられてるってのによく逃げ回れるよ。

 初手からああやって連続で清き熱情(クリア・パッション)をぶち込まれ続けたら誰でも心が折れるわ」

 

「ナノマシンを使った水蒸気爆発の誘発……起爆直前まで全く見えないっスもんね。

 しかもその見える時間だって一瞬……見切れてるのはまさしく異常っスよ」

 

 楯無の専用機「霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)」は水にアクア・ナノマシンを混入したナノ流体の制御に特化した第3世代機だ。

 その応用の幅は広く、ナノマシン同士の間にエネルギーを通すことで、液体と気体の両方で自由に制御ができる。

 

 清き熱情(クリア・パッション)というのは、そのナノマシン制御を応用した攻撃機能だ。

 空間中に充満させたアクアナノマシンの霧を、イメージインターフェイスで任意の位置に凝集。そこへ急激に熱を加えることで、体積比1700倍という強力な膨張圧を爆撃に使えてしまう。

 一瞬にして鶏肉を真っ白に蒸し上げつつ、粉々にしてぶち撒ける大火力だ。

 

 熱の流動も思いのままで、すぐに散らしてアクアナノマシンを冷やせば、次弾装填はおしまい。

 IS本体からのエネルギーが切れない限り、弾数無限のグレネードを相手のすぐ側にテレポートさせるような無法が行える。

 並の相手なら何も出来ずに芋洗い状態にされてゲームオーバー。そうやって楯無は挑戦者を跳ね除けてきた。

 

 しかしながら、ここまで自由に清き熱情(クリア・パッション)を扱うためには、使用場所が閉所で、そこにエアロゾル状態のアクアナノマシンが充満している必要がある。

 楯無の普段の戦術としては、相手に気付かれないようにアクアナノマシンを霧として散布、ある程度濃度が高まった所から使用開始というのが基本だ。

 逆に言えば、始めからこんなに連発が出来るような代物ではない。

 

「事前にアリーナの内部を()()()()()()にしとくとか、何考えてんだよ会長……あのサワムラとかいう男が何かしたってのか?」

 

 改めて、フォルテもダリルも楯無のやり方は知っている。

 その上で、想定こそしていたが一度もされたことのない戦術が幾つかある。

 恐らく、目の前で行われているのはその一つ。

 

 ナノマシンの散布に時間が掛かるのなら、試合の開始前に済ませてしまえば良い。

 誰でも考える、単純な発想。しかし、楯無の行動は更に強力だ。

 

 跳弾したレールガンの弾が地面に当たったとき、砂埃が一切上がらなかった。それはつまり地面が湿っていたということ。

 楯無は、事前に第6アリーナの内部に備え付けられた、清掃時の砂塵抑制用スプリンクラーで散水を行っていたのだ。

 

「ショウって人が来る前までずっと中で待ってたから何とも言えないっスけど……もしかして散水用のタンクにもアクアナノマシン仕込んでたりしないっスか?」

 

「いや流石に……あーダメだ否定出来ねえ、あの女ならやりかねない。っていうか、あそこまでやらせる精神に持っていかれてる方がおかしいだろ。

 あのいつも余裕で人をおちょくってくる会長がだぞ? 真逆じゃねえか」

 

 アクアナノマシンの霧が充満した、閉所のアリーナ。楯無にとっては、その中で何が起きているのか、まるで手に取るように分かることだろう。

 不安定な慣性制御に追われるショウの僅かな旋回の予備動作を見抜いて、そこに清き熱情(クリア・パッション)を仕掛けるなど容易いこと。

 

 むしろ、それで生き延びて、しかも楯無にこんなろくでもない戦術を使わせるショウは一体何なんだ、というのが2人の共通認識だった。

 

「やっぱし怖いスね、会長は……本気になったら手段を選ばない」

 

 ダリルが即座にピットの隔壁を閉めた理由も単純だ。アリーナの外のピットまで清き熱情(クリア・パッション)の効果範囲に含まれかねない。

 

「ああやってジリジリ追い詰めて、『自分には勝てない』って分からせようとでもしてんのか……? 

 そりゃ入学早々にイギリスの代表候補に勝ったとは聞くが、そのイギリス女が弱かっただけじゃねえの」

 

「調子に乗ってる相手を叩き潰すにはもってこいの状況っスよね……やっぱりこの試合、公開処刑で間違いないんじゃないっスか?」

 

 


 

 

 今日の試合をセッティングするに当たり、楯無は薫子にわざとこのことを教えた。

 目論見通り、薫子は生徒会長と2()()()というビッグネーム同士の試合を学園中に喧伝し、水曜日のうちに話題が広まったことで、アリーナには観客として生徒が詰め掛ける事態になった。

 その横でトトカルチョまでやり始めたのは想定外だったが……。

 

 結果として、楯無とショウの試合は多くの視線に晒されながらのものになる。

 その上で、楯無は平然と場外戦術を仕掛ける。

 

 フォルテの予想通り、楯無は散水用タンクに先んじてアクアナノマシンを混入させ、それを散布することで、試合開始前からアリーナを楯無の支配領域に仕立て上げている。ロウリュというには些か温度が低すぎるが、サウナで茹だるよりも破壊力のある高湿度の環境。

 ショウにとっては完全なアウェー。元より少ない勝ち目はより少なくなる。

 

 彼女の二つ名に語られる通り、不正試合(Foul-Bout)

 

 楯無がここまでのことをしたのは何故か。怖かったからだ。

 

 ショウの実力が怖かった。

 だから、場外戦術込みで徹底的に勝ち目を奪う。

 絶対に自分が勝つために。

 たった一つで良い、ショウを下せる条件が存在することを確認するために。

 

 ショウを恐れている自分が怖かった。

 だから、敢えて自分を衆目に晒す。

 私は、学園最強。皆を守る盾なのだ。

 それが臆病風に吹かれて逃げ出すことなど、万に一つもあってはならない。

 

 「されば汝ら諸々の王よさとかれ、地の審判人よ教えを受けよ」というのは聖書の一説だったか。

 不安定なショウが変な気を起こさないためのストッパーとして、敗北を与えておきたいのは本当だ。予て災いを知り、それを避けるのがもしも真実ならば、勝てぬと分かって立ち上がる人間ではないはずなのだ。

 

 だけれど、これはショウに対する公開処刑などではない。

 楯無が安心を勝ち取るための、一種の儀式。洗礼。

 

 

 

 

「――爆発の予備動作、読めたぞ」

 

 囁くような声でショウが虚空へ向けてブレードを振るう。小さく湯気が立ち昇る以外には何も起こらない。

 

「ああそう、けど私の言ったこと忘れてないでしょうね? 弾切れナシよ!」

 

 レッド・ポッドからの弾丸をばら撒きつつショウが離脱にスラスターを吹かした直後、OF-3の側面で爆発。

 直撃こそしないが、かすり傷が積み重なっていく。 

 徐々に敗北が忍び寄る。

 

 アクアナノマシンを利用した水蒸気爆発攻撃、清き熱情(クリア・パッション)の発動は3ステップで行われる。

 

 1つ目は攻撃座標の決定。

 イメージインターフェイスとハイパーセンサーの組み合わせにより、楯無が知りうる領域のすべてが攻撃対象になりうる。単に知覚するだけの行為だから、これを防ぐのは困難だ。

 

 2つ目はアクアナノマシンの凝集。

 液体になるまで冷却されたアクアナノマシンも、ある程度の体積まで集めておかねば火力は出ない。

 水一滴を焼けた鉄板に落とすのと、噴火して流れ出た溶岩が海水に触れるのとでは規模が違うように、ターゲットの付近にまとまった量をかき集める必要がある。

 そして、それは一瞬にして行われる。

 

 3つ目が起爆。

 霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)の流体エネルギー制御能力により、集合したアクアナノマシンの塊を即座に加熱、完全に沸騰させて暴力的な膨張圧を爆発としてけしかける。

 

 ショウが目をつけたのはこの2つ目。凝集の段階。

 一瞬とは言え自分の近くにアクアナノマシンの塊が生まれるのならば、それをレーザーブレードで焼いてしまえばいい。

 刃の触れた端から順繰りに蒸発していくのと、楯無の制御で全体が一斉に沸騰するのとでは振る舞いが違うからだ。

 

 イメージファイトで鍛えた反射神経と、パラメータ探索のために己に強いた無茶苦茶なマニューバー、OFX-2(ワルキュリア)から進化したセンシングデバイス。

 これらが揃うことで実現する、刹那の見切り、斬撃。

 

「――ッ!」

 

 再びの爆発。爆発。爆発。爆発。爆発。

 ショウの対処法における最大の問題点は、楯無は幾らでもアクアナノマシンの塊を用意出来てしまうこと。

 細やかな姿勢制御を要求される超高速戦闘において、動き回りながらそれらを一々ブレードで斬っていてはキリがない。

 ポッド・シュートが使えれば手数も増えるだろうが、未だに不安定な慣性制御に全神経を割いているショウにそんな余裕は無い。

 

(これより本体をどうにかするのが優先だろうが……)

 

 緩やかに追い掛けてくる楯無に、牽制がてらレールガンをもう1射。

 

 バチンッ、という湿り気が弾けるような音と共に、遠方の地面の土が小さく跳ねた。

 楯無のISの手前に、白い水飛沫で曲線が1本描かれた。

 

(アレの隙間を縫って撃てるほど射撃の才能は無いときた……)

 

 ──霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)の表面に展開されたナノ流体の防護膜。

 厚さ数センチの中にはIS本体からのエネルギー供給により深海数百メートルに匹敵する圧力が掛けられており、それだけで大概の物体は弾き出される。

 そして仮に内部へ侵入しようものなら、暴力的な水圧で圧壊する。

 レーザーやプラズマといった熱兵器の類も、水の熱容量によって受け止められ、蒸発という形で威力を殺されてしまう。

 

 そして、この防護膜は液体であるために、形はパイロットの意思に従い自由自在。

 弾丸のような飛来物に対して、衝突する場所の角度をずらし、ミクロな表面構造を変化させて粘性と摩擦を操ってやればどうなるか。

 

 ――すなわち、弾丸(たま)は滑る。

 

 先ほど見えた水飛沫のラインはその軌跡。ショウの放ったレールガンの弾丸は明後日の方向へと導かれてしまったのだ。

 

 防護膜の隙間は? そんなものはない。

 では近付くか? それこそ彼女の思う壺、防護膜から直に清き熱情(クリア・パッション)を生やして叩き込まれるのが目に見えている。

 

 ショウの洞察により、楯無のタネは割れた。

 だが、それが何か?

 

 完全なる対話拒否。

 アクアナノマシンは楯無に絶対の攻防一体を提供する。

 任意の位置への爆撃で追い立て、自分は膜による防御で一切を拒絶する。

 そもそも仕掛けが分かるかどうかの問題ではない。

 

 比較的単純な兵器しか積まない第2世代機では当然。

 大量のエネルギーを使う特殊兵装を扱う第3世代機でも、アクアナノマシンを直接どうにかできるような武装でなければマトモにダメージが入らない。

 

 薫子に()()()()()()と煽られる所以(ゆえん)はここにある。

 

 学園を守る盾。

 象徴としての最強。

 それを実現する絶対の防御。

 

 それを持ってなお楯無は恐れる。

 得体の知れぬショウの深淵を。

 

 だからその暗がりに致死量の水を流し込んで責め立てる。

 覗き込んでなどやるものか。覗き返す暇など与えるものか。

 何かがいるのなら、勝手に溺れているがいい。

 光で照らすよりも簡単な手段。

 

(これだけの濃度のアクア・ナノマシン。OF-3(あっち)の慣性制御を阻害できるかと思ったけど……まるで影響がないわね)

 

 一方の楯無も完全に思い通りというわけではなかった。

 

 霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)が可能とするアクア・ナノマシンの制御は単にエネルギーの伝達だけではない。

 もっと力学的に、物を掴んだり抑え込んだりといった念動力じみたことも幾らかできる。

 本当は専用の拡張パッケージが無ければ出来ないことだが、ここまで濃度を上げれば、相手の動きを少しだけ鈍らせるくらいは可能なはずだった。

 だが、OF-3にはまるで効いていないようだ。

 

「そら、そらそらっ! 逃げてばかりじゃ勝てないわよっ!」

 

「爆撃の予備動作も見えた、直撃は避けられる。カス当たりしてる間に思案中だっての……」

 

「あら、そう。

 ――じゃあ悲鳴上げるまでコスってあげるッ!!

 

 まるでおとぎ話の魔法使いが杖を振るうように、ランスの切っ先で視界の中のショウをぐるりと囲った。

 

 ――どんっ、ど、どどうっ、どっ!

 

――回避(パリィ)回避(パリィ)回避(パリィ)ぃっ! 沢村選手、まだまだ避ける! ただいま試合開始前から10分。学園最強を相手にここまで粘るパイロットも数えるほどしかいないでしょう。

 

 楯無の言葉と共に爆撃の頻度と濃度が急上昇する。

 ショウの回避もより激しいものになるが、旋回の一瞬だけ滑るようにターンが鈍くなる瞬間が生まれている。PICとXICSの同調が狂いつつあった。

 開放回線(オープン・チャネル)越しに聞こえてくる息遣いもこころなしか苦しげだ。

 

――だが決定打の用意は大丈夫か!? 玉座の前に立ち塞がるは無限の大海、並の火力では越えられないぞっ!

 

(もう細かく狙うのはヤメよ、避けられなくなるまで囲んで叩き続ける。それで十分っ!)

 

 ナノマシンや流体エネルギー制御という最新技術を扱ってなお、結局は単純な「囲んで叩く」という戦術に行き着くのは、その原始的な方法がどれだけ効果的であるかを表していると言えるだろう。

 

(チクショウ、チクショウ……勝ちなんざ狙ってねえけど、折角手に入った未知なんだぞ、何も出来ないまま潰れるのだけはゴメンだ)

 

 ショウは焦る。

 自分が何故ここで戦っているのかは分からない。

 けれど、それまで視界の外を埋め尽くしていた停滞が、初めて見る未知に塗り潰されている。

 飛び込むしか無かった。突破口があるとすればそこから探すしかなかったからだ。

 

 今回の勝敗には拘泥しない。

 というか、死ぬほどどうでもいい。

 そんなものを気にしていられる状況ですら無いからだ。

 

 だが、このまま負けるのだけは絶対に認められない。

 今まで怯えながら探してきたOF-3の完成も掴めず、何も変えられない。

 それに何の意味がある? 

 

(これが俺の番だってんなら、山札を引かせろよ……!)

 

 ショウは楯無に向けて突撃する。

 レールガンは腰に据えて、ブレードを構えながらコンバーター「プラズマフレイム」を予熱する。

 

 迎撃されるリスクより、このままジリ貧ですり潰されるのを嫌った。

 むしろ、距離を詰めればアクアナノマシンを凝集させる座標がそれだけ読みやすくなる。

 炙るだけのプラズマフレイムも、至近距離なら清き熱情(クリア・パッション)の起爆を阻害できるはずだ。

 

(……来たッ!)

 

 対する楯無はランスを量子化し、代わりに蛇腹剣【ラスティー・ネイル】を呼び出す。

 アクア・ナノマシンの後ろに伏せた、もう1枚の拘束手段。

 万一にも逃がしてやるものか。

 

「俺は()()()()()()を否定する……賭けるぞ、俺は──ッ!」

 

「もう良いでしょう。アナタの底は見切ったわよ沢村ショウ……!」

 

4速ッ!

 

 OF-3の背面。スラスターがまるで花が咲くように限界まで開いて、夥しい量のプラズマが放出される。

 その後ろを追い掛けるように生成され、起爆を待っていたアクア・ナノマシンの塊は軒並み蒸発して消えた。

 

 制御を完全に投げ捨てた吶喊。4速など、今のOF-3では制御できないのは分かりきっている。

 試合のレギュレーションで制限されているとはいえ、元来地球の重力圏からの離脱を想定した推力を、楯無へそのまま叩き込む。

 柄でもない自覚はあった。けれど、その「柄」とやらで何ができるというのか。

 

 ――その刹那。ショウの視界の端にOF-3本体から小さくメッセージが浮かんだ。

 

 

「なんだ今はそれどころじゃ――」

 

「こんなときに余所見? ずいぶん気楽じゃないのっ!」

 

 ショウのリアクションも待たず、続いてもう一つメッセージ。

 

 

 

 ────ブツリ

 

 それは一瞬のことだった。

 

 噴射炎を迸らせていたOF-3のスラスターが突然動かなくなり、肩に止まっていたポッドも、手に持っていたブレードも、力が抜けたように投げ出される。

 これからまだまだ加速する予定だった、半端な速度のままショウは楯無を守る水のヴェールに顔から突っ込んだ。

 

 ショウの悲鳴すら聞こえない。

 衝撃は速やかに吸収され、重力に引かれたOF-3は力無く、ドサリと地面に落下した。

 まるで壊れたかのように、その顔面だけが不規則に点滅を繰り返している。

 死戦期呼吸か、痙攣か。

 

「……え?」

 

 まるで時間が止まったようだった。

 自分は何もしていない。

 ただ、相手が急に動かなくなった。それだけ。

 

 受け身も取らない体勢のまま地面に転がるOF-3を見下ろしながら、楯無はこれからどうすれば良いのか分からなくなってしまった。

 不正までして、その結果がこんな形なんて。

 あんまりにも、あんまりで。

 

 これが、勝ち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

こんかいのまとめ

 

 

 

・フォルテ

 

 アリーナに物を仕掛けるのはルールで禁止スよね。

 ギリシャ出身の専用機持ち。ダリルとは実は恋人関係にある。

 会長ってここまでヤバいことする人だったっけ……?

 

 

・ダリル

 

 アメリカ出身の専用機持ち。フォルテの恋人なのでナチュラルに抱き締めたりする。

 自分の専用機の特性上、楯無には苦汁を舐めさせられることもしばしば。

 本気の会長に粘れるショウもヤバくねえか……?

 

 

・セシリア

 

 むむむ……わたくしの方が先に戦いたかったのに……。

 生徒会長にジェラシーを滾らせるイギリス人。ゆるせセシリア、また今度だ。

 一夏と箒のコーチ役として観戦に誘ったものの、どうも2人の仲があまり良くなさそう。

 箒は一夏のことが好きなんじゃなかったの……?

 

 

・箒

 

 なんであんなことをしてしまったのだろう。

 一夏に木刀を振るってしまったことを未だに引きずっている。

 きちんと謝りたいが、言葉が出てこない。

 私はどうしたら良いの?

 

 

・一夏

 

 えー、解説の織斑です(半ギレ)。……いやいや、務まってないでしょこんなの。

 楯無の無法っぷりとショウの異次元機動に目が離せない。でもこれ、試合って言って良いのかな、一方的な鬼ごっこじゃないかな。

 この試合でショウに元気を取り戻してほしいが、大丈夫かな……? 

 

 

・薫子

 

 ジャーナリズムは死なんよ。

 学園一のジャーナリストは学園一の実況者でもある。整備科だから戦うこともないしね。

 試合中でどうせ言い返せないだろうと楯無を煽る煽る。

 でもその方が彼女にとっては心地よかったりするのを薫子は知らない。

 

 

・ショウ

 

 何でも使う。何でも試す。この目に映るそのすべて。

 だからどうか、俺に明日を見せてくれ。モノクロに溺れるのは、もういやだ。

 大丈夫、もう応えてくれるよ。殻を破って、さあおいで。

 

 

・楯無

 

 アナタが何を考えているのかも、何をするのかも分からない。

 アナタの見る景色も分からない。

 何もわからないから、私は怖い。

 けれど私には責任があるの。アナタが危機になり得るというのなら、私が止めないと。

 

 

 




 生徒会長はルール無用だろ。

 霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)の性能を真面目に考察すると、タイマンだとあり得ないくらい強いんですよね。この試合では使わせてませんが、この上分身までできるとかそんなのアリ?
 今回は閉所&事前のナノ散水でその強さを盛りに盛っています。

 今回の楯無戦のコンセプトはズバリ「儀式」です。
 楯無にとっては本文で書いた通り。ショウにとっても、閉塞を突破するための重要な機会です。
 ショウの攻撃は防がれ、楯無の攻撃は避けられる。互いに正攻法では決着しない状況を、ここまでのOF-3の旅路が収束して貫きます。

 実況席の会話を拡大タグで割り込ませるのは挑戦でした。作文の作法ガン無視ですし、4人以上の会話をシーンに入れるのも可読性の悪化を招くということで、どうにかして読める文に出来ないか模索した結果がこれです。
 読んでいて混乱されないと良いんですけど……。

 本当に長らくお待たせいたしました。
 次回でようやく本当の主人公機をお披露目できると思います。

戦闘シーンは……

  • なんぼあっても困りませんからね
  • 戦ってねえで話進めんしゃい
  • そんなことよりおなかがすいたよ
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