Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
そりゃみんな分かってるでしょ。
「ほら、しゃんとしてくださいまし……」
「ここで、いい……」
時を戻そう。
セシリアに支えられながら顔面蒼白のショウが向かったのは、第2アリーナ外縁部の地上フロアにある多目的トイレ。
昼間の時間帯ということもあって、建物の入口と窓からの自然光に頼るために照明は消えており、周囲はどこか薄暗い。
女性しかいないIS学園といえど、今日のように重要な試合が行われる際は外部から企業や政府の関係者が大勢訪れることもあり、その会場となる建物には男女共用で扱えるような設備がある。
内部の仕切りの位置を変更することで、普段は90%女子トイレだったのを半々にする単純な仕組みだ。
わざわざ別種のものを複数用意することなく、需要に合わせたコストカットを行う。学園の運営を税金でやらされている日本政府にとっては必須の要素だった。
下手に無駄を野党議員に嗅ぎつけられれば、それこそメディアを巻き込んだ大バッシングの嵐が吹き荒れる。機密は基本として、その上で真っ当にうまく運営していくことのなんと難しいことか。機密なので誰もそんなことは知らないし、労いだって無いのだが。
さて、体調の悪い人間がトイレに駆け込んですることといえば決まって一つ。
セシリアは渋い顔のまま、少し距離を取って、壁面のディスプレイに映る試合を眺めた。
見えない砲弾に追われる一夏は確かに不利な局面に置かれているが、そういうときこそ相手を観察しろと教えたのはセシリアの師であるサラ。時には被弾を許容しつつ真っ直ぐ相手を見据える一夏を見て、セシリアは少しだけ誇らしかった。
「……すまない。戻った」
「多少は気分が戻りまして? 昨日まではそこまで体調が悪いようには見えませんでしたけど、何があったのですか?」
セシリアの視界の端に、瞑目したショウがぬっと立っていた。頭が痛いのだろうか、こめかみの後ろ辺りを片手で抑えている。
ついでに顔でも洗ってきたようで、湿り気を帯びたその顔色は先程よりも幾分か良くなっていた。そんな様子を見れば、確かに悪いものを
何にせよ、体調が戻ったのなら当座は医務室へ行く必要はないだろうし、行くにしても一人で何とかなりそうだ。
……とか何とか思っていたら、徐ろに懐から山葵パックを取り出して啜っている。体調不良のときに刺激物を迷いなく口にできるところだけは一生掛かっても理解できない確信がセシリアにはあった。
「にわか雨が降る直前の空模様、あるだろ。真上は真っ暗なのに、周囲の建物は不自然なくらい明るく照らされるような……あんな感じの不安と緊張、ってのが正直なところだな」
「はあ……よく分かりませんが、どうされます? 医務室へ一人で行けるならわたくしは行きますし、そのままで問題なければ客席へ戻りましょう」
試合は佳境に近い。どうせならこんなちっぽけなディスプレイではなく生で見たいセシリアとしては、さっさと観客席へ戻りたいところだった。
そんなとき、ショウの頭が不自然にふらりとブレて、それから妙なことを口走る。
「──セシリア。
「え? いますけれど──きゃぁッ!?」
一瞬の出来事から始まった。
ショウは屈みながらセシリアの背中と膝裏に手を回し、世に言うところのお姫様抱っこ状態で抱きかかえる。そのままどこかへ走り出した。
驚くべき膂力だった。もちろん彼女の身体が重いからではない。
ショウが普段から鍛えているのはセシリアも知っているし、その細身を崩さない程度に引き締まった筋肉からすれば、人ひとりを持ち上げるのはおかしな話ではない。
そうではなくて、問題はついさっきまで死にそうな顔をしていたこの男がその筋力を十全に扱えていることで……。
(──What, WHAT!? 一体何がどうなっていますのッ!?)
名家を継ぐ予定の生娘セシリア。生まれてから今日に至るまで、血の繋がらない男にお姫様抱っこをされたことなんて一度もない。当然頭は混乱で一杯だ。
更に言えば、この男は一体自分をどこへ連れて行こうというのか。荒っぽく揺れる視界を見渡してみれば、アリーナの出入り口に向かっていることが分かる。
そして気付く、ほんの僅かな違和感。
(
いや違う。リノリウムの床を叩く音の周期が加速するのと同時に、それは否定された。
まるでギロチンの刃やプレス機の如く、アリーナの出入り口を上から塞ぐように隔壁が降りつつあったのだ。
厚みは最低でも1mはあるだろうか、本当にプレス機みたいだった。
そこまで来ると狙いに察しが付く。要するにこの第2アリーナの中に閉じ込められる前に出てしまおうというのだ。
なぜ急に隔壁が降り始めたのか、予告無く動き出した現実に理由付けするのは後でいい。問題はこの男が間に合うのかということ。
(下手すれば揃って骨まみれの合い挽きパテにされますわよ……?)
隔壁の速度は予想以上に早い。距離にしてあと20mをどれだけ速く駆け抜けられるかが勝負。そう思ってセシリアがショウの顔を見ると────、
────その目は相変わらず閉じられていた。
「こんなときくらい目を開けて走れってんですわよおあああああああああっ!!!???」
平時のお嬢様口調をぶっ壊しながらセシリアが叫んでる最中に、何を感じたのか更に急加速。まるで絶叫マシンも斯くやというレベルの振動で内蔵がぐわんぐわん。もう吐きそうだった。
「……っ!」
隔壁の高さはもう1mもないところまで降りている。
黒髪セミロングの男は、両腕を伸ばし、まるで高級ホテルのベッドにダイブするときのように、その僅かな隙間にセシリアと一緒にタッチダウンを試みた。
──どさり。
運良く外へ出ることに成功したセシリアは、周囲を見渡して。
「──ひっ」
首から下がまだ隔壁の真下に取り残されたショウを発見する。
こんな重たい隔壁に人感センサーのようなフェイルセーフは付いているのだろうか。
否、今も無慈悲に下がり続けている時点でそんなものには期待できない。
本人は匍匐前進で少しずつ出ようとしているが、隔壁の高さはあと50cm程度。間に合わない。
「──ぁっ、まま、待ってくださいましっ!」
尻もちをついたままショウの後ろ襟をむんずと掴んで、無理矢理に引っ張り出す。
呼吸すらまともに出来なくなる緊張。手遅れになればスプラッタ映画よりも悍ましい景色へ特等席1名様ご案内だ。
(早く、早く……)
あと30cm。
尻まで引き出して、まだ足が残っている。
「う、う゛あ゛あ゛あ゛あ゛────ッ!!」
自分でもどこから出ているのか分からぬ声で絶叫しながら引っ張って、あと20cm。踵が隔壁の天面に擦れるのを感じる。
そして。
──ずんっ。
「ぜえ、ぜえ……お゛ぉ、げほげほッ……!」
響き渡る重い音と共にタイムアウト。目の前が隔壁の鈍色で埋め尽くされていた。逆に言うと、それ以外の色──特に血の赤色は見られない。
ギリギリでショウが足を曲げたため、脱出が間に合ったのだった。
「う、うぅ……はぁ、はぁ……っ」
アリーナの外。石畳の地面へ仰向けにごろりと転がって、セシリアはどくんどくんと拍動する視界をうんざりしながら眺めた。青空の眩しさが今はとにかく鬱陶しい。
ずり、と擦れるような音があった。
煽り画角のセシリアの視界に、ぬっとショウの姿が映り込む。その目は相変わらず閉じられていて、先程のタッチダウンで地面に擦り付けたせいだろうか、白い制服の袖は砂がついて
「どうして、こんなことをなさいましたの……?」
当然の疑問。
あのまま中にいたら、確かにアリーナの中に閉じ込められていたのだろう。
だが、その方が良かったのではないか。予告無くこれが動く時点で非常事態だし、これだけ分厚いのなら隔壁の内部の方が安全ではなかったのか……と。
ISを使わなかったのも気になった。揃いも揃って専用機持ちなのだ、自分は急なことで展開が間に合わなかったが、隔壁に気付いたショウならガルーダを呼び出して隔壁を壊しながら動けたはずだ。少なくとも2人揃って危うくベルギーワッフルの作り方みたいな最期を迎えるリスクは無かっただろう。
結局のところ、疑問は一つに集約される。
「今の行動に命を懸けるような意味はあったのか?」と。
そんなセシリアを知ってか知らずか、こめかみの後ろをうっとおしそうに抑えながらショウは呟く。
「──セシリア。
また同じ言葉。
まるで録音テープを再生したときのように、記憶と寸分違わぬ声色で男は言う。
「だから! いますわよっ!
そんなことより質問に答えてくださいましっ! どうしてISも使わずこんな危ない方法で外に出たのか!」
喚くセシリアの声をまるで気にしないで、ショウは屈みながら彼女に手を差し伸べて、見渡すように空に顔を向けた。
「──
「はぁ……?」
まるで答えになっていない答え。
「ああロミオ、あなたはどうしてロミオなの……?」とロマンチックに聞いて返ってくるのが「ロミオだからさ」という、欠片も面白くないオウム返しだったらどう思われるだろうか。少なくともシェイクスピアは頑張って軌道修正を試みるだろう。
ふざけたこと言ってないで名前を捨てろよロミオ。さもなきゃこっちが家出するぞ。
「分かるか、何の予告もなしに隔壁が動いた異常を。少なくとも専用機がある人間は外に出て動けるようにしておくべきだし、かといって隔壁を壊せば遮蔽物が無くなるリスクがある。
何だかんだで鳥籠の中は安全なのさ。壊すのはいつだって出来るし、だから──ぅえ、気分悪……」
心理的な疲れとお姫様抱っこで内臓を揺らされまくった事による吐き気でウンザリのセシリアは、呆れてそれ以上聞く気になれなかった。
(吐きたいのはこっちですわよ……)
突発的行動の目立つセミロング長身男の被害者が、哀れにも増えてしまったのである。
真上の空は晴天。しかし、どこか海風は冷たくて。
「日和だなあ」
「……もうすぐ雨降るって言ったの、ダリルじゃないっスか」
第10アリーナの近くにあるベンチで寄り添いながら、ダリルとフォルテの2人は、絶賛おサボりタイムだった。揃ってクラス代表ではないし、2,3年の代表の試合なんて前年の焼き直しみたいなものだ。特に2年の部については、どうせ楯無が全部持っていくに決まっていた。
つまらないのならこの悪ガキ2名としての答えは一つ。抜け出すしかない。
どうせサボるなら寮に行けばいいだろというダリルを、ここなら他学年の観戦に行っていたと言い訳が立つからと宥めた結果がこれである。
IS学園の東側の海に面したベンチからは、予報通り、こちらへ向かっているらしい大きな雲が見えた。いや、大きいなんて言葉で足りるレベルではない。全長にして20kmはあるだろうか、雲の下は真っ暗で、向こうは見通せない。ああいうの、スーパーセルとか言うんだったか。
真正面から強く吹いてくる海風は4月末の陽気に反して冷たくて、軽装のフォルテは長いアッシュグレーの三つ編みを小さく震わせた。
「流石に屋内に戻った方が良いっスかね。どう見てもヤバいっスよあの雨雲……日本の海ってあんなのできるものなんスか?」
「さあな、でもあのデカさはちょっと懐かしいぞ。ウィスコンシンのだだっ広い草原の上とかで偶に見られる激ヤバなやつだよ。あるいはカンザス辺りでも見られたっけ。オズの魔法使いでドロシーが家ごとすっ飛ばされるの……読んだことあるだろ?」
「それベースボール大の雹とか沢山降ってくるやつっスよね!? もう言い訳とかどうでもいいから寮戻りましょうよ、アリーナに閉じこもってたら出られなくなるっスよ!」
よくSNSでインプレ稼ぎ目的のアカウントが、見飽きた定型文と一緒に異常気象だったり暴風雨の様子を捉えたホームビデオの無断転載を上げていることがある。
目の前に広がるのはまさにそんな大荒れの前兆。いざ雨雲がたどり着いたら、スイカ大の雹が降ってきて、学園の建物が穴だらけになる……そんなこともあるかも知れない。
「そうだな、あの大自然の猛威ってやつをもうちょっと眺めたら退散するか────」
迫る危機感に隣のダリルを揺らして立たせようとするフォルテだが、一方の金髪アメリカ人少女は大胆に着崩した襟首をパタパタ扇いで、実に呑気だった。ランジェリーみたいな黒い下着が制服の下に見え隠れしている。
思えばこの冷たい海風も大雨の予兆だろうに、なんでむしろ暑そうにしていられるのか。
丁度、そんなときだった。
──ギィィィィンッ。
ベンチの前の、海際の欄干の、そのすぐ向こう。
2人の眼前を暗灰色の影が3つ、耳を劈くジェット音で引き裂きながら駆け抜けていった。
反動で生まれた強風にぶわり、と煽られて髪の毛が逆立ったダリルは、驚いたように突然立ち上がると、両手を欄干について身を乗り出す。
あの姿、特徴に覚えがあった。
「──うおぁっ、
「なんスか? それ……」
「
──アレの写真撮って自国の諜報部にでも送りつけてみろよ、絶対喜ばれるぜフォルテ」
何故か興奮気味のダリルに、フォルテはぽかんと置いていかれている。この乳間着崩しホーステール女の言うことが正しければ、その所属不明機とやらがここIS学園に現れた時点でとんでもない異常事態である。
「──来いよ、ヘル・ハウンド!」
ダリルの呼び声に応じて、白い粒子が舞った。直後に彼女が纏っていたのは、ダークグレーの装甲で覆われたアメリカ製第3世代IS「ヘル・ハウンドver2.5」。
熱量兵器に特化したコンセプトのこの機体には、両肩に犬の頭部を模した火炎放射ユニットが取り付けられている。
「野次馬しに行くぞフォルテ。雨なんてISがありゃ物でもねえし、緊急事態となれば自由に覗き放題だ。最高の暇つぶしになるぜ?」
大きく腕を振って手招きするダリルは、そのまま素早く空中へ飛び上がった。
一方、
「……ああもう。来るっス、コールド・ブラッド!」
続いて現れたのは、ギリシャ製第3世代IS「コールド・ブラッド」。
薄紫色のISスーツの上にはほとんど装甲が無く、代わりに腰からゴテゴテと樹状に生えた黒色のフレームには、六角形の青い結晶で出来た共振冷却ユニットが幾つも並んでいる。
フォルテも空中へと飛び上がったところで、2人の少女は、死神たちの後を追い掛けた。
頭が痛い。
昨夜、久し振りにきちんと睡眠を取ったら随分と脳を驚かせてしまったらしい。リフィーディング症候群みたいなのは睡眠にも適用されるんだろうか。専門家がいるなら聞きたいところだ。
視界がグチャグチャだが、まだなんとか見分けが付く。今は、苦しみより目を向けるべきことがあるはずだから。
とりあえず建物の外に出ることには成功した。セシリアも恐らく連れ出せているはずだ。
とにかく中は中、外は外でできることが大きく変わる。
挨拶なんてしてやらねえぞ。今は俺の番なんだ、黙って貰おうか。
アリーナの隔壁が降りている。他の窓や非常口の類まで全てが封鎖され、通風孔まで閉じられる徹底ぶり。ネズミ一匹入れないとはまさにこういうことなのだろうが、中のイチカとチフユが心配になる。窒息したりしないだろうか。
もう一つの変化は、通信の類が全て不通になっていること。スマホを見れば、レトロチックなアンテナマークは0本で、学内用の端末も同様だ。
非常アナウンスも一切されない。やけに冷えた海風だけが音として聞こえる。いつもより静かな気がした。
よろよろと立ち上がると、俺は第3アリーナを目指す。
状況は何も分からない。恐らく他の建物も同じ状態なのだろうが、通信手段が無い今、自分で見たものだけが全てだった。
「──今度はどちらへ行かれますの?」
隣から声がした。多分セシリアだろう。
だとすれば、さっきのは成功したことになる。いい知らせだ。
「第3アリーナへ行く。昨日届いた新装備も取りに行かないといけないし、何より今は情報源が何も無い。建物の外に
「その建物の外に出る羽目になったのは貴方のせいだというのに……妙に開き直りますのね。とはいえ、予告なしでアリーナが完全閉鎖された今、ISの使用は視野に入れて動くべきでしょうね。
……というか、屋外の方が明らかに危険ですわよね? わたくし達、わざわざ命懸けで危険地帯に飛び込んでませんこと!?」
「俺は生まれてこの方、世界に安全な場所があるなんて思ったことはないよ。どこもかしこも死が散らばってる。すぐそこにだって……どうして
「さっきから言っている意味がまるで分かりませんわよ────っ!?」
無意味な問答はそこまでに、足の踏み場に気をつけて歩みを進めると、目の前から強く突風が叩き付けられる。目なんて開けてなかったけど、反射的に腕で顔を覆って、腰を曲げてしまうのは本能か。
「……ブルー・ティアーズ」
風が止んだのを確認してから腕を解いて、今度こそ目を開けて前を見ると────地面から1m位の高さだろうか、行く手を遮るように人型の機械が浮遊していた。
晴天に照らされた明るいベージュカラーの石畳や、青々しい生け垣の色からは明らかに浮いている、いっそ攻撃的な印象すら覚えるくらいに明確な人工物。
高さは平均的なISより少し大きく、全体的に角ばった外見をしていた。
全身は黒灰色のデジタル迷彩で彩られ、ところどころに走る赤いラインが緩やかに点滅している。そして、顔面を覆う白いラウンド・バイザー……まるで黒いローブに身を包んだ、ステレオタイプな死神みたいだ。
尖った胸部を始め背面のスラスターユニットとそれに付随する装甲はどこかガルーダやワルキュリアのそれに似ていて、首や膝などの装甲は人が乗っているにしては細く収まりすぎている。人体で言うところの二の腕部分は細いのに、肘から手首までの装甲はやたらと分厚かった。
てかラウンドバイザーまで角ばってるじゃねえか、ラウンドって呼んでいいのかコレ?
けど、なんだろう。見覚えがあるような気がする。
否、
「何者ですの、貴方……あら?」
視界の端に覗いた青い装甲はセシリアのISか。自分もガルーダを呼び出して纏うと、灰色の人型はふわふわとこちらに近づいてきて、害意がないとでも言いたいのだろうか、傅くように片膝をついて着陸した。
丁度それで角度が合って、ラウンドバイザーの上に小さく刻まれた文字を読み取ることができた。一瞬遅れて、全く同じ内容が記された機体情報がガルーダの視界にオーバーレイされる。
Target Type: TX-T "ECLIPSE"
Pilot: unmanned
Status: Ally (remote controlled)
Wave Cannon Type: Shock W. Cannon
Force Conductor: N/A
Slot Red : Sting RAY
Slot Blue : Hound RAY
Slot Yellow : Snail RAY
──────
────
「TX-T エクリプス……やっぱりか」
「ご存知ですの?」
「ああ、ガキの頃に研究所で見たことがある奴だ。滅茶苦茶古い、このガルーダのご先祖サマみたいな機体のはずだが、なんでこんなところに──。
──てか、遠隔操作中だあ!? 誰だよ操ってんの……」
──TX-T エクリプス。
俺の愛機だったOFX-2の前身となる機体の開発に先立って、変形機構による重心の移動とそれによる慣性制御の効率化を期待して作られた完全ワンオフの、遠隔操縦型の無人機……以前にグランゼーラ内の資料で見たのを覚えてる限りではそのはずだ。
地上から衛星軌道までひとっ飛びに移動できる軌道飛行機を実現するに当たって、精密な速度調整は必須事項だった。大気圏の再突入は言わずもがな、他の衛星の軌道に合わせに行くのだって、重力と速度と方位を噛み合わせなければ実現しない。
当時は単純なスラスター出力の変更だけでは足りないだろうと考えられていたこともあって、色々な方法が試されたらしい。
その一つがコレ。まだ有人で
一歩間違えればデブリと正面衝突からのケスラー・シンドローム一直線のおそれさえある、正気の沙汰ではないラジコン実験の結果として、エクリプスの変形機構は変速に伴う装甲の
似ても似つかない文字列だが、TX-TがOFX-2の2つ前の型番ということを考えると、いま俺の下にあるガルーダの、曾祖父さんってことに……いや、変な表現か。
さて、改めてこのエクリプスは試験機ゆえに
誰かが盗んだのか、保管されていた設計図をパクったか、どう考えても碌でもないこと請け合いの状況だ。
とりあえず敵対していないのは好都合。今のうちに確かめられることは確かめてしまおう。
基本的な通信システムはガルーダと対して変わらないはずなので、眼の前のエクリプスにアクセスを試みることにした。
やり方は単純、片手で頭部のバイザーに触れるだけ。
「さてさて、お前はどこの飼い犬なん……。
――ッ!?」
意外にもアクセスは簡単に受け入れられたが、いざ内部情報を見に行こうとした途端、けたたましい警告音と共にガルーダ側のシステムウィンドウが立ち上がる。
「セシリア、なんか来るぞ」
「ナニカナニカって、もっと具体性をもって仰ってくださ──」
言葉を途切れさせたセシリアは上を見上げたまま固まった。同じ方向を見ると────空がぐわんぐわんと歪んでいる。
雲の浮かぶ青空の中のある一点だけ、まるで石を投げ込まれた水面のように波紋が広がっていた。あまり長くと見ていると気分が悪くなりそうな、不自然。
そんな目を疑うような光景が10秒くらい続いた後、波紋の中心から細い棒が8本、ぬるりと突き出てきた。最大望遠でその棒が
グワッ――そんな音が聞こえてきそうなくらい力強く景色が引き裂かれ、指の主が姿を表す。
もう一機のエクリプスだった。
「2機目って、オイオイ嘘だろ……?」
その外見は目の前で跪いているものと瓜二つ。反応も装備も同じように表示されるせいで、完全なコピーみたいだった。
実験機であるエクリプスは1機しか建造されていないし、量産計画も無い。少なくとも俺はそう聞いていた。
だというのに、全く同じものが複数、それも目の前に揃っているのはどういうことだ?
2機目のエクリプスは、こちらの方に数秒顔を向けた後、背面からプラズマを撒き散らしながらスラスターを変形させた。急な閃光に眩んだ目が治る頃には、もうその姿は何処にも見当たらない。
「……ミスター・ショウ、何か知っているのでしょう? 説明を要求します」
「俺が知りてえよ……何にしても、こいつを調べないことには始まらないだろ」
横からセシリアの鋭い口調が飛んでくるが、俺も何がなんだか分からないんだ。一旦は勘弁してほしい。
何より、次の邪魔が入らない内にコイツの正体だけでも知らなきゃならない。俺はもう一度エクリプスの内部システムにアクセスするために、その頭部に手を伸ばした。
『――あー、あー、そこの人たち? 聞こえてるかな~?』
「――ッ、うるさっ!?」
不意にスピーカーから、耳を劈く大音量で人の声が鳴り響いた。
女性の声だ。何処かで聞いたことがあるような……ないような、そんな声。遅れて立ち上がったシステムメッセージによると、眼の前のエクリプスからの通信だった。
俺はエクリプスに向けて伸ばしていた腕を反射的に戻して、耳を塞ごうとしたが――当然ながらガルーダの装甲がそれを阻んだ。チクショウ、先に耳栓でもしとくんだった……。
『あぁ、聞こえてるんだ、良かった。
……ゲインこれでいいかな』
もう一度大音量が響いたが、多少の温情はあったらしくゲインを下げてくれたお陰でまともに声が聞こえるようになった。誰だか知らんがありがとう……でもマジでうるさかったからなお前。
しかし、改めて聞くと、間違いなく聞いたことのある声……そんな確信が湧いてきた。あれはそう、ガキの頃に筑波の研究所で誰かと話していた声……を少し低くした感じの。
誰と話してたんだったか……そういえば女性って変声期過ぎたらこんな感じになるか?
「……どなたですの? 貴方は」
セシリアが代わりに質問をしてくれた。見れば、顔をしかめて俯き気味に側頭部をさすっている。どうやら俺と同様、爆音が来る前に耳を塞ぐのに失敗したらしい。
『篠ノ之束、天才。コレで十分でしょ?』
篠ノ之束。ISの発明者で、色々と学位も持ってる天才にしてお騒がせ。何年か前に失踪してニュースになったのを覚えている。アレ以来、新しいISコアは作られちゃいないんだったか。
どうしてそんな人がここで出てくるかといえば、ここはIS学園なんだから開発者が湧いて出てもおかしくないのだろうか。
……いやおかしいだろ。何で無関係なウチの実験機からその開発者の声がしてんだよ。
「本当に篠ノ之博士なのですか!? なら、一体何が起きているのか説明を……」
何にせよ貴重な情報源が向こうからやってきたので、早速とばかりに博士に質問を投げかけるセシリアだったが、博士は「ゴメン、時間無いから要件だけね」とそれを遮って話し始める。
『もうすぐ……大体30分くらいかな、そこに襲撃者の群れがやって来るから、そいつらを一匹残らず破壊して欲しいんだ。
──あ、もちろん私じゃないよ?』
「何だその襲撃者って」
『仮に1匹でも殺し損ねたらその時点でそこら一帯の地域はゲームオーバー。みんな死ぬから頑張って。
……そうそう、あんま用意出来なかったけど援軍と武器は貸すから、いい感じに使ってね』
俺の問を無視して博士は話を続ける。どうやら「要件だけ」というのは本当らしい。
「その武器は?」
『キミらには無いけどもう配ってる。
「それ以上の情報は?」
『時間がない』
「じゃあ後で頼む」
『ん』
実に素朴な会話で、俺たちと博士の通信は終わった。
しかし、襲撃者か。世界一安全というからここに来たが、それも今日までらしい。元から安全だなんて思っちゃいないから、何も変わらないのだけども。
「──どうして会話を終わらせてしまったのですかっ!? この緊急時に! 折角の情報源だったのに!」
「時間がねえって言ってただろうが。後で話すとも……うおぁっ!?」
用が済んだとばかりに、1機目のエクリプスが上昇すると、そのまま飛んでいってしまった。あの方角は職員室だったか?
「……とにかく、移動するぞ。あのエクリプスが飛んでいった辺り、今みたいな情報を伝えて回ってるはずだ。何にせよ装備がいるし、そこまでの道中で学園を俯瞰すれば多少は現状把握だってできるだろ。
今は速やかに準備を整えつつ他の教員や専用機持ちと合流して対応を決めるのが先決だ、そうだな?」
「そう……ですわね。失礼、取り乱しました。
ええと、通信は――そういえば、さっき少しの間だけ回復していましたので、送れそうなところには救援要請を送っておきました」
「エクリプスの近くなら通信が通るってことか……? 何にせよ流石エリート。色々建物を巡ったら、送った要請が届いてるか確認できるな」
「それが無難でしょう。また通信が使えなくなりましたし、伝令役の重要性が高まっていますから。
――本当に何も知らないんですわよね?」
「だから知らねえって……」
本当に何も分からない。あのエクリプスとタバネとかいう開発者にどんな関係があるのかも、それを本人に確かめたらハッキリさせられるのかどうかさえ。
けれど、俺の目は視界の端に浮かび上がった小さいシステムメッセージを見逃さなかった。
「また、ナノマシン……?」
「──じゃあ、何? アンタはここに飛び込んできたテロリストじゃなくて、これから来るらしい敵と戦うためにやってきた援軍だって言いたいの?」
『ええ、端的に言えばその通りです』
「バッッッッカじゃないの!? 誰が信じるのよそんな滅茶苦茶……。大体、協力してほしいならなんでジャミングなんか掛けるワケ? 隠したいことがあるの見え見えじゃないの、あとそのツラ拝ませなさいよ」
密閉空間と化した第2アリーナに、溌剌ツインテール娘の叫び声が響く。
シアと名乗った乱入者が言うには、間もなくIS学園に招かれざる客が大量にやって来るのだという。仮にそれの到来を許せば、どれほどの死者が出るか予想もできない危機であると。
彼女は来るそれらの殲滅を望んでいて、しかし自分たちの戦力のみではそれを成すには不安が残る。だから、学園にある戦力と共同戦線を張って、確実な迎撃を行いたい……一夏が頭を捻りながらどうにかこうにか理解した範囲では、概ねこのような内容だった。
代表候補というだけあって、用心深いのだろう。シアの主張の一部を真っ向から否定しつつ、その乗機「リプリーズ」へ自前の連結青龍刀を構える鈴音を、一夏は宥めようとする。
相手は明らかな強者だ。どこからともなく現れ、触れただけで自分たち2人を行動不能にしてみせた、得体の知れない能力の持ち主。そんなものにいきなり斬り掛かれるほど、一夏は怖いもの知らずではなかった。
まだ、その時ではない。今は。
「なあ鈴、そんな声荒げなくても……」
「なによ、アンタは信じるっての? 一夏……」
「信じる信じないじゃなくてさ、とりあえず穏便にしようぜって話だよ。ショウだって『何も起きないのが一番』って言ってたし……なあ?」
「あのさあ、近い内に死ぬわよホントに……」
はあ……。二人漫才を繰り広げる専用機持ちたちを如何に説得するか。仮面の乙女シアは困ったように溜め息を吐いた。それに連動して、暗い青紫色のIS越しにラインが顕わになっている胸の二物がゆっさと揺れたのを、ついつい目で追ってしまう一夏。
目聡くそれに気付いた鈴音は、一夏の向こう脛を蹴飛ばした。装甲と装甲がぶつかるガチンという重い金属音が響く。
「いでっ」
「ドコ見てんのよ、ヘンタイ……」
『──ひとまず、我々が必要な戦力を整えつつあることを見て頂けますか。それなら信じていただけるかも知れませんから』
平坦な口調のシアは、右手を何も無い虚空へと
一見して無意味な行動。まるで聖書の預言者が奇跡を振るうときのようなその出で立ちは、リプリーズの暗いカラーリングに反して、妙な神聖さを感じさせる。
「──ぅえっ!? なななな、なんだ!?」
変化は、鈴音の隣から起こった。
一夏の背後に、
曲面パーツを多用したその外観は、どこか乗り物のようにも見える。例えば重機や戦闘機みたいに、本体の前面にコクピットが迫り出すようなタイプの。だとすれば、コクピットを覆う灰色のクリアパーツはキャノピーのつもりか。
だが、そもそものサイズが小さすぎる。マニアが気合を入れて作った1/5スケールの模型みたいに、人が乗り込めるようには見えない全長1.5m。
軍用ドローンにしたって、この空力特性がまるで考えられていない太い外観ではありえない。
上部には白、下部には紫のカラーリングが集中した本体の後方からは、ロケットのエンジンみたいに大きなスカートが付いた推進装置が生えていて、どうも設計者はこれ単体で飛ばすことを考えたらしい。
そんな、非日常的な模型サイズの機械が、そのクリアパーツの鼻先を一夏の背後に触れさせていた。
「……一夏ッ、後ろ!!」
──がちゃり。
現れたのが突然なら、変化も突然だった。
クリアパーツで出来たキャノピーを根本から、まるでおもちゃのロボットみたいに捻じるようにして変形が始まる。
謎の機械は幾つかのパーツに分解され、それが白式の上を這い回るようにして纏わりついていく。
「──っ」
『恐れることはありません。飽くまで一時的なものですから、どうか身を任せて』
白式に纏わりつくパーツ群に掴み掛かろうとした鈴音の腕を、シアが掴む。すると、また甲龍は動かなくなる。力が抜けるというよりは、その場で固定されるようだった。
「うわあ何これ、くっついてくる!?」
「……」
驚愕のあまり子どもみたいな語彙になっている一夏を見ると、馬鹿馬鹿しさが勝ってしまうのは何故だろう。鈴音は片手で抑えつけられたまま、呆れたように目を細めて見守ることにした。
そのまま、ガチガチと金属音を響かせながらスーパーロボットみたいな合体が終わると、一夏の顔の上から覆うようにキャノピーだった灰色のラウンドバイザーが装着されて、それで変化は収まった。
それから、りぃん、と細かい振動が背中をくすぐって、小さく簡素なシステムメッセージが一夏の視界に浮かび上がる。
全体的なシルエットは、少し太身にした白式。
両肩の
大山鳴動して鼠一匹。結局のところ、謎の機械は一夏の背中にほとんどポン付けされていた。
「……なんか、後ろが重たい」
「こんだけ好き勝手されといて最初の感想それなの!? 呆れた……警戒心ゼロじゃない。
──で、シアとか言ったっけアンタ。これなに?」
『”TL-T ケイロン”。私が束と共に開発を進めた、
もっとも、基本的には既存の量産モデルにしか対応していないのですが……白式の場合はこうなりますか』
まさかポン付けで終わるとは思っていなかったのか、どこか仮面の女性は残念そうに肩を落とした。
『……どうか、なさいました? 鳩が豆鉄砲だか豆電球みたいな顔で固まって……』
「──束さん?」
「──”汎用”の”オートクチュール”ぅ!?」
三者三様ならぬ二者二様。一夏と鈴音の顔は驚愕に固まっていた。
「束さんがまた何かしたのか? いや、あの人割とお騒がせだけど、流石に今日のは迷惑どころじゃないぞ」
「それは知らないけど、専用機のための機能特化パッケージにどうして”汎用”なんて文字がくっつくのよ。定義はどうなってんのよ定義は……!」
『……順番に、お答えしましょうか』
そう言って、豊満な胸のブロンド女性は鈴音の問いを先に片付けることにした。
そもそも、オートクチュールとは、パイロットに対して既に最適化が行われた専用機の性質を変化させるための拡張パーツ群だ。
コアに対してISの性能を変化させる最も簡単な方法は、コアを新しいフレームに載せ替えることだが、それではコアに蓄積された前のフレームの学習データが無駄になる。かと言って限られた
そこで使われるのがオートクチュールだ。既存の専用機のパラメータを再配分するようにしてパーツを交換することで、あたかも別の機体であるかのように性能を変えることができる。
当然、作業は大掛かりになるし、簡単に元に戻す事もできない。だが、それに見合った運用能力の拡充が見込める概念だった。
鈴音が気にしたのは、文字通り専用機のための
定義からしておかしいと困惑の色を隠さないツインテール娘にシアが答えたのは、「その定義を作る側の人間が言ったのだから仕方ない」というぶっきらぼうなもの。
ISに関する用語の数々の大半を作った束が言うのなら、それを真正面から否定できる人間など果たして居るだろうか。
「だったらもう別の名前で呼びなさいよそういうのは……」
「じゃあ、束さんがどうたらっていうのは……?」
続いて控えめに右手を挙げながら呟く一夏に、シアは小さく頷く。
『私と束は協力関係にあります。このケイロンを含め、我々で用意した幾つもの兵器を引き連れてここへ来ました。お二人だけでなく、この学園にいる他の代表候補や教員の皆様にも協力をお願いしているところです。尤も、束がその辺りを上手くやってくれるかは少々不安ですが……。
──何にせよ、本気ですよ。私も、彼女も』
「束さんの凄さは身に沁みて知ってる。なら、あの人にアンタと一緒にそこまでさせる”敵”って一体何なんだ?」
『人類の、いいえ、
「え?」
仮面で表情を覆い隠すシアは、鈴音の腕を掴んでいない方の手で空中ディスプレイを出現させると、何やら操作し始める。謎の停止能力のせいで動けない鈴音は俎上の鯉も同然だった。
『……ふむ。記憶が正しければこの衝撃砲で充分動作させられますね。力場による空間制御が出来るISなんてまだまだ珍しいですよ』
突然、甲龍が機能停止する。シアに触れられたのとは全く別で、鈴音の身体を支えていたパワーアシストすら無効化され、ズシンと伸し掛かる機体の重圧に鈴音は堪らず地に膝を突いた。
浮遊を維持することも出来なくなったのか、衝撃砲の搭載された
「ぅぐ、なに、すんのよ……!」
『そのIS本体のBIOS*1と、衝撃砲のデバイスドライバに機能を追加します。
「誰もそんなこと、頼んでないでしょうが……」
『必要なことです。さもないと
──ああ、こちらの武器もお借りしますね』
上から押し潰された程度で気の強さは変わらない鈴音がキッ、と睨みつけるが、対するシアの言葉はゾッとするほど冷たくて。
一夏はそんな無防備で無抵抗の彼女に何もしてやれなかった。今の鈴音は、ISを纏っているのではなく、それに囚われているだけだ。仮に助けるために一夏がシアに斬り掛かったとしても、それより先に彼女が鈴音の首をへし折る方がずっと早いだろう。何より、自分の背中にポン付けされたケイロンとかいう機械がどう振る舞うかだって分からないのに。
民族衣装みたいな仮面をバイザーで覆う女性は、そのまま機能停止のタイミングで取り落とされた連結モードの青龍刀【
『本体からの無線制御とジャイロ機構で飛び道具としても使える……そうでしたね?』
「……」
『まあ、答えて頂かなくとも結構ですが……なら、表面のコーティングと通信経路の変更で事足りますね』
「……なあ、今度は一体なにをしてるんだ? さっきのケイロン……? もそうだけど、使い方も分からないもの押し付けられたって、協力も何も出来ないっていうか」
目の前の現実に置き去りにされかけた一夏がようやく口を開いて繰り出したのは、単純な質問。
本当なら、隔壁に閉じ込められた観客たちはどうしたとか、これから自分に何をしろというのかとか、優先して聞くべきことはあった。けれど、目の前の鈴音に何もしてやれない負い目が、その順位を書き換える。
『言ったでしょう。今しているのは戦いの準備……いつ死んでもおかしくない戦場に貴方がたを引きずり込んで、その上で生還させるための。
──ひとまず出来ることは終わりました。あと数十秒もすればそちらの機体も再起動しますし、ケイロンを含めてお渡しした武装に関しては簡易的なマニュアルを用意しています。時間が無いので、準備が終わり次第飛び上がってください。ケイロンの認証機構で真上のバリアは部分的に解除されて通れますので、詳しい話は学園の上空にて、後ほど』
「え、待っ──」
青龍刀を行動不能の鈴音の前に置いたシアは、それだけ言い残してまた姿を消した。黄金色の粒子をはらりと舞わせながら、まるで景色に溶けていくようなその動きは、誰の目にも行き先を推測できない。
それは始めに現れたときと全く同じ、そもそも存在しなかったかのように。
後には、締め切られたアリーナの静寂と、重そうに荒く呼吸する鈴音の息の音だけが残った。
「……大丈夫か。鈴」
「うん。多分……」
力なく答える鈴音は、未だに動かない甲龍の重みに華奢な体格で耐え続けている。一夏はそんな彼女に背を向けて、しかし離れずに高周波ブレード【
再起動中のISに下手に手を出して動作が阻害されてしまうのを恐れてのことだろう。無意味な行動だとは思わない。鈴音は、彼が無防備な自分を守ろうとしてくれているのだとすぐに気付いた。
それは丁度、小学生の頃にイジメから自分を庇って立ち塞がったあの日の光景そのままで。
(変わらないなあ、一夏)
それから少しして、鈴音の専用機は息を吹き返したかのように機能を取り戻した。落下していた
視界の端に小さくテキストファイルが追加された旨の通知が、まるで置き手紙みたいに跳ねている。シアが言うところの「簡易的なマニュアル」だろうか。
「……ありがと。もう大丈夫」
「そっか。そいつは良かった」
一夏は刀を下ろして、それからゆっくり鈴音の方を向いた。表情には安堵の色が映る。
それを見て少し頬を緩めた彼女はしかし、すぐに真顔に戻って行動を始める。
「とりあえず、装備の確認をしましょ」
「なんでだよ、今すぐ行かねえのか?」
「アンタ自分で言ってたじゃない。『使い方も分からないもの押し付けられた』って。そのケイロンとかいうデカブツが、いざ飛び上がった瞬間に爆発するような罠だったら? 或いは、滅茶苦茶希望的観測して無害有益なものだったとしても、使い方が難しい代物だったりしたら?
あのシアって女が何者か知らないけど、いざアレと戦うことになったら、それの外し方くらいは把握しとかないとでしょ」
仮にも軍人。代表候補生たる鈴音はシビアだった。
そもそも、素性の分からないものには触れるべきではない。緊急避難としてそれを使わねばならないとすれば、尚更慎重であるべきだ。
ここは経験の差が出たというべきか。去年まで戦いとは一切無縁で過ごしてきた一夏に求めるには酷な判断が要求されていること自体、紛れもない異常事態であると小柄なツインテールの乙女は顔をしかめる。
鈴音に言われるまま一夏が機体のUIを漁っていると、シアの言っていたマニュアルはすぐに見つかった。知識のある鈴音に何度か質問をしつつ、ISの教本を1週間で覚えた持ち前の理解力で、一夏はケイロンの運用方法を確認していく。そうして分かったのは、ケイロンが持つ異常なスペックだった。
「ねえ、その行の内容、もう一度読み上げてもらっても良い?」
「ええと、『追加のISコアとジェネレーターによる豊富なエネルギーゲインにより、瞬時加速の連続使用とシールドバリアの高速回復を可能としています』……だって。あれ、これなら零落白夜とか使い放題だったりするか?」
「そりゃ知らないけど、だとしてもとんでもないことよコレ……戦術レベルでは最強のISをわざわざ強化しようってんだから。そもそも強化出来てしまう余地がある時点でおかしいんだろうけど。
あの箒って子の姉なんだっけ? 一体何考えてこんなの作ってるんだか……ん?」
シアの放った「本気」という言葉がいよいよ真実味を帯びてきたところで、鈴音はまだ読み進められていなかった自分のマニュアルに目が留まった。
それはマニュアルと言っても走り書きみたいな簡素なテキストファイルで、内容といえば起動方法と使い方、簡単な仕様と理論の説明くらいのものだった。
奇妙にも鈴音が気になったのは、ケイロンにも同じものが搭載されているという、その名前。
──衝撃波動砲。
「『波動エネルギーを蓄積した力場に空間の変動を重ねることで、目標座標で衝撃として開放する』……何よコレ、
首を傾げる鈴音の頭の両側で、仄かに緑白色の粒子が舞った。
こんかいのまとめ
・セシリア
なんでこんな心臓に悪いことするの……? 本当にどうして……?
ショウの突発的な行動の餌食になる可愛そうな子。
当のショウも謎のIS「エクリプス」のことを知っているみたいで疑念が深まる今日このごろ。
ちょっと海風が寒い。
・ショウ
第2アリーナからの脱出RTA、はぁじまぁるよー!
セシリアを出すことには成功したけど自分は死にかける大ガバ。助けてもらったので無問題ですが何か?
知ってる機体が知らない姿でたくさん出てきてたまげてる。束の声に聞き覚えがあるのはニュース映像のせい……だけではないような。
あ、そう言えばエクリプスのことは企業秘密じゃなかったっけ。今からでもオフレコってことじゃダメかな……。
・束
広域ジャミングの中でエクリプス越しに方々へ指示を飛ばす激務。
戦争の準備ってのは大変なんだよ、ちょっとはリスペクトしてよね。
シアからはまともに指示なんて飛ばせるのかと心配されている。
・ダリル
IS学園の空で母国アメリカを感じるひと時。嵐でそんなの感じるなよ敏感か?
そんなのにスマホ向けるくらいなら自撮りでも上げたほうが反応稼げるんじゃないの……とか思ってたらどデカい特ダネが目の前を横切った!
フォルテ、死神を撮影しに行こうぜ(提案)
・フォルテ
いい加減に寒いっスよ……と身を震わせる氷使い。
流石にベースボールサイズの雹が飛んでくるところには居たくないが、彼女に今日も引っ張られる。
あの、諜報部へのコネとか全然なんスけど……写真撮ったら誰に送れば良いんスか?
・シア
束サイドの中では割と丁寧な説明を心掛ける方。
一夏にはケイロン、鈴には衝撃波動砲をプレゼント。季節外れのサンタさんだね。
どこからともなく現れて、どこへともなく去ってゆく。仮面の彼女は誰でしょう?
・鈴音
突然やってきたテロリスト女(?)に良いようにされる業腹。
何だかんだで一夏に心配してもらえたのは嬉しかったり。
貰った装備の名前がほとんど元と変わらないせいで拍子抜けしている。
ホントに意味あんの? コレ……。
・一夏
うわあ何か背中に貼り付いてるよおっ!
できるだけ穏便にしたいが、いざとなれば剣を振るう準備はOK。でもそのままじゃシアには通じないよ。
無意識に女の子のことを庇おうとするヒーロー仕草は健在。
盛り沢山にしすぎて書いてる側も怪しくなっているのは秘密。
色々とR-TYPE要素を出した話でした。
本章の初回の12話で話題に出した「死神部隊」の正体は束が操る無人機「TX-T エクリプス」だったよ、というオチ。世界各地で謎の怪物を倒して回る正体不明の勢力ということで、そんなことをやる人間がいるとすれば束しかいないよなと。
12話では「角張った概形」「緑白色の爆発」「青色の光線」「黄色い光でできたモーニングスター」……とまあ色々特徴を書いておいたのですが、あの時点でエクリプスと理解できた人はおられますでしょうか。いたら凄すぎるので平服します。やべーもん。
一方で、本機はOFシリーズの祖でもあります。イメージファイトではそんな設定無いのですが、R-TYPE FINALにおけるR's MUSEUMだとOFシリーズの系譜の根本にこの機体があったりします。
もう一つ登場したのが汎用オートクチュールこと「TL-T ケイロン」。原作だとコクピットが上下逆さになって変形する人型可変機ですが、そもそも人型が当たり前のISで出すならどうすべきか迷った結果がコレです。
武装の貧弱な白式や訓練機をどう強化していくか考えたとき、安易に形態移行させてしまうくらいなら強化装備をポン付けした方が色々融通が効くかなと。将来的に主要キャラの機体にR-TYPE要素をどう練り込んでいくかの一例と考えて頂ければ良いかと思います。
最後に鈴の機体に追加された「衝撃波動砲」。
最初に衝撃砲と衝撃波動砲を繋げようと思いついたときは電流が走る思いでした。空間に作用するところとかそのまんまなんですよね。そういう意味で、ちょっと改造しただけでこんなものが搭載出来てしまう甲龍は技術的に本作で重要な位置にあります。
では、こんなに戦力をかき集めて何と戦うのか? ほとんど分かりきった答えではあるんですけども。
次回からみんなで大暴れする予定なので、ご期待頂ければ。
オリ主の挙動不審? 元から頭おかしいんで仕方無いっすね。
既存キャラの強化パターンを見て……
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もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
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強化装備ポン付け位がいいかな……
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機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
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この水は飲めそうだ