Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
数価
数価
今日ここに追儺の翼を以て、一つの預言を否定する。
束によって学園の強制封鎖と広域ジャミングが敷かれてから、約30分。
楯無の周囲は類を見ないレベルで慌ただしい。
クラス対抗戦2年生の部は、初戦の相手を3分でねじ伏せてしまった彼女のせいで、ちょっとした休憩時間になっていた。
その試合終わりでアリーナの外に出ていたのが決定的だったのだろうか。楯無は速やかに締め出され、そして真上を我が物顔で飛び回る
通信も遮断されてしまっているのを確認すると、即座にミステリアス・レイディを呼び出して飛び上がる。
最初は状況が理解出来なかった。
武器弾薬を抱えて学園の各地を行き交うエクリプスに、そこから装備を受け取って隊列を組んでいるISを纏った教員。しかもその教員のISも、何だか妙な機械を上から身に着けている。
視界の端ではパパラッチよろしくエクリプスを追い掛けては無視されているダリルと、それに呆れ顔で付いていくフォルテ。
それだけでは終わらない。
空を見上げれば、学園のちょうど中央の直上に奇妙な物体が浮いている。淡い紫に包まれた琥珀色の光で出来た球体に、平面を多用したメカニカルな外見の棒状パーツが3本、表面に沿うように貼り付いている。
理科実験で使うバーナー用の3脚台に宝石の玉を乗せたように見えるし、あるいは最初の人工衛星スプートニク1号からアンテナを一本もぎ取ったようにも見える。
そんな見たこともないナニカがクルクルと自転している。
その真下の中空には暗い青紫色の見知らぬISを纏った女性が佇んでいて、その側を眩しい紅色のIS──ガルーダがレールガンを片手に飛び去っていく。
もうわけがわからない。
それまで見慣れていたキャンバスの色が、外からやってきた未知の極彩色に塗り固められてしまったような。つい昨日まで自分の庭みたいに知り尽くしていたはずの学園が、侵されている。
大体、明らかな所属不明機と当たり前のように協働している職員たちは何を考えているのか。
「……ッ、貴方たち、何者? 何をしに現れたの!?」
一瞬にして呼び出されたガトリング砲内蔵のランスを握る手に、力が籠もる。相手の出方次第では、この場で撃墜することに欠片の躊躇もない。楯無はそういう役割を与えられていて、今日もその通りに働こうとした。
『……その声、楯無か?』
そんな生徒会長の脳に、二度目の混乱が打ち込まれる。
どういうわけだろうか。エクリプスから聞こえてきたのは、学園の主任教諭、織斑千冬の声だった。それは楯無の頭蓋を困惑で浸漬させるには十二分で。
「織斑先生っ?! どうしてそこから……」
動揺する楯無を知ってか知らずか、千冬は「いいか、時間が無いから要点だけ説明するが」と切り出した。
『──束のバカが学園全体を掌握した挙げ句、ここで迎撃戦をやるとか言って戦力を引き込んで来やがった。ハッキリ言って信じられんが、今は閉鎖された建物内に大勢閉じ込められている状況だ。理事長は下手に逆らって被害が出るのを嫌って、当座は従うことに決定した。今は他の教員と一部精鋭の生徒に武装を行き渡らせつつ戦線を構築しているところだ』
「た、束って……あの
「篠ノ之 束」。
その昔、全世界で発射可能状態にあった弾道ミサイル1000発以上を掌握して日本に向けた上に、それを協力者の駆る白いISで迎撃させるという空前絶後のパフォーマンスをやってのけた天才。数年前に行方をくらませてからは国際指名手配を受けるお尋ね者だが、今日に至るまでどこの諜報機関もその所在を追えていない。
千冬の学友だというのは有名な話だが、いきなり「バカ」と言う辺り本人も束の無法に辟易しているのか。あるいはそういう
だからそう言ってる……と苦々しく呟く千冬の声をよそに、楯無の脳は素早く散らばった情報を組み上げていく。
十二分にセキュリティを構築している学園ではあるが、彼女ならば掌握されても納得してしまえるだけの技術があることは火を見るより明らかだ。
では、その狙いは?
千冬によれば
取っ組み合いになって、これからどう押し切ろうかとか、そんな段階は既に過ぎている。引き倒されて喉笛にナイフを突き付けられ、相手になんて命乞いをしたら生き残れるか……今やそういう手遅れなのだ。
束たちの「別にお前たちなんて何時でも殺せたけど、今日までそんなことをしていないのだから信じて従え」というどこまでも一方的な逆説が透けて見えるようだった。
その後も幾らか現状についての話を聞いて、一旦従おうという理事長の判断も納得できた。当面はそれに従うほか無いと楯無が苦い顔で返事したところで、目の前にいたエクリプスは去っていく。
現時点であのエクリプスが学園内の通信の全てを掌握していると言っていい。
正確には、
楯無は、そのナノマシンの発生源──の真下に佇む謎の女性のところへ向かった。
「──篠ノ之博士の協力者らしいわね。狙いは何? ここにばら撒いているナノマシンで何をしているの?」
魚のヒレのような棒状のパーツと、巨大な目玉模様の付いた仮面で覆われた顔を更に上から覆う暗紫色のラウンドバイザー。どこかサンデーストライクにも似た意匠のISを纏う女性は、話しかけられても楯無の方を向こうともしない。
それどころか、こう呟く。
「……あの、上下左右どこでも良いので5mほど移動して頂けますか。そこだと差し障るので」
いきなり何なのだこの女は。ムッとした表情で楯無が動くと、楯無のハイパーセンサーが有り得ないものを捉える。
──柱だった。
さっきまでいた場所に、深い青色の円柱が虚空からにょき、と生えている。根本の景色が陽炎や水面の波紋のように蠢いていて、まるで水揚げでもされるようにそれは伸びていく。
「何よ、これ……」
そうして現れたのは、やはり柱と形容すべきだろうか。だが、その根本は大まかに六角柱に見える複雑な機械が生えている。それは放熱用のフィンだったり、何かの推進器だったり様々だ。
全長にして30mを優に超える巨体。その表面には、白色の飾り気のないサンセリフ体で「TH-01」と刻まれていた。
少し時間を空けて楯無の脳に浮かんだのは、大昔にドイツが作った列車砲だ。勿論基部に当たる列車は無いが、明らかに何かしらの支えがなければ運用できないような、超大型の火砲だと直感的に理解する。
そして最後尾には、ここにもエクリプスがそれを支え持っていた。ついさっきまでそこには居なかったものが、この機械と一緒にいきなり現れた。量子化なんて生易しいものではない。こんな巨大かつ複雑なもの、どんなISでも仕舞えるわけがないからだ。
楯無は確信する。束がどうやってIS学園を即座に占領出来たのか、その答えがこれなのだと。
理屈は知らないし、今は重要ではない。
要するに、束たちは
古くは堀や逆茂木、現代なら対空砲やレーダーなど、相手を立ち入らせない技術は歴史と共に発達してきた。だが、彼女らにそれは無意味だ。何せ、予告状の通りに現れる怪盗よろしく、いきなり中に入り込めてしまう。ハッキリ言って無法だ。
これを間接的に話として聞いただけなら、普段の楯無は単なるSFかぶれと笑い飛ばしていただろう。だが、
先程、仮面の女性が自分のことを邪魔だと言ったのも、この巨大な機械のワープ先に楯無が被っていたからだろう。
悪い夢でも見ているのだろうか。口をパクパクさせて言葉に詰まる楯無に、仮面の女性はTH-01と書かれた巨大な機械の小さなグリップを右手で掴みながら呟いた。
その砲身の先には、もう少しで学園まで到達すると予報の出ていた大型の雨雲がある。
「──名を、
情報の濁流を浴びせ掛けられて、思考がフリーズする。
ショウと関わっているときやグランゼーラを訪れたときなんて目ではない。社会の中の後ろ暗い部分に精通していると思っていた楯無だが、それでも知らないことが多過ぎる。
「自己紹介が遅れましたね。私はシア、束の協力者です。本日は、ここへやって来る敵を退けるべく、勝手ながら戦線を構築させていただいております」
シアと名乗った仮面の女は、小さく会釈した。たったそれだけで、周囲がぶわりと震えるような感じがした。
束や目の前の女性、エクリプスにヘクトールなどの超技術……それは暗いところに隠れていたというより、そもそも認識できないような可視光域の外側に最初から存在していて、たまたま今日それが見える領域にずれ込んでしまっただけなのかも知れない。
この場にあるべきではないモノ。明らかに世界が違う。
「貴女のことは知っていますよ、生徒会長。ナノマシンを扱うISにとって今の状況は動きづらいことでしょうね」
「なら、それ止めてもらえるかしら。100歩譲ってアナタたちが私達の味方になってくれるのが事実として、わざわざ通信を遮断する意味が分からないもの」
2人揃って真上を見る。両者の頭上数百mのところには、相変わらず薄紫に包まれた琥珀色の球体がクルクルと自転している。
学園の通信を遮るナノマシンは、あの球体から放出されていた。戦闘能力が散布した自前のナノマシンの濃度に影響を受ける楯無にとって、別種のナノマシンが空間を埋め尽くしている状況は不利極まりない。しかもエネルギーを偏向作用で散らされてしまうため、彼女からの制御信号が届く距離は平時よりも大分短くなってしまっている。
「……
「さっきから意味が分からない……戦力なんて多いに越したこと無いじゃないの。わざわざ少ない状態で縛りプレイのつもり?
──いい加減に本当のことを教えなさい。さもなければ上のアレをこの場で……」
「無意味ですよ。今の地上にアレを消し去れる手段はありませんから。ああ、間違っても直接触れないようにお願いします。
付け加えるならば、このヘクトールを破壊される方が困りますね。けれど、そうなれば甚大な被害が出ることも申し上げておきます。……貴女に出来ますか? 学園を護る立場にありながら、それを成し得る手段を『蜘蛛の糸』の如く切り捨てる真似が」
言葉だけなのに、妙な凄みがあった。この後に来るという敵は本当で、彼女の言っていることは全て正しいのだと、有無を言わさず信じさせるような。バラエティ番組でチヤホヤされる胡散臭い占い師なんて比にならない。
あるいは預言者みたいだった。根拠など科学的に見れば無いのに、言われるままにそうだと思ってしまう。そもそも、シアの言う敵が来るかどうかさえ確たる証拠は無い。そういう不確実なリスク回避に付け込んでいると言えばそれまでかも知れないが、現に楯無はそれ以上、
楯無は、アハブ王にはなれない。
「──おお、やっと会えたなショウ! なんか知らねえ武器付けてるし……。あ、セシリアも大丈夫だったか?」
「ああ、こっちも無事にアリーナを抜け出してここまで来たんだが……何だ、その背中にくっついてるの」
「な・に・が・
学園から5kmほど東の海上には、1年の専用機持ちが集まっていた。
束が言うところの「防衛ライン」がここに設けられていることもあり、量産型ISを纏った他の教員とパイロット科の上級生も並んでいる。
セシリアと共に装備を回収してきたショウの目に真っ先に留まったのは、何だかよく分からない白っぽい機械を背中から生やした一夏の姿。
2週間前の代表決定戦ではそんなもの無かったはずでは……と周囲を見渡せば、多少形は違うが似たようなものを教員たちも取り付けているから困惑が深まる。
「ああ、これか? 束さん……知ってると思うけど、あの人の協力者っていう人に付けられちまってさ。正直、ブレード1本でやってたところに色々増えてビックリしてる」
なんか、両腕にレールガンが付いたらしいぞ……? と自分の腕を
普段の白式と違って、灰色のバイザーに覆われたその顔にも困惑の色が滲んでいる。
「『付けられた』……後付けの拡張武装ですの? ロールアウトしたばかりの白式にそんなものがもうありまして?」
「……一夏ぁ、言ってやりなさいよ。それが一体何なのか」
「いや、俺にもよく分からないんだけどさ、
「──”汎用”の”オートクチュール”ぅ!?」
眉をひそめながら自分を覆う白い装甲を見渡す一夏の言葉を遮るように、セシリアが叫んだ。
教科書的知識を重んじるセシリアにとって、いや、そうでなくともISの知識を叩き込まれた代表候補生たちにとって、ケイロンという装備の存在はそれだけ異常で常識外れなのだ。
「ほれ一夏、よく見ときなさい。これが普通のリアクションよ、これがスタンダードなの」
「え、じゃあアレか? 他のISにくっついてる白いやつも……」
「ああ、本来は量産モデル向けに作られたものらしいんだけどさ、一応俺の白式にも使えるみたいで。その代わりポン付けみたいになってるけど……」
「は、はん、はんよ……はあ!?」
なかなか困惑から帰ってこれないセシリアをよそに、ショウは白式の全体をしげしげと見つめた。
「大まかにはスラスターを増設して機動力確保に努めた感じか。駆動系の干渉を嫌ったんだろうな、幾らかパーツが折り畳まれてるし、ちゃんと展開されてる他と比べると確かに量産モデル向けなのか。むしろよく白式に取り付けられたってくらいにはポン付けだなコレ……ん?」
「……どうかしたか?」
白式を注意深く眺めながら、ガルーダのセンサー情報と見比べるショウは、悩ましげに唸った。
その後ろでは、汎用という単語を思い浮かべる余りゲシュタルト崩壊を起こして固まるセシリアの肩を「おいコラいい加減に目ぇ覚ませ」と鈴音がぶんぶん揺すっている。
「一夏……ここまで飛んでくるときの感覚、今までと違ってなかったか? 外から覗いてるとコレ、どうも慣性制御系から出る力場の振る舞いがPICのそれじゃないっていうか──」
――はいはーい、聞こえてるかなあ~?
そのときである。
4人の間を割るようにエクリプスがぬっと現れて、底から響く束の声がショウの言葉を遮った。
そこは円筒形の部屋だった。
底面の半径は4mほどで、照明の無い内部は薄暗く、壁面に無数の空中ディスプレイが浮かんでいる。特別に物が置かれているわけではないが、慣れた人間でなければ転んでしまいそうなくらい足元が見づらいのは、写真の現像室にも似ているだろうか。
「はいはーい、聞こえてるかなあ~? ケイロンとエクリプス部隊の展開に後詰めのヘクトールの配備が終わったところで、みんな一旦その場で止まってね」
中央で幼児向け番組の「うたのおねえさん」みたいなポーズで、ルイス・キャロルの世界から引剥してきたかのような紫のエプロンドレスをふわりと揺らす天才、束がそこにいた。
「急に迎撃戦だ何だと言われて、よく分からないのに従ってくれてるよね。でもお礼は言わないよ? まだ戦争は始まってないんだから」
束はまるで踊るようにその場でクルリと一回転。それから右手で頭に取り付けたメカニカルなウサミミを小突くと、それは一瞬にして白い粒子へと分解されて消える。
それに続くように虚空から黄金色の粒子が湧き上がって、束のこめかみ辺りに収束する。形を成して現れたのは、
「──さて、本番に入る前にブリーフィングしとくよ。これからあと10分もしない内にみんなのいるIS学園には敵がやって来ます。でもって、それらはテロリストでもどこかの国の軍隊でもない、
君たちに貸したケイロンや、一緒になって戦線に並んでるエクリプスはそれに対抗するために用意した代物だ。急にワープで現れたりして驚いたかもだけど、実際にそんなものが必要になるレベルの怪物共が来ると私は把握してる」
口を動かすのと同時に、エプロンドレスの天才はまるで指揮者のように両手を振るって空中ディスプレイを操作していく。
中央のものにはガルーダのテレメトリ情報が示されていて、そこからエクリプス、エクリプスからケイロンへとネットワークが組み上げられていた。
目的はパラメータの共有だ。OF-3の中からガルーダが生まれたように、PICとザイオング慣性制御システムという2種の慣性制御系を調和させるパラメータを、ガルーダの機体情報をベースに調整する。
ガルーダという正解が存在する以上、それらは現場で出来てしまうくらい簡単で、しかし現場でなければ出来ないことでもあった。
「ナニカって言われても分からない? 知らないよそんなの。どうせ来るんだから実際に見て欲しいね。でもってキッチリ全部撃ち落とすこと。君たちが生き残る術はそれしか無いよ。
しかもこの戦いには絶対守らなければならない条件がある。交戦規定ってやつだね──っと」
突然、円筒形の部屋が、空中ディスプレイから放たれる薄暗い青色から毒々しい黄色の警戒色に変わる。束は目を細めて、一度全体への通信を切ると、シアへの個別通信を開いた。
「──シアちゃん、
『上々です。座標の特定を急いで下さい』
「あいあいま~む!」
10秒にも満たない短い会話の後で、束はもう一度全体へ呼びかけた。
「──さて、話の続きと行きたいけど、奴さんが来ちゃったみたいだね。だから交戦規定を3つ決めて状況開始ってことにするよ」
「……あれ、何だ?」
以外にも、最初に
目の前の巨大な雨雲を指差す少年に言われるまま、セシリアと鈴音は望遠を掛けてそれを見てしまう。
「──ヒッ」
「……ぇ?」
――1つ、
初めは、突然雨雲が暗くなったように見えた。実際は違う。
例えるのなら、キレイな緑色の装飾だと思って近付いたら、玉虫の甲殻を貼り付けた作品だったときのような。例え国宝に数えられる美しさであろうが、虫嫌いには堪ったものではない。
――2つ、被弾禁止。敵がどんな攻撃をしてこようが決して当たらないこと。
天才が自分の発明を否定する異常。誰の耳にもそれは有り得ない事象として届く。
それと同時に、束の声はどんどんと冷たくなっていくようだった。
戦線から見える一つ一つは小さい。
そんなものが、雨雲の表面を埋め尽くさんばかりの大群となって中から飛び出してきていた。
要するに、雨雲が暗くなったんじゃなくて、その大群の影で日光が遮られていただけなのだ。蝗の群れを眼の前にしたってこうはなるまい。
空が、染め上げられていく。
そんな異常を見て、ショウはゆらりと浮上する。ガルーダからも
「……ああ、ああ、そういうことか」
──ぞわり。その短い言葉だけで、セシリアは身を震わせて赤いOFの方を見てしまう。今まで意味不明な行動の多かった、感情の今一つ読めない男。それが、ここまでハッキリ分かりやすい振る舞いをしたことなど、あっただろうか。
「なるほどな。2年前の正体見たりって訳だ、この枯れ尾花がよ。よく燃えそうだな?」
一夏も遅れて見上げて、そして気付く。
怒りだ。他の感情が介在する余地など一切無い、純度の高い憤怒。
全身装甲に覆われたガルーダの向こうの表情は見えないし、別に怒気が声に滲んでいるわけでもない。だが、この状況で湧くことがない感情を一つ一つ取り除いて、最終的に推論できるショウの内情がそれしか無いのだ。
どこまでも静かに、冷たく、しかし確かに。その男の心が過熱していくのを、否応なしに理解させられてしまう。
それは聞こえてくる束の声色に漸近していくようで。
「知ってるのか? アレ……」
「
──
――最後、指示は絶対。ちーちゃんにしろ私にしろ、司令部の言うことは必ず従うこと。悪いけどそれが出来ない無能はさっさと死んでもらうよ。まっ、基本は現場の協調と状況判断に期待するからアレコレ細かくは言わないけどね。
少し遅れて、一夏のIS──正しくはそれを補助するケイロンが、眼前の
しかしすぐに、余りにも多過ぎるそれらによってパイロットの視界を遮ってしまうのを理解したのか、囲う対象を最小限に押さえて、代わりにその情報を示した。
Target Type: Surge
「ビド……? なんて読むんだこれ」
「
「でもって、書き方からしてアイツらはその中でもサージって名前と。なにそれ、昆虫図鑑みたいじゃないの」
ニヒルに嘲る鈴音だが、その顔は引き攣っている。
こんなもの、見たことがない。
――んー、見える範囲だと数は3000くらいかな? まあ後ろにどれだけ控えてるか分からないから参考にもならないけど。
上空へ離れていくショウとは逆に、自然と残りの3人は近付いて身を寄せ合ってしまう。そんなことをする意味がないことくらい、そしてこれから飛び出すのに邪魔でしかないことくらい分かっているのに、それを乗り越えて突き動かされる物量が目の前にある。
BYDOという見たことも聞いたこともない単語。だが、名前が付くと少しだけ恐怖が薄れたように感じられるのは、脳内で一々あれを「よく分からないナニカ」と考え直す必要がなくなったからだろうか。
――ほいじゃあ状況開始ぃ~。地獄のタワーディフェンスの開……ぁあ!?
◆
2人目の適正者として発見されてから今日に至るまで、沢村ショウという人間が積極的に他者を傷付けるようなことをした例は無い。
唯一攻撃的だったと言えるのは真耶に試合で放った初撃だろうか。だが、それは別にルールに違反するものではないし、その後で真耶がもっと苛烈に試合を進めたことで、それはある意味では
立場の問題で、あるいは不幸によって、この男が害されることは決して少なくなかった。しかしどの場合においても、ショウは逃げこそすれど報復なんてしようとはしていない。
では、ショウは優しいのだろうか?
多少の理不尽や悪意なんて簡単に受け流せるような精神の持ち主なのだろうか?
あるいは、楯無やその父が危惧するリスクは的外れな指摘なのだろうか?
単に行動が予測できないというだけで恐れるのは正しいのだろうか?
それを考える上で、ここ1ヶ月の間に彼が受けた困難を見比べてみると、1つ共通点が見つかる。
見えないものは、感じないものは無いに等しいとするならば、この一月、ショウの喉元に爪を立てるに至った例は、未だに無い。
さて、今日ここに、2年前にショウの命を直接的に脅かした、対話不能の存在が再び現れた。衛星軌道上で一つ一つ徹底的に流星にしてやった未確認飛行物体。今度はその数を増して、名前まで付いている。
この場にいる者は初めてだから知らないだろう。だが、ショウは知っている。
もしかしたら和解できるかもしれないとか、戦わずに済むかもしれないとか、そういう「もしも」を考える必要のない存在。己の死に飛び込まねば切り抜けられなかった外敵。
そういう、確定した直接的な脅威を認識したとき、沢村ショウという個体はどう振る舞うのか。
つまりは、こうだ。
◆
いの一番に行動を始めようとしたのは、束の操るエクリプスだった。
今回の戦闘の責任者として、というよりは、渡されたばかりの武装に不慣れな学園の戦力より先んじて戦い方を見せ、全体の流れを生み出すことが目的だ。
エクリプスたちは両腕部に搭載されたレーザー兵装でサージの群れを焼き払うため、射程圏内まで加速し────、
──その前を
「はぁッ!? ちょ、勝手に動くなって……」
『先行して端から削る。威力偵察ならこれで十分だろ』
ショウだった。
抑揚の無い、冷え切った声は会話などにかまけてられないという意思表示にも感じられる。
常人ならば自然と威圧されてしまうその雰囲気に、束はどうするかと言えば。
「その速力ならアリか……? まあいいや、行っちゃえ!」
乗りこなす。
先んじてOF-3のスペックを覗き見ていた束は知っていた。この場にいる戦力の中で最も疾いのがこのガルーダであることを。
ショウ自身が言った威力偵察というのは、実際に戦力をぶつけて相手の出方や詳細な位置を把握するもの。しかしそれは飽くまで偵察。行って返ってくるのが前提で、当然ながら高い機動力が無ければ出来ないヒット・アンド・アウェイだ。
当の本人が役割を理解して望むというのなら、何故一般人のこの男がそんなことを考えられるのかとか、ショウの脳内にどんな感情が渦巻いているのかとか、そんなことは端から知ったことではないのである。
戦力に組み込まれた時点で誰もが一つの
だからこそ活用する。
己の意思と実力を単身で振るおうとする男を、賢者たる天才はその五指に収めて駒とする。
悲劇はまだ始まったばかり。結末を捻じ伏せるまで自分の掌からは何も溢してなどやらない。
少なくとも、今は。
『──タバネとか言ったな』
「……何」
『ありがとう』
感謝の言葉。
別に、大して意味など無いのだろう。大方、一人で先行することを認めてくれたことへの返事とか、その程度だと束は解釈する。あの男の脳内にどんなロジックが走っているかなど知らないし、気にしていられる状況ではない。
束は何も言わずに通信を切って、代わりにエクリプスたちに命令を送る。
そうして、束の脳にサイバーコネクタを介して流し込まれるエクリプスたち十数機の視界は、僅か数秒で別世界へと姿を変える。
暗色の雨雲を背景に、幾重もの青白い直線が新しく引かれていく。一瞬遅れてその線をなぞるように爆発が数珠状に連なった。
それはガルーダが装備していたレールガンだった。たった1発でサージを数機まとめて貫いて爆殺する、試合用の
ショウは有り得ない速度で敵の群れのド真ん中を突っ切りながら、動線が重なったバイドを片っ端から射抜いているのだ。その弾丸の軌跡が、あるいはスラスターから伸びる噴射炎が大気をプラズマ化させて筆代わりに線を引いていく。
バイドとて黙ってはいなかった。表面から湧き上がる琥珀色の粒子を固めて弾丸として撃ち出す。たったそれだけであらゆる防御は無意味だった。
夥しい数の発射元から死の視線を向けられて、1秒数えていられる者がいればそれは幸運だろう。大抵はその前に消えて無くなっている。
だが回避した。
1撃が即死を意味する世界に足先から頭まで浸かったショウという男にとって、それで漸く状況はイーブン。自分が何秒後に死のうが、それを回避出来る場所まで翔んでいける翼を、この男は手に入れている。
もはやターンの角度に縛りはない。空中を埋め尽くすバイドの隙間に滑り込むように機体をねじ込んで、飛来する弾丸を敵を盾にして無傷を貫く。
(
耳横のガジェットから湧き上がる黄金の輝きに瞳を染めながら、束は口角を上げた。
「密度が濃すぎる……2速までじゃなきゃ事故るか」
表面が膨れ上がって刻一刻と形を変える巨大な雨雲。その灰色の荒野に誰にも届かぬ独り言が響く。雲の中からは常に雷の轟音が響いていて、殆どかき消されてしまうからだ。
敵の密度が高いという状況は、囲むように飛来する絶死の弾幕を敵そのものを盾に防げるという形でショウの味方になっていた。2年前、今サージと名付けられているこの飛行物体を盾にして突撃したあのときのように、それらは確かに遮蔽物として機能している。
だが、忘れてはいけない。敵に囲まれているという状況が良い状態なはずがないということを。
2種の慣性制御機構を同調させて高速機動を可能とするガルーダだが、大量の障害物に囲まれればその速力は抑えざるを得なくなる。一歩間違えればその速度のまま敵に正面衝突しかねない。
更に、既に100余りのバイドを射抜いた長物のレールガンも、呑気に構えていられるようなスペースが無くなっている。
付け加えるならば、レールガンそのものもこのバイド相手には有効ではないのではないかという疑念がショウの脳内に湧き上がっていた。
──がががンっ!
苦し紛れに砲身を脇に挟んで後方へ撃ったレールガンの発射体がサージを続けて3機貫いた。
「やっぱり威力が殺されてやがる……今のルートなら5匹はやれたんだぞ?」
具体的な理屈は知らない。もしかしたら束ならば知っているのかも知れない。
質量のある弾体にジェネレーター由来の電力でもって暴力的なローレンツ力を与えて撃ち出すレールガンだが、着弾の瞬間に望遠を掛けてみると、ショウには妙なものが見えた。
サージが攻撃のときにするように、表面に湧き立つ琥珀色の粒子が、一瞬だがやんわりとレールガンの弾丸を受け止めているのだ。
「
ショウの判断は早い。即座にレールガンの使用を諦めて腰のハードポイントに取り付ける。
敵は無数だがレールガンの残弾は有限だ。学園には在庫があるが、この状況で取りに行く暇があるとも思えなかった。状況判断。今は使うべきではない。
これで徒手となったガルーダだが──、
「──邪魔すんなッ!」
その隙に突撃してきたサージの一体に、慣性制御で身を翻しながら満身の
弾き飛ばされたサージはケスラー・シンドロームよろしく別の個体と玉突き事故を連鎖させて、被害を増やしていく。束の「敵に触れるな」という交戦規定を破ったガルーダの右足には、閃光花火のように激しい光を放ちながら、黄金の六角形を敷き詰めた模様が浮かび上がった。
今までに無いくらい強い反応だったが、光学ハニカムはバイドを弾く。
「ワルキュリアの御守りってわけじゃねえが……新型だ、頼らせてもらうぞ?」
ガチリという固い音を響かせて、ガルーダの前腕、その盛り上がった装甲部が動いた。
形を述べるのなら、透き通った黄緑色の球体と、それを覆うように銀色の曲面パーツが載った機械。そんなものがガルーダの腕から生えるように横付けされていた。
コンバーター【リングレーザー】。
ワルキュリアが退役する前の最後にテスト運用される予定であったこの武装は、結果として諸々のイレギュラーにより今日までお蔵入りとなっていた。そして、その正体は明確な兵器。
ショウは両腕を左右別の方向へ向ける。その先の景色ははどちらもサージが埋め尽くしている。
一見すると意味のない行動。だが、それだけで予備動作は終了していた。
「……汚えな」
吐き捨てるように呟いて、引き金は迷いなく引かれた。
戦闘開始から30分ほど。
ショウの突撃からやや遅れて動き始めた防衛線は、今のところ崩れる様子がない。
先行して敵の情報をかき集めるショウが「光ったやつから叩け、攻撃の予備動作から潰すんだ」と全体に警告したり、大量に展開されたエクリプスの援護によって、いきなり戦場に引き出された割には、聞こえてくるパイロット達の声に深刻さは無い。
十蔵の指示もあってすっかり司令室と化してしまった第2アリーナ管制室では、戦況を伝える無数の空中ディスプレイを前に、千冬が苦い顔をしていた。
学園に設置されたカメラ映像を素早く切り替えれば、一夏の戦っている様子が映り込む。
歪ながらも接続されたケイロンにより与えられた両腕のレールガン。そもそも経験が少ない上に近接一筋でやってきたこの男に使いこなせるのかと言えば、案の定苦労しているようだった。
だが、こちらは別。謎の兵器【衝撃波動砲】。
装甲表面から緑白色の粒子を湧き立たせながら一夏が指差すように
弾速があまりにも早くて、カメラのフレームレートが追いつかずに弾道が見えなかった。いつ発射が行われたのかさえ分からない。
そもそも遠距離武装なのに砲身の類が見当たらなかった。レールガンと共有しているのか?
弾速と目標との位置関係を気にしなければならない射撃装備も、ここまで速ければ銃口を向けただけで当たると言って差し支えない。初心者の一夏でこれなのだから、より経験を積んだ教員たちはもっと活躍するだろうと千冬は確信していた。
(束のやつ、一体どこにこれだけの戦力を隠し持っていた? あのエクリプスとか言うのだけでも、小国程度なら1機で攻め滅ぼせるだろうに)
無人機だというエクリプス。そもそもISの開発において、無人機の製造に成功した例は存在しない。戦闘機では漸く実現されつつあるが、ISの制御はその数万倍複雑だ。
超音速下という条件で、高性能かつ莫大な量のセンサーから流し込まれる情報を統合して次の行動を決めろと言われれば、そんな計算ができるのはISコアの他に無いし、それをさせながらISとして運用すれば性能の低下は免れない。遠隔操作だって結局は同じことである。
詰まる所、実用レベルで1機のISを動かすのに2個のコアが必要になるという本末転倒なことになっていた。
カメラを切り替えて見れば、エクリプスの異常な性能がよく分かる。
あるエクリプスが両腕の装甲を変形させた──直後、そこから細く青白い光芒が左右1本ずつ放たれる。
青い輝きはライブ会場のレーザー演出みたいに素早く向きを変え、周囲に無数のサージを1機ずつ、焼けたナイフをバターに押し当てたように一瞬で切り裂いて回った。
別のエクリプスが同じように装甲を変形させた。
現れたのは、黄色い稲妻で出来た鎖と、その先端に同色の稲妻を球形に固めたような収束レーザー体が左右1本。
フレイルというべきか、あるいはモーニングスターか。エクリプスはそのエネルギーの塊をそのまま振り回すと、これもサージを一撃で粉々にしてしまった。
他のエクリプスが全身から緑白色の粒子を湧き立たせる。
──画角ギリギリの遠方を飛んでいたサージが小さく爆ぜた。
恐らく一夏の使った衝撃波動砲と同じものなのだろうが、チャージも発射間隔も短かった。
最初の計算では敵数は3000オーバー。その後も雲の中から湧き続け、現在はそれよりも増えている。
確かに十数機のエクリプスだけでは相手取るには厳しいが、その火力と機動性能を考えれば防衛という観点では足りるだろう。何せ、
これに加えてワープまでしてくるのだから、尚更ここに学園の戦力を引き出してくる理由が今一つ理解できない千冬だった。
「──もうエクリプスだけで良かったんじゃないのか。というか、前線を引っ掻き回しといて自分は安全圏で高みの見物なのか、束?」
『バカ言わないでよ、ちーちゃん……こちとら現在進行系でエクリプス全機を遠隔操作してるんだからさ。あちょっとまってしゃべるのもつらいかもあわわわ』
「嘘つけ、お前の底なしの脳みそで限界が来たことなんて無いだろうが」
『……んまあ、半分はウソだけども。でも、敵を確実に全部叩くにはこれくらいは最低でも無いとダメって試算してるから、大目に見てよ』
「人質取っておいて何が大目にだこの女郎」
字面こそ締まらない会話だが、アリーナを初め多くの建物内に人を閉じ込めているテロリストが相手である。そのテロリストと協力しなければ今頃みんな死んでいるというから皮肉だ。
「……で、あのサージとかいうのは何なんだ。どこの誰が作った?」
『んー、
「真面目に答えろ」
『真面目だよ』
彼女のことを世間一般の人間よりは知っている千冬だから分かる。その時だけ、束の声が底冷えするくらい冷徹になったのを。
飄々として人を食ったような態度を切らさないこの天才が、こんな口調になる瞬間など、久しく見ていない。
「……真面目?」
『正直な話、あの大群の由来がどこにあるかなんてどうでもいいんだよね。触るなとか言った割に、壊した残骸が海に落ちるのを気にしてないのもそれが理由でさ。要するに、
「その、バイドとかいうやつか?」
束は答えなかった。まるでそれが答えだとでも言うように。
「束……」
少し心配そうに呟く千冬など気にせず、そして通信を切り替え損ねたのか違う相手への言葉があった。
『──いよっし、座標の特定完了! シアちゃん、準備出来たよ~♪』
戦況が、動く。
学園から水平に4kmの海上。海面から200mの空では、セシリアとサラのイギリス人コンビが弾幕の応酬を繰り広げていた。
相手はもちろん、バイド。
「セシリア、そっち行った!」
「──分かっておりますわッ!」
運悪くクラス代表だったことで、一夏たちと概ね似た流れで戦場に引き込まれてしまったサラには、余っていた訓練用の打鉄の上からケイロンが取り付けられた。
白式の場合では腕に付けられていたレールガンは肩部の非固定部位にあって、代わりに同じ場所からは青白い光で出来た長いレーザーブレードが生えていた。
これに整備室から持ってきた61口径アサルトカノン【
結果として、基本は近付いてブレードで叩きつつ、ケイロンの武装である「衝撃波動砲」のチャージの隙をセシリアに埋めさせて、最後に一網打尽にするという戦術がその場で組み上げられた。
ブルー・ティアーズの4基のビットがサラの指差したサージを正確に狙う。2基分で粒子膜を焼き切り、残りの2基で本体を貫く。束の仕業だろうか、知らない内に試合用の
だが悲しいかな、参加しているプロジェクトのこともあり単騎での訓練ばかりしていたセシリアには、サラの指示に付いていくのが精一杯だ。一対多を相手取る戦術もビットと自機の同時制御が完全に出来ていないこともあって、最大火力である長物のレーザーライフル【スターライトmkⅢ】を使おうとするとどうしてもビットの制御がお座成りになってしまう。
「──セシリア、前ッ!」
「嘘──ッ!?」
時間がやけにゆっくり流れていた。
セシリアの眼前30mのところに、全体から琥珀色の粒子を強く湧き立たせるサージが一体。──気付けば下方にも同じものが。
光っているということは攻撃の予兆。放たれれば逃れられない。
束が言うには、即死。
(ティアーズ、ティアーズ……!)
自分の身体を動かしていては間に合わない。緑白色の粒子に身を包んだサラはチャージ中。
だから、唯一自由なビットに命じて──応答がない。間に合わない。
(い、嫌……)
もしかしたらあの光弾に当たったところで死にはしないかも知れない。
……バカを言うな。そんな保証どこにもないだろうが。だから当たらないようにしていたのに。
(こんな、こんなところで終わるなんて、おかあさま、チェルシー……)
首元に忍び寄る、死。
終わる、本当に。
セシリアは確信してしまう。
走馬灯だろうか、本国にいる家族の顔がやけにハッキリ脳裏に浮かんだ。
そのときだった。
(──ぇ?)
ずぶり。
例えるなら、背骨や後頭部を外から貫いて、神経に指を突っ込まれるような気持ち悪さ。一瞬遅れて頭痛が駆け抜ける。
いいやそんなことよりも。
セシリアの脳に接続された全方位視界にはあり得ないものが映った。
セシリアは何も操っていない。少なくとも目の前のサージを狙えと命じたはずのそれらは、何故か明後日の方向を狙って全弾掃射──放たれた4本の弾道は
では、前方の敵は?
そう思う間もなく、セシリアの眼前を緑色の殺意が駆け抜けた。
形は環状。丸鋸を飛ばすような感じで、緑色の光で出来た環がサージをすり抜けざまに両断していった。
「……は?」
急に時間の流れが元に戻る。気持ち悪さは無くなっていた。
緑色の環が飛んできた方向に意識を向けると、そこにあったのは、赤。
ショウの駆るガルーダが、その片腕をセシリアたちの方へ向けていた。
「み、ミスター……?」
「情けないところを見せてしまったわね。後輩を助けてくれたこと、感謝します──ショウ・サワムラ」
返事はない。その代わりに、両肩に留まっていたレッド・ポッドが赤い光を纏いながら駆け出す。
ポッド・シュート。
それらはギュギュギュッ、という耳慣れない音を発しながら空中を縦横無尽に飛び回り、衝突するだけでサージを片っ端から破壊していく。
両腕の向きが別の方向へ変えられて、そこからセシリアが見たのと同じ緑色の円環が無数に放たれる。それらは正確に敵を切り裂いて爆散させていった。
「ミスターが取りに行った装備、これほどとは……」
「セシリア、知っているの?」
「ここへ来る前に第3アリーナに寄ったのですが、彼がどうしても回収したい装備があると……」
圧倒的というべきか。そもそもサージそのものに耐久性が無いのもあるのだろうが、多数の敵を把握しながら正確に火力を配置していく。言うなればそれはプロの掃除みたいで。
2人揃って、その数秒間は圧巻されてしまった。
丁度、そんなときだった。
セシリアも、サラも、ショウも。全員の視界に同じものが投影される。大雑把に戦場を囲むだけの領域図だった。それは学園から東向きに伸びる円筒形で構成されていて、セシリアたちはその中にいる。
――戦闘中の全機へ通達します。これより70秒後に重戦略級火力を用いた空間焼灼を実施します。いま提示した領域の内部にいる方は速やかに退避して下さい。従わなかった場合の生命の保証はしません。
シアからの、一方的な通告だった。というか、
腰が抜けたように固まるセシリアと、それに寄り添って支えるサラは、周囲を見渡した。おっかなびっくりだが、他の教員や生徒たちは言われるまま退避しているようだ。一方でエクリプスたちは殿のつもりか、まだ内部に残っている。
「──セシリア、いいから早く離れろ」
ショウはそれだけ言い残すと、戦闘中のエクリプスに混ざるように飛び去った。セシリアたちの返事なんて欠片も待たずに。
「どう、しましょう……?」
「とにかく行くわよセシリア。これ以上恥を晒す前に」
学園直上。
中心から琥珀色の光を放つ紫の球体からナノマシンが濃密に散布されるその場所には、超大型の火砲「ヘクトール」を構えるシアがいた。
ヘクトールはそれ単体で浮遊できるのだろう。実際のところ構えるというよりは、後部の本体ユニットに寄り添っているという表現の方が正しいかも知れない。
「諸元の入力を完了。目標座標への力場モデルを確定……束、感謝します」
その砲口は最初と変わらず学園東方のスーパーセルへ向けられて──否、狙うべきはその奥にあった。
『ガルーダが丁度イイ感じにエクリプスの補正デバイスになってくれたからね。シアちゃんの見込んだ通りって感じ?』
「それでも、ありがとうございます」
シアはこの場にいない彼女に向けて小さくお辞儀すると、ヘクトールのインターフェースを操作する。
ズズズ……っ!
ヘクトールの長い砲身を覆っていた装甲パーツが、まるで花のように3つに分かれ、手前側が持ち上がるようにして開く。
チャージは始まった。
「──異層次元航法システム起動。ヘクトール、照射シーケンス開始」
変化は即座に現れた。大気に漂うナノマシンが素早く張り詰めていく。
ぎゅぅぅぅぅぅう゛う゛う゛う゛う゛ん……!
ヘクトール後部の本体ユニットからおどろおどろしい音が発せられる。それは少しづつトーンを上げていって、何処か行ってはいけない領域まで高まっていくようだった。
もしもシアの近くに他の人がいたのなら、地鳴りか何かに感じられたかもしれない。否、実際に大気が震えている。
あるいは怪物の唸り声か。この後に行われることの恐ろしさの予兆としてはきっと足りないかもしれない。だが、真下のIS学園そのものを揺らすには十分である。
仮面で隠した視線で標的を睨むシアは畏れるように、そして心を抑えつけるように長く息を吐いて、それから堰を切ったように呟いた。
「
草木は震え、追い立てられるように隠れていた小鳥たちが翔び立った。
「
それは聖書の一部。聖句。
神を畏れず軽んずる者はたちまち滅ぼされるとする警告。
「
ヘクトールと接続されたリプリーズのUI、その端で悪魔の名が浮かび上がる。
やがてそれは敵の名へと変わり、踊った。
発射準備完了。仮面の乙女は全体への通信を開いて、短く告げる。
「──総員、対ショック、対閃光防御」
それは謂わば、「見るなのタブー」。
ソドムとゴモラから逃げおおせられたはずのロトの妻のように、あるいは聖櫃の中を覗いてしまったベト・シェメシュの住人たちのように。
これから放たれるのは知覚するだけでも傷を負いかねない破壊であると告げている。
「私は
シアは、ヘクトール側面に設けられた
こんかいのまとめ
・楯無
なんかすっごい置いてかれてる気分。
勝手にナノマシンをばら撒かれて混線状態。レイディにとっては超デバフ。
学園の危機らしいから渋々従うけど……あれ、これ危機ってレベルの話じゃないのでは?
・ダリル&フォルテ
エクリプスを追い掛けるダリルを追い掛けるフォルテ……というダブルチェイス。
やって来る雨雲はよく思い返してみると母国のとは似ても似つかないというのはダリルの言。
IS纏ってれば寒くないよ。
・鈴音
大量のバイドのせいで集合体恐怖症を植え付けられそうになっている。
貰った衝撃波動砲の威力に驚きつつも、実は一番最初に使いこなしてたり。
フルチャージじゃなくても波動砲は波動砲なのよ。
・一夏
うおおおおお、ケイロンすげえ!
いきなり射撃装備を渡されても使いこなせないのは仕方ないね。でも衝撃波動砲は便利。
バイドには触れるなと言われたが、零落白夜でぶった斬る分には大丈夫なことに気付いた。
・セシリア
火力は上がっているし、一対多は主戦場。だけどこんだけ多いと辛い。死ぬ。
サラとの師弟コンビが今のところ一番噛み合っている。
ショウの新武装にちょっと目を輝かせていたのは秘密。なおサラにはバレてる。
・サラ
今作では2年のクラス代表だったことに。
余り物の訓練機にケイロンを纏って戦場へ。どちらかと言うとセシリアに合わせて動いている。
ショウの実力を目にしたのは今日が初めて。ちょっと見惚れた。
・束
ハイ、よーいスタート(棒読み)。
エクリプスを先行させた一番の理由は、雨雲の中にある目標の座標を取得してシアに送るため。
ショウのせいでオリチャー発動を余儀なくされるも、臨機応変は十八番。
リアルタイムでIS十数機を個別に遠隔操作する怪物だが、流石に頭が辛くなってきた気がする。
真に憎いものは名前なんて口にしないんだよ。
・ショウ
2年前の敵が帰ってきた。帰ってくれ。
誰よりも疾いなら真っ先に動く。それが最適解。
負荷が強いのでポッド・シュートは休み休み。でも新武装のリングレーザーが強いので今は問題なし。
目に見える殺意には殺意で返す。だから、スクラップの時間だ。
・シア
AMENッ!
ナノマシンばら撒き作戦を実施しているが、実はこれがないと阿鼻叫喚真っしぐら。
後方に居座ってた理由はもちろん戦場を纏めて焼き払うため。
私は審判の代理人でもなければ預言者でもない。だがお前らは滅ぼす。一つ残らず。
すごい数のバイドが集まってきている。
いよいよバイド戦が始まった回でした。
実はプロローグに出てきてたんですよねサージ。覚えておられますでしょうか。
当時は逃げるか突っ込むかの2択しか無かった訳ですが、そこから一方的に叩けるレベルまで進んだよという伏線回収みたいなことをしてみました。でも雑魚敵とはいえバイドなので生命の危険があるわけですが。
エクリプスの性能については、12話でブラウンが証言していた内容がほぼ全て。実際に活躍させるときにもそれと同じことをさせています。
しかもこの機体、束が操ってるので滅茶苦茶つよい……。千冬が言ったように「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」とされるような機体なわけですが、流石に束でも一人で戦うのは苦しいことになります。
バイドが纏っている粒子の被膜については、完全に捏造設定です。アーキタイプ・ブレイカーみたいな「ISでないと倒せない」ような感じの設定を作るに当たって、火力が受け止められるので足切りされてしまうという方向性にしてみました。戦闘機みたいな速度で戦車砲以上の火力を運用できる兵器なんて、それくらいしか無いわけですからね。
ちなみに触ると物質が侵食されて破壊されたり汚染されたりします。
次回はヘクトールの威力から。
雑魚戦はこの辺にして、もう少し多様なバイドを出していければと思います。
既存キャラの強化パターンを見て……
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もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
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強化装備ポン付け位がいいかな……
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機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
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この水は飲めそうだ