Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
銀の靴、灰色の暴風、砂に埋もれた絶界の路
魔女の極白、黄色の煉瓦、翠玉の都、九時四分の約束
戴くものは、黄金の冠
「……ゲインズ? なんだそれは」
ダリルの驚愕の声は、通信で繋がっていた管制室からでもよく聞こえた。
目の前の空中ディスプレイには、確かに高速で接近する反応が複数捉えられていた。敵味方の識別情報は無し。周囲に配慮する気が欠片も感じられないその速度からして九割九分九厘で敵だろうと千冬は考える。
『いやあの、噂レベルとはいえ機密も機密なんで詳しくは言えねえんですけどねセンセイ』
「構わん。責任は私が取るし、何を言われようがアンクル・サムをどやすぐらいは訳ないぞ」
えっと、じゃあ言いますけど……。
国家代表候補たるダリルが口籠るのだ、相当の機密であろうことは察せられる。だが相手は人類最強、織斑千冬。そのレベルの機密なぞ何度でも見聞きしている。言質があれば安心出来るのか、ダリルは続けた。
『みんな大好きエリア51のお隣だかで開発されてたっていう試作兵器なんですよ、アレ。確か開発元が──』
『──DARPAのバぁぁぁぁぁぁカっ!!』
「……うっ」
ダリルの言葉を遮るように、劈くような声量の束の怒号が鼓膜を打ち鳴らす。音量はそれなりに下げていたはずだが、この天才の喉にはそんなものは通じないらしい。
『あンのバカ共……
「なんだ束……お前も何か知っているのか?」
『ああうん知ってる……それも非常に詳しくね。
──全機に通達。ケイロン以外はあの新手の対処に当たって。肩に担いでる武器に要警戒。絶対に射線の前に立たないで』
わなわなと声を震わせる束によって即座に前線の各機へとデータリンクが行われ、情報が共有されていく。レーダーの反応も敵のものに改められた。
「なら詳しく話せ」
『
『え、アレの出所アンタだったのか?! ウチの組織にしては妙に先進的過ぎるのが出てきたって噂になってたんだけど……』
ええ……。とドン引きで声を漏らすダリル。自国の機密が他所の誰かにさも当然のように覗き見されていたのだから無理もない。しかもその誰かは世に悪名轟く天災である。
「話がとっ散らかるな。要するにお前のせいだろうが束」
『私のせいにしないで欲しいね! リークの条件に
「自律だからなんだというのだ、エクリプスだって無人機だろうに」
『アレはきっちり遠隔操作モデルだよ。シアちゃんの機体を中継機に逐一監視してる。対して奴らは完全にAI制御。そこが大問題なのさ』
「つまり?」
『
「いや、待ってくれよドクター! アタシの知る限りじゃアレは
そこで、束は黙ってしまった。答えに窮しているというよりは、驚いている方が近いだろうか。
「……どうした?」
『いや、そこらの凡人にしてはよく知ってるなって。
『は?』
『まあどうでもいいや。ちーちゃん、私がどうして飛んでくるサージの残骸を海に落とすのは許してるくせに、ストロバルトのコンテナは破壊させてるか、分かる?』
今度は、千冬が答えに窮して黙り込む。
確かにおかしいのだ。
束は「1機でも撃ち漏らしたらゲームオーバー」と言っていた。その原因が仮にストロバルトの中にあるらしい汚染物質だとするなら、同じバイドのサージや残骸から生まれたリボーにだって似たものが付着していてもおかしくない。
それにも関わらずストロバルトの、それもコンテナだけを目の敵にする理由は? そして、サージのような機械がそのまま学園に到達してはいけない理由は、なんだろうか。
「……汚染物質は主要な危険ではない?」
『正解。アレはその場でまるっと消し飛ばせば除染も一緒に済むから、急ぎとはいえそこまで警戒レベルは高くない』
そしてもう1つ。ダリルの言葉が正しければアメリカ本土にあったであろうディーゼルエンジン駆動のゲインズがこちらへ到達できるだけの出力と推力を手に入れている理由は?
『一番の敵はさ、サージにしろゲインズにしろ、その後ろにいるやつなんだよ。揺らいだ空間から湧き上がり、あらゆる機械を乗っ取って、それどころか強化までしてしまう。そんな存在。
サージの一匹でも学園に不時着してみなよ。機械だらけのそこはどうなると思う?』
「それが、バイドなのか?」
『──ちょ、勝手に話進めねえでくださいよ。なんでゲインズがこっちに来れるかって、そのバイドとか言うのが取り憑いただけであんな飛び回れるんですか?』
『そういうこと。言っとくけど形が同じだけの別物だと思いなよ? 侮ると消し飛ばされる。
──あ、詳しい武装とかの話はキミが共有しといて。こっちは別でやることあるから』
千冬の問いには答えず、言うだけ言って束は黙ってしまった。
ダリルもそれ以上追求することが出来なかった──────奴らが、来る。
「──チッ、ちょこまかと……!」
ゲインズの単眼。そこに灯った琥珀色の光が尾を引いて、鈴音の飛ばした連結モードの青龍刀【
シアによるコーティングが施された刀身は、ブーメランのように回転しながら突撃することで、バイドの表面を覆う粒子膜の影響を受けること無く装甲を抉り取るはずだった。しかし、ゲインズの機動力はそれを平然と置き去りにしてしまうのだ。
ゲインズの襲来と、それによる束の指示によって一夏と離れた鈴音は、先行してきた1機との戦闘を始めていた。
(この前の夜に見たショウの動きを少し単純にしたぐらいだけど……にしたって速い)
そうして動き回るゲインズと重なるように、炸裂、炸裂、炸裂。
緑白色の粒子が舞った。
ギョロギョロと甲龍の両肩に浮遊する
シアの改造によって追加された衝撃波動砲。
それは確かに強力で、元の衝撃砲と比べて格段にバイドへの通りが良い。しかし、発射にはチャージを要する上に、衝撃砲よりも内蔵エネルギーの消費が激しい。
だからこその速射。当たっていないとは言え回避行動を取るということは、ゲインズは双天牙月を避けるべきだと認識しているということ。つまり、追い方次第で行動は予測できる。
「狙えば当たる」レベルの弾速を持った衝撃波動砲は確かに命中し続けている。
だが足りない。小規模な緑白色の爆発は粒子膜に遮られ、ゲインズの装甲表面を少し
鈴音はいい加減に焦れったくなってくる。まだ周囲にはサージや他のバイドが残っている。それを気にしながら戦うことは、彼女の精神にどんどんと負荷を積み上げていく。
「乗っ取られたんだか何だか知らないけど、いい加減に──!」
敵との距離は十分に突き放した。
危機に苛立つ鈴音の思考が命令となって、両肩の衝撃波動砲がチャージを始める。フルチャージなら一撃とは行かないまでも撃ち落とすくらいは出来るはず。
そこを双天牙月でぶった斬れば……。
その時だった。
ドドドドッ、と音を立てて、ゲインズの腰部に備え付けられた左右一対の3連ミサイルが火を吹いた。
ISにとって、ミサイルの恐ろしさはその威力よりも、瞬間的に敵の数が増えること。その時だけ鈴音は気を取られたし、そこで生まれた隙はゲインズに攻撃の時間を与えた。
つまるところ、ゲインズの右肩に担がれた大砲に、光が灯った。
「マズっ──」
死を感じた。
束はあの大砲の前にだけは立つなと言っていた。他の人間が言うなら笑い飛ばしていただろうが、ISの生みの親がああ言うのだ、まず間違いなく威力は即死級。
何処へ逃げる? ミサイルの着弾を許容すれば避けられるか? 逆にそれで脚が鈍らないか?
どうする、どうする……。時間がひどくゆっくりと流れていく。砲口に灯った光はどんどんと明るさを増していく。
恐怖。鈴音は、喉元に終わりが近付いている気がした。
──ガィンッ!!
「ごふ──ッ!?」
重ねて、その時だった。
突然真上から赤が鈴音の土手っ腹に突き刺さって、景色が上へと速やかに流れていく。それから一瞬遅れて、腹部に強い衝撃。無理やり横隔膜が動かされて、肺の空気が吐き出される。
全方位視界の存在も忘れながら見上げて、気付く。ガルーダだった。
数日前、アリーナの中心で完成した、新型の量産機。一夏が望んでいたショウの力。
それは両脚に取り付けられた接地用クローを展開して、猛禽類が狩りでそうするように鈴音の胴を掴んでいた。
自分の上にそびえ立つ紅色の装甲の向こう、さっきまで鈴音がいた空中を、眩い光芒が貫いた。紛れもなくゲインズの攻撃だった。あの場にいたら、自分はどうなっていただろうか。
そのまま鈴音をドロップキックの要領で海面スレスレまで連れ出したショウは、後は興味がないとばかりに彼女を離して、そのままゲインズの方へ突っ込んでいった。
一方の鈴音は海に落ちた。
「ぁ゛、ぁぅ゛……」
助けてくれたのは分かった。ありがとう。ありがとうだけど……。
もうちょっとやり方ってもんがあったでしょうが!
鈴音は文句の1つでも言ってやりたかったが、それをするためには肺に空気が残っていなかった。
◆
──ガガガんッ!
容赦無く放たれた貫通特化型レールガンの弾丸がゲインズに喰らい掛かる。サージなら余裕で3機は串刺しにできる威力だった。
Target Type: G.A.I.N.S.
着弾と同時にガルーダのUIに情報が浮かび上がる。そして効いていない。
より強い規模のバイド。サージよりも分厚い琥珀色の粒子膜がレールガンの弾丸を侵食して威力を殺し、それは装甲の表層にめり込むに留まった。
「チッ、寝返った
苛立ち。
露骨な舌打ちを隠さずに、ショウは素早くレールガンを腰のハードポイントにマウントして両腕のリングレーザーを起動する────。
──即座に旋回。コンマ1秒前にいた場所を極太の光芒が駆け抜けた。
「
忌々しい。
応じ技に緑色の光で出来た円環がゲインズに殺到する。レールガンと比べると弾速で劣るところを物量で補った。
だがそれをゲインズはロールと急加速を組み合わせた滅茶苦茶な機動で回避する。無人機に特有の可動域と許容Gを無視した振る舞い。関節部だって人間では有り得ない方向へ曲げて、リング同士の隙間に機体をねじ込んでいく。
結局はリングだって平面でしかない。発射時にショウが腕を捻って多様な角度を与えても必ず空隙は生まれてしまう。
そして、僅かに掠めたリングの1つでさえ、ゲインズの防御の前には装甲を焦がすに留まる。
相手の攻撃能力は大したものではない。そういう判断。ゲインズはその加速のままガルーダ目掛けて突っ込んできた。そのまま右拳を振り上げる。
侵食作用を持つ粒子を高濃度で纏ったそれは、当たれば即死は免れない。
「しゃおらァッ!」
敵意。
リングレーザーが効かないことはショウだって理解している。それに気付いたゲインズが突っ込んで来ることだって
ショウは迷いなく抜いたレーザーブレードの刃を、迫る拳へ下から押し当てるようにしてかち上げた。その熱量は粒子膜を押し退けるには十分だったが、素早く移動し続けるゲインズの腕を前に、装甲へは届かなかった。
ショウはそのままゲインズ腕の下をすり抜けて懐へ潜り込み、両膝を曲げつつ脚の裏をその胴体へ向ける。
蹴りの構え。2年前にそうしたように、否、それどころか
──どっ!!
衝撃と同時に、メキメキと装甲が砕ける音が脚に伝わってくる。接触部ではガルーダを覆う光学ハニカム障壁がバチバチと火花を散らした。
侵食は防げている。だがそれも限界。粒子膜の分厚さと濃度によって、障壁は一瞬とは言え剥げてしまった。
憎悪。
圧倒的な運動エネルギーによって吹き飛ばされるゲインズのモノアイと目が合った。そこに灯った琥珀色の輝きは彼方へと尾を引いて、しかし、込められた悪意はひしひしと伝わってくる。
人間に向けてはいけない兵器を平然と向けてくる相手。行動すべてが目に映る下等。許し難い。
ショウは改めて、目の前のこれが何であるかを規定した。あれは──駆除すべき敵だ。
「──オシレーター、モードシフト」
刻が来た。
ショウが冷めきった声で命じると、ガルーダの胸元で全てが噛み合ったようなガチリという音が響いて、全体の表面からバリバリと黄金の六角形を敷き詰めた障壁が剥がれていく。
ガルーダという
積まれたコアは震えて慄いた。自分が一体何に根を下ろしているのか、その機体の知らない側面が露わになっていくのを感じてしまったから。
パイロットに言われてしまったようだった。OFという言葉が軌道飛行機の略称などではないことくらい、理解していただろうに……。
続く変化は音だった。
ぎゅろろろろろろろろ……ッ!
誰の耳にも慣れないその音は、まるで猛獣の唸り声だった。すなわち、威嚇。
目の前の
これはカウントダウンだった。
ばっ、と噴射炎を撒き散らしながら、急加速したゲインズが再び迫る。
予告される破壊の正体をゲインズは、いや、その奥にいる存在は
方法は極めて単純。片腕を構えて行うタックル。だが、トン単位の総重量が生み出す運動エネルギーと、表面を覆う分厚い粒子膜の侵食作用はやはり凶悪で、今のガルーダが喰らえばひとたまりもないのは確定していた。
「……当たるかよ」
だが、距離40cmにして回避。
ぼごっ、という湿った硬い音と共にガルーダの左腕が肩からあらぬ方向へ曲がると、ゲインズはまるでスペインの闘牛みたいにギリギリの空隙をすり抜けていった。ゲインズはやった。自分も同じことをする。
イメージファイトの経験とサイバーコネクタが生み出す「機体を思い通りに動かす」技能。痛みよりも相手を壊すことを優先する今のショウは、自分の肩を脱臼させてでも活路を創るのだ。それが最適行動なら、尚更。
そして、背を向けてあらぬ方向へ通り過ぎるゲインズの背中に、ガルーダの機首が向く。群青色のラウンドバイザーの向こう、ショウの眼が開かれる。その生命を捉える漆黒の瞳孔が。
逃してなるものか。この場で潰す。ただそれだけの意図を以て、スラスターからの噴射炎を翼の如く広げるガルーダがゲインズの背後に迫る。
胸部から吹き上がる青白い粒子の濃度は最高潮に達している。後は引き金を引くだけ。そんな時になって、ショウの脳裏に言葉が
──良いか、ショウ。これは危険だから人間に向けちゃダメなんだぞ。
──まあ、子供のお前に言っても仕方ないか?
「ああ、分かってるさ。約束は破らないよ──
……これは、千冬を傷つけかねない。
……これは、一夏を殺し得る。
……これは、人間じゃない。
だから、だから、だから。
ショウは今まで自分を律してきた行動原理の穴を意図的に突いて、食い破る。
見渡すな。視界の端を埋め尽くす自分の遺骸とガルーダの残骸を一撃で焼き払うために。
見逃すな。脳裏に浮かび上がる恐怖を直視して、対面する。否定してやる。
ショウは、それまで触れないようにしていたものの、引き金を引いた。
「──消えろよッ!」
瞬間、青白い粒子を撒き散らしながらゲインズの駆体が中心部からどっ、と膨れ上がるようにして爆ぜた。それはまるで風船みたいに。
音は無かった。正しくは、この爆圧を音と認識できるセンサなんて存在しないだけ。
それは、人類科学が生み出した。絶死の槍。
オシレーターという名前で覆われた装置の、その本来の役割。
発せられる波動エネルギーを、機首前方に発生させた力場に蓄積しベクトルを与えて発射する。
それは火砲でありながら、物理的な砲身を持たず、故に今日まで「使わないだけ」でその存在を隠し通されてきた。
放たれる波動エネルギーは、物質の結合をズタズタに引き裂き、ターゲットの波動的性質を定常波として相殺する。たとえその悪魔が異層次元に隠れていようが、殺す。
それは
──スタンダード波動砲と。
◆
「……お前らは人間じゃない。だから、向けても良いや」
ぎきちっ、ぼこっ。
機械的に嵌め直される左肩関節の痛みに表情が歪む。
爆炎と共に落下していくゲインズの残骸を見下ろしつつ、ガルーダのパイロットは呟いた。
そして背後──学園の方向を見て、即座に駆け出す。
「──チクショウ、1機に時間を掛けすぎたッ!」
残るゲインズは未だに20機余り。呑気に戦っているショウを差し置いて、それらは目的地に向かって浸透していた。
「なによ、あれ……」
学園からやや東の海上。シアの傍らでヘクトールの冷却に当たりつつ、ハイパーセンサーに望遠を掛けて、場を任せたショウの戦いぶりを眺めていた。
そして、二の句が継げない。
なんなのだ、あれは。
ゲインズの襲来によってそれまで安泰とすら言えた戦線は崩れつつある。
カタログスペックからは有り得ない機動力と、ISを上回る防御性能、一撃で何機でも殺せるであろう凝縮波動砲の火力。それらが揃ってしまったために、束が割いた戦力は散らされ苦戦を余儀なくされている。
それを、一撃。
ショウが何を使ったかは知らない。だが、確かに彼は皆が苦しめられるゲインズを、身一つで、一撃の下に粉砕してみせた。
何か特別に武器を持っていたようには見えなかった。つまり、それを実行してみせた兵器は始めから内蔵されていたと見るべきだ。
加えて、あの威力を考えれば、仮に機能制限があっても十二分な威力が出せただろう。
つまり、である。
殺せたのだ。ショウは。何時でも。
楯無は散々、あの男が無辜の誰かを害するのではないかと危惧していた。それを防ごうと彼女は男に敵意を向けて、しかし、ショウは何も返さなかった。
恨んだはずだ、憎んだはずだ。ISだって問答無用で消し飛ばせる兵器を抱えて、それでも彼は使わなかった。
──別にお前たちなんて何時でも殺せたけど、今日までそんなことをしていないのだから信じて従え。
束たちと同じ逆説。
だが、今回は意味が違う。
なんて愚かなことをしたのだろう。力を持ちながらも温厚なあの男に、あれだけの危機感と敵意を抱いていた自分がどこまでも恥ずかしい。
けれど、どれだけ恥じたって戦況は好転しない。己の無力も。
「──私たちも迎撃の準備をしておきましょうか。私はエクリプスで対処を試みますが、ゲインズをこれで撃ち落とすことも視野に入れつつ……生徒会長、冷却の度合いは如何です?」
「え? ええと、今300℃を切ったくらいかしら。欲しい温度はどれくらい?」
「30℃程までは下げていただきたいですね。そこから先は自力で冷却しますから」
ヘクトールの後部、まるで花や賑やかなイソギンチャクのように展開された放熱ユニットには、水信玄餅とか空想上のスライムみたいにアクア・ナノマシンの溶液がへばり付いていた。その内部は白濁していて、よく見ればその原因が細かい気泡であると分かるだろう。
楯無は放熱ユニットとの接触面の液体の粘性を制御しながら全体として高速で還流させ、水蒸気爆発を防ぎつつ緩やかに外部に熱を排出させていた。外気に触れる部分では水を蒸発させて熱を逃がし、IS本体各部に備え付けられたウォーターサーバーから水を追加して体積を保っている。
「それまた随分と……」
決して不可能な話ではないし、楯無だって自分の言葉に背くつもりはない。
しかし、間違いなく精密機器であろうヘクトールに負荷を掛けること無く、この莫大な熱量を逃がし続けるというのは相当以上の難事である。
そもそも普通の物理エンジンでさえ、流体演算は困難なものだ。それをリアルタイムに、刻一刻と変動する各部の温度や流速といったパラメータに気を付けながら思考で操作するなど、楯無はこの機体と出会って以来、ここまでのことをさせられたことはなかった。
これと比べたら、ターゲットの近くにただ凝集させて水蒸気爆発を誘発することのなんと簡単なことか。
先日、崩落するトンネルから助け出した怪我人の傷を塞いだときの経験が、奇しくもこれの予習になっていた。
「だったら、それが終わるまで色々聞いてもいいかしら。一応、情報収集も私の仕事なのよね」
「構いませんよ。貴女が集中を切らさず、かつ私に答えられる範囲であれば、喜んで」
一方で、アクア・ナノマシンが何時でもあらゆる制御を受け付けてくれるかと言えばそんなこともない。本体の仕様上、単位時間当たりに操れるアクア・ナノマシンの量には限界がある。そもそもここまでの精密作業を大規模にやることなんて誰も想定していなかったため、それを考えたチューニングが為されていないのが原因だ。
要するに、ここにボトルネックがある。一定以上は楯無の脳に負担が掛からないし、掛けても出来ることがないのだ。
その余力部分を無駄にしないで活かすことで、戦えない不甲斐なさを挽回したいというのが楯無の望みだった。
「……イヤミな言い方するのね、アナタ」
「そういう国の出身でしたから」
「一体どこにそんな国があるのよ……」
「ノーコメントで」
先が思いやられるわね……。
溜め息を隠さない楯無は、上を見上げた。何よりも気になるものがそこにある。
「あの紫っぽい玉……ここにばら撒かれてるナノマシンはあそこから出ているけど、一体アレは何?」
「そうですね……言うなれば、
「なにそれ……アレがNBCR兵器のお仲間ってこと? そんなものからナノマシンをばら撒くなんて、最低なことするのね」
いえいえ、そんな生易しいものではありませんよ……。ゾッとするほど冷たい声を聞いた楯無がシアの方を見ると、その顔面が間近に迫っていた。濃紫色のラウンドバイザーの向こうに、巨大な目玉模様が2つ並んだ民族衣装みたいな仮面が見える。
「毒をもって毒を制す……そんな言葉がありますよね。今ここへ襲い来るバイドの恐ろしさを知った人々は、それを言葉通りに実行したのです」
「え?」
詰まる所、あの球体はバイドで造られているのだという。あの機械たちを一体どうこねくり回したらあんな形になるのか理解できなかったが、少なくともその思想が常軌を逸したものであることくらいは容易に分かってしまう。
「名を、フォース──人類の
今日は出現座標の予測ができていた関係でバイドに対する疑似餌として運用していますが……恐ろしいですよ。攻撃に使ったら」
「ぎじ、え……?」
「はい。気にされていましたよね、生徒会長。なぜナノマシンを散布し、学園を封鎖して外部との通信を遮断したのか。なぜ敵をわざわざここへおびき寄せるようなことをするのか……感染症への対処と同じですよ。消毒にしろ治療にしろ、一箇所にまとめて確実に対処する。それだけです。
──あのゲインズを見たでしょう。バイドは機械を侵食します。それどころか生命でさえ……通常の兵器が効きづらいそういう厄介な相手に、外部からそれを知らない戦力がノコノコ出張ってくればどうなるか、それが理解できない貴女ではありませんよね」
そこまで聞いて、楯無は最悪のシナリオを思い浮かべた。
封鎖が行われなかったとしよう。当然ながら学園は外部に救援を要請する。他の事由ならいざ知らず、束が活動したとあれば我先にその確保に動くはずだ。
そうしてやって来るのは、通常兵器で武装したISと、軍用艦と戦闘機。ケイロンやエクリプスのような都合良く敵に効く武装はないし、あの物量に押し勝てるとも思えない。
そして、バイドは機械に干渉するという。シアの言葉が真実にしろそうでないにしろ、実際にアメリカの無人兵器は乗っ取られ、超自然的な性能を与えられて牙を剥いている。
シアは敵を感染症に例えた。つまり、乗っ取られた機械からも干渉は広がる可能性がある。仮にこの物量に外部の援軍込みで勝ったとして、何も知らない彼ら各国の勢力は、自分の戦力が干渉を受けたか否かを判断することも、それに対処することも出来ない。
アフリカ大陸でチンパンジーから世界全土へ広がったHIVのように、そうと知らずにバイドの干渉を持ち帰ってしまう可能性はあり得る。そして、世界各国でバイドが猛威を振るう……生命にも干渉するらしいが、それ以上は考えないことにした。
分からないものは鵜呑みにしない、無難に生きる上では重要だ。
「餅は餅屋……アナタたちなら、アレにきちんと対処出来ると?」
「そこまで傲慢ではありませんよ。だから最小の規模で確実に勝利するための準備を整えました。このヘクトールで敵戦力の湧き出しは防ぎましたが、今はとにかくゲインズを何とかしなければ」
学園の上空ではヘクトールの冷却作業が続く。その場から動けない彼女たちにとって、それはもう一つの戦いだった。
学園中枢。
エメラルドグリーンの室内灯に照らされた架台に身を預けながら、ISを纏う真耶は目を開く。
「学園防衛システム、OVERZONE──起動」
めきめきめきめき……!
実際にはそんな音はしない。しかし、確かに真耶は外から何かが自分の神経や血管に繋がろうと入り込んでくるのを感じた。
暴力的なまでの情報量。学園の全てが、彼女の脳になだれ込んでくる。
──
それは、IS学園というメガフロートに組み込まれた統合防衛システム。創立当初から今日に至るまで使われることのなかったそれは、表向きどこの国家にも属さないIS学園の独立性を維持すべく、その建造時点で搭載されていた。
絶対中立である学園に、武力を以て踏み入る。そうして一線を越えた相手に対し、苛烈な火力で出迎える。このシステムのコンセプトはそこにある。
ISのための教育機関という性格上、学園には多くのISコアがあって、その大半はフレームに組み込まれて利用可能な状態にある。軍備増強にしろ、学園の弱体化にしろ、ISを狙うならず者たちにとって、学園は格好の獲物だ。だから対策が要る。
ISで攻め込まれるのならばISで対応すればいい。基本的に学園の方が多勢だから押し勝つのは難しくない。
だが、真に警戒すべきはその間に突入してくる後詰めの部隊。ISで多人数の人間を運ぶのが困難である以上、それらは空か海を越えてくることになる。要するに、そこさえ潰してしまえば後は時間が解決してくれるのだ。
平時は格納されてその姿を見ることは出来ないが、学園には大型のレールガンを始め多くの対海・対空兵器が装備されている。それらの兵器はオーバーゾーンという完全に独立したシステムによって制御され、今日のような緊急時に権限を与えられた一部教員と教員仕様のISによって目を覚ます。
実際の運用に際しては、学園を取り囲む全方位を相手するための大量の武装を制御する以上、尋常なスペックのプロセッサでは力不足だ。だから中枢にISが据えられた。
したがって、今の真耶は学園という巨大なISを駆るパイロットとでも言うべき立場にある。
(補助ジェネレーターからの電力伝達を確認、使用火器は射程10km以上のものに限定して起動……)
真耶の周囲に無数の空中ディスプレイが浮かび上がる。それぞれはレーダーの敵味方情報や戦場を移した望遠映像、各武装への給弾状況など様々だ。真耶の纏うラファール・リヴァイヴのISコアが情報を纏めてなお膨大なそれらを、同時に読み取って処理できる人間など一握りしかいない。
彼女がこのシステムの制御権限を与えられている理由の最たるものがこれだ。積み重ねた戦闘経験と瞬時の判断を可能とする頭脳。数多の武器を使い熟し、特性を把握しながら運用する知識と技量。元日本代表候補序列2位として身に付けたその能力は、欠片も錆びてはいない。
(あれがエクリプス……火力も機動力も常軌を逸してるけど、ゲインズとかいう新手に対して数で負けてる)
真耶が睨むのは、戦場を映すカメラ映像の1つ。
2機のエクリプスが両腕の装甲を変形させると、それぞれ両手を前で合わせた。直後、その前方から紅色の光芒が放たれ、教員に波動砲を撃ち込もうとしていたゲインズの胸部を灼き始める。その輝きは余りにも眩しくて、勝手にカメラにフィルタが掛かるほどだった。
『──ッ、しくじった!?』
聞こえてきたのはシアの悲鳴。
不自然に移動したエクリプスの一体にタックルを仕掛けたゲインズにより、赤色の光芒は止められてしまう。それどころか、ゲインズに触れたエクリプスの左脚がぐしゃぐしゃに解けていき、それ以上の破壊を嫌ったエクリプスはトカゲみたいに根本から脚を自切して退避した。
勢いを失ったゲインズ目掛けて多方向から衝撃波動砲が叩き込まれ、それは粉砕される。
よく見れば、元々のゲインズの狙いはケイロンを纏った教員の一人だった。シアは無人機なのを利用して身代わりを試みたらしいが、それでもダメージが大き過ぎる。それどころか、「ゲインズに触れたらどうなるか」という実例が皆に知れ渡ったことで方々から悲鳴が上がった。
「それなら──ここ」
真耶の身体に小さい振動が伝わり、画面の中のゲインズ──2機のエクリプスが最初に狙っていた個体の身体に大きな穴が空いて、まもなくそれは爆散した。
それは突然のことで通信越しにどよめきが聞こえてきたが、千冬が代わりに説明してくれている。
(ガルーダからの威力測定データのお陰であのバリアを貫くための運動エネルギーは計算出来たけど、予測通りで何よりかな)
それは学園に装備されていた大型のレールガン。反動が学園の中枢にまで伝わるその威力は、ゲインズの分厚い粒子膜といえど貫通せしめる。
これを使えば、残りのゲインズも殲滅可能だろう。問題があるとすれば……。
「この距離でも本体をオーバーロードさせないと貫けない時点で、一発でどうこうするのは難しい……か」
真耶は映像を映すディスプレイの隣を見る。先程使ったレールガンの稼働状況だった。
そこにはでかでかと警戒色で
自分で計算した通りに、真耶はオーバーゾーンという権能を使って無理を通してみせた。しかし、それは何処まで行っても無理である。今すぐ同じことをすれば、そのレールガンは何の戦果も生まずに破損するだろう。
射角と設置箇所の問題で、ゲインズの迎撃に使える砲台は限られる。まだ20機以上残るそれらを殲滅するには足りないと、真耶の脳が論理と感覚の両面で告げていた。
効率的かつ安全な撃破を望むなら、少なくともあの障壁を一時的にでも散らしてから叩くべきだ。そのヒントは、ショウが示してくれた。
(やっぱり出張るしかない、かな……)
体調は全く回復していない。今は大量の情報を脳に流し込んで気にする暇を無くしているだけで、一度気を抜いてしまえば幻覚幻聴憎悪妄想の百鬼夜行が迫ってくる。
むしろ、悪化している気さえする。ゲインズの撃破に伴ってほんの少しだけ楽になった感覚が無いこともないが、そんなものは一瞬の話。気休めにもならない。
「──OVERZONEをモード変更。ロジスティクスラインを有効化、カタパルトのアイドリングを開始」
真耶が身を預ける架台の真上──天井が円形に、カメラの絞りのように開いた。
続けて、ずずん、という重い音と衝撃がして、架台ごと彼女の身体が垂直に持ち上がっていく。
教師の役割とは、生徒を教え導くこと。あるいは、護ること。どちらにも共通するのは、前に立つということ。
かつて序列1位の女との間に生じた確執。生徒であるはずのショウに向けてしまった憎悪。
終わったと思っていたはずなのに、それがまるで外から注がれるように完結しないことに気づいたのは、思えばショウとの試合に勝ったときからだろうか。
真耶は確信している。この感情は、この憎悪は、自分に由来するものではない。
だから、
見なければ、感じなければ、それは存在しないに等しい。
過日、因縁のあの女に復讐を誓ったあの瞬間から、真耶はそのためだけに努力を重ねてきた。その憎悪を向けるべき相手を見失わず、見誤らないように、己の心を律してきた。
ショウにそれを向けてしまったとき、それまでの積み重ねが狂ったと思った。だが、それがおかしいと分かれば単純だ。
自分という車が、自分が握ったハンドルで事故を起こしたのでないのなら、真耶はもう一度ハンドルを握れる。
ショウのことなど気にしない見向きもしない意識しない。かつての憎悪に付け入る余地を与えないように。
今自分に出せる最大のスペックで皆を護る。今この瞬間、自分に出来る一番の贖罪がこれであると信じて。
地上へ向けて上昇しながら、オーバーゾーンから真耶の脳内に無数の武装データが流れ込んでくる。どれも扱ったことのあるものばかり。特性も威力も知り尽くしている。
今の真耶は空飛ぶ武装図書館。
「ラファール・リヴァイヴ=
第2幕をここに始めよう。その瞳が曇らぬうちに。
『イヤっ、死にたくな──』
ゲインズの砲口が教員の一人を狙う。
──青白い閃光の槍が通り過ぎてそれを轢き殺した。
『この……さっさと墜ちなさいよッ!』
焦るあまりチャージの足りない衝撃波動砲を連射する生徒に、ゲインズのタックルが迫る。
──青白い閃光の槍が通り過ぎてそれを轢き殺した。
「チッ、推力低下の次は強制冷却かよ……」
スタンダード波動砲の連続使用によるスペックダウンに悩まされながら、ショウは学園へ突き進むゲインズを後ろから貫いていく。
他の味方へ破壊と殺意を振りまこうと意識──機械にそんなものがあるかはさておいて──が向いている瞬間なら、波動砲は実に簡単に命中して、確かな結果を返してくれる。
ゲインズならば片っ端から倒しているかといえば、そこには優先順位があった。
詰まる所、誰かが死にそうな場所が一番だ。
人が死ぬところを見たくない。否、それは
正しくは、目の前で見たくない。そういう、逃避願望。
ゲインズは強力で厄介な敵だ。束の用意した装備があっても対処が追いついていない。だから、残念ながら優先順位は何処もほとんど同じで、ショウでさえゲインズを撃破できる装備は波動砲しかない。
ついさっきエクリプスの装甲がゲインズに触れただけで破壊されたのを目の当たりにした人間が多いせいで、場は恐怖が支配していた。当然、恐れは思考と判断を麻痺させてしまう。人死が増える。
結果として、ガルーダには負荷と消耗が積み重なり、ゲインズの群れの先頭からは段々距離が広がっている。
減ってきたとはいえまだまだサージや他のバイドも残っているし、追い掛けて対処できるのは自分しかいないことはショウが誰よりも分かっていた。
相反する2つの現実。焦燥と苛立ちはどこまでも膨れ上がっていくようで。
それが理由だろうか。エクリプスが中継している無線に耳を傾ける余裕ができてしまっていたのは。
『──セシリア! 避けろッ!』
『え?』
最大まで望遠を掛けて、気付く。
学園から2kmくらいのところ。ゲインズに迫られるセシリアと、助けに入ろうとそこに突っ込む一夏。その背後に砲口を向けるもう1機のゲインズが見えた。
オイ。なんでお前らがそこにいる?
見逃すはずがなかった。今まで戦場を俯瞰して、全体の動きを予測して動いてきたはずだ。目に付く死を片っ端から祓ってきたはずだ。
だというのに。一夏の行動が読めなかった。その周りの動向が把握できなかった。
明るい照明に照らされた部屋の隅に吹き溜まる暗闇。あるいは死角。そんな感じで、今の今までショウは、先んじて防ぐことも、彼ら2人に警告してやることも出来なかった。そうしようと思いつく段階にすら至れなかった。
「なんで、なんで
考えるまでもない。結末は知っている。
セシリアがすり潰されて、一夏は消える。そして全部瓦解する。
ここからどうすればいい?
何をすれば助けられる?
何処へ動けばそれは実行できる? そもそもそこまで辿り着けるか?
波動砲は使えるか? ダメなら他の手は? それは有効か?
無慈悲だった。
時間は残酷なくらいに等速で、待ってくれない。
ショウの脳内を無数の思考が駆け巡る。
呼吸も他の全ても忘れてリソースを絞り出して、どれだけ考えても、思いつく最善手は片方を見捨てること。その最善手すら、一夏が動く度に揺らいで消えていく。
ふざけるな、ふざけるな。
どれだけ己を罵っても、わからない。
セシリアも一夏も、初めは指示通りに動いていた。
──ケイロン以外は新手の対処に当たれ。
束の言葉に従って、セシリアは前へ出て迎撃に当たり、一夏はサージを倒し続けていた。
「──うぉあっ?! 速すぎるぞコレ……」
急に渡されたケイロンという追加装備に一夏は未だに慣れることができていない。
戦闘が始まる前までは少し違和感がある程度だったのが、いざ戦いになると、それは急速に膨れ上がる。
白式のつもりで加速すれば、その想像の数倍の速度が出て、しかも減速もすぐに出来てしまう。心と身体の準備ができる前に急制動が起きるせいで上半身がガクガク揺れるし、危うくサージに突っ込みそうになったことも何度かある。
今のように開けた空を飛んでいなければ、何時ぞやのように地面にぶつかってクレーターを作っていたかも知れない。
それでも、積まれていた衝撃波動砲は便利だった。今まで近接武器に縛られていた一夏にとって、ブレードの切っ先で照準を合わせて撃つだけで次の瞬間には敵が壊れているのは、現実味が薄れるくらいに楽な道具に感じられた。
実際に恩人たる楯無の危機を救えたのも、一夏の気を緩ませる助けになってしまっていたのである。
断言しよう。
一夏はサージに対して苦戦していない。仮に距離を詰められようが零落白夜でぶった斬れば対処出来てしまうからだ。
だから、周囲を見渡す余裕があって、気付く。
ついさっきゲインズの迎撃に向かったセシリアが、それに追われるようにして後退してきていた。
ゲインズは厄介な相手らしい。強固な障壁を纏い、機動力があって、火力も悍ましいレベル。最前線が荒れているというのは通信から聞こえていたし、機能制限が無くなったことで試合のときと比べて眼を見張るほどに高まっていたセシリアの火力ですら決め手に欠けていたのだろう。
学園まで1kmも無い近距離。セシリアを追い掛けるまま、ゲインズはそこまで迫っていた。
誰かを守りたい。姉に恥じない人間でありたい。
そんな願いを持つ一夏にとって、見過ごせる状況ではなかった。
他に助けに行ける人員もいない。やれるのは自分だけ。
そうして視野が一気に狭まる。セシリアとゲインズしか見えなくなる。
白式とケイロン、それぞれのスラスターに命じて、一気に加速。身体を突き抜ける瞬間的なGを浴びながら、一夏は先端から2つに割れていくブレードを構えて、言う。
「──セシリア! 避けろッ!」
そうして、一夏は死の運命に飛び込んでいく。誘蛾灯に焼かれる虫みたいに。
もう1機。別のゲインズがその単純な動きを追い掛けて照準を合わせていることなんて気付きもしない。
『──ぁ、ゃ、やめろイチカァっ! 行くな!!』
打つ手がない。自分の能力が届かない。無力に絶望するショウの声が飛び込んでくる。
だが一夏には聞こえちゃいない。通信を中継してくれるエクリプスがたまたまそこにいなかった。
誰も待ってくれない。強制スクロールのまま、ゲームオーバーがやってくる。
『あ、ぁぁ、ぁぁぁぁああああああ────!!』
やめてくれ。とまってくれ。
こうならないためにがんばってきたのに。
セシリアは追われて、一夏は突っ込んで、ショウは叫ぶしかなくて。
一閃。
その瞬間。
戦場を灰と青色の颶風が駆け抜けた。
『──ぁ、ぇ?』
ショウはカメラ越しに見える現実が理解できなかった。
まるで時間が止まったような気がしたが、それを待たずに景色は変化する。
セシリアをすり潰さんと迫るゲインズが、縦に両断され、花が開くように別れて落下していった。一瞬遅れて、爆発。
一夏を消し飛ばそうと狙っていた別のゲインズが、右肩に担いだ大砲から足先まで微塵切りにされ分解した。
一夏の、セシリアの、ショウの、あるいはこの場にいる全ての人間の意識に、そんな真似ができる人間なんていなくて。だがそれは確かに実在した。
奇跡にしろ災厄にしろ、それらは意識の外から顕現する。
つまりは、こうだ。
「──機体に振り回された挙げ句、自覚無しで死にに行くとはな。終わったら覚悟しておけよ、馬鹿者め」
一夏の前に、一人の戦士が舞い降りる。
灰と青色の装甲を身に纏い、右手に構えているのは紅色の光で出来た刀身を持つ剣。
「ち、ふゆねえ……?」
それは人類最強。勝利の代名詞。
卓越した技量と才能を持ち、刀一本で世界を獲ったカリスマ。
IS学園が擁する最高戦力。
「他に誰がいる? 幻覚でも見ているなら殴って目を覚ましてやってもいいが」
愛すべき一夏の姉、織斑千冬がそこにいた。
こんかいのまとめ
・ダリル
ねーなんなのこれ。
別部署とはいえ自国が指名手配犯と繋がって開発してた兵器が山越え海越えやってきちゃった。
しかも滅茶苦茶強い……。そんなスペックしてるなんて聞いてないし有り得ない。
ところでどうしてあなたは別部署の機密を知ってるの?
・鈴音
助けるため(?)とはいえショウに蹴り飛ばされた被害者。
衝撃波動砲は強力だが乱発できる余裕はない。しかもゲインズは硬すぎた。
水没した後は少し呼吸を整えてから浮上、戦線に復帰した。
後で覚えてなさいよ、あの男……。
・楯無
今回も裏方業務。
災害救助で使ったアクア・ナノマシンの操作がこんなことに活かされているのが本当に笑えない。
シアから聞いたバイドの話も、フォースとかいう兵器の生まれも、もっと笑えない。
・シア
冷却待ちだがエクリプスを操っているので暇でもない。
死な安理論でエクリプスの脚を犠牲に命を救ったが、そもそもそうならないように立ち回りたかった。
人の身に八面六臂は過ぎたもの。
・セシリア
開けた空でビットを操作しながら一対多……脳のシワに砂鉄でも擦り込まれるような苦痛に集中が削れる削れる。
いい加減に退却しないと足手まといになるんじゃないかと恥辱に顔を歪めていたら、死はすぐそこに。
・一夏
便利すぎる道具に若干調子に乗っている。そもそも一般市民に戦争の心得とか無いから仕方がない。
ケイロンの機動力が高すぎて、少し気を抜くとすぐにすっ飛んでいく。
特訓に付き合ってくれたセシリアが危ないなら、助けねえと。
・ショウ
おまえはこわす。
古い約束をねじ曲げてでも使った波動砲は効果絶大。だが連射は出来ないスペック不足。
一夏、お前はいつも予測外れで楽しいけど、こんなときまでそうならなくたって良いじゃねえか。やめてくれ。
・真耶
人の形をした武装図書館。
因縁のあの女をぶちのめすために身に付けた知識と技能を、今日は誰かを護るために。
一線なら、もうとっくに越えているから。後は暴れるだけ。
・束
DARPAのバぁぁぁぁぁぁカっ!!
善意の行動を裏切られてブチギレ中。後で必ずケジメするがその前にゲインズ。
さっさとシアを前線に出してればこうはならなかっただろうとイラつきつつ、手が空いたので可能な範囲で出来ることを。
・千冬
新機体を引っ提げて戦線に合流。
一夏が情けなすぎるので多分あとで一発殴る。死にかけていたのが分からんのか馬鹿者が。
行儀の良いふりは、もうやめだ。千冬は勝利の代名詞となる。
うぁぁぁ げ…ゲインズが太平洋を練り飛んでる
多くのR-TYPERたちにとってのライバル、ゲインズが大暴れしている今回。
まだ難易度PRACTICEなので波動砲一発で倒せますが、触ったらアウト設定をできるだけ悪辣に表現してみました。
ガルーダの波動砲も今回で御開帳。今まで使ってこなかった理由は「強すぎるから」という一点に尽きます。ゲームでもスタンダード波動砲は貫通能力のある武装で、本作では絶対防御も貫きうる代物という立ち位置です。
対人戦で使うとただの蹂躙と化しますし、試合で鎬を削っていたら相手が消滅していた……なんてシーンは誰も見たくないんじゃないでしょうか。少なくとも自分はそうです。
やっぱり山田先生は優しくて強い精神の化け物であってほしいですよね。原作の時点で暴走した白式を僅か3ページ弱で一方的に叩き潰した実力があるので、強さを盛ったつもりは特に無かったり。
今回は知識と情報処理能力の面で活躍させてみましたが、次回は戦場で暴れます。頑張る彼女を応援してあげてください。
ちなみにオーバーゾーンというシステムは完全オリジナルです。学園にもそんな感じの防衛設備があって然るべきだよなと思って設定しました。詳しい内容は次回に。
千冬も戦線に投入しました。なんかもう最終決戦みたいな描き方してますけど、どの道人類の危機ですからね、人類最強が出張らない理由を作るほうが厳しいかもしれません。
原作の時系列でも千冬がISに乗るシーンって過去回想くらいしかないので、良くも悪くも1から書くことになりそうです。
既存キャラの強化パターンを見て……
-
もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
-
強化装備ポン付け位がいいかな……
-
機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
-
この水は飲めそうだ