Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
時間は遡ること数分前。
忙しそうに黙り込んでしまった束をよそに、千冬は険しい顔で戦況を眺めていた。
ゲインズは凶悪だ。
サージや対処法が確立されていたストロバルトとは比にならない脅威を持った、ミリタリーカラーの悪魔。あれが出てきた瞬間に、戦線が崩れ始めた。
幸いにして死者は出ていないが、右肩の凝縮波動砲が掠めただけで武装が破壊されて退却を余儀なくされた者や、いくら攻撃してもダメージにならないことに絶望する者など、士気が一気に下がっていることは誰にも否定できない。
そして、武装の貸与元である束はそれが壊されるたびに悲鳴を上げる。憎たらしいことに美声で罵ってくるからチグハグだが、本人にも余裕が無いらしい。
『ああっ、このクソ女! 避けろって言ったろうがノロマぁッ!!』
ショウの戦績は確かに希望だった。
束は聞いても答えてくれなかったが、ガルーダにはゲインズを一撃の下に粉砕できる兵器が積まれているようだ。何故そんなものがあるかは一旦気にしないでおくにしても、今それを使い出したということは、実力と用心深さを備えたショウにとっても相応の相手と確信したということ。
全く嬉しくない知らせだった。
そのショウですら多勢に無勢。ゲインズを確実に破壊して回ってはいるが、段々と動きのキレが鈍っている。どうやらあの武装は連続使用が出来ない程度には機体性能に影響を及ぼすものらしい。ゲインズの強固な防御を貫けるあの威力だ、納得できる話ではあった。
ゲインズさえいなければ、この戦闘を彼1人で終わらせることだって夢ではなかったかも知れない。だが現実はそうではない。ショウが居てなお、不足。
真耶が起動中のオーバーゾーンはその効果が学園の近傍に限られる。紛れもなく強力な代物だが、アレだけで迎撃するということは、ゲインズをむざむざ学園に近付けるということ。
何か、何か手は無いだろうか。この状況を変えられる、強力な1手が。
そんなときだった。束の溜め息が聞こえたのだ。肩の力を抜くような、少し短めの。
「……どうした?」
『いや、ちょっと裏で仕事してて。突貫工事だったけど一段落ついたよ』
今度は一体なんだ……。呆れと疲れの混じった声で出迎えれば、返ってきたのは、刀の切っ先みたいに鋭くて真面目な声色。
『ちーちゃん。1つ、提案があるんだけどさ』
「……聞こうか」
『IS、乗る気ない?』
考えなかったわけではない。それどころか、千冬はこれを真っ先に選択肢に並べて、しかし除外した。
だが、千冬はそうしなかった。理由はたった1つ。
千冬の才能と実力を完全に引き出すことを考えると、それは古い設計思想──高いサンプリングレートを持ったISでなければならない。彼女の機敏な操作に機体が置いていかれてしまうからだ。
いま学園にある中で千冬が満足に力を振るえるとすれば、それは最古の第2世代量産型であるサンデーストライクだけになるが、型落ちの古い設計でこの戦場に出ていけると考えるほど千冬は甘くない。
勿論、応答速度の低い最新の機体でも動かすことはできる。テストパイロットをしていた頃はそれでやっていたこともあるし、不可能というわけではない。だが、今は人の生命の掛かった一大事。機体に合わせて
だから、千冬は戦いを他の教員や生徒に任せて、自分は後方で指揮を執ることしか出来なかった。歯痒かった。
「無理だろう、それは。私が扱える機体が残っていないことを忘れたわけでもあるまい」
『だろうね。だから、用意したよ』
「え?」
『本当はシアちゃんが前線に出てればこんなことにはならなかったんだけどさ、どうも彼女はヘクトールの準備がしたいみたいだし……全く、面倒増やしてくれるよね、あのガルーダのパイロット。
案の定、戦線には穴が空きつつある。それも、ちーちゃんでなきゃ塞げないようなどデカい穴が』
「戦えるのか? 私でも……」
『バカ言わないでよ。ちーちゃんが世界を獲った機体【暮桜】を作ったのが一体誰なのか、忘れたワケじゃないでしょ?』
懐かしい話だ。
ISが兵器としての運用を封じられる代わりに、スポーツマシンの座に押し込められていた黎明期。束は千冬の専属メカニックとして機体の開発を行っていた。
何種類もの機体に乗って得られた実働データと、千冬自身の剣道をベースとした戦闘スタイル。それを統合して生み出されたのが、後に彼女を第1回ISバトル世界大会【モンド・グロッソ】の優勝へ導いたIS【暮桜】だった。
初めて乗る機体なのに、身体に実によく馴染んだのを覚えている。だから勝ち進めたことも。
そして、それが同時に、いま千冬が使える機体が学園に無い理由でもあった。要するに、世界的なパワーバランスの話である。
最強のパイロットと、それ専用に設計されたIS。そんなものが揃えば下手な核兵器よりも危険だと為政者たちは判断して、千冬が現役を退くのと同時に暮桜は封印された。その場所を知るものは地球上でも数えるほどしかいない。
また、以後それに類する機体が用意されることもなかった。
千冬はISに乗ることなく、いつ使い時が来るかもわからない常任理事国たちのジョーカーとして学園に縛られ続けてきたのだ。
『だからね、後はちーちゃんの返事1つで決まるよ。あっ、でも早めにお願いね、状況が洒落になってないから』
今、自分に話しかけている女は誰だったか。千冬は認識する。
国家同士のパワーバランスだの政治だの、そういった柵を無視して笑い飛ばせる、ジョーカーを超えたジョーカー。彼女にあらゆる条約だの法規だのは意味を為さない。
出来るからやる。やりたいからやる。誰も彼女を縛り、止めることは出来ない。だから天災と呼ばれるのだ。
そんな束が言っている。そのつまらない縛りを引き千切ってあげる──と。
「なら──頼む。私に力を貸してくれ」
気付けば、画面に向かって頭を下げていた。
助けたい人がいる。同僚たる教師、護るべき生徒、そして、愛すべき弟……命を危険に晒しながら戦う彼ら彼女らを前にして、ただ指示を出すだけ? そんなのは嫌だ。気が狂いそうだ。
もしも、自分にまだ出来ることがあるのなら。振るえる刃があるのなら。
『あわわっ、頭下げないでよ急に……私とちーちゃんの仲じゃん。
……まあ良いや。そしたら──足元をご確認ください、かな?』
言われるまま足元を見た。管制室は相変わらず薄暗くてよく分からなかったが──なんか、いる。
「うわっ、なんだこれ」
『これとは酷いなあ、これとは』
足元にいた何かは、ゆっくりと浮かび上がって、千冬の眼前で静止する。
概形としては直結20cm余りの球体だった。全面に赤くて円形の曲面レンズが取り付けられた、白い球体。パーツ同士の境目は青で彩られていて、下部には短い脚が一対。上部にはヒレだか羽だか分からない板状パーツが、これまた一対、パタパタ動いている。
側面には小さく、「TP-2」と刻まれていた。型番だろうか。
「……それで、何なんだこれは」
『まあ、ちょっとしたアイテムキャリアだよね。移動コンテナって言ってもいいかな。今回みたいに小物を運ばせるには丁度良くてさ。可愛いでしょ?』
いや、それは知らんが……。昔から今一つ理解できない束の趣味に困惑していると、TP-2の全面のレンズ部分がオーブンの蓋みたいに大きく開いて、内部に格納された貨物が現れる。
三角形のファセットで囲まれた紅色に透き通る宝石と、それを囲むように銀色の円環が2重にジャイロ機構のような形で取り付けられた、恐らくはアクセサリーの一種。
だが千冬には分かる。これはISの待機形態。唸るチェーンソーを押し当てられたって傷一つ付かない代物だ。迷いなくそれを手に取った。
『受け取ったね? そしたら道開けるから外出ちゃって』
「ああ……」
通信用のヘッドセットを付けたまま、千冬は遂に開いた管制室のドアから廊下へ、そしてアリーナの外へ歩いていく。
ひどく静かだった。まるで誰もいないみたいに。
全部束がやったこと。だが、その一番の原因はバイドの襲来だ。まずは1つずつ、根本から解決していこう。
僅かに持ち上がった出入り口の分厚い隔壁の隙間をすり抜けて、遂に千冬が外に出たと同時、千冬の手にあった赤い宝石が光を放つ。その輝きは眩く、即座に周囲を埋め尽くしていく。
「あっ、おい────」
勝手にISを起動したであろう束への文句を言い切る前に、千冬は久しく味わっていなかった感覚に包まれた。脳内を駆け巡る情報の奔流。始めから自分のために存在するかのように身体に馴染んで、神経と繋がっていくハイパーセンサー。忘れようがない。
全身を覆う灰と青色の装甲。顔面を覆うラウンドバイザーは濃い空色をしていた。
腰部には左右一対の巨大なスラスターが取り付けられており、脚部の装甲も分厚く、こちらにも小型のスラスターが備えられている。
一方で上半身は細身で、アンバランスなくらいに装甲が薄く、とにかく動きを遮らないことを重視しているようだ。通常のISと違って、カスタムウイングも
そして、千冬が何よりも気になったのは、右側のスラスターユニットに沿うように装備された、棒状の機械。その側面には引き金のようなものが付いていて、右肩の装甲から伸びる太いケーブルと直結されていた。
「これは……サンデーストライクを改造して暮桜に仕立て上げたような感じか? 初めて乗った割には随分馴染む」
『悲しいこと言わないでよ、きちんと1から造ったんだからさ。まあR-9Kと意匠が似てるのは認めるけども』
少し声のトーンを落とす束は言葉通り悲しげだった。それから、時間無いから端的に説明だけしちゃうねと語り始める。
『──TL-2AT パトロクロス。瞬発力と機動力に特化した近接専用機だよ。
でもって、右側スラスターに乗っかってる有線のやつ、それがメイン武装のレーザーソード。銘は紅蓮。こっちも威力だけを追求した非実体剣だね』
「なるほど、突っ込んで斬って来いということか」
『話が早いね。基本的にはそれで良いんだけど、紅蓮の柄に付いたトリガーには気付いた? 剣を振る時にそのトリガーを引くと、刀身からエネルギー体を飛ばせる設計になってるんだよね。中距離くらいなら対応できるから適宜使って。
……いやもう、ホントに突貫工事で造った未完成品だからこれ以上の武装とか無くてさ……。時間切れとはいえ、こんなのをちーちゃんに渡すのは真面目に業腹なんだけど……』
「いいさ。刀一本──暮桜と同じ土俵ならそれで十分だ。
……しかし、パトロクロスか」
千冬はしみじみとした表情で自分の全身を見回した。
叙事詩イーリアスにおいて、パトロクロスはアキレウスと共に戦った無二の親友であったという。そんな英雄の名を冠した機体を渡してくるということは、そういうことなのだろう。
答え合わせのように束が恥ずかしそうに千冬の思考を遮ってくる。
『はいはい、兎にも角にも考え事はその辺にしてね。
──天地万物、斬っておいでよ。我が親友』
千冬は有線式の剣を構えて、空を見上げた。
戦況は悪い。ゲインズはすぐそこまで迫っている。一刻も早く向かって、全て斬り伏せねば。
「ああ。久方振りの
スラスターに火が灯って、虹色の光が舞い始める。周囲の大気が張り詰めていった。
人類最強の剣客、織斑千冬が戦場に舞い戻る。
「どれ──剣の振り方とはこうやるんだ。よく見ておけよ、一夏」
そして、現在。
突然のことに呆けるその場の全員を置き去りにして、一瞬にして千冬の姿が消えた。
直後、大空に浮かび上がる青白い光の線で出来た複雑な幾何学図形。それが千冬の駆るパトロクロスの残光であったと理解するには更に時間が必要だった。
手始めとばかりに近場のサージの隊列をすり抜けざまの一太刀で鏖殺────したかに思われたが、落下していく残骸が突如として湧き上がった琥珀色の粒子の風に導かれるように集合し、幾つかの紡錘状の塊となる。自転する特攻兵器、リボーへと姿を変えたのだ。
「一つ。よく相手を視ること」
言葉とは裏腹に、千冬は欠片もその方向を見ない。その代わりに有線式ソードを振り直す予備動作に合わせて、トリガー。
──眩い紅色の刀身から飛沫のように同色の光弾が放たれ、寸分の狂いなくリボーに命中。即座に爆発四散。ついでに近くを飛んでいたサージ数機にも同じことが起こった。
「二つ。よく周囲を視ること」
──ズォォォオオッ!
学園東方の彼方から差し込んできた極太の光芒をするりと避けて、突然の鋭角ターン。発射元へと突っ込む。下手人はゲインズの1機。距離を詰められたと見るや、即座に腰部のミサイルを発射しつつ腕を構えてタックルを試みる。
「三つ。相手の戦いに付き合わないこと」
千冬はそれをギリギリで避け、やはりすれ違いざまに置いておくように刃を立てる。自分から胴体の中程まで切り込みを入れてしまったゲインズは火花を散らしながら振り返り、右肩の波動砲に手を掛けようとしたところで────腕が先端から輪切りになって落ちていった。
それから一瞬遅れて、残ったゲインズの胴体が薬味の細ネギみたいに細切れになり、直後に爆散。
一閃万刃。その場の誰も、千冬がいつどのように剣を振るったのか把握できた者はいなかった。
これこそが織斑千冬。これこそが
日本から刀一本だけ携えて世界に乗り込んだ剣客。
「今挙げた中の1つでもお前は出来ていたか? そうでない自覚が欠片でもあるなら改めろ……私の弟なら出来るはずだ」
台風の目みたいにそこだけ敵が消え去った空中で、千冬は緩やかにビームソード【紅蓮】を天頂へ掲げた。
赫灼の輝きで出来た刀身は、ISならば戦場の何処からでも見えるほどに眩い。
言葉は無かった。だけど、ただ、それだけで。
『──
『──勝利の代名詞ッ、私の女神ッ!』
『ああ、なんてこと……千冬様の剣がまた見られるなんて……もうゴールしてもいいかな』
『良くないでしょバカ。あぁでも待って震え止まんないかも……』
戦場のあちこちから歓声が上がる。
ゲインズの襲来によって戦場に吹き荒れていた絶望が、自然と切り払われていく。
千冬は強い。だが、その実力以上に、彼女が纏うカリスマこそが皆を奮い立たせる。後ろからチマチマと指示を飛ばすことなんかより、ずっと直接的で分かり易い。
人はいつだって伝説を求める。そして、求めるままに、今それは与えられた。
「うーむ、次はどうすべきか……」
がやがやと騒がしいIS学園の地下避難所ブロックでは、壁面の空中ディスプレイに地図を表示しつつ、箒が次に避難誘導へ行くべき建物を思案していた。
箒のいた第2アリーナと、付近の職員棟にいた非戦闘職の教員、食堂からの避難誘導には成功している。特に、職員棟にいた養護教諭を連れ出せたのは大きく、パニック症状を起こした生徒への対処がぐっと楽になった。
彼女の背後では、観戦に来た各国の要人とその護衛が忙しなく言葉を交わしていたり、緊張で泣いてしまった生徒を上級生が慰めたりと、非常事態らしい落ち着きのない光景が広がっている。
感覚の鋭い箒は、あまりここには長居したいとは思わなかった。耳がキンキンする。
「……ねえ、その前にあなたの端末を借りてもいい?」
「ああ……簪か。何をする気だ?」
横からそろりと顔を覗かせたのは、第2アリーナの3、4組ブロックから連れ出した4組の生徒、
彼女は頑なに自分の名字を名乗ろうとしなくて、そこは本音から聞くことができた。
空色の髪に、赤い瞳。つい先日ショウと熾烈な戦いを繰り広げた生徒会長の妹であることは疑いようがなくて、理由は分からないが何となく簪が姉のことを苦手に思っていることが箒には分かった。
家族だと思われたくないから、敢えて下の名前だけ名乗る。他でもない自分と同じ遣り口。
地図無しで複雑な地下通路の構造を覚えた本音が頼りにしていただけあって、簪は機械の扱いに詳しい。箒だけでは復旧出来なかった避難所の各種設備の起動は彼女の手によるものだ。
そんな彼女の腕を見込んだ箒は、効率的な避難のためにセキュリティキーを複製して配れないかと尋ねたが、それをすると中身が消える可能性があると断られてしまった。
では、今度は一体何をしようと言うのだろうか。
「うん、いい加減に外の様子を見られないかと思って。箒さんのセキュリティキーなら外部のカメラでもアクセス出来るだろうし」
「それは確かに、そうだが……」
避難誘導のために地上フロアへ何度も上がっている箒だが、外の様子は隔壁に阻まれて知ることが出来ていない。ときどき重たい振動が深層にあるはずの避難所ブロックに伝わってくるし、その度に避難している皆から悲鳴が上がって、箒自身も不安だった。
何も分からないというのはの怖いものだし、外の様子を知ることが出来ればそれも和らぐ──とは
箒は知っている。今日の出来事が、あの天才に危機感を抱かせるナニカであるということを。
いけ好かない彼女だが、世界を引っ掻き回して平然としていられる精神性と実力は本物。そんな人間が言うのだ、隠れていろと。
仮にセキュリティキーで外界の様子を見られたとしよう。それが、見るも悍ましい地獄だったら?
今は落ち着いているとはいえ、なんとかパニックを起こさないように保っている避難所ブロックの人々が、そのままで耐えられるとは到底思えない。
見えないというのは、確かに怖い。だが、見てしまえば取り返しがつかない。そういうリスクがあった。
「なあ……それ、一先ずこの端末だけで見られないか。問題なさそうなら大画面に出せばいいだろうし、最初は我々だけでということで、どうだろう」
「ん……わかった」
2人は他の人間から隠れるように、薄暗い廊下に移動する。なんだか悪いことをしているような気持ちになるが、そもそも極秘であるはずのここに入った時点で今更なことだ。
簪は箒から端末を受け取って、それを付近の壁にあったコンソールとケーブルで繋いで、暫く投影式の拡張キーボードで操作していた。
一体何をどうやっているのか、こういう技術に疎い箒には皆目見当がつかなかったが、カメラが有効化されるにはさほど時間は掛からなかった。
「──ぇ?」
「なに、これ……」
何処に付いていたものだろうか、外部のカメラからの映像が幾つか切り替わって、学園上空や遠方の空など様々な景色が映し出される。
箒の小さな携帯端末の画面だというのを差し引いても、監視カメラにしてはやけに画質が良かったその景色は、カオスという言葉以外に表現のしようが無いものだった。
空を飛び交う無数のIS。見たこともない白色の機械を纏っているが、中身は一般的な量産型モデルだとすぐに分かる。
奇怪な飛び方をする、緑色をした飛行機のような何か。ISたちはそれに攻撃を加えているようだ。ひたすらに数が多くて、ときどき琥珀色のエネルギー弾を発射して反撃している。皆、それを過剰に恐れて回避しているのも気になった。
「戦っているのか……? しかもこれだけの数で?」
「間違い無いと思う……幾つか分からないのがあるけど、この量産型IS、全部学園のやつだよ」
敵と思われる機械は他にも何種類かいて、その中でもミリタリーカラーの大きな人型は特に危険なようだ。味方らしい黒灰色の装甲に白色の顔面をした、見たこともないISの脚が、それのタックルでひしゃげ破壊されていくのが丁度見えた。血の一滴も見られない辺り無人機らしい。信じられなかった。
攻め込まれている。学園の戦力が動いている以上、そうとしか考えられない。
ときどき響いてくる振動も、束が隠れていろと言った理由も、全部1つに集約される。これだ。
何よりも恐るべきは、最強の戦術兵器とされるISが押されているということ。こんなもの、一体誰に見せろというのか。ISの絶対性を信じる生徒たちや、その価値を前提にやってきた各国の要人たちに知られればパニックは免れない。ここまで避難させてきた意味が崩れてしまう。
これは、見せるべきじゃない。
箒も簪も、互いに顔を見合わせて、それだけで同じ考えだと悟る。
もう一度画面に目を向けると、ぐにゃりと歪んだ広角レンズの景色の中で、ミリタリーカラーの大型が見たこともないIS──灰と青色の装甲に身を包み、空に向けて赤色の光を掲げている──に向けて大砲を構えているのが見えた。そのISは自分の危険に気付いていないようだ。
「あ、危な──」
簪が叫びかけたところで、画面端から
「な、何……?」
「あの眼鏡……間違い無い」
それは一瞬のことで、カメラから離れた位置で起きたことで、映し出される画面も小さいから視認するのは困難で。
だが、動体視力に優れた箒は察知することができた。緑色の影の正体を。それどころか、赤い光を掲げたISのパイロットが誰なのかを。
「……
30秒ほど遡ろう。
敵の薙ぎ払われた中心で剣を掲げ、千冬は皆の
自分たちには彼女がいる。それも一緒に戦ってくれている。言葉など無くとも、その事実が苦境の中でも人々を立ち上がらせる。
その場は湧いて、一時ながら通信越しにお祭りのような賑やかさが支配していた。
だがしかし、である。
ここは戦場。命の灯火が剥き出しにされ、それを吹き消さんとする暴風が荒れ狂う魔境。
そんな場所で、呑気にポーズを──千冬にそんなつもりが無いとしても──決めていられる道理があろうか。
否だ、断じて否。
今この瞬間もバイドは我が物顔で空を飛び回り、ゲインズの1機は遠方から千冬を波動砲で狙っていた。圧倒的な加速力を誇るパトロクロスと言えど、静止状態から凝縮波動砲を避けるのは至難である。一度放たれれば死が確定する。そういう宿命。
では、何故この期に及んで千冬は動かないのか。その答えはただ一つ。
──ガイイイィィィィンッ!!
構えていた大砲が下から力強く跳ね上げられ、ゲインズは空中に居ながら大きく体勢を崩す。仰け反るようにして胸部が大きく開かれて、胴体がガラ空きになった。
真耶だった。
専用のカタパルトから飛び出した彼女は、オーバーゾーンが提供する広域ハイパーセンサーで千冬の危機をいち早く察知、即座に摘みに来たのだ。
左腕に装着した大型IS用シールドを構えてのタックル。ミチミチという粘ついた音とともに特殊装甲材が侵食されていくのを感じた。だがそれも情報通り。
真耶はシールドを取り付けた左腕のロックを外して投げ捨てつつ、右手に構えた
漆黒の瞳で見据えて、今。
「──ここ」
──ずずンッ!
ゲインズの土手っ腹に穴が空いて、直後に爆発四散。残骸は海へと落ちていった。
便宜上【ラファール・リヴァイヴ=オーバーゾーン】と呼ばれる真耶の乗機は、学園の防衛システムたるOVERZONEと常時連携を行うことで、自身が前線に出てもパイロットの命令で迎撃武装を使うことができる。脚部装甲に煌めく銀色の光は学園そのものと繋がっている証だ。
先ほどは対空レールガンをオーバーロードさせなければ貫けなかったゲインズの装甲も、先んじて粒子膜を散らしてしまえば通常の運用でも叩けるという自身の目算通り、真耶は撃墜してみせた。
千冬は分かっていたのだ。彼女が来ることも、ゲインズを倒せることも。
「はぁ……はぁ……。あはは、パーティーに遅れちゃいましたかね」
「いいや、時間通りさ。真耶」
息を切らして、苦笑する真耶の顔にはボロボロと脂汗が浮かんでいる。乾いて固まった血でヒビのような模様を額に付けた彼女はしかし、その眼に鋭い闘志を湛えていた。
全ては教師としての責任を果たすため。生徒たちの前に立つため。
そんな真耶を見て、千冬は全体に通信を繋げた。
「みんな、どうか聞いてほしい。情けないことに、私は今ここに出てくるまで皆の戦いを見ていることしか出来なかった。だから分かる。君たちは強い。
確かにゲインズとかいう新手は凶悪だ。こうして束に力を借りなければ私でも対処しづらい。だが、倒せる。今のように真耶が倒した。生徒ながら沢村もヤツを倒した。……何より、ゲインズが現れるまで戦線を維持していたのは他でもない君たちだ。それも、一人の死人も出さずに耐え続けてきたんだ」
千冬だって、自分の実力は自覚している。紛れもない一騎当千を可能にできる力がある。
だが、それだけでは意味がない。
戦線は疲弊している。厳しい外敵に対して生き延びることこそ出来ても太刀打ち出来ていないのだ。そんな状況に一騎当千の実力を見せればどうなるか。皆揃って気が抜ける。
「千冬がいるから大丈夫」、「自分が戦わずとも何とかなるだろう」……そう思われてしまえば、それこそ危険だ。
何せ、ここは戦場。安全地帯など何処にもない。
そういう意味で真耶の活躍は重要だった。本人が隠そうとしていることもあって、同期でもなければその実力を知るものは少ない。そんな「人類最強ではない」彼女が戦えることを示せば、それは皆への希望になる。
「……換言しよう。ゲインズを打ち倒せれば、我々の勝ちだ。それ以外の敵は問題にならないことは皆も理解しているはず。
指示は出そう。私自身も力を振るおう。だから、どうか各々の力を信じてほしい」
千冬は今一度、ビームソード【紅蓮】を掲げて、叫んだ。
「この戦い──勝つぞ」
エクリプスが中継する全体通信が、万雷の歓声で一気に染め上げられる。
自分たちも戦える……そういう自信と喜びが形を持った。
しかしそれも束の間、千冬を含め全員が動き始めた。
『──とにかく囲むよッ! ゲインズに狙いを絞らせないで!』
『──雑魚は私が散らしときます!』
『──こっち向いたッ! 波動砲を背中にブチ込んでッ!』
ゲインズの襲来で散らされた統制が、千冬の言葉で独りでに形を取り戻していく。
まるで狩猟民族がそうするみたいに、あるいは鬼ごっこみたいに、ゲインズに狙われた1人をカバーして火力が叩き込まれる。狙う相手に迷うゲインズは波動砲を使えない。
連携に参加できないと理解した生徒は、すぐさまその邪魔にならないようにサージを攻撃し始めた。
(後どれだけ戦っていられるか分からないけど……私だって)
スラスターに火を灯し、真耶が加速する。
学園の方から突然飛んできた板──IS用シールドを左手でキャッチすると、そのまま背面のカスタムウイングに接続する。
それから戦場をぐるりと見渡して千冬を除く味方機をマーキング。全体へと呼びかける。
「──シールドを配っておきます。接触時の身代わりくらいにはなるので使ってください!」
真耶の言葉に一歩遅れて、先ほどと同様に学園の方から無数のシールドが飛んできて、各々教員や生徒の手に渡った。
防衛システムであるオーバーゾーンにはもう一つの側面がある。それは武装の供給システム。
IS以外の戦力を迎撃するのがレールガンを初めとした各種兵装であるとするなら、ISで攻め込まれた場合に応戦に当たるISを支援するのが、学園内部に整備されたロジスティクスラインだ。
学園が大量に保有している量産型のシールドならば粒子膜による侵食に対してとりあえずの時間稼ぎになると実証した真耶は、それを即座に全体に配った。対空火器と同時に無数のカタパルトを制御して装備の供給ができるのは、真耶の情報処理能力があればこそ出来る業である。
(次に試すことは……)
千冬が剣から紅色の光で出来た飛沫を飛ばして雑魚処理を進める中、真耶は腰を曲げて構えるゲインズの1機に目を付けた。右手のショットガンが白い粒子に分解される。
直後に大量の粒子が湧き出して、同じく右側に収束していく。真耶はそれが完全に呼び出されるのを待たずに、迷いなくゲインズへ向けて、トリガー。
真耶の愛用品。2連装グレネードキャノン【
あまりの衝撃に耐えきれず、ゲインズは構えを解くほかない。分厚い粒子膜も一時的ながら剥がれているようだ。
(──ビンゴ! 火力があれば行動阻害も通じるッ!)
これも予想通り。真耶が目を見開くと、動きの鈍ったゲインズに2機のISが突っ込んでいく。
色は白とマゼンタ。一夏と鈴音に間違いなかった。
「──斬ってくださいましッ、一夏さん!」
更に青白い光芒が多方向から連続で打ち込まれる。
目的は撃破ではなく、粒子膜を払い続けることによる無防備状態の維持。セシリアのビットとレーザーライフルだった。
「──挟むよ、一夏ぁッ!」
「──おぉアアッ!」
刃と刃によるダブルラリアット。
真っ白いエネルギーの刀身を片手で構える一夏と、連結モードの青龍刀を振りかぶる鈴音が真っ向からゲインズへ迫る。
一閃。
上半身と下半身が泣き別れになったゲインズは、琥珀色のモノアイを点滅させながら爆発四散した。
「よっしゃ、俺たちでも協力すれば倒せるッ! 勝てるぞッ!」
喜ぶ一夏を横目に、真耶は胸を撫で下ろす。みんな戦えている。希望がある。
出会って一月足らずとはいえ、誇らしい教え子たちだ。
「──ゔッ、うぅ……」
突然の頭痛が真耶を襲う。正しくは、ずっと目を背け無視していたものが、気が抜けた瞬間にぶり返してきた。頭が割れそうで、そうならないように自然と両手で抑え込んでしまう。武器が取り落とされた。
視界の端で琥珀色の風が吹いている。いま分かった。この気持ち悪い感覚は奴らだ。バイドから流れ込んできている。
自分がどうにかなるか、その前にバイドを全滅させるか。そういうデスレース。だというのに、身体が動かない。重力感覚が鈍って、ふわふわと揺蕩っているような感じ。気持ちが悪い。
しかしここは戦場。殺意と悪意が吹き荒れる魔境で呑気に立ち止まればどうなるか。
サージの1機が突っ込んでくる。大急ぎで身を捻って回避しつつ、オーバーゾーンからレールガンを起動して発射。それは即座に爆散する。
(うぅっ、油断し──ッ?!)
ぐるりと回転する視界の中、突っ込んでくるゲインズが見えた。波動砲で狙うよりも確実に仕留めたいらしい、両腕を開いて握りつぶそうと構えながら加速している。背後に噴射炎が翼のように広がった。死の翼だ。
即死の二段構え。今からレールガンをオーバーロードさせている暇はない。さっき武器を取り落としたせいで使える手もない。
ゲインズは目の前数mのところまで迫る。
嫌だ。こんなところで終わるなど。大口叩いて出張ってきたのに、まだ責任も何も果たせていないのに……。
真耶は向かってくる
(──なに、これ)
悪寒が走った。
それは本当に一瞬のことで、そして、それはゲインズとは違う方向からやって来た。染まっていく視界の琥珀色が、端から元の色に戻されていくような。
真耶は出来る限りの推力でほんの少しだけ後ろへ下がった。
『……こわれろ』
誰の声だっただろう。底冷えするほどの暗い感情が籠もったそれは、紛れもない殺意。
直後、真耶の目の前のゲインズが────横から飛んできた青白い光の槍に轢き潰された。
「……ぇ?」
急速に晴れていく意識の中、それが来た方向を見れば、1機のISがいた。
「お、
そのISは姿が二重に重なって見えた。
赤と白。
ガルーダと、サンデーストライク。
沢村ショウと、
真耶は真上に急加速して、その場から逃げた。
間違いなく幻覚だ。真耶にとって因縁のあの女──日本代表候補序列1位はとっくに死んだのに。その姿を今更ショウに重ねている。
(お礼すら言えないなんて……情けない。情けなさすぎる……っ)
助けられたことが分からない真耶ではない。だが、その場にいたら、彼に銃を向けてしまいそうな気がほんの少しでもしてしまった。だから、逃げた。
互いが最良の働きをするために距離を取ったとか、そんな言い訳をするつもりはない。
苛立ちが募る。腹癒せとばかりに、真耶は周囲のサージを破壊して回った。
敵は待ってくれないから。
◆
一方のショウは千冬の前までたどり着いていた。
自分では救えなかった一夏とセシリアを救った、尊敬すべき先達。同類。
人類最強だの何だのといった称号には意味がない。ショウにとってはそれが全てだった。
「……沢村か」
「俺は、無力らしい。イチカを助けるところまで届かなかった。アンタがいなきゃどうなっていたか……」
恥ずべき、情けない傷を掻き毟るようにして、手近なゲインズを波動砲で消し飛ばした。
その結果、エネルギー収支が崩れて、今のガルーダは強制的に光学ハニカムバリアを展開する防御モードに戻されていた。機動力も落ちて満足に飛ぶことも出来ない。燃料も大きく減っている。
余計に、情けない。
空中で項垂れるショウの肩を、千冬が掴んだ。
「気にするな、とは言わん。だが、適材適所という言葉もある。たまたま私が何とか出来ただけで、お前が無力かどうかには関係のないことだ」
「そりゃあ、そうだろうが……」
千冬だって、彼が一夏を気に入っていたことは知っている。その命の危機に何もしてやれなかったことを悲しむのは自然なことで。
だが、この男ほどの戦力を何時までもウジウジさせておく無駄を、指揮官として、あるいは武人として千冬は許さない。
「沢村、お前は最前線に戻れ」
「……ゲインズはどうする」
「こっちでやる。それとも私の腕が信じられないか?」
「信じられないっていうか……分からねえんだ。アンタがどうやって勝つのかも……」
「なら、尚更戻れ。動きの分からん奴がいても邪魔だからな。……それに、だ。お前が今まで小型の群れを一人で始末し続けてきたことは皆が知っている。戻れば必ず励みになる。
私はお前を信じる。だから、お前も私を信じろ」
ゆらり、とガルーダの顔面が千冬に向けられた。
群青色と空色。似た色のラウンドバイザーが向かい合って、ただそれだけで意思は通じる。
「……分かった。
それ以上の言葉はなく、2人は互いに正反対の方向へ駆け出した。
曰く、中心が琥珀色に輝く紫の球体──フォースは、バイドに対する疑似餌なのだという。
詰まる所、ゲインズたちが一体なにを目指して学園まで攻め入ってきたのか。その場の2人にとって答えは明白そのもので。
「──生徒会長。冷却の進捗は?」
「ごめんなさい、もう少し……」
学園上空で、楯無は顔をしかめた。全力を挙げてヘクトールの冷却に当たっているが、溜め込まれていた元々の熱量が膨大である余り、その進みは遅い。早くすればヘクトールを壊してしまうからだ。
「織斑千冬と山田真耶の登場で戦力が増えたとはいえ、エクリプスでも手を焼く始末。ゲインズが全てこちらに引き寄せられてくれる保証もない以上……やるしか、ありませんか」
「やるって、一体何を────んぎゅ!?」
「出来るだけ近くに寄ってください」
ヘクトールの持ち主であるシアに寄り添うように作業を進める楯無だったが、シアが諦めと嫌厭の混じった声を漏らした直後、彼女の胸に埋め込まれるように抱き寄せられた。少し暖かみを感じるのは気の所為だろう。
生身なら視界が完全に遮られてしまうところだが、ISには全方位視界がある。だから、これからシアのすることもよく見えた。
「──オシレーター、モードシフト」
ガシャリ。
シアの言葉に呼応するように、彼女のIS【リプリーズ】の両肩と腰から生えた魚のヒレにも似たパーツが展開して、装甲全体から黄金色の粒子が湧き上がる。
ぎゅろろろろろろろろ……ッ!
まるで獣か何かの唸り声。
盛り上がったリプリーズの背面装甲から奇怪な音が響いて、そのトーンは時間と共に高まっていく。湧き上がる粒子の量も増えていき、それはある種の予備動作であると楯無は直感的に理解する。
何より、
「な、何をするつもり……?」
「──このように」
どうにかシアの胸から顔を離した楯無が振り返ると、シアは右手を前方へ伸ばした。
その指先の、もう少し前。そこに湧いて出た黄金色の粒子が収束していく。
──直後、ドンッ、という弾けるような音を立てて、黄金の塊が発射される。塊は奇怪なことに空中で鋭角に向きを変えながら飛び回って、無数のサージを追い掛けるように破壊していく。
それは丁度ガルーダのポッドシュートのようで、しかしそれ以上に機敏だ。
散々飛び回って破壊を撒き散らした塊は、最後の仕事とばかりに一番近くにいたストロバルトのコンテナにめり込んで、抉り取るように爆ぜた。
「え、何、今の……」
同じようなことを言うのは今日だけで何回目だろうか。楯無は目の前の事象を理解できない。
仮説ならば立てられる。フォースから発せられているのはエネルギー偏向ナノマシン。それを利用して攻撃用のエネルギーを収束させ、更にはそれを自由に飛ばす。自分の専用機と似たような技術なのだろう。
楯無の知る限りでは、ナノマシンであんな機敏な制御など出来るとは思えない。だが、現実はそうでないと言っている。
「貴女の機体の先にある技術とお考えください。──それより、今度は離れないで」
また抱き寄せられた。しぶしぶ全方位視界で見れば、先ほどの攻撃に誘引されたゲインズがこちらへ向かっているのが見えた。それも、2機。
流石のシアといえど危険だ。今すぐ逃げるべき──楯無が口を開くまもなく、シアは冷徹に呟いた。
「再びモードシフト」
ぎゅろろろろろろろろ……ッ!
今度はリプリーズの全身から炎のような赤い輝きがメラメラと立ち昇り始めた。実際には熱も火もないことは楯無にも分かったが、何故だろう。とてつもなく嫌な感覚がした。
全身の神経を逆撫でされるような、あるいは、緊急地震速報のチャイムを聞いたときみたいな不快感。
これから何がどうなるのかわからない。それがただひたすらに怖くて。
「──消えなさい、下郎共」
音は無かった。
ISのセンサーがそれを音と認識するのを諦めて、パイロットに伝達しなかったからだ。
時間が止まったかのように世界は緩慢で、楯無は全方位視界でことの推移をしっかり見届ける事ができた。
──遥か上空から伸びる、黄金の稲妻。
それは何度も分岐し、一見して乱雑なようで正確に敵を目指していく。
或いは獲物に食らいつく蛇のようでもあった。
稲妻の先端に触れた敵は、その種類に関わらず食いちぎられるようにして破壊された。
それはゲインズでさえも例外ではなく、楯無たちの方へ向かってきていた2機どころか、他にも数機が纏めて食われた。
まるで神が天から裁きを下しているみたいで、学園近傍の上空には幾つもの爆煙が立ち昇っている。
ヘクトールだけじゃない。
この女は、シアは、もっと恐ろしい力を幾らでも隠し持っていたのだ。
既存の兵器が玩具に見えてしまうような、まさしく
彼女に身を寄せていなければ、自分もその余波に曝されていたかもしれない。
なら、なぜ最初から使わなかったのか? その答えもすぐに示された。
「はぁ……っ、はぁ……っ。ゔ、ぅ……」
顔面を押し付けられていたせいで、シアの胸の音がよく聞こえた。
どっどっ、と大きな音のする心拍は異常なまでに速くて、楯無の身体に倒れかかるように項垂れるその肩は何度も上下している。
ナノマシンの制御はパイロットの消耗を引き起こす。
楯無でさえそれからは逃れられなくて、だが、今の所致命的なことになっていないのは、本人の未熟が故か。あるいは、彼女の専用機がそこまで精密な制御をするような設計でないからかもしれない。
こんなもの、連発できるはずがない。だから今、シアはその鬼札を切ったのだ。
ヘクトールの冷却が間もなく終わり、厄介なゲインズが攻め込んできた、この瞬間に。
「使うのは久々ですが、なかなか堪えま──ッ!?」
多少息を落ち着けて、平成を装う余裕が戻ったシアは、黙り込んですぐにそれを投げ捨てる。
楯無にも、その理由はすぐに見えた。
立ち昇る爆煙の1つ。そこからゲインズが飛び出してきたのを……。
「重ねて、ぐ、ぅ……モードシフト……っ!」
狡猾にも、他の個体を盾にして生き延びた奴がいたのだ。
とんでもない速度で一直線にシアを屠りに掛かるゲインズに対し、仮面の乙女はひどく苦しげに、3度目の呪文を唱える。
チャージの暇は残されていない。にも関わらず、それは一瞬で終わった。
今までと違い、周囲のナノマシンはまるで揺るがない。
今度はリプリーズの全身から紫色のオーロラにも似た光の帯が湧き上がり、そして──。
「──はぁ!?」
上から下から、何も無い虚空から列車が突き出るように飛び出して、向かってくるゲインズを挟み込んで正面衝突。直後に先頭車両から順に大爆発が起こる。
数珠のように連なった爆炎の一つ一つは球形で、衝撃波動砲に近い印象を受けた。
当然、ゲインズは跡形も残らない。
楯無は今度こそ理解を放棄した。
何だ? 一体何を見せられている?
これは
そもそも、何で兵器に列車の形を取らせる必要があった? 何ら合理的な理由付けが楯無には出来なかった。
けれど、あの形状には見覚えがある。確か
「──ゔ、うぅ……げほげほッ」
仕事柄染み付いた考え込んでしまう習慣は悪い癖かもしれない。楯無は急に現実へ引き戻される。
それから、今度こそ意識を失いかけるシアの身体を支えて、自分から抱き寄せた。
「大丈夫には到底見えないけど、大丈夫……? そんなに苦しむなら、どうしてそういう兵器を使ったの?」
「……案外、貴女の未来の姿かもしれませんよ。これ以上使わなければまだ
楯無を安心させたいのだろうか。シアは彼女の背中に手を回して、ゆっくりさすった。
それ以上何も言えない楯無は、言われるまま冷却作業を続けるのだった。
ヘクトールが再度使えるまで、あと少し。
「──ぐ、おァァァああッ!?」
以前に地面へ墜落したときよりも数段強力な衝撃が一夏を襲った。肉体が千切れ飛びそうなのを装甲で外からどうにか抑え込まれているようだ。
反射的に構えた大型シールドが耳障りの悪い音を立てて侵食されていく。あと数秒と保たずに壊れてなくなってしまうだろう。
ケイロンか白式か、どっちのものかも分からない装甲の軋む音が神経を逆撫でする。
よそ見をしていた、というわけではない。愛する姉直々に指摘されて同じ轍を踏むほど一夏は愚かではなかったからだ。
千冬と真耶という大戦力が参戦したあとも、一夏は学園近傍の空で戦いを繰り広げていた。
ゲインズの多くが迫っていたために乱戦となり、数が減りつつあるはずのサージの撃墜スピードが落ちていた、そんなとき。
そう遠くない位置に、敵に囲まれて動きが鈍ってしまった教員の一人が目に付いた。正確に言えば、それを狙い撃ちしようと波動砲を構えるゲインズの姿を。
その教員はストロバルトの対応に衝撃波動砲をチャージすることに気を取られてしまったのをきっかけに、空間を蛇行しながら飛び回るサージへの回避が疎かになってしまっていた。
こんな異常な飛行物体との戦いに慣れろというのも酷だが、他の専用機持ちや鬼神の勢いで戦う千冬と真耶は離れた位置にいて、彼女を助けられる人間は周囲にいない。
そういう戦況を俯瞰した上で、自分が動くしかないと一夏は結論付けた。
ケイロンを纏ってから何度目かの
一夏は右手に構えた雪片弐型の切っ先を向けて衝撃波動砲をチャージしつつ、反対の腕に籠手のような形で取り付けられたケイロンのレールガンを向けて連射。悲しいことに射撃経験の浅い一夏では1発も当たらなかった。
少し遅れて叩き込まれた衝撃波動砲で漸く一夏に気付いたゲインズは、肩に構えた波動砲をその方向に向け────る間もなく恐るべき速度で一夏へとタックルを仕掛けてきた。
ある意味では狙い通りの結果ではあった。だが、相対速度の高まった状態での正面衝突というのがマズイ。
一夏は咄嗟に、ケイロンの増設スラスターの側面ハードポイントに取り付けておいた大型のIS用シールド──先ほど真耶が配ったもの──を引っ剥がして、構える。
その結果、全身を衝撃が突き抜け、シールドが食われていく。
しかも強力なはずのケイロンの推力が負けて、そのまま学園の方へもつれながら墜落コース一直線。
(──ウソだろ?)
そして、気付く。
全方位視界で後ろに意識を向ければ────第10アリーナの天面、最大出力で展開された保護バリアがすぐそこに迫っていた。
こんかいのまとめ
・千冬
束に新機体を貰って参戦。親友呼びされて内心ウッキウキ。
刀一本しか無いってことは、斬りまくれるってことやん。
天を舞うのは、「最強」という象徴と実力を両立する伝説。
彼女は我らが勝利の女神。
・束
なんでみんな道具を雑に扱うのさ。日本人って物を大切にするもんじゃないの?
エクリプスの制御をシアに預け、手が空いたところでパトロクロスの最終調整。暇じゃないんだよ天才は。
千冬と言ったら暮桜のレベルでイメージが引っ張られている。
・箒
タワーディフェンスの裏で陣取りゲームやってる人。
行動範囲を広げつつ、緊急時に頼れる教員をかき集めて避難所へ。
地上の戦いを知ると、居ても立っても居られずに次の建物を目指した。
・簪
陣取りゲームのエンジニア担当。
箒のセキュリティキーの複製を試みるも断念。基本的には本音と行動している。
こんなのが初登場で良いの?
・真耶
持ち前の情報処理能力で武装の配布と敵の攻撃方法の探索を行う。
結局は無理してるだけって、そんなの私が一番分かってる。
情けないけど、彼のことはまだ直視出来ないみたい。
・ショウ
何も見えない暗闇にも、救いってやつはあるんだろうか。
逃げるように、明るい方へ、見える方へ。
情けないけど、今の自分じゃ戦うことしか出来ないらしい。
・楯無
集中を要する作業してるところに変なもの見せないでちょうだい。
シアの機体ってホントにISかな、これその枠に収まってなくないかな。
努力の甲斐あって冷却は間もなく終了。そんなことより死に体のシアが心配。
・シア
ヘクトールに次ぐ本戦闘の最大火力持ち。
フォースとヘクトールの監視のために固定砲台をしているが、やろうと思えば前線を即座に片付けられる。
咄嗟のことでチャージが間に合わない波動砲には生命エネルギーをぶち込んで即座に解決。
精神的に死にそう。でも頑張ります。
・一夏
例によってヒーロー行動。でも真耶から貰った盾がなかったら死んでたのは大丈夫か?
射撃経験ゼロのノーコン男なのでレールガンは当たらない。その点衝撃波動砲ってすっごい便利だね。
次なる戦いの場はアリーナへ。
おまえたちの戦いをずっと見てたぞ 本当によく頑張ったな?
遂に忍耐が報われ強力な増援を得る
ここで気を緩めてしまえば これまでの苦労は全て水の泡だ
千冬無双。
やっぱり最強の称号は見合った戦闘描写に宿るんじゃないかと書いてみた今回。多分これでも足りないんでしょうねと思いつつ、象徴としての彼女も描いてみました。
一方で「もう全部あいつ一人で良いんじゃないかな」は実際の戦争では通じません。そんな事できたらルーデル閣下だけでソ連に勝ってたはずですからね。千冬自身もそれを理解しているのであんな感じになりました。
真耶については、その場にあるものを利用し尽くす戦いにしてみました。16話辺りで主人公がやってたことの鏡写しです。その辺の因縁はいずれ書きます。
謎の体調不良により全力は出せていませんが、逆に言えば全力じゃなくてもアレくらい出来るよ、というのを表現したかったわけです。
シアの攻撃シーンは盛りに盛りました。RX-99なんて型番を与えているのでこれでも足りないかも知れませんが……。
3種類の波動砲を連続使用させてみましたが、どれがどの波動砲か分かりましたでしょうか? 地の文にヒントは置いておいたので、ちょっとしたクイズとでも思っていただければ。
いよいよ次回で30話が終わります。
もうこれ1つの章で良かったんじゃないかな……。
既存キャラの強化パターンを見て……
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もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
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強化装備ポン付け位がいいかな……
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機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
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この水は飲めそうだ