Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
「──真耶、もう復帰して大丈夫なのか?」
「はい。例の……ベルメイトが撃破されてから、それまでのがウソみたいに思考がハッキリしてるんです。だから今は、少しでもおかしかった分の働きを挽回しないと」
学園の地下50m。限られた権限を持つ者しか立ち入れない秘密の領域には、真耶と千冬の姿があった。
無数のロボットアームが蠢く広い空間に迫り出すように設けられた解析室のコンソールを、額に包帯を巻いた真耶がテキパキと操作していて、千冬はその後ろからアームの指す先──両断されたゲインズの残骸を覗いている。
「あまりしつこく言うつもりはないが……問題があればすぐに言えよ。せっかく犠牲無しでやり過ごせたんだ。最後まで全員無事でいてほしい」
「ふふ、少し素直になりましたか? 織斑先生」
「……さあな。取り繕えない程度に疲れただけかも知れん」
にんまりと柔らかい笑みを浮かべる真耶に、千冬は額に手を当てて顔を伏せた。
とにかく疲れた。既に忙しかったところに特大の問題が幾つも山積みされてしまったのだ。
国際IS委員会が主導する学園の防衛に関する査問会議があと数時間で開かれるし、生徒たちに降り掛かった危険について保護者への説明も考えねばならない。
消耗した弾薬の補充も必要だし、箒が場所を教えてしまった地下の秘匿ブロックについての問題もある。
そして、何より……。
「……沢村くんの、様子はどうですか」
「……あまり、良いとは言えないな」
千冬の返事に、真耶は目を伏せた。
ベルメイトの撃破後、学園まで無事に戻ってきたショウの前を、真耶を連れて医務室を目指す千冬が通り掛かった。
通信越しに聞いた生存報告が幻聴でも何でもなかったことに喜ぶ千冬は、よくぞ生き延びたとその名を呼んだ。
──その時だった。ショウの纏うガルーダが膝を突いて、そのまま地に倒れ伏した。
千冬には何が起きたのか分からなかった。ガルーダには外部向けのスピーカーが搭載されていなかったことを思い出すと、付けたままだった無線ヘッドセットのチャネルを合わせて──。
聞こえてきたのは蚊の羽音みたいに小さい声だった。
『──ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ』
『や、ヤマダ、せん……おれがやった。ひとを、にんげんを……。
──いや、おわったんだ、さけられたんだ……で、でもっ、おれが……』
青白い粒子と共にガルーダが消えた後には、うつ伏せに倒れるようにして震えながら顔面蒼白で蹲ったショウの姿があった。直前までの恐慌状態がウソみたいに消えて疲労だけになった真耶の次はこっちかと、困惑と不安が半々の千冬は二人目の病人を担ぐ羽目になったのだ。
その後ある程度落ち着いたショウに何があったのかを聞いても、「終わったことだから」「なんでもない」と頑なに答えようとしないので、それ以上の追求は諦めるしかなかった。
「一体、なにが『ごめんなさい』なんでしょう……謝るのは、私の方なのに」
「今回のことは、大勢が危険に晒される異常な事態だった。掛かるストレスも並じゃないだろう。アイツはそれで一時的におかしくなっただけ……今はそうやって納得するしか無いんだろうな。とにかく休息が必要だとアリアも言っていた」
「……やりきれませんよ。せっかくみんな生き残ったというのに」
千冬に担がれていた真耶も、目の前で倒れたショウの姿を見ていた。だからこそ、思考が困惑で埋め尽くされる。
悪いのは自分なのだ。謂れのない悪意と殺意をぶつけてしまった事実は消えることはない。謝るべきは自分で、ショウではない。仮に彼が何かしらの罪悪感を抱いていたとして、少なくとも真耶には何の心当たりもない。
苦しむ彼の下に無理やり押しかけて、自分の謝罪を済ませる事はできない。許す許さない以前に自己満足にすらならない。もう暫くこの罪悪感を抱えなければならないことを嫌がる自分への嫌悪感と、教え子たるショウを案ずる気持ちで、真耶の表情は暗いままだった。
「……それで、ゲインズの解析状況は?」
「ダリルさんの証言通り、工作用の重機をベースにした人型機で間違いないですね。油圧系含めて大まかには目立っておかしい部分はありません。ただ、2つ気になることがあって」
「聞かせてくれ」
「まず主電源ユニットなんですけど……ディーゼル駆動なんでしたよね? これ、どう見ても核融合炉にしか見えないんです」
真耶はそう言うと、ゲインズのX線画像が映った大きな空中ディスプレイを表示させた。砕けた胸部装甲の中には、放射線が受け止められて真っ白に映った区画が見える。
曲線形のそれは、どう見ても自動車などに積まれる内燃機関とは似ても似つかない姿だった。
核融合炉は実験室レベルでは実用化されている技術だ。商用電源として使うには産油国を巻き込んだ国際的な政治バランスが絡むこともあって広まっていないが、ISコアという強力な演算デバイスを用いた設計の最適化により、何時でも普及させられる状況にあった。
「どういうことだ? ダリルが嘘を吐いていたと?」
「分かりません。撃墜出来た時点でバレる程度のことですし、立場上そう言わざるを得なかったのかも知れませんが……どの道ディーゼルエンジンのエネルギーで動かせるような機械と武装だとは思えないので、ここは妥当な結論かと思います。ただ……」
「ただ?」
「これがもう1つの気になることなんですけど、仮に核融合炉があっても、エネルギーの収支が見合ってないんです。IS並の起動力に、絶対防御を貫通できるらしい火力の……波動砲、でしたっけ。少なくともそれらを稼働させられるだけのエネルギーには到底及ばないんです」
「……束のヤツが言っていた。バイドは機械を乗っ取り、強化すらしてしまうと。
ダリル曰く、このゲインズは元々アメリカ本土にあったそうだ。それが太平洋を越えて来れたこと、第2アリーナのバリアを実際に貫けたこと、表面を覆っていた侵食作用のあるバリアの存在……調べたくないが、アメリカに問いたださねばならないことが増えたな」
はあ……。暗い学園の一室には、2人のため息が重なった。
ゲインズの存在は明確なパンドラの箱だ。調べれば調べるほど碌でもないホコリが舞うこと請け合いである。これ以上の心労が御免被りたいが、現実は許してくれなかった。
「それと……」
「なんだ、まだ嫌なニュースがあるのか」
「これに関しては本当に分からないんですけど。ゲインズの解析と同時並行で、学園に来た束博士のISたちの反応と、バイドの反応をそれぞれ解析していたんです」
「これまた嫌な予感がするな」
「案の定と言いますか、束博士側のISには全て未登録のコアが使われていました。先輩が使っていたパトロクロスも含めてです」
だろうな……。千冬は呆れたように両手で顔を覆い、上を見た。
この世でISコアを造れる人間は束をおいて他にいない。数年前に雲隠れして以来、公式に新たなコアが生まれることはなかったし、だからこそ貴重なそれを全世界の勢力が奪い合う構図が続いている。
その雲隠れの間に自分で勝手にコアを増やして戦力を整えていたとすれば、即座に学園にエクリプスやケイロンを派遣できたことにも納得がいく。だが同時に、それが問題なのだ。
戦術レベルでは最強を誇るISの軍隊を、どこの国にも属さない一個人が保有する。誰にとっても嬉しくないことだ。
「それで、バイドの反応なんですけど……」
「ああ、そっちもあったな。すまん」
いえ、お疲れですもんね……。
真耶はディスプレイの画面を切り替えて、数種類の時間領域グラフを表示させた。時間の進行に沿ってエネルギーの増減が示されたそれは、千冬にとっても見慣れたものだ。
「ノイズ多いですけど、こっちのグラフがサージ、それでこっちがストロバルト、もう1つがベルメイトのものです。最後に一番下に置いたのが訓練機に積んでいるISコアのものなんですけど……」
「いや、待て。これは……」
「先輩もそう思いますか?
「……」
海風が吹き付ける夜の遊歩道。そこに設置されたベンチには、座ったまま項垂れるセシリアの姿があった。
どれくらいの時間、こうしていただろうか。未だに部屋に戻る気にはなれなかった。
「──やっほ」
「貴女は、確か……」
「みんなダイスキな生徒会長よ、セシリアさん」
不意に聞こえた声の方向を向けば、そこには楯無が立っていた。街灯の白色光に照らされたその表情には、少し疲れの色が見える。
「こんなところにいて、良いのですか?」
「本当は良くないけど、ちょっと気晴らしにね」
そのまま楯無はセシリアの隣に腰掛けた。
学園の一大事と、その事後処理に追われる彼女だったが、戦闘後の疲労や「戦わなかった分は働きますよ」と息巻く轡木夫妻の存在もあり、一時的に現場を離れて散歩に来たのだ。
うんざりすることが多すぎて、できるだけ人の少ないところに行きたかった。
「……気にしてるの? シアから言われたこと」
「ええ……。結局、何も言い返せませんでしたもの」
◆
事が起こったのは、ベルメイト討伐後の撤収作業のときだった。
一夏とショウがヘクトールに焼かれないよう、シアを止めようとした2人だったが、無力にもISの制御を奪われて暫く海に沈むことになった。男子2人の無事を聞いた後は戦いの疲労もあって、多少ゆっくりと学園の岸へ上がったセシリアと楯無の前に、シアが現れる。
シアの背後の上空では、エクリプスがヘクトールを虚空へ沈めるように運び出しているのが見えた。
「……結果オーライだったわけね、シア。分かっていたのなら是非言ってほしかったのだけど」
「あの場でそれを一々お伝えしている暇はありませんでしたから。何より、迅速な冷却作業をありがとうございます、生徒会長。貴女がいなければ勝利は無かったでしょう」
空中に浮かぶシアは、楯無に一礼した。貴人のようなその出で立ちに、自然と息を呑んでしまう。
そして、セシリアに向き直ると、ひどく冷めきった声で言い放つ。
「──無様ですね。セシリア・オルコット」
「なっ!? いきなり何をおっしゃいますの……?」
「言うも何も、言葉通りですが。それとも聞こえませんでしたか? でしたらもう一度────『無様』だと言ったのです。貴女が」
戦いの始めに見せた、シビアな声色では比にならない。純然たる侮蔑の意思が込められたその言葉に、楯無でさえたじろいだ。先程までの優しい印象からして別人のようだった。
「……」
「ちょっと、今そんなこと言う必要無いでしょう? みんな疲れているんだし、デブリーフィングがしたいのならもっと穏当にすれば……」
黙り込むセシリアを見かねて、楯無が制止する。
特段セシリアのことを知らない彼女だが、一応は守るべき後輩である。恩人とはいえテロリスト同然のシアと比べれば、どちらに味方すべきかは自明だ。
だが、シアはそれを遮った。
「いいえ、生徒会長。今この場でなければならないのです。後では意味がない。
──セシリア・オルコット、貴女も何とか言ったらどうです? まさか自分は今日、立派に活躍できたと思っておいでなのですか? だとしたら恥晒しというほかありませんね。まるで、人間に飼われねば生きていられないカイコのようです」
「そ、それは……」
セシリア自身も、あまり上手く戦えていなかった自覚があった。サージの群れにはサラと一緒でなければ太刀打ちできなかったし、その時ですら生命の危険があった。
それ以降だって、基本的にセシリアは他人に頼った戦い方をしていた。協力していると言えば聞こえは良いが、結局は自力で戦えていないということ。ブルー・ティアーズが一対多を想定する機体であるにも関わらず、である。
試作機であろうと兵器は兵器。与えられたものを十分に活かせていないことの言い訳にはならない。
だから、セシリアに出来るのは、分かったからこれ以上自分の無力を晒さないでくれとシアに懇願することだけで。しかし、言葉が紡げない。
「そうですか。一々列挙してあげなければ理解できませんか。
第一に、貴女がサラ・ウェルキンと協力していた際、貴女は周辺警戒と武装の使用タイミングを誤って撃墜一歩手前の状況に陥りましたね。
──
「えっ? アレは、貴女の仕業でしたの……!?」
「ええ、そうですとも。貴女がきちんとBTシステムを制御していなかったお陰で実に簡単なことでした。まるで誰にでも股を開く娼婦みたいにガバガバでしたよ。──いいえ? もしかしたら娼婦の方がまだ身持ちが固いかも知れませんね。
その上、
ボコボコと、セシリアは自分の心が怒りで煮立ち始めるを感じていた。だが、それを表出するには頭に血が登りすぎていて。ついティアーズの制御に意識を伸ばしてしまったが、まるで反応がない。一瞬遅れて、ズキリと頭が痛んだ。シアの発言通り、既に乗っ取られていたのだ。
そして、シアの口撃はまだ止まらない。
「ゲインズに追われたときもそうです。よりにもよって学園の方向に逃げたせいでより多くの戦力を危険に晒しましたね。織斑千冬が出てこなければ貴女は死んでいたわけですが……自殺をお望みならもう少し迷惑にならないところでお願いしたいものです。
名のあるイギリスの名家……その次期当主にどうしてここまで先見性が欠けた小娘が収まっているのでしょう。どうやら次代でオルコット家は終わりのようですね。あっけないことです」
「──しなさい」
「言いたいことがあるのなら大声でどうぞ。ディベートの基本ですよ」
「お止しなさいと言いましたのッ!!
……百歩譲って、わたくしのことは如何様にでも罵ればいいでしょう。けれど、家のことは、オルコット家の侮辱は許しませんわッ!」
「いいえ、止めませんよ。これは他ならぬ貴女の問題です。
──まさか貴女は自分が罵られた程度で家の名声に影響するような重要な人間だとでも思っているのですか? 母親に負んぶに抱っこの分際で? だとしたらとんだお笑い種ですね。次にテレビに出演するときはその方面で試してみますか? そのザマでは三流コメディアンにも劣るでしょうが」
「ぐ、ぅぅ……っ!」
ついにセシリアは唸ることしか出来なくなった。
その通りだった。結局は、自分の怒りの正当性を自分の家の話に頼ってすり替えただけ。現当主でもない以上、自分の言葉に重みは無い。あるのは、己の失敗だけなのだ。
楯無は、とても割り込める雰囲気でない2人の会話を黙って見ていることしかできない。
「
──セシリア・オルコット。貴女が欠片でも私の言葉に悔しさを覚えたのなら、本当にオルコット家を継ぐ意志があるのなら、まずはその甘えを捨てなさい。さもなければ、次に会うことはないでしょう」
まるで破壊の嵐のように言葉でセシリアを打ち据えたシアは、用が済んだとばかりに飛び去っていった。楯無の制止も、それを止めるには至らない。
◆
「彼女、随分と貴女のことを知っているような口振りだったけれど……知り合いか何かなの?」
「知りませんわよ、あんなひどい人間……。声だって、今回初めて聞きましたし」
楯無は、落ち込むセシリアの肩に肩にぽん、と手をおいた。
「ただ……どうやら、わたくしの家についてよく知っているのは事実のようです。不快極まりないですが、彼女の言葉に偽りはありませんでしたから」
「そう……その、『青獅子』って何? 立場上、貴女のことはそれなりに調べてるけど、そこだけ知らない単語で」
楯無の問い掛けに、セシリアは一層強い溜め息を吐いて項垂れた。それからたっぷり息を吸い込んで、口を開く。
「わたくしの家の
「なるほど、名家の由来ってことね。それをして『お前は家を継ぐに相応しくない』か……堪えるワケね、同情するわ」
楯無の「同情」という言葉に、セシリアの頭がびくりと震えた。
「……同情、ですか?」
「ええ。これでもね、ちょっとした古い家系の当主やってるのよ。だから相応しいだの相応しくないだのって周りから
「そう……でしたか。ここでも先輩とは思いませんでしたが」
「そう、私ってば頼れる先輩なの。少しは敬ってもいいのよ?
──まあ、何にせよ気にし過ぎないでね。向き合うにしろ無視するにしろ、自分が参ってしまうようなら意味がないんだから」
じゃ、そろそろ行くから……。
するりと立ち上がった楯無は、点々と街灯が照らす夜の遊歩道を歩いて去っていった。名残惜しそうにセシリアはその背中を目で追って、少しして自分も寮に戻ることにした。
「一夏ぁ~、入るよ」
夜の学生寮。1025室のドアがするりと開かれて、小柄なツインテ少女が音もなく入り込む。
バイド襲来が落ち着いたとはいえ、今の学園全体は安全確認の段階にある。半ば戒厳令のような形で、ごく一部を除いて生徒たちは学生寮から出歩かないようにとのお触れが出ていた。
鈴音も例外ではなく、同居人のティナに上空での戦い振りを根掘り葉掘り聞かれつつ、ベッドに埋もれて明日から始まるか怪しいゴールデンウィークに思いを馳せたいところだった。
そんなときである。携帯端末を突っ込んでいた左ポケットが震えた。
てか伝言って何?
本人ではなく箒が代理で送ってきたというのが些か以上に怪しいが、それでも鈴音は応じることにした。今日の戦いの現実味が未だに薄すぎて、日付が変わる前に一夏の顔を見て「生きている感覚」というものを自分の脳に擦り込みたかったからだ。
「心配掛けた罪」で先刻ぶん殴ってやったあの男が今頃どんな顔をしているかを見たかったというのもある。
「……よく来たな」
「一夏は?」
「呼んである。間もなく来るはずだ」
あっそ……。
部屋に入って真っ先に目に入ったのが一夏ではなく、仁王立ちの箒だったことに露骨に顔をしかめた鈴音は、そのまま箒の横を通り抜け、一夏のベッドの端にどかっと腰掛けた。
返すように箒もその隣に腰掛けて、腕を組んだ。
揃いも揃って仏頂面。得も言われぬ静寂が場を支配する。
「なあ……鈴音」
十数秒ほど経って、そんな無言を破ったのは箒だった。
「
「なら、鈴……今日のこと、一夏と一緒に戦ってくれていたんだったな」
「あたしだけじゃないよ。そういうアンタだって、進めててくれたんでしょ? 避難のやつ。アレがなかったら誰か死んでたって聞いたけど」
「結果はどうあれ、後ろめたいやり方さ。胸を張って誰かの力になるというのは、難しいな。だから──」
──ありがとう。
耳を疑う鈴音が振り向けば、箒がその目を真っ直ぐ見据えていた。
つい先日の暴力女じみた振る舞いからは信じられない態度。困惑を隠せない鈴音は怪訝な表情を浮かべて、一言。
「……なんか、変なモノでも食べた?」
「こいつ……!」
素早く青筋を浮かべる箒が口を開く間もなく、部屋のドアが開かれる音がした。女子2人の注意はそちらへ向く。
「──箒、戻ったぞ~。鈴と一緒に話があるとか何とかって……お、いらっしゃいだな、鈴」
「あ、一夏ぁっ!」
満を持しての真打登場。のそりとドアの隙間から覗いた一夏の顔には、ほんの少し疲れの色が見えた。
ルンルン気分で立ち上がって近寄った鈴音にはそれが尚更読み取れてしまう。
「……大丈夫?」
「IS越しにぶん殴っといてよく言うぜ……」
「事前の説明も無しに危なっかしいことしたアンタが悪い。……千冬さん泣いてたの知ってる?」
「私も聞いたぞ、何でも大物退治のためにショウと突っ込んでいったとか。……あのゲインズとかいう人型に考えもなく突っ込んだときと何も変わっていないではないか、このタワケめ」
「──え、なにそれ。アンタ他でもやらかしてたの!?」
うぐぐ……。
心配を掛けてしまった自覚があるだけに言い返せない一夏は、口をへの字に曲げて黙り込んでしまう。かと言って、このまま2人の口撃に耐え続けるのも苦しい。
「お、俺のことは一旦いいだろ。鈴をここに呼んだの箒なんだから……」
「ん? 一夏からの伝言ってことで呼ばれたんだけど……アンタじゃないの?」
「いや、俺は鈴と一緒に話があるって……」
認識の食い違い。2人揃って小首を傾げる一夏と鈴音は、そのまま箒の方を見る。妙に真剣な表情をしているのが気になった。
視線を受ける剣道少女は、数秒ほど言葉に詰まった後で、ぺこりと頭を下げた。
「──先日の、竹刀を振るってしまった件だ。済まなかった」
「えっ」
「ああ、そういう……」
驚く一夏の横で、鈴音は目を細めた。どうやら、この暴力女にもそれを悔いるくらいの頭はあったらしい。
「『カッとなってしまった』とか『あの時はどうかしていた』とか、そういう言い訳を使うつもりはない。2人に殴りかかってしまったのは事実で、鈴が止めてくれなければ……」
「……一夏、アンタ先でいいよ」
「え? いやまあ、なんていうか……実を言うと今の今まで忘れてたんだよな。俺は結局なんとも無かったし……なんだよ、もしかして最近暗かったのってそのせいか?」
(うーん、コイツもコイツで鈍いのよね……)
にへ、と困ったように微笑みながら一夏は右手を頭に当てた。言葉の通り、本当に気にしていないような様子の彼をじろりと横目で睨みつつ、呆れ顔の鈴音が続けた。
「まっ、コイツが何でもないって言うならあたしから言うことも無いかな。
……ていうか、如何にもお堅そうなザ・大和撫子って感じの見た目しといて、意外と打たれ弱いのね。これから定期的にネタにしてやるから、それでチャラってことにしてあげる」
「おいコラ」
にぃー、と意地の悪い笑みを浮かべて顔を近付けてくる鈴音に、箒はカウンターでデコピンをお見舞いした。「あだぁっ!?」とわざとらしく仰け反ったツインテ少女は、一夏の後ろに隠れるように抱き着いて、ひどい棒読みで叫んだ。
「うわーん、暴力女が殴ってきたー」
「……お前とは一回、しっかり決着を付けたほうが良さそうだな?」
「ふーん? ステゴロでもISでも、こっちはいつでも喧嘩上等だよ?」
おおう、どうどう、落ち着け落ち着け……。
バチバチと敵愾心の火花を散らす両名を引き剥がす一夏はしかし、途中で何かを思い出したかのように鈴音の方を向いた。
「あ、そうだ」
「……なによ」
「この前言ってた約束……試合が有耶無耶になっちゃったけど、よくよく思い出してみたんだよ」
「へえ?」
「『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』……だったよな。あの時はお前ん家の料理が美味しかったことばかり思い浮かんで考えが及ばなかったけど──、
──もしかして『毎朝お味噌汁を作ってあげる』みたいな言い回しだったりするか?」
一夏の言葉に、場がしん、と静まり返る。驚いたように目を丸くする鈴音に、知られざる過去に静観を貫く箒。一夏はそれ以上何も言えず、鈴音以外の2人は彼女の言葉を待った。
「アンタねえ……雰囲気ってもんを考えないワケ?」
「そこは……すまん。でも箒のお陰でなんか謝る流れっぽかったし、その場で思い出せなかったのは俺も悪いと思ってるし……それで、どうなんだよ」
はあ……。
鈴音は思いっ切り溜め息を吐いた。それから一度深呼吸して、もう一度同じくらい溜め息を吐いて……改めて呼吸を整えたところで、じろりと一夏を見た。
「まあ、それで正解ね。……あー、なんか白けちゃったなあ」
「……一夏、お前はやっぱりムードというものを勉強したほうが良いと思うぞ。せめて後日に別の──ううん……」
いや待て、そうやってお膳立てしてもこの男の様子じゃ同じことやらかすんじゃなかろうか……。箒はつい恋敵に出してしまった助け舟を、よりにもよって恋人のせいで止めた。
「じゃあやっぱり、あれって告──アバッ」
「はいはい黙りましょうねえ~、この話はここで終わりよ。箒、アンタが呼びつけたんだから何か次の話題出して」
「えっ」
一夏の肩を引き下ろしてヘッドロックの要領で黙らせた鈴音の横暴により、その後は幼馴染3人による思い出トークが続けられた。
戦いは終わり、日常が帰ってきた。ただその事実を噛みしめるように。
(……次はもっと、変な言い回しとか使わないで素直に言ってやるんだから)
(……手強いな、この女)
これから密かに繰り広げられる恋人争いに、一夏は気付かない。
「──以上が、今回の戦闘における各事象の概略になります。詳細につきましては資料をご確認ください」
日本時間にして深夜2時半。草木も眠る丑三つ時の学園地下の一室では、千冬が作業用コンソールに備え付けられたカメラに向かっていた。
薄暗い部屋の中、目の前に浮かぶ空中ディスプレイには、格子状に切り分けられた枠に何人もの顔が背景付きで映っている。皆揃って怪訝な表情をしていた。
『──説明になっていない説明をどうもありがとう』
『学園の防衛状況については一度考え直す必要があるな。ジャミングされたから外部への支援要請が出来なかった?
『資料によれば、束博士から貸与された機体で勝手に戦闘を行ったとか。これは完全な規則違反ではありませんか? ブリュンヒルデ』
『貴重な男性操縦者2名まで戦闘に駆り出すとは。身柄の安全を保証する学園がこれでは笑ってしまいますな。やはり我が国で預かった方が……』
『何を仰る、第3世代機の開発も進められていない国では力不足でしょう』
(どいつもこいつも、好き勝手言ってくれる……)
どっ、とスピーカーが一気に煩くなる。画面の映る幾つもの顔の周りに、発言者を示す緑色の枠が光った。今ガヤガヤと喋っているそれぞれが委員会における各国の代表だ。
国際IS委員会が主導する査問会議。千冬の予想通り、今回の件については総叩きに遭っている。
一番の問題は、学園側の人間を除いて、誰もバイドのことを信じていないこと。千冬だって未だに信じ切れていないが、大多数の人間にとっては「正体不明の戦力による攻撃を受けた」と言われれば、紋切り型に「何処かの国の軍隊かテロリストの仕業」とするのが一般的である。
平時に「宇宙人に襲われた」なんて口走ろうものなら皆に笑われてしまうように、今の学園は「外部からの攻撃を事前に察知できなかったことの説明をオカルトで誤魔化そうとしている」と受け取られているのだ。
そして、箒の行動も影響している。つまるところ、避難誘導が上手く行きすぎてしまったのだ。
当時学園に来ていて、危険に晒されたことを証言してくれるはずの各国の要人たちは、外部の戦闘をほとんど知ること無く帰路についてしまった。OVERZONEの稼働による振動くらいは感じられただろうが、それでもちょっとリアルな非常訓練としか思われなかった。
喜ぶべき反面、厄介事の種にもなってしまうのが千冬によってはなおさら心苦しい。
束はバイドに関する情報を意図的に伏せているようだし、知らないことを説明しろと言われても無理がある。査問会議の開始までの僅かな時間で真耶と死に物狂いで作った資料には、そこを中心に情報の欠落があった。
「……ご指摘の通り、束博士の勢力による学園の占領を予見あるいは阻止することは出来ませんでした。しかし、10年前の事件を思い出して頂きたい。各国の重要戦力たるICBMをまんまと制御下に置かれたのは貴方がたの国でしょう。行方知れずとなってからの5年でより強大となった彼女を止められる仕組みが果たして存在し得るのかは疑問です。
現場としては、対処不能なリスクは移転ないし受容した上で、今回の敵であったバイドという存在について議論すべきかと考えますが……」
『──話をすり替えてはいけませんよ、ブリュンヒルデ。我々は今回の対処の妥当性と、不手際に対する補償について論じているのですから』
『左様。そもそも資料の……このエクリプスなるISの
ダメだ、太刀打ちできない。
千冬は顔をしかめそうになるのを必死になって堪えていた。現状において、彼女たち学園側が切れるカードは、アメリカが開発したゲインズが攻め込んできていたという事実。上手くいけば追求をアメリカに向かって逸らせるが、今は状況が悪い。
彼ら委員たちの言い分の1つはこうだ。
「お前たちのせいで我が国の有望なパイロットが危険に晒された。どうしてくれる」と。
非常時においては在籍する全ての生徒を戦力として扱える取り決めになっているIS学園だが、そんなものは結局のところ建前でしかない。いざこうして戦闘に駆り出せば文句が出るのだから。
正当性など知ったことではない。泣いて詫びている弱者のポケットであろうが冷血非情に手を突っ込む精神が政治だと信じている野蛮人達の巣窟が、ここ国際IS委員会である。
このまま黙っていてはいけない。だが、何と言い返せば……。
これまた非常時において全指揮権を委任されている千冬に対してねじ込まれる集中砲火に、人類最強といえど人の子が耐えられるものだろうか。疲労で鈍る頭を必死に絞るが、言葉が出てこない。
──そんなときだった。
オンライン会議ソフトの画面の中央に、SOUND ONLYとだけ書かれたウィンドウがでかでかと表示される。
『おーおー、これまたお偉方が雁首揃えてガヤガヤしてるね。空調の効いた部屋の椅子で踏ん反り返ってるのも大変でしょ? 腰がへばり付いて立ち上がれなくなっちゃうもんね』
「──えっ?」
忘れもしない。
一声聞けばこの場の誰だってその顔を思い出す。
『ど、ドクター・タバネ!? なぜ貴女がここに……』
場は即座に騒然となる。さっきまで口々に文句を飛ばしていたときよりもスピーカーからの声はうるさくて、しかし千冬は音量を弄る手を動かせなかった。他の委員と全く同じ疑問に脳を埋め尽くされてしまったからだ。
「束……お前、どうして」
『んー。まあ、
──何より、一番ケジメしなきゃいけない連中が涼しい顔して並んでるのが気に食わないんだよね。私がバカみたいじゃん。というわけで気が向いたら答えるから、質問どーぞ』
バイド襲来のときの冷え切った雰囲気とは違って、今スピーカーから聞こえてくるのは、良くも悪くも千冬のよく知る束の声だ。人を食ったような態度を切らさず、相手の地位だのメンツだのを欠片も考慮しない。
『勝手にコアの新規製造を打ち切って雲隠れした身で何を偉そうに……!』
『いいえ、それは後にしましょう。今は聞けることを聞くべきです』
『左様。エクリプスにケイロン、ヘクトール……我々の知らない技術があまりにも多すぎる』
情報源が自分から束に切り替わった途端に態度を変えて信じ始める委員たちに、都合の良い頭をしたものだと千冬は今度こそ呆れ顔になる。今となっては誰もそんなことは気にしていないと分かっているからだ。
『あのう……この、ワープというのは一体なんですか?』
『ワープはワープだよ。スター・ウォーズくらい観たことあるでしょ? 正式名称は異層次元航法システムだけどね』
『そうではなく、その技術の詳細を開示しろと言っているのです。お分かりですか? 既存の防空システムの一切を無視できてしまう危険な技術なのですよ!?』
『言うわけないじゃん、そんなの。マトモに扱えないのが目に見えてるんだもん。
──いやね、ホントは段階を踏んで開示する予定だったよ? そうやって進めてた準備を台無しにしやがった奴がいるので、束さんは教える気が無くなってしまいました。アメリカのせいです、あ~あ』
『えっ』
絞り出すような悲鳴。他の全参加者の注目が、委員の一人である男──アメリカ代表に集まった。
小綺麗なスーツを着込んだ顔色は真っ青で、脂汗をダラダラ垂らしているその目はブルブルと震えている。
『いっ、言ってることの意味が分かりませんな……準備が、何ですって?』
『まっ、木っ端のお前は知らないかもだけどさ。今回みたいなことへの対策に兵器を造らせてたんだよね。で、技術をリークするときに交わした約束をキレイに破った挙げ句、敵の種類と危険度を増やしたのが、
『アメリカ代表、これは一体どういう……?』
『しっ、知らないぞ私は! 何も聞かされては……』
事実として、このアメリカ代表は何も知らない。学園に襲来した兵器の1つがアメリカで造られたことも、それが束による技術リークによるものであることも。だから、何ら説得力のある説明をすることは出来ない。
皮肉にも、ついさっき情報不足ゆえに満足な説明が出来なかった千冬を追求していたときとは、真逆の立場だ。
『だからお前を含めて知らせてあげようかなと。
──うーん、なんか丁度いい資料は……お、ちーちゃん良いの持ってるね。短い時間でよく纏めたもんだね、それとも真耶って女かな? ま、どっちでもいいか。私のリーク資料と合わせて──ほい』
画面の中央を占有していたSOUND ONLYの文字に代わって、表示されたのは数枚の資料。記法からして別種の2つのものが並べられているとわかる。
中でも、人型の機械を写したX線画像と思しき写真と、設計の概略図らしい画像が目についた。その名前は──
『……説明を要求します、アメリカ代表』
『左様。ドクターのみならず学園からも証拠が出たとあっては調べぬわけにもいくまい』
『だから! 私は何も知らないと言っているだろう!! こんなのでっち上げに決まっている……』
『まっ、追求はお任せしとくから、やらかした大統領とDARPAの局長にお好みの方法でケジメしてって伝えといてよね』
まるでピラニアの生け簀に血を一滴だけ垂らしたような。
そのまま数分ほど続いた口撃の集中砲火に耐えきれず、アメリカ代表はマイクとカメラを切って黙り込んでしまった。
それ以上の追求が出来ないと悟った委員たちの注目は、自然と束の方へ戻る。
『……では、今回の戦闘行動についてお聞きしたい。学園の通信機能をジャミングして外部からの援軍を排除した理由は? 仮にそのバイドとかいう勢力が危険な外敵であったとするなら、わざわざ戦力を制限することはリスクを徒に増やすことと同義でしょう』
『既存の戦力じゃ太刀打ち出来ないどころか危険だから。言葉を借りるならリスクを徒に増やすこと、だね』
束はゲインズのものとは別の資料を表示させた。ISの公式リファレンスと同じ、小難しくてすぐには読み解けない書き方のそれは、一見しただけでは理解出来ない。
『宇宙の彼方から湧き上がる、自己複製能力と増殖・同化作用を持った超集束高エネルギー生命体──バイド。波動と粒子の両方の性質を持ったコイツはあらゆる機械を強化しながら支配下に置くんだよ。
今回の戦いで、仮に近場の──自衛隊に助けを求めたとしようか。やってくるのは少数のISと、機械仕掛けの通常兵器群……まあ、どうぞ乗っ取ってくださいって言うようなものだよね』
束にしては珍しく、自分から詳しい説明をしている姿に千冬は驚いた。ISを発表したときは、資料を投げつけて勝手に理解しろと放任していたというのに。
『にわかには信じられんな。貴女の戦力ならば今回の敵に十全な対応ができるという確証はあったのかね? 事前に広く技術を公開し、より大規模な戦力を整えた方が賢い選択だったのでは?
……何より、学園には貴女の妹もいるはず。愛する家族をわざわざ危険に晒すなど、天才の行動とは思えんな』
『──二度も同じことは答えてやらないぞイギリス代表。まあ、箒ちゃんが大事なのは事実なんだけどさ、
『……失礼。今、なんと?』
「束……?」
皮肉を滲ませたイギリス代表に、肝が冷えるほどドスの利いた声で返した束は、続けて信じ難いことを口走る。その口調は内容に反してひどく明るくて。
「核」というたった一文字。それだけで、場の空気が凍りついた。
『だから、複数発の水爆で学園を周辺海域ごと消し飛ばすって言っただけだけど。
──あ、放射能汚染の心配してる? そこは大丈夫だよ、改良した純粋水爆だからね。……まあ、放射線自体は撒き散らされるけど、バイドを取り逃がすよりは比較にならないくらいマシだから』
『そ、それはつまり……博士、貴女は個人で核兵器を保有していると? それも、複数発を……』
『だからそうだって言ってんじゃん。世界中から一々ミサイルかき集めてくるのも面倒だし、不揃いだし。その辺は私も学習したんだよね』
歴史上、核兵器というものは、戦略レベルにおいて最強クラスに位置付けられる兵器だ。太平洋戦争を終わらせるキッカケとなったのが、日本に投下された二発の原子爆弾だったことを考えれば想像には難くないだろう。
一方で、ISは戦術レベルにおける最強兵器だ。いま、束はそれらの両方を個人で運用できると示した。つまり、言外にこう言ってのけたのだ──
それについて、この場の誰も追求することは出来ない。
やれブラフだとか、本当はそんな事できないはずだとか、この天災に下手なことを言おうものなら、一体どんな返事が返ってくるか。皆それぞれが理解していたからだ。
──え? じゃあ試してみようか? お前の国で。
文字通りの爆弾発言にどよめく委員たちとは別に、千冬は別の視点で戦いた。
この女は、愛する自分の妹を核で焼くつもりだったと言ったのだ。自分にとっての教え子を、一夏にとっての幼馴染を。
口にするも悍ましい音の羅列を、さも当然のことのように言い放つこの女の思考を、今度こそ千冬は理解することが出来なかった。
天才という別種の生命の狂気に触れて、それ以上の追求を試みる者はいない。
その後、束から幾つかの技術について公開する用意があるという旨の発言が出たところで、査問会議は中止となった。
◆
「何なのだ、アイツは……」
──がじゅッ。
査問会議の終わった学園の一室は、相変わらず暗いままだ。静かになったそこで、千冬は密かに寮長室から持ち込んでいたストロング系チューハイの缶を、備え付けの小型冷蔵庫から取り出して開けた。ただしプルタブは寝ている。疲労とストレスをぶつけるように、千冬は人差し指で缶の天面をぶち抜いていたのだ。
そして、暴力的にそれを呷る。
もう、何も考えたくない。好き勝手言うばかりで責任を果たそうとしない委員会の連中も、気が狂っているとしか思えない親友のことも。
大体、命を懸けた戦いの直後にここまでの重労働を強いられている方がおかしいのだ。一旦は自体が収束した今、効率を考えれば適切な休息をとるのは至極当然のことで、だから千冬はそれを貪り啜る。
これくらいは許してくれ。というかそもそも誰が許すっていうんだ、私が許す。
「……」
不味い。
着替える間もなく着た切り雀のスーツは汗でじめついていて、疲労と合わせると、何を飲んでも美味く感じられるような状況ではなかった。一回無理矢理にでも酔ってしまおうという目論見だったが、酒が喉を通らないのでは意味がない。
『……やっほ、ちーちゃん。さっきぶりだね』
何より、そんなささやかな自由すら許してもらえないのが千冬だった。
「……今更、何をしに現れた」
『そんな怨めしそうな声しないでよ、せっかくの美貌が台無しじゃん』
「──怨めしそうだと? ああそうだよ。お前が自分の妹を殺すなんて気の狂ったことを公の場で口走らなければこうはならなかったさ! お前は一体何を考えてるんだ? 学園の危機を助けてくれて、私に力を貸してくれて、正直言って見直していたんだぞ。それがどうだ? 今や稀代のテロリストだろうが!」
はあ……はあ……。
疲れた喉に、突然の大声は堪えたらしい。千冬といえど、項垂れるようにして肩で呼吸をしてしまう程度には限界だった。
そんな千冬の怒号を、束は受け入れるように小さくうん、と返事をした。
『……私さ、善く働いた者には善く酬いるべきだと思ってるんだよね。あの凡人共の前じゃああ言ったけど、ちーちゃんにはもう少し詳しく話しておこうと思って』
「何のことだ」
『バイドの性質について』
「……機械を乗っ取って強化する。それだけじゃなかったのか」
こういうときであっても、情報を求めて真面目に聞こうとしてしまう自分を千冬は恨んだ。
学園の皆を守る。そういう立場と責任に縛られる生活が、魂にまで染み付いているらしい。
『うん。あれさ、生物もやられるんだよね』
「生物が、乗っ取られる? 意味が分からんぞ」
『いや、もっと酷いよ。バイドに侵食された生物はね、その本質である排他的攻撃衝動を植え付けられながら、より凶暴な別の生命に作り変えられちゃうんだよ。しかもタチが悪いことに侵食されてる自覚が無い』
やはり、言っている意味がわからない。ありふれたゾンビホラー作品の話でもしているのだろうか?
困惑で頭蓋を埋め尽くされている千冬は、瞬きを繰り返しながら、しかし言葉が出てこない。
『ストロバルトのコンテナの中身が撒き散らされたら、あるいは、ベルメイトがあのまま学園に落下していたら。ちーちゃん、一体どうなっていたと思う?』
「どうって……どうなる?」
『みんなバイドにされるんだよ。必死こいて避難を進めてた箒ちゃんも、後ろから指示を飛ばしてたちーちゃんも……例外なんて無い。生きたまま、そのあり方を歪められてバケモノに作り変えられる。
──ねえ、ちーちゃん。目の前でいっくんが
束の声は、震えていた。怒りか、悲しみか、それは分からない。だけれど、千冬の知る限り、この女がここまで感情を露わにしたことなんて滅多に無かったことだけは確かで。
一夏が、最愛の弟がバケモノになる。急に言われたところでイメージは付かない。しかし、きっとそれは言葉で言い表せないくらいに悍ましい光景なのだろう。そうでもなければ、束がこうなることもない。それなりに付き合いの長い間柄だから、何となく千冬にはそう思えた。
「そういうなら、実例はあるのか」
『……うん』
『その時は、どうした』
『
「……そうか」
『ちーちゃん、私だって本当は学園に核をぶち込むなんてことしたくないんだよ。だからそのために戦力を整えたし……最後ギリギリだったのは気に食わないけど。仮にもしもそれで失敗して、みんなの変わり果てた姿を見ることになったら──私、そんなの耐えられないよ。だから、そうなる前に……』
震える声を聞いて、千冬は改めて確信する。この女は、束は、狂っている。
でも、それはきっと、愛ゆえなのだ。家族の、友人の尊厳を守るためなら命を奪うことも厭わない。一般的な倫理を越えたもの。
『バイドにはさ、波動としての性質もあるんだよ。端的に言えば精神が侵される。
侵食された機械からはバイドの波動が出て、近くにいた生物はその影響を受けて精神がねじ曲がり、変質した精神は物理的な肉体の形質にまで影響を及ぼす。学園そのものが乗っ取られようが、結末は変わらない。だから、やってくるバイドを1つ残らず消し去る必要があったんだよ』
「精神? いや、まさか……」
『誰か、心当たりでもあった?』
「精神が侵される」。「排他的攻撃衝動」。並べられたキーワードを受けて、千冬の脳裏に嫌な想像が駆け抜けた。背筋が凍るようで、勝手に身体が震えてしまう。
「いや、なんでもない……」
『隠さないで』
「……真耶だ。アイツ、最近おかしかったんだ。妙に沢村に対して攻撃的で、バイドが来る直前は随分と体調が悪そうで……本人も、自分じゃない何かに影響を受けているようなことを」
『……妙だね、それ』
震えていた様子から一転、束の声が鋭くなる。
『さっき言ったけど、バイドの影響を受けても本人に自覚症状は無いんだよ。あの女の体調が悪そうだったのは私も知ってるし、ベルメイトの撃破後にそれが消えた辺り因果関係がありそうなのも知ってる。だから、
「その場合、真耶はどうなる? もしかして……」
『いや、落ち着いた時点で大丈夫だとは思う。物理的な汚染と違って、精神への影響はある程度までなら時間で治るから。でも、不可解ではあるから、念の為に後で送るチェックリストを確かめて貰ってもいいかな』
「ああ、それくらいなら構わないが……」
『なんだろうね、侵食を自覚した挙げ句に自分で耐えた? そうでもなきゃあの状態で戦えたことの説明が出来ないけど……。まあ。調べようにも方法のアテが無いし、一旦は
天才をして、見当のつかないこと。まさか後輩がそんな事柄に巻き込まれるとは思わなかった千冬の心には、心配と困惑が半々で居座っていた。
『……まあ、とにかく全員無事で良かったよ。ちーちゃんも、いっくんも、箒ちゃんも』
「そこに関しては同感だな。本当に珍しいことだ」
『あははは、これは手厳しいなあ』
久々に聞いた束の笑い声。自分と同じように疲労の色が浮かんでいることに気付いてしまうと、自然と口角が上がってしまう。
それを押し下げて、千冬は自分の顔を覗いているであろうコンソールのカメラに鋭い視線を向けた。
「……最後に、1つ教えてくれ」
『ん? なんでもとは言わないけど、答えてあげちゃうよ』
「お前は、沢村と──いや、グランゼーラと繋がっているな?」
『──あっっはははははははははははははははははッ!!!!!』
束の、高い高い笑い声が響いた。まるで、心の底から溢れてくるそれを抑えきれないように、息が続かなくなるまで笑って、呼吸して、それからまた笑う。
千冬には確信があった。
ヘクトールがベルメイトを焼き払う瞬間。一夏とショウの反応は、着弾の直前までベルメイトとほぼ同一座標にあった。普通に考えれば巻き込まれるであろう位置にありながら、しかし2人は無傷で生還している。
査問会議のための資料を作る際、千冬がそのことを楯無に聞くと、彼女は幾つか気になることを呟いた。
──最大火力であるミストルテインの槍を、ショウは無傷で耐えている。
──その直前に「オシレーター、モードシフト」という言葉を聞いた。
──全く同じ言葉を、シアも言っていた。
加えて、束側の戦力の特徴として、異空間を経由して行動できる異層次元航法システムなる機能がある。それはあらゆる防空システムに察知されることなく、実空間に現れるその瞬間まで、誰もその存在に気付けない。
これらを合わせると、一つの仮説が生まれる。詰まる所、ショウのガルーダにも異層次元航法システムが搭載されているということ。楯無の最大火力であろうが、ヘクトールであろうが、命中する前に異空間へ逃げ込んでしまえば回避は実に簡単だろう。
一夏たちが消息不明となったときの束とシアの態度からして、2人はこのことを知っていた可能性すらある。
だから聞いた。
そして、束は答え合わせとして、一言だけ喋って通信を切った。
『──だってさ、OF-3の基礎設計やったの、私だもん』
近頃の白い景色は、前と比べて少し賑やかになった。
そもそも前が殺風景過ぎたんだよな。真っ白い平坦な砂地が延々続くだけだし。どっちに歩いてるんだか分かりゃしない。
そうして増えた新入りは、どデカい機械の残骸。残骸なのが残念極まりないが、無いよりはマシだ。あれ、残念と残骸ってどっちがどっちだっけ。ゲシュタルト崩壊してきた。
この空間のもう一人の住民こと白い人影と蹴鞠にばかり興じるのも退屈だし、ここにボルダリングという選択肢が生まれたのがとにかくデカい。
そもそも登るもんじゃないって? 良い目の付け所だね、誰だよ。
「──俺さ、やっぱり自分で見たものしか信じないっていうか。チフユもイチカもそうなんだけど、やっぱり他人に言われただけじゃしっくりこないんだよな。
その点で言うと、俺が見たのは本物だったのかとか、ちゃんと終わらせられたのかとか、自分じゃ答えが出せねえんだよ。お前はどう思う? ──あだっ」
いつものように鞠を蹴ると、これまたいつものように、有り得ないコースで顔面シュートが飛んでくる。
「……痛くはねえけど、そっか。そもそもYESかNOじゃないと会話にならないんだったな」
前方の数mくらいの所に立っている白い人影は、愛も変わらず微動だにしない。動いているはずなのに、モーションが全く見えないのだ。
顔面シュートはNOの意味。優しく蹴り返してくるときはYESか分からないとき。そんなルールを仮定してコミュニケーションを試み続けてどれくらい経っただろう。多分これで正しいんだろうが、どうにも情報が足りない。
「……はあ。お前の正体が分かるまでには、一体どれだけの時間が掛るんだろうな。こんなデタラメな意思疎通、他にやってるやつもいないだろうし、参考になりそうなものがなあ……」
……あ、そういえば。
俺は飛んできた鞠を一旦トラップして、白い人影の方を見た。
「俺さ、よくよく考えたらお前の名前とか知らねえんだよな。毎回お前とかアンタとかの人称代名詞に頼るのもスゴイ・シツレイっていうか……あれ、そもそも名前ある?」
試しに蹴った鞠は、何度目かも分からない顔面シュートで返ってきた。
「なるほど、名無しさん、と。そしたらやっぱり名前があった方が良いよな?」
今度は優しく山なりの軌道で飛んできた。多分YESだろう。
名前といえば、OF-3に名前付けようと思ったら勝手にガルーダになっちまったし、今の俺には名付け欲求とでもいうべきものが蟠っている自覚がある。
「そしたら色々考えてみるか──シロ」
──顔面シュート。
「犬っぽすぎたか? じゃあ、ホワイト」
──顔面シュート。
「色にまつわるのは気に入らないと。……マサゴ」
──顔面シュート。
「ここの景色に合った良い名前だと思ったんだがな……。絶対違うだろうが、ガルーダ?」
──顔面シュート。
「……ワルキュリア、ワサビ、ベルバード、シーツー、アドミラル」
──顔面シュート。顔面シュート。顔面シュート。顔面シュート。顔面シュート。
「ラセンカイダン、カブトムシ、ハイキョノマチ、イチジクノタルト、ドロローサ、トクイテン……」
顔面シュート。顔面シュート。顔面シュート。顔面シュート。顔面シュート。顔面シュート……。
ひたすら、思い付く限りの単語を並べて試してみる。全部弾かれてしまう。
顔面に鞠を叩き込まれるのは別に痛くない。ただ、こうも毎回拒絶されると、試すのが怖くなってくる。諦めの方が近いかも知れない。
使えそうな単語が思い付かなくなってきたところで、一旦鞠を両手で持ってみる。蹴らなければ蹴鞠は始まらない。
そうして、まじまじと鞠を見て、思う。コミュニケーションの道具にして以来、いつも蹴っている鞠の見た目を気にしたことなんて無かった。
白地に赤色の麻の葉模様。赤くて丸いものというだけで、レッド・ポッドのことが頭に浮かぶ程度には参ってしまっている自覚がある。
けど……鞠、か。
「もう思い付かねえから一旦これで最後な。マリコだ。鞠の子で、マリコ」
意を決して、ぽんと鞠を蹴ってみる。力任せではいけない。軌道を考えて、相手と繋がるように。
そして、顔面シュートに備えて頭を腕で守っておく。大抵ガードが無い方向から飛んでくるから無意味なんだけど。
「……」
そして。
「……」
そして。
「……」
そして。
「……あれ?」
いつまで経っても顔面シュートは飛んでこない。見れば、高く山なりに俺目掛けて鞠が柔らかく飛んできている。
慣れた足遣いてそれをキャッチ&トラップ。俺は鞠の飛んできた方向を見た。
「いや、鞠の子マリコって……苦し紛れの安直だったんだけどなあ。
──これ、気に入ったの?」
……うん。
そんな声が聞こえてきそうな様子で、白い人影──マリコが首を縦に振った。
何時ぞやもそうだったけど、その首振るのもコミュニケーションに含めない? あった方が絶対便利だと思うんだが。
「まあ、なんつーか……改めてよろしくな、マリコ」
こんかいのまとめ
・真耶
色々治った女。早々に仕事を引き受けまくることで千冬の負担を軽減……しているように見えて心配の種。
今なら自分の罪と向き合えると思ったが、謝るべき相手はなんだか苦しそう。
近付いても、良いのだろうか。
・楯無&セシリア
名家のお嬢様でイメージカラーが青色でイメージインターフェイスに苦しめられている先輩後輩コンビ。
2人揃って今回の戦いではあまり戦えなかった負い目がある。自分にできることをしたならそれでいいのでは?
シアのチクチク言葉で全身穴だらけ。
・シア
やたらとセシリアに厳しい女。
実は体力の限界ギリギリの身体を突き動かしてセシリアを詰りに行った。
オルコット家については詳しいらしい。さてはセシリアの厄介ファンだなオメー。
・千冬
仕事仕事仕事仕事仕事仕事……。
いい加減に休ませてやるべき女tier0。責任ばっか押し付けられる様は可哀想以外に表現出来ない悲しみ。
目の前で倒れたショウに、復帰早々フルスロットルの真耶、頭のおかしい束などなど、マトモな人間が周囲にいない。
・束
覚悟ガンギマリ女。バイド絶対殺すウーマンでもある。
アメリカに自分のメンツを潰されたので、報復の手始めに委員会の代表を叩きに行った。
枯らすくらいなら咲いているうちに焼いてしまうべき。花の愛で方をそれしか知らない。
・ショウ
終わったことでも、直後ならフラッシュバックに目を焼かれてしまう。
ごめんなさいヤマダ先生、貴女がどちらかも分からないのに。
もはや顔馴染みの相手に名前を付けることに成功。欲求不満は解消されたかも知れない。
・マリコ
顔面シュート蹴鞠女(?)。そもそも蹴鞠のルール分かってる?
ハッキリ言ってコミュ障もいいところ。
No Data... No Data...
お労しや姉上……。
大きいことをやった分、その事後処理も大きくなってしまった今回。
学園側で動かせる責任者が少ない分、大半のことに千冬を駆り出すことになってしまい、想定以上に大変なことに……。人類最強の肉体でもなければ耐えられない激務に違いありません。もしかしたら耐えない方が幸せかも?
さて、長かったですが、これにて第2章は完結となります。
真耶との因縁に始まり、OF-3の受領、ガルーダの覚醒にバイド襲来と、滅茶苦茶にやることが多かったです。でも作中の4月の間じゃないと挟めないイベントばかりだったんです……。次章はもっと短く纏まると良いな。
1章に引き続きこの章の設定集を次話に置くので、良ければそちらも見ていただけると喜びます。
また、詳細は活動報告に書きましたが、暫くの間更新をお休みします。
そこまで長い間お待たせすることにはならないと思いますが、どうぞお待ちいただけますと幸いです。
恋愛シーン書けねえ……。
既存キャラの強化パターンを見て……
-
もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
-
強化装備ポン付け位がいいかな……
-
機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
-
この水は飲めそうだ