Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

46 / 75
 
 
カウントダウンは進んでるぞ?


第三章:剥罹-NEGLECT(救いが巣食う、この星で)
32 E pur si muove.


 

 

 時はゴールデンウィーク。

 バイドによる学園強襲という大事件を経て、学園の様子は変わらず厳戒態勢ムード……というわけでもなく、安全確認が済んでいない一部アリーナや、学園地上エリアの損壊した部分周辺への立入禁止が指示された程度で、それ以上の不自由は少ない。

 

 事件の内容について戒厳令が敷かれてはいるものの、生徒たちは学園から専用モノレール1本で行ける湾岸地域までは出歩くことが許されているし、損壊した建物を修復するための業者の立ち入りも早速行われているために、雰囲気こそ違えど学内は賑やかであった。

 

「……なあ鈴、買い物ったってどこ行くんだ?」

 

 そんな戻りかけの日常を謳歌すべく、一夏は本土湾岸地域にある大型アウトレットパーク「レゾナンス」を訪れていた。

 ……正確には、行動力の化身となった鈴と箒に連れられて。

 

「どこも何も、ただ見て回るだけでも良いのよこういうのは。ウィンドウショッピングとかしたこと無いワケ?」

 

「うーん、基本的にこういうデカいところは行かなかったかなあ……タイムセール狙いで隣街のスーパーをハシゴしたりとかは時々やってたんだが。あとゲーセンな、覚えてるか? 弾とよくスコアアタックやってたんだよ」

 

「弾って五反田(ゴタンダ)(ダン)? 懐かしいなあ……それはともかくとして、アンタの人生経験がいかに貧しいかは何となく分かったわよ。で、箒はどうなの?」

 

 タイル張りの地上階は人通りも多く、連休真っ只中ということで親子連れも見られた。

 そんな中でも、IS学園の制服はよく目立つようで、時々通り過ぎた人が振り返ってくるのを箒は嫌そうに見ていた。

 

「……私もあまり経験はないな。1()0()()()までは親に連れられて行ったこともあったと思うんだが」

 

 10年前。箒の口から出たその言葉が指すことを察せられない2人ではない。

 そして、そこからの10年があればこそ、この3人が同じ場所にいるのであるから不思議なものだ。

 

 どちらにしたって、このビッグネームをそれぞれ姉に持つコンビはそういう「普通の経験」が足りていないのだ。鈴音はどこか呆れたように天を仰ぐ。海風で雲の取り払われた快晴が眩しい。

 

「……あっそ。ならあたしが教えたげるわよ、休日の過ごし方ってヤツをね」

 

「何というか、気恥ずかしいな」

 

「実際恥ずかしいでしょ。ここ日本の施設よ、なんでガイジンのあたしが日本人のあんたらを案内してんのよ」

 

「そういう鈴はこっちで過ごした時間の方が長いって、昔言ってなかったか? ともかく、ありがとうな鈴音()()

 

 少し自嘲混じりの表情で呟く剣道少女の隣でおどける一夏の脇腹に、鈴音の貫手が突き刺さる。

 

「うわ、ひっでえ」

 

「授業態度の悪い生徒へのお仕置きだから、甘んじて受け入れなさい。兎にも角にもまず行くべきは服屋ね。その様子じゃ2人揃ってマトモな私服も無さそうだし」

 

 わ、私だって私服くらい……と反論を試みる箒だったが、学園の寮に移る際に「身の安全のため」という名目で私物は大して持ってこれなかったのを思い出した。今ごろはまとめて親戚の家にでも送られているのだろうか。取り返すのも手間だし、当座は買わねば物がない。

 

 ととっ、と駆け出して3歩先に立った鈴音の先導で、アウトレット巡りが始まった。

 宣言通りまずは服屋。金が無い一夏にブランド物は手が出せないということでファストファッション店が選ばれた。

 

「後で返してくれるならあたしが買うのに」

 

「良いんだよ、即金で買えないものは買わねえ主義なんだ。あと……買い物来て払わせるの、カッコ悪くね?」

 

「状況が状況なんだから気にする必要無いでしょ」

 

「それでも俺のポリシーなんだよ──箒もそうだろ?」

 

「え? ああ……どうせなら自立したいな」

 

「この末っ子どもは……」

 

 一人っ子の自分とは何かしら考え方が違うのかも知れない、と鈴音はちょっとの寂しさを放り捨てつつ、買い物は進んでいく。

 基本的にはファッションセンスの欠片もない一夏が謎のプリントシャツに飛びつくのを2人で引き剥がしたり、試着室から出てきた箒が実際豊満な胸を窮屈そうにしているのを鈴音が睨みつけたりと賑やかに進んだ。

 

 3人そろって紙袋を持って店を後にすれば、時刻はちょうど昼頃。3人はそのまま近くのファミレスに入った。

 当然のようにドリンクバーへ全員分の飲料を一夏に取りに行かせると、席には女子2人が残る。

 

「そう言えば箒、セシリアは誘わなかったワケ? 一緒に特訓してたクラスメイトなんでしょ?」

 

「ん? 何だか忙しそうでな、元気もあまり無さそうに見えたが……まあ、代表候補の忙しさもあるんだろう。──その割にヒマそうなお前が気になるが」

 

「悪かったわねヒマそうで。この前の事で本国がざわついてて、アレコレ指示が飛んでくるのは少し後になりそうなんだよね……だから一夏と遊ぼうかと。()()()()が付いてきたけど」

 

 ああ言えばこう言う。

 箒が鈴音と一夏に謝罪して以来、2人の関係は決して悪いものではない。顔を合わせれば毎度のように言葉のジャブをぶつけ合い、度を越せば一夏が止めに入る。そうやって適度なボルテージを維持しつつ、恋敵としての敵愾心と友人としての好意が織り上げられていた。

 

「あーあ。一夏がショウも一緒に連れてきてたらなあ、あんたをそっちに押し付けて一夏と楽しめるんだけど」

 

「その言葉、そのまま返してやろうか? お前がショウをどう思ってるか透けてるぞ」

 

「えー? 頼れる大人がお子ちゃまの面倒見ることの何処が悪いのよ。……まあ、あの人もやけに忙しそうだし、なんか距離あるし、呼んだってこっちには来そうにないけどさ」

 

「一夏だけ、だよな。あんなに仲よさげにしているのは……」

 

 一夏の近くにいながら、箒はショウのことをほとんど知らない。

 授業では定期的に一夏が助けられているところをよく見るし、会話しているところに居合わせるのだって少なくない。だが、その度に、箒は自分が妙に蚊帳の外に置かれているような気分になるのだ。

 正確には、一夏ではなくショウの意識の外に置かれたような……。

 

「──っと。持ってきたぞ箒、鈴。箒は野菜ジュースで、鈴はジンジャーエールだったよな」

 

 ガラン、と器用にも3つのグラスを一気に持ってきた一夏はそれらをテーブルに置いて並べた。

 午後はこれから。3人の休日はまだ続く。

 

 


 

 

 時に、ゴールデンウィークは飽くまでも日本の祝日が続く連休である。建前上どこの国家にも属さないIS学園でも、運営母体が日本政府であるためにそれが適用され、学生たちは休みを謳歌できている。

 

 さて、国境を超えてしまえばそんなルールは消えて無くなってしまう。

 語らねばなるまい。激動の時代の中で、荒波に揉まれるようにして休みを失った哀れな者の話を。

 

 

 

 

「……はあ。なんで私にこの案件が降ってきた……?」

 

 NSA──アメリカ国家安全保障局に属する某所では、一人の男がデスクで頭を抱えていた。

 職務上名前を隠し、大抵の場合はジュリアスと名乗るこの男の下には様々な仕事が舞い込んでくる。それはクソどうでもいい案件(Bull shit job)から安全保障レベルの極秘任務まで幅広く、だからこそ毎日全く気が休まらない。

 

 デスクに置かれた書類の一番上には、「Confidential(機密)」の赤いスタンプが押された写真が乗せられている。小さいながらも高精細のそれに映っているのは、ISなのだという。

 顔面を群青色のバイザーで覆い、残りも灰色の装甲で固めた全身装甲(フルスキン)。そんなものが宵闇の中を飛んでいる画だった。

 

 そもそも、事の発端はハワイの基地に所属していたISパイロットが公海上を飛行中に奇妙なISを見付けたことだ。ギリギリまで接近せねばコアの反応すら見つけられない異常なステルス性能と、極超音速の世界を平然と泳ぎ回る機動性能を持った、そんなオーバースペック。

 件の灰色のISに接近して、相手パイロットとの会話まで出来たというから実に呑気な話だが、そのハワイのパイロットが纏うISが極秘の代物──銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)だったというのが話をややこしくしていた。

 

 ジュリアスにも福音のことは名前含め知らされていない。渡された書類上でも冗長極まりないことに「極秘機体」という指示語で何回も登場するのだ。ひたすらに読みづらいのが彼のやる気を破壊し続けている。

 

「ナターシャ・ファイルス……ホントに何を仕出かしているんだこの女……?」

 

 今回の問題は詰まる所、情報漏洩である。

 機体から部分的ながらサルベージされた相手パイロットとの会話記録によると、始めは所属を偽って交信を試みたパイロット(ナターシャ)も、すぐにそれを看破されてしまったという。その後別れるまでの間、相手に関する情報はほとんど得られなかった。

 

 こちらは相手のことを知らなくて、相手はこちらの極秘機体のことを知ってしまった。そういう、一方的な情報の格差。

 こういう秘密において、相互確証破壊というのは重要だ。相手がバラせばこちらもバラすという共通認識があってこそ秘密が守られるのであって、それが片側だけとなると単に弱点を握られただけになってしまう。

 要するに、アメリカ側の完全な不利。相手はいつでもアメリカの機密を世界にバラせて、一方でこちらは例のISのコアが日本の所属であるということしか知らない。

 

 コアの所属については既に日本政府には内々に確認済みだ。帰ってきた答えは「知らない」の一点張り。分配された全てのコアについて、日本はその所在を確認していると主張した。駐在させている人員からの情報も大したものは得られず、調査は暗礁に乗り上げる。

 

 そんなときである。アメリカでは国防省直下にあるISの管理組織から、IS学園に関する定期報告が舞い込んできた。 

 内容は、出向中の代表候補であるダリルが、新年度に入学してきたパイロットの専用機について報告したものだ。写真付きで記載されていたのはイギリスのBTシステム搭載機や、一人目の男性操縦者の「白式」、そして勿論……グランゼーラの機体2種も。

 

 試合一回で破損したというワルキュリアとかいう方は良い。それよりも、「OF-3」と名付けられた灰色の全身装甲(フルスキン)を見たとき、ジュリアスは背筋が弾け飛びそうなくらいに震えたのを覚えている。

 

 ──いや、こいつだろ。

 

 紛れもなく、調査中の謎のISと瓜二つの外見。開発元のグランゼーラは日本の企業で、アメリカにも同社の機体は配備されている程度には確かな技術の持ち主。何より、そのパイロットが2人目の男性操縦者「沢村ショウ」である可能性すらある。

 ナターシャの所属を看破してみせた情報力が気になるところではあるが、ともかくとして犯人の正体は割れた。後は他の人員が脅迫なり交渉なりをして口止め工作を行うだろう。

 

 とはいえ、一応の裏取りは重要だろうということで、ジュリアスは4月末に学園で行われるイベントに人員を派遣して、OF-3とそのパイロットの確認を命じた。

 だがそこで発生したバイドの襲来。せっかく送った人員は事態の収束までシェルターに閉じ込められ、終わった後は行動の隙もなく返されてしまった。何の情報も得られない。

 

「何より、DARPAのマヌケ共もだぞ。何ならアッチの方が重罪だろうが……」

 

 更に、その日に学園を襲ったという兵器──ゲインズがアメリカの試作無人兵器であったということが束博士によって各国へバラされてしまった。当然のように厳しいバッシングが飛んできて、コソコソと裏工作などできる状況ではなくなったのだ。

 

 更に状況が追い打ちを掛ける。

 一昨日のことだ。丁度日本ではゴールデンウィーク真っ只中に、各国のIS関連企業が集う技術展覧会が開かれていた。それは例年、新しいISのフレームであったり新技術を用いたパーツや装甲材などの宣伝が行われる場所で、当然ながら大手であるグランゼーラも参加している。

 

 ──グランゼーラ・インダストリー、新型第2世代機「OF-3」を発表!

 

 技術系新聞の記事を見て、ジュリアスはゾッとした。

 なるほど、素晴らしい逆転の発想だ。隠して困るなら公表してしまえば良い──世の中は基本的に言ったもの勝ちである。

 ジュリアスたちNSAの狙いとしては、グランゼーラが秘密のISを不法に公海上で飛行させていた事実を、アメリカが行っていた国際法違反の機体開発とぶつけて無かったことにすること。

 お互いに知られては困るだろうから、見なかったことにしましょう、という脅迫混じりの提案だ。

 

 だが、OF-3が公開されればどうなるか。

 それまで「どこかの秘密兵器」だった機体が、「ただの新しい量産機」に化けてしまう。

 

 グランゼーラに所属不明機のことを追求しても、「どこかのテロリストが強奪したのだろう」とゲインズのことを引き合いに躱されてしまうだろうし、コアの所属のことを言っても、IS学園に兵力を(ケシカ)けた疑惑を向けられている現状のアメリカ政府の主張が信用されることは無いだろう。

 そもそもコアの所属に関しては銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が得た情報だ。出処を問われたくないからOF-3の追求には使いたくない。

 

 まるでNSAの動きを見切ったかのようなグランゼーラの動きには、その裏で蠢く暗い何かの存在を感じないでもないが、その尻尾も掴めていない時点でジュリアスたちの立場は決まっている。

 すなわち、NSAの負けだ。これ以上下手に突っつけば火傷では済まない。

 

 これを上層部に何と報告すべきか……頭を抱えるジュリアスの下に、そもそもの原因となったナターシャから連絡が入る。

 

 ──ねえ。あの機体のパイロット、結局例の2人目だったのか裏は取れたの?

 

 機密で身分も命も守られた女が偉そうに。

 どうにも彼女は例のISのパイロットにご執心らしい。なんとか連絡が取れないかと時々うるさいのだ。

 当の本人の名前も初めは隠されていたのだが、よりにもよってナターシャが自分からジュリアスに名乗ってきたので滅茶苦茶である。

 

 確かに、OF-3と分かったあの機体の飛び方は異常そのものだ。パフォーマンスでもあんなことはすまい。素人目にも分かったが、逆にそういうものに惹かれてしまう人間がいることも理解できることではあった。だが、それはそれとして気に食わない。

 

 キレたジュリアスは、ダリルから送られてきたOF-3の試合映像をナターシャに送りつけてやった。

 ショウは一応表の人間であるのに対し、ナターシャは極秘計画に関わるゆえに動きが制限された身だ。相手の正体が分かろうが、どうせ会うことも連絡を取ることも出来ないのだから、せいぜい手の届かないショーウィンドウの向こうの宝石に見惚れていろという嫌がらせだ。

 

 結果として、「まさしくあの夜の動きだった」と大変喜ばれて、お礼までされてしまった。

 実際に遭遇したパイロットが言うのだから、所属不明機のパイロットの正体がショウである可能性が更に高まってしまったことは間違いない。

 だが、結局のところそれ以上に追求する手段はないわけで。

 

「どうしろっていうんだ、本当に……」

 

 喜ぶナターシャ。苦しむジュリアス。立場も変われば感情も変わる。

 この男に、休みは無かった。

 

 


 

 

 ゴールデンウィーク最終日の北陸地方某所。

 周囲は木々に囲まれ、その墓地の真上だけが丸く切り抜かれたように拓かれている。

 

 舗装されていない山道の奥にぽつんとある墓地に、少しくたびれたスーツ姿で佇む沢村コウスケの姿があった。

 墓地とはいっても、はっきり墓と呼べるものは少ない。大半は世話に来る人が久しくいないまま風化し、あるいは獣に荒らされ、今やどこの誰のものかすら分からなくなっていた。

 

 線香の煙が薄っすら香るその中に、1つだけ手入れの行き届いた墓石が立っている。

 それは簡素ながらも、磨かれた御影石は光沢を保っていて、手前に置かれた白いお猪口にはコウスケが注いだ酒が風で水面を揺らしていた。

 

「あいつは……ショウは、お前の跡を継いだよ。OFのテストパイロットを立派にやってる」

 

 墓石の前に屈んだコウスケは、それに語り掛けるように口を開いた。 

 

 墓石に刻まれた名は、「高原 仁(タカハラ ジン)」と「高原 麗(タカハラ レイ)」。

 だが、2人の遺骨がここに収められている訳ではない。空っぽの、所詮は偶像に過ぎない。

 人里離れた山奥にそんなものが建てられている理由を知る者は、コウスケを除けばほとんど居ない。ショウですら、その存在を知らないのだ。

 

「OF計画も復活してな、この前、新型のOF-3が発表できたんだ。勿論、テストパイロットはショウ。誰よりもOFを乗りこなしてる」

 

 コウスケはそれ以上は何も言わなかった。

 本当ならばショウを連れてくるのが筋なのだ。だが、今に至るまでそれは実行されていない。その日がいつ来るのかさえ、コウスケには分からなかった。

 

 風が一陣吹いて、周囲の木々がざわざわと音を立てて揺れた。コウスケにはそれが、まるで周囲から非難の声を浴びせられているような気がして、居心地の悪さから立ち上がってしまった。

 

「──よくもまあこの状況でそんなこと言えるよね。人格破綻者の自覚がある私だけど、同じ立場だったらその墓の前に立つなんて出来ないなあ」

 

 驚愕のまま振り向けば、明るい紫色の長髪がはらりと風に舞う。

 ルイス・キャロルの世界から引剥してきた上で、大胆に胸元を切り開いたようなエプロンドレスの女性──篠ノ之束が佇んでいた。いつも付けているメカニカルなウサミミは見当たらない。

 

「束、博士……どうしてここに」

 

「あー、敬語はいらないよ、どうせそっちが歳上だし」

 

 かと言って自分は敬語を使うつもりが一切見られない傲慢さが、彼女が本物であることの証明になっている。

 そんな束の視線は鋭い。見透かすようなそれに、コウスケは蛇に睨まれた蛙みたいに固まった。

 

「い、今更何をしに? 計画の途中で抜け出して、残りはオラクルに任せて姿を消した君が……」

 

「──この前のこと、知らないとは言わせないけど」

 

「バイドのことか。OF計画の予算を引き出すための方便にしては無理があると思っていたが、まさか実際に現れるとは……」

 

「そうじゃなくて、キミの息子って()()()()()()()沢村ショウのことだよ」

 

 のしのしと束はコウスケの目前まで歩いてくる。豊満な胸の二物がふよんと揺れて、それがむしろコウスケの怯えを煽った。

 今でこそ年齢相応の若々しい魅力に溢れた彼女だが、そんなものは関係ない。数年前、まだまだ子供の年齢の彼女に出会ったときから現在まで、そこには奇妙な蠱惑があった。食虫植物みたいな、近付く者を破滅させかねない、危険な美しさ。

 今なお()()()で、女性経験よりも研究開発を優先してきた不慣れがそれをより強く感じさせる。

 幸いなのは、彼女がそれを自覚して尚、利用しようとはしないことだろうか。

 

「戦闘ログは見た? あとサイバーコネクタのダンプデータ」

 

「一応は……所々の負荷はあれど、ポッドについては加減しながら使えていると聞いているが」

 

「加減……加減ね。とりあえず君が状況を分かってないのはその言葉で分かった」

 

「状況? それより、OF-3──ガルーダの装備について考えるべきでは……あんなものが現れた以上、より実戦向きの物を与えねば危険で」

 

 それ以上の有無を言わせず、束は虚空を撫でて空中ディスプレイを数枚浮かべた。

 表示されているのは、無数のグラフ。脳の特定部位における活動の時系列推移や、束の言及したサイバーコネクタの動作記録など様々だが、それらが揃ってピークを示す時刻があった。

 

「……ここ。ここのタイミングだよ」

 

「サイバーコネクタの通信量と一緒にポッド・コンダクターの動作帯域が急増している……待て、2基のポッドだけならここまで使わないぞ?」

 

「そう。この時にさ、乗っ取られてるんだよね。私のエクリプスが数機まとめて」

 

 コウスケは目をギョッとさせて、言葉無く束を見た。

 

「サイキック・リンケージ・ドライブ現象……OF計画のコアメンバーなんだから知ってるよね」

 

「P.L.D.はポッド・シュートを実現する根本的な理論だ、忘れるはずもない。だが、技術的には完全に制御下に置いたはずで……今更暴走したと?」

 

 P.L.D.──Psychic(サイキック) Linkage(リンケージ) Drive(ドライブ)現象とは、波動砲とサイバーコネクタに由来する量子共鳴現象だ。

 束やコウスケたち技術者は、パイロットの思考や命令を既存の通信経路とは異なる方式で伝達するためにこれを制御して用いている。シアがエクリプスをバイドに干渉されることなく制御できるのも、ショウがポッドを縦横無尽に動かせるのも、この現象があればこそである。

 

 だが、今回はそれが制御を外れていると束は言う。

 

「元々のパイロットに聞いたら外から制御権取られたってさ。あの様子じゃ周囲のISのイメージインターフェースにも干渉するんじゃないかな。

 実際、キミの言う通り、ちょっと色が変わっただけのOF-3の仕様じゃ()()はならない。コアの有無だって、あのときはネットワークを遮断してたから影響したとも思えない。とすれば残りの要因はそのパイロットに絞られる。そこが起点としか考えられないんだよ。

 ──ねえ、沢村ショウって、何者?

 

 ま、キミが知ってるわけないよね。と束は嘲るように笑って、その場でくるりと一回転した。エプロンドレスのフリルがふわりと踊る。

 

 過剰に活性化したショウの脳と影響されたISコアが、PLD現象の通信帯域を大幅に広げ、思考によって制御される周囲のデバイスにまで手を広げた──それが今回の「事故」である。

 脳と機体を直結するサイバーコネクタのレイヤー3の時点で頭痛を覚えるショウに、ここまでの規模で負荷を与えれば一体どうなるか、束はそれを気にしている。

 

「男なのにコアが反応して、適性値は最高クラス。サイバーコネクタへの親和性も異常に高くて、OF-3の速度域に感覚で追い付ける……いや追い抜いてるか。終いにはC2まで注目してるときた」

 

 目を伏せるコウスケを他所に、束は墓石に視線を遣った。

 

「確かに、高原夫妻は才能と実力に恵まれた2人だったと思うよ。本当に惜しい2人だ。だからって、そこから生まれたにしては不自然過ぎるスペックだよ、彼。

 ──ねえ教えてよ沢村コウスケ。引き取った彼を()()()()()()()()の?」

 

「……レイヤー3のテストケースである以外には、何も」

 

「ああ、それもあったね。埋め込んだシナプスツリーの本社での検査結果は見てるよ。耐用年数通りの推移だってね。……けど、今回みたいな状況が何度も続くようなら1年経たずに脳が焼き切れるよ? さもなきゃ自分と他の区別が付かなくなってグチャグチャになるか」

 

「──今、なんと?」

 

 コウスケの頬を、つうっ、と冷や汗がなぞった。

 そんなことになるなんて全く想像していなかったかのように表情は引きつっていて、束はそれを無表情に視界に収めるだけだった。

 

「脳科学の権威になれとは言わないけど、仮にも自分の子供なんだからそれくらい責任持って把握しとこうって思わないのかな……。まあ私にも想定外だし、実際に手術を主導したのは高原夫妻らしいから仕方無いだろうけども。

 でも事実だよ。OF-3と、ISコアと、沢村ショウというパイロット。この三位一体が揃う限り、同じ現象が起こらない保証は何処にもない」

 

「……アイツは、OFのテストパイロットであることを望んだんだ。サイバーコネクタを取り除けばそれは叶わなくなるし、それ以上に手術でどんな後遺症が出ることか。大体、IS適性がある事自体、私には想定外で……君ですら知らないのなら、どうすれば」

 

 頭を抱えるコウスケを、束は侮蔑と憐れみの混じった目で見つめた。

 この男は結局のところ、変化を恐れて現状維持しか出来ない臆病者なのだ。この場を知っているべきショウを一度も連れてきていないのも、父親というよりは上司としてしか向き合えていないのも。

 もっとも、そこから更に部外者である束はそこに首を突っ込もうとは思わないが。

 

「……まあ、業腹で悔しいけど、あの状態であるかに関わらず彼はとてつもなく強力だよ。彼という戦力が居なきゃこの前の学園は守れなかっただろうし。でも、それに頼り切りになったら──断言するけど彼は廃人真っしぐらだ。常人があの負荷に耐えられるとは思えない」

 

「それ、だけは……それだけは────っ!?」

 

 コウスケの声は震えていた。同じように震える胸ぐらを束は掴んで、言う。

 透き通るような、否、引きずり込まれるような瞳は至極色に映って、コウスケは平衡感覚を失ったように足から力が抜けてしまった。

 

「で、本題なんだけど──OFX-2、アレは今どこにある?」

 

「ワルキュリアなら、北陸支部の倉庫に。まだ調査は終わっていないが……」

 

「じゃあそれ、私に頂戴。迎えは出すから」

 

「は?」

 

「近い内にガルーダは彼から取り上げるよ。あのまま乗せてちゃ確実に良くない。

 今回の戦いで、私は彼のことを戦力として認識せざるを得なくなった。同時に、無駄な消耗を許すわけにも行かなくなったわけだ。だから、彼の能力を制御下において安定させるためにも、ワルキュリアをベースに新しいのを作るって言ってんの」

 

 規格品のOF-3が設計を外れた現象と性能を見せている。良い影響以上にリスクが目立つ。

 そんな状況を天才は見逃さない。確実な勝利を得るために、あらゆるイレギュラーは解析して制御して有効活用しなければ気が済まない。

 

「だが、それではOF計画はどうなると……?」

 

「ISなんて一朝一夕でできるものじゃないんだから、その間にデータなり何なり取れば良いでしょ。ともかく、あのコアと、沢村ショウと、ガルーダ……この狂った三位一体が揃っている状況は何とかしなきゃいけない。戦闘経験を考えてコアもパイロットも替えが効かないとすれば、残った手はフレーム側でそれを安定化できるようにするだけ。

 ──まっ、その前に彼が潰れたらお話にならないけどね」

 

 束が手の力を抜くと、コウスケはそのまま倒れ込み、尻餅をついてしまう。

 見上げるしか無い。ただの凡人が、生まれながらの天才──別種の生物と肩を並べるなど、できるはずもないのだ。

 

 そんな彼を一切無視するように、あるいは突然の思い付きみたいに、束は尋ねる。

 

「──あ、そうだ。そういえば今ガルーダに載せてるコアって、去年までは何に使ってたの?」

 

「イメージ・ファイトのコアプロセッサに……シミュレータの記録やシナリオモデルを一括処理できるようなデバイスはアレ意外に無いから」

 

「ちなみに沢村ショウはずっとイメージ・ファイトを使ってたんだよね?」

 

「それは、そうだが……代わりのテストパイロットを探すよう言ったのは君だろう。何故そんなことを……?」

 

「──あぁ、そしたらあのコア、彼のことを見てたんだ。生体情報から意識パターンまで、ずっと近くで」

 

「え?」

 

 勝手に得心がいったように呟く束は、ぽんと手を叩いてからコウスケの前に屈み込んだ。

 

「自分で親を見捨てた私が言えたことじゃないけどさ、キミって親失格じゃない? 心配してるポーズだけで子供のこと全然把握してないんだもんね」

 

 じゃ、私行くから……。

 ナイフを突き立てるように言葉を残して、束は風と共に姿を消した。

 それは一瞬のことで、まるで最初からどこにも居なかったかのようだった。

 

「……」

 

 そして、1人残されたスーツの男は、誰も入っていない墓石に向かってひざまずくようにして、ぼそりと呟いた。

 

「ショウ、私は、お前のことを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

こんかいのまとめ

 

・一夏

 

 久々に幼馴染と遊べて滅茶苦茶喜んでいる。ショウも来ればよかったのに。

 なあこのTシャツカッコよくね? と女子2人に言っても通じない悲しみ。

 男友達が恋しくなる今日此の頃。当然のようにドリンクバー係にされていることは疑問に思っていない。

 

 

・箒

 

 要人保護プログラムのせいで社会経験に乏しい悲しさ。だけど、ここでなら「普通」になれそう。

 な、なあ一夏……このTシャツ、胸がキツいんだが。

 何だかんだで鈴との関係は良好。仲良く喧嘩しな。

 

 

・鈴音

 

 一番「普通」な女の子。

 大事件の記憶を引きずっており、それを打ち消せるより濃い日常を求めて一夏とお出かけ。なんか余計なの付いてきたんですけど。

 あんな脂肪の塊になんの価値があるんだか。

 

 

・ジュリアス

 

 No Such Agency(んな部局ねえよ)の可愛そうな中間管理職。ナターシャが起こした事件の尻拭いかと思ったら、相手はもっと厄介だった。

 ゴールデン・ウィークなんてねえよ。うるせえよ。黙れよ。休ませてくれよ。

 精一杯の嫌がらせですら喜ばれる哀しみ。

 

・コウスケ

 

 ショウの「父親」。

 OF-3の公式発表や学園での事件などのせいで多忙であり、ショウのことをあまり気にできていなかった。家族の知られざる危機に、自分は何ができるだろうか。

 「親父」であって、「お父さん」にはなれない。

 

・束

 

 ショウの特異さを気にしてコウスケを問い詰めに来た。でも本人に会いに行く暇は無い。

 ワルキュリアを確保して何やら企んでいる模様。倉庫の肥やしになってるよりはマシかも?

 親を論ずる資格がない自覚はあるが、それはそうとお前を親とは認めないぞコウスケ。

 

 

 

 




3章のスタートは日常(?)回から。

 お久しぶりです。
 日常シーンってありふれている分書きづらいということを思い知らされた回でした。
 戦闘シーンなら割と簡単に書けるんですけどね、日常を描こうとするとどうしても冗長になってしまうのが苦しいところ。

 ゴールデンウィークはあっという間に過ぎてしまうものなので、その間に起こったことをサラリと書き連ねてみました。
 お陰で2章の最初だけ出てきたジュリアスがここでも可愛そうな事になっていますが仕方無いね。

 束とコウスケのシーンはアレコレと専門用語を並べていますが、要するに今の専用機は身体に悪そうということです。
 同時にオリ主の素性に関わる情報を散りばめてみました。大まかに状況は察せられるところかと思いますが、この3章でもっと迫っていくつもりですのでご期待いただければ。

既存キャラの強化パターンを見て……

  • もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
  • 強化装備ポン付け位がいいかな……
  • 機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
  • この水は飲めそうだ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。