Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
夢でも、薬でも、暗示でも。
あの感覚を忘れることなんて、できるはずがないのに。
学生寮1階にある、とある一室。
カーテンは締め切られ、室内灯も消されたそこは薄暗く、テレビ画面だけが光源だった。
ベッドの真ん前にテレビを設置した部屋の主は、布団を頭まで被りながらその画面を見つめていた。手前に置かれたローテーブルの上には、エナジードリンクの缶がそのプルタブを持ち上げている。
「……」
布団でサナギみたいになった少女──簪は、缶に手を伸ばして、一口。
普段は果汁入りを選ぶ彼女は、この薬っぽい味が実のところ好きではない。だが今の最低な気分には丁度良かった。
画面に映っているのは、昔の変身ヒーロー番組のワンシーン。
廃工場を舞台に乱戦を繰り広げる5人のヒーローは、互いに異なる願いを叶えるため、殺し合う運命にあった。
簪が視線を向けているのは、そんな乱戦を外から眺める緑色のヒーロー。頭のマスクからはアニメのロボットみたいにV字のアンテナが生えていて、上半身には戦車みたいにゴツゴツした銀色の装甲が載っかっている。
こういうゴチャゴチャした戦いは好きじゃない、と呟くそのヒーローは、契約した手下だという牛みたいなロボットを呼び出して、それの背中に自分の獲物の拳銃を接続した。
──直後、そのロボットが全身の武装を顕にして、乱戦を繰り広げるヒーローたちに爆撃と砲撃の嵐を見舞った。両腕と額のガトリング砲が火を吹いて、両脚のレーザー砲が輝き、胸のコンテナから暴力的な数のミサイルが放たれる。
「……」
「世界の終わり」をその名に冠するに相応しい火力の後で、5人のヒーローは跡形も残らない──かと思いきや、3人は吹き飛ばされただけで、無傷で佇んでいる紫色のヒーローは近くにいた銀色のヒーローを盾にして生き延びていた。
死に体の銀色が抗議しているが、近くにいたお前が悪いらしい。なるほど、一理ある。
簪はこのシーン──緑色のヒーローの必殺技が好きだった。圧倒的な火力ですべてを薙ぎ払う爽快感。何より、無数に放たれるミサイルがたまらない。ゼロ年代の初期ながら珠玉のCG技術である。
普段はアニメ専門の彼女だが、こうして落ち込んだ時はこのシーンに帰って来ることにしている。姉への劣等感や、自分を見捨てた企業への恨み。自分に降りかかるありとあらゆる理不尽が、この時間だけは好きなミサイルで焼き払われて行くような感じがして。
──無理な夢は見ない方がいい。
緑色のヒーローのセリフだ。
実のところ、簪はこのヒーローのことが好きではない。真正面から戦わずに主人公を犯罪者に仕立て上げて退場を狙ったり、金があれば何でも無罪にしてのける傲慢な悪徳弁護士というのも悪印象だ。
後になってその傲慢さの理由が明かされたり、主人公と助け合ったりするから決して嫌いではない。だがそれでも、このセリフだけは嫌だった。
上から何でも知ってるふうに先回りして、試すことすら許さずに通せんぼしてくるような、嫌な感じ。嫌いな姉にそっくりで。
試したって良いじゃないか。夢見たって良いじゃないか。勝手に限界を決めないでよ。
人柄としては主人公の方が好きだが、かと言って戦闘能力で言えばこっちの方が好き。簪にとって、このヒーローは愛憎入り乱れた複雑な存在だった。
──無能なままで、いなさいな。
頭蓋の内側にこびりついて離れない、姉の言葉。
大きな手で鳥籠の中に押し込めてくるみたいに、何でもかんでも上回ってきて、自分の劣等感をひたすらに煽る存在。
実際のところ、楯無がそんな言葉を言ったのかなんて正確には覚えていない。似たようなことは言われたかも知れないが、トラウマじみたあの日の記憶が「嫌な思い出だった」と単純化されて、だからこそそれ以上忘れることが出来ない。
あの言葉も、ずっとつきまとってくる。
──これじゃあ新規性と実現可能性だけで実用性のないナニカになるぞ。
沢村ショウの言葉。
あの男も結局は似たようなものだ。経験と知識は認めるところだが、やっぱり先回りしてダメだと言ってくる。
それどころか、見透かしたように全部言い当ててくるのが、傷口を塩揉みされるみたいで。思い出すだけで苦しくなる。
だが、分かっているのだ。自分だって、このままでは上手くいかないことくらい。
本当は誰かに助けを求めるべきことくらい、始めから見えていたこと。けれど、そうしたら姉に張り合うことなんて出来ない。自分を閉じ込めた劣等の籠を砕くことなんて。
以前、姉にそれを詰まらない意地だと言われたときは掴み合いになったことさえある。
「……」
エナジードリンクを飲み干して、自分がひどく惨めに感じられた。
何が当主だ。何が国家代表だ。そうやって姉を否定しても、否定できる部分の全てで劣った自分を同時にブーメランのように殴打し続けることに変わりはなくて。
「……最悪」
簪はテレビを消して、布団を被り直した。
今のままじゃ何も手に付く気がしなくて、一旦リセットを試みる。
嘘だ。本当はただの不貞寝。
「……うぅ」
そうして思い出す。自分が今さっき飲んだのは何であったか。
一缶当たりカフェイン160mgオーバーのエナジードリンクを寝る前に飲む馬鹿がどこにいるだろう。ここにいた。
そんな簡単なことも考えられないなんて。簪は余計に自分が惨めになった。
「──たっだいまぁ~」
追い打ちのように同居人──本音が帰って来る。
「あれ? かんちゃん先に帰ってたんだ、珍しいね?」
本音は部屋の明かりをいつも通り最大で付けて、ひょいと簪が飲みきった缶を片付けていく。布団の隙間から僅かに差し込んだ光が簪の目を眩ませて、表情が歪む。
簪は世界に嫌われた気分だった。もうほっといてくれ。
「ん? 寝てるの? お~い」
終いには布団を突っついてくる本音。簪の手に力が籠もって、布団を強く握った。光が入って来ないように隙間を埋めようともぞもぞするので、実のところ起きているのはバレバレだ。
お前は何だ、引きこもりの息子の部屋に入ってくるオカンか。
「──あーもうッ、ほっといてよ!」
こらえきれずに布団から顔を出して叫ぶと、視線の先では本音が何かを口に加えているのが見えた。灰色の長方形の薄いアレは……。
「……何、してるの?」
「くぅぅぅぅっ、あたまびりびりするぅ~! これね、さわむーから貰ったワサビなんだ。初めは辛くて仕方なかったんだけど、なんかクセになっちゃって。かんちゃんもいる?」
いや、いらないけど……。
奇妙な行動を始める幼馴染を前に、簪の脳内は困惑一色である。前からちょっぴり悪食の気が無いこともなかったのは覚えているが、ここまでとは知らなかったからだ。
そういえば「さわむー」というのは沢村ショウのあだ名だったか。以前から本音が口にしていたから理解できたが、そうか、あの男、本音にまで悪影響を及ぼしているらしい。
何と許しがたい相手だろうか。
「……かんちゃん、さわむーと会ったんだって? 不思議さんだったでしょ」
「え? どうしてそのことを……」
「やまちゃん先生が整備室を飛び出すかんちゃんとぶつかったって。丁度あそこにいたのがさわむーだけだから会ったんじゃないかとかなんとか」
あのときは整備室から逃げ出すのに必死で、簪は途中でぶつかった相手なんて気にしてはいなかった。まさか教師だったなんて想像もしていない。
その記憶に引っ張られて思い出すショウの言葉の数々が、簪を困惑から不機嫌に引き戻す。
「……知らないよ、あんな人。何も知らないくせに、好き勝手踏み込んでくる。嫌だよ」
「ありゃ~、そんな事あったんだ。そしたら明日にでも抗議的なやつしとくね」
簪は自分が嫌になる。自分が悪いことくらい分かっているのに、幼馴染へ他人を悪し様に言う時はスラスラと言葉が出てくるのだ。本音がそれを信じ込んでいそうなのも罪悪感を煽る。
顔を伏せる簪をよそに、本音は何かを思い出したように自分の机の引き出しに手を突っ込んだ。あまり整頓されていなかったそこをガサゴソと漁って、袖をダボダボに余らせた少女が取り出したのは、手のひら大に折りたたまれた紙だった。
「何、それ……」
「なんか前にワサビと一緒に貰ったんだけどさ、そういえば何の絵か見てなかったなって」
それは1組のクラス代表決定戦が終わった少し後、夕暮れの遊歩道のベンチで海鳥に群がられていたショウからワサビパックと一緒に受け取ったものだった。
あの時は辺りが真っ暗で何が描かれていたのかは見えなかったし、そんなことよりワサビの方が大事だった。だから絵は適当に折って畳んで、そのまま引き出しに仕舞っていたのである。
やっぱり鳥さんかなあ、と本音はローテーブルの上に紙を広げてみる。それは簪の視界にも入った。
「んんん?」
「────ぇ?」
それを一言で表現するなら、精密な風景画。
見たものをありのまま写し取ったかのようなそれは、手描きというよりは写真をモノクロで印刷してしまったようにすら見える。
問題は、それが何の景色だったかということ。
何か作業中のテキストエディタが表示された画面を斜めから覗き込んだものだった。
異常なまでのレタリング技術で画面には何のコードが記述されているかまで読み取ることが出来て、一方で端の方は見えづらいのか文字の形がぼかされている。
本当に見たままの景色。人間の視界を切り取って絵にしたらまさにこんな形になるだろうか。
「あれ、間違えたかな……?」
本音は自分の見ているものが信じられなかった。
これをショウが書いていたのは、日没後の海際である。どこにもこんな画面は無かったし、あったとしても、あの薄暗い中でここまで細かい作業が出来るだろうか。
指で表面をなぞって見れば、ほんのり指が黒くなる。黒鉛の粉だ。プリンターのトナーではこうはならないから、やっぱり手描きなのだろう。
ショウに貰った絵とは違うものを取り出してしまったかと引き出しを見直す本音だが、他に似たものは見当たらない。間違いなくこれが本物だ。
「ん……これIS用のプログラムかなあ。何かのデバイスドライバっぽいけど……」
ISの技術を独学する簪の近くにいることの多かった本音は、構文から描かれていたコードが何なのか大雑把に理解することが出来た。
だが、絵にあるのは飽くまでも一部分。全体を読まないことにはハッキリと正体が分かるものでもない。
「ねえ、かんちゃんは分かる? 嫌な人の描いた絵じゃ困っちゃうかもだけど────かんちゃん、大丈夫!?」
餅は餅屋。詳しい人が隣にいるのだから聞かない理由もないと、何気なく視線を向けて、本音は気付く。
「ぁっ、いや……」
震えていた。
顔面蒼白の簪が怯えきったような表情で、ガタガタと膝を抱えていたのだ。
異変に気付いた本音がすぐに背中を擦ってやったが、収まる様子はない。
ショウが描いたという絵に刻まれたプログラムの断片。簪はそれが一体何なのか、ひと目見ただけで分かってしまった──紛れもなく、
変数の命名規則や定義の仕方、細々としたインデントの癖、非効率と分かっていても選びがちなアルゴリズム……それら全てが揃っているから、自分の頭に内容がスラスラと入ってくる。何なら、その前後の処理まで勝手に浮かんでくるようだった。単に効率的なコードを書くだけならこうはならない。
恐らくは、多連装ミサイルのためのマルチロックオン用の優先度決定システムの一部なのだろう。それは将来的に必ず必要になる重要部分だし、自分が書くとしたらまさにこの通りに作ると確信してしまう内容である。
普通に考えれば、作業中の自分の画面を覗き見したショウがそれを書き写したとか、そういうストーリーが頭に浮かぶ。
だが、簪の知る限りの情報において、それは決して有り得ないと断言できる。
「……ない」
「どうしたの、かんちゃん……なんかヘンだよ?」
何を隠そう、
今日までショウと出会う機会なんて一度もないし、他のコードを覗かれることもあり得なかった。自分がISを作っていることも、それで困っていることだって知られていなかったはずで。
「私、こんなの作ってない……!」
どうやってこれを描いた? どうやってこれを知った?
何でもかんでも見透かしてくるようなあの男が、ついには自分の未来にまで手を伸ばして来るような気がして。
簪はそれが不気味で仕方がなかった。
「──やっぱアサルトミサイルだよなあ」
海抜高度をそのままに、同学生寮の寮長室。
時刻は夜9時を回ったリビングルームでは、ダイニングテーブルの上にノートPCを広げたショウが懐かしげにタッチパッドに指を滑らせていた。
その画面で開かれているのは、とあるブラウザゲーム。
自機となる小さい宇宙船に武装や装甲などのパーツを取り付けては、宇宙空間に無数に存在する惑星を襲撃して、手に入れた宝物で更に宇宙船を強化していく、ルートベースのシューティングゲームだ。
ショウの自機は短射程で一発あたりの威力が控え目な代わりに、圧倒的な連射速度を持つミサイルを入る限りの枠に詰め込んだ構成だ。何も考えずに敵の間を通り抜けていくだけで、勝手に相手がなぎ倒されていく爽快感が気に入っていた。
古き良きFlashゲームの一つだったこれは、そのサポート終了と共に失われたはずだった。
簪の端末で開かれていたURLを覚えて自分のPCで調べてみれば、なんと作者が現行のプラットフォームで作り直して公開していたのだ。
懐かしさに誘われるままボーッと遊び始めて1時間。そうして今に至る。
「戻ったぞ、沢村──何してるんだ?」
大きくないドアの開閉音と共に千冬が帰ってきた。
当然のようにゴールデン・ウィーク返上で繰り広げられる多忙は、平日の今日になっても終わっていないらしい。
「ん、ちょっと昔の思い出をな」
「お前もゲームなんてするんだな。仕事とシミュレーターとワサビにしか興味がないと思っていたが」
「心外だぜそいつは。これでも引きこもりだからさ、ゲームとかやる時間は沢山あったんだよ」
「理由が悲しいじゃないか。もっとこう、好きだからやっていたとかそういうのは無いのか」
荷物を端に置いて向かいに座ってきた千冬に、ショウはとりあえず、とコップに水を汲んで渡した。
「なんていうのかな……初めは何でも面白いんだよ。ただ、面白くなって熱を入れ始めると、あるところから途端に詰まらなくなっちまう。犯人の分かり切った推理モノを読んでるみたいにさ」
「そういうものか?」
「俺の場合は、だけどな。だから、ゲームとかは面白いうちに打ち切ることにしてたんだよ。楽しかったって思い出は消えないし、その方が遊ぶ側として誠実だと思ってさ。
でも、途中からイメージファイトをやるようになってからはそもそも触れることすら無くなったんだ。あっちは脳をフルに使わされるせいか、詰まらないとか考える暇が無いんだよな」
相槌代わりに水を飲み干した千冬は、お前も大変だなと話を切り替える。疲れの色こそ混じっているが、妙に真剣な目をしていたので、ショウは背筋を伸ばした。
「──聞きたいことがある。お前のISについてだ」
「あまり話せることはないぞ。企業秘密も少なくない」
「学園に持ち込んだ以上、将来的にはそうも行くまい。
国際法によって、ISに関わる技術は全世界への公開が義務付けられている。
せっかく軍用に作った秘密兵器であっても、表向きは公開しなければならないから、それそのものが軍事開発を鈍らせるルールになっていた。
一方で、そのルールによる全体的な技術開発の萎縮を防ぐために、学園内においてはその公開が猶予されることになっている。そして、例外的に
学園の生徒の専用機が実験機になりがちな理由もこのためで、猶予のある在学中に実験機の技術を
従ってショウのOF-3も、世界に公開された量産モデルということでその詳細を秘密にはしておけない。例外がない限りは。
「……どういう意味だ?」
「バイドが襲来したあの日、一夏を助けてくれたことは本当に感謝している。これは嘘でも何でもなく、心からの真実だ。何度礼を言っても足りないくらいに。
だが、お前……どうやった? ベルメイトに肉薄したところから一瞬で数十kmも移動するなんて、普通のISでは出来ないことだ」
「リミッターを全部外してフルスペックの4速で飛んだ──それ意外に説明のやり様は無いな」
「──OF-3の基礎設計をしたという人間と話したことがある」
「なんだ急に。話が全く見えねえんだけど……。でも、親父でもオオサワさんでもねえよな。確かに優秀な技術者だし、OFのことで良くしてもらってるとは思う。
けど俺、知らねえぞ。それホントに実在する人間か?」
怪訝な表情を崩さないショウの左手を千冬は指で小突いた。聞かれたくない話だというのを察したショウはそのまま手を伸ばして預ける。
千冬は小さく頷いて、反対の手で隠しながらショウの手を指でなぞり始めた。
──シ・ノ・ノ・ノ・タ・バ・ネ。
「えっ」
声を抑えてもショウの表情は驚愕に染まっていた。すぐに手を引っ込めると、ノートPCに何やら打ち込んで、千冬に画面を向けた。簡素なテキストエディタに考えが綴られている。
──グランゼーラはこれでも真っ当なメーカーだぞ? 国際指名手配中の人間の設計を呑気に採用してるなんてコンプライアンス上あり得ねえだろ。
千冬は改行して、その下に自分も打ち込んだ。
──残念ながら、ヤツ自身が言っていたことだ。状況からしてウソとも思えん。思い当たることは無いか?
戻されたPCの画面を睨みつつ、ショウはゆっくりと首を横に振る。だが、やけにその動きはぎこちなく見えた。
(……何か、知っているんだな)
千冬の疑念は実のところ当たっている。
ショウは束のことを知らないが、そこと繋がっていそうな胡散臭さの組織に心当たりがあった。自分も恩恵を受けている、グランゼーラの上位組織──オラクル財団。
OF-3を受け取ったあの日、やたらと機密を気にして、コンタクトを取るときもボイスチェンジャー越しで話しかけてきたジェイドとかいうメッセンジャー。父親たるコウスケも何か知っているような振る舞いをしていた。
何より、千冬の指摘する「普通のISでは出来ないこと」というのも正しい。
今はISコアを搭載し、それがフレームと調和しているからこそISを名乗れているガルーダだが、根本的にOF-3はISではない。ISなら積まない装備や機能を多く持っているからこそ、あの日ショウは戦い抜いて生き延びた。それはショウが抱える秘密の一つだ。
それを考えれば、ショウが知らないような後ろめたいことがグランゼーラにあったとしても何ら驚かない。
それが、かつて世界を混乱に陥らせた大
「OF-3は第2世代らしいが、その割には第3世代みたいな振る舞いをするよな。ポッドとか」
黙り込むのも良くないと会話を切り出す横で、千冬はPCにまた書き込んで見せる。
──何か知っているなら、教えてはくれないか。バイドのこともそうだが、私達には知らないことが多すぎる。今は少しでも情報が欲しい。
「……まあ、アレだよ。俺のOF-3は実験用のパイオニアモデルでさ、第3世代的な技術のテストベッドもやってる。俺が卒業出来たら公開されるだろうし──乞うご期待?」
難しそうな顔で呟くショウは、目を伏せながらテキストエディタでも答えた。
──同じ人間としてアンタに隠し事はしたくねえけど、俺にも分からないことが多いんだ。迂闊なことが出来ねえ立場なのは、どうか理解してほしい。ごめんなさい。
「ふ、そうか。楽しみに待たせてもらうよ」
口では笑いつつ、千冬も難しい表情でPCを押して返した。会話が終わった合図だ。
それから暫く、無言のまま重い雰囲気が続いて、耐えきれなくなったようにショウが口を開いた。
「……なあ、そういえば忙しいのはどうなったんだ? ゴールデン・ウィークの間は随分酷かったようだが」
「お陰様で、今日で何とか一段落付いてな……今日はちょっとした慰安会ということでこの後真耶と飲む予定だ」
「この時間からどっか行くのか? なんか、それはそれで大変そうだけど……」
「いいや、こっちでやることになっている」
「んじゃあ俺は散歩でも行くかな。邪魔しちゃマズいし」
PCを畳んで仕舞うショウは、一人になろうとすることに欠片も躊躇がない。大変な思いをしているのは分かっているから、自分なんかがそれを遮ってはならないと、心の底からの善意だ。
素知らぬ顔で千冬はそれを振り払う。
「何言ってる、お前も参加するんだぞ」
「え?」
「自覚ないのか? お前はこの前の迎撃戦のキルスコアトップなんだ、表向きに出来ずとも随一の功労者だぞ」
威力偵察の形で戦闘の流れを有利に誘導し、最も多くゲインズを撃墜し、ベルメイトの迎撃を成した中心人物の1人。それがあの日の戦いを経た教員たちの共通認識だった。
途中まで後方で戦況を見ていた千冬は、特にその撃墜数の多さを生で体感している。4桁単位の敵を一息に消し飛ばしたシアの砲撃を抜いてしまえば、紛れもなくトップの活躍だ。
それだけ味方の命を救うことに繋がったショウの戦いを、パイロットとしても責任者としても千冬が認めない理由など存在しなかった。
「功労者、ね……お褒めに預かりコーエーです。だからって俺が呼ばれる理由が分からないな」
千冬のコップを下げつつ、ショウはキッチンの方に移動する。
「大変だったんだろ、後処理。ゴールデン・ウィーク中も散々忙しそうにして苦しんでたのは知ってるし、尚更戦ってただけの俺がいたら邪魔だろ」
「……」
嫌がっている。
深い謙遜の中にそんな雰囲気は微塵も感じられなかったが、何となく千冬はそう思った。
確かに、ショウと真耶の間には妙な確執のようなものがある。バイドの干渉が疑われているとは言え、真耶が彼のことを因縁の相手の関係者と勘違いしたり、逆にショウが彼女を見た瞬間に謝罪の言葉を連呼して倒れたことだってあった。
二人の間に距離が生まれるのも仕方ない部分もあるのかもしれない。
真耶はそんな状況を何とかしようとしていることも知っている。それがうまく実らないことも。
だが、日ごろショウと生活している千冬には、単に彼が真耶のことを嫌っているのではないという肌感覚がある。
嫌な相手ならそのまま、少しは嫌がっているような素振りがあるはずなのに、無い。
かと言って、ショウがどう考えているのかまでは千冬にも分からない。
「……苦手か、真耶のことは」
「苦手……か。わからねえんだよな」
「分からない?」
重い声を漏らしながら、ショウは両目を手で覆った。
「アンタと仲良しの後輩で、
「それだけ……か?」
まるで辞書かプロフィールの文章を読み上げるような淡白さ。本人の印象とかそういったものは一切含まれていない。
「ISに乗ってるときはそうでも無いんだ。でなきゃ試合になんてならねえはずだし、きちんと目の前にいるって分かる。
けど……何なんだろうな。本当にその、ヤマダ先生のことがよく分からねえんだよ。クラスじゃ毎日のように顔を合わせてるはずなのに、本当にそこに……いや、ううん」
言葉を詰まらせるショウはそれから、千冬の返事を待たず、意を決したように彼女の方を向く。
「……俺も謹んで参加するよ。何か、そこで分かるかもしれない」
その目は閉じられていた。
◆
「こんばんは~、お邪魔しますっ」
真耶がやってきたのは9時を過ぎてからだった。
いつもの黄色いワンピースドレスの代わりに、今日はTシャツとオフホワイトのデニム、その上からベージュのジャケットを羽織っていた彼女。もうすぐ夏が顔を見せる5月初旬だが、海上にあるIS学園では夜の海風が時々肌寒い。
千冬がおつまみの材料を買い込んでいた冷蔵庫の中身を漁りながらキッチンで動くショウと、ダイニングテーブルで我慢できずにビールの缶を呷っている千冬が彼女を出迎えた。
「じゃーん! 今日はこれ持ってきちゃいました!!」
「ほほう、これはこれは……」
激務で堪忍袋の緒と財布の紐がキレて買っちゃいました、と笑顔を浮かべる真耶が鞄から取り出したのは、名の知れた日本酒の酒瓶だった。
何だかんだで呑兵衛気質の千冬もこれにはニッコリ笑顔である。
「それなりに値が張ったんじゃないか?」
「いやぁ、ストレスって怖いですよね……購入ボタンに指が吸い込まれて行っちゃって」
上着を椅子の背もたれに引っ掛けつつ、真耶が千冬の向かいに座ると、キッチンの方から賑やかな音が聞こえてくる。
脂の弾ける幸せの音。仄かに香るのは、牛肉でも鶏肉でもなくて。
そのまま女子二人で仕事の愚痴に花を咲かせていると、湯気を上げる大皿と真っ白い小皿を持ったショウが姿を現す。
机の上に並んだのは、タコの和え物と、炙りマグロのカルパッチョ。当然ながら、共通点はワサビである。
「お、ようやく主役の登場だな」
「主役って……端役の間違いでしょうに」
「え、これどっちも沢村くんが作ったんですか?」
「ええ、まあ……」
目を閉じたまま真耶の隣──何時もの定位置に座るショウの口調は日中の仕事モードだ。殻を纏ってでも無難を選んだことは千冬にも理解できた。
それじゃあ乾杯しましょうか、と自分のグラスに注いでくる真耶を、ショウは少な目でと窘める。それから三人の声が響くと、ついに慰安会が幕を開けた。
「んん~!! ツンとくるワサビと絶妙な火の入り具合のマグロがオリーブ油で調和してますよコレ。いっつも沢村くんにこんなの作らせてるんですか、先輩?」
「作らせているとは心外だな。この前たまたま生ワサビが手に入った時に、このワサビ狂いが自分から作り始めたんだよ。このたこわさびなんてその時に……おお、今回はイタリア風で揃えたか?」
「ええ。でも方針間違えましたかね……日本酒持ってくるなら和風とか、もっとやり様があった気もするんですけど」
「そんなことないですよ! どうせならご飯少なめにしてくるんだったなあ……バクバクいけちゃいますもん」
酒、マグロ、酒、タコ、酒……。モゴモゴ喋る真耶の手は止まることがない。
おつまみってそういうものだっけ、と目を閉じたまま困り眉で千冬の方に顔を向けるショウだが、呆れたように首を振られるだけだった。
「……しかし、こうして今日を迎えられて本当に良かったよ。生徒も教員も、だれ一人欠けずに生きている」
「自分は世界の終わりぐらいのつもりで戦ってましたね。最後に大きいのが降ってきたときはどうなることかと……イチカに感謝ですよ」
「実を言うと、もうあんまり思い出せなかったり……必死だったので。
でも、沢村くんがとっても頑張っていたのは忘れてません。とても強かった。私と戦ったときよりも……」
場の雰囲気が一転、重いものになる。
嬉しいことを話しているはずなのに、明るくはなれなかった。
多くの命がかかった戦いだった、と言葉にしてしまえば実に陳腐だが、それだけ言葉に出来ない恐るべき時間をこの場の全員が経験している。
そんな中、真耶は自分のグラスを一気に飲み干して、立ち上がってショウの方を向く。
「……沢村くん」
やっと訪れた機会。
この慰労会がそんなことのためにあるものでないことは理解していたが、真耶はこれを逃そうとは思えなかった。
「真耶……」
「ごめんなさい、先輩。この場を借ります」
まるで運命に阻まれるように掴めなかった、謝罪の機会。
責任を果たそうとか、行動で示そうとか、結局のところ、それらは自己満足に過ぎない。結局はその場しのぎの逃げだ。
思っているだけでは、伝えるべき相手には何一つ伝わらないというのに。
今こそ、向き合わなきゃ。
「……ここまで遅れちゃって、それに、この期に及んでお酒に頼らないといけないくらい情けないけど」
「……」
「──あなたに、謝らせてください。この前の模擬戦のことです。私の勝手な勘違いが元とはいえ、酷いことを言ってしまった。してしまった」
真耶は震える手を握りしめて、まっすぐショウを見据えている。
どこも見ていないように目を閉じたままの彼は、しかし身体は真耶の方を向いて立っていて、そのアンバランスな光景がその場から現実感を奪い続けていた。
「私……ね、
……気付いてたかな、あの模擬戦のとき、私、一瞬だけど沢村くんのことを殺そうとまで思ってたんだよ。だから──」
「──ヤマダ先生」
「え? ……っ」
ぎょろり。
彼女の言葉を遮って名を呼んだショウの目が見開かれていた。ワサビ料理のせいだろうか、そこには仄かに涙が浮かんでいる。
真っ黒く瞳孔の開ききった目。まるでそこだけ空間が歪んでいるかのように見えるのは、ブラックホールの想像図にも似ているだろうか。
何よりも真耶のトラウマを抉るそれは、彼女から呼吸の仕方を忘れさせてしまう。
あの日、自分を裏切って心を折り砕いた女の目と同じ。その情景を決して忘れることなど出来ない。
見ているだけで吸い込まれそうになる暗闇。常に取りこぼすことなく外界の情報を食い続ける、怪物の口だ。
「ヤマダ先生。結局のところ、俺を手に掛けましたか」
「ぇ、いや……」
「なら、何も無かったんです」
ボソリと呟いて、ショウはそのまま椅子に腰掛けた。その目はもう閉じられていて、今度は真耶ではなく机の方を向いている。
「オリムラ先生は、よくヤマダ先生のことをよい後輩だって言ってました。過去に何があったのかも大まかには聞いています。
俺はそれを信じます。だから、あなたはいい人で、何も無かった。それだけです」
「良いんですか? それで……」
「ええ。実を言うと、あの日のことはもうほとんど忘れてしまったんです。思い出せないこと、無理に掘り返しても苦しいですから」
真耶はふらふらと自分の席にへたり込んだ。重力がおかしくなったみたいに立っていられなくて、不意に無くなった重荷の引力に身体が狂っていたのだ。
自分がこれだけ気にしていたのに、彼はそれを忘れているという。それが本当なのか、気遣って言っただけの嘘なのかは分からない。
本当にこれで良かったのだろうか。それを決めるのは少なくとも自分ではない。
「──さて、重いのはここで終わりだ。飲み直すぞ、真耶、沢村」
千冬の鶴の一声で、全員のグラスに酒が注ぎ直される。アルコールが苦手と語るショウも今回は抗わない。
「それでは、苦境をやり過ごした我らの働きに」
「私は、沢村くんの優しさに」
「俺は……生きる人間の素晴らしさに」
乾杯。
日が暮れて、問題が一つ消えて。さあ、夜はこれからだ。
こんかいのまとめ
・簪
ヒーローオタクにしてミサイル狂。
荒れた心にミサイルが染みる今日この頃。でもあの変身者はそこまで好きじゃない。
落ち込んでいる横で明るい本音が今は少し鬱陶しいが、それが吹き飛ぶくらい、ショウの絵は恐ろしかった。
・本音
おめでとう、二代目ワサビ狂いを襲名するのは君だ。
時々、授業の合間にワサビをショウにねだっている。自分で買うのとでは刺激が違うらしいが、端から見ると振る舞いがヤク中のそれ。薬味中毒だから正しい?
貰った絵を見ずに一ヶ月くらい引き出しに放り込んでいたりするのほほんさん。
・千冬
現実に板挟みされる可愛そうな責任者。ショウのことは心配だが、立場上疑わないわけにもいかない。本人は何か知っていそうだが、話してくれるのは何時になることやら。
ショウのワサビ狂いには呆れるところだが、それを活かした料理は認めている。
真耶の問題も進展を見て一安心。複雑なしがらみも、少しずつ解いていけばいつかは無くなるはず。
・真耶
ヤケ食いよりはヤケ買いしてしまう性分。自分へのご褒美と称して財布を痛めつけてませんか?
やっぱり面と向かって謝るのが一番だよね、ということで実行。ショウはそのことをまるで気にしていないようで思い切り拍子抜けすることに。これで一歩、進めるかな。
飲み直した後、でろでろに酔っ払ったまま「この前私に謝ってきたのはどうして?」と質問したら彼はいなくなってしまった。
・ショウ
ワサビ狂の彼もかつてはミサイル狂。特殊効果がたっぷり付いたアサルトミサイルは体の芯まで熱くなる。
昔のことなんて覚えてられるほど広い脳みそを持っていない。全部、時間の濁流に連れて行かれてしまうのに。
チフユがそういうなら、ヤマダ先生も人間だと思うことにした。だとすれば、やっぱり俺はあなたを手に掛けたんですよ。よりによって人間のあなたを。
怖くなって自室に逃げ帰った簪から始まった今回。
ミサイルとヒーローが好き、というところから膨らませてみました。「近くにいたお前が悪い」でどの作品のどのシーンを見ていたかは察していただけるかと思います。
更に1章末の絵についても伏線回収。どうしてこんな絵が存在するのかは今後の謎として、簪が実のところ現実から逃げきれていないことの表現でもあります。
戦わなければ生き残れない……。
一方で大人組。オリ主と千冬の立場の違いや2章における真耶との確執の清算などをまとめてやってみました。特に真耶に関してはこれから活躍してもらいたいので、彼女側の問題は引きずって欲しくなかったのが実情です。
次回から3話かけて一夏を中心にした話を投稿するので、ちょっと雰囲気が変わるかもしれません。
既存キャラの強化パターンを見て……
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もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
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強化装備ポン付け位がいいかな……
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機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
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この水は飲めそうだ